旋律が泡と消える。いや、この場所は泡さえも許さない。
ありとあらゆる情報が体内へ侵入し、蹂躙し、満たしていく。
此処は息苦しい
――広くて、だからこそ狭い
帰りたい、一拍子でも早く、あの場所へ
――もう、二度と手放さないと決めたから
「何をしてでも自分は帰らなければならない」
何をしてでも
――何と契約してでも
さぁ、奏でよう。
深海にゆらゆらと沈み、
水面を目指しふわふわと浮かぶ。
そんな、泡沫の協奏曲。
melt into the sea
***
もしも、願いを得たのなら
私は何を望むだろう
もしも、希望を得たのなら
私は何に託すだろう
可能性は有限ゆえの無限大
海に溶ける一滴の雫の行方は、誰にも分からないように
***
――ぐちゃり。
記憶が曖昧なままの自分でさえ、その音は日常として許容してはならないと判断できる、そんな音が広間に響く。
つまらない玩具に飽きた子供がそれを壁へ叩きつけるような、あっけなくも取り返しがつかない音。問題なのは、壊された玩具が自分であるということだ。カタ、カタリと何処か壊れかけた緩慢な動作でありながら、敵は私と私が操っていた人形を共に広間の床へ叩きつけていた。
衝撃が肺から空気を押し出し、骨を軋ませる。
けれど、そんな痛みよりも、操る人形が壊れると同時に襲った自分の命の形も壊れた感覚が自分へ恐怖を与えた。
一度恐怖を覚えたのなら、それは決壊した堤防と同じだ。ありとあらゆるものへ恐怖を抱き、理性は本能の手綱を手放してしまう。
痛い、怖い、イタイ、恐い、いたい。自分から命がどんどん零れ落ちている。立ちあがろうとする気力も既になく、ああ、目の前の景色さえ霞みゆく。
(…にた、く……ない)
どうしてこうなったのだろう?
どうして私は此処に居るのか、
どうして私は記憶がないのか、
どうして私は死にかけてるのか、
たくさんのどうしてが、溢れる。
(死に、たくな……い…)
そんなありふれた願いを言葉にすることも、私は出来なくなっていた。
天上の声は、君も駄目なのか、と無機質に事実を述べる。これにて予選を終了する、という無慈悲な宣告をノイズにまみれた聴覚が拾う。
終わってしまう。何が終わるのかさえも、判らずに、自分は終わってしまうのだ。
恐い、それが何よりも恐かった。
恐怖の対象は波紋のように拡がり続ける。痛みが恐い、感覚の消失が恐い。自分を取り戻せないことが恐い。
先客と同じ死体になることが、恐い。
思考の連鎖からか、今では同じ目線となった死体へ視線を投げかける。既に物言わぬ物質となった彼は周りよりもくすんだ色に変色し、まるで彼だけがモノトーンの世界へ格下げられたようにも見える。
他者の視点から見れば、自分も同じような姿なのだろうかと背筋が凍る。
けれど、そんな想いを抱いた罰なのか、それとも、これも運命なのだろうか……ガラス細工のように動かなくなっていた彼の瞳と、これ以上なく目線が絡み合ってしまった。
そして、知る。知らなければいけない、けれど知らなければよかった、知ってしまえば後戻りもできなくなる、その言葉を彼の瞳は倒れてからずっと、訴え続けていたことを、知ってしまう。
「僕の名前を――忘れない、で――」
その一言が、口も動かせないはずの彼から確かに届いた。
その一言で、悲鳴を上げる身体に立ちあがれと燃料が注がれた。
――その言葉を、遺言という。
遺言からも恐怖は与えられる。けれど同じ恐怖であっても、今までのような身体を硬直させるようなものではなかった。束縛ではなく、燃料に変換される、停止することを禁じる恐怖だ。
“私”は、無意味に消えることが恐ろしいことを知っている。
遺志を得てしまった自分は、他者に意味を背負わされた自分は、もうこのまま消えていくことを許されない。
だから立たないと。痛みも、恐怖も、何もかも、自分を立ち上がらせない全てを、立ち上がるためのエネルギーへと換えていこう。
遺志を得てしまった以上、此処で消えゆくことだけはなくならないよう、努めなければならないから……!!
「うん、よく言った。死者を尊びながらも埋葬し、けれど重みを背負って尚進む君の魂は誇り高く、神も祝福を捧げよう」
高らかに紡がれた、澄んだ美しい声が慈雨のように降り注ぐ。
讃美歌のように繊細でありながら、ピンと張った弦のような力強さも秘めた声が自分の痛みも、恐怖も、何もかもを停止させた。
「それに、私は努力する健気な娘に弱いんだ。君のような女の子のためならば、この身を彼女以外と契約する立場へ堕とすことも許されよう」
パリン、と世界が割れる音がする。
おごそかな口調から一転、少しだけお茶目さを見せた声は、輝く天蓋から声の主と共に舞い降りた。
「――さて、こんなことは初めてで緊張するね。
問おう、君が私の
一つに束ねられた銀髪が砕けた硝子と共に舞う。
黒を基調にした礼服を纏い、髪色と同じ銀の瞳は凪いだ海のように揺らぐことなく、私の事を見つめている。
そして何より目を引いたのは、彼女が手にする巨大な盾。楽器のような形で、その先端には銀色の杭を覗かせている。彼女の背丈を超える程の大きさだが、一人の少女がそれを手にすることへ何故か違和感を持つことがなかった。まるでその盾が彼女を選び、持つことを許したかのようにさえ思える。
銀色の騎士、信者、調停者。そんな幾つかの印象を思い浮かばせるが、その全ては清らかで、彼女が守護を司る者なのだと雄弁に語っていた。
――嗚呼、彼女ならばこんなにも弱く、譲れないものを守れず、ただ抱えてうずくまるしかない自分でも助けてくれるのだろうか。
ならば、自分も応えなければならない。
疼く左手の甲を抑えながら、最後の力を振り絞って彼女の質問に頷いた。
Fate/EXTRA Servant : <Lancer>Riesbyfe Stridberg
[フェイト/エクストラ 海に溶ける]
プロローグ、偽りの学園生活は終わり戦争の幕開けである。
***
元はFate/EXTRAとメルブラのコラボありじゃね!というかリーズさんなら違和感ないかもしれない、設定的に……と思ったことがきっかけで書き始めたものです。
どうか、よろしくお願いします。
基本的な進行はゲームからそれませんが、チュートリアル要素をなくしているため予定が前後している場合があります。また、ゲームシステムで文章化しづらいもの、あるいは設定的に難しいものは幾つかオリジナル要素を付与しています……長い目で見てくださいorz