ユニットおよび設定はアニメ・劇場版やOVA、プリクエル、頂いた情報をもとに書いていますが、特にユニットの構造は独自解釈が含まれます、ご注意ください。
設定集などでこういった情報があるよという方は教えていただけると幸いです
2017年6月17日
朝のランニングを終えて朝食を食べると、日曜日に山中でやったユニット起動実験についての話し合いをする。
ボロボロの整備カーペットの上に置いたストライカーユニットを見て、尚樹は何が原因だったのかを考えていた。
そこに部屋の主であるひかりがお盆に急須と湯吞、筒入りのポテトチップスをもって入って来た。
いよいよ最後のポテトチップスであり、尚樹はまた買い出しに行かないといけないなと思う。
「尚樹さん、お茶が入りましたぁ!」
「ありがとう、いただくよ」
折り畳みのテーブルにお盆を置くと、ひかりと尚樹はどうして始動に失敗したのか意見を出し合う。
「ひかりちゃんが射出された時ってどんな感じだった?」
「えっと、魔法力が切れちゃって、スポーンと出た感じでした」
「エンジンが止まるってことは、エンジンの三要素のうちのどれかが欠けてるんだよな」
「エンジンの三要素ってなんですか?」
ひかりはどういう事を言ってるのかよくわからないという風に首を傾げる。
「エンジンが回るためには、燃料と空気が混ざった混合気、それに点火する強い火花、そして強い爆発を運動に変えるために強い圧縮がいるんだ」
尚樹はポテトチップスの筒に拳を突き入れ、拳をピストン、手首から腕をコネクティングロッドに見立てて前後させる。
吸入、圧縮、燃焼、排気、と一般的な4ストロークガソリンエンジンの4つの行程について尚樹はひかりに説明する。
「拳が上に行くときに火花が飛んでドカン、この押された力でエンジンって回ってるんだ」
「うーん、座学でそういうこと言ってたような。でも、魔法力がないとエンジンは回らないっていうのはどうしてなんですか?」
「そこだ、魔導エンジンは“どこ”に魔法力を使ってるん?」
ひかりは自分の魔法力が少なく、エンジン回転が安定しないときに教官やロスマン先生にどう言われたのかを思い出す。
「始動と、あとは飛行の術式を回転させてエーテルをかき回して進む力にするって言うのは聞きました」
「そうか。昨日の始動失敗を見てる限り、ガソリンの混合気、圧縮は問題無さそうだったしね」
尚樹はガソリンエンジンは正常に動いているのを確認している。
わからないところがあるとすれば制御などの魔法力の関与する部位であった。
混合というワードに、ひかりはある言葉を思い出した。
「混合……魔法力混合比、9対1にしてって」
今でこそ慣れすぎて無意識のうちにやっているが、502に来てすぐの頃は制御を入れてもマトモに飛べなかったのだ。
「魔法力の混合比?燃料の
「入力する魔法力の量でエンジンの回転数が変わるんです!」
「魔法力の量で回転が変わるの?」
「最初の頃は
ユニットの発動機ごとに適正回転は異なるが、扶桑の誉二一型において試運転には2000回転/分が必要であり、ひかりの場合少ない魔法力を昇圧回路で“増幅して”ようやく飛んでいたのだ。
それを見たサーシャとロスマンは始動すらままならずユニットに
人間、努力次第でどうなるかわからないものである。
「飛行機のエンジンにしては低い回転だな、筒内ってエンジン以外にも使うの?」
「シールドを張ったり、プロペラのピッチ……角度を変えたりの制御に使います」
「制御か、もしかしてアイドル回転制御が上手くいってないから止まったのかも」
尚樹は自動車整備を元に考える。
現代の自動車は始動時にコンピューターが燃料噴射量や点火時期などを制御することで、エンジン回転数を制御しているのだ。
配線などのショートやセンサが壊れたりして制御が出来なくなるとエンジンが掛からなかったり、あるいは始動後すぐにエンストしてしまう。
そこにひかりの言う「魔法力が切れた感じ」を当てはめるとこういう予想が出来た。
エンジン始動に魔法力を使い、燃料が燃え始めると
尚樹の答えを聞いたひかりは経験から納得した。
ロスマン先生いうところの「ユニットが不機嫌そう」という状態をさらにひどくした状態がこのエンストなのである。
しかし、「どうして魔法力が切れたのか?」ということと、「エンジンが始動できても、ここで飛行できるか?」についてはわからず、ああでもない、こうでもないと言いながら、時に冗談を交え、あるいはひかりが502の隊員の武勇伝なんかも話しつつ二人は昼前までユニットやウイッチについて話をした。
「うーん、尚樹さん、私もわかんなくなっちゃいました!」
「そうかぁ、まあいいや、魔法力はバッテリーに溜まった電圧みたいなものだと思っとくわ」
困ったようなひかりの笑顔に、尚樹も考えることを中断する。
熱心にいろんなことを勉強しようとしていると言っても、ひかりも女の子。
難しい話をずっとしても退屈なだけだろうと尚樹は切り上げることにした。
「もう昼だなあ」
「いろいろ考えたらお腹すいちゃったな」
「昨日いい物食ったところで悪いけど、牛丼屋にでも行こうか」
「牛丼ってなんですか?“牛めし”ですか?」
「そう、牛めし。ご飯の上に甘辛く煮た牛肉が乗ってるアレ」
「それぐらい知ってますよ!……街に行かないと無かったですけど」
「扶桑にもあったのか、そうだ、日本にはすごい店があってな」
文明開化を迎えて牛肉食が都会にて浸透した1890年代にはもう「牛飯」という食べ物は生まれており、そんな中、1899年に「牛飯」を「牛丼」と称して魚河岸で売ったところこれが繁盛し、118年も続いた店がある。
その店は今やオレンジの看板を掲げて全国展開しているチェーン店なのだ。
「そんな歴史のあるお店に行ったらお金なくなっちゃいませんか?」
「大丈夫、『うまい、はやい、やすい』が特徴の店だから、学生時代よく行ったよ」
「学生でも行けるんですか!」
「うん、という事で着替えようか」
尚樹が部屋を出ていったのを確かめてひかりは普段着として着ているジャージを脱ぐと、白い6分丈のシャツの下に予備として買っていた抹茶色のスカートを履く。
いつも履いているホットパンツは始動試験で汚してしまい洗濯機の中なのだ。
「なんかスースーするなあ」
ひかりは当初、朝の情報番組で女子の流行りの服装を見て、日本の女性が“ズボン”姿にならないことに驚いた。
また、ウイッチたちが“ズボン”と呼んでいたものは、この世界ではズロースやシミーズといった下着扱いであり「ズロースやシミーズ一枚で往来を闊歩するようなもの」で情けなく、恥ずかしいことであるという事に衝撃を受けた。
ところが今ではジャージでの生活に慣れたせいか、今までとは逆にズボンの上に何か一枚でも履いていないと不安になってしまったのである。
ひかりの変化はそれだけではなく、常にセーラー服の下に“水練着”でいたが、日本に来てブラジャーと“パンツ”という下着を数組ずつ買うようになると、胸が固定されて運動時に楽になると共にトイレや着替えに案外便利であることに気が付き、水練着をしまい込むとここ数日の間ずっと使っていた。
ひかりは管野が水練着を着ずにズボンを履いている理由がよくわかったのだった。
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ひかりが着替えている間、尚樹はというと外出用のTシャツにジーンズを履いて居間でテレビの電源を入れる。
テレビは月曜日の昼という事もあってワイドショーか、昔のドラマの再放送、通販番組くらいしかやっていない。
尚樹は芸能関係に疎くて熱愛だの不倫だの言われても、そのカップルが何をしている人か知らなかったりするのですぐチャンネルを変える。
ドラマはというとちょうど2人目の犠牲者が出たところで、さまざまなサスペンスドラマに登場する俳優がタクシードライバーとして推理をしていた。
「さすが平日の昼前だけあって何もないな」
リモコンを操作してチャンネルを切り替えながらニュースを探す。
正午のニュースを見つけたので見ていると、関西のニュースが始まった。
『今年の3月ごろ京都府で行方不明になった16歳の女子高校生が生駒山の山奥で保護された』というニュースが入った。
発生当初、学校からの帰りに制服姿で失踪し、数メートルおきにある監視カメラで捜索するもどのカメラにも彼女どころか車も人も映っていなかったという事もあって大きなニュースとなった。
「家出」と「誘拐」の両面から捜索していたと聞くが、所持品や発見された時の情報は伏せられ、ただ「健康状態に異常はない」とだけ言うと次のニュースが読み上げられる。
「おいおい、マジか……」
前までならば「たぶん家出か拉致だろ」と軽く流していたが、現在進行形で身元不明の少女を匿っている尚樹には他人事とは思えず、少女の保護を喜ぶと共にこれがもし人知を超えた力によるものだったとしたら、帰還の手掛かりにならないだろうかと思った。
次のニュースは堺市北区の路上で銀行員がひったくりにあったというもので、その次も寝屋川のコンビニに強盗が入ったと、毎日のようにどこかで起こっている内容の事件だ。
「行方不明に、ひったくり、コンビニ強盗って考えたら大阪治安悪すぎやろ」
そんなツッコミをした時に白いシャツに膝丈の薄い抹茶色のスカートをはいて、よそ行きの格好に着替えたひかりが部屋から出てきた。
「尚樹さん、お待たせしました!」
「おお、スカート姿も似合ってて可愛いな。じゃあ行こうか」
「ほんとですか!似合ってるんだ……えへへ」
ひかりは可愛いと言われて照れ笑いをする。
尚樹はその様子を見て、本当にひかりちゃんは可愛いなあと思ったのだった。
車に乗ってふたりは河内長野市を出て、八尾方向へと向かう。
牛丼屋に行くついでにショッピングセンターに行って買い出し、そして資料集めのために本屋にも寄ろうという算段である。
八尾市に入るとひかりは河内長野市や和泉市の田舎にはあまり見られない高層建築を見て驚く。
「うわぁ、尚樹さん高い建物がいっぱいあります!あれは何ですか!」
「高層マンション、集合住宅だな。街は狭いところに対して人口が多いからああやって高くして、そこに人を詰め込んでるんだ」
「上までみんな部屋なんですね!窓開けたら高くて驚いちゃいそう」
ひかりは上層階の主婦がベランダに出て洗濯物を干している情景を見て言った。
「俺たちからしたらストライカーで空飛んでるほうが怖そうに思えるけどなあ」
「あはは……はじめは怖かったけど、慣れたら空って楽しいんですよ」
ひかりは姉に憧れてウイッチになったものの、最初は派手に地面に突っ込むところから始まった。
最初こそ迫り来る地表面に怯えてまぶたをきつく閉じたものだが、何度も墜落しながら練習するうちに徐々に楽しくなってきた。
そして502に正式配属が決まると、ひかりは管野やニパといった仲間たちと共に飛ぶのが好きになったのだ。
「“楽しい”か。まあ、俺も飛行機操縦できたらそうなるんだろうな。戦闘機乗りなら特に」
尚樹はふと、航空自衛隊のパイロットの体験記を思い出した。
どんなに優秀な戦闘機パイロットでも逃れられない宿命に「肉体的定年」というものがある。
戦闘機動におけるGなどで身体が急激に老化し、35歳を超えると身体にガタが来て各所が痛くなるのだ。
しかし、痛みがあろうが彼らは空の上にいられる時間を少しでも延ばそうとマッサージに通い、ジョギングなどをやめてひざの負担を減らしたりと、あがく。
「どうして職業のためにそこまでするのか?」との問いにあるパイロットは言った。
「職業とは思っていないんです、お金を稼ぐのが目的なら、民間のパイロットになればいい」
記者はギョッとして「戦闘機は違うんですか?」というと、彼は言う。
「戦闘機は違うんです、戦闘機には戦闘機でないとダメなものがあるんです。ウイングマークを付けていられる時間には何事にも代えられない価値がある」と。
戦闘機に乗るまでには平衡感覚などの肉体的適性、学力、判断力と厳正な審査を経て、さらに空に上がっても容赦なくふるいにかけられる。
その上で選ばれたものしか体験出来ない世界であり、彼にとっては「空は自分の天職であり、生きざま」なのだと。
尚樹は体験記を読んだ時、大空を駆けるパイロットにはそこまで思わせる何かがあるのだろうと思った。
かといって航空学生や防衛大学校は入試の段階で難しすぎたし、陸士になっても空挺団やヘリコプターに乗るための陸曹航空操縦課程はとてもじゃないけどいける気がしないと諦めていた。
「そういえば、尚樹さんはどうして一所懸命にユニットを見てくれるんですか?」
「俺は、ひかりちゃんが戻れるように、というのもあるけど半分は“自分の興味のため”だな」
「興味ですか?」
どうしてもパイロットになりたいというほどではないが、なんとなく空への憧れはあり、
それだけに、自分は飛べなくともひかりの持つストライカーユニットが飛翔する姿を見てみたくなりずっと整備していたのだ。
「そう、空を飛んでるのが見たいんだ。俺、昔から飛行機とかの機械が好きなんだよな」
「なんだかお父さんみたい」
「お父さん?ひかりちゃんの?」
ハンドルを握って運転している尚樹の横顔を見て、ひかりは父の面影を見る。
昔、ひかりが父に「お仕事ってなにしているの」と尋ねた時に父が見せた顔、雰囲気に似ているように感じたのだ。
「はい、お父さんは無線の技師をやってて、尚樹さんみたいにいろんなことを知ってるんです」
「無線技師さんか。電気とかそういうの詳しそうだな」
「でもお父さん、家ではあんまりお仕事の話もしないし、なんでもお母さん任せって感じですよ」
尚樹は身近な既婚者である陽平や自分の父親を思い浮かべて、既婚者の男性の心境を想像する。
「家を守るお母さんがいるからだね。疲れて帰ってきて、やってくれる奥さんが居たら甘えたくもなるさ」
ひかりは、母が父の帰りに合わせて夕食を準備し、帰ってきた父は夕食を食べると風呂に入ってすぐに眠るのを思い出す。
一方、自分は尚樹が帰ってきてから夕食の準備を二人でやって、洗濯やらちょっとした掃除もみんな尚樹がしてしまうのだ。
「家に置いてもらっているのだから何かの役に立ちたい」と思ってたずねた。
「尚樹さんは、その、甘えたくならないんですか?」
「俺は一人暮らしやってたし、寂しいこともあったけど今は大丈夫かな」
「私、ずっと考えていたんです。尚樹さんに家のことをしてもらって、いろんな物を買ってもらって、迷惑ばかりかけちゃってないかって」
「迷惑なんかじゃないし、ひかりちゃんが居るだけで毎日が楽しくなったよ」
「本当ですか?」
「ああ、ひかりちゃんのお陰で温泉にもいったし、走れるようにもなったね」
尚樹は「一人だったら特になにもせず、一日中寝て休みを終えてただろうな」と笑って左手を振った。
「だから、ひかりちゃんは心配せずにやりたいことやったらいいんや」
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ひかりとオレンジの看板の牛丼屋に入った尚樹はテーブル席に着いた。
すぐに店員が来るが、「まだ決まっていない」とお冷をもらうと尚樹はひかりにメニューを渡す。
「どう、これが牛丼なんだけど」
「どれもおいしそうで、どれを選んだらいいのか迷っちゃいますね!尚樹さんはどれにするんですか?」
「俺は牛丼の大盛り、つゆ抜きで頼むよ。ご飯が汁っぽいのはあんまり好きじゃないからね」
「つゆ抜きってメニューの何処にもないですよぉ」
「うん、“つゆ抜き”とその逆でつゆが多い“つゆだく”は牛丼を頼むときに自分で注文するんだ」
「そんなのがあるんだぁ。うーん……牛丼の並にしようっと」
「キャベツに、みそ汁とか豚汁、納豆もあるよ」
「尚樹さんは頼まないんですか?」
「俺は別にいいかな。ひかりちゃんは食べ盛りなんだから頼んでも良いんだよ」
ひかりは尚樹に促されてメニュー表を見る。
すると、キャベツの千切りにトウモロコシが乗ったサラダが目に留まった。
味が濃そうな肉ばかり食べるのは少し抵抗があったので味噌汁と共に注文しようと決めた。
「じゃあ生野菜サラダとみそ汁がいいな」
「了解。すいませーん!お願いします」
尚樹が注文して5分もしないうちに牛丼の大盛りつゆ抜きと、並盛、そして生野菜サラダ、みそ汁が運ばれてきた。
「もう来ちゃった、とっても早い!」
「いただきます」
「いただきます!」
「尚樹さん、このお肉薄いですよね」
「そうだね、家で牛丼作るとこんな肉にならないから、脂が多くてベトベトするんだよな」
「ほんとだ、脂が少なくてあっさりしてます!」
ひかりは甘辛く、歯ごたえのある玉ねぎと紙のように薄くて油の抜けたような独特の肉に感動した。
そして、お椀に口を付けみそ汁を口に含む。
その時、ピリッと刺激が来たあと舌先に変な感触が残り、思わず声が出た。
「あつーい!」
ひかりは牛丼が思ったより脂っぽくなかったので、生野菜サラダと“見た目より熱かった”みそ汁を後回しにしても大丈夫そうだと感じた。
尚樹は「しまった!」と思った、あまり味噌汁を頼まないので“みそ汁やけど”を忘れていたのだ。
「ひかりちゃん、大丈夫?」
「ちょっと舌先がひりひりするけど大丈夫れす」
「お冷飲んで舌先冷やそう」
「はい!あんまり味がわからないなあ……」
保温している作り置きから注いで食卓に出るまでに少し冷える家庭の味噌汁と違って“みそ汁サーバー”から出たみそ汁は熱湯で液体味噌を溶いて、それほど時間も経っていないことから温度が高く、不用意に口を付けると舌をやけどすることがある。
注意深く十分にかき回して冷やすか、あるいは最後のシメに飲むか対策は人それぞれだが、なんにせよ“みそ汁サーバー”は初見殺しの罠であったりするのだ。
尚樹はちょっと涙目になってるひかりにお冷を飲ませて痛みの緩和を図る。
初めての“牛丼”をなんとか食べ終わると、どういう仕組みなのか気になったひかりは厨房の様子を覗き見てみた。
カウンター席の男性から注文を受けて、流れるようにご飯を器に入れ、お玉で大鍋から肉を掬い上げると手首を動かしながら汁を切り、するりと盛り付ける。
あっという間に牛丼が完成し、みそ汁もファミレスで見たような機械からお椀に注がれると完成だ。
伝票と共にお盆に乗せられると2分もしないうちにカウンターの男性の元へと届く。
それを見たひかりは自分が舌先をやけどした理由がよくわかったし、流れるような作業によって「早くて、うまい」を作っているんだなと感心した。
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牛丼屋を出て、尚樹とひかりは予定通りショッピングセンターへと行った。
本屋に入ったひかりは、総天然色の書籍がずらりと並ぶ様に驚いた。
「ここ全て本屋さんなんですか?」
「そうだよ」
「うわぁー、管野さんの部屋の本棚よりおっきい本棚がいっぱいありますね!」
「よく出てくる管野さんって、本が好きなの?」
「はい!いっぱい本が置いてあって、文学に詳しいんです。『小公女』とかも……」
「へえ、今までの話聞いてると格闘大好きのオレっ子だから、意外だなあ」
「あっ、これは言っちゃいけないんでした、聞かなかったことにしてください!」
ひかりは管野に口止めされていたことをあっさりばらす。
管野が居れば「ひかりテメエ!絶対わざとだろ!」というだろう。
「管野さんの話はさておき、欲しい本とかってある?」
「尚樹さん、料理の本ってどこにありますか?」
「あの列だと思うよ、参考書は向こうの壁際だ」
「ありがとうございます!」
ひかりは“料理本”や家事の本棚に向かい、自分に合った内容の本を探す。
尚樹は料理本や家事の本を読むひかりを見て勉強熱心だと思うとともに、彼女なりに居場所を作ろうとしているのかと考えると「何もしないというのも肩身が狭く感じるのだろうか」と、どこか心苦しいものを感じる。
尚樹は行きの車中での会話を思い出し、家事が出来るようになったからと言ってひかりに甘えるんじゃなくて、自分自身のことは自分自身でやろうと改めて思った。
家庭料理や家事についての本を見た後は、ミリタリー関連のコーナーへと足を運ぶ。
第2次世界大戦についての書籍を中心に探し、本棚には『フィンランド空戦記』や『世界の駄っ作機』といったものから、『萌えよ、戦車学校』などの書籍がずらりと並ぶ。
その中でとりわけ目を引いたのが、レストアされて濃い緑の胴に紅く輝く日の丸が眩しい零式艦戦の表紙であった。
「『大日本帝国陸海軍機総覧』……ひかりちゃん、これってどう思う?」
尚樹が手に取った書籍にひかりは目を通す。
すると、白黒写真であるが少し前までよく見た飛行機が映っていた。
あの日、姉と共に戦って帰ってこなかった人たち。ひかりはふっと思い出した。
「戦闘機ですか?……あっ、これ、空母で見たことあります!」
「零式艦上戦闘機二一型か」
ストライカーユニットもネウロイも出てこないが、年代といい装備といいよく似ているのだ。
ひかりはページを繰って聞き覚えのある機種をさがす。
「扶桑の戦闘機ってこっちにもあったんだ、あっ、“練戦”もある!」
「風防が空いてて不安になるけど、練習用の機体なのか。ユニットにもあったの?」
「ユニットにもありましたよ、だいだい色のすごく目立つ色でした!」
「練習機から、いきなりチドリになったのか……」
尚樹はデリケートそうなのに機種転換訓練もなく、いきなりぶっつけ本番でよくやるよとページを繰りながら思う。
そして、ある航空機のページで繰る手が止まった。
「川西飛行機、紫電と紫電改……」
「これが私のチドリ?よく見ると似てる気が……」
ひかりのユニットである試製紫電改二は載っていなかったが、管野や孝美が履いている紫電二一型、通称:紫電改は掲載されていた。
どこかユニットを思わせる形状にひかりは出会った時に尚樹が「戦闘機みたいな」と評したのを思い出した。
写真の紫電改は垂直尾翼に343-15と記されており、日の丸の中には15の文字があった。
直枝のユニットにも黄色の帯2本と15という番号があり、ひかりは見れば見るほど戦闘機がユニットに見えてきた。
「あれ、著名なパイロットのところに“
「デストロイヤー、菅野直……管野さん!」
尚樹が指さす先には、第343海軍航空隊“菅野直”の文字があり、ひかりは相棒でもある彼女を思い出し声が大きくなる。
あたりの客が振り向き、尚樹は口に指を当てる。
「しっ、声が大きい」
「すみません……でも、管野さんは“管野直枝”ですよ?」
「かんのなお
「こっちの菅野さんは男なんですね!じゃあ私はどうなってるんだろう……」
「さあなぁ、著名ではないけど居るんじゃないか」
会話が盛り上がり声が大きくなってきそうだったので、尚樹は会話を切り上げると本を数冊持ってレジへと向かった。
ミリタリー系の書籍は1冊あたりが思ったより高くて、その分買い込むお菓子の量と種類が減ってしまったが仕方がないことだろう。
その日の晩、ひかりと尚樹は買ってきた本に目を通し、何か有用な情報は無いかと話し合ったのだった。