「菅野帰還せず」との順番入れ替え。
「ここら辺か?」
「うーん、そんなに遠くではないと思います!」
日が落ちて至る所で赤々と輝く赤色散光灯を背に受けながら、一組の男女が森の中をゆく。
ネウロイが撃墜されて屋内退避命令が解除された今、警察も消防も河内長野近辺の地上被害に駆り出されており、地上に落ちた魔女の捜索をする余裕などない。
尚樹とひかりはそれを好機だと捉え、警察より早く管野を確保せんと森に入って捜索していた。
「管野さーん!どこですかぁ」
空を見上げれば市街の明かりが空に映り、山だというのに白みがかった灰色で星も見えない。
夜空の明るさに黒々とした木々が映え、一層森の暗さを引き立たせている。
足元の腐葉土には獣の足跡と糞が点々と残り、人が踏み入れた痕跡はない。
山狩りが始まっていたなら警察の
「何かいますよ!」
「ひかりちゃん」
そんなとき、藪の中から葉が擦れる音が聞こえ身構えた。
大人数でガヤガヤとやる山狩りと違ってわずか二人だ。
猿はともかく熊や猪、鹿と言った大型動物と遭遇すればひとたまりもない。
熊は爪と大きな体躯こそ武器であり、猪は重量に加えて牙は鋭く突進された際に股下の動脈を切り裂かれ失血死するおそれがある。
オスの鹿の角もとても鋭く突き刺されれば酷く
これらの野生動物は日本国中におり、演習場などの山林で歩哨を襲撃することもあった。
爆音で戦車が動いているときは寄ってこないが、休憩間や野営中、潜伏中はその限りでない。
置いていた銃を倒されたり携行食料を荒らされたりはまだ良いほうで、演習場近隣の住居に侵入し独居老人を襲撃したなどと言う話を聞く。
もし危険な動物であれば出会い頭に一発やって怯ませようと、尚樹はひかりの前に出てLEDの懐中電灯を半身の姿勢で構える。
単2乾電池を3本入れて重量もあり、強度に優れた航空機用の
徒手格闘訓練でやった通りに相手の鼻先に銃剣や警棒を突き出し、あるいは振り下ろして制止するイメージをする。
息を飲んで藪を見つめると、小型犬ほどのサイズのこげ茶色の体毛の生き物が2匹現れた。
その生き物は金色に輝く瞳で身構えている尚樹とひかりを一瞥すると、悠々と何事もなかったかのように反対側の藪へと去って行った。
「狸ですね!かわいいなぁ!」
「……なんだ、狸か。ひかりちゃん早いね」
尚樹は顔の白い模様に黒い手足の動物、短い尾は茶色単色って何だろうと一瞬考えたのだ。
タヌキ、アナグマ、アライグマの見分け方があるのだが、動物にあんまり興味が無かった尚樹はわからなかった。
余談であるが河内長野市には外来種であるアライグマが出没し、6月から7月にかけて農作物の食害が増え、府における捕獲量も最も多い期間である。
「よく山の中で遊んでたし、リスや狸は友達だったんです!」
ひかりは野山で遊んでいたので、それが狸であるかアナグマであるかはパッと見てすぐに分かる。
そうした山の動物たちとの触れ合いが、ひかりの魔法力発現に影響することになったのだ。
「へぇー、ひかりちゃんって野山で遊ぶ風景が似合うなあ」
「どういう意味ですか!もう!おかーさんみたい!」
ひかりは少し膨れて見せた。
母、竹子からよく「孝美は街に行っておしゃれするけど、ひかりはいつも泥だらけだねえ」と言われていたのだ。
山で遊んでいる時に転んだりしてよく汚していたし、姉に追いつこうと海面を魔法力で渡る“海渡り”を始めてからはよく海水でずぶ濡れになっていたからあながち間違いではない。
でも、ひかりとしてはお姉ちゃんみたいに「おしゃれが似合う」と言われた方が嬉しい。
「ごめんごめん、でも、ひかりちゃんはかわいいから、絵になると思うよ」
「ホントですかぁ?」
「朝のテレビでもやってただろ、……その、森ガールみたいな」
「かわいいけど、あんなので森に入ったらすぐボロボロになっちゃいますよぉ!」
むくれた様子のひかりに尚樹は、慌ててファッションについてあんまり知らないけれどフォローを入れる。
ひかりは朝の番組で見た“懐かしファッション”を思い出して、「森ガール」という言葉にツッコミを入れた。
“森にいそう”を追及するとスオムスのウィッチたちがひかりの脳裏をよぎる。
ニパさんはよく木に引っかかってボロボロになっていたし、狩猟もできる。
いつぞの回収で出会ったユーティライネン大尉なら冬の森の中からシャベル一本で生きて帰ってきそうだ。
「せやな、あれは町専用やな。でも、ひかりちゃんは柔らかい感じの服も似合うよ」
「もーっ、うまいこと言って!店員さんも言ってました!」
「ああ、だからあの服になったんだね」
ひかりの機嫌が戻り、白いシャツと抹茶色のフレアスカートを組み合わせたゆるふわ系コーディネートに行きついた理由について話しながら歩く。
尚樹はもうちょっとお金が溜まったら、ひかりによそ行き用の服をもう一枚買ってあげてもいいかなと思った。
気づけば裏山の中腹にやって来ていた。
「管野さーん!どこにいるんですかぁ!」
ひかりの呼ぶ声に、藪の中からガサゴソと音がした。
尚樹は狸やアライグマかなと思いつつも、一応構える。
ドスンとある程度の重量感のある土の音がし、藪から転がって来たのは岩だった。
岩の方に気を取られて藪に懐中電灯を向けている時、視界外から先の尖った枝を持った少女が飛び出してきた。
枝の切っ先は尚樹の喉笛に合わされており、おそらく致命傷になるだろう。
「誰だテメエ」
飛行服に身を包み、上空での寒気に備えてマフラーを巻いている小柄な少女に尚樹は不意を突かれたこともあって圧倒される。
枝を使った刺突が先か、それをいなして懐中電灯で殴るほうが先かと緊張が走る。
「管野さん!だめですよ!」
「ひかり!そいつ知り合いか?」
ひかりの制止の声に少女、管野直枝は枝を下ろした。
尚樹も構えを解き、懐中電灯で足元を照らす。
「はい!尚樹さんは今お世話になってる人なんです!」
「そうなのか?」
「あっ、初めまして。自動車整備士やってる武内尚樹って言います、ひかりちゃん……雁淵さんとは一緒に生活していまして」
「俺は管野直枝、扶桑海軍で中尉をやってる」
尚樹の自己紹介に、名前と階級まで名乗ったが一つ気になることがあった。
「てめえ、ひかりに変なことしてねえだろうな、してたらぶっ飛ばす」
「してませんよ!」
管野の視線にたじろぎ、すぐ否定する尚樹。
「変な事なんてされてません!尚樹さんは優しくしてくれて、温泉とかいろんなところに連れて行ってくれたんですよ!」
ひかりのフォローに納得しそうになって、
管野は純真なひかりが悪い男に丸め込まれているイメージが沸いた。
男が若い娘を温泉に連れていくときは、「温泉旅館でしっぽりと」と相場が決まっているのだ。
クルピンスキーのジョークですら真に受けるような彼女の事であるから、きっといろんなことをさせられ、そのたびに上手くごまかされていたに違いない。
「温泉?……温泉に連れ込むヤローなんて下心しかないだろ!」
この発言に拳をぎゅっと握り込んで怒ったのはひかりだった。
「もう!これ以上言うと管野さんでも怒りますよ!」
目に怒ってますという炎を滾らせ、管野を見つめる。
頑固者で、姉の孝美に似て怒ると異様に迫力のあるひかりには管野もたじろぐ。
地面を照らす懐中電灯の反射光だけでは薄暗くて、表情が読みにくいというのも怖さに拍車をかけていた。
「うっ、悪い、謝るよひかり……」
「謝るのは尚樹さんにですよ!」
「はい!すみませんでしたぁ!」
「お、おう、社会通念上誤解させるようなことした俺が悪いんだしな……」
まるでぶち切れたサーシャに相対したときのように管野は謝り、尚樹も受け入れる。
その様子を見たひかりから迫力は消え、またいつもの純真でふわふわとした雰囲気に戻った。
尚樹もひかりが本気で怒っている所を初めて見て、すこしビビっていた。
「じゃあ、尚樹さん、管野さん帰りましょう!」
「帰るってどこにだよ!」
「帰るって、尚樹さんの家ですよ?」
「ひかりちゃん、その前にユニット置きっぱなしは不味くないか?」
「あっ!そうですね!」
これにて一件落着と帰ろうとしたひかりに、尚樹はユニットの存在を思い出した。
管野は軍隊かあるいは治安組織に所属する人間が既にひかりの身柄を抑えていて、「救援に来たウィッチを捕獲あるいはユニットを接収するために、彼女を使って
空戦の結果から航空ウィッチとユニットがネウロイに対抗できる
それに異世界に来て早々捕虜、または犯罪者として留置場送りなんていうのは勘弁したい。
「管野さん、ひかりちゃんのユニットも家でこっそり整備中だし、悪いようにはしないよ」
「尚樹さんはエンジンの調子を良くしてくれるんですよ!」
ひかりの様子を見ると、とても懐いており妹と兄のような関係に見えなくもない。
「わかった、あんたを信じる。俺のユニットは……向こうだ」
管野に先導され、尚樹とひかりは藪をかき分けて墜落地点へと向かった。
天を覆う枝葉の隙間から上手いこと突入したようで、木の根元に綺麗なユニットが転がっていた。
「よし、見た所、外板はきれいだな。これなら点検だけでいけそうか」
「あたりめーだ、森の中に着陸できねーなんて扶桑のウィッチじゃ笑い者だ!」
運び出すにあたって損傷状態をチェックする尚樹に管野は得意げに言う。
だが、尚樹はひかりからブレイクウィッチーズの逸話をさんざん聞かされていたため、ひかりに話を振る。
「えっ?ひかりちゃん、本当?」
「そんな話、初めて聞きました!」
「ひかりテメエ!あとお前も笑うな!」
管野は無邪気に言うひかりと、おそらく自分たちの事をひかりから聞いたうえで話を振った男に対して怒る。
だが、逆に「ホントにぃ?」と生暖かい目で見られ管野はばつが悪くなった。
「わかった、わかったからさっさと持ち帰ろうぜ、な!」
尚樹としてもこれ以上管野を弄っても仕方がないので、森の中に隠したパジェロまでどう運ぼうか分担を決める。
「右足は管野さん、左は俺が持つ、で、ひかりちゃんは懐中電灯を持ってくれるかな?」
「わかった、俺のユニットを落とすんじゃねえぞ」
「わかりました!……管野さん!」
ひかりは尚樹から懐中電灯を受け取ると、とんとんと先に進んでゆく。
肩の上にユニットを担いだ二人は足元に気を付けながらひかりの通ったルートを行く。
「ひかり、速えよ!」
「ごめんなさい!管野さん、尚樹さん。速すぎましたか?」
「もうちょっと速度を落としてくれたら助かるよ」
その時、尚樹はヘリコプターのローター音を耳にした。
ヘリコプターは旅客機墜落現場や戦闘機の墜落地点に多く飛んでいたが、明らかにそちらに向かうヘリコプターとは音の距離が違った。
「ひかりちゃん、ヘリだ、電気消して!」
「はい!」
「どうしたんだ」
「多分、余裕が出来たか、あるいは重要性に気づいたかで管野さんの捜索機が来た」
音が山々に反響し、探知を避ける地形追随飛行こそしていないがそれなりに低いところを飛んでいることがわかる。
尚樹のカンではおそらく陸自か空自の汎用ヘリであり、音の感じからOH-1などの偵察ヘリではない。
尚樹の居た戦車大隊の駐屯する今津駐屯地や隣接する
師団検閲においても対抗部隊の耳目となって飛来し、なかでも対戦車ヘリコプターとコンビを組まれると最悪で戦車を殺しにかかってくるのである。
「戦車はゴキブリだ」と例える戦車陸曹がいたがまさにその通りで姿を見せれば最後、上からパンと叩かれてお終いである。
ひさびさに対空警報が聞こえてくる気がした。
懐中電灯の光を消し息を潜め、二人は低い姿勢を取ってじりじりとひかりの元へと進む。
一定の高度を保って木立の上をゆっくりと旋回しているのか、爆音が響き枝葉が揺れる。
木々の隙間から機首下のサーチライトの明かりが見え、おそらく空自の救難ヘリコプターではないかと思った。
「枝葉で上から見えねえし、一気に走り抜けよう」
「管野さん、とても精度の良い熱を画像化する赤外線暗視装置が今の機体にはついてる、隙間から動いてるところが見えると面倒だぞ」
目視による捜索なら木々の密集具合からどうとでもなりそうだが、怖いのは赤外線を捉え、姿形をくっきりと浮かび上がらせることのできる赤外線前方監視装置(FLIR)だ。
戦闘ヘリコプターだけでなく救難ヘリコプターなどにも装備されているそれは、黒と白の2色で表され、地上にいる人員の携行武器まで識別できる精度がある。
そんなものの前に姿を見せようものならあっという間に捕捉されてしまうのだ。
「じゃあどうすんだよ」
「
「はい、がんばりましょう」
「わかった」
ひかりが注意深く進み、尚樹と管野は木々の幹に張り付くように、細かく停止しながら注意深く森の中を進む。
航空救難団所属のUH-60Jでは、戦闘機パイロットが見たという「空飛ぶ少女」の捜索が行われていた。
最初は初めての戦闘における幻覚あるいは誤認、いわゆる“フーファイター”だと思われていた。
しかし、防空指揮所や要撃機とのUHF帯を用いた交信、あるいは単焦点のカメラによる撮影でピンボケした人影のような何かが映っていたほか、情報を取り扱うセクションが傍受した電波から空飛ぶ少女は実在すると考えられた。
そしてパイロットの報告から少女は正体不明の敵性体の撃破と共に近隣の山林に不時着した可能性が高いとして距離も近い浜松基地の航空救難団に出動命令が下った。
当初、救難団に与えられた任務は撃墜機のパイロットの捜索救難であった、しかし、被撃墜機のパイロットが警察や消防において確認されると急遽任務が変更となる。
彼らが耳にした最初の情報は「大阪上空戦において女性を乗せた
民間の航空機が撃墜されて多数の死者が出ていることから、そうした被害の一例かと思い青黒く迷彩塗装に塗り替えられたUH-60Jに山岳救助用の装備を積んで飛び立った。
救難ヘリとペアを組むU-125A救難機が先立って奈良県側から河内長野市上空に入る。
機首に設けられた赤外線暗視装置で山林を探すが、それらしい墜落痕が見つからない。
ビジネスジェット機を改造したU-125Aは速い進出速度と暗視装置、目視で広い範囲を捜索し要救助者のおおむねの位置を知らせ、あるいは物資やボートなどを投下するという機体だ。
四方を広大な海に囲まれ、洋上救助の多い我が国においては必要不可欠な装備と言って過言ではないだろう。
しかし、双発ジェット機は低速性能が低く旋回半径が大きいことと、遮蔽物がほぼない洋上の捜索と違って地表面をじっくり見ることが困難なため山岳救助には不向きなのだ。
結局、低速で捜索が出来るUH-60Jが主力となって山林を捜索することとなる。
機上にいる救難員は機体に設けられたバブル・ウィンドーから小型飛行機械の墜落痕を探していた。
泡のように膨らんだ窓に頭を入れ、サーチライトの当たった地表を舐めるように見回す。
「小型飛行機械」がどのようなものであるかもわからず、管野の木々の合間を縫った不時着に彼らは大体の位置さえ掴めずに周辺の山林を飛び回っていた。
一般の要救助者であれば、救難ヘリコプターを見ると助けてもらおうと何らかのアクションを起こすがそれも見当たらない。
見えるのは黒々と不気味に口を開ける谷やら視界を遮る林野と尾根ばかりだ。
6月下旬とはいえ墜落したと思われる時間からもう3時間が経とうとしている、暗い山の中に女性一人だと心細いだろうし、救助を求めることが出来ないほど負傷していたらそれこそ一刻を争う。
救難員に焦りの色が見える。救難員を運ぶ“運転手”である機長や副操縦士も同様である。
彼らに撤収命令が下ったのはそれから暫く経った後だった。
一方、地上に居た尚樹たちは対空警戒をしつつ木々茂る斜面を抜けて、農道沿いの森の中の空き地に止めたパジェロに何とか辿り着き、管野の紫電改を積み込む。
ユニットを擬装用毛布で包み、雨避けの施されている廃材の山に見せかける為に車体に掛けていたブルーシートを畳んで上に乗せる。
「お前、車なんて持ってんのかよ!」
管野は大きな軍用車を思わせる車に思わず驚嘆の声を上げた。
ペテルブルグ基地のジープよりも大きく、屋根も幌ではなくちゃんとしたハードトップだ。
驚いた様子の菅野に、ひかりはバタンとバックドアを閉めて得意げな顔をして言った。
「ふっふーん、管野さん、ここでは車なんて珍しくありませんよぉ」
「ああん?なんでおめーが得意げなんだよ!」
「ひかりちゃん、管野さんにドヤ顔するのは後にして、帰るよ」
「はい!管野さんは後ろに乗ってください!」
ひかりは助手席に座り、管野は後部座席に座った。
「椅子がすげえ柔らかいな」
「今の車はこんなもんだよ、シートベルトつけてね」
「これか?」
管野は肩の上にあった金具を引き、シートの受け具にかちりと差し込んだ。
一方、ひかりは慣れた様子でカーナビの画面を触り、FMラジオを掛ける。
どの局も特別番組であり、大阪大空戦の情報ばかりで音楽の一つも掛かっていない。
尚樹は車を家に向かって走らせた。行きに道路で見たパトカーや消防車は現場検証かあるいは他の仕事が終わったのか姿を消していた。
ちょうど裏山を半周するように走り、家へと着くと近隣住民に見つからないようにユニットと管野を家へと上げたのだった。
チドリに並んで管野の紫電改がひかりの部屋に置かれ、居間にて二人はぐったりとしていた。
時刻は22時を回っており、いつもであれば寝る前のくつろぎタイムだ。
「はぁ……疲れましたね」
「そうだね」
午前中はユニットの飛行試験、昼から夕方にかけて大空戦に巻き込まれ、夕方から今の今まで管野中尉の回収である。
明日も会社を休もうかと思うレベルのハードな一日だった。
管野はテーブルに突っ伏している二人を見て声を掛けようとしたが、どう呼んでいいかわからなかった。
ここで下手なことを言うと、どうしてかひかりに怒られそうな気がしたのだ。
「お前っていうのもなんだ、なんて呼んだらいい?」
「武内でも、尚樹でもどっちでもいいよ」
「じゃあ尚樹って呼ばせてもらうぞ」
「それなら俺も直枝ちゃんって呼んだ方がいいか」
「それは……別に……それでいいぜ」
初めて異性の下の名を呼ぶことになり、また名前を呼ばれることに真っ赤になって口ごもる直枝。
その様子を見たひかりは、どうしてか面白くないものを感じて直枝を弄る。
「あーっ、管野さん照れてる!かわいいなぁ」
「照れてねえ!変なこと言ってるとぶっ飛ばすぞ!」
「はいはい、物騒なこと言わないで、仲良くしようよ
「直ちゃん言うな!」
「尚樹さん、夕食、どうしますか?」
「今、飲食店がやってるとも限らないしな、カップ麺かな」
「なんだそれ」
「こういう、お湯を注いで3分待つだけで出来る即席食品です!」
夕食は街の状況がわからないので外食に出かけられないという事もあって、カップ麺で済ませることになる。
ひかりの好きな“カップ焼きそば”でひと騒動起こるのだが、またそれは別の話。
こうして、ひかりと尚樹の2人きりの生活は終わりを告げ、直枝が新たに加わることになった。
その頃、機関砲弾の流れ弾を受けて損傷を受けた河内長野警察署より移送される車内に彼はいた。
セルゲイ・ジューコフ中尉である。
彼は銃刀法違反で逮捕された後、「ネウロイ」と呼ばれる敵性体と戦っていたとずっと主張し続け、精神鑑定も考えられていた。
しかし、彼の証言にあった“怪異”が今日、実際に現れて多くの人命が失われたのだ。
ゆえに大阪城の近くにある大阪府警察本部へと移送されて重要参考人として本格的な聴取を受けることになったのである。
セルゲイは移送される車中で街の風景を見た。
空襲があってなお営業を再開しているコンビニエンスストア、交通規制に苛立っているような営業車のサラリーマン。
この国の
本庁に到着しそのことを通訳に話すと、彼は言った。
「日本は災害があっても出社しろという国です、“平和ボケ”という言葉があるように正常性バイアスの中に居るのだ」と。
日本政府の危機管理センターには「国籍不明飛行体に関する対策本部」が設けられ、警察、消防、自衛隊などのほか、各省庁の代表者を集めてさっそく会議が行われていた。
そして視聴者から寄せられた空戦の映像がテレビ番組にくりかえし流れ、一部のコメンテーターは『自衛隊機による被害の方が大きかったのではないか』という論調で政府批判を行った。
未知の脅威との遭遇はまだ始まったばかりであることを彼らは知らない。
あけましておめでとうございます。
ご意見・ご感想等あれば励みになります。本年度もよろしくお願いします。