ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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※0時21分、内容大幅加筆


非日常

 2017年6月21日

 

 午前7時20分を過ぎ、朝の報道番組では陥没事故のニュースがずっと繰り返され、家の外からはテレビ局のヘリや八尾駐屯地のUH-1Jヘリコプターの音が響いてくる。

 いつもであれば泉佐野へ向けて走っている頃で、尚樹はテレビを見ながら連絡を待っていた。

 軽快な電子音がスマートフォンより流れ、尚樹がメールを開くと陽平から出勤日の変更が送られてきた。

 ニュースで昔住んでいた家の近くがとてもひどく壊れ、死者も出ていることを知った父から「尚樹は休みにする」と言われ、陽平は保育園に行くまでの間に急いでシフトを調整させられたのだ。

 テレビから流れるあまりの光景に家の状況や近隣の安否を確認する内容が送られてきており、尚樹は自宅・近所の家は壊れていないことと、死者は不幸にも突っ込んだ自動車の運転手と同乗者であることを書いて返信した。

 

「今日休みで代わりに来月の日曜出勤か……」

 

 尚樹は壁に吊るした勤務表とカレンダーにマーカーペンで変更内容を書き込む。

 シゲマツ自動車は週休2日制であり、尚樹は定休日の月曜日ともう1日休みがあるが今月はもう終わりである。

 尚樹はひかりと出会ったり、ふたりで温泉に行ったり今月の休みは充実していたなと思いながら7月の勤務表をしげしげと眺める。

 

 ひかりは尚樹が休みという事もあって、雨戸を開けて洗濯物を朝一番に干しに行く。

 朝に洗濯物を済ませておけば外出もできるし、勉強や昼食の用意もできると考えたのだ。

 物干し竿に洗濯物を掛け終えた時、ヘリコプターが飛んでいるのを初めて間近で見た。

 オタマジャクシに細い(はね)が生えたような形で、風切り音を立てながら家の上をぐるぐると右旋回している。

 

「尚樹さん!空を飛んでいるアレって何ですか?」

「ヘリコプターって言って、竹トンボみたいに羽を回転させて飛んでるんだよ」

「ほんとだぁ!黄色いのは()()()ですか?」

「違うよ、テレビ局のヘリだ。自衛隊のヘリは緑と茶色の迷彩掛かってるやつね」

「ええっ、テレビ局も“へりこぷたー”持ってるんですか?」

「うん、何か災害が起こるたびにしょっちゅう飛んでるよ、よくテレビで空から被災地が映ってるだろ」

 

 物珍しそうにいうひかりに尚樹はニュースとヘリの音に、いつぞやの大雨災害の後を思い出しながら言った。

 ひかりも川の氾濫のニュースを見たことがあったのでイメージが沸いた。

 

「あれって飛行機じゃなかったんだ……」

 

 ひかりは今まで新聞社の飛行機が窓から空撮映像を撮っているものだと思っていたので驚いた。

 扶桑新聞社の“神風号”や“春風号”と言った飛行機での訪欧飛行に扶桑の民間航空史は始まり、戦地においては()()()()による空撮が一般化していたので、ひかりの中で空撮と言えば飛行機かウィッチだったのだ。

 だが、現代日本においては報道ヘリの機外防振カメラが映した映像が電波に乗ってほぼリアルタイムでお茶の間にハイビジョン映像として流れるのである。

 

 テレビの画面には繰り返し繰り返し同じ空撮映像が流され、その合間に効果音と共にテロップが挿入される。

 

『ナゾ、空き地に空いた穴!』

 

 直径約8m、深さ約11mの大穴が空き、その周りに警察や消防、大阪府の職員が集まり調査をしている様子が映し出され、スタジオに呼ばれた地質学者が『地層の隙間にメタンガスが充満、午前中までの雨と振動で封をしていた岩盤がずれて漏出、何かに引火爆発したのかもしれない』と無理矢理、穴の映像にコメントする。

 

 そのころネットでは黒い影を見たという話と、“出所のわからない謎の緘口令(かんこうれい)”が敷かれているなどの話がTwitterなどのSNSや匿名掲示板で出回っており、陰謀論やオカルト的なものも含めて拡散されつつあった。

 

「アホらし」

 

 尚樹はテレビで放送されていることが真実でないことを知っているので、チャンネルを変える。

 どの局もこの“謎多き陥没事故”か与党や首相叩きのための“国有地の格安売却問題”、芸能人の“不倫問題”しか報道しておらず、尚樹はテレビを切るとひかりに声を掛けた。

 

「ひかりちゃん、今日は何する?」

「うーん、尚樹さんに任せます!」

「じゃあ、今日はユニットと機関銃の手入れでもする?」

「いいですね!そうしましょう」

 

 そう言いながら洗濯を終え、台所に入ったひかりはあることに気づいた

 

「尚樹さん、どうしましょう!」

「どうって、どうしたの?」

「お昼ごはんの冷凍食品が足りません!」

 

 尚樹はひかりの1週間の昼食用として買っており、二人で食べるとなると一食足りないのだ。

 本当は月曜日の冷凍食品3割引きの際にまとめて買おうと思っており、前倒しにして買い出しに行こうにもニュースを見た社長が休みにするほどの騒ぎとなっているし、周辺の状況からあまり外出に向いているとは言えない。

 しかし、ふたりで一食のエビピラフを分けて食べるには、いささか量が足りない。

 

「今出たら、警察やマスコミに捕まるよな」

 

 規制線を出たら昨夜の真相を知りたいマスコミの記者が、帰りには警察が住民であるかどうかの確認に一回一回止めるのだ。

 とても面倒だが出ないことには昼食にありつけないわけで、マスメディアの取材さえやり過ごせばどうとでもなるのだ。

 

「じゃあ、ふたりで分けっこしましょう!」

「ひかりちゃん、気持ちはうれしいけどこの量だし、かえって腹減りそうじゃないか?」

 

 尚樹に言われ、ひかりはエビピラフの袋を見ると確かに少なかった。

 ご飯を炊いて、かさ増しをしようにも肝心の米も底をつきつつあって、いつかは買い出しに行かないといけない。

 昨日の朝刊の折り込みチラシを見るとちょうど米が安売りになっている。

 こうして、尚樹は買い出しに行こうと決断した。

 

「めんどくさいけど、買い出しに行こうか」

「はい!」

「その前に……」

 

 ひかりと尚樹はパジェロに乗ると坂道を下り、規制線の黄色いテープを超えた。

 外環状線に繋がる生活道路に出た瞬間、マスコミがカメラの放列を向ける。

 マイクを持ったレポーターと思わしき若い男性が左折待ちの尚樹のパジェロの前に近づいてくる。

 寄って来た男を轢くわけにもいかず、尚樹が渋々運転席側のパワーウィンドを開けると、“KTV”と書いたジャケットに身を包んだテレビマンたちに囲まれてしまう。

 

「近畿テレビです!今からお出かけですか?よかったら昨晩のことについて……」

 

 近畿テレビと名乗った彼はマイクを傾けて、尚樹に問う。

 いきなりのインタビューに尚樹はイラっとし、ひかりはすこし怖くなった。

 取材自体は姉である孝美の件で受けたことがあるが、軍を通していたこともあってこうした出待ち取材は初めてなのである。

 

「昨日の晩って言ってもなんにも知らないぞ」

「またまた、いやね、黒い影を見たっていう人が何人もいましてね、変な音を聞いたりとかは?」

 

 尚樹の答えに若いレポーターは納得していないらしく、他のインタビュイーから聞いた情報で揺さぶりをかけてくる。

 こうした『書き飛ばし』という誘導尋問のような取材方法に尚樹は答えない。

 ここで「はい」や「そうですね」と言えば記者の質問が“近隣住民の声”として記事になってしまうのである。

 

「知らないな、消防のサイレンに外でると車が燃えてた。それだけだ」

「そうなんですか?車が壊れる音とか聞いていない?」

「俺は風呂に入っていたし、ひかりはその時もう寝ていた」

「へぇ、そうなんですか。ところで、そちらのお嬢さんは何かご存じでない?」

 

 尚樹の様子に、レポーターは助手席の少女に話を振る。

 この年頃の少女であれば口も軽そうだと。

 

「私も何にも知りませんよぉ」

「ホントに?どんなわずかな事でもいいから教えてくれへんかなあ?」

「寝てたので全くわかりません!朝のニュースで知りました!」

「うーん、じゃあ、この事故についてどう思う?」

「家の近くだったのでびっくりしちゃいました!」

 

 

 尚樹は、ひかりに話が振られることを予想していたので、前もって答え方を教えておいたのだ。

 “音”や“振動”と下手に部分的なことを話すとひかりの場合そこからずるずると情報を引き出される可能性が高い。

 『ひかりは朝まで寝ていたので朝のニュースで知った』という設定で行くと決めたのだ。

 逆に「そんな不思議なことがあったんですかぁ」と目をキラキラさせてレポーターの男に尋ねるひかり。

 ()()()()()()に興味を向けられたレポーターが余計なことを話しそうになるのを見て、カメラやマイクを持ったテレビマンたちがレポーターに「帰れ」という合図を送る。

 このインタビューは“使い物にならない”という事である。

 

「そうですか、すみません、ご協力ありがとうございました、それじゃ取材記録のほうお願いします」

 

 取材帳に名前を書き記すと若いレポーターは出待ちポイントへと去って行った。

 彼は報道部に入ったばかりの新人だったがゆえに、ひかりの“嘘”に気づかない。

 もしも、熟練の記者であったならば、もっとひかりにツッコミを入れてカマをかけて情報を引き出していたかもしれないのだ。

 テレビマンたちの取材を抜けると、尚樹たちは食材の買い出しと昼食に向かった。

 その道中で、ひかりは大きく息を吐いた。

 

「はあ、疲れたぁ……」

「お疲れ、帰りは捕まらないようにしよう」

「はい……」

 

 テレビマンに囲まれ精神的に疲れたひかりは思わず助手席でうつらうつらとする。

 話し相手が眠ってしまい、ひとりとなった尚樹は信号待ちをしながらふと考える。

 

 あのネウロイは“どこから来たのか”と。

 

 ひかりがこの世界にやって来たのも、度重なる不審な情報を受けての哨戒飛行で謎の雲に取り込まれてである。

 昨夜現れたネウロイがもしもひかりと同じように何かしらの手段でもってこちらに来たのであれば、どこかにひかりの世界とこちら側をつなぐ何かがあるはずである。

 オラーシャ語の放送、電波障害、これらはおそらく、電波が“何か”を通って漏れ出してきているという事であり、それさえわかってしまえば帰れるのではないかと思える。

 

「どうしたもんかなあ」

 

 尚樹の呟きに応えるように信号が青に変わり、車は一斉に走り出した。

 

 

_____

 

 

 ショッピングモールに着くと、平日の昼前という事もあって人こそ少なかったものの主婦や老人が買い物に来ており、いつも通りで何の変化もない日常風景が広がっていた。

 ひかりと尚樹は思わず家の周りに広がっている“非日常”を忘れそうになった。

 

 一階の食品コーナーに降りた尚樹は新聞の折り込みチラシにあった割引商品を探し、ひかりはその横でカートを押している。

 

「尚樹さん、何買うんですか?」

「今日は米と牛乳が安売りだし、米と牛乳、それからカップ麺かな」

「カップ麺かぁ、美味しいですよね!買っちゃいましょう!」

 

 ひかりは昼ご飯として食べたきつねうどんや豚骨ラーメンを思い出し、カップ麺に目を輝かせる。

 尚樹はひかりのテンションの上がりようにびっくりしながらも尋ねた。

 

「ひかりちゃんそんなにカップ麺が好きなの?」

「はい!お湯を注ぐだけで美味しいだしのうどんが出来るんですよ!」

「確かに、麺はともかくとしてダシは美味しいけどな」

 

 ひかりはカップ麺のコーナーに着くとカゴに1個95円のカップうどんと豚骨ラーメン、そして安売り“対象外”の焼きそばをポンポンと投入した。

 カップ麺6個が入ったカゴを見つめる尚樹にひかりはおそるおそる尋ねる。

 

「どれか返さないとダメですか?」

「いいよ、買っちゃおう」

「ありがとうございます!」

 

 尚樹はまあいいかと思い、そのまま菓子類と牛乳4パックをカゴに入れ、いつもより安いコシヒカリ10㎏(3317円+税)をカートに積むとレジに行った。

 規則正しい電子音と共にディスプレーに価格が表示され、合算が終わった。

 

「お会計は全部で5872円になります」

「マジか」

 

 思ったより金額が膨れ上がり財布に6500円しかなかった尚樹は青ざめた。

 その足で近くのATMで生活費数万円を引き出すと、今月の減りように驚く。

 二人暮らしは思ったよりもお金がかかっていたのだ。

 しかし、尚樹はひかりに物のない()()()()思いをさせたくないので堪えどころだと考える。

 

「いよいよ節約生活でもするかな……」

 

 尚樹がATMコーナーで貯金残高を見てぼやいている頃、ひかりはベンチに座って自分がどうすべきかとぼんやり考えていた。

 突如現れたネウロイに対して自分は何ができるのだろうかと。

 こちらの軍隊がネウロイと戦えるかどうかわからない以上、魔法力を使ってネウロイを撃破しうるのは自分しかいない。

 しかし、ユニットが動いたとして、それを履いて戦うというのは今の生活の終わりを意味している。

 飛び上がったところをカメラに捉えられ、無事に撃破したとしても警察に事情を聴取されるだろう。

 この楽しい尚樹との生活を続けるのであれば、ネウロイと戦ってはいけないのだ。

 

「私、どうしたらいいんだろう」

 

 ひかりは今の生活とウィッチとしての使命を天秤にかけて悩むのであった。

 

 

 

_____

 

 

 

 尚樹とひかりはファミレスで昼食を取ると、家に帰る。

 昼を過ぎてなお住宅街の入り口には黄色いテープが張られており、その周りを警察官や、朝ほどではないが取材陣が固めていた。

 尚樹が家に続く道に入るために右ウィンカーを点けると、警察官がやって来る。

 

「住民の方ですか?」

「そうですけど」

「申し訳ありませんが、確認のために住所とお名前を教えていただけませんか?」

 

 特ダネ狙いの記者が住民に()()()()()()規制線の中に入らないようにするためだろうか、警察官に住民であるかどうかを尋ねられて住所と氏名を教えることでテープを超えることが出来た。

 運転手だけで良かったのか、ひかりについては身元を尋ねられることもなかった。

 

「ううー、疲れましたぁ」

「そやね、取材といい確認といい、めちゃくちゃ疲れるなあ」

 

 家に帰り着くと、どっと精神的な疲れが出て何もやる気が起こらなくなり、とりあえず昼寝をする。

 

 午後3時過ぎ、少し寝たことで気力を回復した二人はやろうと思っていたユニットと機関銃の整備にとりかかる。

 

 居間のテーブルを端に寄せると古い整備毛布を床に敷き、その上に機関銃を置く。

 経験者であり使用者であるひかりが補助に入り、尚樹が銃を分解する。

 初めての銃であったものの、どことなく自衛隊の74式車載機関銃に似たような造りであり、分解方法はすぐに見つかった。

 

「ああ、これって上下の止め軸で銃床止めてるのか」

 

 尚樹はピンポンチとハンマーで機関部に設けられた止め軸を止まるところまで抜くとそのまま銃床部を引き抜き、動くようになった機関部をスライドさせ取り外すと毛布の上に左から並べていった。

 黒い塗色が褪せて砲金色(つつがねいろ)、いわゆるガンメタリックになった銃身に、激戦を潜り抜けて大小幾多の傷が刻まれた機関部、そして木製の銃床は交換されてまだ新しいのか木目もよく見えるサーモンピンクだ。

 

「尚樹さん、次はばねがビーン!ってなります!」

「了解、あっこれか、複座ばねが圧されてるな」

 

 ひかりも予備学校で分解結合の訓練を受けている、しかし、小柄であるため尚樹ほどスムーズに分解できないのだ。

 とくに発射の勢いを受け止める()()()()遊底(ゆうてい)を前進させて薬室を閉じる()()()()はとても強い物であり、魔法力ありきの設計もあって力の弱い女子にとっては一苦労である。

 

「ばね外すぞ」

「はい!」

 

 尚樹は注意を喚起しながらしっかり右手で()()()()を押さえながら引き抜く。

 こういったばね圧のかかった部品は注意していないとすごい勢いで吹っ飛んでいき、全員で床に這いつくばって捜索することになる。

 捜索ならまだよいが、目に当たって失明などのケガをすればたまったものではない。

 

「尚樹さんって機関銃の整備も出来るんですね!」

「戦車乗りだったしね、重機関銃や連装銃をバラしてたよ」

 

 部品単位にまで分解が終わると二人で部品を掃除する。

 油をかけて綿棒や先を曲げた歯ブラシで汚れを念入りに掻き出すと、ウエスでふき取り、手入れ油を垂らしておく。

 汚れがひどいものは灯油を張ったオイルパンに漬けて汚れを浮かせる。

 ただ、洗浄効果が高く錆び止めの油膜も取り去ってしまうので後で手入れ油を塗らなくてはならない。

 ひかりはオイルパンから引き揚げた部品をブラシでごしごしと擦る。

 何度も灯油をかけるがすぐにどす黒くなった。

 

「なかなか綺麗になりませんね……」

「まあ、発射ガスを綺麗に取り去るのって難しいし」

「そうですよね、学校の時は居残りでよく磨きましたぁ」

 

 なかなか発射ガスの黒い染みが落ちずにブラシで擦り続けていた思い出がよみがえる。

 ひかりと尚樹はため息をついた。

 射撃後の手入れは時代が変われども面倒なことには変わりないのだ。

 

「そういや、自衛隊じゃ撃った火器はその後2日は武器手入れっていう規定だったな」

 

 金曜日に小火器射撃があり、土日のあいだ外出前に小銃を磨かされたのだ。

 戦車砲であれば射撃後1週間は洗い矢を使っての砲突き、排煙器(エバキュレータ)の清掃とグリスアップをさせられる。

 

「そんなに時間ありませんよぉ」

「だろうなあ、最前線じゃ撃てればオッケーだろうし」

「管野さんは()()()()()()大丈夫なんて言われてました!」

「武器といいユニットといい管野さんどうなってるんだよ……」

 

 ひかりは尚樹から聞かされる“自衛隊”に平時の軍隊と最前線の基地の違いを実感していた。

 ブレイクウィッチーズが軍を放逐されないのはひとえに戦時下であり、失った装備でもっておつりがくるような戦果を上げているからである。

 平時の軍隊なら装備を損耗、亡失するような者には処分が下され早々に軍を去ることになるのだ。

 

「尚樹さん、綺麗になりましたよ……なにやってるんですか?」

「銃口通し棒がないから、簡易の銃口通しをやろうかなって」

 

 尚樹は私物の64式小銃用の銃口通しを持っていたはずだが、見つからなかったのでタコ糸とクリップ、ウエスで簡易の銃口通しを作る。

 銃口からクリップを付けたタコ糸を垂らして、機関部側に出てきたところにウエスを結わえ付けて銃口側に引き抜くのだ。

 64式小銃には細い糸で巻かれた銃口通し用の工具が付属しているが、使っているところを見たことは無いし、おそらく洗い矢方式の銃口通し棒が無くなることはないだろう。

 

「へえ、こんなの習いませんでした!」

「俺も初めてやったよこんなの」

 

 尚樹は“銃口通し紐”の存在なんてとうの昔に忘れていたが、思い付きでやったことが案外うまくいき、こういう方法もアリではないかと思った。

 

 清掃とさび止めの為の油引きが終わると次は銃を組み立てる。

 ひかりは“撃針を右に傾けて遊底に挿入する”などの教官から習った技を使いながら結合していく。

 

 それをそばで見ていた尚樹は64式小銃もこういう“小技”を使わないと文字通り組み上がらない銃だったなと思った。

 その後継である89式小銃にはそういう要素が無く、組み上がるように組み上がりずいぶん簡単な銃だった。

 

 8分で組み上がり、ひかりは久々に予備学校時代によくやった作動点検をする。

 35㎏近い機関銃を持ち上げるために意識を魔法力使用に向けるとリス耳と尻尾が生え、控え銃の姿勢を取った。

 左手で被筒をしっかりと握り、廃莢口から指を入れて遊底を後退させると「ガシャン」という音と共にストッパが掛かり遊底が止まった。

 

「薬室よし、作動点検!」

 

 切り替え金の位置が“安”の位置にあることを確かめると、引き金を引いても動かないことを確かめる。

 

「安全装置よし」

 

 次に切り替え金を発射位置にして引き金を引くと、ガシャンと遊底が前進してコトリと撃鉄が落ちる音がした。

 薬室に弾が入っていれば撃鉄に撃針が叩かれて弾が飛び出る。

 3回ほどカラ撃ちをして引っかかりや、異音が無ければ連発機構も正常である。

 

「異常なし、作動点検終わりっと」

「ひかりちゃん、お疲れ」

「ありがとうございます、やっぱり綺麗にすると動きがよくなりますね!」

 

 ひかりは各部に注油され、拭き上げられて黒々と光る九九式二号二型改の操作がいつもより軽いような気がした。

 魔法力を使っていることの証であるリス耳に尚樹はひかりに尋ねる。

 

「そういえばひかりちゃん、魔法の方はどう?」

「尚樹さん、なんか魔法力が戻った感じがします!」

 

 そういえば、昨晩もリス耳が出ていたっけと尚樹は思った。

 ますます、何かしらの穴があって向こう側からこちらの世界に漏れ出してきているのではないかと思う。

 もし、ネウロイが何かを通ってやって来たならば、一緒に魔法力に関するものも漏れだしてきてもおかしくない。

 尚樹はそこに賭けることにした、漏れた何かでユニットを動かせないかと。

 

「なら、ユニットを始動させることもできそう?」

「たぶん飛べると思います!」

「それなら、来週の月曜にまたエンジンテストに行こうか?」

「そうですねっ!なら、準備しなきゃ!」

「今度は温泉寄れないし、よし、代わりにどっかで食べて帰ろう!」

「うわー、楽しみだなぁ」

 

 ひかりはまるで遠足に行くことが決まったかのようにはしゃぐ。

 前回の気楽なドライブを兼ねたエンジンテストと違い、次回のテストは実戦前の最終調整に近いものがあるが、ネウロイといつ戦うのかわからない以上無駄に緊張しても仕方がない。

 尚樹もひかりの能天気ともいえるはしゃぎっぷりに合わせる。

 

「しかしまあ、ネウロイがいつ出てくるかわからんってのは落ち着かないよな」

 

 機関銃の手入れが終わると尚樹は押し入れに戻す、しかし、今度は直ちに取り出せる位置に置いてあり、ネウロイが出現したならばいつでも戦えるようになっていた。

 

 

 

 

その頃、河内長野市の廃工場の中で“それ”は蠢いていた。

2対4本の脚にクモのような胴、目も口も無く代わりに赤い結晶体で出来たパネルが散りばめられており、__生物的ではない。

脚を折りたたみ、潜伏拠点にたどり着くまでに得たものを体内で“咀嚼”し吸収する。

吸収すると言っても消化器官があるわけではなく、金属を分解して体の一部へと変化させるのだ。

山中に投棄された産業廃棄物や廃工場の金属、送電線の電力を糧とし、漆黒のその躰に走る六角の青いラインを爛々と輝かせている。

すべてはどこかに居る“上位存在”を守るために。

 




更新遅れました。

年末の忙しさに加えてブレイブ7話を見すぎていたせいか、自分がサトゥルヌス祭の時期にリアルひかりちゃん状態で風邪をひいて寝込むことになりました。
しかも23日は天皇誕生日という事もあって病院がやっていないという……

管野さんが「暖房止まってるから寝てろ」と言いましたがまさにその通りで、ストーブの燃料切れにフラフラしながら灯油を自分で入れに行くと、ぞわぞわと寒く、布団の暖かさを実感しました。
ストーブで手足を炙るより発熱した自分の体温を循環させる方が暖かく感じるとはいかに……

ご感想・ご意見のほどあれば励みになります。

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