ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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信太山にはキツネ(葛の葉)の伝説があります。
37普連の識別帽にも狐がいます。そして生活隊舎の玄関には「フォックスパレス信太」という木の看板が……


出動態勢

  『国籍不明飛行体事件』発生から5日、東京都市ヶ谷にある防衛省、統合幕僚監部はにわかに騒がしくなっていた。

 情報本部によって解析された電子的情報に加え、大阪府警察からある事件で逮捕された外国人が国籍不明飛行体について知っているとの情報を提供され、人員を派遣したところ思わぬ収穫があったためだ。

 

 電波障害の度に聞こえていたロシア語は、じつは“オラーシャ帝国”と呼ばれる国家において使用されているものであり、黒い飛行体は彼の世界の人類を脅かす脅威“ネウロイ”であるという内容だ。

 荒唐無稽な話だと逮捕直後には思われ、精神鑑定も検討されていたが実際に“ネウロイ”と呼称される敵性体が現れた今、彼の証言には戦術的価値があると判断されたのだ。

 戦車兵として最前線にいて撤退戦を行い、様々な状況を経験してきた男の口からは色々と有効な戦訓が得られた。

 

 これらの情報をもとに統幕以外の陸海空の幕僚監部においてもそれぞれ「敵性体に関する研究」と呼ばれる会議が開かれ、今後出没した際にどのような部隊運用を行うかの検討が始まった。

 

 陸上自衛隊においては陸上幕僚監部、通称:陸幕からの指示を受けて中四国・近畿を受け持つ中部方面隊総監部は脅威に対し即応できるように第三師団を通し各駐屯地に即応部隊を準備するように命じた。

 破壊力のある光線を照射する能力を有する黒い飛行体が我が国の領空に出現して多大な被害を出し、類する存在がまだ国内に潜伏している可能性があるとなれば、いつか甚大な被害を及ぼすであろうことは明白である。

 国民を守る最後の砦である陸上自衛隊の威信をかけた出動計画が立てられた。

 従来より災害派遣に即応するための“ファスト・フォース”と呼ばれる体制はあったが車両に災害派遣用の器材を積み込んで、初動対処小隊として営内に残留する者を中心に出動準備が行われている程度だった。

 だが、今度の即応部隊は災害派遣ではなく()()()()のための部隊である。

 出動部隊は普通科連隊、特科大隊、機甲科部隊、航空科部隊といった戦闘職種の部隊を中心に編成される。

 

 千僧駐屯地に所在する機甲科の第3偵察隊も怪異の出現があればオートバイに乗った偵察オート班や25㎜機関砲を持った偵察警戒車(RCV)に乗るC班が速度を活かし近接して情報を師団司令部に伝送する。

 即応態勢にあるのは上級指揮官の耳目たる“レコンマン”ばかりではない、普段出る機会のない“戦車マン”たちも事に備えて準備をしていた。

 尚樹の所属していた第3戦車大隊では戦車8両を戦車パークではなく、勤務隊舎前の道路に駐車させ、弾薬庫にはただちに使用できる実弾を保管している。

 有事の際には即応弾20発を各戦車に搭載し、その状態でやって来たトレーラーに戦車を積み、第一陣として駐屯地を出発するのだ。

 

 航空科では明野駐屯地の第5対戦車ヘリコプター隊がいつでもスクランブル発進が出来るように待機しており、機関砲弾やTOW、ヘルファイヤといった対戦車誘導弾のほかハイドラ70ロケット弾がハンガーの傍に集積されており命令から30分以内に搭載、発進できるようになっている。

 

 普通科でも、小銃・機関銃の他に威力の高い対戦車火器などが準備されいつでも弾薬庫から搬出できる体制を取っていた。

 出動部隊には4つまたは5つの普通科中隊が充てられ、重迫撃砲中隊も火力を増強するために準備されていた。

 

 かつて、東西冷戦のさなかにソヴィエト連邦の最新鋭戦闘機、MiG‐25が函館空港に強行着陸し、パイロットが合衆国に亡命するという“ベレンコ中尉亡命事件”が発生した際、合衆国の武官によってもたらされた“ソ連軍による奪回計画”と言う情報に出動態勢を整えていたことを彷彿とさせる状況であるが、来るかもしれない相手はソ連軍ではなく“正体不明の黒い影”なのだ。

 旅客機やF-15の撃墜が黒い影の脅威を雄弁に物語り、隊員の一部はいよいよ戦闘が起こるのかと戦々恐々としていた。

 

 

 特に南近畿の守りである第37普通科連隊においては、未確認情報であるが黒い大型生物と思われる影が出たとの話もあり、出動訓練が繰り返し行われている。

 命令下達で『信太山演習場にて正体不明敵性体が出現、現在は市街に向かい進行中』という訓練状況が付与され、鉄帽や弾帯といった個人装備着装からの弾薬受領及び機関銃架取り付けが主な内容であり、隊員たちは防弾ベストや鉄帽を身にまとった状態で武器庫に走り、89式小銃やMINIMIといった銃をリヤカーいっぱいに乗せて搬出し、別動隊が弾薬庫から手榴弾や実包、対戦車ロケットなどの弾薬をトラックに積み込む。

 そして、隊容検査を受けて3トン半トラックや高機動車、装輪装甲車といった車両に乗るところで状況が終了するのだ。

 

「銃!点検!」

「よし!」

「剣みせ!」

「よし!」

 

 本日も昼過ぎに非常呼集訓練で作業を中断し集合、営庭に整列して隊容検査を受ける。

 装具の着装や小銃の点検、銃剣の点検などをすると、「分かれ」の命令が掛かり弾かれるように各車両に飛び乗り、銃架に機関銃を据え付ける、

 通常であれば市民に不安を与えないために移動の際に機関銃などは取り外しているが、「小型種が戦車を取り込むために群がって来た」という情報があり接近中の自衛火器が無いのは危険であると上級部隊から通達があったのだ。

 

 何度目かの“状況”に武内晴樹士長は軽装甲機動車の操縦席でぼやく。

 

「正体不明の敵性体が潜伏してると思われる……怪獣映画かよ」

「武内ィ、怪獣映画なら俺らかませちゃうんか!ナア!」

 

 レンジャーカットで身長180センチ近くあるガタイの良い大男、森本士長が銃架にミニミ機関銃を据え付け、ガンナーズハッチから降りてくると亀山士長のモノマネをし、彼の特徴である甲高い声と巻き舌で言う。

 「かませ」とは噛ませ犬の事であり格闘技業界では前座となる対戦相手の事を指しており、元ボクサーの亀山士長の口癖である。

 晴樹は映画やアニメでありがちなワンシーンがパッと思い浮かんだ。

 創作物の兵士は銃が効かずに悲鳴を上げながら食われたり、潰されたりして主役が到着するまでに壊滅するものだ。

 

「そやな、効かない小銃を乱射してあっさりいかれてまう役どころやろな」

「うへえ、俺も想像ついたけど実際にそれはキッツいわー」

 

 希望も何もない陸士二人の会話に、助手席、自衛隊車輌で言うところの車長席に座っていた二児のパパ、小山2曹が言う。

 

「みんなで『戦車マーン、きてくれー』って言わなあかんわ」

「小山2曹、それってヒーローショーのノリですやん」

「日曜日にうちのチビ連れて行くつもりやったんやけど、行けんようになってもうたし」

 

 国籍不明飛行体の出現以降、震度6弱以上の地震などの事態でかかる“第三種非常勤務態勢”が敷かれており全員が駐屯地内で待機することになっている。

 小山2曹のような営外居住者も呼び戻され、外出もできない。

 

「そこでヒーローが出てきてパパッとやっつけてくれたらなあ、どんだけ楽か」

 

 左後ろの席に居た杉下3曹は同じ子持ちである小山2曹がいかに息子と遊園地のヒーローショーに行くのを楽しみにしていたか知っていたので、この先の見えない営内待機が早く終わらないかなと思いながら会話に入って来た。

 

「そこでヒーローは何の罪に問われるんでしょうね、スぺシウム光線ぶち込んで爆発したら激発物破裂?器物損壊?」

「知らね。でも警察に取り囲まれてる光の戦士って絵面はおもろいな」

「緊急避難でお咎めなし、ただし身柄は警察さんにっていうのが落としどころだろうな」

 

 最近、受験のために自衛隊法を勉強している晴樹に森本は「ありえそうで笑うわ」と言い、杉下3曹は一番穏便に収まる方法を考え、小山2曹はやる気なさそげに言う。

 

「まあヒーローでも戦車でもええから、ちゃっちゃと家に帰りたいよなあ」

「『お父ちゃんいつなったら帰ってくんの?』って娘に電話口で泣かれるのって辛いですよね」

 

 これは杉下3曹の家だけではなく、既婚隊員の過半数が経験することだった。

 日曜日のヒーローショーの約束が守れなくなってしまった小山2曹も頷く。

 

「せやな、お前らも今度ばかりはご家族に連絡取っときや」

 

 晴樹には2歳年上の兄がおり、影響されて入隊したのだが兄弟が同じ部隊になることはなく兄は機甲科で戦車に乗っていた“戦車マン”である。

 兄が戦車に乗ってやって来ることもあったが、春の創立記念行事位なもので師団検閲などでは会う事も無かった。

 そうこうしているうちに兄が自衛隊を退職し、ときどき電話をするくらいで最近あっていないなと思う。

 兄の事を今、思い出したかと言うと大阪上空戦で地上被害が大きかった地域に兄の家があったからで、両親から兄も無事であるとの知らせがあり安心した。

 どうしてか兄本人からの連絡は来なかった。“沙汰が無いのは良い知らせ”なのだろう。

 

 その頃、兄である尚樹は二人の少女と共同生活をしており電話を掛けてきた両親には対応したものの、晴樹のことはあまり考えていなかったわけだが、彼は知らない。

 車両に乗っていつでも営門から飛び出せるよ、といったところで状況が終わり軽装甲機動車から降りた晴樹はいつも通り雨よけのシートを被せて勤務隊舎に戻る。

 

 隊舎で終礼が終われば課業外で夕食と入浴が待っている。日ごろ課業終了後すぐに家に帰っている営外居住者も、3種勤務のいま懐かしの営舎内居住だ。

 夕食が終われば3年目以降は晩の点呼まで居室のテレビでテレビゲームをするもよし、寝るもよし、持ち込んだDVDプレイヤーでアニメを見るもよし、掃除をする新隊員を横目に自由時間が満喫できる。 

 晴樹は陸曹候補生試験のために21時50分まで服務小六法を片手に自習室で勉強をしていた。

 そして22時の点呼で「第4中隊異常なし」と報告が終わると廊下に整列していた隊員たちがぞろぞろと解散する。

 

 ここまでは通常の生活と変わりないが、異なる点はジャージのズボンの上に作業服の上衣を着る“ジャー戦”ではなく戦闘服に半長靴であり、フランスベッドの枕元に救急品袋を付けた弾帯や背のうを吊るしているという事だ。

 これはいかなる時でも30分以内に出動態勢が完了するようにというもので、事が起これば生活隊舎内の私物庫に集積している防弾ベストと鉄帽を付けてその足で武器庫に行き小銃、防護マスクを受領するのだ。

 即応性維持のために課業終了後もずっと半長靴・戦闘服姿でいなければならないのは窮屈な感じがしており、それがいつ終わるとも知れないカンヅメ状態の隊員の心に地味に負荷を与えていた。

 

 晴樹も世間から完全に隔離されたような気分になっており、退屈しのぎに普段はしないことをしてみようと考えた。

 今日の昼過ぎに小山2曹が家族と連絡を取るようにと言っていたことを思い出し、晴樹は23時の消灯ラッパまでの間に電話をしてみようと、携帯を持って隊舎の外に出る。

 “フォックスパレス信太(しのだ)”の勝手口近くに設けられた喫煙所の煙草の明かりがチラチラと見え、反対側に見える外柵の外には信太の街の明かりが輝いていた。

 自転車置き場の陰で晴樹は電話を掛けた、呼び出し音が流れて3コールの後、ぶっきらぼうな返事があった。

 

『はい』

「兄貴、今どうしてるの?」

『俺か?』

「こないだのヤツ、兄貴の家の近くやろ。どうなん?」

『うちには被害ないよ、家の近くの道路にめちゃくちゃ弾痕あったけどな』

「ふーん、それならええんやけど」

 

 電話の向こうの尚樹は今、自衛隊がどういう状態であるか察した。

 おそらく、第3種非常勤務が掛かって外出できないのだろうと。

 娯楽に乏しい営内生活において外出禁止や残留などはとてもつらいものがあり、ゲーム機や小説、あるいはエロ本など何かしらの暇つぶしアイテムが無いと3年目の士長くらいになると筋トレ馬鹿でもない限り本当にやることが無いのである。

 なお、ゲーム機禁止の新隊員は何かと雑用にこき使われるのでやることが無いという事はあまりないが、それでも空いた時間は出来るものでスマートフォンを片手にネット小説を読みふけったり、あるいはパズルゲームに興じたりするという様子が見られる。

 尚樹は“37普連4中隊第2営内班 武内晴樹士長”宛に漫画やらアニメDVDやら送ってやろうかと考えた。

 

『ああ、今、3種掛かってるんだっけか、駐屯地に何か送ったろか?』

「そうやねんけどな、別にいいわ」

『それで、暇つぶし程度に電話を掛けてきたと』

「ホンマにそれ、出られへんうえに非常呼集訓練やりまくりでダルいわ」

 

 晴樹はつい最近の状況について話す。

 もちろん、取扱注意や部外秘については触れないようにしながらであるが。

 話題は尚樹の家のすぐ傍の陥没事故と黒い飛行体の話になった。

 ネットでまことしやかに囁かれていた陥没事故の黒い影が実在し、黒い飛行体との関連があるという情報を得た晴樹は危険を冒して言った。

 

「ここだけの話、兄貴の家の近くの陥没事故の正体と黒い飛行体って関連があるらしいで」

『へぇー』

 

 思ったより淡泊なリアクションに晴樹はがっかりした。

 

「もっと驚くとかって無いん?」

『だって知ってるし、そもそも黒い影が走るの見たし』

「マジかよ、で、戦車で倒せそうなん?」

『まあ、中型なら難しいかもな、再生する前に対榴何発かぶち込めばあるいは』

「中型とかってあるの?ていうか再生ってなに?」

『空飛んでたような大型とか、地面走る中でもデカい中型とか。こいつらは普通の火器で撃ってもすぐ穴が閉じるらしいからなあ』

「えっ、兄貴詳しすぎへん?俺も初耳やねんけど」

 

 尚樹は魔法力とウィッチについて伏せたつもりであったが、自衛隊では対ネウロイ戦術における大型・中型・小型の区別はまだなく、思ったより情報が出回っていないことに気づいた尚樹は誤魔化すことにした。

 

『いろいろあるのよ、弾降る中、庭に出て空を見上げて気づいたんやけどな』

「あの中で家の外に出てたのかよ!」

『洗濯物干してる最中だったし、掠めない限りはどうとでもなるやろと思ったからな』

「いや、隠れろよ、マジで」

 

 晴樹からの至極まっとうなツッコミを受けて窮する尚樹。

 空戦を見たいからと言って誰だって弾飛ぶ戦場で立っていたくはないはずだ。

 しかも20㎜機関砲弾は5m以上離れた場所を飛んでいても衝撃波で人を殺傷しうるのだ、そんな場所に立っているのは正気の沙汰ではない。

 

『まあアレだ、とにかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()、これだな』

 

 ウィッチの居ない戦場で、中型以下のネウロイに対して有効手段は火力の集中投入なのだ。

 もっとも、中型の一部や大型になると戦艦含む一個艦隊で挑んでも勝てないことがあるのだが。

 

「参考にするわ、もうラッパが鳴るし切るよ」

『おう、それじゃ』

『……尚樹さん、もう11時ですよぉ』

 

 晴樹が電話を切ろうとしたとき、尚樹の後ろから声が聞こえた。

 電話から遠いのか聞こえにくかったが若い感じのする女の声だ、ここで晴樹はようやく尚樹が家に帰ってこないと両親が言っていた理由を悟った。

 

「あいつ、女作ってたから家に帰ってこなかったんかよ……」

 

 同棲相手の女に気を使って家から離れず、また、実家にも帰らないのかと思う。

 25歳で定職についているので結婚も視野に入れた交際くらいしていてもおかしくないだろう。

 しかし、自分はカンヅメで女の子との出会いが無いのに、童貞臭かったあいつの方が先に女の子と同棲なんて羨ましすぎる、と晴樹は自分の事を棚に上げて兄に対するライバル心をひそかに燃やしていた。

 

 

 _______

 

 

「へっくし!」

 

 電話を切り、庭から居間に戻った尚樹はくしゃみをした。

 その様子を見ていたひかりは長電話をしていたことによって夜風で体が冷えたのではないかと考えた。

 そしてインスタントコーヒーをポットのお湯で溶いて牛乳を加えると、ブラウンのホットコーヒーが完成した。

 

「尚樹さん、長電話で体が冷えちゃったんじゃないですか?コーヒーはどうですか」

「おう、そうかもね。ホットコーヒー煎れてくれたんだ、ありがとう」

 

 テーブルに着いてひかりの煎れたコーヒーを飲む尚樹、ひかりは読書をしている直枝にも声を掛けた。

 

「管野さんはコーヒー要りますか?クッキーもありますよぉ」

「おう、あとで食べる」

 

 直枝は和室から引っ張り出してきた座椅子に腰かけ、ネット小説投稿サイトに投稿された作品を書籍化したものを読んでいた。

 現代日本から乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生したOLが侯爵家の娘として領地を経営し、学園に入るまでに“女傑”になっていたという作品だ。

 この作品は数年前に流行した“悪役令嬢もの”と呼ばれる作品群の中のひとつである。

 有名どころに例えるならば、ガリア文学であるシャルル・ペローの『サンドリヨン』、扶桑における『灰被り姫』に登場する、継母や姉の立場から原作を変えようとするようなものである。

 多くの筆者が流行に乗って書き、それゆえにテンプレートをなぞるようなものから全く別のジャンルにも思えるような読ませる作品と当たり外れが大きい。

 

 冒頭の“乙女ゲーム”と言うのがどのようなものかわからなかったが、「物語の世界に入って成功する」と言ったわかりやすいサクセスストーリーに加えて、なにより時代小説調の文体が直枝の琴線に触れて購入を決めたのである。

 普段読むことのないジャンルであり、悲恋ものや伏線を張った小説、詩的な純文学の間の箸休めとしてさらりと読むにはちょうど良かったのだ。

 

「ドS生徒会長も何も、こんな奴が居たらぶん殴ってるよな」

「直ちゃん、穏やかじゃないね」

「初対面で人をこき下ろしておいてどうしてコイツが学園で人気なのかわかんねえよ」

 

 直枝のツッコミに尚樹は付き合う。

 堂々と読書できるのが嬉しいのか、それとも小説についての話し相手が居るのが嬉しいのかいつになく饒舌だ。

 

 そこにやって来たひかりは思った。

 管野さんも来た当初は“俺は認めねえ!扶桑に帰れ!”と言っていたが、どこか面倒見が良くて憎めないところがあるのだ、おそらくその類であろう。

 口は悪いがそれはポーズであり、実際は繊細な感性と思いやりの心があるのだ。

 

「管野さんみたいに本当は優しいからじゃないんですか?」

「俺のどこが優しいんだよ……」

「サトゥルヌス祭のときにいろいろやってくれました」

「あれはニパがやりてえって言ったし、おめえは倒れてたし」

 

 直枝は照れ隠しのように言いながら小説へと戻って行った。

 そのタイミングで、ひかりは気になった事を尋ねた。

 

「そういえば、尚樹さん。何の電話だったんですかぁ?」

「弟。あいつ、ネウロイのせいで外出できずに缶詰で退屈なんだってよ」

「あっ、兵隊さんの弟さんですか」

「そりゃ、あんなになったら警戒態勢も取られるだろうな、ていうかおめえ弟いたのかよ」

「あっ、直枝ちゃんには言ってなかった?」

「初耳だよ」

 

 直枝はひとつの章を読み終えるとテーブルの上のチョコクッキーを取って食べた。

 だだ甘いか苦いかだった向こうのチョコレートと違い、こちらのものには風味がある。

 異世界に来てから栄養価の高いものを食べているせいか順調に体重が増えているような気がするが、気にしてはいけない。

 ひかりと尚樹はというとバラエティ番組を見ながら話し、芸能人行きつけの店の紹介に新たな発見をする。

 

「自由亭のライスカレーって……カレーライスじゃないんですか?」

「昔はカレーライスは別の入れ物で、ご飯にドロッと掛けて出されるのがライスカレーって言ってたんだよ」

「そうなんですか、でも今はみんなカレーライスって言いますよぉ。あっ、生卵を落としましたよ!」

「明治からやってたっていう老舗アピールだろうね。辛いから混ぜて食べないとアカンのか……」

 

 テレビの画面には皿の上に盛られたライスカレーの小山の頂に生卵が落とされ、スプーンで少しずつほぐして食べる様子が映し出され、スパイスの香りが漂ってきそうな情景に思わず唾液が分泌される。

 大阪・難波の名店の紹介に直枝はふっとカレーを愛したある作家の事を思い出す。

 大阪の庶民の生活と人情に焦点を当てた『夫婦善哉』という作品で有名になった織田作之助という男のようなペンネームの女作家で、直枝もデビュー作である『夫婦善哉』を読んだことがある。

 そのため、パラレル・ワールドにあるこの世界にも、同じ店があったのだと感動した。

 

「今度、どこかに食べに行こうか。直ちゃん、法善寺横丁にでも行く?」

「本当ですか!やったぁ!」

「嬉しいけどよ、おい、尚樹、財布は大丈夫なのかよ」

 

 テレビに見入る様子に気づいた尚樹は、大阪の有名な小説を思い出して話を振る。

 ひかりは無邪気に喜び、直枝も表情が明るくなったが視界の端に節約術の本が見えて心配になった。

 

「今月は無理、7月20日まで待って……そうすれば夏のボーナスで行けるはず」

「管野さん、それまでには節約しましょう!」

「節約……そこの本はひかりのやつかよ!」

 

 緊迫する情勢をよそに、尚樹、ひかりと直枝の3人の時間はこうして穏やかに流れていった。

 




プリクエル3巻をようやく買いました。本屋を5件くらい回ったけれど中々売ってなくてネットで購入しました。
人型関連でけっこう設定があったのでどうしようか悩みました。

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