「お互いに身分の紹介も終わったところで、聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?」
今まで、ネウロイやひかりのわかる範囲での世界情勢の説明と言った真面目な雰囲気だったため、気にならなかったが、少し余裕が出てくると目の前で向かい合ってお茶を飲んでいる女子中学生の姿に気恥ずかしいような感覚が尚樹の背中をむず痒くさせる。
「どうしてセーラー服の下は、スクール水着なんだ?」
「水着……海軍のウイッチは落水に備えて体温が逃げにくい
「それは陸上勤務でもそのままなのか?」
「そうですけど」
尚樹は若い女の子たちが上衣の下に
とりあえず、現代日本ならば男の情欲の対象になるばかりか、彼女やその同行者に対する刑事罰という二重の意味で危ない。
未成年の少女にわいせつな格好をさせ、さらに保護者の承諾も無しに家に住まわせてる事が発覚すれば「未成年者略取」などにも問われるかもしれない。
「ひかりちゃん、こっちじゃはいてない変態、あるいは下を履かせていない扱いされてしまうからズボンを履いてくれ」
「ズボンも見える範囲はあまり変わらないですよ?」
不思議そうな顔をしたひかりが首をかしげ、それに対して尚樹は
「こういうズボンは履かないのか?これが一般的なズボンなんだけど」
「長ズボンなんて、男の人かお婆ちゃんしか履きませんよぉ」
「若い女の子しか履かないってミニスカート的な存在なのかズボン」
「みにすかーと?」
多少誇張が入ってるとはいえ魔法力のある少女や若い女の子は基本ズボン姿で、既婚や魔法力のない成人女性、農家などの女性がモンペや長ズボン、あるいはスカートを着用している。
尚樹はひかりの反応に「この子はやっぱり異世界人だな」と思うと同時に、見える範囲の変わらないズボンって何だろうかと考えた。
少し上の世代だと咄嗟に体操着の“ブルマ”が思い浮かんだのだろうが、尚樹は“ハーフパンツ”世代であり、ブルマなんてイラストか、成人向けコンテンツでしか見ない存在だったため思い浮かばなかったのだ。
「じゃあみんな短パンかホットパンツなのか」
「たんぱん?ほっとぱんつ?」
「どっちも腿の上で切られてる短いズボンだよ」
「たぶんそれだと思います!」
「じゃあ、昼過ぎに買いに行こうか。それまでは俺のジャージでも着ていてよ」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「制服がしわになるし、その恰好は目立つからね」
テーブルに手を付いて身を乗り出さんとする勢いのひかりに、ハハハと尚樹は笑うと寝室の箪笥の中に入っていたジャージを取り出す。
ひかりを寝室に残して尚樹は居間に行き、襖を閉じる。
「これから着替えと、風呂をどうするか考えんと」
尚樹は社長から安く譲ってもらった2LDKの平屋に住んでいる。
テレビやテーブルが置いてある居間、寝室として使っている和室、今は来客用として空いている洋室があり、洋室をひかりの部屋にすることにした。
次に、尚樹は風呂から上がるとバスタオル一枚のままで髪を乾かし、寝室で新しい服を着てから洗濯機にバスタオルを入れて、そのまま洗濯機を回している。
しかし、洗面所から和室に行くには居間を通らないと行けず、半裸で年頃の女の子の居るところを通過するわけにはいかない。
着替えは洗濯かごを置いて洗面所を更衣室にするとして、ひかりの洗濯物をどうするか……。
尚樹がいきなり始まった異性との共同生活をどうしようかと考え始めた時に、襖が開いた。
「尚樹さん、これで良いですか!」
伸縮性があっても、小柄な少女に身長が175センチある成人男性の物では腰回りが大きいようで、ひかりの骨盤のもっとも広い部分で引っかかる感じだった。
「だぼだぼして大きいなぁ」
「ズボンは前の紐で絞ったら、まあいけるか。裾は折ろうか」
「はい」
とりあえず、ひかりの制服をハンガーに吊るして鴨居に掛ける。
「じゃあ次はユニットと機関銃か。こいつは見られるとマズイよな」
「そうですね、どこに置いたらいいですか?」
次に“ストライカーユニット”をどこに置こうかという話になる。
いつまでも居間に無造作に転がしておくわけにもいかない。
機関銃は押し入れの奥に入れておくとして、ユニットはかさばり過ぎるのだ。
「とりあえずはひかりちゃんの部屋に置こうか、和室じゃ畳に穴空くしね」
「えっ、部屋をもらえるんですか?」
「うん、板張りの洋室だけど空き部屋があるんだよ。そこを使うといいよ」
「ありがとうございます」
尚樹がふすまの向かい側のドアを開ける。
そこにはフローリングにテーブル、あとは部屋の隅にあずき色のカーペットが敷かれており、その上に青い工具箱が置かれている。
人が来ないときは空き部屋という事もあって、尚樹はちょっとした作業部屋として使っていたのだった。
「布団だけど敷布団があるんでそれ使ってくれ」
「はい!こんなにきれいな部屋使って良いんだ」
「軍隊の居室よりは狭いだろうけど、我慢してね」
「いいえ、全然狭くないです!」
「じゃあよかった、工具箱とか邪魔だろうから片付けるよ」
「邪魔じゃありません、大丈夫ですよ」
「そうか、じゃあユニット置く場所作るから、ちょっと待ってね」
そう言うと、尚樹は作業に使うボロボロの緑のカーペットを敷き、ユニットを並べて上から目隠しに少しきれいなクリーム色の毛布を被せる。
「これでいいかな、整備作業に使ってた毛布だからちょっとボロいけど洗ってるからね」
「ありがとうございます!」
片足づつ運びながら、ユニットを改めてまじまじと見た尚樹は国籍標識が日本の物ではないことに気づき、“赤地に黒い丸”とまるで日食だなと思った。
「機会があればひかりちゃんの飛んでるところ見てみたいな」
「わかりました!いつか、飛んで見せます」
___
ユニットと武器を外から見えないようにして、ひかりに家の設備の紹介を終えるともう正午を過ぎていた。
「ひかりちゃん、もうメシ時になったし買い物に行こう」
「はい!」
ひかりの靴が無いので、とりあえずクロックスを履かせる。
ジャージ上下にクロックス姿のひかりは学校が終わった後の運動部女子だ。
今はちょうど中間試験シーズンという事もあって、早上がりの学生たちが至る所でうろうろしている。
ひかりはと言うと、つっかけのような靴でどれくらい歩けるのだろうかと考えた。
「店までどれくらいあるんですか?」
「車で20分くらいかなあ」
「車?」
「表に出たらわかるよ」
「すごい!車がある!」
ひかりにとって自動車というのは異動の際に乗ったトラックか、あるいは姉の送迎に軍が出してくれた黒塗りの自動車だ。
高度経済成長を迎え、道路網が整備されて国民に広く自動車が普及している時代であるとは想像もしていなかった。
玄関を出て、カーポートに止めてあるSUVを見てひかりはとても驚く。
「戦争が終わって、技術の進歩で普及したんだ」
「おっきい車……」
「ああ、こいつは三菱のパジェロっていうんだ、そこの取っ手を引いたら開くよ」
「ほんとだ、座っていいですか」
「うん、座ったらそこのベルトを留め具に挿してね」
尚樹は運転席に座るとキーをスタートまで回してエンジンをかける。
6気筒エンジンが震え、電子制御を受けてすぐにアイドル回転へと落ち着く。
「あれ、ハンドルは回さないんですか?」
「これ?」
尚樹は目の前にあるステアリング・ハンドルを見る。
「違います、エンジンを動かす前に車に差し込んでギュイーンって!」
ひかりの身振りに、ようやく言いたいことがわかった。
蓄電池の性能が低かった頃は電気モーターの信頼性が低く、ゼンマイをクランクハンドルで回す手動慣性式、いわゆる「エナーシャ」と火薬カートリッジでフライホイールを回すカートリッジ式が主流であった。
「ああ、そういうことね。今はバッテリの電気でスタータモーター回して始動してるんだ」
「ユニットもそうなんです」
「へえ、エナーシャ回さないんだね」
「手で回すのは戦闘機や車で、ユニットは発進台がやってくれるか魔法力で回します!」
ひかりは部隊配属後、エナーシャは使わず、起動装置の内蔵されたユニット発進台こと“ユニットケージ”を使うことがほとんどだ。
そして飛行場以外に降着して
余談であるが、アフリカなどの陸軍部隊ではユニットケージが無く、高圧空気を送る始動車やクランク棒による始動がよく行われているらしい。
車は田畑を抜け住宅地の間を通り、外環状線に出た。
平日の昼間という事もあって商用車やトラックがそこそこのスピードで走って行く。
「速いですね!それに椅子もふかふかだぁ」
「今の車は構造がしっかりしてるんで時速100キロなんて当たり前だからなあ」
「うわー、すっごいなぁ」
見るものすべてが珍しいのかひかりは助手席ではしゃぐ。
その様子に尚樹は通勤経路がまるでどこかの有名な観光地みたいに思えてきた。
6月の太陽が和泉の山々を青々と輝かせ、田んぼや住宅といった景色が速く流れてゆく。
山に見える広葉樹の枝葉が風でなびき、針葉樹林のオラーシャやスオムスでは見られない表情を見せ、ひかりは佐世保の針尾通信所に続く小道を思い出したのだった。
____
20分もしないうちに大きなショッピングモールに到着した。
駐車場に車を止めると、少し歩いて専門店が入っている建物に入る。
ひかりは502基地よりも大きい建物、動く階段に広いホール、そしてモノが溢れんばかりの売り場に驚きっぱなしだった。
「ひかりちゃん、迷子になるからあんまり遠くに行かないでくれよ」
「はーい」
尚樹はまるで年の離れた妹が出来たかのような気分だった。
ひかりはキラキラと目を輝かせて、右へ、左へと駆け寄っていく。
「尚樹さん!あっちのクマさんがいる店って何のお店なんですか!」
「あっちはキャンプ用品店だな。ひかりちゃんの服を揃えたら行ってみようか」
「はい、楽しみです!」
婦人服を取り扱っている店に、3万円を握らせてひかりを連れて行く。
下着類はよくわからないというのと、男が行くような場所じゃないからだ。
ひかりは女性店員のおすすめのものを選び、店の外で待っている尚樹に声を掛けた。
「尚樹さん、似合ってますか?」
「うん、似合ってるよひかりちゃん。とっても可愛いな」
「えへへ、照れちゃいます」
尚樹が振り向くとそこには、かわいらしさと健康的な感じを兼ね備えた服装のひかりがいた。
具体的にはふわふわとした柔らかさと清楚さをイメージさせる白い襟付きの6分袖シャツに、ハイウエストのショートパンツ姿でそこから延びるよく引き締まった脚がかわいらしさを引き立たせていた。
ひかりはひざ下丈のスカートを店員に勧められたが、どうしてか「吸気口を塞いでユニットを履けない」という発想になり、とっさに「“短いズボン”をください」と言ったのだ。
新しいスニーカーも買い、ひかりは活動的な女の子という感じのいでたちである。
部屋で読書をしているような物静かなタイプには見えない。
尚樹はひかりが元気いっぱいに走り回っている姿を思い浮かべて、納得した。
「それじゃ、普段、部屋で着る服を探しに行こうか」
「はい、それにしてもお洋服がいっぱいあり過ぎて迷っちゃいます」
「おすすめはジャージとかスウェットだね」
「“じゃーじ”ってさっきまで着てた柔らかい服ですよね」
「うん、運動着だけど、普段着に使ってる人も多いよ」
「“すうぇっと”はどんな服なんですか?」
「ジャージよりは厚くて、冬の寝間着とかに使ってるよ」
スポーツ用品店と服屋を回った結果、ひかりは軽くて通気性もあってやわらかいジャージを選んだ。
藍色にヒョウのブランドマークが入ったものを1着と、赤い2本線が体側に入ったものを2着の計3着買った。
「これで走るんですね」
「うん、そうだけど。ひかりちゃんも走るの?」
売り場近くにあったランナーのポスターを見たひかりが言った。
「はい、お姉ちゃんとずっとやってきたので」
「へえ、体力錬成は軍人の日課だよね。俺はあんまり好きじゃなかったな」
「そうなんですか?」
「俺は月に2度の体力検定が無かったら、たぶん何にもしないタイプだしね」
「尚樹さん運動苦手なんですか?」
「うん、苦手ではない、最近やらないだけだ」
軍隊はなにかと「競技会」や「体力錬成」という言葉が好きである。
フル武装で障害物のあるマラソンをする「持続走競技会」、徒手格闘や銃剣道の競技会、海であれば皆でオールを漕ぐ「カッター競技会」など部隊対抗の何かしらの大会が訓練や演習に挟まって実施されるため、常に何かに備えて錬成をさせられるのである。
全ては部隊の団結と「最優秀中隊」と記された木の看板のために。
「『できない』じゃなくてやれ」と言われるがゆえに、尚樹は言う。
出来ないんじゃない、やらないんだと。
そんな尚樹の言い訳を知ってか知らずか、ひかりは笑顔を浮かべて言う。
「じゃあ一緒に走りましょうよ、体にいいですよ!」
「ええ……仕事があるから、朝だけな」
「はい!」
「いきなり全開は勘弁してくれ、2年くらい走ってないからね」
「大丈夫です、あ、家の周りわからないので教えてください」
「うん、わかった」
悲しいかな、恋人無し=年齢の男は可愛い女の子に誘われると断れなかった。
それに治安が比較的良く、案内標識があるとはいえ土地勘のない少女を一人で走らせるわけにはいかないと思ったのだ。
走ることに誘われ、部隊で「持続走優秀中隊」を目指していた時を思い出した。
新隊員の中でも遅い者を中心に自主トレが推奨され、尚樹たちは部隊の平均タイムを少しでも引き上げるべく走ることになったのだ。
もっとも、一位が補給や衛生など部隊の運営を担当する本部管理中隊という結果に終わり、古参の陸曹から「ナンバー中隊が本管に負けてどうすんねん」というお叱りを受けたのだが。
尚樹は苦い記憶を頭の隅へと追いやると、先ほど約束していたキャンプ用品店に向かう。
店内には様々なアウトドアグッズがあり、テントやカヤック、
防寒具も置いてあり、初夏の今は触る気にもならないので素通りして食器や携行食料、コンパスなどが置いてある一角にやってきた。
「こんなのもあるんだ」
「メタクッカーか、そういや冬の富士演習場でカップ麺喰ったなあ、凍死するかと思った」
「私も、吹雪の中墜落したことがあります」
「あの格好でよく凍死しなかったなあ」
「下原さんとジョゼさん……仲間が温めてくれたから助かりました」
「ははは、俺ならロシアの極寒は勘弁したいね、シベリア抑留みたいになってまう」
固形燃料と金属製のカップ、そして保持するアルミ合金製の台からなるメタクッカーを見てお互いに寒い経験をしたものだ、と話すふたり。
その他にも、「あの時、これがあれば」という思い出話をする。
まだ出会ってから半日であるが、ひかりの人懐っこさと軍隊経験者同士ということもあって話が弾み、楽しいひと時を過ごしたのであった。