1945年7月5日
ネヴァ川へと突き出した滑走路に1機の輸送機が降りる。
胴体には大きな赤十字が描かれており、先日の戦闘で撃墜され重傷を負った121連隊のウイッチの後送のためにやって来たのである。
撃墜されて2時間後に意識を取り戻した彼女は一晩を前線病院で明かすと、ときおり来る体の痛みに耐えながら移送の時を待つ。
戦闘の直後という事もあって病室への見舞い人こそ少なかったがみな彼女の生還を喜び、同時に別れを惜しんだ。
滑走路脇まで来た時に衛生隊の隊員によってストレッチャーから航空機搭載用の担架に移される。
いよいよ、ペテルブルグから後方であるスオムスの陸軍病院に向けて飛び立つ時が来たのだ。
その時に、見覚えのある銀髪の女性とよく知っている赤毛の女性が担架に近づいてきた。
ロスマンとアーニャが見送りに来ていたのだ。
エリーことエリザベータは痛む体を起こそうとして、衛生兵に手で制される。
何を言おうか考えつかず、とっさに出たのはなぜか「おはようございます」という挨拶だった。
アーニャは何かをこらえながら「もう昼よ……」と言った。
そして、言葉を二つ、三つ交わすと、エリザベータは隣にいたロスマンに尋ねる。
「私は、また飛べますか?」
「貴方がまた飛びたいと思うなら、しっかり治しなさい」
「はい……また、いつか」
「ええ、待っているわ」
ロスマンは別れの言葉を告げる。
気を利かせて待っていた衛生兵が搬入用のタラップに足を掛けて担架を持ち上げる。
そのままエリザベータは輸送機に乗せられ、タラップが取り外されるとガラガラと扉が閉じられる。
Ju-52輸送機は徐々に速度を上げ、ふわりと尾部が浮き、そして飛び立って行った。
「ロスマン曹長、私は悔しいです」
アーニャは遠くへ消えてゆく輸送機を見ながら言った。
ロスマンが「そのままでいいわ、続けて」と促すと、アーニャは心情を吐露した。
「あの子は、こんな私でも隊長として慕ってくれた。でも、私はどうすることもできなかった」
「そう、それなら、これからあなたがやれることをやりなさい」
「やれること……」
「それが私たちが上官として、あの子たちにしてあげられることです」
ロスマンは、肩を震わせながら北の空を見つめるアーニャの姿に、飛びたいと強く願った教え子が二度と飛べなくなった時の自分を見ているような気がした。
雁淵ひかりの教導をすることになり、ひかりはロスマンに対して言った。
その子はそれで悲しかったのだろうかと、二度と飛べなくなったのはロスマン先生のせいじゃないと。
飛べなくなったとしても自分が望んだことの結果であって、それなら仕方がないとあきらめもつくけれど、やる前から無理だと決めて飛べなかった方がよほどつらい。
どうなるかなんて、「やってみなくちゃわからない」のだ。
その後、ひかりの勧めを受けて、ロスマンは数年ぶりに教え子に手紙を書いた。
送られてきた返事には近況が書かれており、軍を去った彼女は結婚して2児の母をしていた。
“私は墜ちて二度と飛べなくなったけれど自分の不手際が原因であって、後悔はしていません。それが無ければ今の夫と出会うこともなかっただろうし、かわいい子供たちを抱くこともなかったでしょう。私は今、とても幸せです”
教え子からの手紙を読んだ時、ロスマンはやっと心のつかえがとれたような気がした。
空を飛べなくなる日はすべての魔女たちにいつか訪れる。
それが魔力によるものか体の衰えによるものか、あるいはほかの理由かは異なれど、必ず。
だが、ウイッチとして飛ぶことだけが人生ではないのだと気づいたのだ。
彼女のように退役して主婦として生きることもできるし、あるいはひとり気ままに世界を旅することもできる。
ロスマンは人生を楽しもうという思いと共に、たとえ飛べなくなったとしても生き残りさえすればその後の人生が待っていることを教えようと思ったのだ。
「飛ぶことばかりが人生じゃない、生きてさえいれば幸せを見つけることもできるわ」
「ロスマン曹長……」
「今は泣いてもいいわ、もう少ししたらあの子たちが来るからそれまでの間はね」
ロスマンはそういうと格納庫へと去って行った。
アーニャとロスマンはその後、より実戦的な特訓を行うようになり、7人の少女たちは「エリーの分まで頑張ろう」を合言葉に熱心に訓練に励むのであった。
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第121親衛戦闘機連隊の第2飛行隊は隊長のユーリヤ・ヴァシリノヴナ・ブダノワ中尉を初めとして戦闘爆撃もできるベテランウイッチが多い。
そんな彼女たちは大幅な欠員補充でヒヨッコ揃いの第1飛行隊に代わり、西へ東へと様々な近接航空支援に駆り出されてうんざりしていた。
ブダノワ中尉はそのうっぷんを晴らすかのように、第502統合戦闘航空団に対し模擬戦を持ち掛けた所、あっさりと受理された。
『空対空戦闘能力の維持・向上』という名目であり、早い話が「私に空戦をさせろ」というものだ。
そして、ロスマンが第1飛行隊の新兵をしごいているときに、基地近くの訓練空域にて121と502の部隊対抗模擬戦が行われることになった。
模擬戦は5対5の集団戦であり、502からは管野・ニパ・クルピンスキー・下原・孝美が参加し121からはブダノワと4人のベテランウイッチが出場する。
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「ルールと判定基準はブリーフィングで言ったとおりです、いいですね?」
「はい!」
「了解!」
審判兼安全係のサーシャが双方のチームのメンバーに確認を取ると威勢のいい返事が返ってくる。
そして、彼女は両チームにいる問題児に目をやった。
近接戦でユニットを壊す管野、どうしてかユニットが壊れるニパ、そしてユニットを過負荷で火だるまにする伯爵、さらに、対戦相手の装備を奪ってそれで殴りつけたという噂のあるブダノワ。
ただでさえ作戦中で物資が少ないときに4人そろって壊されてはたまらないと“ブレイクウイッチーズ”と“
「……あと、管野さん、ニパさん、クルピンスキーさん、ブダノワ中尉、ユニットや武器を
「おう」
「はい!」
「わかってるよ、サーシャちゃん」
「了解、気を付ける」
不安だなと思いながらもサーシャは開始位置につくように言った。
訓練空域の両端にある開始地点につき、サーシャが開始の合図として信号弾を撃ちあげるまでには時間があるのでその間に両チームは戦術を考える。
下原は射撃の上手いクルピンスキーと敵チームの攪乱をしようと考えていた。
「管野さん、ニパさんはどうされるんですか?」
「俺は孝美と組んで突っ込む」
「うーん、ワタシは中距離からカンノの援護かな、孝美さんは遠距離が得意だし」
「ニパさん、今日は私、狙撃銃じゃないから一緒に突っ込むわ」
「あっ!そうだった、忘れてた!」
「しっかりしろよニパ……」
孝美は模擬戦という事もあっていつものS-18狙撃銃ではなく、管野や下原と同じ九九式二号13㎜機関銃を橙色に塗った訓練機銃を装備している。
狙撃をするにしても図体が大きくあまり避けないネウロイと違い、的も小さい対人戦闘という事もあって難易度が跳ね上がるのだ。
「中尉、作戦とかってあるの?」
「ないよ、ニパ君が何かしたいなら喜んで参加するよ」
「ま、いつも通り突っ込んで、向かってきたヤツを落とすだけだ」
腕利きの502では高度な集団戦より、エースの持ち味を活かす個人戦技が中心であり管野のいう所の「向かってきたヤツを落とす」という場当たり的戦術が通用してしまうのだ。
「そうだ、誰がユーリヤちゃんを落とすか勝負しないかい?孝美ちゃんもどう?」
「クルピンスキー中尉、サーシャさんにバレたら怒られますよ?」
「いいぜ、乗った」
「ちょっと中尉、カンノもやるの?」
クルピンスキーは遊び心を出して久々に勝負をしてみようと提案する。
売られた勝負に乗るのが管野であり、下原とニパは戸惑いながらも否定的なニュアンスで返す。
前の異動前日に雁淵姉妹vsブレイク3人組で模擬戦をして、最後にニパのユニットが暴走し勝負がうやむやになってしまったことを思い出した。
孝美はクルピンスキーのフリにそのときの決着を付けようという言外のメッセージを読み取り、勝負に乗った。
「わかりました、その勝負、お受けいたします」
「えっ、雁淵中尉も?」
「ええ、下原さんが心配しないようになるべく早く落とします」
「俺の相棒ならそうこなくっちゃな!」
戸惑う下原をよそに孝美がやる気になったことにより、過半数となって勝負に参加せざるを得ない雰囲気になった。
「もう!わかったよ!」
「よし、ニパも参加だな……下原は」
「勝負に勝ったら1日敗者を好きにしていいってことで、例えば直ちゃんを抱きしめてもいいんだよ?」
「ぜってぇこいつには勝たせちゃダメだ」
「わかりました!そうまでいうなら参加します!」
クルピンスキーの悪魔の提案に下原は目を輝かせて参加を表明する。
管野の脳裏に力いっぱい抱きつかれた思い出が浮かぶ。
「こいつもやべーな」
クルピンスキーによって闘争心が掻き立てられて士気が高まったところで、赤の信号弾と緑の信号弾が撃ちあがった。
「模擬戦始め!」
インカムから聞こえたサーシャの声に弾かれるように両チームが訓練空域中央を目指す。
121の先頭を飛ぶのは亜麻色の髪を二つ結びにし、赤いリボンをひらひらとはためかせたブダノワ中尉だ。
緑と暗い灰色のまだら迷彩を施されたMiG-60、その後ろに同様の迷彩を施したLa-7が続く。
対する502は下原と孝美、管野・ニパ・クルピンスキーと2個の固まりに分かれていた。
下原の遠距離視による狙撃で、編隊の先頭を飛ぶブダノワを狙う。
孝美と下原は射程に飛び込んだ瞬間、牽制で撃ちこむが、ブダノワはまるで両側をかすめることがわかっていたかのように下に逃げた。
後続のLa-7も2つの編隊に分かれ502の左右両翼から襲い掛かった。
普通であれば下に逃げたブダノワに対して上方に位置するため急降下して、真下を航過したブダノワの背後を取れる。
しかし、誰一人としてブダノワを追わず管野・クルピンスキー・ニパは左、下原・孝美は右の斜め下方へと飛び込んでゆく。
降下してブダノワを追うことで、両翼から高速で接近してくるウイッチの誰かに背後を取られるのだ。しかも直線飛行でスピードが乗りきっているので逃げ切るのはよほど速いユニットでないと難しい。
量産されたオラーシャユニットの中でも成功した快速ユニットであるLa-7はMiG-60に比べ性能は低いがそれでも速力と上昇力は良いほうなのだ。
管野とクルピンスキーが右斜め下を抜けて行ったことに気づいたLa-7のウイッチは、無理せず大きく緩旋回して孝美と下原の追撃に向かう。
また、下原と孝美が下を抜けて行ったことを確認した二人は管野らの居る右へ旋回して左右両チームの航跡が交差する。
その間にブダノワはひとり、旋回して森の中を飛んでいた。
追ってきた二人のLa-7に管野とニパは体を捻り、向き直ると射撃を浴びせる。
上下左右に機体を振るジンキングで逃げるふりをして、振り返って反撃するのは人型であるウイッチだからこそできる技術であり、相手もまたそれに対して応射する。
技量の低いウイッチであれば振り返って撃つときは背面が見えないため動きが直線的になり逆に的になる。
しかし、双方とも熟練の猛者であって織り込み済みだ。
先行するクルピンスキーの合図によって一気に左右にブレイクし、宙返りをしたクルピンスキーが管野を追って旋回を始めたほうのウイッチに向かって飛び込んでゆき、すれ違いざまに撃墜した。
「一機もーらい、直ちゃん」
「ああ、次はニパだな」
ニパは後ろについたウイッチを引き離すために急降下し、距離を取ろうとした。
「ようこそ地上へ」
「あっ!」
木々の間から突如現れたブダノワが、真正面にニパを捉えた。
オレンジのDP28機銃が火を噴き、青い染料を充填したペイント弾がニパに向かって飛んで来る。
衝撃は一瞬だった。
ニパは無意識に体をよじり木々の中に突入したのだ。
「ニパが墜落した!」
「あーあ、また熊さんがお怒りだねえ」
誰もがニパの墜落を確信した。審判のサーシャも胃痛と共に青くなる。
しかし、ニパは枝葉をシールドでかき分けながら再び空へと舞い戻ったのだ。
「危ない危ない、墜ちたかと思ったよ」
「ニパ、あれは墜ちてんだよ!」
「まあまあ直ちゃん、飛行が継続できてるんだからこれはセーフだよ」
枝葉を舞い散らせながら急上昇するニパ。
木に突入したニパを見失い、低空飛行で旋回していたウイッチが再び追撃に掛かる。
だが、ニパのユニットは新型のメッサーシャルフ Bf109K-4であり、追いすがるLa-7を引き離していく。
その後ろを取ろうと管野が近づいたところに、ブダノワが飛び上がり管野に銃撃する。
だが、クルピンスキーが居るのはわかっているので、深追いはしない。
クルピンスキーと絡み合うような軌道で回避と射撃を織り交ぜながら激しく撃ちあう。
一方、下原と孝美はそれぞれ扶桑海軍の“格闘戦至上主義”の申し子であり、
121のウイッチたちもベテランであり一撃離脱や2機1組のサンドウィッチ戦法を巧みに使い、孝美や下原の肝を冷やした。
しかし、下原はかつて坂本美緒がしたように敵に突入して弾を半身で避け、切り捨てるがごとく近距離で一連射を浴びせて一人を撃墜した。
孝美は管野の方へ向かい援護をするように見せかけ、誘いに乗ってきたところを視界外からの急降下で管野が撃ち落とした。
残る121側のウイッチは2人、502は一応全員健在だ。
「やるじゃないか、さすが腕利きばかりを集めた部隊だ」
「ブダノワ中尉こそ、なかなか手ごわいですよ。うちに欲しいぐらいです」
「クルピンスキー中尉、君はいつも隊員を口説いてるそうだが」
「美しい花があって、みすみす見逃す手はないでしょう?」
「それが棘を隠し持っていてもかい、私が言うのもなんだが第二の娘たちは強かだぞ」
クルピンスキーとブダノワは撃ちあいながら軽口をたたく。
しかし、にこやかに話しつつもお互いに隙を探っているのだ。
「強い女の子は僕としては大歓迎です」
「なるほど、ロスマン曹長から聞いていた通りだ」
「えっ、ロスマン先生はなんて?」
「“女ったらしの軽薄野郎”ってね」
そう言うと、ブダノワは右へと急旋回をし、そのまま地表へと消えて行った。
「おりゃー!」
ブダノワ目掛けて管野がダイブに入っていたのだ。
「直ちゃん!孝美ちゃんも」
「いつまで喋ってんだ!こっちはニパが落としちまったぞ」
「ブダノワ中尉が最後の一人です」
1対5、通常であればブダノワの敗北であるが、彼女は“掠奪者”の異名を持つウイッチであり最後まで気が抜けない。
「あっ!森の中に居た」
「こんな単純な技に引っかかるかよ」
「ニパ君はさっき森の中で待ち伏せされていたんだよね」
ニパが森の中を低空飛行で駆け回るブダノワを見つける、管野とクルピンスキーは先ほどニパが絶体絶命に追い込まれていたところを見たのだ。
「じゃあ、うかつに入るほうが危険ですね」
「私たちは空からブダノワ中尉を探しましょう」
下原と孝美は森の中という事もあって、神出鬼没のゲリラ戦を覚悟していた。
一方、ブダノワは502の隊員が降りてこないことに気づき、笑う。
「なるほど、カタヤイネン曹長みたいに木々を潜り抜けるつもりはないと」
地表近くを舐めるように飛ぶ
上空からの死角と土埃を使った偽装に見失い、いきなり真下から撃ちこまれるのを何回も経験した管野とニパ、孝美、下原はストレスが溜まってきていた。
「出てきて正々堂々と戦いやがれ!」
「5人に袋叩きにされるとわかって出てくるものが居ると思うかい?管野中尉」
「くっそ、殴りてえ」
冷静なツッコミと共に放たれたペイント弾が管野の真横を抜けていく。
「カンノ、抑えて!」
「うるせぇ!……管野一番、突撃する」
そしてついにニパの制止を振り切って管野は森の中へと飛び込んでいった。
「しかたないなあ直ちゃんは、じゃあ僕たちも行こうかニパ君」
「あああ、待ってよカンノ!」
それに続くニパとクルピンスキー。
低低空飛行はかつての賭けでやった内容であり、3人とも得意である。
木々の間を通すような銃撃が管野たちを襲うが、管野やニパも慣れたもので直ちに撃ち返す。
「おっと、危ないな」
急制動で管野とニパの射撃をやり過ごし、目の前の木々に二人の撃ったオレンジのペイント弾が引っかかり、染料が枝葉を染める。
「クルピンスキー中尉、座標……に土煙」
「孝美ちゃん、あれは直ちゃんだ!」
空から下原と孝美がブダノワの位置を知らせる。
しかし、ブダノワの機動によって敵味方の誤認が頻発した。
ブダノワが木々を抜けた時、土煙を立てながら飛んできた管野とはち合った。
「やっと見つけたぜ、勝負だ!」
「やあ、管野中尉、森にはクマさんが出るとしたものだ」
追いまわし、時に追い回されていた管野は今こそ仕留めると引き金を引いた。
「クソっ弾切れかよ」
「奇遇だね、私もだよ」
管野とブダノワは弾切れになった訓練機銃を捨てると組み合った。
ブダノワは小柄な管野の胸元を掴み投げ技を掛ける。
管野も飛ばされている最中にユニットを吹かして、そのままブダノワに推進頭突きを掛けて胸元に突っ込んだ。
それによってよろけたブダノワは木に激突する寸前で立て直し、二人の乱闘に気づいて飛び込んできたニパの
「乱闘があるからと言って、やみくもに飛び込むのは感心しないな」
結局、時間切れで第2飛行隊の敗北となり、3対1で勝った502の面々は森を抜け、集結地点へと向かう。
そこにはオレンジ色の花が咲いた121のウイッチたちが待っており、
管野とニパの姿を見た彼女たちは何が起こったかを察した。
______
基地に帰還すると模擬戦後のデブリーフィングが始まる。
久々に空戦機動をして感覚を取り戻したという者もいたが、あるウイッチは言った。
「さすがは柔道の国、扶桑だ。投げられただけでは負けないときた。なかなか面白い経験をした」
そこに審判を務めていたサーシャが現れた。
先ほどまで審判の補助に参加した121連隊のウイッチと共にアルチューフィン中佐のもとへ模擬戦終了の報告に出向いていたのだ。
「ところでニパさん、待ち伏せを回避するために木に突っ込んだと書いてありますがどうしてそんなことをしたんですか?」
「ヒッ……、体が勝手に……」
「あれは
ニパはサーシャの表情に怯えていた。ユニットこそ壊していないがおそらく正座だろうと。
「そして、管野さん、ブダノワ中尉」
「はい!なんでしょう!」
「はい」
「誰が“格闘”をしてもいいなんて言いましたか?」
「ポクルイーシキン大尉、待ってくれ、
「そ、そうだな……」
「今回は管野さんもあなたも無事に済みました。でも殴り合いや取っ組み合いをしていたらいつかは壊れます、あとどうして空戦の訓練で殴り合いをするんでしょうか?」
そう言うと最後にサーシャはクルピンスキーの前で立ち止まる。
「クルピンスキーさん、私はブリーフィングで言いましたね。“賭け事などは禁止です”と」
「ありゃ、どーしてサーシャちゃんが知ってるのかな?」
「ごめんなさい、クルピンスキーさん私がうかつに言ったから」
下原が小さ可愛い管野モフモフの失敗に思わず漏らしたのだ。
「ああっ、あの人を落とせば今頃……」
「今頃、なんですか下原さん」
こうして、クルピンスキーの提案がバレたのである。
「待ってよサーシャちゃん、これはみんなの士気を上げるために言ったんだ、ねえ孝美ちゃん」
「そうですね、クルピンスキー中尉は私たちの競争心を煽り、士気を上げてくれました」
「雁淵中尉、あなたも参加していたんですか?」
「え、ええ。特に賭けるものも無かったし、前の模擬戦はうやむやになってしまったからその……」
サーシャは額に手を当てた。
「貴方たち、全員正座!」
_____
格納庫前で正座をする6人のウイッチの姿に、訓練帰りのアーニャはロスマンに尋ねる。
「なんですか、あれ」
「聞かないで、あれは懲罰の一種だから」
ロスマンはいつもの3人に加えて下原と孝美、そしてブダノワが居る事に気づいたが、模擬戦関連だろうなとあえて触れずにスルーしようとした。
そんなふたりを目ざとく見つけた6人のうちの2人が声を掛けてくる。
「ロスマン先生、今日はどうだった?」
「やあ、ロスマン曹長、クリフチェンコ少尉。いやあ、扶桑の文化は実に興味深いな……この“正座”というものもたまには悪くない」
何かをやらかしたであろうクルピンスキーの質問にロスマンは嫌そうな顔をする。
「今、貴方に会って最悪の気分だわ」
こうして121と502の模擬戦は幕を閉じたのであった。