1945年7月25日
ネウロイの巣“レーシー”攻略作戦は、明らかとなった能力によって中断となった。
主攻戦力であるオラーシャ、カールスラント両軍の諸兵科戦闘団はレーシーまで220㎞の地点を確保している。
地点の確保には4個航空ウィッチ連隊からなるアルチューフィン戦闘団、502JFWも含まれており、レーシーの警戒ラインであるポスト・ヴァルキリーを超えた場所に急遽作られた前線飛行場にて補給を行っていた。
ネウロイの巣から脱出すると、ラルたちは残燃料が無かったので前線に近い林道に降着したのだ。
すると、ネウロイの出現が弱まっていて、好機とばかりに前線を押し上げていた地上軍が到着した。
その後を追うように戦闘団本部の設営隊が到着し、工兵隊のトラクターで林道を整地し、森の中に木組みの小屋が立てられ、簡易の飛行場となった。
ただ、放棄された村落も何もなく荒れた原野なので、ウィッチたちは久々に粗末な
廃屋を利用することが多かったため、ここしばらく使っていなかった雨具で作るツェルトバーン・テントになった。
カールスラント組が支給された個人装具で雨よけのテントを作っているとき、規格の違う管野たちは、団本部から貸与された
「久々に粗末なテント暮らしか、腰が痛くなっちまう」
「カンノ、言わないでよ、スオムスじゃこれがよくあることだったんだから」
「人は易きに流れるっていうが、本当だな」
夜、管野とニパはかび臭いツェルトバーンを3枚継ぎ合わせたテントの中でぼやく。
泥の上にワラを敷き、そこに寝袋を敷いただけで寝心地は最悪だ。
オラーシャの原野の肥沃な土の匂いと倉庫で眠っていた装具の匂いが合わさり、目が冴えてしまうと寝れたものではない。
同じテントの孝美は不寝番に立ち、もう少しで帰ってくる頃だろう。
不寝番の任務は営舎における“防犯及び防火”であり、夜間に
もっとも、ウィッチの宿営地に夜這いを仕掛けようとする不届きものが現れるには少し環境が過酷過ぎ、明かりもない森の中だから忍び込むやつなんて野生動物くらいしかいない。
「いやー僕たちも長らくあの宮殿のような基地に居たからねえ」
「どうしておめーがこっちのテントに居るんだよ」
テントに入って来たキツネ……ではなくいきなり現れたクルピンスキーに菅野は一応尋ねる。
経験からこうして現れたクルピンスキーの野郎はろくなこと言わねえぞと思いながら。
「いやあ、先生の寝相が酷くてさあ、追い出されたんだ」
「中尉の事だから、変なことしたんじゃないの」
「してないよ!ただ、耳元で愛を囁いただけなのに!」
へらへらというクルピンスキーにニパはうわぁという表情をしてツッコミを入れた。
回答も案の定で、ロスマン先生とクルピンスキーの間に流れる妙な空気を察したくない管野は言う。
「俺なら殴ってる」
「だよね、で、いつまでいるの?」
「えっ、二人とも僕をここに置いてくれないの?」
「孝美が戻ってくる前に帰れよ」
「そんなー」
「狭いんだよ!くっ付いてくんな」
「カンノ暴れないでよ!テントが壊れる」
「バカお前、それは……」
「あっ」
ニパが支柱に当たり、3人は崩れてきたテントのなかで絡まってもみくちゃとなってしまった。
月明かり一つない暗闇という事もあって脱出するにできない。
「おめーどこ触ってんだよ!」
「ええっ知らないよ僕」
「カンノこそどこに足突っ込んでるんだよ」
「あいてっ、支柱が腰に!」
「直ちゃん大丈夫?」
「大丈夫じゃねえ」
不寝番のもう一つの任務が宿営地の
上番したサーシャはウィッチの宿営地内を練り歩く。
どこもしんと静まり返っており、今出歩いているのは不寝番か夜間哨戒を引き継ぐナイトウィッチくらいなものだ。
そんな中でピクニック気分か、騒がしいテントがあるので懐中電灯で照らすと崩れており、なかでもぞもぞと激しく動いていた。
「こら、あなた達、就寝時間はもう過ぎて……何してるんですか?」
「その声はサーシャか、助けてくれ!」
「サーシャさん、テントが崩れて出られないんです!」
サーシャによって引っ張り出された三人は夜中にテントを張り直すことになった。
小銃と懐中電灯、鉄帽を返納し戻って来た孝美はなんだかんだ楽しそうなブレイクウィッチーズの姿を見て、あの中にひかりが居たら楽しいのかな?などと思っていた。
すぐ隣のテントではジョゼがチョコレートの包み紙の匂いを嗅ぎながら「もう食べられないよぉ、定ちゃん」と寝言を言っており502の宿営地は何とも賑やかだった。
その頃、下原は317連隊所属のナイトウィッチと共に夜間哨戒を行っていた。
宿営地の不寝番だけでなく、補給、待機、上空警戒も部隊ごとに輪番で行われ、巣から新手が反攻に打って出てくることを警戒している。
しかしナイトウィッチはその例外で、人数が少ないことから各部隊混成であり、2時間ごとに交代しつつ、2人1組で常に飛んでいた。
「下原少尉、リトビネンコ少尉、異常はないか?」
「こちらリトビネンコ、ずいぶん静かな夜です、空地ともに異常なし」
「下原です、敵影はありません。定時連絡、終わります」
彼女たちは希少なナイトウィッチ同士顔見知りを増やすチャンスだとして出撃までの間にお茶会を開いたり空で雑談したりしてモチベーションを保ちつつ連日連夜飛び続けている。
魔導針を出して飛んでいるリトビネンコ少尉は、電波障害などの探知も行っておりネウロイから発される妨害などを捉えると直ちに戦闘態勢に入るのだ。
しかし、第1次攻撃以降パッタリとレーシーからの電波の放出が止み、沈黙を守り続けていた。
こうも静かだと、気味が悪い。
思わず数百メートル右隣を飛行する下原に話しかけた。
「下原さん、向こうがやけに静かですね」
「そうですね。でも、コアを叩いたわけではないので油断はできません」
「ネウロイって、どうやって出来ているんでしょうね……」
一度巣の中に突入したからと言って生産能力に打撃を与えたわけではないのだ。
夜間に乗じて陸戦型のネウロイが進行してくるという事も十分あり得るのである。
そのような時に警戒線に立つ一般の歩兵や戦車部隊だけでは死ぬことによって敵を感知するカナリア部隊にしかならない。
それどころか彼らの死をもってしても侵攻が阻止できないおそれがあるのだ。
ナイトウィッチたちは警戒線に近づくネウロイをいち早く発見し、全軍に警報を発するという重い任務を背負って今晩も飛んでいた。
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司令部ではもともとよく分からなかった存在であるネウロイが、光を曲げ、異空間と接続する能力を有し、時空を歪めるといった物理学的に特異な能力を見せていることから、有識者を呼び寄せた。
物理学者や工学博士、鉱物学者、哲学者、あとは作家と幅広く招聘され、集まった彼らは
例えば、“ネウロイの屈折体が結晶状であるならば、面角一定の法則に則っているかどうか確かめてほしい”といったものから、“新しく出来上がった紫外可視分光光度計を使って材質を確かめたい”というものまで様々であった。
こうした要望を対ネウロイ戦略へ組み込めると見た連合軍は直属である第502統合戦闘航空団に対し、様々な偵察命令を下したのだ。
しかし、計測機器の使い方を習得しているウィッチがいないことから、測定ミスなども多く、巣に近づき命がけで集めたデータは“根拠に乏しい”と一蹴されて、結局は有線誘導弾に光電管などで作られた計測器を取り付けた“有線誘導式光線計測器”などの特殊装備が投入され、同時に戦況の安定した西部戦線から工学系の研究者であるウィッチを集めることになった。
その中には、ジェットストライカーの研究やロケット兵器の研究を行っていた、ウルスラ・ハルトマンもおり、ネウロイの巣外部においては様々なデータを取ることに成功したのだった。
“あのネウロイは何らかの手段を用いて空間を繋ぐ通路を形成している、気温低下及び霧は通路形成時に気圧と温度が低下し生じたものである”
方法こそわからないが、ネウロイは何かで空間を屈折させて通路を作ることで援軍を呼んでいたと思われ、消失現象の霧は空間が急に広がったことによって
そして8月1日、ブリタニアより派遣された研究者含む第二次攻撃隊が編成され“ウラヌス2号”作戦が発動、再び502及びアルチューフィン戦闘団はレーシー内部に突入するのであった。
8月1日の夜明け前、管野たちはようやくこのテント暮らしから離れられると、いつもよりも早く飛び起きた。
そして日も上がらぬうちに寝具やツェルトバーンを畳み、トラックに投げ込む。
ラルとロスマンは木で組んだ臨時の“勤務隊舎”から梱包した書類の束を前線司令部あてに送る。
おそらく、軍事郵便が着くころには前線司令部は解散となり、ペトロ・パウロ要塞宛に“返送”されているだろう。
こうした引っ越し準備と並行するように、整備部隊では最後のチェックが行われている。
引っ越し準備が終わると、502、アルチューフィン戦闘団のウィッチたちは一か所に集められた。
“出陣式”と言って、作戦前の団司令による訓示と
ウィッチや本部付の偵察小隊と言った部隊までがずらりと広場に整列し、普段見る事の少ない連隊旗、戦闘団旗が登場する。
502では身長の高いクルピンスキーが旗手に選ばれ縦隊の先頭に立ち、その右隣にサーシャが立っている。
その勇壮さゆえに従軍記者がこぞって写真を撮り、戦闘団長が到着するまで至る所からフラッシュの光が閃いた。
「指揮官登壇、総員傾注!」
銀色の髪をなびかせて黒縁眼鏡をくいっと押し上げると、アルチューフィン中佐は木箱と飾り布で出来た観閲台に上がった。
進行の号令に合わせ、旗手が旗を倒して、徒手である戦闘隊長以外は捧げ銃で敬礼を行う。
「楽にしろ。おはよう諸君、昨晩はよく眠れただろうか、今日は良い戦い日和だな」
敵がどのような存在であるかわからぬまま、今日まで人類は戦わざるを得なかった。
今作戦においてようやくその能力の一部を掴むことが出来そうなのだ。
多大な犠牲の上にどのようなものか分かったとしても、その事を活かして戦う戦士がいなければ何の役にも立たないのである。
“君達への要望事項は、たとえ撃破に至らなくとも生きてネウロイの情報を持ち帰ることだ、それ以外は望まない”
アルチューフィン中佐はよく通る声で今作戦における心構えと、戦闘団長要望事項を告げると観閲台を降りていった。
その後、各部隊の連隊長による隊容検査と作戦命令下達が行われる。
最右翼である121連隊から129連隊、317連隊と続き、最後に502の番がやって来る。
連隊長とともに現れたラルが点呼を取り、服装と武器を一人一人確かめて観閲台に居る戦闘団長に敬礼と共に報告するのだ。
「第502統合戦闘航空団、総員9名異常なし、出動準備完了」
戦闘団長である中佐が答礼を返したことを確認すると、ラルは回れ右をする。
「ブレイブウィッチーズ出動、時間までに準備をしておけよ」
こうした式典行事は軍隊では必ず行うものだ。
これから始まることに対する心構えを作るためであり、指揮官が部隊を統率していることを示すためである。
出陣式が終わって30分後、ウィッチたちは空へと上がっていた。
その後ろには助攻戦力としてウィッチの他に男たちの駆る戦闘機が控え、眼下には地上軍が待ち構えている。
「いやぁ、緊張したねえ」
「ああしていると、中尉もまともそうに見えるんだけどね」
ニパは列の先頭で団旗を持つクルピンスキーの様子を思い出して言った。
「ニパ君、いつもあんなのじゃ息が詰まって仕方ないよ」
「やめとけやめとけ、こいつはそんなタマじゃねえよ」
管野は真面目腐った品行方正な軍人であるクルピンスキーを想像して気持ち悪くなった、着任から2年近く付き合っているこの
事実、出陣式終了後に従軍記者の女性を口説きに行ったクルピンスキーを見て、「やっぱりな」と納得したのだ。
「さっすが直ちゃん、僕のことよくわかってるじゃないか!」
「見ればわかんだろ!寄ってくんな暑苦しい」
「そういえば、そろそろ調査団と合流する頃だよね……、可愛い子がいたらいいなあ」
「おめーはまたそれかよ!」
調査団のウィッチ15機が編隊に合流してくるのが見え、ロスマンは調査団の中に見覚えのある金髪の小柄な影を見つけた。
FW190A-8を履き、よくわからないポットを背負っている。
「あら、あれは」
ロスマンと同時に見つけたクルピンスキーが声を掛けた。
「おーい、フラウ!僕だよ!おーい!」
先頭をきって飛んでいた
そのハルトマンはメガネをかけ、一瞬キョトンとして何かに気づいたようだった。
「初めまして、クルピンスキー中尉。姉がいつもお世話になっています」
「ああ、君がフラウの妹の……」
「ウルスラ・ハルトマン中尉です、本日はよろしくお願いします。クルピンスキー中尉」
「あなたがウルスラさんね」
「ロスマン曹長ですね、姉からよく聞いています」
「確か、あなたはジェットストライカーの試験をしているんでしょう?」
「はい、でも今回の調査においては速度差から編隊飛行に不向きなのでベルギカに置いてきました」
クルピンスキーとロスマンが金髪の小柄なウィッチと話しているのを見て他のメンバーは知り合いか?と尋ねる。
「彼女は私の教え子の妹で、今はノイエ・カールスラント技術省から出向してきているウルスラ・ハルトマン中尉です」
「ご紹介にあずかりました、ウルスラ・ハルトマン中尉です。本日は……」
ウルスラによって超空間通路の調査と、ネウロイの出現方法の調査が行われることを知った502メンバーはようやく“ひかりの捜索”が出来ると喜んだ。
だが、表向きは内部に突入しネウロイの時空を曲げる怪光線が何であるかを調べ、レーシーのコアがどこに隠されているのかを調べることである。
調査隊の装備はネウロイの表面に撃ちこんで音波でコアの位置を探る
ゆえに502の護衛が重要な役割を果たすのである。
「ドヴィナ1、ネウロイ発見!交戦に入る!」
「敵は40~50以上いるぞ!」
317連隊のウィッチたちはDP28機関銃を腰に構えて敵へと飛び込んでゆく。
引き金に触れると高揚するウィッチが、シモノフ対戦車ライフルで嬉々として次々と敵機を打ち落としていく。
「みんな!敵機の食べ放題よ、お代は司令部にツケておくわ!撃ちまくれ!」
1分間に15発撃てるセミオートマチックの銃によって撃ち出される徹甲焼夷弾は割高で日ごろあまり撃たせてもらえないが、大規模作戦という事もあって弾薬庫から数十発分持ち出せたのだ。
__撃たずにはいられようか。
そんなトリガーハッピーを見て戦闘隊長は言った。
「バカか、ある程度は無視しろ、突入路を切り開け!」
先行する護衛部隊がレーシーを取り巻く雲の中から発進してきた要撃タイプ50機以上と交戦に入った。
“間引き作戦”と称して、ネウロイの巣をつつくような小規模攻撃をしていたにもかかわらず、わらわらと出てくるネウロイに毒づきながら、殴り込み部隊である121の第2飛行隊と502、そして調査団は空戦に参加せずにそのまま突っ切る。
ラルは後ろを飛ぶ調査団と、隣を飛ぶ孝美に目線をやった。
「やはり、コアが健在だと抵抗も激しいな」
「そうですね、今度こそ見つけ出したいところですね」
「ああ、いい加減、扶桑からの問い合わせには飽き飽きしてきた」
「申し訳ありません」
「別に構わん、できれば残ってくれるとありがたいが」
ラルは冗談めかして言うが、事実、孝美も「雁淵ひかり軍曹捜索のため」という名目で転属をごり押したため、ラルや北方軍司令部に対し、疑惑のネウロイの巣の攻略状況はどうかという扶桑海軍からの問い合わせがやって来ていたのである。
そして、「雁淵孝美をどうにか帰してくれ」というような内容の電話や書簡が届いていたが、ウラヌス作戦発動に伴い、電話線がない前線飛行場に進発していたり、混乱によって“返送”されたり、と“不幸にも”情報が入らなかったのだ。
自衛火器で接近してくる矢じり型ネウロイを砕きつつも、爆風弾の射程距離に到着した。
ラルが確認を取る。
「突入地点に到着だ、総員準備はいいか?」
下原とジョゼ、ニパは接近してくるものから射撃を浴びせ撃墜していく。
管野、クルピンスキー、孝美は内部で戦うためにあまり撃たない。
「ブダノワ中尉、どうですか」
「こっちは準備できてる、いつでも命令してくれ」
ブダノワは黄帯のフリーガーハマーを両肩の上に乗せており、部下たちもすでに構えていた。
「こちら502、カリーニン、これより突入する」
「カリーニン了解、……健闘を祈る」
「それでは、全員、突っ込むぞ!」
ラルの号令にブダノワたちは引き金を引き、36発の爆風弾が時間差で雲に吸い込まれていったかと思うと、閃光が次々と走って雲が裂ける。
炸裂して空いた穴に今度は121飛行隊と502、そして調査団の全員で飛び込んでいった。