ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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※階級について、機関銃の描写について一部加筆


やってきた少女
初日、朝


 よく晴れた月曜日の朝、武内尚樹(たけうちなおき)は布団からはい出して目覚まし時計を止めるともう一度眠ろうとする。

 月曜日は職場である自動車整備工場の定休日で、丸一日ゆっくりできるのだ。

 掛け布団を巻き込みながら、寝返りを打って、まどろむ。

 

 時刻は午前6時30分、出勤日であれば20分かけて職場へと向かっている頃だった。

 バキバキと裏庭の木が折れる音と、ドスンと重量物が落ちる音が響く。

 薄い窓ガラスがびりびり、雨戸はカタカタと震え、吊っている電灯が揺れる。

 

「なんだ?」

 

 飛び起きた尚樹は居間のアルミ製の雨戸を開く。

 その瞬間、折れている柿の木の下に転がっている機械と、機関銃のようなものに目が行った。

 そして、紺色のセーラー服姿の少女が倒れていた。

 

「なんだアレ?……じゃなかった、おーい、大丈夫か!」

 

 玄関でサンダルを履き、カーポートの脇を抜けておそるおそる裏庭に出ると、倒れている中学生か高校生くらいの少女に駆け寄る。

 

「暖かいし、呼吸もある。死んではなさそうだけど救急車!」

 

 普通に考えれば警察に通報したうえ、救急車も手配するべきだろう。

 ところが、尚樹の中にある懸念が浮かんだのだ。

 スカートも履いていない制服の少女、近くに転がる第2次世界大戦の戦闘機を縦に割ったような機械、そして少女が持つには大きすぎる機関銃、いくらなんでも状況が怪しすぎる……と。

 

 大阪のはずれ、片田舎の町で周りは山だといっても通行人が居ないわけではない。

 家から少し走れば交通量の多い国道170号線、通称:外環状線があり朝の時間は八尾、東大阪方面にギッチリと車が詰まっているのだ。

 もしも、彼女が墜ちるところを見られていたならば、とてもまずい。

 

「とにかく、運ばないとな」

 

 とりあえず近隣住民に見られていないことを確認すると、尚樹は少女と機関銃、そして謎の機械を居間へと運び込むのであった。

 

「重さといい、重機関銃(キャリバー50)くらいあるな。弾は12.7㎜くらいかこれ?」

 

 女の子を布団に横たえると、机の横に転がしておいた重機関銃らしきものを手に取る。

 長い銃身、円に十字の可倒式対空照準具、木製の銃床部とまさに航空機銃のようだ。

 

「暴発しても怖いな……弾倉(だんそう)を取るレバーはこれか」

 

 弾倉の前にあるレバーを押し下げて5キロはありそうなドラム型弾倉を引き抜くと、訓練などに使う擬製弾(ぎせいだん)とは異なる黒光りする弾丸と黄金色に輝く真鍮の薬莢、まぎれもない実弾が現れる。

 そのまま条件反射的に薬室を空にしようと槓桿(こうかん)を探すがそれらしいレバー、ハンドルの類が無く、あるのは銃左側のチューブ状の部品とその後端にあるボタンであった。

 銃の右側には空薬莢を排出する廃莢口(はいきょうこう)、その隣には“安”という白文字と、“火”という赤文字の刻印のある切り替え金があった。

 

「まいったな、こんな銃は触ったことないぞ」

 

 不用意に触っても良いことはないと安全化をあきらめた尚樹は“安”であることを確認すると銃口を裏庭の方へ向けた。

 万が一暴発しても被害はガラス一枚が割れ、庭を飛び越し土塀に穴が穿たれるだけだ。

 そんなヒヤヒヤとしている尚樹のすぐ隣の寝室では少女がすやすやと寝息を立てていた。

 

 _____

 

 

「えっ、ここ、どこだろ」

 

 深い霧の中に入ってしまい雲を抜けようと降下、気が付けば地表面がすぐで、引き上げ動作のまま木に激突したところまでは覚えている。

 少女が目を覚ますと畳の香りのする部屋だった。

 

「起きたか」

 

 襖が開き、短く刈り揃えた黒髪に黄色み掛かった肌の男性が現れた。

 男の格好は祖国でさえ見たことがないもので、柔らかそうな紺色の上下に身を包んでいる。

 

「あなたは、誰ですか。ここは……」

「俺は武内尚樹、この家に住んでる。君はうちの裏庭に落ちてたから拾った」

 

 おそるおそる尋ねる少女に男、尚樹は窓の方を指さす。

 窓からは枝の折れた柿の木が見えた。

 

「ええっ、ごめんなさい!私は雁淵ひかりって言います!502統合戦闘航空団に所属してます!」

 

 ひかりは頭を少し下げると、所属部隊を明かす。

 

「ところで、雁淵さん、いくつか聞きたいことあるんだけどいいかな?」

「はい、なんですか?」

「あの重機、機関銃といい、よく分からない機械といい、君は何者なんだ?」

「えっ?私は……扶桑海軍のウィッチで、502に。ここは扶桑じゃないんですか?」

 

 尚樹の疑問にひかりは困惑したような表情になる。

 502基地に戻らなきゃ!と思ったが、木の感じや家の作りから見てもどうもオラーシャの大地ではなさそうだ。

 扶桑のどこかと思ったが目の前の男は扶桑語を喋っているにもかかわらずストライカーユニットも、あるいはウィッチすら知らない様子なのだ。

 

「ここは“日本”の大阪だ。扶桑じゃない」

「そんな!でもお兄さんは私と同じ言葉ですよ?私、佐世保出身なんです!」

 

 尚樹は少女の言う“扶桑”がどうやら日本に相当する国名であるということに思い至った。

「ここは扶桑ではない」とかたくなに否定しても話が進まないので、世間話をしながら情報を集めようと出身地の話題を掘り下げる。

 

「まあいい、佐世保ってことは長崎か、雁淵さんは“扶桑”の佐世保出身なんだ。ご家族は?」

「はい、お姉ちゃんとお父さん、お母さんの4人家族です!」

「そうなんだ、俺も両親と弟がいるんだ、弟はすぐ近くで兵隊やってるよ。俺は整備士だけどね」

「そうなんですか!私のお姉ちゃんはウィッチやってます」

「ウィッチっていうのはあの()()()()()()()みたいなやつかな?」

「戦闘機……あれはストライカーユニットですよ?ウィッチはユニットを履いて飛ぶんです」

 

 首を傾げ、不思議そうな様子のひかりに尚樹は、ユニットを履くのが“ウィッチ”だとすると、どうやらウィッチは軍事組織の構成員らしいと考える。

 

「さっき、雁淵さんも海軍のウイッチって言ってたけど、階級とかってあるの?」

「はい!軍曹です!」

「マジか、雁淵さんは何歳なの?」

「15歳です!」

「15で軍曹か、すごいな。」

 

 運動部の女子中学生、あるいは幼い高校生に見える少女が“軍曹”だというのに驚く。

 15歳といえば、“三等陸士”の階級を与えられる“少年自衛官”ですらない。

 そして、“武力紛争への子どもの関与に関する条約”に批准することによって少年自衛官制度は廃止された

 もっとも現行の“自衛隊生徒”は18歳で卒業したころには陸士長であって、あっという間に“三等陸曹”になるのであるが。

 一方、ウィッチの場合魔法力のない一般兵とのトラブルの抑止の面や“希少な特技持ち”である面から最低階級は軍曹であるが尚樹は知らない。

 

「全然すごくないですよ!お姉ちゃんは中尉だし……」

「中尉ってことは幹部なのか、おいくつ?」

「18歳です、あの、幹部ってなんですか?」

「ああ、海軍なら“士官”といったらわかるかな?陸は幹部っていうんだけど」

 

 尚樹の言う幹部(自衛官)と、帝国陸軍にあった幹部候補生制度は異なるものであるが、ひかりには分からなかったようだ。

 

「それならわかります!えーっと……」

「尚樹でいいよ」

「じゃあ尚樹さん、私もひかりでいいですよ!」

 

 その時、ひかりのお腹が「ぐう」と鳴った。

 

「ひかりちゃん、何か食べようか。俺も朝ご飯まだなんだ」

「はい!朝なんですか?」

「うん、マルナナニーゴー」

「ええっ、私、お昼過ぎたころだったんですよぉ」

「時差があるようだし、そのあたりの話は飯食いながらしようか」

 

 尚樹はひかりを居間のテーブルにつかせると、テレビをつけて冷蔵庫からピザを出す。

 アメリカンサイズの大きなピザをカットしたものをアルミ箔に乗せてオーブンレンジで焼き上げる。

 ひかりは部屋をせわしなく見回す、いずれもはじめて見るものばかりで扶桑の家にもペテルブルグの502基地にも無いものだ。

 

 薄い板状のものに声の出る活動写真が映っている。ひかりは大ヒット映画『扶桑海の閃光』や姉、孝美(たかみ)をモチーフとした映画『リバウの翼』などでトーキー映画を見たことがあり、映写機のようなものを探すがそうした物もないようだ。

 

「尚樹さん、これって何ですかぁ?」

「液晶テレビ……映像をラジオみたいに電波で飛ばして、画面に映してるんだ」

「すごーい、とっても綺麗です!帰ったら管野さんやニパさんに自慢しようっと」

 

 どうやら異世界に来たらしい、ということはわかったがいまいち実感がわかない。

 

「ひかりちゃん、“ピザ”とかって食べられる?パンにチーズが乗ってるこんなヤツなんだけど」

 

 テーブルにピザを乗せた皿とコップ、麦茶の入ったペットボトルを並べる。

 たっぷりと乗ったミックスチーズが良い匂いを放ち、大きさもあることからボリューム感も満点だ。

 尚樹はひかりがおそらく戦前、あるいはそれに近い年代の出身であることに思い至り、尋ねる。

 もし、純和食しか食べたことがないならば、冷蔵庫にモノがないのだ。

 

「パンやチーズはよく食べてるので大丈夫です!」

「ハイカラだね、やっぱり海軍ともあれば海外に行くの?」

 

 二人で手を合わせ、冷えないうちに食べ始める。

 

「私は遣欧ウィッチに選ばれて、()()()()()のペテルブルグに居ました」

「ペテルブルグ、こっちで言う()()()か。というか、ヨーロッパまで進出してるのか」

「はい、ネウロイがヨーロッパを占領してるので、扶桑からもウイッチが派遣されてるんです」

「ネウロイってなに?」

「ネウロイっていうのは……はむっ……私たちの敵でっ……」

 

 尚樹の疑問にひかりはピザを食べながら説明する。

 あまりにもおいしそうに食べるので、ひかりが食べ終わるのを待つことにした。

 

「食べてからでいいよひかりちゃん、」

「はい、これっておいしいですね!」

 

 _____

 

 ネウロイ、古くは「怪異」と呼ばれていた存在は人類が科学技術を発展させ、冶金技術の進展や大規模鉱山の開拓を始めると“金属を食う”ようにして急速に進化。

 前触れもなく突如出現するネウロイの巣と呼ばれる本拠地から陸上、飛行型の“母艦型ネウロイ”を発進させて、兵隊ネウロイなどで一定範囲内の人類を攻撃する。

 知性があるのか、どうして水が苦手なのか、どういう材質で出来ているのかさえ分からない謎が多い相手である。

 いずれも「コア」と呼ばれる赤い結晶状構造体が弱点であり、コアを攻撃しない限り自己回復する。

 中型以上ともなると、魔法力を付加した攻撃以外にはめっぽう強くて人類を圧倒している。

 そしてネウロイを撃破しうる魔法力の発現は10歳代、20歳代前半までの女子に多く、男性はほとんどが無い。

 

「それで、成人前の若い女の子がウィッチとして軍隊にいるわけか」

「はい、魔法力は年を取ったら減っていって、飛べなくなるんです」

 

 尚樹は居間のユニットを見て、この高校生くらいの女の子がよく分からない敵と戦ってるんだなと思う。

 

「ひかりちゃんも実戦に参加したことあるの?武装してたみたいだけど」

「ありますよ、ネウロイの巣も倒しましたし」

「さっきの話だと、巣って親玉なんだよな。やっぱりコアってあるの?」

「ありましたよ、管野さんが殴って、私がとどめを刺したんですっ」

 

 ひかりから聞く『グリゴーリ攻略戦』に、尚樹の中で、異世界は第二次世界大戦相当の世界にネウロイが現れて、ウィッチが主力になってるという構図が固まってきた。

 

「尚樹さんは何やってる人なんですか?」

「今度は俺だな」

 

 尚樹は18歳で陸上自衛隊に入隊して武器科を志望するも、3年間機甲科の戦車部隊で勤務したのち退職する。

 退職後、同期の父親の自動車整備工場「シゲマツ自動車」に再就職し3級自動車整備士を取得して3年目を迎えようとしていた。

 

「戦車に乗るのも好きだったんだけど、エンジンをいじるのも好きだったし転職したんだ」

「お給料っていくら位もらえるんですか?」

「月18万6000円、従業員少ないからな」

「じゅうまんえん……お金持ちじゃないですか!」

 

 驚いた表情のひかりに尚樹は違う違うと手を振る。

 昭和20年の白米10キロの値段が6円だったが、現在では同じ白米10㎏が3000円くらいするのだ。

 

「物価がとても上がって、何銭という単位が無くなって最低が1円になったんだ」

「へぇー、って私、いまお金持っていないんでしたぁ!」

 

 急に異世界に来たため、扶桑で使えるお金が無くて慌て始めるひかり。

 もっとも、扶桑国内で使用していた“軍票”や“50銭紙幣”など現代の日本では何の意味も持たないのであるが。

 

「わかってる。しばらくはここに居るといいよ、こっちじゃ身元不明だしなあ」

 

 警察に届け出るのが普通であり、女の子が男と二人きりで生活など貞操の面からも非常に不安だろう。

 しかし、尚樹を思いとどまらせたのは、部屋に置いてあるストライカーユニットと13mm機関銃の存在であった。

 

「機関銃とユニットが無ければ記憶喪失でいけるかもしれないが、警察に届け出たらたぶん押収されてしまう」

「押収ってなんですか?」

「銃刀法違反の証拠物件として警察に没収、下手すりゃその場で逮捕、拘束かも知れない」

 

 実弾らしきものを装填した重機関銃を持ち込んだひかりが、重装備の銃器対策部隊に囲まれて引っ立てられていく光景が尚樹の頭に浮かぶ。

 ひかりも細部こそ違えど同じような情景を想像したのか、青くなる。

 

「それは嫌です!チドリはお姉ちゃんに貰ったユニットなんです!」

 

 馬鹿正直にユニットや武器を持って行かなくても、聴取の後、ひかりは住居もない未成年の少女なので保護施設に送られるだろう。

 そうなれば仮に異世界との通路がもう一度開いたとしても帰れなくなってしまう。

 

「もしも、何かのきっかけで帰れることになっても、警察の管理下に居たんじゃどうしようもないよね」

 

 尚樹は自分が「行き場のない少女を言いくるめて依存させようとしている」ように思えて複雑な気分だった。

 だが、現状で一番帰還に近くてなおかつユニットや武器を守る方法はそれしかないのだ。

 

「はい、だから、私をここにおいてください。出来ることがあれば、頑張ります!」

「わかった!」

 

 ひかりの決意の篭った目に、尚樹は首を縦に振ったのだった。

 

 




もしも、皆さんが重機関銃を持った可愛い女の子を拾ったらどうしますか?
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