2017年6月20日22時34分
燃え盛る自動車の残骸に、警察と消防が到着し消火活動が始まった。
到着した警察官たちはイノシシか熊が住宅地に出没したのかと思っていたが、現場に着くと交通事故と地滑り、陥没事故が一緒に起こったようなありさまで目を疑った。
目撃者の住民たちに話を聞くと皆、一様に「謎の大きな影が山に逃げて行った」と話し、集団で幻覚を見ていたのでは無ければ地中から"怪獣"が現れたという事になる。
野生動物の誤認だというのなら、このような大穴、田んぼや斜面に残された
警察官たちは黄色いテープを持って尚樹たちの住む住宅街の山側と幹線道路方向に規制線を張っている。
当初は原付の警察官とパトカーだけだったのだが、現場の惨状に続々と応援部隊が駆けつけてきた。
「ひかりちゃん!耳出てる!」
「あっ!」
「そうだ、家に入って」
ふたりは消防車、警察車両が多数集結してくる様子を見ていたが、尚樹は野次馬に出てきた近所の住民に見られる前に慌ててひかりを家に連れ込む。
街灯も少ない暗がりでちょっとした獣耳くらいはたいして目立たないだろうが、用心するに越したことはないのだ。
居間に戻った尚樹がテレビを点けるとまだ騒ぎはニュースになっていないが、じきにニュースになるだろう。
尚樹はリモコンを持っている自分の手が震えていることに気が付いた。
「尚樹さん……」
「ああ、正直言うと怖いよ」
あの時感じた血肉が焼ける匂い、死の香りと得体のしれない相手への恐怖。
ひかりは尚樹が民間人だという事を思い出した。
ネウロイと戦うのはウイッチ、つまり軍人の仕事なのだと。
初めて空母艦上でネウロイと遭遇したとき、そして502にいた時、姉が自分を戦闘から遠ざけようとした気持ちが今になって分かった。
大事な人を、命がけの戦場で失いたくないのだ。
「尚樹さんは戦わなくていいんです。ネウロイと戦うのはウイッチの仕事なんです」
「バカ言え、女の子に戦わせて後ろに引っ込んでるなんて出来るか」
「尚樹さん、ネウロイは魔法力の篭った攻撃しか効きません。だから……」
ひかりの懇願するような目、尚樹はまっすぐ見つめ返す。
ひかりはウイッチとして戦う気でいるし、それ以前に
しかし相手は人間でなく、ネウロイという人を襲う敵性体なのだ。
__尚樹は決断した。ひかりを一人で戦わせはしないと。
この辺りに潜伏しているなら戦おうが戦うまいが、危険であることには変わりは無いし、なにより、警察と自衛隊が出動したとしてネウロイを駆除できるとは限らない。
そう、怪獣映画では自衛隊、あるいは防衛隊の装備は効かないというのが定説なのだ。
映画ではなくとも、ひかりの話における人類の連合軍がそれを物語っていた。
成人前の少女たちを前線に引っ張り出し、男たちは少女たちの後ろで露払いするしかできないのだ。
「ひかりちゃん、聞いてくれ。……俺はネウロイとは戦えない」
徒手格闘も、射撃も、戦車の操縦でさえも現役の隊員にはかなわないし、その現役の隊員であってもネウロイに勝てるかどうかすら怪しい。
しかし、今の尚樹は“整備士”であり、ストライカーユニットとウイッチに今一番近い人間なのだ。
「でも、ユニットの整備、点検くらいなら出来る」
「それって……」
「ひかりちゃんがもしあいつと戦うつもりなら、ユニットの整備が必要だろ?」
武器を手に戦うだけが華ではない、整備、補給、
「ああ、魔法関連はさっぱりだけど、ガソリンエンジンと銃器は任せてくれ」
これが、魔法を使えない
尚樹の姿にひかりはペテルブルグ基地の整備班の男たちを見た。
世界は違えども、戦うことを決めた整備野郎は似た雰囲気になるのだと。
「……わかりました、お願いします!」
「よし、やろう」
2人がネウロイと戦う決意をしたとき、ようやくテレビがニュースとして流し始めた。
『大阪・河内長野で陥没事故か・4人死亡』
レポーターが規制線のテープの前で事故があったという事を告げ、近所の住民へのインタビューを行うが、所々でカットされているようで車が燃えているという内容しか流れなかった。
「さすがに、『黒いものが山へ走って行った』なんてまだ流せないよな」
「尚樹さん、家の近くが映ってますよ!今、撮ってるんですか?」
「ちょっと前じゃないかな、ほら、編集入ってるみたいだし」
「へぇー、あ、ホントだ、変なところで切れてる!」
ひかりはさっきまでの重い雰囲気が嘘のように、液晶テレビに映るニュース番組の映像に興味を示していた。
ネウロイの企図はともかく位置も、種類または形状も何もわからないし、倒しに行く前にユニットが使えるかどうかも怪しいので“現状どうすることもできない”。
そう考えた尚樹は緊張を解く。
切り替えができない兵士はすぐに心を病んでしまい後方送りになる、あるいは社会不適合者となってしまうのである。
ひかりは最前線にいただけあって切り替えがうまいなあと思いながら、尚樹は台所でお茶を淹れる。
そして、戸棚からお茶うけに田舎まんじゅうを出すと、お盆に乗せて戻った。
「ありがとうございます!」
「いいよ、はい、田舎まんじゅう」
「やったぁ!おまんじゅうだ!」
ひかりは両手で手のひら大のまんじゅうの包みを開くと、ぱくりと食べる。
尚樹は「一気に食べると詰まるぞ」と言いながらお茶を差し出す。
ひかりはお茶を飲んで一息、糖分が先ほど放った魔法力を補ってくれたような気がした。
二人はまんじゅうを食べながらお茶を飲み、テレビを見る。
まだ、関西ローカルのニュースのようで東京の方の番組は通常通りの内容であった。
「今晩はどうしようもないな」
「そうですね」
特に興味を引く番組もやることもなく、気付けば23時40分を過ぎていた。
「今からやれることもないし、もう寝ようか」
「はい、明日からですね……あ、そうだ、走り込みは」
「明日は無理じゃないかな、ほら、立ち入り禁止テープ張ってるしさ」
「ほんとだ、それじゃあ走れませんね」
ひかりとの朝ランニングも現場検証が終わって規制線が解かれるまでは中止となった。
二人は寝ようと布団に入ったが、家のすぐそこにネウロイが居る気がしてなかなか寝付けなかった。
まるで怪談話の登場人物のように布団の中でひとり、朝が来るのをじっと待つ。
長く感じた夜が明けて、5時過ぎ。
室内着のジャージのまま家の前の道に出て、眼下に広がる住宅街の方を眺める。
明るくなったことで現場周辺の状況がよくわかるようになった。
農道や住宅街への道に警察官が立つことで現場の証拠保全や立ち入り制限が行われており、規制線周りの警察官は野次馬の侵入を警戒しつつ住人が通るたびに黄色いテープを緩めたり張ったりしている。
“陥没事故”のあった道路には消防と警察の鑑識が集まり、激突したものが何であったのかを調べているようだ。
昨夜、尚樹たちが見た炎上している車は単なる衝突では無く、ネウロイに蹴り上げられたかでひっくり返されグシャリと潰れて燃えていたのだ。
タイヤや樹脂部品、塗料も燃えて黒焦げとなった車は調べた後、シートに包まれ、警察の手配した積車に乗せられ運び出されるのだろう。
怪異の爪痕が空き地から斜面に続いており、昨晩の光景が夢でもなく現実であるという事を告げていた。
尚樹はネウロイの存在を知っている、しかし、ここに居る人間のほどんどは黒いものが何であるかも知らぬ、解らぬまま、怪事件として処理するのであろう。
警察の動向について尚樹がいろいろと考えていると、スマホが震え、社長からの電話が入った。
「はい、武内です……えっと、お休みですか?はい……失礼します」
「尚樹さん、どうしたんですか?」
「今日はこんな事もあったし
「じゃあ今日は一緒に居られますね!」
______
1945年7月15日
作戦室にペテルブルグ基地に駐屯するすべてのウィッチが集合していた。
連合軍北部方面司令部より、マンシュタイン元帥、マンネルヘイム元帥、カツコフ元帥と言った三ヵ国の司令官がやってきており、それだけでいかに重要な作戦であるかが窺い知れる。
午前10時、マンシュタイン元帥によって作戦の説明が始まった。
「いよいよ、ネウロイの巣に対する攻略作戦が実施される。参加部隊は次の通り」
最上級者であるアルチューフィン中佐を指揮官とする第121連隊と、ラル少佐が指揮を取る502JFWを基幹とした“旅団級ウィッチ部隊”が攻略作戦の主力であり主攻である。
アルチューフィン戦闘団の隷下に4個ウィッチ飛行隊、4個戦闘機飛行隊が組み込まれる。
主たる攻撃部隊を支える助攻にオラーシャ、カールスラントから機甲師団が派遣され陸戦ウィッチたちと共に地表面の制圧、並びに各種砲兵大隊による支援射撃が行われるのだ。
「アルチューフィン戦闘団の任務は“レーシー”内部に突入する502の突入路を形成することにある」
502が突入部隊に選ばれた理由は二つあった。
一つは空を飛べない中佐が戦闘団長として
もう一つは、ネウロイの巣“グリゴーリ”を
決戦兵器であった列車砲が撃破された際も、魔導徹甲弾を巣まで手搬送、投弾して撃破に至らなくとも、魔法力を充填した爆風弾の破片で突入路を作った。
魔導徹甲弾の弾芯から手袋に魔法力を移してコアを殴り、
司令部が立案した“フレイヤー作戦”は列車砲の撃破で潰えており後は敗走するだけであったのだから、いかに彼女たちの働きが素晴らしい物であったのかよくわかるというものだ。
ゆえに、今度のレーシー攻略戦は121を始めとしたウィッチと火砲を掻き集めた作戦となったのだ。
「……以上で攻略作戦の概要説明を終わる。質問は?」
「はい」
「何かね、管野中尉」
「もしも、行方不明になってるウィッチが捕まってたら救助と撃破どっちを優先すりゃ良いんだ?」
管野の質問にサーシャの顔が引きつる、しかし、ラルは平然としていた。
何故ならば、雁淵ひかりの捜索・救助は502の総意なのだ。
上級指揮官であっても文句は言わせないし、それだけの働きをしてみせるという自信があった。
「うむ、難しいことを言う。戦友を見捨てろとは言わない、だが犠牲を払って作戦失敗となると英霊に申し訳が立たない。わかるね」
「はい」
管野のぶしつけな質問にマンシュタインは気を悪くした様子もなく、諭すように言う。
「君たちなら、どちらもやり抜くと私は信じているよ。どうですかなマンネルヘイム元帥、カツコフ元帥」
「ええ、そうですな」
「同感です」
話を振られたマンネルヘイムとカツコフが頷く。
「他には……無いようなので、これにて解散」
管野の質問が終わると他に質問が出なかったのでマンシュタインは解散を宣言し、3人の将官は作戦室を去って行った。
121、502各部隊ごとのブリーフィングが終わると、隊員は作戦準備のためにそれぞれの持ち場に向かっていた。
ラル、サーシャ、ロスマンは司令官室にこもって書類と戦い始める。
下原、ジョゼ、クルピンスキー、孝美は弾薬庫から作戦で使用する銃砲弾の弾薬箱を搬出するために別行動となった。
ニパと管野は各ユニットや携行火器に関する整備班との打ち合わせのために格納庫へと向かって歩いていた。
「カンノ、元帥相手にあの質問はびっくりしたよ……」
「でも、俺がしなくてもたぶんラル隊長かロスマン先生がしてるはずだ」
「そうなら、どうしてしたのさ」
「どうしてだろうな、気づいたら言ってた」
管野は何の迷いもなく、ひかりを救出したいと言ったのだ。
ニパにはそんな管野がとても輝いているように見えた。
「やっぱり、カンノは凄いや」
「なんだそれ」
二人が格納庫に入ると、整備兵たちが右へ左へと走り回っている。
木で梱包された予備機のユニットがトラックに積み込まれ、航空ガソリンの入った赤帯のドラム缶が油脂庫から引っ張り出されユニットへの給油作業が行われていた。
同様の作業は間借りをしている121連隊の方でも行われており、121では“特別な弾頭”を積んだフリーガーハマーの搬入も行われており格納庫内はとても忙しない。
管野を見つけた髭面の整備班長が手招きしていたので、二人は整備班長のもとへと向かった。
「ユニットの事なんだけどよ」
管野が要件を言い出す前に、整備班長はわかっているとばかりに傍らの工具台の上に置いていた目録を手に取った。
「管野中尉、カタヤイネン曹長のために俺らが作っておいた目録がある」
彼から目録を受け取った二人はさっと目を通した。
そこには部品の在庫やユニットの使用状況、今どういった火器が発進台にセットされているか、7月10日現在の
「すごい、知りたかった情報がみんな載ってる」
「だろう、この冊子の半分までは皆、サーシャちゃんがくれたモンなんだ、後はわかるな」
「わかったよ、なるべく、というか戦闘以外では損耗させねえ」
「はい、なるべくサーシャさんに迷惑かけないようにします」
例えば管野の紫電改であれば、『排気タービン
どうして整備記録簿に書き記されていないのかと言うと、『全交換・用途廃止が異常に短いスパンであまりにも多すぎて書ききれない』のだ。
普通は新規調達からA・Bといった日常点検整備、そして6か月のC整備、12か月のD整備と段階を踏んでいく。
ロスマンのユニットが3回目のD整備を迎えている一方で、ブレイクウィッチーズの場合、新規調達からいきなり“後方拠点での重整備送り”になったり、あるいは修復できずに
これでは整備記録簿が何冊あっても足りないという事で、整備班長の許可のもと特別な書式で記されているほどである。
「まあ、なんだ、これから大作戦だしな、弾を貰うこともあるだろう」
前線での野外整備拠点や補給に関しての話が終わり、別れようかと思った時に整備班長はぽつりと言った。
「壊すなとは言わんから生きて帰ってきてくれ、未だ帰らぬ1番機ってのはナシだ」
だが、整備班長は2年も彼女たちと付き合っているうちに、ある境地に達したのだ。
ユニットが壊れるならまだいいが、死んでしまえば替わりは効かないのだ、生きているだけで儲けものなのだと。
それだけに、元気な「502の妹」こと雁淵ひかり軍曹の未帰還は整備班の中にも大きな衝撃が走った。
管野たちが思い悩んでいる頃に整備班もまた、寂しい思いをしていたのである。
「わかってるよ、もし、ひかりが居たら連れて帰ってきてやる」
「はい」
管野とニパの返事に整備班長は「おう」と言うと、予備機の積み込み作業へと戻って行った。
「空の護りのユニットを~、風の吹く日も雨の夜も……」
“
思わず曲の歌いだしを口ずさむ。それを隣で聞いていたニパは管野の歌に興味を持った。
「カンノ、それって?」
「扶桑の整備兵が歌ってたんだよ、なんだよ!何がおかしいんだよ」
「カンノが機嫌よく歌うのが珍しくって!」
「じゃあもう歌わねーよ!」
にこにことニパが質問したものであるから、調子よく歌いだしてしまい気恥ずかしくなった管野は赤くなって照れ隠しに言う。
彼らが居るから自分たちは気ままに大空を舞い、ネウロイと戦えるのだ。
管野は作戦が終わったなら、整備班に酒か甘味かを差し入れようと心に決めた。
“機付のこころ”の替え歌とか考えたけれど、ほぼそのままでいけるっていうね。
感想お待ちしております。