ところで人生で二度目のコミケへ一般ですが参加しました。
とてもじゃないけれど体力が保たない……皆タフネス…
#一回戦 二日目#
その後アリーナへ赴いた結果、目の前にはだいぶ落ち込んだランサーがいた。
「いや、まさか……まさかあそこまで弱くなっているなんて…あんな知的思考がほとんどない使い魔のような奴を相手に手こずるなんて」
アリーナからマイルームへ戻ってからずっと、充分な睡眠もとらずに自分たちの現状を確認しあっているうちに一夜が明けてしまった。
今は地下一階の食堂で栄養補給兼エネミ―から得た資金でアイテム補充をしているところだ。
本来ならこんな会話はマイルームで行なうべきなのだろうけど、食堂はアイテムショップ程度の扱いしか受けていないのか、あるいは多くの参加者がアリーナを踏破している時間帯なのか閑古鳥が鳴いていた。盗聴など気にしていたらキリがないし、なによりマイルームに居続けると二人して気分が沈んでしまう。
しかし彼女の嘆きっぷりを見るに、想像していたよりも遥かに弱くなっていたらしい。
けれど、こればかりは彼女だけの問題ではない。
たとえランサーという頼もしい存在が傍にいても、私の戦闘経験は予選の人形と共に過ごした数分のみなのだ。
明確な殺意を向けられて混乱してしまい、誤った戦闘指示の連続、エネミ―に取り囲まれる状況へ陥る判断能力のなさまで露呈してしまった。
彼女が悔しがるのと同じくらいに、自分も落ち込んでいた。
「猶予期間が長めに設けられていて助かったね。これが二日、三日なんてものだったら完全に負けていた」
「ごめんなさい、不甲斐ないマスターで……」
互いにしょげていても仕方がないと判っていても、こうもエネミ―程度で息が上がってしまうとなると、サーヴァントを率いる相手との対戦には不安しか抱けない。
「これ以上は嘆いていても仕方ない、昨日君が言ったばかりだろう?私たちはありあまる課題点を見つけることができた。
君もまだ状況を把握できていない……というより、覚悟かな。まだ戦いに赴けるような心構えではないよ。だからまずは課題の克服だけに集中するといい」
本当ならば君みたいな女の子はこんな世界に紛れこみそうにないんだけど、と付け足しながらランサーは購入したカレーパンをもごもごと口に入れる。カレー好きの知り合いを思い出すな、なんて呟いているのを横目に自分も焼きそばパンにかぶりついて、食事のありがたみを文字通り噛みしめた。
彼女に言われたことに反論出来なかった。曖昧なままではいけないと分かっていても、死と隣り合わせという状況を未だ非日常として受け入れていない自分がいるのだ。
覚悟が足りない、と言われたのは彼女が初めてではないことも思い出しす。そう、自分は“彼女”にも覚悟が足りないと言われたのだ。
「はぁ、貴女たち随分と余裕そうね」
ささやか食事風景に割り込むのは今しがた自分が思い出していた赤い声。黒い髪をなびかせて、颯爽と登場するは遠坂凛。周りには無口なNPCしかいなかったため、一気に華やかさが出てきた。
別に私に華やかさがないわけではない、多分ない。
「こんなところで食事なんて、不用心にも程があるわよ……あら、懐かしいもの食べてるじゃない」
自分が手にしている焼きそばパンを見て、僅かに目を輝かせた凛は購買部で同じものを購入すると、自分とランサーの隣へ腰掛けた。そして焼きそばパンをいろんな角度から見つめた後に一口ずつ食べていく。小口なのか、焼きそばが落ちないように奮闘する姿は年相応の少女だった。
しかし、ある程度食べ終えてから放った言葉、そして態度はまごうことなくこの戦争を勝ち抜こうとする戦士だ。
「あんたもレオじゃあるまいし、そんなにも堂々と自分のサーヴァント見せびらかしてどうするの?」
――レオ、とはレオ・B・ハーウェイのことだろう。ブロンドの髪に真っ赤な制服。誰しもが王を連想する彼に、自分は予選で何回か出会っていた。
記憶だと、その彼を凛は、果てしない敵意と挑戦の眼差しで見つめていた気がする。
「気がする、じゃなくてそういう風に見ていたのよ。自分の願いを叶えるのはもちろんだけど、ハーウェイにだけは聖杯を渡すわけにいかないもの」
「そ、そうなんだ……でも西欧財閥ってレオしか来ていないのかな。凛みたいなのが沢山いたら、いくらなんでも袋叩きすればレオもやられちゃうかもしれないのに」
「マスター、意外に考えることが物騒だね」
少しだけ目を見開いて驚くランサーに物騒で悪かったわね、と拗ねてみる。如何せん、サーヴァントを使用するという方法に馴染みがない分、こういった物理的な手段の方が自分にはすんなりと理解できるのだ。
だが、その提案に対して凛は呆れて鼻で笑う反応しか返してくれなかった。
「この聖杯戦争は基本一対一。現実世界じゃ数で負けてるレジスタンス側が唯一勝てる見込みのある戦争なのに、そこで数を使ったら意味がないじゃない。それにちゃんといるわよ、レオの影も……って、なんでわたしがこんなこと教えなきゃならないのよ」
「えーと、この焼きそばパンあげるから」
「そんなに安い女じゃないわよ、私……こら、笑うなそこ」
後半の独り言は恐らく背後に控えている自分のサーヴァントに対しての言葉なのだろう。まだ彼女のサーヴァントを目にしたことはないが、彼女の態度や言葉から、ちょくちょく凛のことをからかって遊んでいるようだった。凛も本気で嫌がっているようには見えないし、きっといいコンビなのだろう。
そこまで考えると、自分たちについてまた不安が襲いかかってきた。コミュニケーションを取れたとしても、それ以前の問題が山積みなのだ。
「な、なによその不安そうな顔は……あなた、本当にそんなので大丈夫なの。今日からタスクが発動されるし、本格的な戦争の始まりなのよ?」
不安が顔に出ていたらしい、自分の表情を見て凛はたちまち不機嫌になった。まるで出来の悪い後輩を目の前にしているような目つきだ。
「そういえばまだ対戦者も見ていなかったね。私たちはマイルームへ戻ると直接こちらへ来たから、掲示板をまだ見ていないんだ」
タスクについてはマイルームで反省中に携帯端末から連絡が入ったので知っていたが、ランサーの言う通り対戦者の確認は行なっていなかった。
詳しくは言峰神父というNPCに聞けばいいというが、まだ彼には出会えていなかったので先に食糧とアイテム調達をしようと決めて此処へ来たのだ。
と、ここまで言うと多分凛は馬鹿じゃないのと罵倒してくるのだろうなと想像して身構える。
事実その通りの行動を行なう予兆を見せた彼女だが、不意にその動作を止めるとランサーに向かって目配せをしてきた。
ランサーは彼女の意図を察したのか食べかけもそのままに霊体化によって姿を消す。そうして見えなくなったと同時に背後から声をかけてくれた。
『彼女に助けられたな、誰かがこちらへ来るようだ』
その誰かとは、彼女たちへ質問する前に答えの人物が階段を降りてきた。
特徴的な髪形と優越感と自信に溢れた表情、この二つだけでも自分の知り合いで該当する人は一人しか居ない。
「やあ、君も予選突破するなんて、案外聖杯戦争ってゲームは難易度低いのかな」
「間桐、慎二」
軽く手を上げてこちらに向かってくる少年の名前を、私は告げる。
――間桐慎二。予選では自分と友人の役割を振りあてられていた少年。
保健室のNPCである間桐桜は彼の妹という設定だったが、彼はNPCではなくれっきとしたプレイヤー、魔術師だったのか。
隣に座る凛は先程の快活さを秘めて、どこか冷たい雰囲気まで醸している。こうも態度が違うのは彼を敵として認識しているのか、もしくは自分が敵として認識されるまでもない駄目魔術師なのか。
『おそらく、どちらもあてはまるが、どちらも外れだろうね』
……この正直者のサーヴァントめ。
「君と遠坂凛が知り合いだったなんて意外だな。もしかして実は凄腕の魔術師だったり?ははっ、まさかね。君みたいな平和ボケした凡俗は僕たちのような優秀な奴らの踏み台が精々だろ」
僕たち、という言葉で慎二はちらりと凛へ視線を向ける。凛は当然のように無視を決め込んでいたが、そこに込められた彼の感情は何なのだろう。妬み嫉みか、それとも憐憫か。そのどちらにせよ、どこか酔ったような口調で話しかけてくる彼の態度と今までの凛が伝えてきた聖杯戦争の中身に乖離を感じた。
まるで、彼は本当に死にはしないと思っているようで、凛の言う弱肉強食の世界と自分は関係がないとでも言う様に……あるいは、その現実から目を逸らした結果が、そうなのだろうか。
判断のつかない自分は、黙るしかない。けれど沈黙し続けることを慎二は不快に感じたらしい、先よりも苛々した口調に変わってきた。
「何か反応したらどうなんだよ、ったく。もしかして君はまだ掲示板見ていないわけ?」
「え、ああ、対戦者のこと?うん、これから見るつもりだったけど……」
「君さぁ、どこまで間抜けでノロマなんだよ!普通は最初に確認することだろ!?」
慎二の罵倒に凛と自分の背後に居るランサーが、うんうんと頷くのが分かる。凛は兎も角、ランサーまでもとはここに味方は居ないのか。といっても、自分自身でも確認しなかったことは軽率だと思っていたので反論できない。
周囲が自分の味方をしていると空気で悟ったのか、ころりと不機嫌さをなくして最初の余裕を取り戻した慎二はくすくすと笑いながら事実を伝える。
それが、どうしようもない事実だという自覚を彼は持っているのだろうか。
「お前の一回戦の対戦相手はな、この僕――間桐慎二さ」
仮初めの日常にさよならをするために、私たちは、殺し合う。
***
「残念だったな、別の奴と対戦していたのなら運よく二回戦ぐらいまではいけただろうに。嗚呼、神様は残酷だ!友人だった僕らを潰し合う運命にまきこむなんて……なんてな!!ははははっ、精々あがけよ?ゲームはフェアじゃなきゃ面白くないからな!」
その台詞を最後に、間桐慎二は言いたい事を言い終えたのか、肩を揺らしながら食堂を後にした。残されたのは不機嫌なままの遠坂凛と茫然と事実を受け止める自分しかいない。
この対戦表は偶然なのか、意図的なのか。この場所では神に等しい月の頭脳に疑念を抱いても仕方がない。せめて掲示板へ行く労力が必要なくなったことだけでも今は喜ぶべきなのだろうか。
どうしたって、時間は過ぎる。鼓動一つを刻むだけで、殺し合いという処刑台への一歩を進まされている気分だ。本物の肉体ではないと判っているのに、手足が冷えていく感覚を止められない。
『ではマスター?期せずして対戦相手も知ることができたし、今後の方針を決めようか』
足がすくんでいたところに、ランサーから声がかけられた。
彼女の全てを受け入れながらも気にしないような、浮世離れした声色に助けられて手足に力を入れる。今は彼女の言うとおり、方針を決めて課題を克服していかなければならない。
……あれ、でも、どうやって?
思い至った根本的な問題に、自分でも顔色が悪くなるのがわかってしまった。
過去の記憶がない私には、アリーナではランサーにレクチャーしてもらわなければいけなかった程に魔術師としての実力がない。ランサーも自身の事情に加えて私の階位に合わすように弱体化してしまっているため鍛えるしかないのだが……知識がない以上、どうすれば鍛えることができるのかさえも判らないことにいま気がついた。
「何かをしなくてはいけないけれど、何をすればいいか戸惑ってる……ほんと、こんな小動物が紛れこんでるなんて何かのバグじゃないかしら」
慎二が来てから一度も喋らなかった遠坂凛がようやく口を開いたが、その言葉は辛辣だ。髪をすくいあげ、嘆息する姿は似合っているが彼女にそのような行為をさせてしまうことが申し訳なく思ってしまう。
「生きるための術を模索しなさい、考えることをやめてはいけないわ。そうね、アリーナにはもう行ったのならデータ上にスキルポイントって奴がある程度貯まっているでしょう?それを有効利用できる場所があるから、そこへ行くといいわ」
いずれ殺す相手だと自分で言っておきながら、遠坂凛は私へ助言を施す。
……どうして、という言葉をどうにか呑み込んだ。それを言ってしまうと彼女と対等の位置へ立つためのスタートラインさえ遠のいてしまう気がしたのだ。
だから一言、ありがとうと感謝の気持ちだけでも伝えようとした時、自分や凛が使用していたテーブルから離れた場所に座る人物が先に凛へ声を掛けた。
「ふむ、実に含蓄ある言葉だ。遠坂凛、君はマスターだけではなく導き手としても才能を秘めているようだな」
割り込まれたのはどことなく癪に障る厚みを持った声。
いつから居たのか、それさえも分からない。けれどそこには確かに神父服を纏った男性が何かを食べながら座っていた。
「……綺礼。アンタいるならいるって言いなさいよ!」
「ふむ、しかしそのようなことを頼まれてもいなかったのでな。なにより、今の私は食事中だ。この麻婆を食べ終えるまで私の邪魔はたとえ戦争参加者であろうと許さん」
「どんだけ優先順位高いのよ、その食事は!?」
凛と綺礼と呼ばれた神父はまるで漫才のように会話を繰り広げている。
しかし彼が食べている麻婆豆腐……ここは虚構世界なのに、近くに居るわけではないのに、ものすごい刺激臭を漂わせている。というか目に刺激物が入ったかのように涙が出てくる、あれは本当に食べ物なのか。
「相変わらずどこか歪んでて気にくわない奴ね。ほら、わたしはもう行くけど貴女は彼に色々聞いておいた方がいいわよ。こいつ、これでも一応は運営AIだから、聖杯戦争の必要最低限な知識は教えてくれるはず」
彼のことがあまり得意ではないのか、それともこれ以上は時間の浪費と思ったのか、赤い少女は席を立つ。
そうしてこちらへ一瞬だけ優雅な笑みを浮かべると、階段へと去っていった彼女の意図はどうあれ、貰ったアドバイスは有効に使わなければいけないだろう。とにかく今の自分には知識がなさすぎるのだ。
遠坂凛を見送ってから振り返ると、蓮華片手にAIがこちらを興味深げに見つめていた。
「ほう、まだ説明をしていないマスターだったな。ならば仕方あるまい、食事をしながらになるが構わないだろう?」
運営AIにとって最優先であろう参加者への説明と優先順位が同列になる麻婆豆腐……。いつか自分にもあの赤さと辛さに対して勇気を持てる時が来たら挑戦してみようか。
そんな余計なことを考えている間にも、湯気だつ麻婆を口に運びながら神父はタスクについて説明している。
「まずはタスクだな。これは簡単な条件だ、猶予期間中に二つの
『つまり、それを手に入れることができない程度の実力では、聖杯を手にする資格はないということか』
猶予期間であろうと気を抜くことは出来ないということだけど、もともとそんな余裕はない。寧ろ自分たちの課題を克服できたかを確かめる術になるのではないか。
『ふふっ……君のそういう前向きなところは、実に心地いい旋律の様だ』
後ろでランサーの笑みを含んだ声が聞こえる。彼女も人のことを言えないぐらいに前向きだし、そんな彼女だから自分も俯いていたり気持ちを暗くしているわけにはいかないのだと思っていることをランサーは気がついているのだろうか。
……多分、気づいていなさそうだなあ。
「現在は
自分で宣言した通り麻婆を食べつつ説明していた神父だが、ついに最後の一口を飲み込んだ。食から私へと興味の対象を切り替えた彼は、観察することを愉しむかのような薄気味悪い笑みを浮かべ、忠告する。
「他の参戦者と交流すること自体は禁じていないが、猶予期間中の私闘は禁じられている。そも、会話によって自分が不利になる可能性がある以上は普通ならば交流など持とうとは思わないものだが……それは君次第というものだ。私闘を行なった場合、ムーンセルから強制介入が行なわれる。特に学園内での私闘はマスターのステータスが低下するペナルティが加えられるので、くれぐれも注意したまえ」
――果たしてお前に勝算はあるのか。無いのならばその手を汚してでも掴めるのか。
そう、問われるような視線を真っ直ぐに受け止める。
人間ではない、人間の再現である彼は私を試していた。答えは得ず、けれど進むしかないのならば、ここでこの問いを受け止めきらなければならない。
――分からないから目を逸らす、知りたくないから目を瞑る。そうやってあるべきものを取りこぼすことだけは、決してしたくなかったから。
無言のまま、無機質な瞳を見つめ続けて一瞬だったのか、それともしばらく経ったのか。やがて神父は立ちあがり、完食してもなお刺激臭を残す食器を返却台へと運んだ。
「何にしろ、時間は有限だ。有効に使いたまえ」
立ち去るその姿は色濃い影の様で、最後まで視線を外すことができなかった。完全に姿が見えなくなってから、漸く大きく息を吐く。
『随分とマスターは彼のことが苦手のようだね』
「苦手、なのかな……少なくとも、彼のことが得意な人はそうそういないと思う」
指摘されてから、苦手かどうかはともかく好んで話しかけたくは無いなと内心苦笑する。
再び人の気配が少なくなった食堂で後片付けを始めると、ランサーは背後で凛から教えてもらったスキルポイントを確認していた。
『うん、確かに僅かながらだけど貯まっているね。でもマスター、これを何処で利用するのか肝心の施設の名前は教えてもらわなかったけれど、心当たりはあるのかい?』
「それは多分……だけどね、一応は」
自信はそこまでなかったけれど、その施設の予想はある程度立てていた。見た限り、聖杯戦争本選で使われている校舎は予選と同じものなのだ、そのなかで自分たちがまた訪れていない施設となると、弓道場かあるいはもう一つの“あそこ”しかない。
『なるほど、杞憂だったようだ。では歩みを進めるとしようか、マスター』
迷いのない彼女の声に支えられて立ちあがる。机が綺麗になっていることを確認してから、後ろのランサーへ目的地の名を告げた。
「え、と……じゃあ、教会に行こうと思う。弓道場以外で一番怪しい施設って言うとそれしか思い当たらないし」
「え、教会!?」
目的地を伝えると、ランサーがこちらも吃驚するほど素っ頓狂な声を上げた。いきなり大声を出されて暴れる心臓を抑えながら振り返ると、そこには興奮で霊体化を解いたランサーが顔を輝かせて立っていた。
「この霊子で造られた世界にも教会は存在するのか!」
顔を輝かせるどころか、ずいずいとこちらへ迫ってくるランサーを慌てて押しとどめる。
「ちょ、ちょっと近寄りがたい雰囲気だったから、まだ入ったことは無いけれど……保健室の先にある中庭にあったよ」
「そうか、そうなのか!既にこの身は純潔を誇れず、仕えるべき主もまた変わり果てた。けれど守護の魂、信仰までは汚してはいないと自負していたが、此処に一つ報われることができたのか!」
このまま小踊りするのではないかと言わんばかりのはしゃぎっぷりが今までの冷静な立ち振る舞いを見せていた彼女のイメージとかけ離れていて、思わず目を白黒させてしまう。
その服装の意匠や度々口にしていた単語から薄々と何処に属しているかまでは判らないけれど、敬虔な教徒であることには気がついていた。けれど、まさか教会という単語ひとつにここまで喜ぶとは予想外だった。
「いやなに、一緒に暮らしていた友人の境遇が少し特殊でね。あまり表立って礼拝することができなかったんだよ……自分で納得した事だったとはいえ、ね」
それもそれで随分と不可思議な境遇だ。詳しく聞いてみたい気もしたが目の前に早く教会へ向かおうと顔に書いてあるランサーをこの場に引き留めることには罪悪感さえ覚えかねない。
ひとまずランサーには悪いが教会に向かうまでは霊体化してもらうことにした。やはり霊体の状態より実体である方がいいだろうにと伺ってみると、気にしなくて構わないよと快活に返答された。
『確かに実体化していた方が気は楽になるけれど、霊体化は君の為でもあるからね』
「私のため?正体がバレて戦闘に不利になるとか、そういうことではなく?」
『んー、それもゼロと言えば嘘になるけれど。姿を現すことは敵に我らの存在を知らしめ、畏怖させることにも繋がる。もともと私はそちらの意味合いが強い戦いを中心に行なってきたから、寧ろ戦闘のし易さではある程度、姿を知られている方が慣れているのかもしれない。けどマスター、君はそうじゃないだろう?』
その問いかけに言葉がつまる。今この瞬間、行き交う人々はNPCを除いて全てが敵なのだと宣告された。空気こそ変質したが、予選と変わらない風景に自分はハッキリと認識できていなかったのだろうか。認識していても、ふとした拍子に忘れてしまってはいないだろうか。
――校舎は変わらず、空は海に溺れ、学生服が入り乱れる、しかし此処はれっきとした戦場なのだということを。
『私が実体化すればマスターへ余計な干渉を起こされかねない。
先程も指摘したが、君はまだ戦場というものを日常と捉えていない故にこの現状を認識しきれていない節がある。もちろん、本来ならばその方が幸せなんだ。万人がそうであるべきだし、私たち武人はかくあるべくために戦うことが正しい』
生死が関わる戦場を日常にするべきではないはずなのに、この戦争に参加する全員はそれを否定する自分の欲を持っている。
それは強いことだけど、悲しいね。そう背後で呟かれたが、自分には何も反論できない。
持っていたはずの願いさえも取りこぼして、今の私は此処に居る。
そんな自分が言えることは一つだけだ。
「ランサー、人は生きていればそれだけで生死に関わる戦いをしなければならないよ」
保健室の隣、中庭へ抜けるための入り口に手をかけながらぽつりとこぼす。
欠けた夢、旧い夢、あるいはどちらにも属さない遠い遠い見果てぬ夢。そこはただ暮らすだけなのに人は死に、死んだ人の横で新たな命が生まれていた。
それに何より、予選で私は確かに死にゆく人から遺志を受け取った。現状を未だ理解できていなくても、生死に関してだけは退いてはいけないと理解している。
『……そうだね、そんな君だからこそ私は選ばれた』
それは一応の合格点、という意味なのだろうか。問いかける前に外へ出たため聞きそびれてしまった。
――そこは学園の中でも異質な場所。
他の施設は先程の食堂から体育館や弓道場など普通の学園に存在してもおかしくはないものだ。
けれど此処だけは違っていた。流れ続ける噴水の音、電子の風が葉を揺らし、疑似太陽が木漏れ日を造りだす。
そのなかで一際この世界と隔絶されたものが、教会だった。
『素晴らしい。中庭という境界を置くことで、この教会は学園と関わりながらも異なる世界となっているようだね』
たしかに校舎を出ただけだというのに周りには女学生姿の参加者一人いるだけだ。喧騒も聞こえなくなって静寂に近い状態はある意味、これだけでも人払いになっていたのだろうか。
「あ、でも予選のときに感じていた近寄りがたい雰囲気はなくなってる」
『恐らく教会に人払いの結界が張られていたんだろう。つまり魔術に関する場所に相違ないようだ』
やはり凛が言っていた施設とは、この教会で合っているようだ。教会と言うと先程の神父を連想するけれど、何故か彼はこことは縁遠いように思えた。きっと彼は性格が捩じ曲がってそうなので、この場には似合わないだけだろう。
教会の入り口に立つと、扉の向こう側から微かだが物音が聞こえる。初めて入るその場所に心なしか緊張しながら、私はランサーと共に扉を開けて一歩を踏み出した。
***
一回戦対戦相手表示、教会などかなり前倒しです。
次回はあの姉妹が中心、本格的なアリーナ戦は次次回に