#一回戦 三日目#
『さて、ひとまず自分たちの問題への対処法が分かった以上、次にとりかかるべきは対戦相手への対策と暗号鍵の取得だね』
教会へ訪れたその後、アリーナで力の変化を確かめてから一夜が経った。マイルームから他の参加者とすれ違う廊下へ出ると、歩きながら聞いて構わないと前置きをしてから、ランサーはそう切り出した。
「たしかに何もしなかった時よりも、ランサーの攻撃はエネミ―に通っていたね」
『うん、ずっと最初の状態だったら大変だなって思っていたから、助かったよ』
「大変だなって程度なんだ……やっぱりランサーは凄いや」
『そんなことはない、私はやれることをやっただけだから。それに
そう、聖杯戦争に参加するためのもう一つの絶対条件、暗号鍵をその日に取得することができなかった。
あと一歩だったといえば聞こえはいいけれど、あと一歩も届かなかったことが悔しい。その原因が自分を守るためにランサーがダメージを過剰に負ってしまったというものだから、余計に悔しかった。
『悔しさは改善へ繋がる一歩だ、そこまで気にしなくて構わないよ。それよりも私としてはマスターには敵の対策を考えてくれることに期待しているんだ。この聖杯戦争で重要なのは、猶予期間を使って如何に相手の情報を集めるかどうかのようだからね』
昔の自分なら調査班に任せっきりだった仕事なんだよ、と呟くランサーは困った様な気配だ。どうも彼女は戦う事に特化している分、調査や諜報に関して疎いらしい。
『聖杯戦争に関する基礎知識はサーヴァントとして認識される際に与えられたんだけど、私はあまり言葉にすることが得意でなくてね。マスターもサクラから幾つか教えてもらっただろう?理解できているのはあれぐらいなんだ』
そう言われて私は桜に説明された月の聖杯戦争の概要を思い出す。
サーヴァントを従えて、万能の願望器を賭けて最後の一人となるまで殺し合う戦争。サーヴァントには七つのクラスごとに異なる特性があるので、彼らの真名を看破する手掛かりになるだろう。記憶がなくなっているとはいえ、常識などの基礎知識までは失っていない私でも役に立てるはずだった。……言いかえれば、今のところ役に立てるところがそれくらいしかないということだが、何事も前向きで行こう。そうしよう。
「本当にお互い、初心者だね……でも凛もサーヴァントについての情報は重要視していたみたいだし、どうにかして慎二の手掛かりを見つけることができればいいんだけど」
何にせよ、まだ彼のサーヴァントとは出逢ってもいないのだから調べようがない。耳に入った情報だと、どうも対戦者同士のアリーナは同一のものらしいのでタイミングが合えば、私も慎二とアリーナに出くわす可能性がある。
「たしか学内の私闘はペナルティあるけど、アリーナ内だと無いんだよね……ランサー、入口を延々と見張って彼のサーヴァントを遠目に見るのはアリかな」
『マスターは時々だけど発想が斜め上に行くね、嫌いじゃないけど。ふむ、いや、どうもすぐにそうする必要はなくなったみたいだ』
図書室側を見てごらん、と促されて顔を向けた先には噂をすれば人の影とでも言うべきか、間桐慎二と遠坂凛が対峙していた。対峙、というよりも慎二が一方的に凛へ喋りかけていると表現した方が正しいかもしれない。
凛は一見静かにしているように見えるが、何回しか喋っていない自分でも判るぐらい険悪な雰囲気を醸し出していた。周囲に何人か野次馬がいるけれど、皆が遠巻きに見ているところから大抵の人は不機嫌を察しているだろう。
それに気付かないのは恐らくたった一人、彼女へ話しかけている間桐慎二だけだ。
「――僕と、彼女の艦隊はまさに無敵と言えるだろう。流石の君だって勝てると思わないでくれよ?」
話の途中に割り込むわけにもいかず、彼らの話が聞こえる程度の位置で立ち止まる。慎二は後ろ姿しか見えないが、凛はこちらの存在に気がついたのか、視線が交わると僅かに眉を上げた。
そうして微かな笑みを浮かべると――気のせいでなければいいけど、ひどく、その、意地の悪い笑みを浮かべて、延々と語っていた慎二に痛烈なパンチを浴びせるかのように言葉で彼を斬り伏せた。
「へぇ、サーヴァントの情報をそんなにくれるなんて、マトウくんったら随分と余裕なのね」
その一言で慎二は自分の失態を理解して青ざめるのが、後ろ姿からでも判った。
『まるで髪の色が顔に移ったようだね、真っ青だ』
そこ、上手い事を言わなくてよろしい。
慌てて捨て台詞と共に去ろうとする慎二に、凛は止めを刺すように自分の推測を並べていった。
「あ、一つ忠告しておくけど。私の分析が正しいなら『無敵艦隊』って寧ろ敵側の呼称じゃなかったかしらね?」
優雅そうに慎二への忠告と言う名の処刑を終える凛から悪魔の角と尻尾が垣間見える。
けど、今の会話はどう考えてもこちらへの助言となるものだった。半分は意趣返しの意味合いが籠められていたとしても、また彼女に助けられてしまった。
『彼女はどうも手を差し伸べずにはいられない性質みたいだね。まるで鮮烈な光のようだ、道を照らして指し示すけれど甘えも許さない』
「自分にも他人にも甘えを許さないのに放っておけないって損だけど彼女らしい……あ、どうしよう」
慎二が踵を返してこちらへ向かってきた事を忘れてランサーと凛について話していたら、逃げるタイミングを失ってしまった。慎二の進行を防ぐような形で立ち止まっていた私に彼も気がついたのか、青ざめた顔に怒りが混じった歪んだ表情を浮かべている。
「おまえ……!」
会話の内容すべてを聞いたわけではないけれど、彼にとって決定的に不利となる言葉は耳にしてしまった。忘れろといわれても、もうこれ以上記憶を失うわけにもいかない。
「くそ……っ、アリーナで遭ったら覚えてろよ!どうせおまえじゃ、僕の無敵艦……いや、サーヴァントには敵いっこないんだからな!」
そう言うと、足音まで聞こえそうなほど乱暴な足取りで慎二は私の隣を通り過ぎた。舌打ちも付けられてしまう辺り、かなり嫌われてしまったようだ。
凛もこちらへ一瞥するだけで何も言わず、慎二とは別の方向へ去ってゆく。
私はまだ予選の頃の“間桐慎二”を引きずっているけれど、それは彼自身にとって偽りの姿なんだと改めて思い知る。
自分が知っているモノが、真実であると限らない。
なら、私自身は何を真実とすればいいのだろう?現在にしがみつくと決めたばかりで、その現在さえもあやふやな自分は……
『マスター。その悩みは他人に委ねても、放棄してもいけない』
不意にかけられたサーヴァントの声に俯きかけた顔を上げる。
『……真実ほど危ういものはないよ。時に正しいモノが、あるいは間違っているモノが真実の時もある。でも間違っている事も、正しい事も知るためには真実が必要だから……大事なのは、その真実を知ってなお、自分がどう動くかだよ』
霊体化している彼女の姿を見ることはできない。けれど、その声からは自戒の意が含まれているように聞こえた。まるで自身が経験したかのようで、その言葉に思わず問いかけそうになる。
――貴女はその危うい真実を知った時、どう動いたの?
「……」
開きかけた口を閉じる。彼女は、その悩みを他人に委ねてはいけないと言った。つまりはランサーと同じ位置にいくためにも、私は答えを自分で見つけるため足掻かなければいけない、そう思えたからだ。
小さく拳を握って、前を見た。今は情報を得られたことに頭を動かそう。
「まず、無敵艦隊から調べる。さっきの慎二の態度だとアリーナで絶対にぶつかってくるだろうから、それまでに少しでも詳しく知っておかないと」
『うん、マスターが思うままに。大丈夫、彼の悪意からも、敵意からも、全て我が身を以て弾く事をここに誓おう』
***
――図書室で無敵艦隊について調べてから潜ったアリーナは、一歩踏み入れた瞬間から今までと異なる空気を纏っているのが伝わった。
「……へえ、こうも気配が伝わるものなのか。マスター、張り込みはやらなくて正解だったね」
盾を構えて走るランサーの苦笑に同意せざるを得なかった。サーヴァントという異質の存在を従えている以上、一人の時は気がつかなかったけど居るだけでもここまでの存在感を放ってしまうのだ。余程の技術か能力がないと、隠れて張り込みなんてできそうにない。
「アサシンの気配遮断スキルでもあれば話は別なのだろうけど、それは私には無理な芸当だろう。さて、これは下手に隠れない方がよさそうだ」
「何をしても見つかれば、慎二から何かしら言われそうだなぁ……」
彼との戦闘も必要だが、暗号鍵の存在も忘れてはいけない。あれを手に入れなければ戦いの場に立つまでもなく死が訪れる事になるのだ。何もできずに死ぬ事だけは絶対に嫌だった。
「そうだね……けれど暗号鍵を安心して手に入れるためにも、まずは彼らをどうにかしなければいけないようだ」
幾度目かになる曲がり角、その先に間桐慎二とそのサーヴァントは待ちかまえていた。
歩調を緩め、彼らに近づく。
慎二の横に立っていたのは意外なことに女性だった。彼よりも高い身長で堂々と立つ姿は遠目から見ると男性のようだったので、意表を突かれた。
――赤い、赤い女性だ。顔に走る傷痕を隠そうともせず、乱雑に伸ばした赤髪に映える赤い軍服調のコートを見事に着こなしている。
「遅かったじゃないか、お前があまりにモタモタしてるから……ほら」
先程の切羽詰まった顔はどこにいったのか、余裕の表情を浮かべて慎二が掲げたものはカードタイプのアイテムだ。
「見て分かんない?あははっ、お前の
「…………っ!?」
「おいおい、そんな顔するなよ?お前はとろそうだからさ、わざわざ僕が取ってきてやったんだ。感謝して欲しいくらいだぜ」
アイテムへ手を伸ばしそうになるのを必死に止めた。近づいて何をされるか分からないし、何より隣に居るランサーが一切の油断もない顔で相手のサーヴァントを見つめている事から油断が許されない状況だと判る。
「なんだよ、反応がうっすいなあ……ま、これが欲しければさ、僕の憂さ晴らしにでも付き合ってくれよ。どうせ本番でも負けるんだ、ここで負けても同じ事だろ?」
歪んだ笑みをたたえたまま放った慎二の宣言に、赤のサーヴァントは退屈そうにあくび一つを返した。
「ん、もう小言は終わりかい?もうちょっと聞かせてくれても困らないのにねえ?」
そう言ってこちらに同意を求める視線を送られても困る。
そんな困った顔をすんじゃないよ、とサーヴァントは慎二とは対照的に快活な笑いを浮かべて彼の肩を叩いた。あの音からして結構痛そう……
「ほら、うちのマスターは人間付き合いがご存じの通りヘタクソなのに、そっちとなら上手くいきそうだったもんでね」
「な、なに勝手に僕を分析してんだよおまえっ!コイツとはただのライバル!いいから痛めつけてやってよ!」
叩かれた背中をさすりながら慎二は叫ぶ。涙目になった彼の言葉に、漸く彼女は慎二と似たように、けれど獰猛さを秘めて頬を歪めた。
彼女の態度の変化に、ランサーも盾を構えて腰を沈める。そうして私にしか聞こえないように彼女の策をつぶやいた。
「マスター……恐らくこの戦闘は禁止事項に触れる事柄だから、すぐにセラフの介入が行なわれるはずだ。私はそれまで防ぎきるから、貴女は暗号鍵の奪取を考えてくれ」
気づかれないよう、小さくうなずく。
そうして次の瞬間――学内では禁止されている私闘、本物の殺し合いの前哨戦が幕開かれた。
「素直じゃないが、そんな性根の悪さはアタシ好みだ。おい慎二、報酬だけはたっぷり用意しときな!」
愛さえ籠っているのではないかと疑うほど熱い台詞。
それを掛け声に、慎二のサーヴァントは自身の懐から何かを取り出した。
銃だ――それも現代の自動式ではなく、クラシカルな銃を二丁構えて彼女はこちらへ向かってくる。
「ふっ……!!」
視線を探り、死線を探り、ランサーは無尽蔵に放たれる弾丸を掻い潜って距離を詰めた。
時に身を覆う様に盾を掲げ、時に地を這う蛇のように屈み、次々と避ける彼女だが、その拳が届く一歩手前で慎二のサーヴァントに今までの射撃の構えと異なる動作を取られた。
「ランサー、盾を構えて!?」
遅いと分かっていながらも、叫んでしまう。
ランサーが声に反射で反応して盾を構えなおそうとするも、その前に慎二のサーヴァントは自ら一歩距離を詰め、ランサーの胸元に向かって両手を交差させる形で銃口を構えた。
「ド派手に、行こうじゃないか!!」
「ぐ、ああっ!」
バリン、バリンとガラスが砕かれるようにランサーを纏う物理保護の障壁が破られる。苦痛に顔を歪ませるランサーだが、体を仰け反らせたのは一瞬だ。足を踏みしめるとその反動を利用して盾と共に敵へ向かって一直線に突き進む。彼女は善戦してくれるが、その表情に余裕はない。
こちらがどうにか二回攻撃をかすめれば、あちらは余裕をもって三回当ててくる。
悔しいけれど、今の状況では私たちは慎二たちに実力で劣っていた。
(どうする……せめて
考えろ、ランサーが戦ってくれるのなら、自分は考えなければいけない。
何しろ時間がない。いつセラフが介入してくるか分からないが、戦闘が中断されれば慎二はアリーナを脱出してしまうだろう。そうなるとこちらは暗号鍵を手に入れられず、戦う前にして負けてしまうのだ。それだけは避けなければならない。
お前の
――そうして思い至る、一つの賭け。
「慎二、今から貴方のサーヴァントを崩すよ」
満足げに二人の戦いを眺めていた慎二に詰め寄り、宣言する。
彼を揺さぶれ、動揺させろ!
「はあ?何言ってんの、お前。そんなことより言い訳、考えといたら?」
慎二は心底馬鹿にしたような目をこちらに向けるが、残念……そんな視線は遠坂凛にも、蒼崎橙子にも劣る!
「貰ったヒントを使わない程、今の私たちには余裕がないんだ。
そう“無敵艦隊”……1571年、レパントの海戦でオスマントルコ艦隊を撃破したことで地中海を制したスペインの王国艦隊。誰も叶わない艦隊を無敵と呼ぶには確かに相応しいわね。スペインでは祝福艦隊、なんて呼ばれていたらしいけど」
今までの彼の態度を真似して、にやりと笑う。苦手な笑い方だけど効果はてきめんで、“無敵艦隊”の言葉が出た瞬間に、慎二の顔が引きつった。
けれどまだ足りない、動揺を与え過ぎてもいけない、その分水嶺を見極めるんだ。
「でも、貴方のサーヴァントは無敵艦隊じゃない。何故なら彼女はそれを破る者、敵国側の英雄だから。
そうなると可能性はかなり絞られるよ、無敵の伝説を破ったのは1588年に行なわれたアルマダの海戦の相手国……それはイングランド。イングランド、アルマダの海戦、この二つだけでも少なくとも貴方のサーヴァントのクラス名は把握できる!!」
海戦の英雄ならば、扱うものは艦隊。これをクラス名に当てはめれば……!
「貴方のサーヴァントは騎兵の英霊、ライダー!……慎二、もう少し口は固くしておいた方がいいかもしれない」
ライダー、それは高い機動力と強力な宝具を多く有すると言われるクラス。まだ英雄個人まで辿り着いたわけではない。それには情報が足りなさすぎる。
でも、彼にブラフをかけることぐらいなら充分だった。
「くっそ、おい!早く仕留めろ、ライダーッ!!」
慎二がこちらから視線を外し、ライダーに向かって指示を飛ばす。それは私が用意できた、最大の隙だ。
腰をかがめて力をためると、思いっきり慎二へ体当たりをかました。
結果は成功、突然の衝撃に耐えきれずよろめいた彼は手元からカードタイプのアイテムを取りこぼす。
二人同時に床へ叩きつけられるが、先に覚悟を決めていた自分が僅かに早く、アイテムへ手を伸ばした。
「やった、手に入れた……!」
再び奪われないよう、直ぐ様に
ランサーの声が聞こえた、早くこちらへ戻るんだと叫んでいる。
体勢が崩れた私に大笑いしながらライダーが銃口を向けている。
少し賭けの要素が強かったようだ、なんて冷静に考える自分と、無様でも足掻く逃げる自分が両立した。
今を取りこぼすくらいなら、私は今を生きていない。
死にたくない、死にたくない、それだけはできないんだ!
目を逸らしたくない、死にたくない、何もできなくても、それを想う事だけはやめてはいけない!
『セラフより警告:アリーナ内でのマスター同士の戦いは禁止されています。戦闘を強制終了します』
絶体絶命の境地に降り注ぐは無機質な音声。
蒼かった背景は警告を表す赤に染まる。今まさにこちらへ弾丸を放とうとしていたライダーの銃も、それを防ごうとランサーが掲げた盾も、強制的に装備から外されて彼女たちの手元から消えていった。
「ちっ、もう気づかれたのかよ……まあいい。ちょっと甘く見たら付けあがりやがって、お前なんてクラス名が判ってもサーヴァントが弱っちいから意味がないだろ!そうやってゴミのように這いつくばっていればいいさ」
ライダーに戻るように促した慎二は、床に手をついて何も言い返せずに荒い息を整える私を文字通りに見下した。
「泣いて頼めば、このゲームの賞金も、少しは恵んでやるよ。あはははははっ!」
その台詞を最後に、リターンクリスタルを使用した慎二はアリーナからかき消えた。後に残るは赤の余韻を残しつつ元の背景に戻っていくアリーナと、私たち二人だけだ。
肉体的に疲れていなくても、今の戦闘はかなり精神的には辛いものだった。偽りとはいえ友人だった慎二と戦う事だけじゃない、こちらが彼らと同じ力を手に入れられていないと言う実感、このままだと待ち受ける未来は死しかないという予感、全てが心に圧し掛かってきた。
「マスター、歩ける……ようではないね」
半分腰が抜けてしまっていることを見抜かれてしまった。
ランサーはこちらに屈むと、ひょいと軽く両腕で私を持ち上げた。
……うん、これは俗に言う“お姫様抱っこ”ですね!?
「は、恥ずかしいよランサー、少しすれば歩けるようになるから」
「じゃあ歩けるようになるまでなら構わないね?マスターはいきなり対人戦闘で無茶をし過ぎだよ。反省する意味を含めて、この体勢には文句を言わないように」
先程の無茶を出されると何も言えなくなるのがいたい。
主張を変えそうにないランサーに反論する事を諦めて大人しく運ばれることにした。幸いにも、周囲にエネミ―が出現している気配もない。
「今の戦闘、ライダーは手を抜いていたね。屈辱的ではあるけど、あの実力差では本気を出されたら危なかった」
ライダーの本質はその俊敏性と多彩な宝具にある。けれど今回の戦闘で彼女が使ったのは二丁拳銃だけで、それも宝具と呼ばれるような代物ではなかった。
彼女に手を抜くように慎二が言ったのか、それとも慎二がマスターでは彼女は十全の力が使えないのか。どちらにせよ、力を制限したライダーに私たちは手も足も出なかったのだ。
「もっと鍛えなきゃ……私も、ランサーの足だけは引っ張りたくないよ」
「へ、何を言っているの?マスターは自身の力で暗号鍵を手に入れたじゃない。そんな貴女が足を引っ張るだなんて、とんでもない」
何でもない事のように、彼女は私を認めた。
彼女は気がついているのだろうか、何の支えもない自分にとってその何気ない言葉が何よりも支えに、救いになっている事を。
「もちろん、マスターとしての能力は他者と比べれば劣る部分ばかりだろうね。でも、君という人間は私が護るに値すると認めた素晴らしい魂の持主だ。自分で言うのもなんだけど、私が好きになる子は皆いい子だし」
だから大丈夫……なんて、殺し文句のバーゲンセール。
恥ずかしさと嬉しさで零れそうになる涙を隠したくて顔を覆う。
大丈夫、すぐにこの涙は乾く。
そうすれば、また対策を立てて一からやり直そう。何も分からない自分だけど、死にたくないなんて単純だけど強い想いと彼女への信頼があれば、何も分からない場所でも両足で立てるはずだ。
それまでは、それが自分の見つけた真実。ほんの僅かの時間だけど、彼女の腕の中に包まれていよう。
初戦闘。二回戦時に相手のアイテムを拾えたことから、敵もこちらのアイテムを拾えるんでないかとおもっての多少改変しました。