ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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※『夏来たる』と入れ替え


夜明けの死闘

1945年8月17日

 

 補給を終え、弾薬や予備武器を携行したウィッチが空に上がる。

 その先陣を切るのが第502統合戦闘航空団の7人の乙女たちであった。

 戦車の残骸と第一警戒線があったであろう森は友軍の砲撃でずたずたに引き裂かれ、無数の大きな弾痕となり枝葉も残らぬ荒野へと変貌していた。

 じりじりと音を立てる照明弾の薄暗いぼんやりとした明かりが死に絶えた森の影を浮かび上がらせる。

 土煙がはれたところに浮かびあがる針のような3対6本脚の生えた黒い半透明の巨大な六角柱。

 もしも、直枝やひかりが見れば「ガラス張りのビルが歩いてる」という表現をするかもしれない。

 

『孝美、今の時点でコアは見えるか』

「見えません!」

 

 そこにラルからの通信が入り、孝美は魔眼を発動し六角柱のコアを捜索するが相変わらずと言っていいほど何も見えない。

 

「これはおそらく“黒水晶”と同じタイプです!皆さん、表面に穴をあけてください!」

 

 サーシャがかつて森の中で遭遇したネウロイの最期を思い出し、ひょっとすればコアが屈折部によって覆い隠されているタイプではないかと当たりを付けた。

 あの時の“黒水晶”は半分地下に潜っており、ブダノワたちに破孔を作られ地中逃亡しようとして上からとどめを刺されて撃破されたのだ。

 502のウィッチたちはサーシャの意図を汲むと、塞がらんとする半透明の水晶部の下の方に射撃を加える。

 

「出し惜しみはなしだよ!」

 

 クルピンスキーは早速Stg44小銃の下部に取り付けられた“小銃てき弾”を発射する。

 一般歩兵の銃には無い、戦果を挙げる航空ウィッチに与えられた()()()()のとっておきだ。

 

「上の破孔は良いから、下方に集中射撃!ニパさん!」

「はい!」

 

 ほぼ同時にロスマンのフリーガーハマーが火を噴き、機関銃だけでは火力不足という事もあって負い紐(スリング)で吊って携行していたカールスラント製対戦車てき弾発射機“パンツァーファウスト100”をニパは構える。

 パイプの先端に成形炸薬の弾頭がついているこの使い捨て火器はにスオムスにも1944年から配備され、ニパも数度使用したことがあった。

 

「てき弾を使うのって久しぶりだなあ、後方よし……当たって!」

 

 小脇に抱えると簡易照準器の照門いっぱいに捉えて、持ち手のパイプに付いたレバーを押すと撃発される。

 バン!という音と共にパイプ後端からガスが勢いよく噴出し、弾頭はロスマンの放ったロケット弾に続いて飛んでゆく。

 弾が大きく放物線を描く水平射撃ではなく撃ち下ろしなので、弾道は比較的安定して命中し、何とか破孔を開いた。

 その時うっすらとコア状の何かが見えたが、すぐに覆い隠されてしまった。

 

「わかりました!中央底部……装甲で魔眼を遮断するタイプです!」

 

 フリーガーハマーも携行弾18発中9発を撃ちきり、腰につけた予備ロケット倉から次弾を装填し、ニパのパンツァーファウストもクルピンスキーのライフルグレネードも使い切ってなお、悠然と歩く六角柱に航空歩兵の火力では力不足だと思った。

 孝美の20㎜弾やジョゼ、下原、サーシャの各機関銃弾くらいだともはや撃たないほうがいいくらいで外板に対しては全くといっていいほど効果が無い。

 歩兵から貰った集束手榴弾はあるものの、装甲貫徹能力と射程距離に欠けている。

 危険を冒して近接し投げつけた所で、破孔に入らなければ外板表面で弾き返されて何の意味もない。

 

「くそっ、硬すぎるな」

「そうだねぇニパ君、硬いし回復も早いときた」

「ネウロイがしぶといのはいつものことね」

 

 成形炸薬弾系の武器を持っていた3人が思わず呟く。

 ロスマンは同時にフリーガーハマー用の革製のケースに入っていた弾を、発射機の後部から1発ずつ装填する。

 そんな時、下原が敵の増援を確認した。

 どうやら屈折体の発光なしで現れたようだ。

 

「大型の足元から増援来ます!数は20、いや30!35!」

「まだ隠れていたんだ……」

 

 母艦級というだけあって下からわらわらと“クモ”と高射タイプが湧いてきては光線を撃ち上げてくる。

 

「散開!2番機を見失わないように!」

「了解!」

 

 サーシャの指示にロスマン・ニパ組、孝美・クルピンスキー組、下原・ジョゼ・サーシャ組に散開する。

 散開こそすれど後退は出来ない、何故ならば後方には後退中の友軍がいて“第二警戒線”がある。

 兵隊ネウロイならばともかく、堅牢で召喚機能を持つ母艦級大型ネウロイが第二警戒線を突破したならば、吐き出される尖兵によって重傷者の脱出は難しくなり、なおかつ前線飛行場が放棄されて後退することになるのだ。

 

 多くの犠牲を出して前線から後退する事、すなわちウラヌス作戦の失敗を意味する。

 そうなればリベリオンやブリタニア、扶桑から派遣された部隊がレーシー攻略の主力となり、レーシーの空間跳躍能力の研究などの利益のためにアルチューフィン戦闘団は解散、中核に居る502も管野とひかりの救出から手を引かざるを得なくなるのだ。

 

 作戦失敗に伴う大きな犠牲と政治屋の都合で派遣される調査隊に引き継がれるのを防ぐには何としても母艦級ネウロイ“六角柱”を撃破しここを死守しなくてはならない。

 

「サーシャさん、砲撃支援は無いんですかっ!」

「ジョゼ、私たちが居るのでさっきみたいな砲撃は出来ませんって……」

「そうです、後方の重砲は私たちが射線上に居るので撃てません」

 

 実体弾を避けて降下し頭を引き上げながら高射型ネウロイを撃破するジョゼ、サーシャと下原は光線を放ってくる数体の中型、小型ネウロイに弾を浴びせる。

 しかし、暗い中1発撃てば10発のお返しとばかりに複数方向から光線と実体弾が襲うのだ。

 クルピンスキーや孝美、ロスマン、ニパも同様で、回避に目視ではなく敵の火線を誘導しつつカンで避けるといったエース部隊だからこそできる方法を用いていた。

 

「数が多い……でも、ここで下がるわけにはいかない!」

「そうだね、ひかりちゃんと直ちゃんが帰ってくるためには」

 

 キラキラと闇に輝く光線を躱して地表スレスレを駆け抜けてゆく二人、孝美とクルピンスキーは中型や小型を狩りながら少しでも侵攻を遅らせようと、六角柱の脚の付け根の関節を20㎜弾で撃ち抜く。

 

「何としても倒さなきゃ」

「何としても倒さないとね!」

 

 クルピンスキーと孝美のセリフが重なる。

 孝美は妹の手掛かりどころか救出のチャンスを無理に転属してまでつかみ取ったのだ、こんなところでそれをふいにしたくないという執念からの厳しい表情で、歴戦の猛者であるクルピンスキーからいつもの軽さは消え、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 生き残れるエースは苦しいときにこそ不敵に笑うのだ。

 

 精神状態がもろに魔法力などに反映されるウィッチにとって、心が折れれば突如魔法が使えなくなったりして墜落するなど、通常の兵士以上に命に関わるがゆえに念入りに暗示をかけるのである。

 

 『軍事心理学』を研究するある軍医曰く、戦争神経症、恐慌状態や不安に陥ってしまい回復が遅い者はその間“シールド強度や出力なども弱くなる傾向”にあり結果として長生きできないという統計が出ているそうだ。

 これは各国の軍隊で経験則的に知られているもので、そのためウィッチへの“機会教育”、扶桑軍では“精神修養”といった手段が正規の教育では採られているのだ。

 

 クルピンスキー・孝美組が関節を狙って一撃離脱をしているころ、ロスマン・ニパ組は制空を担当するサーシャたちの負担を軽減するために、捜索担当と攻撃担当に分かれる“ハンター・キラー戦術”を取っていた。

 

「ニパさん、高いわ。もっと高度を下げなさい!」

「わわっ!2時方向下!」

「そこね!」

  

 

 ニパが囮となって空地至る所から発される光線をかいくぐり、ロスマンが的確に発光点へと応射して高射タイプの中型ネウロイ4体と飛行型を5機撃墜している。

 

「次から次へとっ、キリがないなっ」

 

 ニパたちだけでなく空に上がったウィッチは敵に狙いを付けられないように上下にジンキングし、左右に尻を振るように飛ぶ。

 “脳みそがシェイクされてかき回されてるよう”に感じる上下左右の回避機動に加え、天地がわからなくなる空間識失調(ヴァーティゴ)になりそうな暗い夜空、そして当たらないと分かっていても体の近くを光線が掠めていくのはやはり気分のいいものではなく、5分間の飛行が1時間にも2時間にも思えた。

 破片を貰ったのか、ユニットの外板にいつの間にかカギ裂きが出来て、ひゅうひゅうと音を立てていた。

 まだ、エンジンは健在だ。

 

 ______

 

 

「あそこにいるのは陸戦ウィッチか、助かった!」

 

 木々の間を進む陸戦ストライカーのようなシルエットに、後退中の歩兵たちが声を掛けた。

 小さな懐中電灯や灯火管制用の覆いを付けたアセチレンランプの明かりではよくわからないが、おそらくT-34/76か共同戦線を張っているカールスラント陸軍のユニットであろう。

 だが、迎撃のために前線から第二警戒線まで後退してきたにしては妙だった、ひとりの兵士が送った発光信号を無視し、気にも留めず突き進んでいくのだ。

 

「おい、そこの君達!どこに行くんだ」

「おかしい、陸戦ウィッチは今いないはずだ」

「ならあいつらは何処の連中だ」

 

 誰何の声も届いていないのか陸戦ストライカー4機は森の中へと消えていった。

 呼びかけにも答えず、所属がわからないことから歩兵部隊の小隊長が問い合わせたところ、陸戦ストライカーを擁する部隊は警戒線付近には()()()()()事がわかった。

 

「えっ!」

「じゃあ、あいつはもしかして……」

「ネウロイが化けたものかもしれんぞ!」

 

 こうした所属不明の陸戦ウィッチは右翼、あるいは左翼側から3グループほどに分かれて目撃され、森の中を抜けて前線飛行場の外周に設けられた塹壕(ざんごう)と監視小屋からなる防御線でようやくその全貌を現したのだ。

 

 最初はウィッチが補給か何かのために帰って来たものだと思った。

 しかし現れたのはシルエットは似ているが近くで見ると全身が黒一色で目も口もない擬態型ネウロイであり、壕から懐中電灯を向けた歩兵は死を覚悟した。

 

「何だ……てっ、敵襲!」

 

 木々の向こうに見えた陸戦ウィッチのシルエットは、だんだんと大きくなり、対ネウロイ砲を模した砲口が彼に向けられた瞬間、突然それはやって来た。

 

「何をぼうっと突っ立っているんだ」

 

 偽ウィッチが後ろへと吹っ飛び、続いてやって来た2体、3体目に砲弾が直撃する。

 歩兵が気づくと前には銀髪の女がいた。

 胸に付けた懐中電灯に青みががった灰色の軍服が浮かびあがり、その女の手には塹壕の壁面を補強していた直径20センチほどの丸太が収まっていた。

 

「スオムス軍……」

 

 銀髪の女、アウロラ・E・ユーティライネン大尉は森を睨む塹壕を踏み越えて殴り、倒した偽ウィッチに至近距離から拳銃を4発撃ち込んで始末する。

 

「間に合った!自分たちは502のユニット回収班です」 

「隊長が丸太で殴りつけたりするからその人腰ぬかしちゃってるじゃないですか」

「丸太なら巻き添えの心配はないからな、さて、攻勢に出るぞ」

 

 歩兵たちの後ろから数体の三号突撃戦闘脚G型とT-34/85戦闘脚がガシャン、ガシャンとやって来た。

 小柄で綺麗な銀髪の少女レーヴェシュライホ中尉と、どこからか仕入れた()()()()()()を履いたテッポ少尉である。

 破天荒な人物として有名なアウロラとずっと共に戦ってきた二人の部下もただ者ではないのだ。

 

「攻勢ですか、持ち場を守らなくて大丈夫ですかね」

「なに、ニパが落ちない限り我々に出番はないさ」

 

 レーヴェシュライホがサーシャより言われていたことを思い出したが、アウロラは主任務である戦闘捜索救難が起こらないと踏んでいた。

 ニパなり他のブレイク連中……今はクルピンスキーだけだが、中々ツイているようでここぞというときには不思議と落ちないのだ。

 2人が話しているところに、テッポが歩兵部隊の隊員たちを引き連れてやって来た。

 

「隊長、歩兵たちが『我々も連れていってほしい』と言っていますがどうしましょう」

「本当の馬鹿だな、……そちらの指揮官の利口さに期待する」

 

 先ほど間一髪で助かった歩兵が何かを話したようで、“命令下達のいとまがない状況における中隊長の現場判断”でアウロラたちについてゆくことが決まった。

 アウロラは久々に血が騒ぐのを感じた、そしてユニット回収班の彼女たちと歩兵部隊は指揮所を狙ってきたであろう偽ウィッチを狩ろうと森へ入って行った。

 

 502の傍を抜けたものは後続のウィッチや陸上部隊によって撃破されていったがいかんせん数が多く、このようにウィッチに擬態した小型ネウロイの一部が視界の悪さと混乱に乗じて警戒線を浸透突破して、前線飛行場や司令部に近接すると言った事態が発生した。

 

 だが、かつて取り込んだものを模倣したような“偽の陸戦ウィッチ”やら、“戦車もどき”がほとんどで、スオムスで確認された精神に影響を及ぼす“精神感作系ネウロイ”などの特殊なものは幸いにも含まれておらず、宿営地警備に当たっていた部隊やユニット回収班によって撃滅された。

 こうした浸透作戦を展開しているであろう六角柱は悠々と第二警戒線を踏み越えんと歩を進めている。

 いよいよ火力が足りない、突破口が見つからない、敵の増援が途切れるように思えないと感じたその時、男たちの声が無線より入った。

 

『お嬢さん、こちらは砲撃準備完了だ。そちらのタイミングで撃てるぞ!』

『プラーミャよりウィッチへ、第二警戒線にただいま到着。地べたは任せろ!』

『迫撃砲による支援は必要か?』

 

 重砲やロケット連隊だけでなく、戦車部隊や50㎜軽迫撃砲を装備した歩兵部隊などからも支援可能であるという知らせが入ったのだ。

 サーシャはようやく時が来たことを知った。

 

「皆さん、ありがとうございます。……隊長、支援射撃の許可を」

『サーシャに任せる、盛大に撃たせてやれ』

「了解!……射撃座標は」

 

 さっと距離を取ったところにヒューンと風を切る砲弾の落下音が聞こえ、赤い炎を曳いて飛ぶロケット弾のウォーンという気味の悪いうなり声が青い夜明け空に響く。

 

『初弾、弾着……3、2、1、今っ』

 

 2回目の重砲群、ロケット連隊による濃密な制圧射撃が大きな放物線を描いて降り注ぎ、“六角柱”や増援としてわらわらと湧いてきている大小さまざまなネウロイを襲う。

 小型は消滅、中型にも少なからずダメージを与え、六角柱は先ほどよりも大きく壊れていた。

 孝美が破孔より大きな屈折体の内部に眠るコアの正確な座標を報告する。

 

「サーシャさん、コアが見えました!六角柱の下面です!座標は……」

 

 大きく損傷しているが、なおも悠然と近づいてくる超巨大ネウロイに第二警戒線突破も時間の問題かと思われた。

 そうは問屋が卸さないと、先ほど後退していた第一警戒線の残存戦力を加えた防御部隊が勢ぞろいで待ち構えていた。

 85㎜砲を大型の電動砲塔に乗せた新型のT-34/85戦車や、KV-2といった威力のある戦車部隊に、122㎜砲や152㎜砲といった“猛獣殺し”、もとい“中型殺し”の重自走砲連隊もおり、彼らは逸る気持ちを抑えながらサーシャの指示が出る前に照準を合わせていた。

 

「次!ネウロイ下面に射撃を集中させてください!」

『了解!』

「関節や、胴体下を狙って!」

『待ってました!プラーミャ、射撃開始!』

『ボリバー、捉えたぞ』

 

 サーシャの指示が出るやいなや森の至る所から砲炎が上がり、重砲に代わって低い弾道の戦車砲や対戦車自走砲といった直射火器が撃ちこまれる。

 “プラーミャ”という符丁で呼ばれていたT-34/85戦車10両でなる戦車中隊が脚の関節に攻撃を集中させる。

 “ボリバー”は28口径の152㎜榴弾砲をガンガンと胴体下面の外板に当てて叩き割らんとする。

 回復も大分遅れているようで、衝撃で吹き飛んだ薄片が空に舞い飛びキラキラと光を放つ。

 おそらく屈折体による召喚を封じられ、ネウロイを“生産”したために防御が薄くなっていたのだろう。

 

「孝美さん、今です!」

 

 地上部隊の猛攻で作ったヒビの向こうにあるコアを目掛けて、孝美は狙撃を行う。

 孝美目掛けて幾つもの光線、砲弾が飛び来るがクルピンスキーやニパ、サーシャまでがシールドを張って孝美を守る。

 ジョゼとロスマン、下原は飛び回ってわらわらと出てきた兵隊ネウロイを叩く。

 

「完全捕捉!」

 

 魔力を帯びた20㎜機関銃弾は砲兵たちの152㎜砲の2倍ほどの威力をもって、六角柱のコアを撃ち抜く。

 白い砕片となった六角柱とそのしもべともいえる兵隊ネウロイ達はまるで藍に溶けるかのように消えていった。

 8月17日未明に始まった戦闘はこうして、終結を見たのだった。

 

 _____

 

 

  襲撃によって、一晩で前線戦力に対し歩兵が6%、戦車が5%、その他兵科で3%の被害が出た。

  ウィッチを擁する航空部隊でも、馴れぬ夜襲に墜落したり撃墜されるなどでごく少数の重軽傷者を出したが、戦車部隊付きの装甲歩兵ほどは酷くはなかった。

 

 少しばかりの休息の後、戦死者またはその遺品の回収に加え、“腐敗による疫病の発生”や“撃破車輌などがネウロイによって再利用される”ことを防ぐために“戦場清掃”が始まった。

 この気の滅入るような作業にはウィッチたちも従事し、スコップや担架を持って歩兵達に混ざって“戦場清掃”へと向かう。

 502のウィッチたちも例外ではなく、トラックに乗せられて比較的マシな場所まで運ばれ、弾痕などでまともに走れなくなる辺りから割り当て場所まで徒歩行進する。

  太陽が登り、辺りが明るくなってよく見えるようになると悲惨としか言えない光景が広がっていた。

  砲弾によって木々は吹き飛んで大地はえぐれ、辺りには黒く焦げた戦車やら、半分融け落ちた鉄帽、燃え残った何かを袋に詰める歩兵達。

  第二警戒線までの部隊ならば比較的回収出来るのだが最初に接敵した第一警戒線にいた彼らは壊滅した後、友軍の阻止砲撃によって深く耕されたために軍服の切れ端すら見つけるのは困難だった。

 

「これじゃあ、誰が居たのかも分かりませんね」

「生焼けじゃないぶん、まだ楽って言えば楽だけどね」

 

 ほとんど遺留品が残っていない戦場清掃に思うところがあるのか孝美は呟き、クルピンスキーは割り当ての配慮に言及する。

 ウィッチに凄惨な物を見せて精神的ショックで不調になられても困るし、なにより若く幼い女の子たちに戦闘以外でえげつない重労働はさせたくないというのが大人の軍人たちの“最後の良心”なのだ。

 

 502では他部隊から借りた装備やら、森で大暴れしたユニット回収班の各種手続きに奔走するサーシャに代わりロスマンが捜索小隊の指揮官となった。

 小柄な彼女は認識票や階級章、時計などの個人が識別できる物を入れる為の袋を持って、地図を片手に進んで行く。

 その後ろにはシャベルやバールといった土工具(どこうぐ)や前後二人で担ぎ上げる“戦利品入れ”を持った隊員が続く。

 

 弾痕に足をとられて転びそうになったところをクルピンスキーが支える。

 

「先生、大丈夫? そっちの袋を持とうか?」

「クルピンスキー、元気が余っているならあの箱を一人で持ってちょうだい」

「今晩、足腰が立たなくなりそうだよ、そうだ、その時は先生に起こしてもらおう」

「あなたは一人で寝て、私はあなたに近づかないわ」

「そんなぁ」

 

 抱きしめられたロスマンは、ニパと下原が持っている“戦利品入れ”を指した。

 “戦利品入れ”とはストライカーユニットの梱包に使われていた木箱に担ぐための長い棒を取り付けたものであり、扶桑人である直枝や下原は“大名駕籠”(かご)などと呼んだ。

 撃破された戦車やら車両についている車両工具などを持ち帰ったり、無事な銃火器を回収する際に突っ込むので結構な重量になるのだ。

 回収したものは整備班によって手製の工具に変わったり、“金属資源”としてどこかに消えていくのだ。

 今回は原型を留めているものがほぼ無いので出番は無さそうだ。

 クルピンスキーとロスマンの相変わらずなやり取りに、ニパはまたやってるなあと思いながら前を行く下原を見る。

 

「定ちゃん……今日の朝ごはん、パン一個だったね」

「仕方ないわ、ついさっきまで戦ってたんだから」

「そうだけど、力が出ないかなぁ……なんて」

「ジョゼ、私たちはまだ加給食のチョコレートがあるけど、兵隊さんは何もないのよ」

「ううっ……お腹空いたなあ」

 

 残敵の掃討、安全確認が済んだあと前線飛行場に戻って来た彼女たちは、パンひとつと魔法力の回復目的で渡されるチョコレートだけで戦場清掃に駆り出されたのだ。

 皆が「力が出ないからせめてもう一品増やすべきだ」と感じていた。

 しかし、口の悪い兵隊の中には、「食っても遺体の回収で()()()()()()()()()石のようなパンで十分」と言う者もおり、こうした作業前の食事にはそれぞれが一家言(いっかげん)持っていた。

 状況に合わせて見た目も重要で、真っ赤なボルシチでも出されたならば至る所で「何かを連想させる」と喫食拒否が発生するだろう。

 

「これは」

「写真入れね……」

 

 孝美がくすんだ銀色の写真入れを土中より拾い上げた、ペンダントの鎖こそ千切れ飛んでいたが、豆のような形状のそれは無事に開いた。

 

「綺麗な人」

「奥様かしら、これは持ち帰りましょう」

 

 中には孝美が見ても綺麗だと思うドレス姿の女性の写真が収められていた。

 所持していた者の名前などは記されていないが、とりあえず遺留品という事でロスマンの持っていた袋に収められた。

 

「先生、これって徽章(きしょう)だよね」

「そうね、だいぶ溶け落ちているから何だったのかわからないわ」

 

 クルピンスキーは吹き飛んだ木の根の下から黒っぽい塊を見つけたが、爆発の高熱と圧力で溶けて固まっており何の徽章かも誰の持ち物だったのかもわからない。

 

 その後、全員で捜索したものの黒土の中からはめぼしいものは見つからず結局、所有者不明の2点だけで終わってしまった。

 昼下がりの帰路、前線飛行場までのあいだにトラックの荷台から見たのは二人がかりで“何か”を積み上げている光景で、目を凝らさなくともそれが何であるかよくわかる。

 アフリカやロマーニャほどではないが、夏という事もあってあまりのショッキングさに数日の間、ジョゼですら肉料理が食べられないといったありさまだった。

 しかし彼女たちは歴戦の猛者であり、しばらくすると回復して牛肉のカンヅメをまたモリモリと食べていた。

 

 このように502の乙女たちが夜襲の衝撃から回復したころ、大西洋から海風薫る海兵たちがやって来たのだった。

 

「ここがオラーシャね!腕が鳴るわね。ヘイ、ガールズ!準備はいい?」

「ウーラー!」

「我々は?」

「海兵隊!リベリオンの海兵隊!」

「トリポリの海岸からモンテズマの間まで、世界中で戦える!」

「センパーファイ!」

 

 ムルマン港に降り立った金髪の少女、メアリー・ワインバーグ中佐はまるでフットボール場のチアリーダーのようにテンションを上げてゆく。

 そこに別の一団がやって来た、ブリタニアのウィッチ達だ。

 

「何の騒ぎかしら」

「どうやら躾のなっていない犬が吠えているようです、隊長」

「誰が犬だって?」

 

 集団から出てきた血気盛んな二人がガンを飛ばしあう。

 

「あら、自覚はあった様ね、行儀が悪いわよエルマ」

「はい!……覚えてろよリベリアン!」

「家で○○してやがれ!ブリ公」

 

 隊長と呼ばれた女、マリア・ホワイト少佐は煽りつつも部下を下がらせる。

 その様子を見ていた扶桑人の少女が言った。

 

「あいかわらずだな、お前たちも」

「ショーコじゃないの!お久しぶり!元気にしてた?」

「これはこれは、リバウ撤退戦以来かしら。今も船が苦手のようね」

「ああ、久々に長い船旅をして気分が悪くなったよ……海軍さんも近くにいるぞ」

 

 扶桑陸軍の軍装に身を包んだ少女、小野田祥子少佐は船酔いで青白い顔をしていた。

 機動艦隊に護衛された輸送船団に乗って喜望峰を回ってやって来たのだが、船が苦手な彼女にとっては地獄のような1か月であったのだ。

 3人は顔を見合わせると、言った。

 

「お前たち(あなたたち)の任務は巣の調査?」

 

 扶桑、リベリオン、ブリタニア、いずれも政治的意図によって派兵されてきたのだった。

 そんな彼女たちが戦線に加わるのはもう少し後の話となる。

 

 

 

 




かなり遅くなりましたがようやく投稿できました。

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