ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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久々のほのぼの回?


つかの間の休息
平和な世界


2017年6月24日

 

 火曜日の朝、ランニング用ジャージに着替えた二人は麓のコンビニまで走る。

 先週木曜日の陥没事故からしばらくの間規制線が張られ、ランニングできるような状況ではなかったのだ。

 飛行試験から捜索回収までするという濃厚な一日を過ごして、とても疲れていたがひと眠りすると大分回復し、慣らし運転も兼ねてゆっくりと走ることになったのだ。

 

「尚樹さん、もうちょっとでコンビニですよぉ」

「おう、これ以上スピード上がらんから先に行っててくれ」

「大丈夫ですかぁ」

「ひざ下ガックガクや」

 

 尚樹はひざと股関節が上手いこと動かないことに気が付いた。

 山の中で片足重量20㎏~30㎏くらいありそうなユニットを担ぎ、低い姿勢で斜面をずっと進んでいたのだ。

 筋肉痛をおして走る尚樹と対照的に、ひかりは元気そうである。

 

「この辺も凄いな、アスファルトに穴空いてる」

「そうですね」

 

 いつものコースも、機関砲弾の流れ弾で損傷し大小さまざまな弾痕が穿たれている。

 綺麗な円錐状のクレーターもあれば、斜めに入射したのかハマグリのような形の穴が空いている場所もちらほらある。

 こういった弾痕が河内長野市だけでも数十か所あり、いちいち道路を封鎖して工事する余裕もないのか、発見された弾丸の撤去だけで済まされている。

 

「あれ、一歩間違ったら俺たちも流れ弾でヤバかったんじゃ……」

「私はシールドを張れるけど尚樹さんは危ないですよね!」

 

 ひかりの発進時は興奮してよく考えていなかったが、今になって流れ弾や砲弾片で死ぬと言った恐怖が背筋をぞわっとさせる。

 演習場の整備などで戦車射場(しゃじょう)に入る際も万が一の際の破片防護のためにケブラー繊維で出来た防弾ベストと鉄帽を身に着けていくのだ。

 

 そう考えると、何もつけずに砲弾やミサイル飛ぶ真下でよく屋外作業をしたものだと思う。

 もっとも、家の屋根や庭に掘った防空壕の覆い土くらいだと簡単に銃弾は抜ける。

 戦中の事例はもとより、つい数年前の饗庭野演習場でも12.7㎜機銃弾の跳弾が演習場外に飛び出して落下、近隣の民家の屋根を貫通した事件も起こっていた。

 

 尚樹は自分の無謀さと流れ弾が当たらなかった幸運に気付くと共に、隠れる場所のないウィッチがどうやって身を守っているのか気になった。

 

「シールドか、ウィッチってみんな張れるの?」

「戦場に出るようなウィッチはみんな張れます!当たっちゃったら死んじゃいますよね」

「そりゃそうだ、生身だもんなあ」

「はい!だからシールドが張れなくなったら普通は退役なんです!」

「ウィッチの世界も寿命が短いのか、厳しいな」

 

 尚樹はまるで最近のアイドルみたいだなと思いながら、コンビニの駐車場に駆け込んだ。

 家へと折り返す前にここで飲み物を買って少し休憩を挟むが、今日は青い買い物カゴを取った。

 

「ひかりちゃん、コンビニはちょっと高いけど、昨日の分買ってあげるよ」

「えっ!いいんですか!」

「今日から昼ご飯2人分だろ」

「そうですね!じゃあお言葉に甘えちゃおうかなぁ」

 

 ひかりは大盛りカップ焼きそばをカゴに入れ、尚樹も餅の入った力うどんを入れておく。

 あとはいつも通りメーカーの違うスポーツドリンクを2本入れて会計をする。

 会計を終えて店の前で飲んでいると、ここ数日の間に起こった非日常を忘れそうになる。

 

「ひかりちゃん、俺、ようやく平和って何なのか実感したよ」

「いきなりどうしたんですか?」

「流れ弾や襲われる恐怖に悩まずに、いつも通りの生活ができることがこんなに幸運だとは思いもしなかったよ」

 

 尚樹は通りを行く会社員や、早くから走っているトラックを見て呟く。

 破片や流れ弾に怯え、空を見上げるような生活は遠い紛争地の話だと思っていた。

 目の前の仕事に悩み、家に帰ればどう家事をしようかと考えるだけの生活がいかに恵まれたものなのかを昨日の大空戦の下でようやく知ったのだ。

 ひかりは尚樹の言わんとすることが分かった、物資も欠乏する最前線から弾の飛ばない豊かな世界に来た者としてこの生活がいかに貴重なものであるかを実感したのだから。

 

「私達もネウロイとずっと戦ってきたから、今の生活がとても楽しいです」

「それなら良かった。だからこそ“平和を守る”って本当は難しかったんだなって」

「そうですね、私達がいた所はみんな避難しちゃっていない町だったから……」

 

 ひかりは住民として日常生活をすることでようやく、“市街地で戦う”という事はどういうことなのかという事を知った。

 住民が疎開し無人のペテルブルグ市街でなら軍施設に当てないようにすればいいけれど、住民の居る場所であれば民家には住んでいる人たちがいるのだ。

 もしも住居を壊してしまえばその人々の“生活”までも壊してしまうことになる。

 こんなことはオラーシャの原野や縁もゆかりもない放棄された街で戦っていれば考えもしなかっただろう、ひかりは予備学校でただ念仏のように唱えていた“軍人の使命”にようやく追いついた気がした。

 平和を守るためには、まず“住民の生活と安寧”を脅威から護らなくてはならないのだ。

 

「本当に、平和を守るのって難しいですね」

「そうだな」

 

 流れ弾の被害を受けた町中の風景に朝から平和とは何かを考えていた二人であるが、出勤までの時間的余裕もあまりないので急いで家に帰る。

 出発前には疲れていたのか寝ていた直枝が起きており、居間で座っていた。

 

「朝からどこに行ってたんだよ」

「家の周りを走ってました!」

「じゃあ俺も起こせよ!」

「管野さん疲れてたみたいなので……」

 

 ひかりの部屋で寝ていた直枝は朝起きて隣の布団に居たはずのひかりはおろか、家に誰も居ないことに焦ったのである。

 さらに他人の家という事もあって、勝手に家のものを使う気にもならず何とも居心地の悪い思いをしたのだ。

 そのあたりについて強く抗議したかったが、なぜかこっちではひかりが強いので言い方には気を付けなくてはいけない気がした。

 

「……その、なんだ」

「もしかして、誰も居なくて寂しかったんですかぁ?」

「ち、違えよ!人ん家の物勝手には使いづれえだろ!」

「別にいいのに、壊さなきゃどうとでもなるよ」

 

 直枝は一人で置いてけぼりにされるぐらいなら自分もランニングに行きたいと思ったが、気をきかせて寝かせてくれたのだなという事がわかるだけに何とも言えなかった。

 尚樹はシャワーだけ浴びるとつなぎに着替えて出勤準備をする。

 その間ひかりは関西圏ではポピュラーな5枚切り食パンをオーブントースターに入れて、目玉焼きを作る。

 直枝はその様子を見て驚いた、下原やジョゼがやっていたことを“あの”ひかりがやっているのだ。

 

 尚樹が風呂場から出てくるともう3人分のトーストと目玉焼きが完成しており、尚樹が席に着いたことで朝食となった。

 時間を知るためにつけているテレビ番組は大阪空戦の報道一色であり“上空の黒い影が何であるか”という内容だ。

 “読朝(よみあさ)新聞解説委員”という肩書の男がスマホで撮影された画像を元にもっともらしく喋る。

 ネウロイを知っている直枝やひかりとしては素人でも分かる事を言っているようにしか思えず、尚樹も「まあ初見だし、読朝テレビだしな」と言う。

 自己修復機能を有しており空を飛ぶことが出来るのは見ればわかる、しかし「光学兵器を搭載したステルス戦闘機説」って何だ?と言うか昨日の今日で()()提唱しているんだ、などと思いながら尚樹は目玉焼きを口に運んだ。

 

「いい塩加減だ、ひかりちゃん目玉焼き上手くなったね!」

「ほんとですか!ありがとうございます」

「おいしいじゃねえか……ひかり、料理できたのかよ」

「違いますよぉ、こっちに来てから練習しました!」

「そうそう、最初は皮むきのピーラーでさえ厚切りに……」

「尚樹さん、その事は内緒です!」

 

 皮むきという事に直枝は胸を張る。

 

「へえ、俺は皮むき得意だぜ」

「そうなんですか?」

「ロスマン先生とのカードに負けてやらされた」

「ロスマン先生って賭け事やらないイメージでした!」

「あの人は強いぞ、俺とニパが組んでも勝てねえ」

 

 数年前、教育係曹長が着任したとあって、いっちょ揉んでやろうと直枝はニパを誘ったうえでポーカーを仕掛けた。

 結果はイカサマを使ってなお圧倒的敗北、基地中の食事に出す山のような具材の調理をさせられたのだ。

 アゴで使ってやるつもりが逆に使われる羽目になって以降、直枝はロスマン曹長とはもう博打をしないと心に決めた。

 尚樹はひかりから聞くエディータ・ロスマン曹長のイメージで話を聞いていたが、ただ厳しい教官と言うよりは良いことも悪いことも経験した余裕を持った先任と言う感じだ。

 

「直枝ちゃんは、料理できるの?」

「出来ねえことはねえけど、下原が居たしやらねえ」

「そうですよね!下原さんのご飯が美味しいのがいけないんです!」

「まあ上手い人が居たら任せっきりにもなるよなあ……」

 

 尚樹は朝食を食べ終わると、鞄を掴んで家を出る。

 玄関までひかりのお見送りがあるが、今日は直枝も着いてきた。

 

「それじゃ今から仕事なんで、わからないことがあったらひかりちゃんに聞いてね」

「おう」

「わかりました、尚樹さん、いってらっしゃい!」

「行ってきます、今日はわからんし帰る前に連絡するよ」

 

 尚樹がパジェロに乗って坂道を下っていくと、ここからはひかりの時間だ。

 

「ひかり、今からどうするんだ」

「えっと、私は今からお風呂に入って、それが終わったら洗濯をします!」

 

 ひかりは朝のランニング後の入浴タイムの準備をする。

 玄関から風呂場に行って、全自動給湯器の湯はりボタンを押すだけである。

 直枝は昨晩、洗面台しか使わなかったので風呂場の中を見て驚く。

 タイル張りではあるが五右衛門(ごえもん)風呂ではなく、石とは違う滑らかな素材で出来た湯船があって横に空いた穴からお湯が出ているのだ。

 

「お湯が勝手に沸いてる……風呂に入れるのか!」

 

 直枝の目が輝き、久々の風呂にテンションが上がっている様子がよく分かる。

 ひかりも長いサウナ生活から、新しい技術で出来た風呂に初めて入った時には感動したのだ。

 

「はい、あ、管野さんの着替えはそこに置いてありますから!」

 

 いつまでも飛行服姿でいるわけにもいかないのでひかりは予備のジャージを出した。

 紺に赤いラインの入った普段着用だ、パンツはないので代わりに“ズボン”を履いてもらうことにする。

 

「着替えってこれかよ」

「ジャージっていうんですよ!」

 

 ひかりは今着ている、お気に入りのヒョウジャージをつまんで見せた。

 そこで直枝はひかりが制服でないことに気が付いた、再会は夜の森の中だったし家に帰ってきてからすぐに寝たのであんまり印象に残っていなかったのだ。

 

「そういえば、おめー制服はどうしたんだよ」

「ここでは目立っちゃうし、シワになるので着ていません!」

 

 直枝は目立つというひかりが着ているジャージに走るオレンジのラインと背中の躍動感あふれるヒョウのシルエットに思わずツッコミを入れた。

 

「おめーの派手な服の方が目立つんじゃねーか?」

「みんな着ていますよ、全身桃色とかのジャージも見たことがあります!」

「正気かよ、俺はそんなの着ねえからな」

 

 全身桃色と言う正気の沙汰とは思えない服装を想像した直枝が言う。

 ひかりはテレビの芸人夫婦や、ちょっと前に行ったとある激安量販店に居たお姉さんを思い出して苦笑い。

 同時にある重要なことに気づく。

 

「そうだ、ズボンはズボンじゃありません!」

「何言ってんだ?」

「こっちじゃこれが“ズボン”で、管野さんのズボンは“パンツ”っていうんですよ!」

「異世界じゃ名前が違うことくらいあるだろ」

「それだけじゃありません!ズロースとかと同じ()()扱いなんです!それで出たら逮捕されちゃうんです!」

「はぁ?逮捕される?おめーは何言ってるんだ」

「わいせつ物陳列罪?とか言うので捕まっちゃうんです。だからズボンの上に長ズボンを履いてください!」

「わかった!わかったから!落ち着け!」

 

 洗濯かごの中のジャージのズボンを持ってにじり寄るひかりに圧倒される直枝。

 ひかりは真剣である、自分達のせいで尚樹が逮捕されるとあれば申し訳が立たないからだ。

 “ズボン”姿で出歩かせると、“大阪府青少年健全育成条例”などで摘発されると尚樹は言っていた。

 

 ひかりはここ数日の生活で日本含む先進国は意外と厳しいという事を知った。

 タバコや飲酒に始まり、“少年兵を含む児童労働”や“若年者との交際”に至るまでありとあらゆるところが厳しい。

 

 こうした知識はニュース番組のほか、生活費に悩んでいる尚樹から聞いたものである。

 「働きます!」とアルバイトをするにも職種は限られるし、ひかりには住民票や身分証明がないので年齢証明書を作ったりできず、結局は住民票のために“就籍”などの手続きを経なければ働けないのだ。

 ひかりはマイナンバー制度と住民基本台帳についてよくわかっていないが、働くにも無戸籍の自分には複雑な手続きが必要であることはわかった。

 

 そんな話も昨日来たばかりの直枝には関係ないので、ひかりはとりあえず風呂を勧めた。

 

「じゃあ、先にお風呂入っちゃってください!」

「おう、悪いな」

「ここに入浴剤置いておきますから湯船に入れてください」

 

 ひかりは脱衣所に直枝と着替えのジャージを置いて出ようとし、入浴剤の存在を思い出した。

 いつも自分が使っている発泡入浴剤を出して洗濯機の上に置く。

 直枝は「炭酸温泉バブリー ひのきの香り」と書かれた小袋を見て首を傾げた。

 

「じゃあ、管野さんゆっくりでいいですよ!」

 

 ひかりが尚樹と自分の外出着の洗濯を始めて数十分後、興奮した様子の直枝が風呂から上がって来た。

 湯上りで、いつもより数段つやつやとしているのが見てわかる。

 

「ひかり、あの泡噴く入浴剤も凄いけどよ、石鹸が全然違うじゃねえか!」

「でしょう!私も最初びっくりしちゃいました!」

「俺たちが前線で酷い宿営生活(キャンプ)をしていた時にこんな風呂に入っていたのかよ」

「ごめんなさい!あっ……冷蔵庫にコーヒー牛乳がありますよ!風呂上りはコーヒー牛乳ですよね!」

 

 口でこそひかりを責めているが、とても上機嫌で歌いだしそうだ。

 そんな直枝にひかりは温泉以来飲むようになったコーヒー牛乳を勧める。

 

「コーヒーって娯楽室のあのくそ不味いやつか?」

「違います!コーヒー牛乳は甘くておいしいんですよ!」

 

 ひかりに連れられて台所に行き、冷蔵庫の白い扉を開けると色とりどりの紙の容器が現れた。

 紙パックという容器からグラスに注がれたのは茶色みがかった牛乳で甘い匂いがする。

 しかしサルミアッキの例もありこわごわ口を付けた、すると、とても甘かったので一気に飲み干してしまう。

 

「甘いじゃねえか!なんだこれ!」

「これがコーヒー牛乳ですよ」

「ひかり、おかわり!」

 

 直枝はコーヒー牛乳の虜になり、くそ不味い娯楽室のタンポポコーヒーなんかには戻れないなと思った。

 

____

 

 

 

 ひかりの入浴が終わり、今日の分の洗濯が終わるとひかりは勉強タイムに入る。

 漢字ドリルや数学と言った扶桑でも使えそうな教材を黙々と解いている。

 一方、やることが無い直枝は尚樹の部屋にあった漫画や雑誌類を読んで時間を潰していた。

 

「絵ばっかりで読むところ少ねえ……話はまあまあだけどよ」

 

 活字の少ない漫画に文句を付けながらも読み進めていくうちに直枝は漫画の世界に飛び込んでいた。

 今まで見た漫画よりも書き込みが多く、人物の目がデカいことを除けば立体感のある綺麗な絵であり、扶桑では見ない内容だ。

 

 なかなか楽しいかもしれないと思う。

 読むところがセリフばかりで地の文が無いけれど。

 

 直枝はここの漫画本と雑誌を読み終えたら、本屋にでも行ってやろうかなどと思っていた。

 こうして気づけば11時44分、昼前になっていた。

 直枝が和室から出てくると、ひかりはもう課題を終わらせておりテレビを見ていた。

 

「あっ、管野さん、もうマンガ読み終わっちゃいましたか?」

「ああ、今はちょっと休憩だ、もう昼だけどどうすんだ?」

 

 直枝の質問にひかりは自信満々に言った。

 

「昼ご飯はですね、カップ麺です!」

「俺はもう作んねえからな!」

 

 昨晩、直枝はひかりに手渡されたカップ焼きそばを作ろうとして、お湯を捨てる前にソースを入れてしまったのである。

 直枝が液体ソースの袋を破った時、ちょうど二人は給湯のため台所にいた。

 出来たのは油の浮いたソース風味のお湯に浸かった即席ちぢれ麺であり、乾燥めん独特の匂いがしており口に入れて味の無さに悶絶したのだ。

 剥がした蓋に作り方が書いてあることに気づいたときには時すでに遅く半分以上食べた後であり、異変を察知した尚樹が豚骨ラーメンと交換したのだ。

 カップ焼きそばが1つしかなかったため、ひかりと尚樹はカップラーメンでありミスを誘発する原因となった。

 直枝は豚骨ラーメンを食べたが、お湯に浸かった変な味のデンプンの塊のインパクトが強く、なにより悔しかった。

 

「大丈夫です!今度はこれ、うどんですから!」

「うどん……これがうどんか?」

 

 ひかりが開けたきつねうどんの容器に入った中身を見て言う。

 麺と言うよりはまるで海綿かヘチマタワシ、あるいは束ねたかんぴょうのようだ。

 

「即席めんなので、うどんって感じじゃないですけどね!」

「まあいいけど、これ喰えんのかよ」

「おだしが効いてておいしいんですよ!」

 

 ひかりは中の小袋を取り出して、茶色にキラキラ光る粉をサラサラと振りかける。

 直枝は今度こそマトモなものだろうな、とおそるおそるカップ麺にお湯を入れた。

 お湯を入れて5分、アルミが蒸着されている蓋を取り去るとそこには十分にふやけた麺と厚紙の様だった揚げがしっとりとしたものになっていた。

 さらに、鰹と昆布の合わせだしの香りが食欲をそそる。

 

「出来ましたよ管野さん!」

「これがカップうどんかよ……」

「冷めないうちに食べましょう!」

「お、おう。いただきます」

「いただきます」

 

 だしの色が薄く、甘くて醤油の味があまりしない。

 先ほど剥がしたふたの表記を見ると“関西だし”と書いてあり納得がいった。

 

「だしの味がちょっと違うのは……関西風だからか」

 

 若干違う味付けだが十分食べられるものだった。

 揚げも味があるし、麺もコシは無いけれどさらりと食べるにはいいだろう。

 なにより、お湯があれば5分で食べられるのだ。携行食料にはもってこいかも知れない。

 直枝は昨日の悲しさを忘れるように関西風きつねうどんを食べる。

 

「どうですか、管野さん!」

「これはこれでいけるじゃねえか」

「でしょう!」

「なんでおめーが得意げなんだよ」

 

 直枝は「お湯を入れただけじゃねえか」とひかりにツッコミを入れると、そのまま容器をゴミ箱に捨てようとした。

 ひかりはすぐに止める。

 

「管野さん、カップ麺のゴミは流し台に入れてください!」

「なんでだよ」

「匂いにつられた野生動物が漁ってゴミを撒き散らしちゃいます!」

 

 2つの空き容器を持って台所に行き、尚樹に教わった通りに食器洗い用洗剤を掛けて放置する。

 こうすることで洗剤の匂いが染みついてカラスやイタチ、ネコに狙われにくくなるのだ。

 

「なんか母ちゃんみたいだな」

「ええっ、私はまだまだお姉ちゃんやお母さんみたいにできませんよぉ」

「孝美とはちょっと違うだろ……」

 

 直枝はすっかり所帯じみたひかりを見て、この2()()()に何があったのか尋ねたくなった。

 女という事で家事をしろと強制されたのか?と思った。

 もっとも、ひかりにとってはまだ3()()()くらいであり、このようになったのも「戦いだけしか能のない女」になりたく無かったので勉強したからだ。

 

「ひかりはやりたくてやってんのか?それとも女だからってやらされてんのか……」

「管野さん、私はここに来て分かったんです。空を飛ぶことしかできないのは()()()()()()()()って」

「どういうことだよ」

「みんな、戦う以外にいろんなことが出来るじゃないですか」

 

 姉に憧れてわき目も振らずウィッチになったが、もしも飛べなくなったなら残るのはただの無学な女である、ひかりは魔法のない世界に来てその事に気づいた。

 そこで、思い出したのは502のメンバーが魔法以外の特技を持っていることだった。

 

「隊長やサーシャさんは軍隊の書類仕事ができるし、ジョゼさんと下原さんは料理や家事ができるし……」

「そうか、じゃあ俺はどうなんだよ」

「管野さんはいろんなことを知ってるし、……ガリア語が得意だって聞きました!」

「確かに、ガリア語の物語は読めるけどよ」

「『なら戦後は翻訳業とかいいんじゃないかな』って、尚樹さんが言ってました」

「お前、は、話したのかよ!」

「ちょっとだけですよ!」

 

 予想以上に知られていたとあって直枝は恥ずかしくなった。

 “こんなに威勢がいいけど実は文学少女だった”と知れたらどう弄られるかわかったものではない。

 口の軽い相棒にとりあえずヘッドロックを掛けておいた。

 

「ひかり!てめえバラしやがったな!」

「痛い、痛いですよぉ!」

「あいつが『本屋には今度行くから』って言ってたのはそういう事かよ!」

「これだけ本があれば管野さんなら喜ぶかなーって、痛い!」

「どこまでバラしやがった……」

「ベッドの下の『小公女』は秘密にしてます!」

「み、み、見てんじゃねぇ!」

「それはジョゼさんがー!」

 

 直枝は赤くなってひかりと揉み合い、疲れたので適当なところで切り上げる。

 結局、自分の意志で家事をやっている事を知った直枝は「漫画の続きを読む」と言って和室へと戻っていった。

 残されたひかりは洗濯物を取り込むと、居間でテレビを見ながら勉強を始めるのだった。

 

「これが終わったらお夕飯の準備しなきゃ」

 

 こうして、ひかりの一日は過ぎていく。

 

____

 

 

 漫画の続きを読むと和室に引っ込んだ直枝であったが、やはり漫画ばかり読んでいると飽きが来るもので、気分転換に何を読もうかと本棚を探る。

 すると、一冊の本が目に留まった。

 

『大日本帝国陸海軍機総覧』

 

 直枝は戦闘機の本じゃねえかとパラパラとめくる。

 ユニットのユの字もない戦闘機だけの本であり、見覚えのある機体もあれば一切見たこともない飛行機もあった。

 しかし、どうにも扶桑皇国海軍の航空機に近いのだ。

 零式艦戦、練戦など自分たちのユニットにも採用されている名称がある。

 そして、あるページで手を止めた。

 

「川西飛行機、紫電改、著名なパイロット……デストロイヤー、菅野直」

 

 一文字しか違わないその男はまるで自分のような経歴を持っていた。

 国と性別は違えど同じ343空に属し、乗機は紫電改でマーキングまでそっくりだ。

 

 そして奇しくも菅野直の最期は1945年8月1日、機体も見つからぬ行方不明となり戦死認定されているのだ。

 管野直枝も1945年8月1日の第2次レーシー突入作戦にて超空間通路の向こう側に来てしまい、おそらく向こう側では行方不明扱いだろう。

 気味の悪いほどの一致を見せている。

 

「ここはパラレルワールドかよ!」

 

 直枝の叫びは窓の外へと消えていった。

 

 




直ちゃんが失敗したカップ焼きそばは責任を持って尚樹が完食しました。

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