ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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修正:ニパのユニットをBf109G型からK型へ


見えざる敵

 時刻は遡り、1945年6月10日。

 

 フレイヤー作戦により“グリゴーリ”を撃破し後方補給路を確保したペテルブルグ軍集団はペテルブルグの西方と、南方に位置するネウロイの巣“アンナ”および“ヴァシリー”方向からの散発的な襲撃に対処していた。

 大地の氷も溶け、ラドガ湖、ネヴァ川、そして「泥の海」と称される泥濘が地上侵攻型に対する地形障害となり、互いに大規模な侵攻作戦は行われず膠着状態にある。

 西の戦線、ロマーニャ方面において“501”によって近々大規模奪回作戦が行われるという話が漏れ聞こえてきていた。

 第502統合戦闘航空団はというと、そんな501JFWの申請した物資を少し()()したり、あるいは人員を引き抜こうとして、501のヴィルケ中佐や他部隊との攻防戦をラル少佐が演じたりとおおむね平和だった。

 トップがその調子なので、ペテルブルグの南西方向への哨戒飛行も単調で退屈なものとなっていた。

 唯一、偵察情報で変化があったと言えば、監視哨から「謎の赤い発光体が飛び去った」というものや、よく分からない電波を傍受したであるとかそういったものが複数あった。

 誤認の可能性もあるとされつつも、同じエリアでこれだけ特異な報告があれば哨戒飛行のルートに組み込まざるを得ず、管野、ニパ、ひかりの3機編成を充てていた。

 

 その日のペテルブルグはよく晴れており、高度を取ると空とどこまでも広がるオラーシャの青々とした原野が一望できる。

 レーダーサイトに駐屯する航空気象班からの情報では、雲一つない快晴であるとのことで、哨戒飛行前のプリ・ブリーフィングでは、サーシャが「ユニットを壊さないように」といつも通りのセリフを言い、簡単な経路説明だけで終わった。

 空に舞い上がった3機は管野を先頭としたアローヘッド(楔形)陣形で、右側にひかり、左側にニパが続く。

 

「しかし、退屈だよなあ、いっそネウロイとか出ねえかな」

「カンノ、縁起でもないこと言わないでよ」

「だって、ここんところずっと同じ場所を回ってるんだぜ、なあひかり」

「そうですね、……管野さん、アレなんでしょうか?」

 

 ひかりが指さした方を見る管野。

 編隊の進行方向に対して2時の方角、同高度、濃い雲に覆われている向こうに赤い光のようなものがうっすらと見えた。

 

「おっ、噂をすれば出てきやがったか?」

「カンノ、なにかおかしいよ。今日は曇るなんて聞いてないよ」

 

 ニパは異変に対し敏感だった、なにせ、突如落雷しユニットを壊す不運な女なのである。

 優れた回復能力があったとしても多少の危機予測が出来なければエースになるどころか、生き残ることも難しいのだ。

 

「こんな時に無線がきかねえ」

「ほんとだ!」

 

 監視哨、レーダー士官、502基地、いずれとも交信できずインカムはザーやらピーやら雑音を放ち、まともに聞けたものではなかった。

 いつの間にかあたりは薄暗くなり、うっすらと霧が立ち込めているような状況だった

 霧はだんだんと濃くなり、まるで雲の中を飛んでいるような状態である。

 

「ニパさん!管野さん!雲の壁が近づいてきてます!」

 

 まるで下原とジョゼ、ひかりの3人で撃破した「吹雪ネウロイ」と遭遇した時のような状況に思わず警告する。

 積乱雲のように濃く高くそびえる雲の壁が3人の行き先を塞ぐように()()()()くる

 気付けば開けていた前方視界は全て雲に覆われ、遠くが見えるのは来た方向だけだった。

 

「あれは雲の動きじゃねえ……」

「カンノ、とにかく基地に戻ろう」

 

 不気味な雲の動きに無線も全く役に立たない今、管野は離脱しようと考えた。

 どうしてか、あの雲の中に突入したらいけないような気がしたのだ。

 

「反転!」

「はい!」

 

 3機は頭を下げて宙返り、進行方向に対して180度回頭する。

 こんな時に、ニパのユニットがカンカンとノッキングを起こし、ぐずり始めた。

 

「カンノ!ユニットが!」

 

 そう言ってる間にも、雲の壁はまるで()()()()をしているかのように近づいてくる。

 管野は、「もしもニパのユニットが本格的に不調を起こしても引っ張って脱出できるように」とニパの後ろにひかりを付けた。

 

「おう、ひかり、お前はニパの後ろにつけ!」

「わかりました!」

 

 出力を上げ、必死に雲の切れ間を目指す。

 

 雲の壁が出口を閉じようとしたギリギリで3機は雲の包囲網から逃れる。

 だんだん晴れてゆく霧の中を右からひかり、ニパ、管野と並んで飛ぶ3機。

 とりあえず雲の壁から脱出したので、ニパが飛行不能になった際両側から支えて帰投できるようにだ。

 

「管野さん、アレなんだったんでしょうかね」

「知らねえよ、でも“あれ”は俺たちを捕まえようとしていた」

「カンノ、ユニットが元に戻った」

 

 いつの間にかニパのBf109-K のエンジン音が綺麗な音に戻っていた。

 必死に全速力で飛んでいて気付かなかった。

 

「雲に追われてユニットを壊したなんて言ったら、サーシャに何されるかわからねえ」

「サーシャさんのことだから、『雲が追ってくるわけなんてありません、正座!』とか言いそうだよー、ね、ひかり」

 

 ニパはひかりが何か言ってくれるものだと思って右を見た。

 すると、先ほどまで横を飛んでいたひかりが居ない。

 

「ひかり?カンノ!ひかりが居ないよ!」

「何言ってんだ?……ひかり?どこだ!」

 

 ()()と姿を消したひかりに管野とニパはあたりを見回す、そして燃料ギリギリで502基地に帰還した2人はラル少佐に捜索のための再出撃を具申するが、却下された。

 

_____

 

 

 夕食の席は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 消耗した二人に代わりクルピンスキーとロスマン、下原がひかりの捜索飛行をしたものの、霧どころか雲ひとつ無く、墜落したであろう痕跡も見つからなかったのである。

 ニパと管野からひかりの消失までの状況を聞いたラル、ロスマン、サーシャは吹雪を引き起こしたネウロイとの関連性を疑った。

 しかし共通するのは気象に何らかの影響を与えていることと、通信障害を発生させていることだけだ。

 下原やジョゼ、ひかりが帰還できなかったのもユニットが凍結して墜落したからであり忽然と痕跡もなく消失したわけではない。

 とにかく、初日の晩はどうすることも出来ずに過ぎて行った。

 

 管野はひかりがどこかで辛い思いをしているのではないかと、悶々と考えていた。

 ニパも同じく、もうすこし、ひかりのことを気に掛けていたらなと一晩中後悔していた。

 翌朝、二人のやつれた様子にサーシャは出撃のシフトから二人を外した。

 案の定、管野とニパは司令官室のラルに詰め寄っていたが、ラルのよく通る声で一言。

 

「墜落の痕跡もなく雁淵が不時着をした様子もないなら、お前たちが今行っても仕方ない、少し待て」

 

_____

 

 司令官室に居たサーシャによって自室待機を命じられた管野は、「墜落の痕跡が無かったことでまだ生存の望みがある」と言われ、ふとある本を思い出す。

 民俗学者の 柳田某(やなぎだなにがし)が現地民から伝え聞いて著したとされる『遠野物語』には、神隠しという現象があり、忽然と人が消えるという話だ。

 その場合どうすれば神隠しにあったものが出てくるかまでは書いていなかったと思いベッドに突っ伏した。

 

 一方、ニパはひかりの死が確定していないからこそ不安と焦りで苦しい思いをしていた。

 まだ、激戦の中散った戦友のように撃墜が明らかでユニットや遺体を確認できたのであれば折り合いがつくのだろうが、忽然と破片一つ残らず姿を消したひかりはそうではない。

 

「ひかりはアウロラねーちゃんと違って、ひとりなんだよな」

 

 まだ生存の見込みがあるとはいえ、かつて連絡が取れなくなったユニット回収班と違って一人なのだ。

 6月の我が方勢力圏内とはいえ、食料もなく何日も生存できるとは思えない。

 ニパは窓の外を飛び行くジョゼと下原を見て捜索に参加できないことを歯がゆく思ったのだった。

 

 

_____

 

 

 

「502基地、こちら下原。雁淵さんが消えたあたりで、中型ネウロイ発見、交戦します!」

 

 陸上捜索班に先駆けて航空捜索を実施していたジョゼ、下原ペアがさっそく接敵した。

 高速であることや、あるいは低空を利用して南西方面からレーダー監視網をかいくぐり侵入してきたのだろうか?

 先端が細く尖り、低い位置に直角三角形の斜辺の先を切り落としたような後退翼がついているそのネウロイは時速700~850キロほどで真っすぐペテルブルグ方向へと向かう。

 接敵した下原とジョゼが中型ネウロイの機首と思われる部位を撃つと、胴体中央の赤いパネルからビームをまき散らす。

 二人はそれを躱しながら右翼、左翼、尾部と射撃してコアの位置を探る。

 もう手慣れたもので、あっという間に尾部寄りの胴体中央にあったコアを撃って砕いた。

 中型ネウロイは白い破片を撒き散らし墜ちてゆき、爆散した。

 

「定ちゃん、やったよ!」

 

 おそらく、ジョゼの銃撃がコアに命中したのだろう。

 ネウロイの消失を確認した下原が502基地へと戦果を報告する。

 

「502基地、下原です、ジョゼさんがネウロイ撃破。捜索飛行を継続します」

「了解」

 

 下原からの通信に、格納庫でアラート待機についていたロスマンが応答する。

 哨戒飛行組が撃ち漏らしたり、あるいは別方向からネウロイが襲撃してきた際に邀撃(ようげき)に上がるのだ。

 いつもであればアラート待機のウイッチは格納庫近くの部屋で待機しているのだが、今日はユニットの近くで佇んでいる。

 整備員たちも「雁淵ひかり軍曹未帰還」について知っており、ウイッチたちがピリピリとしているのを肌で感じていた。

 もしこのまま戦死認定されれば第502統合戦闘航空団初の戦死者となるのだ。

 腕っこき(エクスペルテ)ばかり集めて、どんなにユニットをぶっ壊しても帰ってくる連中だっただけに、隊員の戦死や重傷が常態化している部隊とはまた違った緊張感が基地全体を包んでいた。

 

「先生、ひかりちゃんが心配なのはわかるけれど、コーヒーでも飲んだら?」

「そうね、でも、あなたもずっとここに居るじゃない」

「僕は先生を一人、ハンガーに立たせておくなんてできないからね」

「別にいいのよクルピンスキー、あなたが居たってどうにかなるわけでもないし」

「ひどいなあ、先生」

 

 ユニットを壊しては「出撃させろ」と喚いていた管野が来ない代わりに、どこか余裕の無さそうなロスマンと、表面上は飄々としているがいつもの軽薄さとは違った雰囲気を纏ったクルピンスキーのこういったやり取りがずっと続いていたのだ。

 

 哨戒飛行が終わった2機の機影が滑走路の向こうの空に見えると、整備員たちはほっと一息つく。

 みな502に配属される前に各地の戦線を経験したとはいえ、やはり出撃機数と帰還機数が合わないのは精神的に来るものがある。

 滑走路に降り立ったジョゼと下原は、整備班にユニットを預けるとすぐ司令官室へと報告に向かう。

 

「下原ほか1名の者、入ります」

「入ってください」

 

 サーシャに促されてふたりが入室するとラルはどこかから電話を受けていて、サーシャは何かの書類を書いていた。

 下原はおそらくユニット回収班への出動命令やら、近隣部隊への協力要請だろうとあたりを付ける。

 受話器を置いたラルは早速聞きたかった事を聞く。

 

「下原、雁淵の手掛かりは?」

「雁淵軍曹の手掛かりはありませんでした、かわりに周辺地域によくわからないものが」

「なんだ」

「扶桑語が記された何かの外板です」

 




ストライカーユニットのエンジンってどう付いてるんだろう…
零式とか紫電って誉のとおり、星形エンジンなのか?
シャーリー回のP-51Dは直列エンジンぽかったな

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