今回は全4話予定、出来るだけ早めに終わらせる予定ですがのんびりお待ちください。
それから、ありがたいことに本作で登場するオリジナル機体のフェニクスの支援絵を頂いたので後書きの方で紹介させていただきます。苦手な方はご注意ください。
ギャラルホルンにおいて期待のエースとされたジュリエッタ・ジュリスという女性が、どうして貪欲なまでに力を求めレギンレイズ・ジュリアへの搭乗を決めたのか。ただでさえ実戦データが足りない新鋭機の、しかも操作性もピーキーなものである。彼女ほどの実力者をいきなり乗せるには対価が釣り合っていないのは明白ながら、何故と聞かれれば答えは一つしかなかった。
すなわち、『鏖殺の不死鳥に勝ちたかった』という一点のみ。火星の採掘プラントで手痛い敗北を喫し、自分にとって唯一絶対たるラスタル・エリオンの顔に泥を塗るような真似をしてしまったのだ。結果としてこれが最後にはラスタルの勝利にも繋がったから良いものの……もしこの件が切っ掛けで彼の立場が本当に失墜していたら、おそらく彼女は死んでも死にきれなかったことだろう。
だからこそ、いっそ強欲なまでに新しい力を求めた。もし次に
結局は先の”ギャラルホルン戦役”で不死鳥と矛を交えることなどついぞなく、拍子抜けするほどアッサリ味方のままで終わってしまったのである。
◇
「どうしたジュリエッタ、珍しく考え事か?」
「あっ、いえ!? なんでもありません!」
慌てて返答したジュリエッタに対し、髭の偉丈夫──ラスタル・エリオンは含み笑いで返した。すぐに彼女は動揺を隠して咳払いをしたものの、きっとこの男には全てお見通しなことだろう。この男の放つ風格にはそれだけのものがある。
ここはギャラルホルンが保有する海上のメガフロート、ヴィーンゴールヴの一室だった。
かつては世界の腐敗の象徴とも揶揄されたギャラルホルンであるが、今では改革派筆頭だったマクギリス・ファリドとその一派の手によりかつてのあるべき姿、世界の平和を維持する巨大な治安維持組織としての在り方が戻り始めている。家柄に関係なく実力によって地位が決まる、穏やかな実力主義組織の在り方はトップのマクギリスとラスタル、そしてその友であるガエリオの影響を如実に受けているだろう。
なのでラスタルは当然ながら多忙を極めるはずなのだが、あくまでも自然体で振舞っていた。ジュリエッタと話す今も余裕たっぷりな様子だ。
「くくっ、そう誤魔化すな。大方、今度の任務の件を考えていたのだろう? あの話をお前に運んできたのは他ならぬ私だからな」
「それは……確かに、意外ではありましたが。ラスタル様の命となればこのジュリエッタ、必ずや遂行する所存です」
「そう気負うな、今後のギャラルホルンをより良くするのはお前たち若者なのだから。いずれ私が一線を引いた後の働きも期待しているのだぞ?」
昔はセブンスターズとして強大な権力を誇っていたエリオン家であるが、今はあくまでラスタル単独での権力しか持ち得ない。だがそれで良いのだ、ただ家柄が良いというだけで優遇され、甘い蜜を啜ってしまえば待っているのは堕落だけ。どちらかといえば保守的な思想を持つラスタルといえど、そんな風習まで守ろうとは思わない。
優れた者、正しい者はどうか肯定されて欲しいし、真逆にただ家柄だけで地位にしがみつく無能が過剰に評価されるのもおかしな話だ。程度の差はあれどこの点でラスタルとマクギリスは同じ想いを抱いていたから、共に手を組むことが出来たのである。
その点で言えばジュリエッタ・ジュリスやマクギリス・ファリドは最たるものと言えるだろう。どちらも出身はあくまで不遇ながら、自身の才覚を頼りにギャラルホルンで登り詰めることを可能としたのだ。確かに時の運は絡んだにせよ、これを嘘とは誰にも呼べるまい。
だからラスタルにとって今のギャラルホルンの在り方こそ好ましい。どんな人間であろうとも能力を活かす機会さえあれば見合った地位へと昇ることは不可能ではないのだ。健全な組織の在り方とはこういうものだろうし、実例がトップに座っているとなれば他の者たちも目標としてより努力しようとする。かつての様な腐敗が起きない土壌は着々と出来上がっていた。
今はまだマクギリスとて成長途上だからこうしてラスタルも手を貸しているが、いずれ彼が真の意味で成熟すればそのような事も無くなるだろう。憂いなく表舞台から消えたその時こそ旧態依然のギャラルホルンが終わる時なのだ。
そしてこれは何もギャラルホルンだけに限った話ではない。他にも既にその芽は出始めていて、現在ジュリエッタと話している内容にも大きく関わってくるのだ。
「だからその為にも、鉄華団との共同は必要不可欠だ。世間はどこも彼らに注目しているからな、我々もまたその為のアピールは欠かせない」
「鉄華団と共同で海底に存在する厄祭戦の遺物を調査、それが今回の任務ですものね……」
そう、つまりはここに行きつくのだ。
仮にも巨大な治安維持組織であるギャラルホルンが高々一企業如きを気にする必要など普通はない。ないのだが、しかし、鉄華団だけは話が違ってくる。彼らはかつてギャラルホルンに一泡吹かせた実績を持ち、かのギャラルホルン戦役ですらマクギリス側の陣営に立って強大な力を振るった組織である。もはや一企業の持つ武力の桁を超えているし、もし彼らが暴れようものならどんな陣営だろうと大火傷は免れない。
そんな彼らもまた始まりは不遇であり、底辺からのし上がった組織である。あらゆる不条理を跳ね返し、戦い、最後には自らの名誉と居場所を勝ち取って見せたのだ。昨今では火星のクーデリアを中心にヒューマンデブリ根絶の気運も高まっており、ますます鉄華団も精力的に活動してはヒューマンデブリを無くそうと働きかけていた。
今や
故にP.D.328年の現在、四大経済圏から月コロニー周辺、しいては圏外圏まで含めた激動の時代に突入しており、だからこそ先駆者の鉄華団と監視者たるギャラルホルンは密に連携を取る必要があったのだ。
先にジュリエッタが口にした内容も、つまりギャラルホルンと鉄華団が互いに手を取り合ってることのアピールにも繋がる訳で。自由を目指すのは結構だが、せめて節度を守れと暗に示しているのだ。現に今の鉄華団はあくまでギャラルホルンの敷いたルール、平たく言えば周辺を混乱させたり食い物にしないようなマナーをしっかり弁えている。
一方で、『これはあくまで一企業との癒着である』と弾劾されればその通りでもあるのだが、今の世論でそれを声高に叫んだところで労力に見合わない。前提としてその事実を知ったところで、困る人間がまず誰もいないのだから。群衆とは自分たちに関係のない出来事にはとことん無関心であるのが世の常だ。
そうはいっても納得しきれないところもあるのが彼女の本音だった。
「……忌憚なく言わせてもらいますが、今回の件で鉄華団の手を借りる必要はあるのですか? その、海底から見つかったというエイハブ・リアクターの反応が本当にMAなら大問題ですが……」
「さて、どうだろうな。今の時点では何とも言えぬが、これまでの経緯を踏まえながら我々がMAを警戒しないのもおかしな話だろう」
──ことの切っ掛けは一ヶ月ほど前、とある新興企業の調査船が太平洋上で消息を絶った日まで遡る。
なんでもその新興企業は自分たちも鉄華団の様にガンダム・フレームを見つけるか、あるいは手つかずのエイハブ・リアクターを見つけて一儲けしたいと考えたらしい。そのために調査船を用いて厄祭戦の影響も色濃く残る地球の海へと繰り出し、あわよくば引き上げようとする試みたのである。
とはいえ地球の海はとっくの昔にギャラルホルンが検分済み、厄祭戦によって海中へと沈んだMSやMAの残骸などは全て回収されていたはずなのだが……何事にも例外は存在するらしい。
調査船が太平洋へと出た数日後、まったく別の船が沖合でこの調査船の
岩礁に乗り上げた調査船は半ばから真っ二つになっていて、その断面部はまるで熱量で焼き切られたかのようになっていたという。当然ながら生存者は発見出来ず。一攫千金を夢見た者たちのあまりに儚い末路だった。
海上のど真ん中で船が二つに焼き切られるなど明らかに尋常ではない。さすがにこの異常性を察した者が然るべきところへと報告し、そこから流れに流れてギャラルホルンの下まで辿り着いたのである。
「……そしてギャラルホルンによる改めての調査の結果、不自然なエイハブ・リアクター反応が発見されたという訳だ。かつてMAにはビーム兵器が搭載されていた以上、これを疑うのは当然の話だな」
「ですが、それならどうして今も海中に潜んでいるのでしょうか? もし本当にかのMAだというのなら、火星のように人を殺すべく活動を開始しているはずですが」
「分からぬ。スラスターの類が壊れて移動できないだけなのか、あるいは何かAIに仕込まれた理由があるのか。どちらにせよ下手に近づいて刺激する訳にもいかないのだ、本当にMAならば万が一にも危険は冒せないからな」
普通の海上艦を近づけてしまえば例のビームで撃沈される可能性があるし、かといってビームを弾けるMSを近づけて本格起動させてしまえば目も当てられない。それでかつてはイオク・クジャンも失敗したのだ、あの教訓はジュリエッタもラスタルも身に染みていた。
よってMAだという確証を得ることも出来ず、さりとてリスクも冒せず。どうにもならないまま時間だけが過ぎたところで、ついにしびれを切らしたラスタルが鉄華団へと話を持ち寄ったのである。
「あの殺戮兵器を前にすれば、数だけでは到底足りぬし犠牲者も甚大だろう。となれば、強大な個人を持つ鉄華団に頼むしかあるまいて」
「つまり、
「お前もだ、ジュリエッタよ。それに、さすがにナベリウスやキマリスを駆り出す訳にはいかんからな。万が一にも彼らが討ち死にすれば取り返しのつかない惨事だ」
暗に「お前や鉄華団なら死亡してもまだマシ」と言っているようなものだが、それを含めてのラスタル・エリオンである。単に清廉潔白な態度だけで政界を生き抜けるはずもなし、優先事項はどうしようもなく存在するのだからジュリエッタとしても文句はない。時としてこの男が非道とも取れる手段に訴えることもよく知っていた。
ともあれ事態はまだ始まったばかりであり、同時に全貌すら明らかにされていないのだ。何事もなければそれで良し、仮に未発見のMAが起動したならこれを鎮圧する。やることは非常にシンプルだ。
「どのような真実があるにせよ、このまま海上の一部が封鎖されたままでは治安維持組織の名折れだろう。もしもの時には期待しているぞ、ジュリエッタ」
「はい! お任せを、ラスタル様!」
歯切れよく返答したジュリエッタにラスタルは真剣な眼差しを向けた。
「鉄華団……いや、特に鏖殺の不死鳥にお前が拘っていることは知っているつもりだ。しかし、軍人としての本分を忘れてはならないぞ。この前のようにそつなく手を組め、いいな?」
「……はい!」
今度は少しだけ歯切れの悪い返答に、ラスタルは小さく溜息を吐いたのだった。
◇
『それはまた、あのラスタルも随分と困っているようだな』
「あまり笑ってくれるな。私としてもどうしたものかと考えているところさ」
『なるほど、それは失礼した。しかしかつての私にも似ているようで少々面映ゆいものもあってな』
そう言って通話の相手、現ギャラルホルンのトップに君臨するマクギリス・ファリドは薄く笑ったのだ。
既にジュリエッタは退出した後だった。マクギリスから事務連絡を受けて互いに報告などを纏め、息抜きとばかりに先の話を語ってみれば返答はこの始末だ。改めてラスタルの口から深い溜息が漏れてしまったのも無理はない。
「教え導く、というのが私にはどうも向いていないように思えてならん。孤児だったジュリエッタに戦闘のイロハを教えたのも
『それでも、かつてガエリオを導いたのはあなただろう。そのことは誇っても良いのでは?』
「お前が言うか、マクギリス」
『私だから言うのさ、ラスタル』
ラスタルの痛烈な皮肉に対し、マクギリスもまた皮肉気な笑みで答えてみせた。
かつてはそのせいで敵となっていたガエリオ・ボードウィンに出し抜かれ熾烈な争いをするに至ったのだが、今ではむしろ感謝しているくらいだ。そのおかげで、ようやく大切なものに気が付くことが出来たのだから。
なのでこれは遠回しなマクギリスからの謝意でもあり、これに気が付かぬラスタルでもないのだが両者ともに敢えて触れることはない。そうやって馴れ合う程の仲でもないと互いに自制している故に。
『話を戻すが、強大な力が欲しいという願望は誰だって大なり小なり持つだろう。通常ならば男の方がそういった思考に陥りやすいが、彼女程のパイロットならばむしろ納得だよ。功を焦っている、と言い換えても良いかもしれないな』
「……どこぞの誰かを彷彿とさせるな。参考までに聞きたいが、お前はいったいどうして変わった? 手を組んでから今日まで、その切っ掛けを聞いたことが無かった」
かつて幼少期のマクギリスを見た時、その瞳の奥に映った野心とも言うべき光をラスタルは警戒した。いずれこの少年こそ自分の前に立ち塞がる敵になるだろうと予見し、事実そのようになりかけたのである。
だが現実はそうならなかった。いかなる運命の悪戯だろうか、マクギリスはどこかを境に自分の考え方を改めたのだ。腐敗したギャラルホルンに改革をもたらし、古き良き実力主義の組織へと立ち戻す理念こそ同じだが、そこに付随していた捩子くれた衝動がサッパリ変わっていた。
歯に衣着せず例えるなら、青少年が夢から覚めて現実を見据えたように。ラスタルからすればそれくらい彼の内面は変化していたのだ。
『……かつての私は、英雄というものに憧れていた』
「だろうな。バエルが欲しいといった時のお前の顔は忘れられそうもない」
『力ですべてを解決してみせたアグニカ・カイエルに憧れたのさ。彼のようにバエルを自在に操り、堕落したギャラルホルンを改革し、頂点に立つことさえ叶えば──このやり場のない怒りも消え、真に自らの居場所を手に入れることが出来ると信じていた』
生まれは劣等であり、日々の糧を得るために強盗殺人を犯すことも茶飯事だった。
その中で才覚を前当主のイズナリオ・ファリドに見込まれたのはまだ幸運だったが、それ以降すら幸福とは言い難い人生を送ってきた。
つまるところマクギリスのルーツは鉄華団の大部分と同じ
『だが、ある日言われてしまってな。『アグニカ・カイエルという古い象徴に頼らずとも、今のマクギリス・ファリドは己の手で道を切り拓いたのではないのか? 改革のためにバエルを用いてしまっては、結局腐ったギャラルホルンの枠組みの中から抜け出せないままではないのか?』──とな。それで目が覚めた。今の私はバエルに頼らずとも、自らの手でこの組織に革命を齎すことが可能なのだと』
「確かに道理だろうが……よくもまあ、あれ程までに己が理想へ執着していたお前が改めたものだ。いや、その人物とはもしや──」
『かつてのアグニカ・カイエルの懐刀にして、現鉄華団所属の鏖殺の不死鳥ことジゼル・アルムフェルトだよ。彼女ほど厄祭戦の英雄を知る者も今や存在せず、また手前味噌だが認められてしまえば是非もない。誤魔化すことなど不可能だったさ』
「やはり彼女か……これは困った、ジュリエッタが強さに拘っている理由もまさにそれが原因でな。どうやらお前の意見は参考になりそうにない」
『それは失礼した』
含み笑いで返すマクギリスはどこか楽しそうにも見えた。いや、実際楽しいのは間違いないのだろう。例えどのように思想が変化、成長しようとも、憧れた英雄を奉じる心自体に嘘は微塵もないのだから。
ともかく、同じように力に執着していたマクギリスの変わった理由は今回使えそうにない。あくまで彼の得た答えは彼だけのものであり、一事が万事全てに通じる訳でもないという当たり前の話だった。
「ジュリエッタがさらに一皮剥けて成長してくれれば、後進と併せていっそうギャラルホルンも安泰なのだがな。いつまでも民間企業を戦力のアテにしては治安維持組織の名が廃る。バックのテイワズにも弱みを晒したままだ」
『幸い、テイワズのご老体は圏外圏の方にご執心なものの、このままでは面子も何もないからな。いっそ今からでも私とガエリオが鉄華団の代わりに調査に向かうか?』
「それこそまさかだ。お前を出して万が一にもでもなってみろ、私が過労死する羽目になる。本来組織のトップが最高戦力などという事態は避けるべきなのだがな……いや、これはお前を責めても仕方ないな」
『そのためにも今後を長い目で見据え、新たにギャラルホルンを支える者たちを育成する必要がある訳だ。どうあれラスタルと私の間で意見は一致しているさ』
アグニカ・カイエルは実際に組織のトップに立ちながら、最前線で活躍をしたがな──そんな呟きは聞こえない振りをしたラスタルであった。
そしてかの厄祭戦の英雄と鏖殺の不死鳥といえばだ。実は前々からラスタルの中でも一つ疑問点があったのだ。ちょうど良い機会だから聞いてみるのも悪くない。
「ああ、そういえば。個人的に一つ気になっていたことがあるのだが、質問しても構わないかな?」
『これは珍しいな……構わない、答えられることなら答えてみよう』
「感謝する。質問というのは他でもない、かの人類最悪の殺人鬼はどうして──」