※ライダーのスキルを過大解釈している描写があります
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#一回戦 四日目#
初めてのサーヴァント同士の戦いから一夜、マイルームから廊下へ出る瞬間、ポケットに入れておいた携帯端末が鳴り響いた。
滅多に鳴らないものが突然存在を主張しただけに、少しばかり吃驚しながら端末を取りだすと、簡潔ながら次のメッセージが表示されていた。
『::第二暗号鍵を生成 第二層にて取得されたし』
「これは……」
「新しいアリーナのエリアが開放されたという事かな」
私の後ろから画面を覗きこんだランサーが興味深そうに言った。
こうして次の段階へ進んだ事を知らされると、既に一回戦の猶予期間も折り返しだと実感させられる。
「今度は慎二に暗号鍵を先取りされない様に気をつけないと」
「ライダーの対策も練りたいところだね……もう一度図書館へ行って資料を調べ直してみるのはどうだろう」
ランサーの案に賛成する。ライダーがイングランドの艦隊を操る英霊だと判っても、その年代には多くの英雄が存在している。少しでもその範囲を狭めたいし、図書館に行けば新しい発見もあるかもしれない。
今日の方針を決めてから、改めて扉を開けて廊下に出た。
「おや、おはようございます」
そうしてかけられた挨拶が、かけてきた人物共々に不意打ちかつ予想外だったので一瞬言葉に詰まってしまった。
「お、はよう……レオ」
赤い制服に金色の髪、瞳は吸い込まれるような碧玉だ。爽やかな微笑みを宿す彼は、外見だけ見ればあどけない少年だった。
けれど、生死の境界に立たされたこの聖杯戦争という舞台において、彼の評価はその外見からはかけ離れている。
本選でここまで彼と近づいたのは初めてだったけれど、予選で感じていた違和感を上回る彼の支配者としての気配――カリスマとでもいうのだろうか、それに耐えるために両足を真っ直ぐに立たせるので精一杯だ。
「やはり貴女も本選へ勝ち抜いたのですね。僕の言った通りになりました」
自分の見立てが当たった事を喜びつつ、それを当然とする態度。自信に充ち溢れている彼の姿は、記憶も自信も何もない自分とは対称的すぎた。
そんな自分が何も考えず、彼と同じ事を意味は違えど行なっていたと思うと恥ずかしさを通り越して死にたくなる。
彼の背後、影の様に佇む白騎士は静かにこちらを見つめていた。
それはレオの自信の表れであり、彼にとっては当然の……日常であることなのだろう。
戦術でもない、自分が犯したような考えなしの行為でもない。ただ自然に彼は自分の全てを明かしたうえでなお勝利する事を当然としているだけなのだ。
「ああ、彼の紹介が遅れました……ガウェイン、挨拶を」
「ガウェインと申します。以後、お見知り置きを」
涼やかな笑みと共に頭を下げる青年の姿よりも、彼の名前に衝撃を受け、同時にひどく納得した。王者の風格さえ漂わす少年の従者ならば彼のような騎士が従者でなければ見合わないというものだろう。
『……この聖杯戦争は恐ろしいね。私のような者が、かの伝説と拝謁する機会に恵まれるなんて……漸く実感できたよ』
――アーサー王伝説に登場する円卓の騎士、ガウェイン。
その剣術はアーサー王をも上回るとされた太陽の騎士。ランサーも彼の名前は知識にあったらしい。
「それでは、僕はこれからアリーナへ赴こうかと思います。機会がありましたら是非、もう少し話をしたいですね。そのためにも、どうか悔いの無い戦いを」
最後まで優雅な仕草のまま去っていく彼を、私は何も言葉を返せないまま茫然と見送った。
死にたくないのなら、生き続けるのなら、いつしか彼と戦わなければならないのだ。そう考えるだけで目の前が暗闇に包まれそうになる。でも、それでも今ここで死ねるかと問われたら、死ねないと答えるしかない。
……ならば、やれることは一つだけ。死なないために、生き抜かなければいけないんだ。
「生き抜く、という心構えは誰しもが持てるものであり、しかして持ち続けるのが困難な願いでもある。私は、君に“人間”としてその願いを貫いてほしいと思っているんだ……そのためなら我が力、存分に振るえよう」
静かな湖畔を思い起こさせる声。
振り向くと、実体化したランサーが見るものを安心させる守護者としてこちらを見つめていた。
「生きたい、死にたくないという願いは決して恥ずべきものではないよ。生きるために足掻くことも、活路を見出すためにあらゆる手段を講じる事も……たとえ手段を間違えてしまっても“人間”である限り、生きたいという願いは尊いものだから……その魂は救われよう」
そういうと触れるか触れないかの位置で、ランサーは私の頭を撫でた。
慣れない彼女の気遣いに照れる心を隠しつつ、自分の頬を叩いて気を持ち直した。
「ありがとう、ランサー。図書室に行こう、いつ彼と戦うのかなんて分からないけれど、ガウェイン卿のことも調べられるなら調べておきたい」
「ああ、実に心地のいい声だ。了解したよ、マスター」
……嗚呼だがしかし、その計画は図書室へ一歩入った瞬間に崩れ去った。
霊体化したランサーと共に図書室へ入ってすぐに、青いワカメが視界に入ったところで嫌な予感はしていた。出来るだけ無視して横を通り過ぎようとしたけれど、慎二はあからさまにこちらへ肩をぶつけてきた。
『彼はいつの時代のヤンキーだ……』
ランサーの呆れ声も彼の耳には届かない。これ以上は流石に無視するわけにもいかず、慎二に抗議の視線を向けると彼には敗者の顔に映ったようで、どこか満足げな笑みを見せた。
「おやおや、こんな場所で会うなんて奇遇だね」
そうか、奇遇なら仕方ない。それじゃあこっちはこっちで用事があるからと再び通り過ぎようとすると慎二の笑みに嫌悪が混じる。
「そんなわけないだろ、どこまで馬鹿なんだよお前。情報収集に来たんだろ?残念だけど、もうこの図書室にめぼしい本はないよ」
大仰な溜息をつきながら放たれた彼の宣言に嫌な予感がさらに強まった。
なんとか一歩を踏み出そうとしていたところなのに、その一歩への手掛かりは彼の手によって消されてしまったというのか。
「ああ、勘違いしないでほしいけど別に僕は本を燃やしたわけでも切り刻んだわけでもないよ。そこら辺は流石ムーンセルってやつなのか、ビクともしなかったんだ。つまらないことにね」
やれやれと首を振る慎二には悪いがホッとした。彼の実力は優勝候補とまで呼ばれているが、ムーンセルの力はそれをさらに上回るものらしい。聖杯の力の一端の恐ろしさとも言えるのだろうけど、これで情報収集という行為は保障された。
問題は、その消せなかった資料を彼がどうしてしまったかなのだけど。
「ははっ、前回のアリーナで会った時は僕が君たちに暗号鍵を届けて上げたようなもんだろ?今回は代わりに少し君たちに頑張ってもらおうと思ったわけさ。
あの海賊女に関する本はアリーナに隠しておいてあげたよ、最弱のマスターである君に見つけられるかどうか……精々僕を楽しませておくれよ!」
台詞の途中から笑いをこらえきれなくなった慎二は、言い終わると途端に周囲も気にせず大声で笑い立てた。腹もよじれる、という表現は確かに的確らしく、お腹を抱えながら去っていく彼に私は何も言えなかった。
こちらの様子を表現するならば、呆れてものも言えないというやつだろうか。
……なんというか暗号鍵の件もだが、本を隠しておきながら情報を与えてくれる辺り、彼は実は優しい性格なのではないかと勘繰ってしまう。
『あー、うん。私もそれは考えてた』
「あ、ランサーもそう思ってたんだ……とりあえず、ガウェイン卿についてだけでも一通り調べたらアリーナへ行こうか」
――「あの海賊女」、慎二は自分のサーヴァントをそう称した。
無敵艦隊について調べていた頃に読んだ資料では、記憶が正しければその時代のイングランドは私掠船を多く有していたと書かれていた。
私掠船……早い話が、国家に認められた海賊船だ。敵国の船に対する襲撃を認め、略奪を国に許可された海賊たちは国の私設海軍としても扱われたという。そう、海軍としても活躍した海賊も多いのだ……例えば、アルマダの海戦中に活躍した人物だってもちろんいる。
なんというか、そこまで条件が絞られるとライダーの正体が八割、九割がたで分かってしまうのだけど……憶測を確実なものとする、その第一歩のためにもアリーナに行かなければならないだろう。
***
一の月想海、第二層
第二暗号鍵の生成に伴って開放された新しいエリアは、第一層のものとはまるで様相が異なっていた。
――それは深海。沈んだ夢が、朽ち果てるのを待つ墓標だ。
「これは……壮観だな」
ランサーの純粋な感想に言葉を返せないまま、ただ頷く。
電子の壁一つの向こうに広がっていたのは、第一層のような無機質の闇ではなく、仄暗い海だった。それだけではなく、下には幾つもの朽ち果てる途中の船舶たちが沈んでいる。
種類も何も分からない不思議な形をした魚たちが、その沈没船の合間を縫って泳いでいた。エリアの回廊もまた、船舶の間を通ってその奥へと続いているようだ。
「どうやら最奥にある一番大きな船が決戦会場みたいだよ」
あのライダー相手に船の上で戦うなんて、それだけでも不利のような気がするが、泣き言を言っても始まらない。
「慎二たちはまだ来ていないみたいだし、隠された本と暗号鍵を早く見つけちゃおう」
「ああ、了解した」
今は決戦のことを置いておいて、初めて見る風景に少しばかり心を躍らせながら、ランサーとアリーナを進んでいくことにした。
しばらく進むと現れるエネミ―プログラムも第一層とは変化していた。エリア全体も広くなったうえに入り組んでいるのを見ると、もしかしたら第一層はこの第二層を作るための前準備としてあてがわれたエリアなのかもしれない。
「あれ、この道は失敗だったかな」
そうこうして別れ道を適当に右を選んで進んでいくと、エリアマップが行き止まりを示していた。エネミ―を倒しきっても何が起きるわけでもなく、仕方ないので来た道に戻ろうと振り返った私の肩をランサーが掴んだ。
「ちょっと待ってくれないか、マスター……音が、この辺りだけ違うんだ」
そう言うと、ランサーは目を閉じて耳を澄ました。動くものがいなくなった周囲は静寂に満ちていく。時折聞こえるのは壁の向こうが生み出した泡音か遠くでひしめくエネミ―の足音だけだ。
自分には何の変化も分からないけれど、慎重に、何かを探すように一歩ずつ歩いていくランサーには何が聞こえているのだろう。
「……うん、此処。この壁だけ、他の物とは違うみたい」
そうしてしばらくすると、彼女は一つの壁の前に立ち止まった。一見してみても、何の変哲のない壁だ。
けれどランサーは盾の先端に組み込まれた杭を壁の中心へあてがうと、力を溜めて撃ち込んだ。
――パリン、と軽快な音が深海に響く。
「……へ?」
通常の壁ならば弾かれてしまうはずの攻撃は、しかし目の前の壁をガラス細工のように粉々にした。
砕け散る壁の向こうに続いていたのは深海ではなく、新たな通路。どういうことなのかとランサーを見上げると、どことなく得意げな顔で自身の耳を指した。
「走っているときにね、反響する音が違っていたんだ」
……信じがたい事に、エネミ―との戦闘も行ないつつアリーナを駆け巡っていたというのに、このサーヴァントは微かな反響音の違いを聞き分けていたらしい。
「しかし壊してみて分かったけど、隠し通路自体はエリア内に元々設置されていたものみたいなんだ。問題はこの壁に人為的な人避けが施されていたことなんだけど……」
彼女の台詞が言い終わるか終わらないかのタイミングで、アリーナに先日と同じように隠しきれない異物の存在が、もう一人のサーヴァントの出現が肌に伝わる。
二重に隠された通路と、それを見つけた途端に現れたサーヴァントの気配。これを繋げない程、私は考えなしではいられなかった。
「急ごう、ランサー。慎二たちが来る前に取るモノとらないと!」
「言い方が完全に盗賊のソレだけど、その意見には賛成だ!」
この先に、きっと慎二が隠した本があるのだろう。幸いなことに、あるいは慎二の策が裏目に出たのか、私たちが今進んでいる場所はアリーナのスタート地点からそれなりに離れていた。
彼らが全力で走ったとしても、こちらが本へ辿り着く方が早い!
その予測は正しく、彼らの足音が聞こえる前に岩礁の上に設置された小さな広場へ足を踏み入れた。手を伸ばせば触れられるような巌にも興味がひかれるが、今はそれよりも手を伸ばせば届くアイテムだ。
「まだ彼らが来るまで時間に余裕はあるみたいだね。どうせ帰り道にはかち合うんだろうから、今ここでそれを読んでみたらどうだろう」
彼らと再び戦う事を前提としたランサーの提案、その中身よりも彼女の在り方に驚いてしまった。前回はライダーに歯が立たなかったというのに、彼女は平然とその戦力差を承知したうえで戦うことを臆面もなく是としたのだ。
……どういう精神の持ち主だ、彼女は。
ランサーのことはまだまだ分からない事ばかりで、生半可な気持ちで彼女の事を理解しようとすると深みにはまって逆に理解できなくなる気がしたので、今はこの疑問を心の棚の上に置いておく。
「随分と古い本だね、アイテム名も“古ぼけた手記”……まんまだ」
なので、彼女の言う通りに本を先に調べる事にした。羊皮紙で造られたページの感触はこんな状況でさえなければ、宝物を開けるようにワクワクとさせるものだ。データとして手記が古ぼけてしまっているのか、それともムーンセルが古ぼけたものとして再生しているのか。自分には判断つかないはずなのに、何故か後者なのではないかと漠然とした確信があった。
「全然読めないね、かろうじて二つ……三つほどしか単語が分からない」
必死に目を凝らしながら読み進めていくけれど、古く劣化したページなうえに、著者の文字は崩し文字……トドメにひどく乱雑な書き方ときた。なんとか様式から誰かの航海日誌であることは窺えるが、何故慎二はこの本をこんな場所に隠そうと思ったのか。
その答えは、何度目かめくって辿り着いたページに書かれていた。
「……喜望峰経由で1580年……私は、『黄金の鹿号』と共に……一周を成し遂げる……」
「……隠したくなる理由は察するけれど、これは所謂墓穴というものだと思うのは、私だけかな?」
いいえ、多分あなただけじゃないと思います。
航海日誌の主、その人が操った船の名前が此処にある。本人の名前がなくても、船は船長の顔と言っても差し支えない。
『黄金の鹿号』……慎二がどうしても隠しておきたかったサーヴァントに関わる情報、つまりは真名への手掛かりだ。
別に隠さなければ、あるいは自分から隠した事を言わなければ私たちはここまで情報を得られなかったと思う。
「流石にこの場では船の持ち主が誰かは分からない、か」
結局、最後までページをめくってみるものの、筆者の名前は擦れていたり破れていたりと判別ができなかった。
私もアルマダ海戦については軽くしか調べていないから、誰が何の船を操っていたかまでは分からない。
つまり、漸く聞こえ始めたあの足音の持ち主を退けなければ、この本を入手できたことが無意味になってしまうのだ。
「大丈夫だよ、マスター。ここまで情報を得られたのなら、あと一歩だ……私の力でその一歩を歩ませてみせよう」
凛とした姿勢で盾を構えなおして、ランサーは前を向く。その先には二丁の銃を掲げ、美しい獣のように獰猛な笑みを見せるライダーと、私が手にした本を見て青ざめる慎二がいた。
手にした本をアイテムフォルダへ移送して、私自身も慎二たちと対峙する。
「通路を隠蔽したってのに、ここを見つけたのか。何お前そんなに必死になってるんだよ、たかがゲームだろ!馬鹿じゃないの?」
苛立ちを募らせた慎二の声に、私はかける言葉を見つけられずに俯くしかなかった。
語るべき言葉……それが真実であれ虚偽であれ、記憶さえない私には持ち得ないものだ。だから黙るしかない、ただ前へ進む事を示すために真っ直ぐと彼を見つめるだけだ。
「その目がムカつくんだよ……おいライダー、あいつらに実力差を分からせてやれ!!」
「へいへい、上官の言う事は聞きますがね。それは昨日の台詞と同じようなものだぜ、シンジ?悪党ならもっと気の利いた事を言わなくちゃ」
「うるっさいなあ、つべこべ言わずにやれっての!!」
肩をすくめて慎二の言葉を受け流すライダーだが、戦おうとする気配だけは充分に伝わってくる。
「で、あんたらも少しはマシになったのかい?これだけ情報の安売りをしてやってんだ、歯ごたえ良くなくっちゃ略奪も楽しめないよ!」
――
ライダーの宣言によって、二度目の私闘が始まった。
まずは一合、互いに接近して盾と銃を交差させる。響く銃声と弾く金属音が静かな深海を一気に喧騒の海へと変化させた。
「……っと、なんだい。随分としけた財布だねぇ」
何度か渡りあってから、一度距離を取るとライダーは不満そうな顔で何かを手にした。どういう意味だ、と悩んでいるとランサーが先に気づいたようで、サッと顔色を変える。
「まずい、マスター……私とのパスを通して、マスターの貯金が盗られた!」
「え、えええっ」
そんなのアリなの!?
ランサーに言われて慌てて自分の所持金を確認すると、確かにアリーナへ入る前の時よりも明らかに減っている。エネミ―倒してちまちまと稼いでいた分どころか、これまでちまちまと節約して貯めていた分まで盗られている!
「せっかく貯まってきてたのに!?」
「マスター、何気にケチくさいからな……」
だって人間、先立つものがなければやっていけないじゃない!
「いやー、稼げるときに思いっきりふんだくるのがアタシの流儀……ってね!!」
再び一歩踏み出してランサーへ接近したライダーは、銃を撃つフェイントを仕掛けてランサーの胴を蹴りで撃ち抜いた。なんとか盾による防御が間に合ったものの、ダメージ全体を殺しきれずにランサーは咳きこみながら後ずさる。
「くっ、マスター。大丈夫、まだお金は盗られていない!」
「いや、ランサーはそこを気にしなくてもいいよ……それより何だろ、さっきより攻撃の威力が上がっている気がする」
ランサーもそう思っていたのか、小さく頷くと警戒心を強めてライダーと対峙した。
私たちの変化を感じ取ったのか、目の前の彼女は笑みを更に深くする。それは獲物の質が上がった事を喜ぶ笑み、強者から奪う事を糧とする笑みだ。
「ちょっとやりあっただけでもう気がついたか……お嬢ちゃん、案外やりがいはありそうだな。まぁ、お察しのとおりでアタシは宝を奪えば奪うほど力が増していくんだけど」
そう言ったライダーにチラッと視線を向けられた慎二は嫌そうに顔を歪めた。
「ああもう勝手にばらしやがって!そうだよ、こいつを使うのには金がかかるんだから、お前らも有り金全部よこせよ!」
「横暴だ……ランサー、必ず撃退しよう」
新たにここを切り抜ける理由が出来たところで、再びランサーとライダーは戦火を交える。
けれど、攻撃力が上がったとはいえ、私たちも以前と同じ場所に留まっているわけではない。
「了解だ、マスター。援護を頼むっ」
「わかった!コード展開――heal(16)」
私は自分にできる事……回復のコードキャストを唱えて、彼女の傷を癒す。仄かな緑の光に包まれたランサーは、確かに笑みを浮かべてライダーとの距離を縮めた。
身の丈ほどもある盾を振りかざし、迫る敵に対して放たれた弾丸を次々と弾いていく。時に盾のように、時に槍のように、軽々と自分の手足のように武器を扱う彼女は幾度目かの防御で、自身の間合いにライダーを引きこんだ。
「さあ、お返しだ!」
彼女を振り払うかのように放たれた横薙ぎの弾丸の嵐を、ランサーは一段と身を屈めて避けきった。そうして出来た一瞬の隙を逃さず、盾で相手の体勢を崩してから、その先端の杭を自分が蹴りを喰らったのと同じ場所……胴へあてがって躊躇なくトリガーを引いた。
鈍い、体の芯に響く重低音がこだまする。
本来ならば相手を貫くだろう攻撃も、弱体化した彼女と英霊たる相手という要因から、その威力はライダーが膝を屈するに留まった。
けれどライダーが初めてまともにこちらの攻撃を受けたという事実に、慎二が見るからにうろたえだした。
「う、嘘だ、ボクのライダーが傷を受けるなんて」
「いやあ、どうもなめきっていたみたいだね。どうするシンジ、もうそろそろセラフの警告が降りてくるよ」
ライダーの言葉通り、今日の戦いはもうすぐ以前と同じようにセラフの強制介入が行なわれるはずだ。互いにしばらく攻撃手段が封じられてしまう以上、もう戦う事も厄介なのだけど、慎二の瞳には怒りと屈辱がグツグツと煮込まれた感情が映っていて止まりそうにない。
「五月蠅い、五月蠅いよ!くそ、ライダー!!お前もボクのサーヴァントなら、あいつらを倒せよおおお!!」
「あいあい、了解だよマスタァーッ!砲撃用ぉ意!本日最後の大花火だ、藻屑と消えな!!」
マスターから力の開放を許可された大海賊が、反逆の狼煙を上げろと声を張る。
高く掲げた二丁の銃。それを合図に彼女の背後から幾つも現れたのは、彼女が敵を蹴散らすのに使用した大砲――カルバリン砲だ。
当時一般的に使用されていたカノン砲が威力重視とするならば、カルバリン砲は射程重視の大砲であったらしい。たとえ威力はカノン砲より低くても、長射程という長所を生かすことで無敵艦隊と互角以上の戦闘を行なえたと歴史書には書かれていた。
つまりは私たちに逃げ場なんてないってことで、ああ、アルマダ海戦でイングランドが使用した船についても調べておいてよかったな……なんて現実逃避もしたくなる。
「撃てぇっ!」
高らかなライダーの宣言。
ようやく見せた彼女の本気の一端、私たちはその攻撃になす術もなく――
「大丈夫だよ、私は貴女の盾なんだ……必ず、護るよ」
そんなランサーの言葉が、身をすくめた私を包む。同時に多方向から嵐のように砲弾が降り注ぎ、眩しさ、激音、衝撃が私たちを襲った。何も確認する事も出来ず、全てが白く染まった世界で攻撃に耐える。
『セラフより警告:アリーナ内でのマスター同士の戦いは禁止されています。戦闘を強制終了します』
そうしてどれくらいの時間が過ぎたのか、視覚も聴覚も麻痺してしまった自分には判断がつかなくて、セラフの強制介入にも気がつく事が出来なかった。
周囲を包んでいた武器のプレッシャーが消え去ったのを感じて恐る恐る顔を上げると、眩しくて眩んだ視界に飛び込んだのは輝く銀色だった。
「……ね?大丈夫だっただろう?」
いつもと変わらない優しげな微笑みをたずさえた彼女でも、唯一異なるのは髪を縛っていた紐が衝撃によって解けてしまっているところだ。
さらさらと流れる銀の髪、いつまでも見ていたかったけれど混乱から回復した自分の頭はそれを許してはくれなかった。
彼女の手を借りて立ちあがると、辺りを見回す。先程の砲撃が嘘のように硝煙の臭いも焦げ跡もなくなっていて、セラフの力は完全に戦闘を遮断させるらしい。
そして次に視界に入ったのは悔しげな表情の慎二と、こちらが攻撃を防いだというのに満面の笑みを浮かべライダーだ。
「くそっ、この攻撃も耐えたのかよ……け、決着は本番まで取っておいてやる!」
「ははは、なかなかやるじゃないかシンジ。いい捨て台詞だ」
再びリターンクリスタルを手にして、私たちよりも先にアリーナの外へ出て行ってしまった慎二たちを見送る。
そうして漸く一息をつけたけれど、そこにあるのは以前のような不安ではなく確かな一歩を進めた実感だ。
一歩、進めたのだろうか。まだ何も分からない自分だけれど、慎二たちを撃退できるだけの一歩を、私はランサーと共に歩めたのだろうか。
「そうだ、ランサー!」
あれほどの爆撃を受けて無傷なはずがない。手を握ったままだった彼女の表情を見ようと顔を上げた。
「っと、わわ」
けれどそれは叶わず、彼女は私に寄りかかるようにして倒れ込む。一緒に倒れそうになるのをなんとか堪えて彼女を支えた。
「ああ、すまないマスター。少し気が抜けてしまったよ」
柔らかな銀の髪が首元をくすぐる、確かに此処にいるのだと証明する熱が私の肌に触れている。そのどれもを申し訳ないとランサーは感じているようだった。
「もう少し防ぐ事が出来ると思ったんだけど、まだまだ力は取り戻せていないみたい」
不甲斐ない、と呟く彼女に首を横に振ることしか私はできなかった。
ランサーの力でこの窮地を脱することが出来た。それはなにより私たちが慎二たちの情報を持ち帰れる事、つまりは一回戦の決戦へもう一つ手札を加えられた事に他ならない。
彼女のおかげで生き残る道が作られていくというのに、彼女の事を掴む事もできない。
(不甲斐ないのは、こっちのことだよ……)
彼女にかける言葉を私は持たない。正確には、持てない。
不安になったり、自信を持ったり、我ながら忙しいと思うけど、逆を言えばそれほど自分がなくて揺れてしまっているのだ。
その分、ランサーに迷惑をかけてしまっている。焦っても自分なんて曖昧なものを手に入れる事ができるわけでもなく、ただただ意味のない焦燥感と不安ばかりが募っていく。
「や……駄目だ!私が君を不安にさせてどうする、すまないマスター」
傾けていた顔を上げ、ランサーは自ら頬を叩いた。
突然の彼女の行動に戸惑うけれど、先程の微かな弱気さえも消え去った瞳をこちらに向けられたら、そんな戸惑いは消し飛ばされてしまった。
「いやなんというか、考えてみたら歴代の英雄と合い交える機会なんて今までなかったんだ。経験も対策もほとんどない状態で私たちは彼女たちを退ける事ができたんだから、今はそれで充分じゃないかな?」
「それは……そうなのかもしれないけど」
今はそういう問題として捉えても大丈夫なのだろうか?自信に満ちた笑みやら急な彼女の態度の変化に追いつけていないというのが本音だ。
「うん、本音を言えることはいい事だ。実を言うと私も攻撃を防げたのはいいんだけど、あと一歩でも動いたら多分、こう……倒れ伏す」
言うや否や、ランサーの笑顔は蒼くなっていき、身体は真横へと倒れていった。
「ちょ、ランサーッ!?」
本音を言うのはいいけど、言う内容がそれですか!?
***
「ん……ここは」
「あれ、ランサー?……よかった、目を覚ました」
夜の帳が下りた世界、けれど本来ならば灯りを照らす役目となる月に私たちは存在しているため、偽りの光源が世界を照らしている。
そんななか、月の光のような優しい銀色の髪を揺らしながら、机で造った簡易ベッドで横たわっていたランサーが意識を取り戻した。
ここはアリーナではなく、音楽室を模したマイルームだ。
あの後、気を失ってしまったランサーの横で必死にパンを貪っていた光景は傍から見れば不審者そのものだっただろう。とにかく自分の魔力を回復させてはランサーに回復のキャストコードを唱え続けた。
カルバリン砲の攻撃中に彼女の状態を確認できていなかったのが不覚だった。本当にギリギリのところで消滅を免れていた状態で、改めて確認した時は何度目になるのかそろそろ数えるのもやめたくなる寿命が縮む感覚に襲われた。
そうこうして応急処置を施してから、リターンクリスタルを利用してマイルームまで戻ってきたというわけだ。
「すまない、マスターには迷惑をかけたみたいだ」
「いやいや、どうみたってこっちが迷惑かけてるし。これぐらいはできないと一緒に戦う事さえできないって」
自分は彼女に守られていた事で何も被害はなかったし……いや、多少は財布に打撃を受けたけど、それよりも何より彼女が気を失う前に言ったように、私たちはライダーを退けさせて情報を持ち帰る事が出来たのだ。
迷惑どころではない、逆に感謝してしかるべきことだった。
「女の子に頼られることは、嫌いじゃないから。もっと頼ってもいいくらいだよ」
「ランサーは本当にさらっと格好いい事を言うね」
「そうかな?私、思った事をそのまま言ってるだけなんだけど」
それは尚のこと悪い気がする。
そういえば、こうして彼女とゆっくり話す機会を持つのは初めてかもしれない。出会ってから毎日、私自身が状況に振り回され続けていたという自業自得っぷりが原因ではあるのだけど。
完全に起き上がったランサーは緩く髪をまとめると、適当な椅子に座っていたこちらへと身体を向けた。
「さて、ついに猶予期間も折り返しだね、マスター」
「そうだね。もう出来る事もだいぶ限られてきちゃった」
私たちにできること、ライダーの真名に辿り着き、自身の魔術回路を鍛え、魂の改竄を行なう。あとできればライダーに盗られた金額も取り戻したい。こうして冷静に考えると、やることはまだまだあった。
本当に間に合うのか。なんて不安が鎌首を持ち上げている。
「相手も流石にこちらの妨害をするよりは自身を鍛えることに重点を置くだろう。私たちも彼らに勝つには今よりは成長しないといけないね」
成長というものは実感できるものではないけれど、積み重ねなければ得られるものではない。私たちは、それが積み重なっているのかも判らないままに、信じていくしかないんだ。
それは成長と言うだろうし、もしかしたら信頼ともいうのかもしれない。
私は、これからランサーと信頼を重ねることはできるのだろうか。
それを知るためにも、そしてなにより死にたくないためにも、私は七日目の決戦で負けるわけにはいかなかった。
「もう少し鍛えれば、あとひとつくらいはスキルが取り戻せそうだ。使える技は一つでもあるにこしたことはない」
「明日と明後日を使えばなんとか間に合うかな……今日はもうアリーナにも入れないし、ゆっくりとしようか」
なんて、自分で言っておいてなんだけど、ゆっくりするって何をすればいいんだろう。記憶がない自分は無趣味だし、かと言ってランサーの趣味はないのかと聞くのは不躾な気がする。
顔をしかめて考えていると、まるで耐えきれなくなったかのようにランサーが小さく笑いを漏らした。
こちらが抗議の視線を向けると、すまないと言いながら、それでも彼女は口元から笑みを消してくれない。
「悪気があったわけじゃない、ちょっと友人に似ていたから」
「友人?」
頷き返したランサーは身振り手振りで彼女の友人について説明してくれた。
「酷く、真面目な性格の子でね。心の底では遊びたいと思っていても遊び方が分からない委員長っていえばいいのかな?彼女もそうやって何もやることがない時に何をしたらいいかって悩んでいたんだ」
なんとなく、真面目すぎて不器用な、顔も分からないランサーの友人がランサーに振り回されるイメージができる。
「いや、もちろん迷惑もたくさんかけたけど、私もあちらには色々と苦労をさせられたんだよ?」
「それじゃあ、お似合いの二人だったんだね」
そんな私の言葉にランサーは照れながらも頷いた。
互いに迷惑をかけて、かけられる信頼を得ていたのだろう。なにより、友人のことについて話すランサーの表情が普段よりも嬉しそうで、その友人が誇らしくてたまらないのだろうなと簡単に察せられた。
羨ましくないと言えば嘘になる。けれど、それを口にできるほど自分は彼女とまだ関わっていない。
出会った当初から戸惑っていたばかりだったけど、こうして彼女のことを知る機会は少しずつ増えてきた。あとは自分が彼女に相応しいまでの自信をつけることだけど、これが存外に難しい。
「……ランサー、私は一歩でも進めているのかな」
「それは自分の轍を見て判断するべきだね。そして私たちは振り返るにはまだ早い」
自分の拳を見つめながら閉じて、開くの繰り返しを行なうランサー自身も、まだこの霊子虚構世界に慣れていないのかもしれない。
「本当に、私たちはまだまだ足りない事ばかりだ」
「それでも期限はやってくる。マスター、足りない事を悔むより有るものを確かめることが有意義だ」
足りないだらけでもいい、進める事が出来るのなら。
そういう事で、いいのだろうか。そんな確証さえも自分ではまだできなくて、ランサーに頼ってしまうけど、今はそれでいいんだと思いたい。
なにはともあれ、全てが決まるまであと三日。
後戻りができない始まりの終わりまで、あと三日。
***
次話で一回戦決戦です。