鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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最終話です。


#50 至るべき空

 ギャラルホルン戦役に一枚噛み、腐敗したかの組織を変える契機を作った鉄華団に対する火星の扱いは、もはやかつての勢いすら超えていた。

 一言で表すなら”英雄”だろうか。元より火星にハーフメタル採掘権をもたらし英雄視されていた彼らだが、今回の活躍はさらにその上を行く。元より腐敗したギャラルホルンに不満を抱いている者はそれだけ多く、また火星の変革の切っ掛けをさらに打ち込んだのだから当然の扱いだった。

 クリュセに出れば鉄華団の名前を聞かない日は無いし、火星本部どころか地球支部ですら入団希望者が後を絶たない有様。さらに多くの企業が鉄華団と関係を結びたいと連絡をひっきりなしに入れ、ギャラルホルンからはトップの座についたマクギリス直々に感謝状と報酬が届いた始末だ。

 

 まさに組織としての最高潮を迎え、誇張抜きに火星で最大手の称号を手にした鉄華団だったが──そのせいで密かにオルガが抱いていた『この戦いが終わったらパーッと祝勝会をやろう』という計画は、あえなく一週間も延期になってしまったのだった。

 

 ◇

 

「ったく、ここまで長かったらねぇぜ」

 

 ぼやきながら、オルガは緩めていたネクタイを締め直した。すっかり着慣れた赤いスーツ姿の上に鉄華団のジャケットを羽織り、団長に相応しく身だしなみを簡単に整える。きっと目元には隈が色濃く残っているのだろうが、そればかりは頑張った証として見逃してほしかった。

 あのギャラルホルン戦役から今日でちょうど一週間だ。その間のオルガは絶え間なく舞い込んでくる電話や資料確認、さらに鉄華団自体の指揮もあいまってほとんど眠る暇すらなく、副団長や他事務方に出来るだけ仕事を割り振ってもなお地獄のような戦後処理を続けていた。

 とはいえ地獄の行程にも何とか目途は付き、ようやく待ちに待ったこの時がやって来たのだ。ギャラルホルンの方はまだまだ忙しいと聞いているが、一足先に鉄華団は楽しませてもらってもバチは当たるまい。

 

「団長ー、地球支部との通信接続終わりましたー!」

「よーし、んじゃさっさと始めねぇとな!」

 

 疲れを感じさせない威勢良い言葉と共に、オルガは壇上へと昇っていった。

 地上よりも少し高いその位置からは周囲の様子がよく分かる。すっかり陽も落ち星々が瞬く空の下、改装も終わり小綺麗になった本部を背にして照明に照らされた鉄華団団員たちが一様にオルガを見上げていた。彼らのすぐ隣には豪勢な食事やありったけの酒が積まれたテーブルが無数にあり、誰もが今すぐにでもそれに飛びつきたいのを我慢している。

 けれどオルガがマイクを口元に寄せた途端、場の雰囲気が一変した。本部の壁に映し出された地球支部の面々も遠く離れたところから彼の言葉を待っていた。今やすっかり背負いなれた団長としての重圧を感じながらも、彼は朗々と話し出す。

 

「皆、俺の挨拶なんかよりそこの食べ物の方が気になるだろうからよ。手短にすませちまおうか」

 

 軽い冗談に場の空気が少しほぐれたところで、オルガは更に言葉を続けた。

 

「今日この日まで皆、よく頑張ってくれた。苦しい戦い、悲しい別れ、色んな苦難に襲われてしんどかっただろう。その中でお前たちは決して諦めず投げ出さず、俺に着いてきてくれた。そのおかげで俺たち鉄華団は”上がり”に辿り着けたと思ってる」

 

 居並ぶ面々をサッと見渡した。三日月、ユージン、昭弘、シノ、モニター越しにチャドやタカキの姿もあり、そして最後にジゼルが彼を見つめていた。

 彼らだけでない。ここに居る誰か一人でも欠けていれば、きっとこの祝勝会は実現しなかったろう。だからありったけの感謝の想いを乗せてさらに声を張り上げたのだ。

 

「今や鉄華団は火星でも、いいや、もはや地球ですら知らない者がいねぇ程の一大企業だ! だがこれは断じて俺一人の功績じゃねぇ。俺の無茶に付き合ってくれて、命懸けて気張ってくれたお前たちが居たからこそだ! だから今日はその感謝を込めて、ありったけ食べて騒いでくれ! 遠慮はいらねぇ、今夜は無礼講だ!」

 

 オルガが言い切るのと、天をつんざくような歓声が上がったのはほぼほぼ同時のことだった。示し合わすまでもなく「乾杯!!」という叫びが各所に木霊し、誰もが楽しみにしていた祝勝会の幕がとうとう上がったのである。

 

 ◇

 

 祝勝会における団員たちの行動は様々だった。

 自分の戦いぶりを披露する者、笑い話をする者、裏方の苦労にちょっとした裏話など、そこかしこで色んな話題が飛び交っている。ある者は地球支部と繋いだタブレット端末を皆で囲み、向こうの友人たちと賑やかに話していた。共通性のない話題ばかりだが、それでも皆が笑顔であることだけは同じである。

 オルガにとって、和気藹々としたこの光景が素直に誇らしかった。鉄華団(かぞく)が胸を張って人として生きていけるような、そんな組織にしたいと常々願っていた。そのために上がりを目指し、努力してきた甲斐がこの光景に詰まっているのだ。

 

 自分たちの歩んできた道は間違いじゃなかった──胸が暖かくなる想いに満たされながら、オルガが祝勝会のただ中を歩いていたその時だった。

 

「いい光景だなぁ、兄弟?」

「兄貴……お久しぶりです」

 

 白い帽子に白いスーツを着こんだ伊達男、オルガの兄貴分である名瀬・タービンの姿がそこにはあった。

 

「悪いな、鉄華団でもない俺らまで呼んでもらっちまって」

「まさか、とんでもないですよ。兄貴にも散々世話になりましたし、近くに居るってんなら当然来てもらうのが筋ってもんでしょう。それに──」

「テイワズとの万が一も避けたい、と。ま、こんだけ名前が売れちまったからな、心配すんのも無理ないさ」

 

 苦笑気味な名瀬は既に理由を察しているようだった。

 元々鉄華団の内輪だけで楽しむ予定だったが、タービンズの母艦『ハンマーヘッド』が火星のすぐ近くに居ると聞いて急遽招待をかけたのだ。これにはもちろん日頃から世話になっている恩返しもあるが、それ以上に組織的な意味合いが大きかった。

 ギャラルホルンの中心となった人物とそれなり以上の関係性を持ち、火星と地球で大きく名の売れた鉄華団は既に知名度だけならテイワズにも劣らない。さすがに組織としては一歩どころか二歩も三歩も後塵を拝すだろうが、それでも鉄華団の力が大きくなりすぎた今、ボスのマクマードと関係が拗れる危険性もあったのだ。

 

「もちろん、俺ら鉄華団にテイワズをどうこうなんて考えてる奴は一人も居ません。これからも良い関係を結んでもらえればと思ってます。ただ、そうはいっても納得してもらえるかは別なんで……」

「俺を呼んでテイワズとの関係も忘れてないとアピールしたかった訳だ」

「すんません、兄貴をダシにしちまって」

「謝んなって、別に構わねぇよ。弟分にタダで美味い飯食えるところに招待してもらったんだ、それで文句まで言ってちゃ男が廃る」

 

 いったん言葉を切り、名瀬は片手に持っていたグラスをグイっと呷る。美味そうに酒を飲む姿はオルガに比べてやはり大人だった。さっき彼も酒を飲んだが、すぐに酔い潰れそうだったのでそれ以上は飲んでない。

 それから彼は「まあほとんど杞憂だったとは思うがな」と言葉を続けた。

 

「確かに鉄華団の名は相当デカくなったが、逆に言えばそれを従えるテイワズの格だって上がるんだ。親父だってせっかくの巨大戦力やギャラルホルンとの伝手を失いたくはないだろうさ」

 

 それに、と名瀬は心底から意外そうに言葉を続けた。

 

「あのジャスレイが積極的に鉄華団の有用性を唱えててなぁ……それで面子の問題を気にしてる奴らも押され気味だ。なんせ腐ってもナンバー2だった男の言葉だ、いくらお前らにボロボロにされても無視は出来ねぇわな」

「ジャスレイが? そりゃまたどうして……?」

 

 テイワズのナンバー2、JPTトラストのトップであるジャスレイはかつてオルガの暗殺を主導し、そして返り討ちにされてしまった男だ。結局オルガの取りなしで命まで奪われなかったものの、それなり以上の制裁を受けたのは記憶に新しい。

 そんな彼が嫌っていた鉄華団をわざわざ庇うという行為自体、オルガからすれば予想外に過ぎた。少し回っていた酔いも簡単に抜けてしまうほどだ。

 

「まあ一番は保身だと思うぜ? 自分はそれだけ大それた奴に負けた、だから自分が返り討ちにされたのも仕方ねえって言いたいんだろうさ」

「そりゃまた何ともらしい理由っすね……ただホントにそれだけなんですかね?」

「さて、俺は知っての通りお前らよりも先にあいつと反目してたからな、詳しくは分からんさ。まあ考えられるとすれば、アイツにも通すべき筋と義理の心が残ってたってとこかね?」

「通すべき筋、ですか……」

 

 命を狙ったはずの相手に見逃され、必要以上のケジメを迫られることはなかった。これはヤクザな組織であるテイワズの中では、あのマクマードでも”甘いんじゃないか”と感じるくらいに穏当な制裁だ。普通は確実に命で償わされている。

 だからもしかしたら、不可解なジャスレイの行動はその礼という意味もあるのかもしれなかった。もちろんただの保身でしかなく、そこまで高尚な考えなんて無かったのかもしれないが。真実は本人のみぞ知るところだ。

 

「ま、ともかくテイワズはまだまだお前ら鉄華団を利用してやる魂胆だぜ。俺たちもそろそろ兄弟分じゃなく、五分の関係になっても良いのかもしんねぇな」

「そんなこた──」

「あるのさ。今のままじゃ俺らタービンズが鉄華団の兄貴分と言っても誰も信じてくんねぇだろうしな。いやはや、お前たちも随分立派になったもんだ」

 

 冗談めかした言葉であるが、その実本心からの言葉であった。

 名瀬が初めて出会った時の鉄華団は吹けば飛ぶようなちんけな組織だった。何もかもが足りておらず、団長であるオルガは飢えた白狼のようにぎらついた眼光をしていたものだ。

 それが今では途轍もない組織にまで急成長し、オルガは団長としての風格と余裕まで手に入れている。これら全てが兄貴分である自分の手柄と思う程、名瀬も馬鹿ではない。彼らの努力の賜物と認めるのに否はなかった。

 

「せいぜい気合入れて、意地も張ってけよ。これからが一番忙しい時期だろうが、なに、信頼できる奴がいるなら大丈夫さ。色んな良い女を知る男として保証してやる」

「そ、そりゃいったいどういう意味っすか兄貴──」

「ハハハ、せいぜい自分で考えな」

 

 片手を挙げて笑いながら、名瀬はオルガに背を向けた。そろそろ一緒に連れてきた者たちの機嫌も取らないと、せっかくの宴会が台無しになってしまう。まあアミダが居ればそっちは問題無いとも思っているが。

 それにしても、最初に告げた警告は物の見事に外れちまったな──なんて、内心でこっそり自嘲している名瀬であった。

 

 ◇

 

 各テーブルの中でも特に古参のメンバーが揃っているそこに足を運んだ途端、熱烈な歓迎がオルガを出迎えた。

 ユージン、シノを筆頭に昭弘やダンテもすっかり酒が入っており、三日月もアトラと共に穏やかに食事をしている。もっとも、右半身の動かない彼はアトラの世話になりっぱなしであったのだが。

 ひとしきり互いを労う言葉を交わし合ってから、改めて乾杯をした。仲間たちと共に腹へ入れる飯と酒の味は格別だった。

 

「まさか俺たちがこんなとこまで来れるとはなぁ……鉄華団立ち上げたときからは想像もつかねぇぜ」

「ホント、俺らいつおっ()んでもおかしくねぇ戦いばっかだったからな。それもやっと一区切りかと思うと不思議なもんだぜ」

「こっからはばんばん団員も増えて、大人の希望者も来るだろうしな。俺たちが昔の一軍の奴らみたいにならないよういっそう気を引き締めなきゃなんねぇぞ」

「違いねぇ。やるこた多いけどよ、そんだけでっかくなったなら本望だな」

 

 ユージンとシノが感慨深そうに笑う。ほぼ少年たちだけで結成した先行き不安な組織は、今やどこに出しても恥ずかしくない帰るべき場所にまでなった。これからはもう宇宙ネズミがどうだの、ガキがどうだの言われることは無い。まっとうな人としての地位を手に入れることができたのだ。

 

「そういやダンテ、お前出先の方はどうなったよ? 上手くモノにできそうか?」

「おう、任せとけって。鉄華団が戦いだけじゃないって他の奴らに見せつけてくるから楽しみにしてろよ」

 

 自信満々に告げたダンテにオルガも安心したように笑った。副団長たちに任せていた仕事はどうにか目途を立てることができたようだ。

 鉄華団の中でもコンピュータ類に強く、ハッカーとして無類の有能さを持つダンテは貴重な存在だ。それ故に他の会社、企業でも働くことができるのではと考えては居たのだが、これまでついぞその機会が巡ってくることは無かった。

 けれど、今の鉄華団はあらゆる企業がこぞって関係を持ちたがるほどの一大組織だ。そのほとんどはおべっかなのだろうが、ならば利用してやれと考えたのがオルガであった。彼は鉄華団の中でも秀でた一芸を持っている者たちを中心に、まずは研修として他所の会社で学ばせようとしたのである。

 

「他にもライドや地球のタカキ、それに何人かの希望者が最初の足がかりだったか。まあタカキは心配してないが……ライドは微妙に不安だな。アイツで大丈夫か?」

「なら昭弘が行ってみる? こっちの農園は人たくさん募集中だけど」

「勘弁してくれ、俺は農業なんて柄じゃねぇよ」

 

 最終的な目標は戦いとは出来るだけ無縁な、真っ当な組織へと生まれ変わらせることだ。そのためには団員たちが戦い以外の技術、生き方も学ばなければならない。その知恵を得るため、遠慮なく他社の胸を借りてしまおうという魂胆だった。

 

 先のようにダンテは既にIT系の中規模会社への研修が決まっており、絵が得意なライドはデザイン系の会社へ、タカキはアーブラウ代表蒔苗の厚意で彼の事務所へ勤務してみることになっている。他にも各々の適性を活かせる会社へと振り分けはすんでいた。

 中でも鉄華団のエース三日月は、かねてからの夢であった農業経営に、とうとう一歩を踏み込むことができた。土地は主に鉄華団の財力で買いあげたそこそこ広めの場所、従業員は三日月を中心に鉄華団の希望者から募っている。さらに農業プラントの方から何人かアドバイザーを派遣してもらっており、既に下見は済ませ、これからは実地で学びながら色々と試していく段階だった。

 

 ゆくゆくはこちらも産業として成り立たせ、鉄華団の財政を担ってもらう予定だ。まだまだ火星では作物は安く買い叩かれてしまうのが現状だが、きっとこれから良くなっていくはずだ。その先行投資としては悪くない。

 

「でも、この身体じゃまだまだ難しいけどね。バルバトスを引っ張ってこなきゃマトモに動けないし」

「三日月……昭弘さんは大丈夫なんですか?」

「大丈夫、とは言い難いが……まあ何とかなってるさ」

 

 心配そうなアトラに昭弘は片手を挙げて答えた。彼もまたMA戦で阿頼耶識のリミッターを解除してしまい、三日月と同じく身体の一部が機能不全に陥っている。特に顕著なのが左手の肘から先であり、三日月に比べればマシでも生活し辛い身体となってしまったのだ。

 ただそのせいで、タービンズのラフタからかなり世話を焼かれていることを皆が知っていた。今は久々に再会できた名瀬の所へと行っているが、先ほどまで甲斐甲斐しく左手分のサポートをされていたせいで、ユージンとシノが親の仇でも見るかのように昭弘を見ていたのは記憶に新しい。

 

 ただ、これについても朗報があった。

 

「阿頼耶識の障害だが、コイツはマクギリスが良い情報を持ってきてくれてな。上手くいきゃぁ、今よりマシな身体には戻れるかもしんねぇぞ!」

「そうなの?」

「なんだそりゃ?」

「いやお前ら、そこはもっと喜べって」

 

 元々不完全な阿頼耶識ゆえに起きた身体障害は、逆に言えば完全ならばもう少し軽いものかもしれない。その仮説自体は三日月たちとジゼルの症例を比べてみれば思い浮かぶだろう。後者は味覚と嗅覚の異常だけであり、生活に支障が及ぶほどではないのだから。

 ではこの三日月たちの不完全な阿頼耶識を、完全な阿頼耶識へと取り換えてみればどうなるか。さすがに脊髄に定着させてる以上すべて交換は不可能だが、表面上のピアスくらいは何とかなるかもしれない。

 

「今のギャラルホルンはマクギリスにも阿頼耶識を施術できる技術、つまり完全な阿頼耶識が確立されてるらしい。そっちと取り換えてみれば、上手くいけば身体も多少動くようになるかもしれない……ってのがアイツの考えだった」

 

 この話をマクギリスからされたときは、まさしく青天の霹靂だった。ようやく上がりに辿り着けたとはいえ、三日月と昭弘には多大な不便をかけさせてしまうのだ。その負い目はどうしてもオルガの中で引っかかっていた。

 それを解決できるとあらば乗らない手はない。マクギリス自身、鉄華団への報酬の一つとして遠慮はいらないと言っていたので、一も二も無く飛びつかせてもらったのだ。このときばかりはマクギリスにありったけの感謝の言葉を述べ、逆に向こうの方が微笑ましいものを見る目だったことには気づいてないが。

 

「どうだミカ、昭弘。せっかくあの男がくれた報酬なんだ、俺は悪かないと思うが」

「……うん、せめて腕か足が動くようになれば十分だし、やってみる価値はあるかもね」

「俺としてもありがたい話だな。慣れればなんてこた無いとはいえ、動くにこしたことはねぇしよ」

 

 二人の同意と、アトラとユージンたちが笑い出すのはほとんど同時だった。

 アトラの方は「良かったね三日月!」と彼に飛びつき、ユージンたちは笑いながら「お前はラフタさんがいるから別にイイだろ!」と叫んでいる。なんとも言えない格差にオルガも苦笑いするしかない。

 

 その中で、三日月と視線が合った。いつだって強い意思を宿していた青い瞳がオルガをまっすぐ見据えている。

 

「ねぇ、オルガ。オルガの目指してた”ここじゃない何処か”に、俺たちは辿り着けたのかな?」

「……ああ、そうさ。俺たちはやっとここまで来れたんだ。ミカや、他の皆と胸張って生きてける場所に辿り着いたんだ」

「そっか。うん、オルガに着いてきて本当に良かった。ここはすごく綺麗で、暖かい」

「何言ってやがる、お前が俺をここまで連れて来てくれたようなもんだよ。ありがとな、ミカ」

 

 滅多に見せない三日月の穏やかな笑みに、改めてこれまでの苦労が報われたような気がして。

 万感の想いを籠め、オルガと三日月は拳を突き合わせたのだった。

 

 ◇

 

 だんだんと夜も更け始め、あれだけ勢いのあった祝勝会の活気も落ち着いてきた。年長の者たちはだいたいアルコールもあって酔いつぶれ、年少組もほとんどが眠気に負けてベッドへと戻ってしまっている。今起きているのは雪之丞やデクスターといった一部の大人たちと、オルガのようにあまりアルコールを入れていない年長の者くらいだった。

 

「ったく、世話が焼けるったらねぇよ」

 

 オルガはぼやきながらユージンたちの突っ伏しているテーブルを簡単に片づけてやった。酒や食べ物をこぼされたらたまらない。周囲もチラホラと片付けも視野に入れつつ、最後の余韻を楽しんでいるようだった。

 その中でふと、隅っこの方でちんまり座っている少女の姿を見つけた。見慣れた赤銀の髪を靡かせ、金の瞳はいつものように眠たそうだ。けれど白魚のような指は酒の入ったグラスをしっかりと握っている。

 

「よう、アンタもまだ起きてたのか」

「ええ、まあ。今日はやけに目が冴えてしまったので」

 

 応えたジゼルの声音はいつも通り平坦だった。ただ彼女もそれなりに飲んでいたのか、いつもよりどこか色っぽい雰囲気を漂わせている。

 直視していると妙な気分になりそうだったのもあり、オルガはひとまず隣の椅子に腰かけた。テーブルに残ってた度数の弱めの酒をグラスに注ぎ、ちびちびと飲み始める。

 

「……団長さん、もしかしてお酒弱いですか?」

「なんだよ、悪ぃか? 前に歳星で飲み過ぎた挙句ひどい目にあってな、それ以来自重してんだよ。そういうアンタは酒が強いのか?」

「それなりには強いですよ。味が分からないのでそんなに楽しくはないですが」

 

 そう言いながら思い切り飲んでいるジゼルの姿は、豪快だがやはり惹きつけられるものがある。持って生まれた気品とでも言うのだろうか。ただ眺めて酒を飲むだけでも悪くない気分だった。

 何となしに空を見上げた。美しい星々が瞬いている。あの綺羅星のように自分たちはなれたのだろうか。遠く遠く先の、空の果てにある輝きに、自分たちは至れたのだろうか。

 

「なんだか夢みてぇだな……このまま寝て、そんで目が覚めたら全部嘘だったって言われても信じちまいそうだ」

「夢なんかじゃありませんよ。だってここにもう一人、同じように思ってる人がいるんですから。二人が同じ夢を見たなら、それはきっと正夢じゃないかなとジゼルは思います」

「そうだな……その通りだ」

 

 幸せすぎて馬鹿になってしまっているが、明日からはまだまだ忙しい現実が続くのだ。こんなところで平和ボケして立ち止まってる訳にはいかなかった。幸せすぎるのも考え物だと、贅沢にも感じてしまう。

 

「これから鉄華団は少しづつ真っ当な組織に改善してく。まだ当分は護衛の仕事やらで武力を用いることもあるだろうが、それも次第に最小限にしてくつもりだ。そうなればいつかアンタの危惧してた、鉄華団での居場所は──」

「なくなりませんよ。だって今のジゼルには、誰かを殺すよりもっと成し遂げたい想いがありますので」

 

 彼女はたおやかに微笑んだ。これまでの狂気を微塵も感じさせないほど純粋で、美しい笑みだ。

 

「あなたを守ってあげなければいけませんからね、オルガ団長。テイワズでもあんな目に遭ったんですから、一人くらい有能な護衛が居なければ話になりません。その点ジゼルは適任ですよ?」

「はぁ、まったく……やっぱんな恥ずかしいこと言うべきじゃなかったぜ。男としてすっかり情けない奴になっちまった」

 

 愚痴を吐きながら、しかしやっぱり悪い気分ではなかった。結局ジゼルの業を完全に拭い去れたかといえば違うだろう。その根幹に根差す殺人衝動は少しも消えてはいないはず。どうしようもなく現状維持のまま、彼女はここまで来てしまった。

 けれど、代わりにより大切な何かを見つけてくれたというのなら、それは喜ぶべきことだった。しかもそれが自分を守ることというのはどうしても面映ゆく、くすぐったくて仕方ない。

 ちょっと顔が熱く感じるのは、何も酒精が回っただけじゃないだろう。それを誤魔化すようにオルガは顔を背けようとしたが、その前にひんやりとしたジゼルの指が彼の頬を抑えていた。

 

「……なんだよ? 俺の顔になんかゴミでも付いてたか?」

「いえ、そういう訳では。ただその、もしかしたらジゼルは、(わたくし)は、あなたのことが──」

 

 それから何かを続けようとして、口ごもり、目線を泳がせ、結局ジゼルはやめてしまった。白い頬を酒のせいか紅潮させつつ、オルガの頬から指を離す。オルガからすれば言いたいことはハッキリと伝えてほしかったのだが仕方ない。

 

「んだよ、俺の事をやっぱ殺してみたいってか? そいつは悪いがお断りだぞ」

「……今更言いませんよ、そんなこと。ですがほら、こういうのって言うよりも言われる方がロマンチックですから。それまで待つことにしただけです」

「俺にそんなもん期待されてもしょうがないんだけどな……」

 

 これまで年の近しい女性とはほとんど縁が無かっただけあり、こういう時のジゼルの思考はイマイチよく分からない。とはいえ妙なことではないのだろうし、きっとその意味も追々分かってくることだろう。

 少なくとも今は交わした約束さえ忘れなければいいのだ。オルガはジゼルを導き、ジゼルはオルガを守る。三日月とはまた違う、互いに不可欠な関係として歩んでいければそれで良かった。

 

「団長さん、ジゼルはあなたに会えて本当に良かったです。それだけは伝えさせてください」

「面と向かってそう言われると滅茶苦茶恥ずかしいな……ま、ありがたく受け取っとくさ」

 

 互いを結びつけるものは今も昔も変わらない。

 筋を通すことに拘るオルガと、恩を返すことに拘るジゼルにとっては信頼こそが何より互いを繋ぎ止めるものなのだ。だからジゼルからの真っすぐな信頼の証はオルガにとっても心地よいものだった。

 

「そういやアンタ、ハーモニカが得意だったよな?」

「ええ、人並み以上には吹けますよ? もしかして聴きたいですか?」

「せっかくだからな、俺も一度くらい聴いてみたっていいだろ」

「構いませんよ。ただし一つだけ、条件があります」

 

 さてどんな条件が飛び出すやら。若干身構えてしまったオルガだが、提示された条件は拍子抜けするようなものだった。

 

「団長さん、いつもジゼルのことを”アンタ”って呼んでますよね? 昔は普通にジゼルって呼んでましたし、たまにそう呼んではくれますけど、そろそろ統一してもらえませんか?」

「は? そんなこた……ないこともない……な、確かに」

 

 そういえば、彼女のことを呼ぶときはほとんどアンタ呼ばわりだった覚えがある。たまにジゼルと呼ぶときもあった気がするが、ほとんどそのタイミングは無かったはずだ。どうやらそれを根に持っていたらしい。

 しかし、思い返せばどうしてそのようになったのだろうか。鉄華団の団員たちは気安く名前で呼ぶし、アトラやクーデリア、タービンズの面々だって普通に名前で呼んでいた。ことさら女性の名を呼ぶのを気恥ずかしいと感じる覚えもなかったはずだが……どうして彼女だけ特別扱いしてたのだろう?

 

「まあなんでかは知らんがその通りだったな、悪かったよ、()()()

「ふふっ、仕方ないのでそれで許してあげますよ。代わりに今度新しいハーモニカを買うのと、またジゼルの髪を梳いてくださいな」

「バカ、一つどころか三つに増えてんぞ」

「心をこめて吹かせてもらうので、それで帳消しにしてくれれば」

 

 それからジゼルは懐からハーモニカを取り出した。決戦の前に壊れてしまったと言っていたハーモニカであるが、ジゼルは躊躇いなく口を付けた。まるで今も音が鳴るのを確信しているかのような振る舞いだ。

 

「ちゃんと音出るのか、そいつは?」

「鳴りますよ。だってこれは、団長さんが音を鳴らしてくれましたからね」

「確かにそんなこともあったな……なら良いさ、任せる」

 

 言い切るのと、ジゼルがハーモニカを吹きだすのは全く同じだった。仮にも壊れていたとは思えない綺麗な音色、それがスルスルと星空へ伸びては美しく消えていく。芸術だとか音楽だとか興味の無いオルガでも、素直に聴いていたいと思える代物だった。

 あの日、採掘場からフェニクスとジゼルを掘り返して以来、様々なことがあった。遠い昔のように感じるその思い出を噛み締めながら、ハーモニカの音色に紛れてそっと呟く。

 

「俺もジゼルに会えて本当に良かった、ありがとよ」

 

 返答はなかった。むしろ今も夢中でハーモニカを演奏しているジゼルは気が付いたかどうか。別にどちらでもオルガは構わなかった。その方がなんだか自分たちらしい気がしたのだ。

 いつの間にか空は白み始めていた。うっすらと昇り出した陽光に旋律が照らされ、黎明の中を舞い昇る。それを特等席で鑑賞できるのは百万の富にも勝る贅沢の様に思えて、オルガはゆったりと椅子に背を預けて片目を閉じた。

 

 これからも鉄華団は続いていく。

 

 ここがすべてのゴールでは無いのだ。まだまだ道は半ば、今を必死に生きる者たちは懸命に明日を目指して駆けていく。

 時代の荒波に揉まれ、鉄の華を掲げ人として駆け抜けた少年たちの戦いは。

 過去より鋼の不死鳥のごとく蘇り、黎明に音色(うた)を響かせる彼女の羽ばたきは。

 

 ──至るべき未来(そら)を目指して、いつまでだって続いていくのだ。

 




これを持ちまして、鋼の不死鳥 黎明の唄はひとまずの完結とさせていただきます。
およそ一年の間お付き合いくださり本当にありがとうございました。完結した感想やら裏設定やら語りたいことは山ほどあるのですが、ホントに多すぎるので活動報告に載せておきました。興味のある方はぜひご覧ください。

それではこの辺で失礼させていただきます。いずれ何かしらの二次創作を書く予定ではありますが、その時はまた読んでいただければ嬉しいです。

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