ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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戦闘パートを書いていると5000字位のはずが8000字をはるかに超えてどう分割しようかわからなくなりました。



消えた戦車たち

 1945年7月4日

 

 白樺の木々の間を縫って戦車は進む。

 レーシーの対地能力を検証するための威力偵察であり、もしも上手くいけば歩兵連隊や重砲連隊を突入させての作戦が展開されるだろう。

 擬装というよりは対破片防護力を少しでも上げようと黒々とした背の高い車体には丸太や針葉樹の枝葉が括りつけられ、エンジングリル上には車内に収まらない彼らの背嚢(はいのう)や私物品が所狭しと積み込まれている。

 角ばった溶接車台に75ミリ砲を積んだその戦車はリベリオン製のM4A2シャーマン中戦車であり、レンドリースによってやって来た戦車だ。

 オラーシャで生産されたKV-1に比べとても操作が容易く、戦時生産のT-34/76に比べて品質も安定しているので中隊長車の車長セルゲイ・ジューコフ中尉はこの心地よい戦車があればどこまでも戦える気がした。

 セルゲイは先頭を行く陸戦ウイッチが何かを発見したのか、握り拳を作り頭の横で止めるのを見た。

 

「アカーツィアより各車、止まれ!」

 

 ウイッチの手信号に、戦車中隊の停車を命じると“アカシア(アカーツィア)”の符丁で呼ばれている小隊各車が一斉に止まり、息を潜める。

 前方警戒員として先行していた陸戦ウイッチが森の中で謎の霧のようなものを確認したのである。

 ハッチを開け、木々の間から視認できる距離にいる陸戦ウイッチに車載無線機で呼びかける。

 

「おい、どうした“お嬢さん”」

「こちら第32陸戦中隊、正体のわからない霧が出た!注意せよ」

 

 セルゲイは師団司令部から下された謎の指示を思い出す。

 

 まだ若く、真面目で愛国心に燃える彼女たちはその指示に怯えすぎているのかもしれない。

 セルゲイは安心させようと穏やかに返す。

 

「……森の中だ、霧ぐらい出るさ」

「違う、まるで煙幕だ!100メートル先も見えない!」

 

 すぐに前に居た陸戦ウイッチ達の一人が叫ぶ。

 木々がバサバサと騒ぎ、セルゲイの見ていた後詰めのウイッチが霧の中へ飛び込んでいく。

 無線がザーザーと異音を発し、車内無線しか使い物にならなくなる。

 キューポラから身を乗り出し、備え付けの信号手旗を振って後続の部下に前進の指示を出そうとしたその時。

 

「中隊長!霧の中から何か来ます!」

 

 僚車の車長の叫び声にセルゲイは振り向いた。

 

 それきり、第32陸戦中隊の少女たちとセルゲイら第411戦車大隊第1中隊は消息を絶った。

 

 ____

 

 

 オラーシャ陸軍第121親衛戦闘機連隊ならびに第41装甲師団を含む第60軍、カールスラント陸軍第16軍といった連合軍北方軍集団は“レーシー”の攻略作戦に備え着々と準備を始めていた。

 ペテルブルグの無人の市街に補給や通信、輸送、憲兵といった後方段列(こうほうだんれつ)の部隊が本格的に駐屯し、にわかに騒がしくなっていた。

 

 また、航空ウイッチ75名、陸戦ウイッチ112名、戦車830両、高射砲・野砲・ロケット砲などの各種火砲521門(自走砲含む)とその構成員、戦闘兵科だけでもちょっとした地方都市の住民くらいはおり、ペテルブルグ付近の最前線拠点はどこも満員となっている。

 グリゴーリ攻略戦よりも兵力が増強されているが“ヴァシリー”方向からの斥候ネウロイ襲撃や“レーシー”からの大規模侵攻に備えている面もあり、北方軍の幕僚の一部はレーシー攻略に現在の戦力の6割、よくて7割が抽出できれば儲けものだと思っていた。

 実際、対ネウロイ戦において軍事における“全滅”判定は珍しいことでもなく、一つの戦闘で連隊戦闘団の6割近くがわずかなネウロイに屠られるといった事態がたびたび起こり、生き残った兵士を兵科関係なく寄せ集めて臨時の戦闘団を形成するが、それすら撤退中に壊滅するという悲劇が各戦線で発生したのだ。

 リバウ、カールスラント、ヴェネツィア、そしてガリアで人類は苦汁を舐めさせられ、戦力の見積もりにも悲観的なムードが漂うのは当然の事であった。

 もっとも、ペテルブルグの目と鼻の先に出来た“レーシー”が動けば「戦力をかき集める前に人類はスオムスまで追い立てられるであろう」というのが戦力分析の主流であり、どちらが先に手を出せるかで勝負は決まると思われている。 

 北方軍の幕僚たちはフレイヤー作戦の失敗から列車砲などの重厚長大路線の超兵器ではなく、柔軟に対応ができる“旅団級ウイッチ部隊”を投入することと、それに502を基幹とした打撃任務部隊をどう組み込むかと検討していた。

 

 朝、いつものように管野とニパが基地外周を走っていると、後ろから誰かが走って来た。

 ここのところ最前線基地となったペトロ・パウロ要塞には見慣れぬ顔の兵士たちが多数出入りしており、サーシャは他部隊と揉め事を起こさぬように何度も注意を喚起していた。

 特に着任時に陸軍の兵士と乱闘沙汰を起こし留置場送りになった管野、クルピンスキー、ニパが主な対象であり、他は「トラブルに巻き込まれないように」であるとか「貴重品の管理はしっかりするように」程度だった。

 管野は「さすがにケンカ売ったりなんてしねーよ」と言ったが、サーシャは「誤解を招くようなことをするのも禁止です」と言って、わかりましたね?と念を押してきた。

 とはいっても後ろから一定の距離で付いて来られるのは空戦ウイッチの性に合わない。

 おおかた外来宿舎のウイッチが走りに来たんだろうと思い、管野はニパと示し合わせて「顔見てからぶっちぎってやろう」と後ろを振り返る。

 すると、そこに居たのは長い髪を白いリボンで結んでポニーテールにした孝美だった。

 

「孝美?」

「孝美さん?」

「管野さん、ニパさん、おはようございます」

 

 孝美はスピードを上げると前を走るニパと管野の横に付いた。

 

「孝美も朝走るのか」

「ええ、扶桑に居た時から。最近は走れてなかったから」

「そうなんだー、ひかりが速かったのって……」

 

 無意識にひかりの話を出してしまったニパに、管野は気まずそうになる。

 

「そうね、ひかりと走っていたわ」

「いつ頃から走っていたんですか?」

「私がウイッチになったころかな、あの子、後ろからがんばって着いてきたのよ」

「ひかりらしいや……」

「何回転んでも、海に落ちても、ずっと続けて」

 

 佐世保での日々を思い出して懐かしそうに言う孝美。

 管野は何を言おうかと逡巡する。その様子を見た孝美は微笑んだ。

 

「管野さん、ひかりがあきらめない子なのはよく知っているでしょう」

「そうだけどよ、孝美……」

「私たちにできることは、ひかりがいつか帰ってくる日のために居場所を残しておくことだけなの、だから、気にしないで」

 

 着任時とうって変わってひかりの帰還を信じている様子の孝美に、ひかりの最後の姿を伝えるかどうか悩み、力不足を悔いていた管野は少しだけ気が楽になった。

 空気を変えようとニパは孝美の居た部隊について尋ねた。

 

「孝美さんはたしか、新しい統合戦闘航空団に配属されていたんですよね」

「そうね、508に居たけど、ひかりのことがあってこっちに来ちゃったわ」

「俺は隊長がなんかやったって聞いたぞ」

「ラル少佐はあくまで私の希望が通るようにしてくださっただけよ」

「それがえげつないんだよなあの人」

 

 孝美、管野、ニパが基地外周にある高射砲陣地のそばを走っている頃、121のウイッチたちは連隊長であるアルチューフィン中佐の許可が降りたため朝からロスマンによって指導を受けていた。

 アルチューフィン中佐も“あがり”を迎えて地上勤務になった一人であり、後輩であるサーシャの申し出に、「どんどんやってくれ」とゴーサインを出したのだ。

 

「クリフチェンコ少尉、まずはユニット無しで回避させてください」

 

 アーニャは書類仕事を古参の隊員に任せて、部下に石をウエスで包んだ即席のボールを投げつける。

 まるで“ウイッチ養成学校の初級課程”ではないかと思い、おそるおそる魔法を使った内容をロスマンに尋ねた。

 

「ロスマン曹長、魔力量がとりわけ少ない者がいるのですが、彼女はどうしましょうか」

「彼女はあとで一点集中で飛ぶ練習をさせます、その前に“これ”が出来なければ()()()()()()()でしょう」

 

 8人の少女たちはユニット無しで右へ左へと走り回り、回避の練習をさせられていた。

 回避動作の瞬発力、ボールがどこに飛んで来るかを考える洞察力、そして手の動きなどを見る注意力に加え、それを続ける持久力も鍛えることが出来るのだ。

 ひかりも雪玉を用いて同種の訓練をしたことがあるがスタミナがあったので、回避を習得するとロスマンの方が疲れるという結果になった。

 ただ、ひかりを指導した経験は、魔力量が少ないウイッチは「受けるより避けろ」、「魔法力の一点集中」が有効であるという答えを導き出し、今回の生還率をわずかでも上げるための特訓に大変役に立った。

 

 午前中は早撃ちの新兵が射撃場に集められロスマン曹長を教官、アーニャを引率とした射撃訓練が行われていた。

 それ以外の502や121の隊員はアラート待機や哨戒飛行に割り振られ、基地に駐屯する人数が多くなり交代要員に余裕ができたためこういった訓練ができるのだ。

 

「あなたたちは引き金に指を掛ける前に3つ数えなさい」

「撃て!」

 

 一斉に引き金を引くが当たらない。

 引き金を勢いよく引いて銃がぶれる、いわゆるガク引きである。

 

「せっかく魔法力で反動を消してもこれでは何の意味もないわね、3歩前へ」

 

 ロスマンは確実に当たる距離まで前進させ、アーニャが撃てと命じる。

 

「あなたと、そこのあなたは抜けていいわ、それ以外はもう3歩前へ」

 

 アーニャは訓練状況の視察に来たポクルイーシキン大尉が眉間に指を当ててため息をつく様を見て憂鬱になった。

 

『非常呼集、非常呼集、502、121の全ウイッチは作業を中断、直ちに作戦室に集合、繰り返す……』

 

 その時、ブザーが鳴り響き121連隊本部付の女性士官の声がスピーカーから流れてきた。

 ロスマン、アーニャや新兵たちが射撃場の銃を急いでかき集め、作戦室になだれ込んだ時には連隊長やラル、参謀たちがすでに揃っており、最上級者だったアーニャは思わず「敬礼!」と叫んだ。

 

 

「先刻、威力偵察に前進した陸戦ウイッチおよび1個戦車中隊が消息を絶った」

 

 第121戦闘機連隊の連隊長であるマリア・アルチューフィン中佐が“レーシー”付近の地図を指して状況の説明を始める。

 現在の他部隊の様子と、連合軍北方司令部の動向について短い説明をした。

 

「そこで我々に戦闘捜索の命令が下ったというわけだ。ラル少佐、後を頼む」

 

 アルチューフィン中佐は黒縁メガネを指で押し上げ、ラルに引き継ぐ。

 

「わかりました。502は121と共に目標地域に進発し、彼らの捜索、ネウロイの抵抗があればこれを撃滅せよ。まあ、いつも通りにやればいい」

 

 ラルの言葉に、孝美を除く502の面々は二年前の“ミロラドヴィチ作戦”を思い出した。

 あの時も前線の陸軍部隊の支援やユニット回収班の救出と様々な事をしたもので、今度の出撃任務も長丁場になりそうだと感じていた。

 孝美も陰惨なリバウ撤退戦がよぎり、おそらくは壊滅したであろう陸軍兵を想い覚悟を決める。

 

 ブリーフィングが終わるとウイッチたちは格納庫に向かう。

 同時に502のユニット回収班や121の連隊本部付(れんたいほんぶづき)情報班の方も騒がしくなる。

 

「内容は聞いたな、霧が出たらしい。ならばその中に奴らがいる、見つけたらぶっ殺せ」

 

 ユーティライネン大尉が獰猛な笑みを浮かべ、彼女の部下である陸戦ウイッチ、男性兵士たちもそれに乗っかる。

 

「おいおい、スオムス人はネウロイをぶっ殺す気で居やがる、捜索任務だろう」

 

 その様子を見た121の男性兵士は隣にいた同僚に言った。

 

「なに、我々も勇敢なオラーシャ陸軍の兵士だ、見つけたら手榴弾を喰らわせてやるよ」

「違いない。今日はあの502が居るんだ、俺たちも負けてられないな」

 

 正面を切って戦うのはウイッチだが、男性が多い本部付の情報班は双眼鏡と通信機、機関短銃、手榴弾4個で前線の様子を観測し、ウイッチの不時着などを報告するのだ。

 丸太でさえ武器にして戦うスオムス人のユニット回収班ほどではないが、生き残っている彼らも歴戦の猛者でありこれから始まる激戦に両者とも士気は高く、自らを鼓舞していた。

 

_____

 

 

 昼ご飯として久々に第502統合戦闘航空団本部付業務隊、通称“業務隊”の作った食事を口にすると、502と121は前線へと飛び立った。

 

「うーん」

「カンノ、どうしたの?」

「久しぶりに業務隊の飯を食ったぜ、だけど食った気がしねえ」

「仕方ないよ、急な出撃で下原さんもワタシもみんな忙しかったし」

「そうですね、ここのところずっと私が作っていましたから」

「定ちゃんの料理がおいしすぎるのがいけないんだよー」

「もうっ、ジョゼ、褒めても何も出ないわよ」

「下原さんの料理は本当においしくて、腹持ちも良いですね。いつもありがとうございます」

「雁淵中尉まで……」

 

 ニパの疑問に管野はちょっと物足りないなとこぼすと、ジョゼが下原の料理に慣れ切ってると言い、照れる下原に孝美がお礼を言った。

 そんな会話をしている管野たちの後ろを飛ぶロスマンは後ろから着いてくる121のウイッチをちらりちらりと見る。

 それに気づいたクルピンスキーがロスマンの真横に着いた。

 

「ロスマン先生、やっぱりあの子たちが心配?」

「そうね、あなたがいつ手を出すかを心配するくらいにはね」

「じゃあ、先生は僕のことを心配してくれるんだね、嬉しいなあ」

「貴方ってどうしてそう都合よく解釈できるのかしら……」

 

 オラーシャ軍に顔が効くことから121連隊のウイッチとの調整役でもあるサーシャがロスマンのさらに後ろを飛ぶ。

 眼下には履帯痕が森の中へと続いており、地面の掘れ方と露出した土の湿り具合からまだ新しい物であることがわかる。

 

「もう少しで集結点です。全員、気を引き締めてください」

 

 サーシャが戦車連隊と陸戦ウイッチ中隊の歩戦共同作戦の作戦図を思い出して言う。

 集結点に戦力が集まってから前進するのだから、そこが威力偵察部隊の出発基点なのだ。

 

 下原、孝美が彼らの進路沿いに捜索して、管野たちは周辺警戒と航空優勢の確保を行う。

 身軽な502と121の第一飛行隊の編隊の後方に速度こそ劣るものの、火力は高い対地支援機の編隊が続く。

 重装甲の地上型ネウロイが居た場合、フリーガーハマーやリベリオン製20ポンド爆弾架などの爆装を携行している121の第二飛行隊が対地攻撃をする手はずとなっているのだ。

 森の上を飛び、レーシーより200㎞地点に近づいた頃下原が地上型ネウロイの接近に気づいた。

 

「11時下方、地上型が5!」

「管野一番、突撃する」

「じゃあ援護するよ!」

「管野さん、ニパさん突出しすぎです!」

 

 “他部隊との調整役”という仕事上率先して空戦に飛び込めないサーシャが叫ぶ。

 急降下した二人はあっという間に「クモ」と呼ばれる4脚の地上型1体を撃破する。

 

「孝美ちゃん、僕らも直ちゃんの援護に行こうか。先生、下原ちゃんをお願い」

「わかりました、雁淵、援護に入ります」

「わかったわ、下原さんはそのまま捜索、私とジョゼさんが上空警戒」

 

 クルピンスキー、孝美も飛び込み4体のネウロイを木々で翻弄しながら一つ、また一つと潰していった。

 その間も下原は味方部隊の痕跡を探していたが今のところ戦車の残骸ひとつ見つからない。

 作戦予定通りに前進していれば戦車部隊がいたであろう地点に行くと、どんどんと霧が立ち込めてくる。

 

「霧が出てきたぞ!」

「カンノ!あれ!」

「なんだ!」

 

 低空飛行をしていた管野とニパが地面に亀裂を確認した。

 木の根が切れるようなブチブチという音と共に土が割れて飛び、幅10mほどありそうな黒地にところどころ半透明のパネルが付いた六角柱、いや六方晶のネウロイが地中より姿を現した。

 急いで高度を上げることで管野とニパ、そしてクルピンスキーは衝突を回避した

 そして、六角柱ネウロイは高さ9~10mくらいまで地表面にせり出すとピタリと止まった。

 

「地中侵攻型か!」

「コアは……見えない!」

 

 まだ地中に埋没している部位があるからか、それとも別の理由か孝美の魔眼にコアが映らない。

 多くのネウロイが持つ赤いパネルではなく偏光ガラスのように黒みがかった半透明のパネルがついていて、六方晶形状と相まってまるで黒水晶のようだ。

 うかつに近接すると何があるかわからないので、一度距離を取ってロスマン指揮の下で同時多重攻撃をする。

 

「十字射撃を行うわ!一斉射!」

 

 威力のあるフリーガーハマーや対物ライフル初めとした各種火器による射撃が集中し、六方晶に命中する。

 表面がパリパリと砕け、黒雲母の様に薄片が剥離していく。

 しかし、自己再生能力があり剥離しても次の瞬間には新しい外板が出来上がっているのでキリがない。

 その時、半透明のパネルが“キラリ”と輝いて虹色に見えた。

 

「何しやがったアイツ!」

 

 管野は射撃を一時中断し様子を見る。

 すると薄くなっていた霧がまた濃くなりはじめた。

 

「寒い、霧が出てきました!」

「どうやら一気に気温を下げているみたいだね」

 

 孝美は地表に霧が溜まっていることに気づき、クルピンスキーは急激に温度が下がったことによる霧だと思った。

 ロスマンは一番怪しいのは何かの光線を出しているか、あるいは何かの分光(ぶんこう)なのかわからないが、虹色に輝くプリズムの様な半透明のパネルだと感じた。

 

「攻撃を続けなさい、あのプリズムのところに攻撃を集中して!」

 

 フリーガーハマーが直撃して爆炎が晴れる頃、後ろから悲鳴が上がった。

 管野とニパが後ろを振り返ると地上型ネウロイと人型の様なネウロイが複数殺到してきていた。

 

「挟まれた!いったいどこから……きゃあ!」

「4時の方角よりネウロイ接近!不意を突かれた!」

「エリー!エリーが落とされた!」

 

「避けなきゃ!ってえっ!」

「あっ!」

 

「アーニャ隊長!」

「散開!散開!各個に応戦!」

 

 戦車の車台に3対6本の足を生やし、丸い砲塔が二つ付いたカニの様な奇怪な姿の中型ネウロイが地上から対空砲火を上げ、その援護に黒い人型ネウロイが手から光線を放ってくる。

 121は奇襲を受け一人が撃墜、二人が実体弾を回避しようとして空中衝突し、森のはずれに不時着をした。

 落ちたウイッチに群がろうと一部のネウロイが向きを変えたこともあり、サーシャとジョゼ、下原は急いで撃墜された121のウイッチの救助に向かう。

 

「おい第1!対地支援はいかが?」

「あの高い白樺より北側のネウロイにならやって!その向こうは味方だ」

「了解、聞いた。目標は霧の中の“カニ野郎”よ。各機投弾準備!」

 

 後ろからやって来た対地攻撃編隊が20ポンド爆弾架を構え、爆撃コースに突入する。

 一方、前衛の502は謎の六方晶ネウロイが袋叩きにされてもビームも実体弾も何も撃たずに、悠然と半透明のパネルをキラキラと輝かせていることが気になっていた。

しかし、盛んに射撃してくる地上型を掃討しなければいつかは被弾するので後回しにせざるを得なかった。

 クルピンスキーと管野は救助のために降りていくサーシャとジョゼ、下原の援護につく。

 降下中、下原は降着地点付近の見慣れぬ中型ネウロイが漆黒の砲を“ギョロリ”と回転させ射撃してきたのを見た。

 砲撃をあっさり回避すると、真横を飛んでいた管野に撃たれてコアが露出し中型ネウロイは砕け散る。

 だが、砕ける一瞬に砲塔の“元の色”が見えた。

 

「あっ!あの砲塔は!」

「下原さん、どうしたの!」

「オラーシャ軍のマークが見えます!」

 

 ロスマンは下原が見つけたものが何であるか咄嗟に察した。

 不格好な“カニ野郎”は友軍の戦車を取り込み、再構成したネウロイだったのだ。

 という事は随伴歩兵の様な黒くて目も口もない人型の模倣体はおそらく、消えた戦車乗員かあるいは陸戦ウイッチであろう。

 

「あいつら、まさか!」

「管野さん!」

「こんのおぉ!」

「下原ちゃん、ここは僕らに任せてそっちの子を!」

 

 陸軍兵士が姿を奪われ、死してなお敵に使われている様に管野はとても腹が立ち、悲しくなった。

 管野とクルピンスキーが迫りくる人型ネウロイに射撃し、下原が不時着、墜落した二人のうちの失神している方を背負う。

 もう一人は衝突したほうの右足ユニットが破損しているので片肺飛行になったがなんとか浮かび上がれた。

 無防備になる離陸の瞬間を狙い撃とうと人型ネウロイが腕のパネルを発光させた……そのとき、ロケットが弾着し消し飛んだ。

 

「ありがとうございます!」

「危機一髪だ、お礼はチョコレートで良いよ!」

 

 フリーガーハマー現地改修型を二丁装備したMiG-60が駆け抜けてゆく。

 赤いリボンがトレードマークの第二飛行隊隊長ブダノワ中尉であり、彼女の後ろに爆装をした隊員が続いて次々と緩降下爆撃でネウロイを屠っていく。

 そうして敵の火勢が弱まるとアーニャと共に地表近くで戦っていたサーシャが次の目標を指定する。

 

「ブダノワ中尉、“黒水晶”に20ポンドを投弾できますか?」

「全機、撃ち尽くしてないね?次はあのデカブツをやる!」

「了解」

「雁淵中尉、すまないが弾が少ない、対地支援は無しだ。堪えてくれ」

 

 引き上げ動作に入り、撃墜されたウイッチの応急手当にあたるジョゼと援護のニパ、孝美の頭上を飛び去っていく。

 

「孝美さん、この子の骨が治るまでは持たせてください」

「わかりました、ニパさんは人型をお願いします」

「はい!」

 

 対地攻撃部隊に狙いを付けた多砲塔ネウロイを孝美はS-18狙撃銃で狩っていく、その横で近接してきている模倣体をニパは薙ぎ払う。

 ジョゼは破片を浴びて、地面にシールド越しとはいえ叩きつけられて複雑骨折および出血と、致命傷を負っていた彼女を“なんとか()()できるくらい”に回復させていた。

 

 六方晶のネウロイは“黒水晶”と呼ばれ、弾数の少ないロスマンが様子を見ていた。

 そこに第2飛行隊が集結する。

 

「ロスマン曹長、また貴方と飛べて光栄だ!」

「そうですかブダノワ中尉。あなた方には回復より早い攻撃を要請します」

「わかりました、ここに居る全員で大火力を投入しよう」

 

 そう言うと、ロスマンとブダノワのロケット弾が集中し、パネルが再生するよりも早くに急降下爆撃から放たれた20ポンド爆弾が同時に7個ほど炸裂して地表面に出ていたところが大きく損傷すると、地響きと共に土の中へと逃げようとする。

 

「させるものか!」

 

 ブダノワがフリーガーハマーを一斉射撃すると地面の穴の奥で爆発が起こり、地上の模倣体を一掃した孝美たちが大穴を覗き込むとそこにネウロイの反応はすでに無かった。

 逃げたのか、それとも撃破したのか分からなかったがとにもかくにも作戦は終了した。

 

 

 地点確保のための歩兵連隊を伴って連隊本部付情報班やユニット回収班が現場に到着したころにはもう夕方になっており、地中侵攻型ネウロイの穴の中の調査はまた後日という形になった。

 管野たちが地上型ネウロイが沸いてきたと思われる場所を探っていると、ススで薄汚れた戦車帽が落ちており、管野が拾い上げると戦車帽の内側には持ち主の名前が記されていた。

 キリル文字が読めなかったので管野はサーシャに渡す。

 

「サーシャ、これ」

「セルゲイ・ジューコフ……おそらく、あの戦車の乗員でしょう」

「死んじまったのかな?」

 

 サーシャが指した方向に戦車がいた。

 車台側面に穴が開き、中にあった弾薬が誘爆したのか砲塔が抜け落ちていた。

 乗員が居たならばおそらく即死だろう。

 しかし、爆発炎上したにしては煙も何も見えず、中にいたならば“ボール紙と革で出来た戦車帽”などあっという間に燃え尽きてしまう。

 なにかと不可解な点もあったが、502及び121は地点の確保を後続の部隊に引き継ぎ、ペテルブルグに帰って補給を行うのだった。

 

 この戦闘における損害および戦果は『オラーシャウイッチ1名重傷により後送、ユニット3機中破、中型及び小型ネウロイ38機撃墜、友軍戦力の生存者は発見できず』

 


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