2017年6月23日
奥水間のさらに奥の山中の林道で第2回ユニット運転実験が行われていた。
前回と大きく違うのはネウロイが出現し、使い切ったひかりの魔法力が戻ったことから大気中に“エーテル”と呼ばれる何かしらの魔法物質が拡散している可能性があるということだ。
今度こそ空を飛べるのではないかという事で南北に伸びる林道を“臨時滑走路”として使えるよう、尚樹たちは離着陸支援器材も持ち込んでいた。
釣り竿にオレンジ色のバスタオルを括りつけた手製の旗を滑走路として使えそうなエリアの南端に設置する。
次に、会社に持ち込まれた廃車から貰って来た4枚の三角停止表示板を北側、南側どちらからアプローチしても見えるように、背中合わせにして石に立て掛けて滑走路中央の両端に置く。
パジェロに積んであったものはルーフ上に南向きに置かれ、木々で滑走路が見えなくても探しやすいようにしている。
北側からはパジェロの後部反射板が目印となる。
こうした支援器材は尚樹が「どうすればひかりが離着陸しやすいか」と航空関係の雑誌を読んで考えたのだ。
ひかりも着陸において、森の中でどう言った目印がわかりやすいかなどの意見を出して必要なものの数を絞って行ったのだ。
最終的に停止表示板5枚と古い3.5mの釣り竿1本、バスタオル1枚となり、貰い物や家にあったものなので、新しく購入したものはなく尚樹の財布に優しかった。
離着陸支援器材を置きに行くときに、ひかりは離着陸の際に接触しそうな木の枝や空中架線が無いかを確かめる。
一方、尚樹は地面に枯れ枝や石、ゴミなどの風圧で舞い上がると危険なものがないかを調べて、藪の中に放り投げる。
保護フィールドがあるとはいえウィッチの視界を遮ったり、
こうした念入りな下準備を終えた二人は、ようやくユニットに火を入れる。
「エンジン回します!」
「エンジン始動!」
尚樹はひかりがユニットの始動操作を行い、魔導エンジンが始動したことを確認すると脱がれたスニーカーを持って安全距離へと離脱する。
エンジン回転数が2500回転/分を超えたあたりで制御が入り、アイドル回転が安定する。
魔導エンジンが調子よく回ると、次は空を飛ぶための装置に出力する。
魔法力とエンジンのダイナモで発電された電力が“魔法力フィールド発生装置”と“呪符発生装置”へと分配される。
前回はここで魔法力が枯渇してエンストしたが今回は無事にエーテル放出装置から可視化された
同時に魔法力フィールドがひかりを包むことで地上から30㎝くらいに浮揚し、空を飛ぶ準備が完了した。
フィールド・呪符展開時に2000ほどに落ちるも、エンジン回転を一定に保つガバナ装置の働きによってすぐにアイドル回転の2500まで戻る。
「よし、回ってる。……回転戻ったな。ひかりちゃん、いける?」
尚樹はそれを見て「エンジンが止まるのではないか」とひやひやしたが、回転が戻ったことで一息ついた。
「はい!……雁淵ひかり、行きます!」
ユニットを支えていた脚立を腿で後ろに倒すとスロットルを徐々に開け、ひかりは木々の間の小道より飛び立つ。
機体質量に対してのエンジン推力比が1.3から2近くあるストライカーユニットはスロットル全開で垂直離陸もできる。
しかし地上滑走をした方が燃料や魔法力の消費が少ないので通常は滑走離陸を行う。
滑走路のような離陸支援術式が無い前線における発進は何度かやったが、だだっ広いオラーシャと違って日本の狭くて濃密な森林の中を飛ぶのはとても難しく感じた。
応急滑走路として整備されていないがゆえに、下見をしているとはいえ地表の石や林道の上に伸びる広葉樹の枝葉と衝突する危険性があるのだ。
ひかりは立姿からどんどん前へと身体を倒して加速し、滑走路の中間地点を示す反射板の間を抜けるともう離陸速度に達していた。
そして、滑走路の末端を示すバスタオル旗が見えると出力を最大にして高度を上げる引き上げ動作に入った。
「森の上に出た」
木々の上に出ると前傾飛行から水平飛行へ移ると巡航速度が上がり、眼下を勢いよく梢が過ぎてゆく。
「……ここから8の字に飛んで、あそこに戻る」
右に225度旋回し林道を横切って15秒後、左に225度旋回して林道に降着するという内容で、高度は遠方より発見されにくく、レーダーに映らない高度18m以下をキープする
とはいえここは周囲を電波や音を遮る山々に囲まれ、人もあまり来ない場所であるから人目を気にせず練習できる。
日本の温暖で湿っぽい空気がひかりに纏わりつき、かつて扶桑皇国において飛行訓練をしていた時を思い出させる。
右にバンクをおおむね7度とり、左足に意識を向けると頭が右後ろへと引っ張られるような感覚を覚えた。
これは右に
スキーや自転車に乗っているとき、視線の方向に板や自転車が無意識のうちに動いていくようなものだ。
想像していたよりも膨らんで滑ってゆくのを止めようとユニットの垂直翼で左に“当て舵”をかける。
しかし、どういうことかスリップが止まるまで時間がかかり、ひかりはヨー方向、水平への舵の効き具合が良くないことに気づいた。
ひどい左への横滑りで想定コースを逸脱したために、ひかりは尚樹を見失わないうちに飛行試験を中止する。
パジェロのルーフ上の三角停止表示板が11時の方向にキラキラと輝いて見え、滑走路代わりの林道であることを示す。
本当であれば正面方向に表示板が見え、尚樹のパジェロの上を斜めに飛んで通過するはずなのだ。
そして、滑走路端のバスタオル旗が見えるという事は本来の飛行ルートのかなり
「大分流されてる、進入方向はこっちで!」
ひかりは左へと身体をひねり、林道のラインに合わせて
普通であれば空気が剥離して失速状態になるような動作をしても空気が纏わりついてくるのである。
「やっぱり、空気が重いなぁ」
空気中にあるエーテル量があまりにも少ないときに起こる現象であり、純粋な大気だけでは粘性が高すぎて、想定しているような流速や負圧などが発生せずに操作性が悪くなり、なおかつ飛行の呪符による推進力が足りないのだ。
魔法力を用いた姿勢制御、フィールドで身を包んだウィッチ特有の問題である。
舵や昇降舵の効きが悪いため、いつもよりかなり緩い突入角度でひかりは林道に突入する。
出力を絞って高度を下げると水平飛行から、頭を持ち上げ胸で空気を押すイメージで前傾飛行に移り一気に減速を掛ける。
風をはらんだ体がスピードを落とすとそこから立姿飛行に移る。
この減速迎え角を取るときに、流す魔法力をじわじわと絞っていくと「ふわり」と着地できるのだ。
ひかりはそういったお手本のような着地が苦手で、立姿飛行から降着までの魔法力制御がうまくいかずに、急激に魔法力を絞ってしまい「ドターン」とユニットを
しかし、ロスマンとの特訓によって「1か10か」の大雑把なものから、数段階に分けての制御が出来るようになったため、ひかりは“段階を落とす”と意識をする。
スキージャンプ選手のような前傾姿勢から胸を張り、ゆっくりと魔法力を絞ると徐々に立姿飛行となる。
中央の表示板を過ぎるころには立姿飛行となっており、地上から30㎝ほどの高さを維持して移動する。
そして尚樹の前で止まると5段階中の2くらいに絞り、それに伴いエンジン回転数が1000から750くらいの間に下がるとユニットの先端が優しく接地した。
尚樹が発進台替わりの脚立をユニットに添えるのを確認して、ひかりはユニットを止めた。
接続が解除されてユニットから足を引き抜いたひかりは脚立の上に降り、尚樹が持ってきたスニーカーを履く。
「おつかれさん」
「ありがとうございます!ようかんだ!」
「訓練後はやっぱり甘いのが一番よ」
尚樹はペットボトルの緑茶とコンビニなどで売っているような小さな一口ようかんをひかりに差し出す。
ひかりは喜んでようかんをたべると、一息つく。
甘味が体中に染みわたり、いつも以上にごっそりと減った魔法力を補ってくれるような気がした。
飛行後の甘味はなんて贅沢なんだろうと思う、物のないペテルブルグではこうはいかない。
尚樹は小さな幸せを発見したかのようなひかりに、新隊員時代に駐屯地内の売店で一口羊羹を買い占めたことを思い出して笑った。
癒しの甘味タイムが終わると、飛行しての感想を尋ねた。
「ひかりちゃん。久々に飛んでみてどうだった?」
「あっちに比べて空気が重たくて、操縦が難しいです!」
「空気が重いっていうのは?」
「エーテルが少ないから舵があんまり効かなくて、空気がべたっと纏わりつくんです」
「うーん、逆にエーテルがあるとどうなるの?」
「たしか、座学だったらフィールドと空気の乱流?摩擦?を減らす働きがあるっていってました!」
「要はスムーズに空気が流れないから操作が重くなるんだね」
「たぶん……そうだと思います!」
どうしてエーテルが少ないと操縦性が悪くなるのか、ひかりも多くのウィッチ同様よくわかっていない。
ウィッチは感覚、あるいは経験則でこれらに抗する方法を掴むため、皆が皆、航空力学の座学や流体力学が得意というわけではないのだ。
戦闘機や航空機の本を読んでいた尚樹も門外漢であって流体力学や航空工学はわからない。
せいぜい車のエアロパーツやボデー形状が燃費や高速度における操舵性に影響するというくらいなものだ。
「やっぱり、飛行試験はエンジニアがいないとダメやな、全くわからん」
「そうですね。でも、尚樹さんのお陰でチドリは調子よさそうでした!」
「オイルとガソリンが良いからね、さすがに環境ばっかりはどうにもならんわ」
「うーん困りましたね」
空を飛ぶことは出来たが操作が重いうえに動きも緩慢であり、これでは戦いにはならない。
こんな状態でネウロイに挑んでも撃ち落とされるか、あるいは墜落するかが関の山である。
「銃に魔法力込めればいいなら、もういっそのことユニットを履かずに機関銃で戦ったらええんちゃう?」
「あっ!ユニットが無くても魔法って使えるんだ!」
ユニットで飛ぼうとするから難しいわけで、ネウロイに魔法力を帯びた攻撃を与えるだけなら機関銃があればいいのだ。
ならば、無理に飛ばなくてもいいじゃないかという思い付きで尚樹は言ってみた。
ひかりは魔法力を使うならユニットを履かなくてはいけないという先入観に囚われていたのでその発想は無かったと驚く。
「速度が足りないなら軽トラの荷台に機関銃据えてみるとか」
「それ、昨日テレビで見ました!トラックからバババーッて撃つんですよね」
「まあそんな感じやな」
ひかりは国際情勢の番組で見た原理主義過激派の民兵たちの“テクニカル”を思い出した。
自動車と火器があれば誰でも作れ、防御力と路外機動力こそないものの歩兵の火力支援をするにはうってつけだ。
なお、ウィッチの一部はユニットを履かずにジープなどの偵察車に乗って陸上型ネウロイと戦うというケースがあったりするがひかりは知らない。
「じゃあ、尚樹さんが運転して、私が撃てば大丈夫ですね!」
「いいアイディアだけど、その前に社長から代車の軽トラ借りないとあかんな」
ユニットを使わない“ネウロイ駆逐車”をどうするか話しながら二人は滑走路の端まで行き、停止表示板やバスタオル旗を回収して車に積み込んでいった。
____
ストライカーユニットが冷えるまでは危なくて車に積めないので、その間は車中で休憩になる。
山中という事もあってAMラジオをかけてシートを倒し、持ってきたクーラーボックスの中のジュースを飲む。
ひかりも、尚樹に倣ってシートを倒してみる。
フロントガラス越しに見える空はとても広くて吸い込まれるように青く、さっきまで飛んでいた空とは違って見えた。
「尚樹さん、もし、ネウロイが出たらその時は……」
『シバムラ産業が午前11時を……ザッ、知らせしま……ザーッ!』
ひかりが何かを言おうとしたとき、ラジオに突如ノイズが走る。
戦場経験者の危機感のようなものが“それ”の接近を知らせる。
「何だ、電波妨害か?」
「尚樹さん!空にネウロイが!」
「えっ!」
ひかりは吸い込まれるような空の一点に黒いけし粒、否、敵を見つけたのだ。
「武器も無いし、ここから飛んではきつい。ユニットを積んで帰るぞ!」
「……はい!」
二人は慌てて車から降り、脚立に立て掛けられているチドリをパジェロに積む。
排気管と外板はとうに冷えており、これなら火傷や火災の心配もない。
「これで全部だな!」
「そうです!」
ひかりと尚樹は車に飛び乗ると、林道を走り抜け奥水間の峠道を下る。
信号待ちがもどかしい、しかし、赤色回転灯を備えた緊急車両でもなければ超法規的特務機関のメンバーでもない。
信号を無視したところで側面から来た車と衝突するか警察に捕まるかである。
「こんなことなら、自衛用として機関銃持ってくるんだった!」
「尚樹さん、青です!」
尚樹は信号を右折し外環状線に乗ったが、貝塚市から河内長野市まで40分、最低でも25分以上はかかる。
信号待ちであったりネズミ捕りであったり、2つの長い車線減少エリアがあるのだ。
広範囲に聞こえるが元々混信に弱い中波のAMラジオはもう聞けた状態ではなく、聞こえる範囲が狭いが高音質な超短波のFMでさえもノイズが入る。
尚樹が窓を開けると、先ほどまでけし粒のようだったネウロイがぐっと高度を下げたのか、まるで羽虫のような大きさに映り、和泉の山々の方で旋回しているのが見える。
FMラジオも急に特別放送に変わったようで、今までにない強い電波障害が発生し空に正体不明の飛行物体が現れたことを告げる。
「おいおい、マジかよ!」
尚樹たちの前を走る自動車が空飛ぶネウロイに気を取られていたのか、勢いよく歩道に乗り上げる。
とても大きな音を立てて底を擦り車体は大きく傾いて止まり、デファレンシャルの働きもあって負荷のない左側後輪が勢いよく宙を掻いていた。
目の前での単独事故に救護に行ってやりたいのはやまやまだが、これから起こるであろうことを考えると止まっている暇はない。
運転席に座ったまま突然の衝撃に呆然としている中年男性に心の中で詫びると、尚樹は傍を通り抜けた。
和泉市に入ると工業地帯である“テクノステージ南”から“大野町”にかけて2車線区間となる。
小山を切り開いたここは上がったり下がったりと起伏もあることから、前に重量物を乗せた大型トレーラーなどが居ると交通停滞を引き起こす。
幸いにも平日の昼前という事もあって、車も少なくまあまあの速度で通り抜けることができた。
大野町を抜けて道の駅の前の長い下り坂を抜けた時、車に対して2時の方向にネウロイはいた。
……旋回していて何かを見つけたのか、悠々と北に向かって飛んでいる。
ひかりは街に光線が放たれていないことに気づく、今までのネウロイなら無差別に光線を放ち、幾多の街を焦土へと変えている。
だからと言ってこのネウロイが安全なわけではない。
「尚樹さん!飛行機が!」
「まずい!」
関西国際空港に向かって飛行していた旅客機がネウロイに近づいたその時、赤く見える光線が放たれた。
主翼付近から両断され、ボーイング777機は機首側と航空燃料に引火したのか火のついた尾翼側に分かれて山へと墜ちていった。
あれでは誰も助かるまい。尚樹は恐怖よりも怒りが勝った。
「くそっ!」
「飛行機がやられちゃった……」
道路に出てきて物珍しそうにネウロイを見ていた人々はこの時、空に浮かんでいるのは風変わりな飛行船でもドローンでもなく、人類に敵対的な存在だと知ったのだった。
尚樹が2つ目の二車線区間である
ラジオからはJアラートが流れ、遅れて尚樹のスマートフォンに特異な電子音と共にエリアメールが届く。
『航空攻撃情報 和泉市・河内長野市・富田林市に航空攻撃が想定されます、住民の方は屋内に避難してください』
尚樹はひかりに鳴りっぱなしのスマートフォンを預けると、アクセルを踏み込んだ。
荷物を満載したパジェロが吼え、対面通行の上り坂を時速90~100㎞程で駆ける。
制限時速は40㎞であるので50㎞~60㎞オーバー、一発で免許停止の上裁判、あるいは逮捕だがそんなことも言ってられない。
第3トンネル、第2トンネル、第1トンネルと3つのトンネルを抜けて河内長野市側に出た時、田畑の向こうに見える山肌に炎が見え消防車やパトカーが走ってゆくのが見える。
ネウロイは旅客機を落として金剛山の方に向かっているようだ。
この頃になると姿が小さくともはっきり見えるようになり、エイのような形状で長い尾のようなものを左右に振りながら飛んでいた。
ようやく石川県の小松基地と支援にやって来た宮崎県
自衛用のサイドワインダーを撃ってみるものの、バルカンより大きな破孔が出来るだけで結局穴が塞がってしまう。
これにはやって来た空自機のパイロットたちも驚いた、自己修復機能のある敵機なぞどう戦えばいいのかと。
尚樹は空自のF-15戦闘機16機が射撃しているのを見ながら、自宅に続く道を走る。
ようやく規制線が一部解かれて、通れるようになった住宅地の中を抜けて家の前に辿り着く。
大穴の周りに居た警察官や調査していた作業員たちは忽然と姿を消している。おそらく避難指示があり退避したのだろう。
尚樹とひかりは車から、ストライカーユニットを下ろした。
「尚樹さん」
「なに?」
真剣な表情のひかりに、尚樹はとうとうこの時が来たと思った。
真面目で責任感が強く、ウィッチであることに誇りを持っている彼女がどうしたいかなんて最後まで聞かなくてもわかる。
「私を飛ばせてください!私は……ウィッチです!」
思った通りだ。尚樹は最後に問う。
戦いとは無縁の、平和な二人暮らしの生活を続けるなら、ここが引き返せない一線なのだと。
「ああ。だけど、飛んだらここで暮らすことは出来なくなる。それでも?」
「……はい、ここはネウロイも居なくて平和だった、だから私は守りたいんです!」
ひかりの決意に、尚樹は“ひかりを引き留めて二人で楽しい生活を続けていきたい”という本心を言い出せなくなる。
彼女はどこまでも透き通った
“ことに臨めば危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、国民の負託に応える”
自分もかつては自衛官として“服務の宣誓”をしたのだ、ひかりは現職の軍人なのだから自分が送り出してやらねばどうする。
尚樹はそう自分に言い聞かせると、口を開いた。
__口の中はカラカラに乾いていた。
「そうか、それなら、準備をしよう。」
「はいっ!」
「ひかりちゃんは銃を!俺は給油する」
「わかりました!」
ひかりの返事と共に、尚樹はひかりに鍵を渡して銃を取って来させる。
車から降ろしたチドリの燃料キャップを開くと、2つの携行缶に入れていたハイオクガソリン40リットルを注ぐ。
片足20リットル、両足で40リットルを使い、給油が終わるなりすぐに発進できるよう道路上に転がす。
ひかりは機関銃を取るために尚樹の部屋に入った時、あることに気づいた。
……自分は哨戒飛行中、インカムを着けていたはずだと。
実弾入りの弾倉が挿入された13㎜機関銃を持ってひかりは外に出た。
「尚樹さん!耳に星のマークの入った通信機つけてたんですけど、知りませんかぁ?」
「ええっ!回収してないから……庭に落ちてないか?」
通信機が無ければ空自機に誤射される危険性もあるので、慌ててひかりと尚樹は庭を探す。
家の基礎や、ひかりが激突して折れた柿の木の周りを探すも、見つからない。
そうこうしているうちにも空自の戦闘機が1機、また1機と撃墜されていく。
射出座席が作動して脱出しているものもあるが、射出もされぬまま堺市方向の市街地へ火の玉になって墜ちていく機体もあった。
河内長野市の建物も広い範囲で破片や撃墜機による被害が出ていた、おそらく戦後最大の被害である。
向きを変えたネウロイはだんだんと尚樹たちの居る住宅街方向へと向かってくる。……まるで穴から出た何かを探すかのように。
「どこだ、どこに落ちてるんだ」
「早くしなきゃ!」
「ここに無いってことは塀のあたりか?」
二人は焦りながら、下を見て探す。
その時、塀の向こう側の藪の中からかすかに音がした。
『野……番……する……!』
尚樹たちは急いで探すと、青地に黄色い星マークが施された丸い小さなイヤホンのようなものが転がっていた。
「これです!」
「このワイヤレスイヤホンみたいなやつか!」
「ウィッチの魔法力に反応して通話を助けてくれます!」
尚樹は戦時中にワイヤレスイヤホンみたいなのがあったのかと驚くが、ストライカーユニットやウィッチがいる以上、魔法関連技術は現代技術並みに進んでいるのだろうなと判断した。
「さっきはなんて言ってたんだろうな」
「わかりません、呼びかけてみます!」
ひかりはインカムに指を当て送話モードにする。
「聞こえますか、こちらは、雁淵ひかりです。聞こえていたら応答してください!」
インカムからは雑音が流れてくるが、時折、複数人の声が聞こえる。
「そうだ、ネウロイは!」
インカムに気を取られ忘れていたが、見上げるとすぐそこまでネウロイがやって来ていた。
初めて間近で見るネウロイはとても大きく、空を埋め尽くすような錯覚に囚われた。
黒々とした胴体に散りばめられた赤いパネルが光ろうとしたその時、それはやって来た。
「うおおおおおおおお!」
エイのような形状のネウロイに穴が開き、その中を通り過ぎてゆく影。
大穴を開けられたネウロイはまるで粉雪のように空いっぱいに白い破片を舞い散らせながら消えていった。
「なんだあれ」
「ネウロイが撃墜された、誰が?」
呆然とする二人の家の裏で、ズドンという音がした。
「あ、落ちた」
「落ちちゃいました……管野さん!」
「ええええええ!」
次回はペテルブルグと大阪上空戦について
ご意見、ご感想お待ちしております。