鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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今回、厄祭戦についての独自解釈が多分に含まれております。


#7 きっかけ

 それは、年少組の誰かが放った何気ない言葉が発端だった。

 

「事務方のジゼルさんってMSも結構強いらしいけど、三日月さんたちと比べるとどれくらい強いんだろう?」

 

 少年たちの関心を集めるものと言えば、やはりカッコよさである。いつの時代、どのような場所であろうとも、この大原則だけは普遍的だ。火星であろうと例外とはなりえない。

 そして、少年兵たちのカッコよさの基準とは、これまたやはり強さなのである。とりわけMSの操縦技術というのはこれ以上ない強さの証明ともなり、鉄華団のMSパイロットはいつだって彼らの尊敬の的となるのだ。

 

 では、鉄華団で最も強いMSパイロットとは? これはおそらく、満場一致で三日月・オーガスと返されることだろう。本格的に鉄華団の悪魔と呼ばれ始めたその実力、伊達ではない。

 その次に強いMSパイロットは? これもきっと、大多数が昭弘・アルトランドと答えるはずだ。グシオンリベイクを駆る彼の豪快な強さは、やはり折り紙付きである。

 続く三番目に隊長を務めるノルバ・シノがエントリーし、そこから先はおおよそ同じだけの実力が並ぶから割愛するとして。

 

 鉄華団が誇るMSパイロットの三強は、この三人と決まっていた。そこに異論はありはしない。

 なのだが、ここに一石が投じられる事となる。半年前に電撃的に鉄華団へ参入したジゼル・アルムフェルトという少女。普段は淡々と事務方をこなしている彼女であるが、MSに乗らせてみるとこれが中々手強い相手に早変わりだ。実戦で活躍する姿こそ見たことないが、たまに付き合ってもらう模擬戦では圧倒的な実力差を少年たちに示し続けている。

 

「なぁなぁ、お前はどう思うよ。ジゼルさんが三日月さんや昭弘さん、それにシノさんと戦ったらどうなるのか気にならないか?」

「おっ、確かに気になるなそれ! オルガ団長なら知ってるかな?」

「じゃあ俺は三日月さんとこ行ってくる!」

「俺はジゼルさんとこ!」

 

 そこで、冒頭の言葉へと戻ってくるのだ。強さに目のない少年たちからすれば、思いのほかに腕の立つ新入りがどれだけ強いのか気になるのは道理と言えた。しかも嘘か真かテイワズからの帰りに一組織を相手取ったとか、そんな噂すら流れ出せばもういてもたってもいられない。

 好奇心に駆られた少年たちは、答えを求めて本部内を走り回った。大胆にも団長へ訊きこみに行ったり、本人たちに直接確認するという王道を選んだり、方法は様々だ。

 

 ──こうして少年たちが抱いた疑問は鉄華団中に拡散され、三日も経った頃には誰もがそこはかとなく気にかかる話題となっていたのだった。

 

「なるほど、あの問いかけにはそんな事情があったのですね」

 

 一連の話を聞き終えて、得心がいったとばかりに頷くジゼル。それから、テーブルの上に用意されていたカレーに手を付けた。これもまた、非常に辛そうな見た目である。とても人間が食べて良いものとは思えない。

 

「なんだか知らねぇけど、いつの間にか妙なことになっちまっててな。いやぁまったく、アイツらには困ったもんだよ」

「それで俺たちを呼んだということか。確かに、興味が無いと言えば嘘になるな」

「俺も気になるかな、その話」

 

 ジゼルと同じテーブルに着いて普通のカレーを食べているのは、シノに昭弘、それに三日月だ。三人とも周囲からそれとない注目の視線を注がれているから、どこか居心地が悪そうだ。いや、三日月だけは気にすることなく自然体だったか。

 ともかく、昼食時の食堂に噂の四人が集まったのは決して偶然ではない。ここ最近の間に急速に広まった噂を確かめたシノが、どうにかこの四人を集めることに成功したのだ。それでおおよその事情を説明して、今に至るという訳である。

 

「へぇ、昭弘と三日月も気になんのか。ま、確かに誰が最強か俺も知ってみてぇ気持ちはある」

「男の人は、いつだって最強という言葉に拘りますね」

 

 三日月たちに同意を示したシノに、ジゼルはそっけなく呟く。珍しいことに、どことなく呆れた声音をしていたように思えた。

 

「お前は強さに興味がないのか、アルムフェルト?」

 

 鉄華団でジゼルのことをアルムフェルトと呼ぶのは、唯一昭弘だけである。かつての初対面においてかなり悪い印象を抱いてしまったから、あれから半年が経過した今でも相応の距離を保っているのだ。

 だが、それが逆に”こんな奴に負けてられるか”と昭弘を奮い立たせるのだから、人間どのような事がどう作用するかは計れない。この半年で昭弘の筋肉が目に見えて増えたというのは、団員間でまことしやかに囁かれる話である。

 

 さておき、そんな昭弘からの純粋な質問に対してジゼルは、

 

「ありませんよ、別に」

 

 即答で切って捨てた。本心から全くもって興味がないのか、表情すら変わらない。

 

「なんか、意外だね。アンタの事だからもっと拘ると思ったけど」

「ジゼルは最強という称号に興味などありません。あるのはただ、どうすれば──」

 

 そこで唐突に口を噤むジゼル。ちらりと周囲を見渡してから、ちょっとだけ困った雰囲気を漂わせ始めた。もちろん、この場に集った三人は彼女の細かい事情まで知っている数少ない存在だ。だから言葉に詰まったその姿に、何が言いたいのかをひとまず察した三人だった。

 おそらくジゼルの台詞の続きとは、「どうすれば効率よく人を殺せるかです」辺りが妥当だろう。だけど彼女の本性は団員の大多数に秘匿する事となっているから、人の多い昼時の食堂で大っぴらに言えることでもないのだ。

 

「むしろ、どうしてあなた方は強さに興味を持つのです? 男性にとって、最強とはそれだけ魅力的な言葉なのですか?」

 

 ひとまず仕切り直しとばかりに、今度はジゼルから疑問を振ってきた。しばし男たちは考える。だが、結論を出すまでにそう時間はかからなかった。

 

「言われてみりゃ、俺も最強だからどうこうってのはねぇわな。ただ、強けりゃ鉄華団(かぞく)を守れる。過酷な状況でもしぶとく生きていける。それで十分じゃねぇのか?」

「シノに同じだ。どうあれ強ければ強いに越したことは無いし、その果てが最強の称号だというなら悪くない」

「俺はただ、オルガの前に立つ邪魔者を吹き飛ばすだけだ。俺たちが止まらないためにも、強くなくちゃいけないから。うん、それなら最強っていうのも悪くないかな」

 

 答えは三者三様、だけど最強という言葉にあまり頓着していないのは共通していた。誰もがまず目標とする強さがあり、その果てに目的が叶うのなら最強となるのも悪くないと考えている。彼らにとって最強の称号とは、所詮は副次的なものに過ぎないのだ。

 一顧だに値しない男らしい理論は、しかしどこか()()()()()()。なんとなしにジゼルはそう感じてしまう。だからだろうか、脳裏にほんの一瞬かつての記憶がフラッシュバックする。微笑を浮かべて佇んでいる、壮年の男の姿が。

 

『男子たるもの、最強を目指せ……か。誰の言葉か知らないけど、全くもって下らないな。最強というのは、目指すものじゃない。強い想いで何かを成し遂げた時、気がつけば至っている頂だ。そこに男も女も関係ない。君にもいつか理解できる時がくるだろう、ジゼル』

 

 ──そういえば、アグニカ・カイエルも似たような事を言っていたなと。

 

 ふと、思い出したのだった。

 

「で、結局この中で一番MSの腕が立つのは誰なんだよおい? ちくしょう、すげぇ気になってきたぞ!」

「だけどよ、それってどうやって決めんだ。わざわざMSを出すわけにもいかねぇし……」

「別に良いんじゃない? オルガに事情を話せば、多少壊れるくらいにやっても大丈夫でしょ」

「……事務担当として言っておきますが、あれを直すのは整備班の皆さんです。そしてその費用を捻出するのは、ジゼルたち事務方の仕事になります。端的に言って、余計な手間を増やさないでください」

 

 子供じみた好奇心に忠実になったシノ。

 ガチムチな見た目に反して、冷静にどうすれば良いのか思案する昭弘。

 軽いノリで大事な戦力を持ち出そうとする三日月。

 そして事務方として勘弁してくれと淡々と訴えるジゼル。

 

 三者三様から四者四様と化したテーブルは議論の渦に叩き込まれ、散々衆目を浴びた果てに、最期には決着がつくことなく昼も過ぎてしまったのだった。

 ──後日、気がつけば少年たちの手により暫定的なジゼルの実力は四番目くらいとされていた。それが正しいか否かは、ジゼルのみが知ることである。

 

 ◇

 

 今度のきっかけは、オルガのふとした疑問だった。

 

「そういや、結局”厄祭戦”ってのはどんな戦争だったんだ?」

 

 良くも悪くも鉄華団にとっての劇薬であるジゼルは、思い返せば厄祭戦が終わった直後の時代からやって来た存在である。そこで残されたといういっそ意味不明な戦績は、未だオルガの脳裏に焼き付いて離れない。

 だけど、考えてみればオルガたちは厄祭戦についてほとんど何も知らないのだ。いつだったかにジゼルが述べていたMA(モビルアーマー)についても訊き損ねたし、そもそも直後の彼女に関するゴタゴタや鉄華団の業務が忙しすぎて完全に忘れていた始末である。

 

 いったいどのような泥沼の闘争があれば、十数万という人間を殺戮する羽目になるのか。純粋な好奇心もあったし、ジゼルについてより深く理解するための一助になるだろうという打算もあった。

 

「だからここは一つ、俺たちに歴史の授業でもしてもらおうとでも思ってな。なんせ厄祭戦の生き証人がいるんだ、これ以上ねぇ教師だろうよ」

「そういうことでしたら、ジゼルは構いませんよ」

 

 夜になって、業務も一段落した頃。誰もが明日を夢見て就寝する頃であるが、社長室には未だ明かりが灯っていた。

 そこに居たのは真面目な表情のオルガ、相変わらず無表情で眠そうな瞳のジゼル、そして欠伸を噛み殺したユージンの三人である。

 

「にしても、別にユージンまで来る必要はなかっただろ? こいつは単純に俺が気になったってだけの話だ。眠いんなら無理するこたねぇぞ」

「そういうわけにはいかないだろ。今の鉄華団はもう、オルガ一人が気張ればいい組織じゃねぇんだ。どんな些細な事でも、副団長である俺はお前に食らいついてく義務がある」

 

 ましてや、この女に関する事なら猶更だ──そうユージンの瞳は明確に語っていた。どれもかつてのユージンならとても思いつかないであろう、しっかりとした思慮と義務感である。その姿に家族の成長を実感し、ついオルガの口元が緩んでしまったのも仕方ないだろう。

 

「んだよ、妙にニヤニヤしやがって気持ち悪ぃ。馬鹿にしてんのか?」

「そんなわけないだろ。本当にただ嬉しかっただけさ」

「すみません、話すならどこから話せば良いですか?」

「ああ悪い、取り敢えずは厄祭戦の発端から、かいつまんで話してくれると助かる」

 

 普段通りのマイペースさを発揮したジゼルに、オルガが謝りつつ話を促した。

 

「厄祭戦とは、知っての通りに惑星間規模で発生した大戦争の事です。その発端は行き過ぎた機械文明によって生み出された、MAとされています」

「そいつは最初の面接の時にも言ってたな。確か、人だけを殺しつくす兵器だとかなんとか」

「はい。MAは激化した人間同士の争いの末に生み出された、天使の名を冠する最強の無人兵器なのです。人を効率よく殺す為だけに洗練された彼らは、最終的には実に人類の四分の一を殺したとかなんとか」

 

 小さく「実に羨ましい話です」なんて物騒な呟きが耳に届いたが、聞かなかったことにしたオルガとユージンである。

 

「人を殺す為の兵器だけあって、生身の人間ではとても彼らには敵いません。しかも彼らの中には仲間を増やす個体も居ましたから、人類は窮地に陥りました。そこで開発されたのが、あなた方も良く知るMS(モビルスーツ)です。彼らの原点とは、MAを駆逐するための兵器なのです」

「……質問だ。どうしてMSは今でも知られているし現役なのに、MAは影も形も無くなってんだ? まさかとは思うが──」

「原因はギャラルホルンなのでは? ジゼルの知る限り、彼らほど世界に影響力を持つ組織は存在しませんので。きっと情報封鎖して、MAという災厄自体を歴史から抹消したかったのかと」

「やっぱそうなんのか……つーかよく考えりゃ、厄祭戦を終わらせたのもギャラルホルンの前身って話だもんな」

 

 とはいえ、そうなるとある疑問が浮上することになるのだが。オルガもユージンも、ほぼ同時にその謎に行き当たった。二人して顔を見合わせて、代表してオルガがさらに疑問を投げかける。

 

「なあ、一つ訊きたいんだがよ。俺たちは今まで厄祭戦の事を、馬鹿でかい()()()()()()()だと考えてきて、それで納得できてた。だけどよ、今の話を聞く限り本当の敵はMAって奴ららしいじゃねぇか。それなのに人類の敵そのものを隠蔽しちまったら、どうにもおかしなことになんねぇか?」

 

 人類の敵であるMAの存在を歴史から抹消した以上、厄祭戦は人類同士の戦争という構図を世界に信じさせる事となる。それがギャラルホルンの狙いというのはまだ良いのだ。

 故に問題が起きるのは、厄祭戦が完全なる人類対MAの構図だった場合となる。果たしてギャラルホルンは、ありもしない人間同士の争いをでっち上げることが出来るのか。現代(いま)も残る厄祭戦時代の破壊痕を、全て人の手によるものだと誤魔化すことが本当に可能なのか。ここに疑問が生じてしまうのだ。

 

 つまり、オルガとユージンの考えた結論とは──

 

「厄祭戦は、人間の争いにMAが食い込む三つ巴だったんじゃないのか?」

 

 すなわち、厄祭戦とは『人間たちの戦争』と『人類とMAとの生存競争』が一挙に起こった出来事を指すのではないかと。二人はそう言いたいのである。そうであるならば、ギャラルホルンはただ事実の片方を前面に押し出すだけで良い。嘘の中に真実を混ぜるのは、情報操作における常套句なのだから。

 そして、図らずもただ一人厄祭戦の生き証人となった女の口からは、

 

「その通りです」

 

 肯定の言葉が出たのであった。

 

「確かに厄祭戦とは、人間と人間の争いに加えて、人間とMAが(しのぎ)を削る大混戦でした。ジゼルもMAだけではなく、頭の螺子の外れた人間たちと頻繁に戦いましたとも」

「マジかよ……つかこんな回りくどい事までして、ギャラルホルンの野郎はどんだけMAを隠したかったんだ」

「そんだけMAが脅威だったんだろうな。そして二度と作成されないよう、存在すら封印した。同時期に起こっていた人類間の戦争は隠れ蓑にちょうど良かったから、喜んでダシに使ったてとこか」

 

 そう考えれば辻褄が合う。世界規模でのデータ封鎖という途方もない事業も、真実を下敷きにしているならば難易度はぐっと下がる。ましてや厄祭戦を終わらせたギャラルホルンなら、そう難しいことでも無かったはずだ。

 だけどこれが事実なら、むしろ度し難い真実も露呈する事となるのだが。

 

「それならよ、人間同士で協力してMAに立ち向かえば良かったんじゃないのか? そいつがどんだけ強いかは知らねぇが、そっちの方がよほど話は早くすむ」

「なら訊きますが、団長さん。あなたは昨日まで戦争をしていた相手と、明日に手を取り合って戦うことが出来ますか?」

「……それは」

 

 思わず言葉に詰まってしまう。必要ならやると、口で言い切るのは簡単だ。だけど、実際に恨み辛みも募るであろう敵を前にして、すんなり協力できるかは自信が持てない。それじゃ筋が通らねぇと言い切る方が、まだ想像できてしまう。

 

「しかも、戦争をしていたのは国家間なのですよ。MAが現れようとこじれ切った関係を戻すのは容易ではなく、むしろMAの破壊に乗じてより多くの戦果と利益を掠め取ろうとする輩すら蔓延る始末。これでは、MAに対する共同戦線どころではありません」

 

 横行するスタンドプレー、戦争は激化し、MAは混乱と破壊を生み出し続ける。まさにこの世へ本物の地獄を顕現させたのが厄祭戦であり、疲弊した人類はかつてない危機に陥っていたのである。

 

「それでも、戦争に巻き込まれない幸運な国もありました。ジゼルはそういった国の生まれです。そこは比較的平和で、けれどヒシヒシと危険が迫っていました。いつ戦火に呑まれてもおかしくない状況。その最中(さなか)にかの男は──アグニカ・カイエルは立ち上がりました。彼こそは、二十年にも渡った厄祭戦を終結に導いた人間なのです」

 

 ついに話が核心へと触れた。厄祭戦の具体的な内容にとうとう切り込んで行く感覚に、オルガとユージンも自然と聞き入る姿勢になってしまう。

 だけどちょうどその時、ジゼルが大きく欠伸をした。気の抜けるような声を発して、猫のようにしなやかに伸びをする。

 

「……いつの間にか、だいぶ時間が経ってしまいましたね。続きはまたの機会にしましょう。ジゼルはもう眠いのです」

「お、おう……ここで止めるのか……」

 

 見れば、時計は既に深夜零時を回っていた。どうやら全く自覚のないまま、時間だけは飛ぶように過ぎてしまっていたらしい。気がつけば、オルガもユージンも睡魔に襲われかけていた。ジゼルに至っては既に寝ている始末である。その間、わずか十秒ほどか。

 せっかく話が理解でき始めたというのに肩透かしを食らった気分だが、機会はまだいくらでもあるのだ。これからも一つ一つ着実に学べばそれでよい。そういうことで納得しておくことにした二人であった。

 


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