鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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先日から続く2話目です。


#54 互いの目指す先

「──そういやずっと気になってたんだがよ、どうしてジゼルは火星くんだりなんぞで冷凍されてたんだ?」

「藪から棒になんですか? ジゼルは今食事で忙しいのですが」

 

 場所はイサリビの食堂であった。たった二人の男女しかいないガランとした空間で、普段と違い気を緩めた様子のオルガとジゼルが席を挟んで座り合っている。ただし食べているのはジゼルだけ。

 モグモグと口を動かし抗議するジゼルだが、マイペースな彼女に合わせていてはいつまで経っても話が進まない。それをオルガはよく弁えているから、相変わらず胃に悪そうな激辛料理から目を背けつつ勝手に話を続けた。なんだかんだこの参謀殿は話を聞いてはいるのだ。気分で答えない時もあるだけで。

 

「普通に考えたら辺境の火星なんかじゃなく、ギャラルホルンのお膝元な地球の方がよっぽど良いだろ。なのに、なんでまた火星の地面に埋まってたのか不思議でよ」

「なんでと言われると……むぐっ、どうしてでしょうね? あと団長さん、ジゼルを冬眠生物みたいに言わないでください」

 

 別に寝る前に脂肪を蓄えたりなんてしてませんよ、などとジゼルはむすっと答えた。なのだが頬を膨らませたその表情は余計に餌を蓄える小動物のようでもあり、思わずオルガは笑ってしまうのだった。

 ただ、本当に昔から気になってはいたのだ。フェニクス共々冷凍睡眠(コールドスリープ)により三百年前から現代に蘇った鏖殺の不死鳥(ジゼル・アルムフェルト)であるが、何故火星の大地をわざわざベッドに選んだのか。ギャラルホルンの前身ことジェリコの本部は当然地球にあったのだろうから、生まれ故郷でもあるそっちで長い眠りにつく方が自然だろう。奇妙な齟齬に違和感を覚えるのも無理はない。

 

「実は、ジゼルも気になってたのです。地球の医療施設でのんびり冷凍保存されたはずなのに、どうして火星にいたのでしょうかね?」

「は? まさかアンタも──」

「ジゼルの名前はジゼルですよ、団長さん」

「……まさかジゼルも、気が付いたら火星に運ばれてたとか言うんじゃないだろうな?」

「その通り、お見事です。まあ少しは驚きましたけど、人を殺すのに不都合する訳でもないですから良いかなと」

「おいおい……」

 

 相変わらず自分のことに無頓着な態度にオルガは思わず頭を抱えてしまった。細かいことにあまり執着しないのはジゼルらしいが、それにも限度はあるだろうに。マイペースここに極まれりだ。

 だが思い返せば目覚めたら三百年が経過していたことにもあまり驚かなかった女である、今更地球と火星の違いくらいで動揺などしないのも納得は出来るか。

 

「それじゃどっかの誰かが勝手にジゼルを火星に送り付けたってことか。そりゃ火星の方もいい迷惑だったろうな」

「いきなり人類最悪の殺人鬼が送り付けられる訳ですからね。我が事ながらとんでもないなーと思います」

「だけど俺にとっちゃいい迷惑どころか大助かりだ。ならそれで構わないだろうさ、むしろその誰かさんに『ジゼルを火星に送り付けてありがとよ』って言ってやりたいくらいさ」

 

 もしも、この人類の中で最強最悪の殺人鬼が居なければ。今の鉄華団は無かったかもしれない。

 ほんの少しの掛け違いが大きくその後に影響することが”バタフライエフェクト”と呼ばれることをオルガは学んでいた。そして肝心要でジゼルが冷静な意見を出したり、成果を齎してくれたことも知っているつもりだ。例えそれが彼女の褒められない趣味──どうしようもない殺人嗜好のついでだとしても一向に構わない。

 

 などという想いを籠めて口に出せば、ジゼルはニヤリと皮肉気に笑った。表情の乏しい彼女にしては珍しい。

 

「きっとジゼルを火星に送り付けた人は厄介払いのつもりだったのでしょうが、アテが外れてしまいましたね。こんなところに一人だけ、ジゼルを歓迎してくれる奇特な方がいたのですから」

「たぶん鉄華団(うち)以上に良い条件を出す奴なんざいないだろうから、どうか引き抜かれてくれんなよ?」

「さて、どうでしょう? もしかしたら当初の偽装経歴(プロフィール)にならってテイワズに呼ばれるかも」

「そういや昔はそんな設定にしてたな……覚えてる奴いるのか? 俺はすっかりなぁなぁになって忘れちまってた」

「ジゼルもですよ」

 

 いつの間にか、随分とジゼルも鉄華団に馴染んでいたものだ。今でもまだ警戒したり、性格や出自を不思議がったりしてる者は当然存在しているが、それも徐々に気にされることが無くなってるのが現状である。ある種のマイペースでズレた性格と仕事への有能さで上手く誤魔化せているというべきか。

 

「どちらにせよ、ジゼルはここが居心地良いので去ったりはしませんよ。ここに居れば、誰かを殺したくなる気持ちも我慢できますから」

「そりゃいいぜ。人様のためにも俺たちのためにも、末永くご贔屓にってところだな」

「はい」

 

 今度は柔らかく微笑んでみせたジゼルだった。本当に、今日の彼女は珍しく表情がよく変わる。

 何か嬉しい事でもあったのかと聞いてみたくなったオルガであるが、そこはひとまず我慢して真面目な話へとシフトした。ようやくジゼルの食事も終わったので、今度は雑談ではなく真面目な話である。口元についた血のように赤いチリソースを布で拭ってやりながら本題へと入った。

 

「むぐ、ありがとうございます……」

「別に良いさ。それで、単刀直入に訊くが──地球にまだMAが残ってる可能性なんざあるのか?」

 

 そもそもどうしてイサリビに乗っているのかといえば、ギャラルホルンから連絡を受けて火星から地球に向かっている途中な訳であり。既にあらかたの状況説明と連絡を受けた理由は聞いていたのだが、どうにも腑に落ちない点があった。

 すなわち、厄祭戦で破壊されたはずのMAが、火星の地下どころか地球の海底に沈んでいる可能性である。かの激戦の時代を生きた張本人が眼前に居るのだ、意見を聞かない手は無いだろう。

 

「普通ならありえない、とは団長さんも分かっている事でしょうね」

 

 ちょうど拭われた辺りに指を這わせながらジゼルが答えた。

 オルガが頷いたのを見てさらに話を続ける。

 

「二年前、鉄華団の預かった採掘プラントからMAが掘り出されてしまったのは、そもそもあの周辺一帯のハーフメタルに原因があります。特殊な金属によりエイハブ・ウェーブの固有周波数は探知できず、そのせいでかつてのジェリコも休眠状態のMAを見逃してしまった。ここまでは構わないですよね?」

「ああ。だが地球ではそんな金属あるはずないとくれば、これまでギャラルホルンも発見できなかった道理が立たねぇ。なにかMA以外でビーム兵器を搭載した奴はあったのか?」

「……全く無かった、とは言えませんね。ビームは効率的に人を殺せる武器です。人と国と機械が殺し合ったあの時代、MAだけでなく国家間の争いですら使われた記録はありますし。本当にいい迷惑ですよ」

 

 勝手に大量虐殺されてはジゼルの取り分が減りますからね──そんな心の声が聞こえた気がした。

 

「ですが船を両断するほどの熱量ともなれば、もうMAに搭載されたもの以外にありえないでしょう。第一水中というビームの拡散しやすい環境を抜けてきているのです、それだけの無茶を通すにはエイハブ・リアクターのエネルギー供給が必要不可欠でしょう」

「なるほどな……ビームの拡散云々はよく分からないから置いとくにしても、今回の一件にMAが関わっている可能性は十分にある訳だ」

「おかしな話ではありますがね。ギャラルホルンもそれを承知しているからこそ、強大な個人を有する鉄華団に話を持ち出したのでしょうし」

「あんな化け物じみた奴が相手となればな……いくら数を揃えても蹴散らされるのがオチってやつか」

 

 火星で暴れたMAも、ギャラルホルン戦役で姿を見せた”対MA用”のMAも、どちらも常軌を逸した性能を誇っていたのだ。万が一にもそんなのが地球で暴れ出せば大変なことになる。警戒する気持ちは大いに理解できた。

 

「とはいえ、いつまでも俺たちをアテにしないでくれって話だがな。世界のトップと懇意でいられるのはありがてぇが、行き過ぎりゃそれも毒だ。この前も兄貴に釘を刺されたばかりなのによ」

「まあ名瀬さんだけでなく、向こうのマクギリスさんも同感でしょう。おそらく武力的な依頼はこれが最後になると思いますよ?」

「だったら良いがな。せっかく戦いとは無縁な仕事も軌道に乗って来てんだ、これでまた傭兵みたく扱われ出したら冗談にもならねぇぞ」

 

 ハーフメタルの採掘やタービンズとはまた別口での輸送業に加え、アーブラウでの軍事顧問に三日月たちが主体で行っている農園も今では順調に成果を挙げている。保有するガンダム・フレームやその他MS(モビルスーツ)たちもいまではすっかり重機のような扱いだ。有り体に言って、今の鉄華団は平和そのものだった。

 

「……ま、それが本当は難しいことも分かってるつもりだがよ。いつかジゼルに言われて思い知ったさ、今も悩んでるくらいだ」

 

 それでもいつかジゼルが指摘したように、元が少年兵だけに暴力からはどうしても逃れられないのだろう。むしろ完全に牙が抜かれた鉄華団をこれ幸いと潰そうと企む者たちだって存在するはずだ。だから完璧に危険なことから足を洗うなど不可能で……この理想と現実のギャップはどうしても埋めがたく、いつもオルガは悩んでしまう。

 

 ──本当にこれが、俺たちのアガリで良いのかと。

 

 もちろん、これで良いのだ。分かっているが、たまに頭をよぎるのだ。

 

「ったく、世の中難しいことばかりだな。頭使って考えてみても、最善な結論がいつも出てくる訳じゃねぇ。どころかこうして悩んで迷う始末だ、情けない」

「ジゼルが言うのもなんですが、それこそ当たり前の人間ですよ。悩んで、立ち止まって、それでも得た答えだから価値と重みが宿るのです。ジゼルはついぞ悩んだりしたことなんて無かった身ですが──」

 

 それでも、とジゼルは言う。

 揺蕩う金の瞳が、まっすぐオルガを見据えていた。

 

「あなたはジゼルも未来へと連れていってくれるのでしょう? なら、ジゼルはそのお手伝いをしますから。これもいつか告げた通り、あなた一人だけに悩ませたり考えさせはしませんよ」

「敵わないな、まったく。ありがとよ、気が楽になった」

 

 いつだってマイペースな彼女だからこそ、発言は常に一貫して翻らない。

 そんな態度に心底から救われたのだ。もし一人だけでこの悩みに当たっていたらきっとどこかで道を踏み外していたに違いない。理想を追い求めて、断崖の先の花を手に入れようと跳躍して……惨めに地面(げんじつ)へと激突していたことだろう。

 なのでそっと感謝を述べるオルガであるが、だから彼は気が付かない。その感情はそっくりジゼルからも向けられていることに。誰かを殺さずにはいられない鏖殺の不死鳥が、ただの人間として日々を送れていることがどれだけの奇跡なのかということに。

 

 両者ともにこの空気を噛み締めること数秒、先に話を戻したのはジゼルだった。

 

「ただ、三日月さんを連れてこなくて良かったのですか? もし本当にMAが埋まっているなら、彼が居た方がきっと確実だと思いますが……」

 

 実は今回の地球行きにおいて、オルガは敢えて三日月とバルバトスを連れてはこなかったのである。常にオルガの傍に居て、彼のために戦うことを躊躇いもしなかった三日月がこの件に関わらないなど、かつてなら天地がひっくり返ってもあり得ないことだったろう。

 実際、三日月は当然のように同行しようとしたのだが、オルガはそれを引き留めた。

 

「それは確かにその通りだ。けど、いい加減に俺と三日月の関係も見直すべきなんだ。アイツにはいつも……そう、いつもキツイ役目ばかり押し付けちまったからな」

 

 どんな時でも三日月はオルガに命を預け、”ここではない何処か”を目指すべく前に立って人を殺めてきた。その行いにオルガは深く感謝しているし、彼がいなければ絶対に道半ばで倒れていたことも間違いない。

 だが、それでもだ。三日月は常に道を示してくれるオルガに依存していたといえばその通りであり、またオルガも依存を利用して都合よく動かしたと言われれば否定はできない。互いに結んだ友情に嘘はないが、同時にどこか歪なところもあったのだ。

 

「アイツはもう俺なんかのために命を懸けていい人間じゃない。やっと農場を経営する夢を叶えて、アトラや暁も居て、なのにまだ『次は何をすればいい?』なんて言わせちゃいけないんだよ。ここらが潮時だ、俺たちも一度互いを見つめ直す必要があったんだ」

「なるほど。それでこの機会にかこつけて物理的に距離を置いてしまおうと」

「俺たちは昔からずっと一緒にいたからなぁ……キツイことも愉快なことも一緒になって経験してきたが、だからこそ見えなかったものがきっと在ると思うんだ」

 

 お互いを鼓舞し合ってここまで駆け抜けてきた。時には衝突しかけたこともあるし、それ以上に深く頼りにしてきた。これまでの道筋に後悔は微塵もない。

 でも、これから先は独り立ちの頃なのだ。もはやオルガたちは子供ではない。社会に生きる大人として振舞う必要が出るからこそ、いつか訪れる順当な未来が今このときであっただけの話である。

 

「俺はもうこれ以上三日月ばかりに頼れねぇし、出来るなら頼らないで済むのが一番だと思ってる。そしてアイツも、これからは俺に何かを聞かなくてもいいような人間になって欲しいんだ。ちょいとしんどいし寂しい選択だが……まあ何とかなるさ。こんな程度で崩れるほど、俺たちの絆はやわじゃねぇ」

 

 きっと三日月は後ろ髪を引かれ、忸怩たる思いだったろう。もしオルガがいきなり意見を翻して「ついて来てくれ」と一言いえば、二つ返事で一緒に来てくれたはずだ。どんな戦場だろうと躊躇なく飛び込むのは想像に難くない。

 それでも、最後は渋々ながら納得してくれたからにはオルガの意図を汲み取ってくれたと信じたい。彼には彼の夢が、人生があるのだ。鉄華団の悪魔などではなく、ただの人間として平和に過ごしてくれればそれで良い。

 

 力で成り上がった身ではあるが、決して力が全てでない事も知っている。三日月がそれを体現しようと頑張っているのだ、ならば団長として応援したいのが筋ではないか。

 

「立派なものだと思います、どうかあなたはそのまま突き進んでくださいね。ジゼルも期待してますから」

「ありがとよ。ま、それで今回はアンタに負担をかけちまうから世話ねぇけどよ……」

「そこは確かにどうかと思いますが……良いですよ、団長さんがそれだけしっかりと自分の意志で決めたことなら応えましょう。代わりに今度、何かご褒美でもくださいね」

「またかよ。ったく、まあ今回は仕方ねぇか」

 

 今回はオルガも、明らかに自分が我が儘を言っている自覚はあった。ギャラルホルンからの依頼に対して悠長に構えている事への申し訳なさも多少はある。それでもこの決断に踏み切ったのは、ギャラルホルンも矢面に立って手伝えというささやかな意趣返しと、ジゼルのこともまた強く信頼しているからだった。

 

「それにしても団長さん、三日月さんにはそれだけ気を遣うのにジゼルを戦場に出すのは躊躇わないのですね?」

「……お前なぁ、それを聞くのは意地が悪いだろ」

「違うのですか? 鏖殺の不死鳥には戦場こそ相応しいとジゼルも思いますが」

 

 怒っている訳ではなく、むしろ揶揄っているような口調だった。

 当然それを言われるのはオルガも覚悟している。指摘されても仕方ない。

 

「大違いだ。つーかまあ、なんだ……アンタは不死鳥なんだから、何があろうと戻ってくると信じてる。それでも駄目ならまた助けるだけさ、それくらいは団長として当然だ」

「──その気持ちだけ受け取っておきましょう。ただ今回はどう転んでも大人しくしてくださいね。団長さんを危険に晒すのは本意ではないですし、人間が絡むようならそれはジゼルの獲物ですから」

「まったく、アンタまで三日月と同じようなこと言いやがる。そんなに俺は一人だと頼りないのか……?」

「逆ですよ。頼りになるからこそ、あなたが居なくなってしまうのが怖くて堪らないのです。あと、それから」

 

 今度はちょっとだけ怒ったように口を尖らせると、ジゼルは強調するように言った。

 

「改めていいますが、ジゼルの名前はジゼルですよ? 是非とも名前で呼んでくださいな」

「おっと、そりゃ悪かったな」

 

 のんびりとした時間が過ぎていく。だが、こんな時間もそう長くは続かないことだろう。

 あと一日も経てば地球へ降下し、今回ギャラルホルンを騒がせている元凶に対面することになる。

 海底にいったい何が潜んでいるのか。本当に厄祭戦の置き土産なのか。真実を知る者はまだ、誰もいないのだ。




前回の挿絵ですが、より本編での描写に忠実に修正したものを頂いたのでそちらに差し替えさせていただきました。脚部がMAっぽくなってます。

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