鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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前回よりさらに時間が半年ほど飛んでおります。ご注意ください。



#8 地球支部

 およそ一年半も前の話である。鉄華団は四つの経済圏の一つアーブラウへ、”革命の乙女”ことクーデリア・藍那・バーンスタイン並びに、政治家の蒔苗東護ノ介という男を送り届けることに成功した。これによってアーブラウの政治体制は大きく変化し、火星の状況が多大な変革を迎える一因となったのだ。

 その時から鉄華団はアーブラウと緊密な関係となり、すぐにアーブラウ独自の防衛軍への軍事顧問として迎え入れられるまでになる。火星の民間会社が四大勢力の一つにそこまで認められたのだから、鉄華団の旗にどれだけの箔がついたかもうかがい知れるというもの。火星ばかりか地球にまで支部を作った鉄華団は、止まることのない快進撃を続けていたのだ。

 

 鉄華団地球支部における仕事は主に二つ。アーブラウが独自に組織した軍隊への軍事的な指導と、有事におけるアーブラウの防衛戦力として働くこと。どちらも軍事的な会社としては至極まっとうな内容であり、鉄華団からしても複雑なことは何もない。

 ただ、そうは言っても問題は起こってしまうのだが。

 

「おい、こいつはどういう理屈で動くんだ? 回りくどいこと言ってないでさっさと教えろ」

「なに言ってんだアンタ。そいつの操縦はさっき教えたことが全部だ。それでも駄目ならアンタは諦めてくれ」

「なんだと!? このクソガキが!」

 

 どれだけ名が売れても、つまるところ鉄華団とは少年兵たちが母体となった組織なのだ。当然、地球支部も年若い子供が大多数となる。無論のこと団長のオルガ・イツカは信頼できる若者たちを地球支部へと配属しているが、それでも見てくれはどうしたって子供なのだ。

 であれば、そんな彼らが軍事顧問として大人たちで組織された防衛軍に指導すればどうなるか。決まっている、反発が起きるのだ。大人なのに子供から教わるなんて我慢ならないと、プライドだけは高い者たちが暴れだしてしまうのである。

 

 もちろん、全員が器の小さい大人ではない。真面目に話を聞く者たちも大勢いるし、自分たちより実戦経験の多い子供たちを尊重する良識人だっている。しかし面倒な大人が多いのもまた事実であり、それ故に地球支部を率いる者たちは非常に頭を悩ませていたのだった。

 

 ◇

 

「地球へ行きたいだと?」

「はい、そうです。ジゼルは、今の地球をこの目で確かめてみたいのです」

 

 代り映えのしない無表情かつ平坦な調子で、ジゼルは肯定した。

 いきなりの出来事だった。珍しくジゼルの方からオルガに頼みがあると言うから話を聞いてみれば、藪から棒に地球へと行きたいと言い出したのである。

 ジゼルを採掘プラントから発掘したのは、顧みればもう一年も前になるのか。長いようであまりに短い時間だったが、その中で彼女は殺人癖と辛味以外で主張したことはほとんど無かったと言って良い。

 

「だけどよ、あっちは基本的に軍事顧問としての活動がメインだから、アンタが求める戦いは全くねぇぞ。しかも向こうじゃ()()()()の件も難しく……いや、はっきり言おう。確実に不可能になっちまう。まずそいつを承知してんのか?」

「承知の上で言ってます」

「そうかよ……こりゃどうしたもんか……」

 

 地球支部にジゼルを送る。これ自体は別段まずいことではない。未だ事務方の整いきらない鉄華団であるが、それでも火星の方はだいぶ落ち着いてきたのだ。代わりに地球支部は、今だテイワズからの出向であるラディーチェ・リロトがどうにか仕切っているのが現状である。故に、そんな彼の援護として事務仕事のできるジゼルを派遣するのは理に適っていると言えよう。

 

 だから、この話の問題点は別のところにあった。

 

「地球に行くって言うなら、当然地球支部で働いてもらうことになる。そうなりゃ最低でも半年、出来ることなら一年は向こうで事務方に就いてもらう訳だ。敢えて聞くがアンタ、それだけの時間を耐えることが出来んのか?」

「……どう、でしょうね? 耐えれそうな気もしますし、暴発しそうな予感もします」

「おいおい、勘弁してくれよ……」

 

 あまりにも不気味な歯切れの悪さだ。ジゼルの嗜好を鑑みれば不安になること甚だしい。

 さて、どうするか。降って湧いた無理難題に、オルガの頭の中で急速にプランが展開されていく。

 

「なあ、アンタを鉄華団に雇ってからもう一年が過ぎてんだ。その間に色々とアンタのことを見させてもらったし、調べたりもした。結論から言やぁ、俺はアンタを()()()()()()()だと思っている。主義主張は別として、な」

「それはまた……ありがとうございます。このような人間を信用すると言ったのは、あなたで二人目ですよ」

「言ったろ、主義主張は別としてだ。アンタがどんだけ危険な思想を抱えていようと、それと信用できるか否かは別問題だからな。でなきゃ、最初の時点でアンタを鉄華団に招くような真似なんざしねぇ」

 

 メインとして働いていた事務仕事だけ見ても、目覚ましい働きをしていたのは事実だ。意図したかはともかく、他の団員たちへの起爆剤になったのも間違いない。戦闘には中々出してやれなかったが一定の実力を示したのも疑いようがなく、厄祭戦について知りうる知識全てを伝授してくれたのもそう。彼女は、オルガが期待した以上の働きを鉄華団へと及ぼしている。

 であれば、働いた部下に報いるのは上に立つ者としての責務だとオルガは考える。しかもそれが結果として組織への利益となる行いなら、止める理由は一切ない。かつて名瀬からもジゼルの望みを聞いていたから、いつかこの日が来るというのも分かっていた。

 

 つまり、ジゼルを地球へと送るのに必要なのは一点だけ。オルガという楔から放たれたジゼルを、確実に抑止するための新たな楔に他ならない。

 

「そう、()()()()()()()()()()()()。だから地球に行きたいというなら、その願い叶えてやろうじゃないか。もちろん、向こうで相応に働いてもらうのは大前提だがな」

「……いいのですか? 絶対に止められるものと思いましたが」

「止める気はねぇ、ついでに言えばアンタを縛るルールや何やらを設ける気もねぇよ。ただ、アンタへの信頼を理由に地球へと送る。俺からはそんだけだ」

「なるほど──ズルい人ですね、あなたは」

「ふん、なんとでも言えよ。俺は家族を守る為ならなんだってするだけだ」

 

 結局のところ、危険なジゼルを縛るのに必要なのは目に見える力でも規律でもない。あやふやで形すらない、ただの”信頼”なのだ。それ以外の余計な何かは必要ない。恩には恩で返し、義理には義理で返す。そんな彼女だからこそ、たかが口約束でしかない”信頼”という言葉に何より縛られる結果となるのだから。

 同じく筋を通すことを信条とするオルガだから、彼女のこういった心理は手に取るようにわかる。そのうえで信用という言葉を強調してきたために、ジゼルは彼を指してズルいと述べたのだ。

 

「……わかりました、ジゼルの負けです。()()()()()()()()()()()()()。これで十分ですか?」

「文句なしだ。そんじゃ早速準備してくれ。アンタ一人を送るくらいなら、そう手間もかかんねぇからな」

「了解しました。お早い対応に感謝しましょう」

 

 これにて楔は撃ち込まれた。これから先でよほどの不義理をオルガがジゼルへと行わない限り、彼女はオルガの信用を裏切ることはできない。信じられないかもしれないが、これが彼女の信念なのだ。快楽の為に人を殺すような悪魔だろうと、譲れない一線は確かにある。

 

 むしろ──悪魔だからこそ、誠実な信頼には弱いのか。

 

「ああそうだ、最後にコイツだけは言っておかないとな」

「おや、なんでしょうか?」

 

 こくり、と可愛らしく首を傾げるジゼル。

 彼女の悪性を上手いこと利用するのは、これもまた団長としての務めだ。

 

「無用な殺人は当然ご法度だが──絶対に殺すなとも言わねぇ。蒔苗の爺さんやチャドには話を通しておく。後は、現場の判断に従ってくれ」

 

 ──返ってきたのは、底の知れぬ微笑であった。

 

 ◇

 

 どこか浮世離れした女性。それが、タカキ・ウノが抱いた最初の印象だった。

 

「では、自己紹介をお願いします」

「本日より鉄華団火星本部から鉄華団地球支部へ配属される事となった、ジゼル・アルムフェルトです。以降、よろしくお願いします」

 

 よく晴れたある日、鉄華団が所持する格納庫前に地球支部の全団員が集められた。すわ何事かと思っていれば、チャドとラディーチェにより新たな地球支部メンバーを紹介される流れとなったのである。

 その新入りはすらすらと淀みなく、だけど感情を感じさせない声音で自己紹介をし、ぺこりと一礼した。長すぎる赤銀の髪が、陽光に照らされ輝く。整った顔立ちは淡々とした雰囲気と合わせて、どこか人形を連想させるのだった。

 

 ひとまず自己紹介はそれで終わり、通常の業務へと差し掛かる。どうやらジゼルは事務方担当らしく、さっそくラディーチェと共にパソコンと向き合ってなにがしかの書類を作り始めていた。ちゃんとオルガ団長は、地球支部の事務員不足を考えてくれていたらしい。タカキとしてはそれだけでも嬉しくなってしまう。

 ただ、事務員の割には彼女と共に運び込まれた赤と金のMSの意図が不明瞭な訳だが。まさか、事務員の彼女が乗るのだろうか? それよりはむしろ地球支部の少年兵を乗せる方が良いと思うのだが、そんな話は全く聞いていない。

 

「チャドさん、あの人っていつから鉄華団に居るんですか?」

 

 そういう理由もあり、その日の夕方。軍事顧問としての仕事も一段落した頃、色々と好奇心に駆られたタカキはチャド・チャダーンの下へとやって来ていた。彼なら、ジゼルという女性の経歴も事前に知らされていると考えたからである。

 

「あー……お、俺も詳しくは知らないんだがな。どうやら俺たちが地球支部としてやって来た直後くらいに、テイワズから推薦されてやって来た人らしいぞ?」

「そうなんですか! それは頼もしいですね!」

 

 どうにもチャドの態度の不自然さが目立つが、それよりもタカキの頭の中はジゼルについての興味でいっぱいだった。テイワズからの参入といえば、今では鉄華団を支える一員であるメリビットや、この地球支部を切り盛りしてくれるラディーチェがいる。彼女がその一人というなら、これほど頼もしいことはないだろう。

 

「……つまり、あのラディーチェって奴と同じ出身ってことか」

「あ、アストン! そういう言い方は良くないだろう!」

「わ、悪い……ついな」

 

 反対に、元ヒューマン・デブリであるアストンはあまり良い印象を抱いていないらしい。良く言えば忠告、悪く言えば頭ごなしの否定が多いラディーチェの言動は、それが原因で彼を嫌う少年兵たちを増大させてしまっている。彼のことを色眼鏡で見ていないのは、鉄華団でも珍しく温厚なチャドとタカキくらいのものだろう。

 だが、いくら彼女がテイワズからやって来たといえども、まだ出会って一日も経っていない人物を悪く言うのも筋が通らない話である。そういう訳でタカキが軽く叱り、アストンが謝るといういつもの光景が繰り広げられるのだった。

 

 事件が起きたのは、それから十日が過ぎた頃だ。

 

「タカキさん、こっちです!」

 

 団員の一人に呼ばれて、タカキは現場へと急行した。そこにはアーブラウ防衛軍の大人たちと、鉄華団団員の少年たちが睨み合っている構図があった。

 これはまたいつもの小競り合いか、と。タカキは内心げんなりしながら、彼らへと近寄った。

 

「あの、すいません……何があったのですか?」

「何も糞もあるか! コイツら、ちょっと戦いが得意だからって調子に乗って指図ばかり! 何様だと思ってやがる!」

「あ、えーと……」

 

 防衛軍の一人が苛立ち交じりに叫ぶと、「そうだそうだ!」と野次が飛んでくる。どうやら此処にいる防衛軍の者たちは、妙にプライドの高い面倒な大人を寄せ集めた最悪の集団であるようだ。

 

「教える側の俺たちが偉そうに見えるのはまだしも、教わる側がそんな高圧的なんてあり得ないだろ。そっちこそ、何様だと思ってんだ」

「なんだと!? もう一回言ってみろ!」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 いよいよ収集がつかなくなってきた。言い返した鉄華団側の言い分はまさしくその通りなのだが、かといってこの場で言ってよい事でもない。火に油を注がれた大人たちはついに逆上し始め、手の早い防衛軍側の誰かが団員へと殴りかかったではないか。

 

「ど、どうしよう……これじゃ止められない。チャドさんやラディーチェさんを呼んできて──」

 

 もはや止める術がない。堰を切ったかのように殴り合いの喧嘩が始まってしまい、とてもタカキ一人では止められない事態と化してしまった──その時であった。

 

「喧嘩を止めてください。止めないなら、撃ちますよ」

「ジゼル、さん……?」

 

 淡々とした声が響き渡る。タカキが振り返れば、その先には()()()()()ジゼルがいた。

 彼女とはまだ話したことがほとんどない。なのに無性に恐ろしく感じられて、反射的にタカキは身を竦めてしまう。

 目線がほんの一瞬交錯した。彼女の金の双眸は、底が窺がえぬ濁りを湛えたもの。これでは人間ではなく、むしろ──

 

「止めないなら、撃ちますよ?」

「ちょ、ちょっと待って! みんな喧嘩はいったん止めよう! これ以上は良くないよ!」

 

 二度目の警告。しかし誰も耳に入っていないのか、それともただの脅しと侮っているのか。一向に喧嘩が終わる気配はなかった。

 まずい、このままでは非常にまずいことになる。ジゼルの銃は脅しではない。ほとんど直感的にタカキは危険性を悟り、声を張り上げるも既に遅く──

 

「では撃ちますね。さようなら」

 

 躊躇いなく、ジゼルは引き金を引いていた。

 乾いた銃声が三度、地球の空に木霊した。取っ組み合いの姿勢のまま、誰もが驚愕に目を見開いてジゼルを見る。そして彼女の視線の先には、銃殺された防衛軍側の人間が居た。何が起きたかも分からない表情で絶命している死体を、ジゼルはどこか楽し気に眺めている。

 

 奇しくも殺された人間とは、最初に殴りかかった男であった。

 

「これ以上争いを続けるなら、皆殺しにします。それが嫌なら、双方退いてください。ここでこれ以上の争いに、意味はありませんから」

 

 人を一人殺した直後だというのに、さざ波ほどの感慨も彼女は抱いていないらしい。どこまでも普段通りの態度で、硝煙を燻ぶらせた拳銃をひらひらとさせている。

 そこまでされてしまえば、もはや互いに引き下がる他無かった。取っ組み合いの熱量もどこにやら、今や全員が青ざめた顔でジゼルの様子を窺がっている。

 

「分かってもらえましたか? なら十分です。ジゼルの引き金はとっても軽いので、よく覚えておいてくださいね」

 

 そんなあまりに物騒極まる脅し文句を残して、ジゼルは立ち去って行った。後に残ったのはどうしようもなく怯えた防衛軍の面々と、呆気にとられた鉄華団団員たち、そして物言わぬ死体が一つだけ。

 完全に凍りついてしまった場に取り残されたタカキは、認識を改める。ジゼル・アルムフェルトという女性は、単なる事務員などでは断じてないと。むしろあれは、命を奪うという行為に慣れ切った人間だと。そう、理解した。

 

 ──結局その後も二人ほど防衛軍側の人間が死体となり、ようやく両者の小競り合いは収束したのだった。

 

 ◇

 

「頼まれていた粛清、終わりましたよ。まずは一人、殺してきました」

「おお、それはありがたい。ここしばらく、大恩ある鉄華団に対して防衛軍の一部は目に余る態度じゃったからのぅ。これで少しは大人しくなるじゃろうて」

「もし、そうならなければ?」

「……あと三人までなら、許可を出そう。ただし、それ以上は決してまかり通らぬ。無論のこと、罪なき者たちを害すこともな」

「言われずともしませんよ。信用されているので」

「よろしい。いやしかし、鉄華団はいつも儂を楽しませてくれる。このような愉快な少女を引き入れるとは……さて、彼らの進む先に何が待ち受けているか。見極めさせてもらうとしよう」

 




ジゼル、地球で暴れるの巻。

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