「いててて……」
机の上に置いていた市販の弁当(特大唐揚げが入っているのに358円!)を取り出しながら、上条当麻は顔を僅かにしかめた。
「どうしたんだいかみやん。またぞろ妙なことにでも首を突っ込んだのかにゃー」
「これで高校に入ってから何回目やろなぁ」
当麻の隣に座っていた金髪にサングラス頭の男、土御門元春に乗っかるようにして、青紙ピアスの男がにやけ面のままそう言う。
「いやまあ、この前の休日に……ってか、お前らの中で俺はそういう人物なんだな」
「まあ日頃の行いを見れば嫌が応にでもそう思うてまうのも無理ないやろ」
その言葉を聞きながら、弁当の中に入っていた特大唐揚げを箸で掴んで口に運ぼうとしたところで、つるり、としみ込んだ油のせいか、箸から唐揚げが零れ落ちた。
「あ」
突然の事で、反応もできず、当麻は短い声を口から漏らした。
この弁当は限定100個生産でいつも目の前で売り切れるところを奇跡的に手に入れることのできたものだ。
もちろん、未だ弁当の中にはごろごろとした唐揚げがもう二つあるのだが、それはそれとして。
普段手の届かないものを味わうのだからその一つでも欠けてしまうと台無しになってしまう……と、ちょっとテンションの上がっていた上条当麻はそう思うのだった。
まあ要するに、である。
これが落ちたらいつものごとく、彼が叫ぶのだろうことは自明の理であるという事だ。
当麻が固まったまま、唐揚げはゆかにむかって一直線に落ちてゆく。
あと0コンマ数秒で唐揚げが落ちてしまう、とその時。
ボフン、と煙が上がった。
「ブホァ!」
「「な、何事ォー!?」」
煙と割ときつめの風をもろに受けた当麻は、後ろにひっくり返り、残りのバカ達は自分たちの目の前にいきなり煙が立ったことに対して驚きの声を上げた。
その声に当麻に対しての思いやりの感情はない。
クラスメイトの面々もざわざわとそれぞれの戸惑いの声を上げる中、だんだんと煙が晴れ、その中心に一人の少女が姿をのぞかせた。
彼女の姿は、学園都市に存在するとある高校ではかなり浮いた格好をしていた。
一般の女子高生と共通しているのは特に改造もしていないセーラー服くらいで、手に巻き付けるようにしてつけられた手甲、顔半分を隠すようにした口当てを着けており、パンストやスウェットで肌が極力見えないようなその姿がなんともこの場にそぐわない。
そんな、黒い長髪の(おそらく)美少女は膝立ちしたまま、右手に持った天然の木から造られた……ように見えるプラスチックの箸を使い、今まさに床に落ちようとしていた唐揚げを器用に掴みあげていた。
そんな彼女は一つ頷き、なんともからっとした口調で。
「うむ。火薬の量を間違えたな」
と短い一言を放った。
●
「なーるほど、つまり嬢ちゃんはかみやんに一度助けられ たことがあって、その時の恩でかみやんの助けになりたいがために、『思わず』転校してきて、『偶然』かみやんがピンチに陥りそうだったから助けたと」
「はい。主様の危機は見逃すわけにはいきませぬ。いくら拙者が未熟な身なれど、主様に対する思いは誰にも負けぬと自負してるで御座る」
上条の口に特大唐揚げを押し込みつつそう答える忍者風コスプレ少女に対し、なるほどなるほどと頷きながら、土御門元春は隣に立つ青髪ピアスと顔を突き合わせて、ひそひそと会話を始めた。
「どう思いますかにゃー、解説の青髪ピアスさん」
「いやあ、そうやなあ。一つ言えるのは、忍者、子犬系、ポンコツ。そしてヤンデレとストーカーの気(け)ありとか、属性盛りもりすぎて……ええなあ。それ!」
ちらり、と横目で上条を見てみるが、当の本人は涙を流しながら口の中に色鮮やかな具材を詰め込まれている。
いま上条が食べているのはコスプレ忍者が持ってきていた手作り弁当であり、机の上には見るも無残になった限定版特大弁当の姿がご顕在なさられていた。
言わずもがなコスプレ忍者の仕業であり、彼女の放った煙玉の風圧で上条の弁当は一つの特大唐揚げを残してすべてが天に召されていたのだ。
ちなみに。土御門と青髪ピアスの弁当と総菜パンは無事だったあたり、上条の不幸体質の本領発揮である。
「ところで、どろんと突然現れた訳やけど。お嬢ちゃんの能力は空間移動系能力なんか?」
「それは……」
「ふぁふぃふぁばばー!ふぁごぅッ!?」
「かみやん、飲み込んでからしゃべらないと。のど詰まらせるぜぃ」
土御門がそういう前に、すでに食べ物をつまらせた上条は胸をたたきながら、コスプレ忍者の差し出した水筒を差し出して飲み干す。
死ぬかと思った、と内心ドキドキしながらもう一度水筒を傾ける。
「その通り、この風間伊織(かざま いおり)さんは空間転移系の能力者で、この学校では最高レベルのレベル3能力者なのです――!」
「「……」」
あれ?なんの反応もないぞー、っと。と、胸を張りつつ自慢げに天井を見ていた顔をゆるりゆるりと下げる。
視線の先にいたのは、超至近距離で風間をしげしげと見やる変態二人だった。
「何してやがりますかねぇーーっ!」
手つきを怪しく動かしながらひそひそとした話を続ける変態二人に向かって、手元にあった水筒を思い切り投げた。
「おおっと、危ない。いきなりそんなもの投げたら危ないやろ」
「危ねえのはお前らだよ!」
両手で何かの形を作る青髪ピアスに、がーっ!と擬音が出そうなほどに怒鳴る上条に対し、しかし土御門は彼にしては真面目な顔で。そして諭すように。いや、慈しみさえ感じる表情で口を開いた。
「まあ待てかみやん。俺たちはとても紳士的でまじめな事を話そうとしていたんだ」
「真面目な事?」
「ああ。お前の今後に関わるといってもいい」
神妙にそういう土御門に、思わずごくりとつばを飲み込む。
一体それはなんなのか。土御門の次の言葉を戦々恐々とした面持ちで待つ上条に向かって、土御門はニンマリとした笑顔を傍に添えて、大きく手を広げた。
「そう!この学校で密かに作られている美少女ランキングの変動についてなのさーっ!」
「なん……だと……」
バカな……。この学校での所謂序列指標にもなる、あの美少女ランキングだと……。というか、お前らが作ってたんですね。と、四肢を地面につき、大きな衝撃の走った表情をその顔に浮かべる。
「その……なんで御座るか?その美少女らんきんぐとは」
「OK!横文字の弱そうな忍者っ子にも教えてあげましょう。美少女ランキングとは!この学校の女の子全員の見た目、内面、能力etcを集めていろんなもんで煮込んだものなのです!」
キャラすらかなぐり捨てて、テンション高めな青髪ピアス。
いやまあ要するに。能力的な魅力プラス彼ら二人の好みで順位が変動する、その名の通り女の子の見た目を順位付けする割とゲスい表のことである。
ちなみに、男子の話のネタに上がるぐらいにはみな周知しているものである。
「そして、そこなフーマクノイチ!」
「ふうまくノ一……」
「そう。フーマちゃんのランキングは!その属性の多さで加点!見た目のかわいさ(たぶん)でさらに加点。でもちょっと付き合うのめんどくsタワバっ!」
たった今、高らかにランキングを口に出そうとしていた青髪ピアスとその横で肩を組みながらうきうきとした表情を浮かべていた土御門は、唐突に顔面から床にバタフライキスを決め込んだ。
そして、その後ろには怒りの表情で顔をゆがめる、我らが吹寄(ふきよせ)整理(せいり)さんがいらっしゃるじゃあありませんか。
「えーっと、よう吹寄。大体の事情はその後ろで涙目の女の子と吹寄の表情からわかるけれど、何がどうしてそんなに怒って、あまつさえ私めにまで怒りの表情を向けているのですかーっ!?」
ひええ、と恐れおののく上条。ぽかんとした風間。すでに気絶したバカ二人。
そんな混沌とした状況の中、吹寄は怒りの表情のままその質問に答えた。
「ちょっと前からね。訳の分からない。それこそバカみたいなランキング表をどっかの誰かたちが付けてるっていうから探してたのよ。ずうっと!まさかあんた達三バカだったとはね!」
三バカ……?と彼女の言葉を何度もかみ砕き、背筋に這い寄るいやぁな汗を感じ取る。
「いやいやいや。違う。違います。違いますんです!今回は珍しくこいつら二人だけの仕業で、そもそもそんな女の子が困ること俺がするわけないと言うかっ!?」
「いやぁ、かみやん。嘘は行かんぜよ。お前だって鼻の下伸ばしながら手伝ってくれたじゃないですかー」
「そうそう。この前かって、『ああ、吹寄は見た目はいいけど性格はだめだな28位!』ってのりのりやったやん」
「か、み、じょ、う?」
「知らない!知らぬ存ぜぬな事なのです!たっけて風間――!」
この際、女の子に助けを求める恥とかなんだの言ってられない。
藁にもすがる思いでぽかんとした表情の風間に助けを求めると、コスプレ忍者くノ一は鬼の吹寄に向かって、果敢にも上条のフォローをしようとした。
「吹寄殿。少し待たれ……ん?なんだ隣の席の。そんなに腕を引っ張ってどうし……」
しようとしただけだった。
具体的に言うと、行動を移し終えるまでに入り口から走ってきた女子生徒が風間の手を掴んで強引に逃げて行ったのだ。
「さて、覚悟はいいかしら?最低男」
ああ、これはあれですね。みなさんお待ちかねの。ええ、あれですよあれ。
めいいっぱい息を吸い込んで、近づきつつある己の終わりを視界に捉えながら、上条は叫んだ。
「不幸……っだあああぁあ!?」
悲鳴の入り混じるソレは、意外と短く、そして消えた。
●
「いででで、ひどい目にあった」
結局、なんとか自分の命を悪友たちを代償にして守り切った上条は、先日から痛む傷を押さえながらぼやいた。
しかし……。
こそこそ、と隣を二宮金次郎のごとく本を読みながら歩く風間を見る。
やはり、目立つ。人が少ないところを選んで歩いているというのに、いくつかの視線がこちらに突き刺さるのを感じる。
「先刻は申し訳ありませぬ」
彼女が唐突に口を開き、上条は風間のほうに向けていた視線を前のほうに急いで戻した。
風間の口調はどこか申し訳なさそうで、本を読んでいたのは気まずかったからなのだ、と鈍感な上条にも察することができてしまった。
「別に、気にしてねえよ。あんなのいつもの事だし……いや、いつもあってほしくはないものだけど――――。まああれが俺の日常だから、今日みたいに敏感に飛び込んでこなくてもいいんだぜ?」
「委細承知つかまつった」
……うむ、やはりなんだか調子が狂う。
彼女がこの口調でしゃべることを決めたのが、先日(・・)上条(・・)が(・)貸した(・・・)古き(・・)良き(・・)忍者(・・)映画(・・)のせ(・・)い(・)だとしてもだ。
「そういえば風間。転校してきたってことは引っ越しもしたんだろ?どこに…………はっ……」
ま、まさかこの流れは隣に引っ越してくる恋愛小説とかでよくある流れなのではーー!?とほんのちょっぴり甘酸っぱい幻想を抱く上条。
「学校から近い……このアパートで御座る。意外と安くいい物件で御座った」
そんな幻想は、自分の右手ではなく現実にぶっ壊された。
あってもいい幻想と、あっちゃいけない幻想があるんだなぁ、としみじみと感じながら、上条はこっそり目に涙を浮かべた。
「しかし、安心召されよ。本当に主が危険な時にはこの風間急いで駆けつけるがゆえ。具体的には殺されそうになった時に」
「もう一段階前でもいいんですよ?できれば半殺しになりそう、ぐらいでも……」
「その度にいちいち出向いているとプライベートの侵害で御座るからして」
「ちょいとお嬢さん。その理論だと昼間の一件は私が死にそうになった件に該当するんですが……?」
まあ、風間のことだからこれからお世話になる人間のところに会いに行こうとしたときに上条の不幸が重なっただけなのだろう。だとしてもプライベートの申告をしてくる忍者とは一体。
「では、拙者はこれにてご免。明日もよい一日になりますように」
「おう」
建物の中に風間が消えるまで、手を振り続け、上条は空を見上げる。
明日もよい一日が続きますように、と願いながら。
東京都西部を切り開いて作られた、総人口の二百三十万人のおよそ八割が学生の都市。
今日も頭の開発が行われているこの学園都市で、はたしてよい一日が明日も続くのか。
それはおよそ一人を除いて知る者がいない。
おそらく続きません。