Fate/海に溶ける   作:schlafen

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三話を誤って先に投稿してしまいました……すみません




気を抜くとリーズの口調が迷子です。怖い。




会遇〜保健室にて

#一回戦 一日目#

 

『三年前の結末と、いま起きている×××の再演。……導き出される可能性はとても少ない、そして、』

 

――これは真夏の夜の夢。

真っ黒い鯨のなか、まどろむように歌い踊る喜劇の/悲劇の夢。

 

悲しかった。悔しかった。

夜の夢となった自分が、ではない。

 

ただ、「彼女」にあんな顔をさせた自分が悔しかった。

『彼女』にこの役割を与えさせてしまったことが悔しかった。

どちらの「彼女」?いいや、どちらも「彼女」だ。

 

先の事は分からない。分からなくていい。考えることは、苦手だから。

 

それでも、彼女の未来だけは、案じてしまう。

 

……

………

…………

 

――旧い夢を、見ていたようだ。

 

霞む視界に入ったのは白い天井、鼻腔をくすぐるのは薬品の匂い。そしてその事実を精一杯理解しようと試みる思考をよそに、身体は再び眠りの海へ沈もうと提案していた。

その提案は確かに魅力的だ。けれど、まだ考えが明瞭になっていない頭でも、その提案を却下した。

 

――私が選んだ選択肢は、そんなに優しいものではない。

 

そう思うと、次第に自分が気を失うまでに何があったのかを思い出すことができた。

 

偽りの学園生活から抜け出すため、不可思議な人形と共に通路を歩き続け、辿り着いた広間で……

 

(そう、殺されかけた)

 

死にかけた事を思い出して、慌てて身体に異常がないか確認するが、気だるさこそあれど、痛みを感じている部位は全くない。自分の身体がつぶれる生々しい音が耳に残っているというのに、何も問題がないようで逆に不気味だ。

ここまで思考が回り始めると、否が応にも事態の認識から状況の理解へ思考のベクトルは向きを変えた。

 

例えば何故自分はこんなところで寝ているのだろう、とか。

いま自分の横たわるベッドの横で誰かと話している女性は誰なのだろう、とか。

 

「――そうか、どうも私は頭がいい自分を許容できなくてね。ムーンセルからは必要な知識を渡されているんだけど、こう、口頭で説明してくれた方が理解しやすいんだ。たすかったよ、サクラ」

「いえ、この程度の事でしたら、いつでもお申し出ください。他にも黒い生徒会仕様の制服を着たNPC生徒でしたら、セラフやムーンセルに関する疑問についてお答えできると思います」

 

柔らかく花咲くような声と、完璧に調律されたピアノのように美しい声。

その澄んだ声色は、きっと本人が意識していなくても言葉を遥か遠くにも届けるだろう。私は、その声を何処かで聞いた……というよりも、ここはどこだ。

「何から何までありがとう、君はいい娘だね。さて……彼女も目が覚めたようだしいつまでも此処に居座るわけにもいかない、か」

移動する気配と共に、天井しか見えていなかった視界に銀髪の麗人が映った。

 

「気分はどうかな、マスター?」

 

にこやかに声をかけてくれた彼女だが、その圧倒的な存在感に私は声も出せず彼女を見つめるしかなかった。

 

記憶と同じ眉目秀麗な見た目だけはない。姿形は同じでも、居るだけで私たち人間とは位が違う存在だという事が分かる。自分を殺しかけたあの人形でさえ比べ物にならない力の持ち主を目の前にして、何かを言う方が逆に難しい。

 

「あー、えーと……恐がらなくても良いよ。ここは保健室で、私は君を守ることが仕事だ。うん、それだけは信じてほしい」

 

守る、という非常に心強い言葉はありがたいのだが、何故私は守られなければならないような事態に巻き込まれているのだろう?

「とりあえず、サクラに君の記憶を返してもらうといい。どうもまだ混乱しているようだからね。本選が始まるとはいえ、そのぐらいの猶予は存分にある」

疑問を答えるには私では役不足だ。そう言うと、彼女は身体をずらして窓際にいる少女を見せた。

 

菫色の髪を足首にまで届くほど伸ばした少女。赤のリボンをアクセントとして結んでいる彼女は、自分の記憶では間桐信二の妹――偽りの学園生活最後の日に変わり果てた姿を見せたはずの間桐桜だ。

 

「予選突破、おめでとうございます」

 

あの壊れた姿とはかけ離れた、あるいは普段通りの彼女の姿で接せられたが、どうしても戸惑ってしまう。

今まで通りのはずなのに、その会話は決して今まで通りのものではないのだ。

 

「聖杯戦争の予選として、魔術師の皆様には記憶を預からせていただきました。そうして一生徒として仮の日常を与えられたなか、自我を取り戻した方のみをマスターとして登録されます。今から貴方の記憶を返却しますので、確認をお願いしますね?」

繰り返された日常での彼女と同じような優しげな口調で、桜は非日常たる単語……聖杯戦争について次々と説明する。そんな彼女を前に、自分のなかの日常と現在の状況の乖離を認めるしかなかった。

なにより彼女の背後、保健室の窓から見える風景が訴えている。

 

テクスチャーめいた風景は、外が見えるのではない。外を映し出しているのだ。そして映し出された空は、溺れていた。

 

空の青は全て、海の青へと変貌している。太陽の暖かな日差しもなく、無機質な光が海と化した空から届いていた。

これは霊子の海に沈んでいるのか、それとも浮かんでいるのか。

ただひたすらに、周り見えるもの全てが私に理解しろと訴えかけていた。

 

自分が日常だと信じていたモノは非日常に、

考えもしなかった非日常が、現在の日常と成り替わったのだ、と。

 

混乱する自分をよそに、桜は私の胸元へ手をかざした。一言二言つぶやくだけで、靄がかかっていた自分自身への認識が鮮明となっていくことがわかる。予選、と呼ばれる日常では不確かだった自身の名前を、今でなら声高に宣言できるようになったのだ。

 

では、自分は何者なのか。

 

次いでその思考へ移ったけれど、そこはどうしようもないくらい、完璧な行き止まりだった。

 

名前は判る――でも、それだけだ。

 

自分は何者なのか、何故この戦争に参加したのか、どうやって生きてきたのか、その全てが今までと同じように白紙のまま、頭を覆い尽くしている。

「メ、記憶(メモリー)なんて戻ってきてないよ……どういうことなの、桜」

「え、ムーンセルがそんな不具合を?どうしよう、私はあくまで皆様の健康管理AIなんです。記憶の返却は行えますが、その修復は管轄外ですので……」

申し訳ありませんが、助力はできません。その一言にようやく彼女が人間ではなく、AIなのだと実感する。

名前が戻った瞬間は安心から自分を保てたのに、その後の記憶喪失という事実から再び足元が柔く崩れそうな錯覚に陥った。

桜も、目の前で心配そうにこちらを見つめる銀の女性も現在を“戦争”と言った。こんな自分も確かでない不安定な状況なのに血と死の匂いしかしない“戦争”など受け入れることが、自分にできるのだろうか。

不安から、倒れてしまいそうになる身体を必死に支える。これからどうするべきか、まずは考えるところから始めようとした矢先、その人物は現れた。

 

「ちょっといいかしら、桜。色々確認したいんだけど」

 

確認の声を、行動と共に放ちながら保健室へ入ってきたのは、一人の少女。目につく赤の服は、彼女自身を象徴したものだ。

 

予選通りの名前ならば、彼女は遠坂凛。通常の学園生活であっても、その存在感は宝石のように眩しく輝いていた。

今ならその輝きも充分に納得できる。彼女もまた、魔術師であり聖杯戦争の参加者だったのだ。

「本選が本格的に始まる前に色々とこの世界を確かめておきたいのよねー。壁とかはともかく、NPCをべたべた遠慮なく触れるところなんて保健室ぐらいかなーって来たんだけど」

「へ、えええ?ちょっと凛さん、べたべた触るって何ですか!?」

私と銀の女性に気づいていないのか、気にしていないのか。遠慮という言葉は何処かへ放り投げたような態度で保健室の中へと進んだ凛は、桜の目の前に立つと、さらに情け容赦という言葉さえも投げ捨てて桜の身体を調べ始めた。

髪に触れ、頬を撫で、とにかく身体中をまさぐっていく。おおう、あんなところまで。

 

「ちょ、凛さんくすぐったいです!」

「そんな生娘じゃあるまいし、他に誰もいないんだから気にしないの」

 

あ、やっぱりこちらには気が付いていない方だったのか。

気づかれていないとなると、逆にどう動けばいいか判断に迷う。桜は助けを請う視線を涙目でこちらに投げかけているが、銀の女性は何故か興味しんしんといった顔つきで凛たち二人の行く末を楽しんでいる。

どうしたものか、このまま彼女と一緒に鑑賞していようかと考えていたら不意に遠坂凛の動きが止まった。何度か誰かの話を聞くように頷いていた彼女は、不意にギギギ、と軋むブリキのおもちゃのようにゆっくりと顔を向ける。

「おや、どうやら霊体化したサーヴァントが側にいたらしいね。もったいない、こちらのことがバレてしまった」

隣の女性の、なんてことないようにつぶやいた一言が凛の色々な感情の臨界点を越えさせてしまった。

「な、なな何なのよ貴女たち!!??」

「そういえば自己紹介がまだだった。私のクラスはランサー、名をリー……」

「って、馬鹿じゃないの!?クラス名どころか真名を名乗るとか何考えてるの、そのサーヴァント!」

自分と凛の二人へ自己紹介しかけた女性の口を、桜から身体を離した凛が慌てて塞ぐ。しばらくもがもがと口を動かしていた彼女だが、やがて諦めたのか、抵抗をやめて凛を引き剥がした。

 

「……随分と忙しい性格だね、疲れないの?」

「疲れさせてる奴が言う台詞か、それ!?」

 

若干同情を抱きたくなるような漫才に、乾いた笑いを浮かべるしかない。それでも凛の射殺す視線に慌てて女性をこちらへ手招くと、怒りを納めてもらうためにも話しかけることにした。

「お、お疲れ様です?」

「誰のせいだ、誰の!!なんか見た目どうみてもNPCっぽいけど貴女だってマスターならサーヴァントの真名の重要性ぐらい判ってるでしょ?こんな口が軽いんじゃ一回戦敗退は確実よ」

遠回しに地味と言われて、さらにマスター失格とも言われた。そも、今の自分は魔術師であると告げられたばかりだ。聖杯戦争も、サーヴァントも、マスターの役割さえも理解がおぼつかないと言ってもおかしくないのにこの仕打ち。仕方ないとはいえ混乱から抜け出せないまま、この状況に陥るとは、少しは涙目にもなる。

「あー、そんなにマスターを責めないでくれないか?私も彼女も聖杯戦争は初めてで不慣れなところが多いんだ。それに真名についてだけど、私の場合は知られても意味がない(・・・・・)。だからそこまで気にしなくていいよ」

凛と自分の間に割り込むようにして、銀の女性がフォローしてくれた。

超然とした態度、横顔からは澄んだ瞳がまっすぐ凛へ向けられている事が分かる。

自分だったら、その存在の大きさと瞳の純粋さから目を逸らしてしまっただろうが、凛は真正面からそれを受け、なお退かなかった。けれど女性の言葉に疑問を抱いたのか、僅かに眉をよせている。

「意味がない?真名開示はつまり自らの弱点を晒すことと同義なのに。知られて困る弱点がない……もしくは、そもそも名を知られていない?」

「うん、君は私の知り合いに似ているね。一言から二つも三つも情報を得る。私、そういう人は嫌いじゃないんだ……だからそこまで。君の忠告に従い、今後はランサーと名乗る事にしよう」

そう言って人差し指を口元にあて、ウインクをする銀の女性――いや、ランサー。

あまりにも、その仕草が決まっていて、流石の凛も敵意ではなく好意を向けられたことには戸惑いを隠せずに、なにこのイケメンとたじろいでいた。

「あ、あのー……一応記憶も返却しましたし、他にご用件がなければ、報告を兼ねたシステムチェックを行ないたいので、一時的に保健室を閉めてもいいでしょうか?」

さてこの空気をどうしようかと考えていると、解決策を思いつく前に桜から困った表情付きでお願いをされてしまった。こちらとしても特に保健室に居続ける理由がないので、素直に退散することにした。

「え、と、ご無礼をおかけしました?」

「はぁ、目的はある程度達成できたからいいけど、なんか疲れたわ……」

「マスターの看病に感謝を、サクラ」

三種三様の挨拶を桜へ投げかけると、揃って保健室から退室した。

 

凛は気苦労からくる溜息をつくと、こちらへ振り返る。

 

「貴女はまず自覚を持ちなさい。

これは戦争よ、欲と欲のぶつけ合いなの。敗者には言い訳なんて聞かない、弱肉強食の世界。そんな世界に居ることも自覚できない、覚悟もできないなんてカモもいいところよ。

わたしだって、ここで戦うに見合うだけの願いとを持ってこの場に立っているの。貴女とは縁ができていようが、容赦だけは絶対にしないわ。そこのところは間違えないでね」

 

言いたい事を言い終えると、もう一度だけ溜息をついて遠坂凛は颯爽と身を翻し、去っていった。同性でも見惚れる仕草に残された二人は感嘆するしかない。

かといって、このまま何もしないわけにもいかなかった。

 

「マスター、ひとまずはマイルームの確認をしてみてはどうかな。そこなら落ち着けるし、私たちの状況も安心して確認できるはずだよ」

聖杯戦争について桜から説明を受けた際に手渡された携帯と自室の鍵を指しながら、ランサーはそんな提案をした。

自分としても、一気に提示された情報を整理したい。それに何よりこのランサーについて、まだ何も理解できていないのだ。彼女との対話もしたかったので、それに断る理由はなかった。

 

 

 

***

 

 

 

自室として購われた部屋は、一見すると普段使われるような教室だった。けれど椅子や机がほとんど見当たらない代わりに、防音性のある二重窓や譜面台が備えられている。これは、どうも、どう見ても……

 

「音楽室か、素晴らしい!欲を言えば、うーん、もうちょっと大きいホールが欲しかったけれど……」

 

どうも音楽に関心があるらしく、部屋を確認するや否や、ランサーは目を輝かせた。その姿はまるで好きなおやつを目の前にした子供のようで、思わずこちらも気が抜けて笑みがこぼれてしまう。

「もっと無味乾燥な部屋だと思っていたから、想像以上でちょっと浮かれてしまったや。このまま、ここでずっと演奏したり日がな一日エステをしたいところだけど……うん、そういうわけにもいかないか」

ひとしきり部屋を見渡し、自分の好きなように模様替えをしていたランサーも漸く落ち着いたのか、二人分の椅子を用意して向かい合うように並べ立てた。促されるままに座ったが、真正面にランサーが居ることにひどく緊張してしまう。

遜色抜きに美人なのもあるだが、やはり彼女がヒト以上の存在であることが肌から伝わってくる。

 

……達観している、と言えばいいのだろうか。

何も構えているわけではないのに、逆にこのまま溶けてしまいそうなほどに力を抜いた自然体の姿が、彼女の超然とした雰囲気に拍車をかけていた。そんな彼女を見ていると、何も分からないままにあたふたと混乱している自分が恥ずかしくなってくる。

 

(英霊と呼ばれるような存在とちっぽけな自分を比較しても仕方ない、なんて言い訳もしたくなるけど)

 

聖杯戦争のシステムについては桜から一通り受けたので彼女が英霊、人ならざる英雄であることは理解した。けれど、記憶はなくとも基本的な知識に損傷がない自分でも、彼女の真名を推し量ることができない。

先程は凛に押しとどめられたが、改めて彼女の名前を知りたくなった。

 

「ん、私の名前が気になるのか。そうだよね……」

考えるよりも先に尋ねてしまうと、意外なことに彼女は名乗るのを渋っている雰囲気だ。急な心変わりに不安を覚えると、慌てたようにランサーは手を振り、君に落ち度はないと付け足した。

「ごめん、できるのならこのままランサーと呼んでほしいんだ。もちろん、こちらの身勝手な言い分だし、無理強いをするまでではないけれど」

本当に申し訳なさそうに告げられると、こちらも意地を張りにくい。まだ出会って幾ばくも経っていないが、彼女が自分に対して誠実であろうとしていることがよく分かった。力も記憶も覚悟も、何もない自分だけれど、そんな自分を守ると宣言してくれた彼女を信じる心は持っている。

 

「ありがとう……私の真名はさっき言った通り、相手にとっての価値はそんなにないんだよ。問題は他のサーヴァントと私じゃ、ちょっと事情が違っていてね。この世界……ムーンセル、あるいは聖杯戦争に必要以上の関係を持てないんだ。名を告げるという事は、私の過去を受け渡すことも意味する。それは、とても大切なことだからこそ、早々に教えることはできない」

 

とても卑怯な言い分でごめんと頭さえ下げられてしまう。表情こそ困ったような笑いだが、彼女の声は真剣そのものだった。

そう言われると彼女の事が気になってしまうのも事実だが、まだ自分の過去も得ていない人間が詮索することは、フェアでないように思えて躊躇った。

それに、脅しでなければ聖杯戦争は七回も戦わなければ生き残れないものなのだ。ただでさえ自分がバックアップとしての役目を充分にこなせないのに、さらに雑念を持ってしまった故に敗北のきっかけになるなんて状況にはなりたくなかった。

 

語るべき過去はない。

願うべき未来もない。

此処に在るのは、しがみついた現在だけだ。

 

だから、

 

――過去を振り返ることをやめよう。

――未来も、見通す必要などはない。

 

その分……現在からだけは、目を逸らすな。

 

「……顔を上げてください。

そのことを教えてくれただけでも、今の私には充分です。私だって願いも、覚悟も、語るべき過去さえ、持ち合わせていないから……だから、私を守って、見守ってください。自分を語るに値する人間だと判断した時、そして貴女に心境の変化があれば私に名前を教えてください。

それまでは、これからよろしくね。”ランサー”」

 

きっとこれは精一杯の強がり。けれどもここで強がりの一つもしないで彼女から、現実から目を逸らしてしまえば、その先に待っているのは敗北だ。

 

――どう言い繕ったとしても、意味もなく死にたくはなかった。それだけしか今の自分には残っていない。

 

あのとき、あの場所で名前を覚えていてほしいと遺志を受け取ってしまった自分。遺志を取りこぼすまいと決心した自分に恥じないよう、無様でも生き残らなければならなかった。

「そうか……では、そのように。死ぬ事を恐れながら、その恐れに呑み込まれることはない君はやはり美しい。約束するよ、語るべき時が来たのなら私は躊躇うことなく全てを伝えよう」

「ありがとう、ランサー。頼りないかもしれないけれど、少しでも早く貴女に相応しいマスターになりたいわ」

「それは頼もしい。大丈夫、見た目とその在り方は充分に合格点だ。可愛いし」

……少しだけ、彼女について不安になる。可愛いってなんだ、可愛いって。その基準であんな真剣そうに提案した約束の条件を軽く乗り越えていいのだろうか。

「見た目は重要だよ?ほら、私みたいに変に背が高かったりすると性別も間違えられる。自分では変えられないものから招かれる誤解は案外傷つくから……」

はぁ、と深いため息をつきながら肩を落とすランサー。どうも彼女のトラウマに触れてしまったらしい。どこまでも平均的な自分からしてみれば彼女のようなスラッとした身長と身体つきや、何事にも動じなさそうな凛々しい顔は憧れるものだが、持つ者には持つなりに悩みもあるのだろう。……贅沢ものめ、なんて思ってしまうのはご愛嬌。

でも、こんな些細なことでもいい。ほんの僅かでも、彼女の事を知っていきたい。それは生き残るためではなく、此処に自分として在るためだ。

「ま、私の容姿は別にいいんだ……色々諦めてるし、可愛い子を見ている方が好きだし。それよりも、今後のために確認しておいてほしい事が幾つかある」

そう言うと、ランサーは目の前で三本の指を立てた。

 

「一つ目は私の傾向。私、考えるよりも身体を動かす事を優先するタイプなんだ。だから、マスターが戦闘の指揮をしてほしい」

 

「二つ目、指揮下へ入るにあたって教えておかなければならない事。私は現在、力を出せるような状態じゃない。もともと正規の英霊ではなく無理矢理サーヴァントの立場を確保したことに加えて、どうも君のマスターとしての適性値に合わせたためかステータスが大きく制限されている。こればかりは互いに運がなかったと思ってくれ」 

 

二つ目は力が制限されていると言いたいだけのようだが……今ランサーはさらりと問題発言をしたことに気が付いているのだろうか。

ランサーと名乗ることを決めた時といい、その言い方からして、彼女は自分と同じようにこの聖杯戦争にとってかなりのイレギュラーな存在らしい。

 

「そして最後、これは二つ目と被っているな。マスターは私の武器について覚えているかい?」

 

彼女の質問に、覚えていると首肯する。実は気になっていたことでもあった。

最初の出会い、自分の記憶が正しければ彼女はその身を覆うほど大きな盾を持っていたはずだ。楽器を連想させる形のそれは、霞んだ視界からでも神聖な盾なのだと判るものだった。

「うん、覚えていたか。あれはパウロの黙示録とエジプト人の福音で鍛えた音律を以て全ての不浄を弾く概念武装。幾度となく私を守護してくれた大切な武器だ。けれど今回は私の弱体化、加えて霊子虚構世界という環境によって普段より負担をかけてしまっている。なんというか、私が私であるための情報を守護するため、機能をかなり割かなければいけなくてね」

そこで一区切りすると、ランサーは申し訳なさそうに目を伏せた。

「端的に言うと、私が此処に居る事を維持する限り武器本来の力は使えない。使えるとしても、よくて加護のない物理攻撃用の鈍器ぐらいだ」

 

……つまり、拳で語るしかない。拳を握りしめながら告げるランサーに、思わず苦笑の笑みが漏れた。

記憶も力もないマスターに主戦力を封じられたサーヴァント。お似合いと言えばそれまでだけれど、これ以上底辺はないのだろう。なら、あとは上がっていくだけ。弱体化が原因の一つなら、互いを鍛えていけばそれは解決できるのではないか。

そう彼女に伝えると、ランサーは目をぱちくりと瞬かせた後に、先ほどの自分と同じような、目の前にいる人に呆れた笑みを浮かべた。

「君は存外にタフな精神の持ち主のようだ。そうだね、ここで状況を嘆いても改善されることはない。環境を変えるにはまず己を変えなければ」

「うん、私も頑張るよ、ランサー。桜が言うには対戦相手の発表は明日らしいから、今日はアリーナで二人がどれくらい弱いのか確認しなきゃ」

「あはは、まず弱いことを知らなきゃいけないなんて珍しいことにも出くわすものだね。一から鍛えるのも懐かしい気分だ、悪くないよ」

椅子から立ち上がりながら、互いに少しだけ笑いかける。

 

きっと、まだ自分はこの戦争を本当の意味で理解はしていないだろう。けれどこの先も、自分の過去も不透明だと自覚した以上、現在を進むしかない。マイルームでの会話でこの考えを持てただけでもよしとした。

 

ひとまずはアリーナへ、本格的に本選が始まる前に動き始めよう。




凛には桜の身体をまさぐってもらいました。わきわき

ステータス初期化はリーズ側にも、主人公側にも事情がある故の制限です。
主人公側は原作と同じとして、リーズ側の事情は後々説明していけたらと。
ただ一応ムーンセルからサーヴァントとしての立ち位置を得ている以上、必要最低限の力は持っています、あしからず。
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