1945年7月20日
午前6時、高緯度地方の長い薄明の中、エンジンの音を轟々と響き渡らせウィッチたちは空を征く。
アルチューフィン戦闘団は121連隊の他に、129飛行隊と317飛行隊の2個連隊、6個ウィッチ飛行隊からなりこの空域だけで100名以上のウィッチが一堂に会していた。
「これだけウィッチが集まれば壮観ですね、こんなにもいたなんて」
下原は自分の前を飛ぶ45人のウィッチを見て思わず言う。
前だけでなく502の右にも、左にもウィッチが飛び、空中衝突しないように間隔をとっている。
ここで飛んでいるウィッチの他に予備戦力のウィッチもおり、この作戦自体には180人近くの航空ウィッチ、200人を超える陸戦ウィッチが投入されているのだ。
「ああ、前は上の“オモチャ”が主役だったからな」
ラルは前回の作戦の編成は参謀本部内にいた超兵器推進派によるもので、あえてウィッチ戦力を限定したという裏側を知っていた。
“他のネウロイの巣が呼応して攻撃を仕掛けてくることへの備え”という名目で、各部隊からの大規模な戦力抽出は行われず、502にもシールドを用いた列車砲の直掩という、戦闘機にはできないおまけ程度の任務が与えられたのだ。
孝美は密集して飛ぶ渡り鳥の群れのような大編隊にふと懐かしい記憶が蘇った。
「まるで、リバウのときみたいですね」
「いや、アレよりはいいだろう」
「あの時と違うのは私たちが
生き残ったウィッチを掻き集めて脱出のために飛ぶ傷ついた翼たち。
傍を飛ぶラルと下原は遠い日の負け戦を思い出し、「やめてくれ」と言った。
サーシャとジョゼは特に何を言うでもなく、編隊を維持して飛ぶ。
ペトロ・パウロ要塞から南西約450kmにある村落を前線飛行場とする際にジョゼが張り切り、廃屋と荒れた農道は工兵部隊の活躍もあり、おおよそ半日で住みよい前線飛行場へと姿を変えたのだ。
“ウラヌス作戦”と名付けられた“レーシー”攻略作戦の間、こうした前線飛行場が彼女たちの補給地点であり、百余名の少女たちの宿となるのだ。
整備部隊やユニット回収班が到着すると、サーシャが多忙のラル隊長に代わり“ボロ小屋”改め、“臨時
その夜にユーティライネンを筆頭とした酒飲み勢が酒盛りを始めたので、サーシャはその鎮圧に向かったりと大変な思いをしたのだった。
不幸にも昨夜どんちゃん騒ぎに巻き込まれてしまったサーシャと、今朝の朝食が不味い携行食料だったジョゼのテンションは低いのだ。
「鬼が出るか蛇が出るか、覚悟をしておけか……」
菅野は出撃前のラルの訓示が頭の片隅でぐるぐると回っていた。
忽然と僚機が消えるという恐怖、偵察作戦が複数回行われてなおよくわからないネウロイの攻撃手段。
こうして飛んでいる間にも一人、また一人と消えて行くような気がして怖いが、自分を奮い立たせる。
そんな様子を横で見ていたニパが声を掛ける。
「カンノ、緊張してる?」
「うるせー、そういうおめーはどうなんだよ」
「直ちゃん、いつもと様子が違うからね。ひかりちゃんの事?」
「ちげーよ!」
「ワタシも怖いよ。でも、どうしてか、アイツと戦わなきゃひかりは帰ってこない気がするんだ」
ニパもあの日、ひかりがいきなり消えたことがトラウマになって、編隊飛行中、常に僚機を見るようになった。
サーシャに「僚機に気を取られ過ぎて墜落することが無いように」と言われるようになったほどだ。
そんな2人を見ているクルピンスキーは緊張をほぐそうと、あえて道化を演じる。
「直ちゃん、ニパ君、僕が後ろから
「……わざわざ気持ち悪りぃ表現すんなよ」
「中尉、ロスマン先生が睨んでるよ」
「えっ、どこどこ?」
「ニパさん、私は偽伯爵の保護者ではないのよ?いちいち見ないわ」
管野とニパのツッコミを受け、クルピンスキーは左手を目の前でかざしてロスマンを探す。
突然ニパに話を振られたロスマンはと言うと、辛辣な回答をする。
「先生はあの子たちが気になるんだよね」
「そうね、貴方と違ってね」
黄色い識別帯を付けたフリーガーハマーを携えた第2飛行隊の前を飛んでいた。
第1飛行隊は“それ”を発射する位置まで護衛するのが任務なのだ。
新兵たちは回避と一点集中の練習を重ね、「ひとりではまだまだ頼りない」が、「僚機との連携が取れればまあ生き残れるだろう」となったところで、作戦日がやって来たのだった。
そんな502の後ろには戦闘機部隊が控えており、露払いとして突入するウィッチ達が撃ち漏らしたものを確実に潰し、前線基地および指揮所の上空を守るのだ。
地上では戦車と、ロケット砲、自動車化歩兵や陸戦ウィッチを満載したハーフトラックがオラーシャの原野を
カールスラント軍から派遣された師団は戦車師団という事もあって戦車に加え数種の“対空戦車”が随伴していた。
日ごろ高速化する斥候ネウロイに対して「当たらないクラッカー」と揶揄され、航空ウィッチを誤射するまいと射撃制限があった高射砲兵たち。
しかし、ひとたび対地目標となると高射砲の高初速、延伸弾道、速射性の面からすさまじい戦果を挙げるのだ。
この時ばかりは諸手を挙げて歓迎され、本業の対空射撃より水平射撃で近接してきた小型ネウロイを屠ることの方が多かった。
オラーシャ陸軍からは歩兵連隊の他に戦車連隊、砲兵連隊が参加しており、なかでも大規模なロケット砲兵連隊と重砲連隊が目立っている。
これはネウロイを撃破し生産力を追いつかなくして巣を空にする“飽和攻撃戦術”によるもので、空高くまで続く雲の中に居るネウロイを引きずり出すには相応の火力が必要なのだ。
前線指揮所では元帥ら幕僚陣のほかに戦闘団長の中佐、指揮所要員がおり、地形を縮小し再現した
「ウィッチ戦闘団、あと2分で先鋒が“ポスト・ヴァルキリー”を突破します」
無線で連絡を受けた航空部隊の士官がアルチューフィン中佐に告げる。
「了解」
機上無線機で、車載無線機で、ウィッチたちのインカムで中佐の声が聞こえた。
「諸君、いよいよネウロイの警戒線を突破する、交戦に備えよ」
ボードの上のウィッチ戦闘団を表す“WCT”のコマが棒で押されて、ポスト・ヴァルキリー地点を通過したとき、各方面から「敵機見ゆ」の知らせが入った。
オレンジでネウロイを示す“N”と書かれた黒いコマがボードに次々と表示されていく。
押し寄せる連合軍を捉えた“レーシー”は要撃機タイプの飛行ネウロイを数十機放ち、矢じり型ネウロイ、コブの様なものがついたネウロイを要撃機タイプの後ろに展開した。
地上では6脚や4脚のネウロイ、戦車を模倣したような重砲型、高角砲型、あとは人型がどこからともなく現れ、このまま森の中を突っ切り戦車師団を喰らわんと全速力で向かってきている。
前線を飛ぶFi156観測機から座標が届き、黒いコマが
「ロケット砲兵および重砲連隊、地点Jの302401からKの159324に射撃せよ」
「了解、ただいま展開中」
前進火力観測所、射撃指揮所から送られてきた射撃諸元に合わせて火力基地に据え付けられた重砲群、
「
砲口から火が噴くと共に砲が勢いよく後退し、多連装ロケットは紅の炎を曳いてレールより空へと駆けあがってゆく。
「砲兵より、初弾弾着まで5分」
ヒューンという気味の悪い風切り音に、ウィッチたちは遥か後方より砲弾がやって来るのを感じ取った。
「弾ちゃーく、今っ!」
ピカッという閃光と半球状に広がってゆく衝撃波が空気を歪ませ、一拍遅れて爆音が響いた。
それが太鼓を叩くようにいくつも連なり、オレンジの様な火を曳いたロケット弾が加わると土煙で地面が見えなくなった。
コア含む胴体の半分が破片で持って行かれ「キィー」と金属が軋むような断末魔を上げて消えてゆくネウロイ。
だが、その脇を何の恐怖も感慨もないかのように後続のネウロイが踏み越えてゆく。
5分間にわたる第1次攻撃で土ごと耕されたネウロイの数はおよそ1000前後であった。
「こちら“ドニエプル”見えている奴らは半数になったが依然侵攻中、第2次攻撃を要する」
“ドニエプル”の符丁を与えられたオラーシャ陸軍第129連隊 がその様子を報告すると、彼女たちは頭上を飛び越えて作戦目標であるネウロイの巣に向かってゆく。
しぶとく生き残り、ビームや実体弾の対空砲火を撃ち上げてくるネウロイの群れに突っ込むと、邪魔な奴から護身用のPPSh機関短銃で始末していく。
「おい、こんなところで落とされるなよ、502に後で笑われるのは私なんだからな」
「ブダノワ中尉が笑われるのはどうでもいいです、無駄弾を撃つな、こいつらは砲兵に任せろ」
「どうでもいいとは何だ!」
ブダノワは副官に抗議しつつ、機関短銃で2体ほど撃破する。
121連隊、129連隊、317連隊のウィッチたちが通り過ぎると、その後ろを危なげもなく、するりと502が通過する。
オラーシャの大地で敵中突破はさんざ経験したのだ。
「502が通過したぞ!突破口を拡大する。」
その様子を確認した砲兵が2回目の射撃を行うが第1次攻撃と違って砲撃は3分間だ。
長らく探知方法が謎であったが、ペテルブルグ砲撃の際に擬態している“マーカーネウロイ”がいる事が判明して以降、撃ち終わったら重砲型ネウロイからの反撃が来る前に砲兵たちは陣地を転換するのだ。
先ほどの射撃の方向から陣地方向を把握している種がいないとも限らないのが恐ろしい。
「最終弾、弾着まで2分」
「“ウラジーミル”全車、前進用意!」
「こちらは
「ウラジーミル了解、
カールスラントの機甲師団に負けじと、国産のT-34やKV-1で編成されたオラーシャの戦車連隊も突入準備をする。
「最終弾、弾着、今っ!」
「第96陸戦中隊、交戦に入る!戦車、取り付かれるなよ!」
砲撃が止むと群れの先陣を切っていた4脚、6脚の中型ネウロイはロケット砲や重砲にほぼ打ち砕かれており、速度の比較的遅い戦車型、小型あるいは人型ネウロイが木々の間から顔を出した。
一斉に泥を蹴立てて戦車が飛び出す、その横や後ろを対ネウロイ砲を構えた陸戦ウィッチが固め、自動車化された歩兵が輸送車から飛び降りてその後に続く。
運よく生き残った中型、大型ネウロイが回復しようとしているところに陸戦ウィッチと戦車が榴弾を叩きこむ。
歩兵がウィッチに
「そこの歩兵!前に出過ぎだ!光線で焼かれるぞ!」
「撃たれる前にぶっ殺す!」
その時、人型ネウロイから放たれた光線の一発が歩兵を輸送していた
それを見たある歩兵が叫んだ。
「ああっ!うちのトラックがやられた!隊長、トラックが炎上中!」
「聞いたな!トラックと第2中隊の敵を討て、全員突撃!」
撃ったカールスラント歩兵は撃ちガラとなった発射機を捨てると、背負っていたStG44小銃でどこか歪な人型のネウロイと戦う。
僚車が炎上する中、生きているハノマークは車体上部のMG銃架からMG34機関銃を乱射し、火力支援タイプのものは固定された75㎜砲を撃ちながら突進していく。
魔法力がなくとも、銃弾でハチの巣にされれば小型ならば消え失せるのだ。
「やったぜ、オラぁ!出来の悪い“泥人形”が調子に乗ってんじゃねえぞ!」
装甲化されていないオラーシャ軍のトラックや供与のM3ハーフトラックでさえ、歩兵を吐きだすと敵に肉薄し自衛火器をもって戦闘に参加した。
小型ネウロイのなかには戦車に取り付こうとする個体もいたが、4連装20㎜対空砲を搭載した対空戦車が援護にやって来た。
20㎜対空砲は重機関銃とは比べ物にならない破壊力であり、中型はもちろんのこと、隠れていた小型ネウロイは木々ごと文字通り木っ端みじんにされたのだった。
それを見た航空ウィッチは思うのだ、対人戦争でなくて良かったと。
多少の被害こそあったものの勇猛果敢な地上軍と助攻戦力によって、レーシーより250㎞地点まで前線を押し返すことに成功する。
懸案事項の一つであった近隣の巣、“アンナ”と“ヴァシリー”も攻略部隊の脇腹を攻めてくる事なく今は不気味なほど沈黙を守っていた。
「ネヴァ1より各機、下方、1時方向ネウロイ接近、攻撃隊に近づけるな!」
「了解!」
「
アーニャの声に護衛戦闘を主任務に割り当てられたウィッチ飛行隊は散開し、ネウロイの群れへと飛び込んでゆく。
先陣を切ってくるネウロイ15機に対して対処するウィッチは30人近くいる、単純に考えて2対1で対処できる。
護衛ウィッチを抜けてきたとしても、後ろには“血気盛んな”攻撃隊が待っており結局は自衛火器の拳銃やら機関短銃などで撃墜されるのだ。
121連隊の新兵7人のうち5人は敵を撃墜していた。残りの2人も撃墜には至らなかったものの命中弾を浴びせており、全く戦果なしというわけではない。
管野とニパの目の前で彼女たちはまた要撃タイプを一機撃墜する。
栗毛のショートボブが目を引く新兵の少女が狙っていたところに、お調子者の少女が急降下射撃をかけてコアを撃ち抜いたのだ。
「あっ!それは私の獲物だ!」
「残念!早い者勝ちでーす!どう?特訓の成果でてるっしょ」
「うーっ、次は私が落としてやる!」
「バカ者!調子に乗ってる場合か、次が来るぞ!」
得意げな顔で胸を張っているところにアーニャの怒声が飛んだ。
主攻部隊だけで60人近くもウィッチが居るので、向かってきた要撃タイプのネウロイは次々と誰かに落とされていき、気が緩んでいたのだ。
__優勢だからという油断と慢心は死に繋がる。
「ウィッチがこれだけも居りゃあ、あっという間だな」
「そうだね、先生の教え子もあんなにうまくなってる」
「バカヤロー、最初が酷すぎたんだよ。でもあれだけやったんだ、
「直ちゃんは『興味ない』とか言いつつもしっかり見て……」
「うるせー、ナンパに行ってたおめぇと一緒にすんな!」
「ブレイクウィッチーズ、喋っている暇があるのなら戦果を拡大しなさい!」
管野とクルピンスキーはロスマンに言われながらも2機ずつ落としていった。
矢じり型やエイのような形状のネウロイも片っ端から撃墜していくが、“コブ付きのネウロイ”はいつの間にか姿を消していた。
そのことに気付いた者もいたが、雲の中より湧いてくるネウロイの相手ですぐに忘れた。
ロスマンの特訓を受けてきた新兵たちも数機落としており、最も楽な作戦ではないかと錯覚するほどであった。
ここまでは順調であり、作戦は次の段階へと移行する。
すなわち“レーシーの破壊”だ。
発想自体はグリゴーリ攻略戦でラルがやった事の2番煎じであり、現状最も成功率が高い作戦だったのだ。
「“ヴォルガ”より“カリーニン”突入準備完了」
「了解、よし、戦闘団諸君、奴を丸裸にしてやれ」
アルチューフィン中佐の命令が下ると爆風弾ランチャーを構えたウィッチが一斉に引き金を引いた。
発射された爆風弾は白煙を曳いて積乱雲の様な雲に吸い込まれて行き、雲の中で時限装置が発動して爆発、生成されたエーテル混じりの爆発ガスが勢いよく噴き出す。
雲が散ってわずかな間、直径5mほどの小さな通路が形成され、ラルを先頭に502の隊員たちは中に飛び込んでいった。
雲の中に居たのは1辺が40メートル近くありそうな黒くて大きい正八面体の結晶だった。
戦車部隊の捜索で遭遇した“黒水晶”に似ており、半透明で太陽光をキラキラと反射させていた。
「孝美、どうだ?」
「ダメです、コアが見つかりません」孝美はただちに魔眼を発動させて結晶状のネウロイを走査するが、コアが全く見えなかった。
「コアはあの中に隠されているのかしら」
黒水晶ネウロイの事を思い出したロスマンが言う、そうであれば相手が回復するより先にいかに大きなダメージを与えるかで決まる。
「先生、とりあえず攻撃してみない?」
「そうね、まずは様子見ね。隊長、どうしますか?」
「ああ、構わん。タイミングはサーシャに任せる」
「わかりました、その前に……」
様子見程度に攻撃しようという事で、サーシャが前線司令部に連絡を取ろうとしたとき、通信が出来なくなっていることに気づいた。
「こちら502、カリーニン、応答してください。カリーニン」
何度かサーシャが呼び掛けても
これでは支援砲撃どころか、下手をすれば作戦失敗と見なされ撤退、雲の中に取り残された502は少ない燃料、弾薬をもって自力で勢力圏まで脱出することになる。
「どこも繋がりませんね、通信妨害です」
「サーシャ!上だ!」
「管野さん!」
八面体ネウロイに一瞬影が映ったような気がして管野が上を見上げると、いつの間にか居なくなったと思っていたコブ付きのネウロイが居た。
光線を放つでもなく、実体弾を撃つわけでもなくただ悠々と高高度を飛んでいた。
要撃型ネウロイとの交戦に参加してこなかったことからおそらく、通信を妨害するなどの
成層圏近くに陣取ったり、形状変化や視覚を誤魔化すステルス化、そして通信、索敵の妨害などの電子的対抗手段。
ここ数年のうちにネウロイの戦術がだんだんと対人戦争に最適化されてきているようだ。
「あれは高いね、ワタシたちのユニットじゃ届かないなぁ」
「孝美、狙撃できねえのか?」
「管野さん、あの高さじゃ当たったとしてもあまり効果がないわ」
「これはロケットブースターが必要だな。ミーナのところから」
「隊長、ヴィルケ中佐に集るのはやめてください」
「なら、ハルトマンを通じて……」
その時、突如としてネウロイの一面がキラリと虹色に光った。
戦車中隊の捜索時に遭遇したネウロイの物よりも強く、熱量さえ感じられるような光だ。
「うわっ、なんだこれっ」
監視していたクルピンスキーは思わず目をつぶった。
そのほかのメンバーも直視こそしていないものの、凄まじい光に“あっ、死んだ”と思った。
しかし虹色の怪光線は焼き払う為のものではなかったようで、光が収まるとお互いの無事を確認した。
通信も途絶し、分厚い雲の中に居る502メンバーは急に気温が下がり、霧がだんだんと立ち込め始めたことに気が付いた。
「どうやら、ここで奴を叩かないと“我々も”戻れんらしいな」
この霧と共にネウロイが沸いてくるか、あるいは姿を消すか。
ラルはこの場において一番怪しい大型ネウロイを破壊することに決めた。
「ラル少佐、でもあれにはコアが見つかりません」
「コアのないネウロイに、雲の壁か……まるで罠だ」
入って来た小穴は閉じられ、天まで続く筒の中に閉じ込められたような状況だ。
眼下に広がる雲海を抜けても降り立った地表が安全とは限らないのだ。
ネウロイが何を考えているのかわからないが、このままずっといても燃料切れか魔法力切れが待っているし、あるいは何かしらの手段をもって模倣されるという未来が待っている。
ただただ燃料を消費して墜落するのは“勇敢な魔女たち”の姿にあらず。
ならば、最後まで戦ってやろうと各々が決心した。
「とりあえず、撃ってみないことには強度も性質も分かりませんね」
サーシャは先刻実施すると決めた射撃をすることで、鉱石の結晶にも見えるネウロイの強度や回復速度、何か特異な反応などを探ろうとしている。
ラルは彼女の意図を読み取り頷く。
「よし、一斉射を行う、狙う場所は正面の上側」
「了解!」
強度が高く硬ければ銃弾は弾ける、代わりに脆く強度以上の衝撃を受ければ割れたり砕ける。
反対に柔らかいと銃弾は刺さるけれども粘り強く変形して衝撃を逃がすのだ。
装甲は硬すぎても割れるし柔らかすぎても使い物にならず、適度な硬さと
見た目が硬質の結晶体のネウロイが弾の衝撃や成形炸薬弾の衝撃で砕けてくれれば御の字であるし、柔らかければ火力を集中して削り取ることが出来る。
「撃てっ!」
ラルの号令に横隊となって一斉射撃を始めるがどうも効果が見られない。
13㎜機関銃弾ぐらいではすぐに回復し、孝美の20㎜弾でさえすぐに穴が塞がってしまう。
フリーガーハマーの高性能炸薬、ラルとクルピンスキーの小銃に取り付けられた小銃てき弾が広く、大きく穿った。
しかし機銃弾よりは緩やかだがどんどん回復が行われ、5分もすれば破孔は埋まるだろう。
弾は通すが中身に影響がないうえ回復スピードが速いという、とても嫌なタイプのネウロイだ。
万事休す、突破法が思いつかずに絶望感が徐々に皆の心の中に染み出してきていた。
風が吹き、気温もかなり下がってきているように感じ、保護魔法越しでの寒さがより一層心を締め付けた。
「くそっ!効いてねえのかよ!」
「こんなんじゃ、ダメなのかな……ひかり……」
修復が終わり、黒くキラキラと輝く八面体に菅野とニパは呆然とする。
「いやー、まいったなあ。先生、最期の時は一緒だよ」
「バカなこと言わないで」
「クルピンスキー、エディータ、辞世の句を詠むのはもう少し待て」
「詠みません!」
クルピンスキーと、ロスマン、そしてラルの横でサーシャは脱出を考えていた。
「一か八か、視界はほぼ無くネウロイのシールドも兼ねているような雲の中に飛び込んでみる……ダメですね」
後先を考えずに突っ込んで皆を危険に晒すわけにはいかないと、逡巡する。
「通信は……雑音ばかりね……」
孝美は前線司令部、レーダーサイト、アルチューフィン戦闘団内の編隊間無線とあらゆる周波数に合わせて呼びかけるがどれからも応答はなく、時折、変な音が入っているだけであった。
「そんな!何か、何かないんですかっ?」
下原は絶望に抗っていた、かつての上官である坂本美緒は言った。
『ウィッチに不可能は無い』と。
あがけば、何かしらの活路は見いだせるだろうというのがリバウで得た教訓であった。
今度のネウロイは温度変化で脆くするといった作戦が取れない。
そもそも、コアが見つからないのだ。コアがどこにあるかわからなければどうすることもできない。
下原の様子に、思わず天を仰ぐジョゼ。
その時、不思議な光景を見た。
気付けば、青黒いはずの高空に街のようなものが映り込んでいたのだ。
「定ちゃん、上を見てっ!」
「どうしたのジョゼ!あれは、街です!」
ジョゼの声に502の隊員は一斉に空を見上げた。
コブの付いたネウロイはまたもや姿を消し、雲の先に天井から“逆さにぶら下がるように”建物が見えた。
サーシャは信じがたい光景に、ネウロイが見せた幻覚を疑う。
「これって……幻覚でも見せられているんでしょうか」
「わかりません、でもとっても現実味があるような気がします」
「下原、あれはどんな街かわかるか?」
ラルに言われ遠視を使って空に映る町を見た所、たくさんの人や車が行き交っているようだった。
一瞬扶桑かと思ったが、黒く舗装された道路に大量の自動車が居るとは思えない。
欧州はいまだネウロイの脅威にさらされておりこんなに華やかではない……となると一番可能性が高いのはリベリオンだ。
「ビルと自動車がたくさん、リベリオンでしょうか?」
「リベリオンの街だとして、どこかに地名とかないのか」
「ごめんなさい、わかりません」
謝る下原に、総当たり戦法で無線をサーチしていた孝美の表情が変わった。
「これは……
「どういうことだよ」
「穴の向こうのものだと思います」
孝美は全員に送信した、そこから流れてきたのは機材が良いのか安定した出力で聞こえてくるラジオ番組だった。
『14時になりました、1315khzラジオ大阪です~』
「孝美、これは何と言っている?」
「ラジオ大阪……大阪というのは扶桑の地名です」
孝美が聞こえてきた内容をラルに伝えると、ロスマンはあることに思い至った。
「まさか、あの金属板は向こうから来たというの?」
「先生、それじゃひかりちゃんは……」
「雁淵中尉、下からネウロイが!」
足元の霧の中から飛行型のネウロイが数十機飛び出してきたことに気付いた下原が叫ぶ。
「罠にかかった俺たちをここでやろうってんのか!」
「あれを調べるのは後みたいだね!」
「気持ち悪い!こっちに来ないでよ!」
周辺を警戒していた管野、クルピンスキー、ニパが情報収集中の孝美や下原を守るように飛び出す。
レーシーが出現して以降よく見る“要撃”ネウロイではなくクラゲやタコのような丸みを帯びた頭に触手のようなものがついている形状で、ネウロイに見られる六角模様が青く脈打つように光っていた。
光線こそ撃ってこないものの取り付こうと触手を広げて飛びかかってくる。
取り付かれてはたまらないと次々とネウロイを落とす、しかし黒い八面体が虹色に光るたびに新手が雲の中より現れ、それにはじわじわと体力と弾を消費させ嬲り殺しにしようというネウロイの意図を感じざるを得ない。
全員の弾が残り少なくなり「いよいよこれまでか」と覚悟を決めた時、突如、雲が爆ぜた。
黄色い帯の入ったフリーガーハマーを2丁携えたブダノワが飛び込んできたのだ。
僚機のLa-7もDP28にパンツァーファウストを2本、3本と背負うという重武装だ。
先ほど雲の外で別れた時とは装備が異なっている。
「ずいぶん遅いじゃないか、502の諸君」
「ブダノワ中尉!」
「通信が途絶してから4時間経っていたので伝令に来てやったぞ」
サーシャの声に、一戦交えたのか煤けた顔でにこりと笑ったブダノワは言う。
「4時間?私の航空時計ではまだ15分しか経っていませんよ」
「ポクルイーシキン大尉、こっちじゃこいつが光を“曲げて”いるという事がわかった」
502戦闘航空団と交信が出来なくなって4時間が経過していた。
その時、ある将校がレーシーの方を見ていると雲の周りの空間の
まるで、水面から水の中の魚を見るように明らかに“歪んでいる”のである。
熱源も何もない空中にピンポイントで陽炎が出来るはずもなく、さらに太陽光が光の散乱で青く見える中でそこだけが夕焼けのように赤っぽく光っているのだ。
「で、どういう事なんだよ」
管野は先ほどまで見た奇妙な光景といい、ひかりが消えるまでの状況といい納得できる点が多かったので先を促す。
「管野中尉、こいつらは空間を歪めることが出来ると共に歪められた空間では“時間の流れが違うのではないか”と大騒ぎさ」
「司令部は何と言っている?」
「想定外の事態だという事で、『現時刻をもって作戦は中断、現前線を維持しつつ、第2次攻撃を待つように』だ」
「そうか、それでは一度帰るぞ」
ラルは「作戦が失敗した」という扱いでないことに安堵した、同時に次の攻勢では必ず仕留めてやるという決意を胸に、部下に撤収命令を下した。
コアの破壊どころかコアが無く、攻撃を集中させても八面体のネウロイになんら痛痒を与えることが出来なかったのは悔しい。
しかし、ひかりの生存を信じる502メンバーにとって別の場所と繋がる“超空間通路”とでもいうべきものが存在するのを確認したのは大きな戦果であったのだった。
いよいよ明らかになったレーシーの能力。
オラーシャ・劇場版のネウロイは原作でもめんどくさいというね。
次は日本側の話になります
感想等あればお待ちしております
ウラヌス作戦におけるコールサインは以下の通り
司令部=カリーニン
502JFW=502
121W=ネヴァ(1飛)・ヴォルガ(2飛)
129W=ドニエプル
317W=ドヴィナ
121は制空・爆撃任務が分かれていることも多く、飛行隊ごとで別の符丁です
アルチューフィン戦闘団の隷下にいるオラーシャ軍部隊は河川名より採られています