Fate/海に溶ける   作:schlafen

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pixiv様のなかで先に投稿していたのに、こちらに投稿するのをすっかり忘れていry

息抜き番外編、その名もプロジェクトIG……!


すみません、タイガークエストです。


番外_int"IG"erval

 

 

その人に出会ったのは一回戦の猶予期間、そのある日のこと。

 

「…あれ、あの人は」

霊体化したランサーを連れてアリーナへ向かおうと一階へ降りると、その踊り場に見知った顔を見つけた。

 

特徴的な寅柄のシャツに緑のエプロン。活発的な印象を与えるショートカットの髪をそわそわとした動作で揺らす彼女はこの学園の英語教師――タイガーこと藤村大河だ。

もちろん、それは予選時の偽りの記憶で本来の彼女は言峰や桜と同じようなNPCあるいはAIなのだろう。それでもその区別を上手くつけられない自分には、そんな本当よりも自分たちの教師という肩書きの方がしっくりとくる。

それにしても、本選が始まってから姿を見せていなかった彼女が、何故いまここにいるのだろう?

『君の知り合いというのなら、声をかけてみればいいんじゃないかな?』

ランサーの提案に頷きかけるけれど、背筋を走った嫌な予感がそれをギリギリで押しとどめる。

……なんというか、予選時と同じ人格であるとしたら、後ろ姿からでも判るそわそわとした雰囲気は関わるとなかなか面倒くさいことになる予兆にしか見えない。

『あはは、でもアリーナに向かうには彼女の前を通るしか道はないよ』

その通りなんだけどさ!少しは躊躇ってもいいじゃない!

「あっ、ねぇねぇいいところに来たわね!ちょっと先生のお願い、聞いてくれないかなー?」

結局は諦めて彼女の前に姿を現すと、案の定目を輝かせた藤村大河が手を合わせてお願いポーズでこちらによってきた。溜息一つもつきたくなるけれど、それはこれから言われるだろうお願いの内容がなんであろうと自分が断れないことが原因だ。

「他の人は素通りしちゃうのばっかりでね、もう君にしか頼めないのよ」

「私がお願いを聞くことが前提なんですね……いいですけど」

「お願い自体は簡単なことよ?ちょっとね、先生の竹刀が行方不明になっちゃたの。用務室に入れておいたはずなんだけど、配置換えに巻き込まれたのかデータが流出しちゃってね。調べたらどうもアリーナの第一層へ流れ着いたらしくて」

彼女の竹刀と言えば、予選中に何度も見かけたこともある。虎のアクセサリーがついた竹刀は彼女が愛着を持って接していることがよく分かるものだったし、大切なものがなくなるということはよくない。大切なものを忘れてしまった自分だからこそ、それは確かに言えることだ。

加えて、アリーナ内には誰であろうと襲いかかってくるエネミ―プログラムが走っているし、そんな場所に何の対抗手段も持たない運営側のAIが入ったら、どんな結末になるかは火を見るよりも明らかだ。本音を言うとちょっぴり藤村先生ならどうにかできそうとか思ってしまうけど、賭けに出るよりは確実な手を先生だって使いたいだろう。

どんな無理難題かと身構えていたけれど、お願いの内容は確かに簡単なものだった。どっちにしろアリーナには向かおうとしていたところだし、アイテム一つを見つけるぐらいなら今の自分でも鍛練ついでに行なえる。

「分かりました、第一層で間違いないんですね?」

「そうなのよー、けどアリーナに適さないものは定期的にデリートされちゃうから早めに取りに行ってくれると嬉しいわ。ちゃんとお礼するから!」

それじゃお願いねーと言いたいことを言うだけ言って、虎印の先生は何か用事でもあるのか廊下の先へと嵐のように消えていった。

 

「……」

『……元気の有り余る人は嫌いじゃないよ、私は』

 

ランサーのそれはフォローのつもりなのだろうか。

時々こういった緊張を和らげるための冗談なのか本気なのか判断しがたい言動を彼女はする。今はまだ理解するには遠いかもしれないけれど、いつかは必ず理解したかった。理解しなければ心労が積み重なっていくよ、と心の声が忠告しているので、できれば早めに理解したい。

 

***

 

さて、と少しばかりの非日常に巻き込まれていた気分を変えて、廊下を進んだ先にあるアリーナへと潜る。

無機質な世界に構築された電子回路を思わせる通路の前に乱れかける心臓を抑えつけるためにも胸の前に拳を握った。最初の頃に感じていた緊張感は何度も訪れたことで幾分かなくなったけれど、まだ自分たちが最弱に分類される立ち位置である以上は油断できない。

この階層で見つけた回復コードが刻まれたマフラーを首にしっかりと巻いて、盾を取りだしたランサーと共にアリーナの奥へ走りだした。

 

「マスター、このエリアの地形は大体把握できているね?」

“KLEIN”と表示された箱型のエネミ―の攻撃を盾で防ぎ、そのまま壁側へと押し込んだランサーは、相手に隙を与えないまま紀要に盾を操って相手を浮かせると空いた拳を叩きこむ。教会に通い始めてから強化の効果が出始めたのか、来たばかりでは何発か攻撃しないと崩れなかった“KLEIN”の身体は、その一撃で黒い染みを残しながら消え去った。

その流れるように無駄のない動作をなんなくこなすランサーを頼もしく感じながら、端末を操作してエリアマップを表示する。

「うん、一応は隅々まで調べたはず。藤村先生の竹刀がどういった形になっているか分からないけど、地図に表示されるかなぁ……」

「見えなくても、不自然な場所は分かりやすくなっていると思うよ。しかし竹刀か、日本の剣道には馴染みがないから手合わせてみたくもある」

「NPC相手でも私闘はルール違反になるからやめよう、ランサー」

多分NPCに殴りかかってもいいなら、言峰に対してなんらかのアクションを行なった参加者は必ずいるはず。けどあの胡散臭い神父が無事であるという事はつまりそういうことなのだろう。

「あはは、君はやはりあの男が苦手みたいだね。私も男ばかりより女のこと居た方が嬉しいから文句は無い。じゃあ、ひとまずはアリーナを一周するということでいいかな?」

通路の先に現れた“KLEIN”に対して盾を構えたランサーに今までのパターンから予想される攻撃方法の対処を伝える。自分には殴る力も、防ぐ力もない。その分、考えることをやめてはいけない。自分の力となる彼女へ力を十全に使えるよう、敵を観察し続け、考え続け、予測し続けたことを伝え続けるんだ。

「うん……お願い、ランサー!」

「承知した、指示をたのむよ。マスター」

“KLEIN”の中心へ杭を打ち込んだランサーは、杭に纏わりつく黒の残滓を振り払うかのように盾を振り、その勢いのまま新たなエネミ―へ突撃していく。

初日から今日に至るまで、何度も挑み続けたことでこの階層に出現するエネミ―の攻撃パターンはほとんど解明されている。ランサー自身も教会に足を運んだことで僅かながらだけど以前の力を取り戻し始めているので、余程のイレギュラーがなければ竹刀を探し出すことは容易だろう。

 

事実、エリアマップを見ながらしばらく進んでいると、少し先の広場に今まで存在していなかったアイテムが表示された。ランサーにこの事を伝えてすぐ、アイテムをマップではなく直接視認できる場所に辿り着く。

 

「これはまた……見事に突き刺さっているね」

 

アイテムを見てランサーが感心しているけれど、私も同じ感想を抱いていた。

それは普段アイテムが仕舞われている立方体のフォルダではなく、直接アリーナの床に突き刺さっている……めりこむ、と言ってもいいだろうか。どうやってそうなったのか見当もつかないが、竹刀に括られた小さな虎のストラップしか真実は分からないのだろう。

そのストラップは、この竹刀を抜くべきは選ばれし者のみ……とでも言いたげにこちらを睨んでいた。

「でも、こんなに目立つ場所にあってよかった。下手に隠しファイル扱いされていたら見つけられなかっただろうし」

エネミ―がアイテムよりも離れた位置に居る事を確認してから、私は竹刀を自分のフォルダに移送するために手をかざす。

 

――その瞬間だった。

 

「マスター、下がって!!」

ランサーの声を聞くと同時に身体を引かれ、抱きかかえられる。こちらが何も分からないうちにランサーはバックステップを踏んで竹刀から距離をとった。

盾を前に、背後にアリーナの壁を。完全に防御の姿勢をとった彼女の様子が明らかに焦っているもので、その原因を確かめるためにも盾の向こうにあるものを見て……絶句してしまった。

 

さっきまでは何の変哲もないエネミ―が竹刀の傍で形容しがたい変形を繰り返していた。あきらかに異常なプログラムが発生している。小型だったソレは膨張と収縮を繰り返すうちに、その手足を、胴体を巨大なものへ造り変えていた。

 

「な、何が起きてるの!?」

「マスターが竹刀に触れようとした瞬間、近くにいたエネミ―に何かのプログラムが纏わりついたのが見えたんだ。見た目、なんというか虎柄の……」

なんだその嫌な予感しかしないプログラムは。

そして嫌な予感は的中する。メタモルフォーゼを終えたエネミ―は、身体を以前の数倍にまで膨らませ、床を力強く踏みしめる足と爪、そして敵を噛み砕くための強大な牙を生やして私たちの目の前で雄叫びをあげた。

 

「——■■■■ッ!」

 

……エネミ―元来の体色そのままに、巨大な虎がそこにいた。

 

***

 

「……で、なに?早々に撤退して私に泣きついてきたと。貴女たち本当に何しに此処に来ているの?」

 

予選会場、その屋上で遠坂凛は文字通り正座する私を見下しながら辛辣極まりない感想を遠慮なしに言い放った。

いえ、ぐうの音も出ない言葉です。

結局、あの後は虎に変貌したエネミ―の攻撃を避けて来た道を戻ることしかできなかった。虎は竹刀を守るプログラムが優先されているのか、竹刀のある広場から外へ出なかったことだけは幸運と言ってもいいのだろうか。しかしどちらにしろあのような敵がアリーナに居ることは今後にも支障をきたすし、何より早く竹刀を手に入れないとアリーナの自浄作用で消去されてしまう。頼まれた以上は藤村先生に届けてあげたいし、けれど虎をどうにかしないことには仕方がないと悩んだ末に辿り着いたのが彼女――遠坂凛へ助力を請う事だった。

『見事な他人任せだ。よく言えば適材適所ともいう』

霊体化しているので姿は見えないが、ランサーがすごく満足げに頷いているのが気配で分かる。そういう貴女も目の前にいるあかいあくまのプレッシャーを全部私に任せてるよね?

「あのね、確かに私は貴女に助言とも取れる事を喋ったかもしれないわ。けど何度でも言うけれど、ここは戦場なのよ?自分以外は全て敵、私闘こそ禁止されているけれどルールの穴を見つけて相手を貶めている奴は幾らだっているのを分かってないでしょ」

「それは、そうなんだけど……凛と最初に会った時、このセラフの構造に興味を持っていたみたいだから、イレギュラーな存在についても知ってるかなって、つい」

本当なら藤村先生に問いただしたかったのだけど、別の予選会場にいるのかNPC専用のエリアにいるのか、探し出すことができなかったのだ。

そうなると面識がある人たちはかなり限られてくる。流石に次の対戦相手たる慎二に話すほど口は軽くないし、他の知り合いもこちらに積極的に関わろうとしない人たちばかりだ。最後に残った選択肢は遠坂凛かレオ・B・ハーウェイのどちらかで、とりあえず二人のなかで先に見つけた人に質問しようとランサーとの相談で決まったのだ。

 

それを伝えると、凛はさらにしかめ面になった。

 

「私には魔術師としてならレオに負けないという自負があるわ、一緒にしないでちょうだい」

『流石はリンだね、格好いい!素晴らしい女性だ!』

「そうだね、凛は凄い子!!」

「あんたら二人して馬鹿にしてんのか!?」

 

怒りの臨界点を突破したのか、うがーっと私たちを叱り飛ばした凛はこめかみを抑えながら大きく溜息をつく。心労が絶えないだろうに、こうして話に付き合ってくれるだけでも充分に彼女はお人よしだったが、どうも今の溜息は関わる覚悟を決めるものだったらしい。こめかみから指を離した遠坂凛は視覚のログを渡しなさいとこちらに手を伸ばしてきた。

「私だって暇じゃないのよ!まったく、こんなことはこれっきりにしなさいよね」

なんとなく、今後も藤村先生に関われば彼女に頼ることになりそうだと予感したけれど、お口にチャック。

 

私がみてきたものを一通り確認した凛は予想の斜め上だったのか、さっきとは別の意味でこめかみを抑えていた。

「なん……なんなの、これ。エネミ―プログラムに侵入して書き換え?明らかに質量まで変換されてるし、リソースは何処から来てるの?ムーンセルに消去されないってどういうことよ!」

「いや私に言われても困るよ!?」

分からないから凛に聞いてみたのだ。ランサーは完全に見物に徹するようで凄くいい笑顔で私たちを見守っているのが気配から感じ取れた。

「あまりに変な方向にイレギュラーだから、どう対処していいんだか……とりあえず、第一層のエネミ―が改変されたものだからレベルは同じはず。後は、そうね……藤村先生の竹刀に触ろうとしたら発生したプログラムなのよね、NPCの物とはいえ認証システムがあるのかしら」

つまり藤村先生以外は触るべからず、というシステムがあの竹刀にはあるということか。そんなものをどうしてなくすのかなぁ……!?

『嘆いても仕方ない、大きさはともかくレベルに差がないのなら、充分に勝ち目はあるんじゃないかな』

「そう言うのかもしれないけど……ランサーはああいった大きな敵と戦ったことはあるの?」

『ないこともない。けれども基本的に集団行動で敵を討伐していたから、一対一では初めてかもしれないな』

それでも今だってマスターと行動しているのだから一対一ではないね、なんて殺し文句を言ってくれるのはありがたいのだけど、そうなると素人みたいなマスターである自分が恥ずかしくなる。

「たかがエネミ―いえど、彼らに撃破されたら聖杯戦争に参加するまでもなく死ぬんだから油断しないのよ?」

そう言うと凛は手元の端末で幾つかの操作をすると、こちらに何かのプログラムを送ってきた。

「認証システムを初期化、というより所有者変更のためのプログラムよ。簡単なものだけど効果はあるはず」

「ありがとう、凛!お礼は焼きそばパンでいい?」

「どんだけ私は焼きそばパンに弱いキャラになってるのよ!?」

そうは言ってもこちらが凛へ渡せる価値があるものはそれぐらいしか思いつけない。

「じゃあ先行投資よ、一回戦の相手に必ず勝ちなさい。あいつへの対抗策はある程度見つけているとはいえ、仮にも優勝候補の一人なんだからここで負けてもらった方が私の労力は少なくて済むわ」

間桐慎二に勝て、と凛は要求してきた。勝て……すなわち、彼を殺し勝ちあがれと。

――死にたくは、ない。けれど、勝ってもいいのだろうか。記憶も願いもない自分が願いを持つ彼らを押しのけてもいいのか、自問する。

死にたくはない。その意志と、かつての遺志を持った私はそれだけしか言える権利がない。

「……ま、貴女のことだから答えられないことぐらい分かってるわよ。結果さえ出してくれればいいわ、あと金輪際こういった迷惑はかけないでよね」

口ごもる私を一瞥してから、凛は颯爽と身を翻す。そんな彼女へ帰す言葉さえ見つけられず、私はただ異なる会場へ移動した彼女を見送るしかなかった。

 

***

 

「確かにまだ言葉にできる程の力をマスターは得ていないかもしれない。けれど気にすることは無いよ、力とは突如として得るものではなく培ってこそ与えられるものだ。それに身に余る力を得た者は、誰しもが道を違えてしまうものだから」

凛のプログラムを手にして再びアリーナへ潜ると、ランサーはそう言った。

こちらをフォローするような言葉だけど、振り返って見た彼女の瞳には過去に対する悔恨が垣間見えた。彼女の生前に関わる話へ踏み込む勇気がまだない私には、返す言葉を紡ぐことが出来ない。

今はただ、彼女のためにもサポートに徹する……行動で信頼を掴み取る!

「さて、そろそろ虎のいるエリアだね。プログラムの用意はできているかい?」

「大丈夫……ランサーも多分所有者変更でも認証の為に戦わなきゃいけないみたいだし、気をつけて」

ずんぐりむっくりな虎を視界に入れた私たちは気を引き締めて、エリアへの一歩を踏み出した。

 

相手は巨大な分、プログラムを当てることは容易だった。プログラム転送先を相手に指定、気持ちも籠めて私は虎型エネミーに向けてスキルコマンドを叩きつける様に全力投球。

まばゆい光と共にエネミ―の周囲に書き換えの数式が現れる。ラグが消えるまで苦しげに吠えていた虎はしばらく沈黙したと思うと、直ぐに猛々しい雄叫びを上げた。それでも絶対に排除するとでも言っていたような先程とは幾らか態度が変化している。

「凛のプログラムが効いた……ランサー、お願い!」

「女の子の頼みは断れないね……いくぞっ」

初速から全力で広場を走り抜けたランサーは、エネミ―の懐へ潜りこむと盾で一閃、足元を薙ぎ払い敵の姿勢を崩す。

ぐらつく間も与えずに盾に仕込まれた杭を装填、右足の中心へ撃ち込んだ。浮かせた右足でランサーを叩きのめそうと、虎が唸り声と共に彼女へ殺気を向けるが、遅い。振り下ろされた右足を盾でいなしたランサーは、いなした勢いのまま盾を構えて左足へと突進した。

 

「リスト・ピッツィカート!」

 

弦楽器を指で弾いたかのような硬めな音と共に盾へ仄かな光が宿り、ランサーを包みこむ。

――それは魂の改竄によって取り戻した彼女の力の一端。盾の力が加えられた突進はまるで砲弾で、その一撃はエネミ―の体勢を完全に崩した。

「やった……!?」

今の流れはよかったはず!

けれども起き上がる前に何度か攻撃を繰り出すランサーをよそに、虎型エネミ―は呻きながらも立ち上がろうと動き出す。あちら側のHPを確認するプログラムを走らせると、最初の頃よりは削れているものの未だ決定的なダメージ数には至っていない。

もう一度体勢を崩させようと杭を再装填するランサーだが、それよりも早く相手が爪を伸ばしてこちらを振りかぶるのが目に入った。

「ランサー、防御して!」

その声が届くのが早かったか、エネミ―の攻撃がランサーに届いたのが早かったか。

離れているこちらにも響く程の地鳴りを生んだエネミ―の攻撃は床を崩しかけたのか、大量のラグを発生させていてランサーがどうなったのか肉眼では確認できない。

 

それでも、左手の甲に刻まれた紋章は未だに熱を帯びて疼いていた。

 

――彼女はまだ、生きている。

確認と同時に首元に巻いたマフラーをきつく握りしめ、書き込まれたコードをランサーへ向けて読み上げた。

 

コード展開――heal(16)

 

鮮やかな緑の光がラグにまみれたエネミ―の足もとに発生する。ランサーのダメージを軽減するための癒しの光、それが全て消え去る前に彼女の声が高らかに響いた。

「聖盾よ、響け!……それにしても、雑な音過ぎるぞ!」

怒りも混じった言葉を乗せた攻撃は再びエネミ―の右足を払い、杭を撃ち込み、抜き取らずに振り子を振る様に巨体を持ち上げた。

自分の体格の倍はあるだろう虎を掲げたランサーは、そのままエネミ―を宙へ放り投げ、自身も跳躍する。まるで空中に足場でもあるのかと思うほど、戸惑うエネミ―を余所に盾で斬り上げ、薙ぎ払い、直接拳を叩きこみ、最後には再装填された杭をエネミ―の額へ照準を定め撃ち込むと同時にその勢いで相手を地面へと叩き落とした。

容赦情け、一切なし。

先程の虎が放った叩きつけにも劣らない地響きとラグの嵐を生んだ攻撃を終え、優雅ともいえる着地を魅せる彼女に改めて尊敬の念を抱く。

もう一度エネミ―のHPを確認すると連続攻撃にかなりのダメージを与えられたのか、表示されるHPからも、よろめきながら立ち上がる姿からも虎型エネミ―が瀕死なのが見て取れた。

「でもリンのプログラムがなければ危なかったんじゃないかな。持ち主以外を撃退するモノのままなら、恐らくこちらの攻撃に効果はなかった」

体勢を立て直し、私とエネミ―の間へ立ったランサーはそう言うと盾を構える。瀕死の獣が一番危険なのだと、背中を見せたまま彼女が伝えた様に、最後の力を振り絞ったエネミ―がこちらに向かってボロボロになった右腕を振り払って爪にも似た暴風を生みだした。

盾に組み込まれた杭を床に突きたて、飛ばされそうになる私を脇に抱えたランサーは暴風を耐え忍ぶ。風による轟音で周りの音は何も聞こえなくなっていたけれど、不思議と彼女の声だけは耳に届いた。

「大丈夫、あの竹刀をミス藤村の元へ届けよう」

最後、その後に呟いた言葉だけが風にかき消されてしまう。

それを問い返す前にランサーは風を盾で弾き飛ばし、僅かに生じた間隙を縫ってエネミ―へ最後の一撃――リスト・ピッツィカートを繰り出した。

 

小さな鳴き声を上げた虎型エネミ―は、その姿形を保てずに他のエネミ―と同じような黒い残滓を纏いながら消え去っていく。

 

そうしてしばらくもしないうちに、後に残るものは先程の戦闘があったにも関わらず最初に見たときと同じ状態の竹刀だけとなった。ランサーに促されるまま、恐る恐る竹刀に手をかざしてみると新たなエネミ―が生まれる事もなく竹刀は私のアイテムフォルダへと転送される。

漸く、大きく一息をついた。凛の言う通りレベル自体は第一層のエネミ―と同じだったから大きな危機まで迎える事は無かったけれど、やはりあの大きさと対峙するのは普段よりも緊張する。

ランサーも一仕事を終えた充実感を滲ませているけれど、息は全く上がっていない辺り、やはり自分とは身体の造りが違うのだろうかと思ってしまう。それでも、彼女が頼もしい存在であることに何も変わりは無い。

「今日はリターンクリスタルを使っちゃおう、ランサー。本当にお疲れ様」

「可愛い子の為なら、私は何だって構わないよ?君の笑顔が一番の報酬さ」

……このサーヴァントはなんで、こうも殺し文句を平気で言えるのだろうか。

 

***

 

「ありがとうーっ!ずっと探していたのよー!」

 

それから数日、校舎内を探していると漸く藤村先生と再び遭遇できた。どうも彼女は定期的にセラフ全体の巡回を行なっているらしく、毎日この会場に姿を見せるわけではないらしい。

アイテムフォルダから竹刀を取り出して先生に手渡すと感極まった様に彼女はくるくると回って喜んだ。あのエネミ―に関して愚痴の一つでも言おうかと思っていたけれど、踊って喜ぶ彼女を見ているとその気も失せてしまった。実際に戦闘を行なったのはランサーなのだし、私には何も言う権利がないだろうとも思い直す。

「そうそう、先生はちゃんとお礼も用意しておいたのよ!喜んでくれると嬉しいわー」

「そういえば、そんな事も言っていましたね」

『彼女の喜ぶ姿でも充分だけど、何が貰えるか楽しみになるのは仕方ないよね』

うずうずとしたランサーの気配に苦笑するけれど、藤村先生は何かを手渡そうとする様子でもないので一体何をお礼の品としたのか一抹の不安がよぎる。

「言峰さんから聞いたんだけど、魔術師としての力が他の参加者より不足しているんだって?」

あの神父は他人に何をチクっているんだ。

私があからさまに言峰の名前で顔をしかめたのか、他意は無いのよと先生は付け足した。

「私はあくまで運営側だし、直接的な手助けをすることはできないわ。それでも、貴女たちの私生活ぐらい華やかにするぐらいだったら問題ないわよね」

「私生活……?」

「そう!貴女のお部屋をよりどりみどり、タイガー印の素敵グッズ!」

ぱんぱかぱーん、なんてラッパの音が聞こえてきそうな掛け声で先生は一つのカタログを表示した。それを覗いてみると、果たして彼女が作ったのかムーンセルが作ったのか、確かに虎を中央に置いたマークの商品……机やライトなどの日用品がずらりと並んでいる。

「先生の頼み事を叶えてくれたらタイガースタンプを一つゲット!貰えた個数が増えれば増えるほど良い物がゲットできるから、是非挑戦して頂戴ね!」

「って、今後も何かやらかす気満々なんですか!?」

そんな私のツッコミを華麗にスルーした藤村先生はカタログの端に会ったスペースに小さな虎マークのスタンプを押した。ガォ、なんて効果音まで付いている。

『マスター、スタンプを集めきると特注で望んだものを作ってくれるそうだよ!?私はコンサートホール……いや、そこまでは贅沢言わないからエステグッズ!エステグッズが欲しいなぁ』

はいそこ、すぐ欲望に忠実にならない!

子供のようにはしゃぐランサーのギャップに頭を痛めながら、ひとまずスタンプ一個で選べるライトを提示した。行燈のような形から洋風、果てはシャンデリアまで取り揃えられているうち、選択はランサーに任せる事にする。もとから音楽室を改造したようなマイルームの配置は彼女が嬉々として行なっていたものだから、こういった道具も彼女に任せた方がいいだろう。

「これで注文すればいいんですね?」

「そうよー、ムーンセル便だから即日配達!注文して一秒もあれば届いているはずよ」

……ムーンセルの無駄遣いではないのだろうか。

「まだまだスタンプはたくさん押せるから、頑張りなさい。先生は誰か一人を応援することはできないけど、誰の応援もしないことだってないんだから」

最後に、静かな声と小さな微笑みで藤村先生は私へ語りかける。

この空白をスタンプで埋め尽くすまで、頑張れと……負けずに足掻けと、NPCである彼女からのエールが隠れたカタログを握り締める。

「はい、ありがとうございます。先生」

頑張ろう、素直にそう思えたからこそ私は彼女に一礼した。

 

 

 

 

「あ、ところで昨日食べてたミカンが箱ごとどっかに転送されちゃったんだけど探してくれないかなー?」

「余韻が台無しだ!!??」

 

まだまだ、このint”ig”ervalは終わりそうにない。

 




一回戦につき、一回ずつ書けていければいいなと。
タイガークエストならどんな無茶をやっても大丈夫な気がしてしまう不思議
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