ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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※表現等微変更

今回は七夕とゲームの話です



七夕とゲーム機

 2017年7月7日

 

 仕事が休みである尚樹たち3人は買い出しのためにスーパーマーケットにやって来ていた。

 至る所で笹が飾られ、さらさらと色とりどりの短冊が揺れる。

 直枝やひかりは金、銀といったホイル折り紙やら七色に輝く特殊なキラキラ折り紙に驚きながらあっちこっちを見て回っていた。

 尚樹は二人の様子を見ながら去年までの自分の様子を思い出したが、子供の時ならいざ知らず、大人になってからは七夕もクリスマスも一年のうちの何の変哲もない一日で気が付けば過ぎていた印象しかなかった。

 24時間年中無休が当たり前で娯楽に溢れているような豊かな世界だからこそ、イベント事には鈍感になるのだ。

 むしろ、世間から隔離されている兵士の方がこうしたイベント事に敏感である。

 

 陸自の場合、年末が来れば年末行事をし、新年が来れば訓練始めを行い、成人式をやり、春が来れば入隊式や駐屯地創立記念行事をして、七夕が近づけば市民に開放する“駐屯地納涼盆踊り大会”などが行われる。

 河内音頭のギネス世界記録に協力したり、冬が来れば札幌では雪まつりの支援が待っているのだ。

 

 諸外国の軍隊でもクリスマスパーティー、復活祭などが行われ、直枝たちもサトゥルヌス祭などをやっている。また海軍の艦船でも赤道を超えるときに赤道祭と言う儀式を艦内でやるそうだ。

 とにかく、イベントは兵士にとっては貴重な娯楽の一面もあるのだ。

 

 ひかりは店内に飾られている笹と小学生以下の子供が書いた願い事を見て尚樹に尋ねた。

 

「尚樹さん、今日は七夕ですね!」

「そうだな」

「願い事とかってありますか?」

「いやあ、大人になってからは考えつかないな」

「えー、それなら子供の時はどうだったんですか?」

「俺は……プレステ2、ゲーム機が欲しいとか言ってたな」

 

 尚樹は今の子供が「ソーシャルゲームのSSレアキャラが欲しい」とか「“ニンキョードースイッチ”が欲しい」と書いているのを見て時代を表すなあと思うと共に、おもちゃを欲しがるのは変わらないなと思う。

 そこに直枝が戻って来た。

 手には“お徳用さきイカ”が握られており、尚樹の押すカートに放り込みながら言った。

 

「風情もなんにもねえなあ」

 

 七夕ならもっと風情があること願えよという直枝に、ひかりは純粋な興味から直枝の願いについて尋ねてみた。

 

「じゃあ管野さんは何願うんですか?」

「それはもちろん……って、教えねーよ!」

「いいじゃないですか別に!管野さんのけち!」

「うるせえ!」

 

 風情を気にする直枝は案外ロマンチックな願いを持っていたらしく、赤くなって話を打ち切ろうとしたその時、短冊のある願い事が目に留まった。

 

 

『かっこいい男の子がおむこさんになってくれますように 小学3年 井上なな』

 

 

 直枝はまるで数年前の自分が書いたかのように思えて何とも気恥ずかしくなった。

 ロマンス小説を読みふけって影響されてマセていたあの頃の自分を殴りてえ……と。

 あんまりツッコまれたくなかったのでつい、ひかりに振ってしまった。

 

「そういうひかりはどうなんだよ」

「私ですか?私はいつまでもみんな楽しく暮らせたらいいなあ、なんて」

 

 尚樹と直枝はひかりの願いについて何も言えなかった。

 いつまでもみんな楽しくというが、どちらかを選べばもう一方とおそらく永遠に別れることになる。

 帰還か残留どちらを選んでも悲しい思いがやって来ることを知っているだけに、尚樹、ひかり、直枝の三人とも本当の願いは口に出来なかったのだった。

 

 ひかりは今の生活に慣れてとても暮らしやすいところだと思ったし、共に生活をしていくうちに惹かれていた彼と別れるのは辛いと思う。

 しかし、大好きな両親や姉、そして502の皆と永遠に別れたいかと言うと否であり、帰還できるとして帰るか残るか一番悩んでいた。

 直枝はここでの生活は魅力的だけども仲間や家族の事を考えると帰りたいと思っていた、しかしひかりと尚樹を引き剥がしてまで連れて帰っていいものかと考えていたし、尚樹の中でもひかりに残って欲しい気持ちと、帰って両親や姉に無事な様子を見せてやって欲しいという二つの対立する願いがせめぎ合っていた。

 とりあえず帰還ができるという保証も無いし、尚樹は問題を()()()しようと考えると暗くなりそうな雰囲気を切り替えるために言った。

 

「ま、今は楽しいし、その時に考えたらいいんじゃないか」

「そうだけどよ……まあ、そうだな」

「えっと、そうですね」

 

 それからは特に話すこともなく、レジで精算を済ませて店を出る。

 スーパーから帰る途中、直枝はふっと思った。

 

__織姫と彦星みたいに年一回でいいから向こうとこっち、繋がらねえかな。

 

 自分たちの世界と繋がれば、ネウロイやあるいはこっちの技術も行き来してしまうだろうが二人が悩むことは無くなる。

 こっちで暮らして年一回向こうに“帰省”するという暮らしもウィッチである限りはできるだろう。

 

 その逆で向こうの戦時生活が嫌になり、こっちに亡命してくるやつも出るかも知れない。

 幸いにも、空の上にあって空を飛べないものは行き来できないから亡命できるものは航空ウィッチか飛行機に限られる。

 地上に超空間通路が出来て地続きにでもなれば難民が流入するかもしれないが、そんなのは入国管理局なり司法機関なりの仕事であり自分たちが知った話ではない。

 その考えに至った時、直枝は案外どうとでもなるかもなと感じた。

 同時に「“レーシー”が毎度毎度都合よく通路を開いてくれるか」あるいは「通路に辿り着く前に湧いてくるネウロイをどうするか」という懸念と問題点が浮かんだが今は考えないようにした。

 

 

_____

 

 

 家に帰ると直枝たちは手分けして冷蔵庫に先ほど買ったばかりの生鮮食品とパックジュースを入れた。

 ひかりも尚樹も手慣れたもので、わずかな隙間を有効活用し効率よく詰めていく。

 来た当初、冷凍庫に野菜を入れようとしていた直枝も、今では二人の指導によって新聞紙で野菜を包んだり、放出されるエチレンガスで他の野菜が傷まないようにりんごをビニール袋に詰めるといった技能を習得したのだ。

 

 冷蔵庫に食材を収めると、店での会話から尚樹があることを思い出した。

 子供の頃、星に願ってまで手に入れたプレステ2の後継機であるプレステ3の存在だ。

 引っ越してすぐに実家に置いてあったゲーム機を持ってきたのだが、数か月もすると飽きてしまい押し入れの奥にしまい込んだまま2年くらい経っていた。

 出すのも面倒くさく、再びやる気も起こらなかったので放置していたが今なら同居人が二人いる。

 暇つぶしにはちょうどいいかもしれない。

 もっとも現在のオンラインプレイにおいては後継機であるプレステ4やパソコン版が主流であり、一昔前のプレステ3版日本サーバーなんて過疎状態で人がおらずゲームすら成り立たない。

 もしくはサービス自体2017年6月までに終了していてオフラインしかできないという事もある。

 

「そういえば思い出した、俺プレステ3こっちに持ってきてたんだっけ」

「プレステ3ってなんですか?さっきも聞いたような」

「テレビゲーム機、“プレイステート3”って言ってテレビにつないで遊べるんだ」

「うーん、どんなものわかんねえな。異世界モノでよく出てくるアレだよな“RPG”」

「そうそう、RPGをやってた人がああいう作品作ってるからなあ」

「あーるぴーじー?」

「そうそう、戦争映画でよく言ってる『RPG!』……ではなくって」

 

 ひかりの疑問に尚樹はボケてみたが、二人の反応はいまいちだ。

 現代の紛争では必ずと言っていいほど登場する旧ソ連製対戦車てき弾発射機を二人は知らないのだ。

 

「ロール・プレイング・ゲーム……勇者という役割を演じて魔王討伐とかの旅に出るゲームだよ」

「おい、確か人んち家探ししたり、美少女の知り合いばっか増えるゲームだったよな」

「それネット小説に影響され過ぎだ、まあ事実だけどな」

 

 作品ごとに違うがダンジョンやら村にある宝箱などを漁り、恋愛要素があるかどうかは別として美少女の知り合いが出来るのは大体共通だ。

 むさいオッサンばっかりのパーティーで、なおかつ法と秩序に基づいたリアル寄りの魔王討伐などどこの層にも需要が無いだろう。

 萌えキャラと言われる和製ゲームはもとより、洋物ゲームでさえ女性は絶対に登場するのだ。

 直枝の言う異世界に転生とかゲーム世界物は諸兄もご存知の通り大抵は和製RPGを下敷きにして作られた話であり、ギルドやらMP、スキル、あるいは冒険者などが現れるのである。

 

 尚樹はRPGの説明もほどほどに、台所から和室の押し入れに向かった。

 ひかりと直枝も尚樹の後に着いていき、押し入れ捜索作業を見守る。

 念入りに毛布で巻かれたひかりの九九式二号二型改13㎜機関銃がはじめに取り出され、その奥に積まれた段ボール箱を取り出していく。

 直枝はストライカーユニットはよく見ていたものの、銃器がどこにあるのか知らなかったため、毛布の中から登場した機関銃に驚いた。

 

「これって、九九式じゃねえか」

「はい、私の銃です!あれ、管野さんの銃は?」

「俺の銃は戦闘機にぶつかりそうになった時に落としちまったからな」

 

 大阪上空戦においてF-15と接触しそうになった際に落ちていったのだ、上空5000メートル近くから落ちたので原形もとどめていないだろうし悪用されることもないだろうと今の今まで存在を忘れていた。

 尚樹は大阪上空戦の少し前に発生し、あれから続報もない謎の自称ロシア人による銃刀法違反事件を思い出した。

 

「マジか、この国は銃器が見つかったらすごい騒ぎになるからな」

「そうですよ、たしかオラーシャ軍の人でしたよね」

「おう、自称ロシア人という事になってたけど、たぶんな」

「おい、ひかり以外にもいたのか!」

 

 尚樹は黒い戦車兵のつなぎ姿で短機関銃を持った兵士が家の前を歩いていく映像があったことなどを話しながらプレステ3の箱を探す。

 テレビの空き箱やらアイロンの空き箱、いつぞの結婚式でもらった引き出物のタオル詰め合わせなどいろんなものが出てくる。

 直枝はやたら出てくる家電製品の空箱に思わずツッコミを入れる。

 

「カラ箱ばっかりじゃねえか、捨てたらいいんじゃねえか?」

「取っとかないと修理に出すときとかめんどいし」

「そうか?そんなもん電気屋にでも持って行けよ」

「今はサポートセンターに郵送するのがほとんどだからな」

 

 直枝の認識では、家電が壊れた場合とりあえず大八車やリヤカーに載せて近所の電気屋に持って行くのが当たり前だった。

 しかし現代では箱の裏に保証書がついており、期間内で過失が無ければ無償修理が受けられるなどの記載がある。

 その際、尚樹のように箱詰めにしてメーカーに送ったり、あるいは中古品としてネットオークションに出品するときには空き箱があるかないかで大きく価値が変動するのだ。

 

「うちはお父さんがよく直してたなあ……」

「ひかりの家は電気屋かよ」

「お父さん、無線技士だからラジオとかは直せるって」

 

 ひかりは近所の家のラジオや扇風機、懐中電灯を修理する父親の姿を思い出した。

 ネジ回しやペンチ、あとは電気のハンダごてを持って黙々と作業していて母親に危ないから近寄るなと怒られたもので、電気器具の修理と言えば父親のイメージなのだ。

 男で整備士という事もあって、直枝は尚樹がどこまでできるのか気になって尋ねてみた。

 

「尚樹は修理とかって出来るのか?」

「俺か、今の電子機器は半導体チップ制御とかで高度過ぎてどうしようもない」

「なんだそりゃ」

「はんどーたい……」

 

 科学雑誌の付録やら小学校あるいは中学校の理科の教材に使われるような()()()ラジオや、電圧や電流、抵抗を調べる電気テスターなら何とかなるが、家電を始めとした現代の電子機器はマイコン・プログラム制御が中心でありよく分からないのだ。

 三級自動車整備士の試験でもトランジスタやらIC(集積回路)について出題されて学ぶが、トランジスタが生まれる1948年以前の人間であるひかりたちに現代の電子機器について説明するにはまず半導体とは何かから説明しなくてはならない。

 尚樹自身、トランジスタはシリコンやゲルマニウムなどの素材で出来た小さなチップであり、“穴の多いP型半導体にマイナス電子の多いN型半導体を張り付けたNPN型トランジスタで自動車の色々な制御をやっている”という事以上の詳しい説明は出来そうになかったのだ。

 

「半導体っていうのは小指の爪の先ほどの小さい板みたいな部品で、電流流したら別の回路に大きな電流を流す働きをするんだ」

「うーん、よくわかりません!」

「そうだよな。こないだ見せたスマホも半導体で色んな事をしてるんだ、計算とか、通電制御とか」

「あんな薄っぺらいものの中に入ってるのかよ、すげーな」

 

 ひかりも直枝も“よくわからないけどとにかく電気の制御ができるすごい板”というイメージを得た。

 直枝やひかりにとってコンピューターとは未知のものであり、逆に自分たちの世界のコンピューターがどういった物かもわからなかったが、とにかく小型化されて凄いということはわかったのだ。

 彼女たちは知らないが、魔法力の制御においてシリコンなどの半導体研究は意外と進んでおり、鉱石による魔法反応効果などが発見されストライカーユニットや魔導コンピューターにも用いられている。

 トランジスタの話をしていると、埃被った箱が奥より出てきて隣にはゲーム屋のポリ袋が一緒に置かれていた。

 

「あったあった、これがプレステ3。こっちの袋がソフトだ」

「これがゲーム機ですか?」

「うん、じゃあテレビにつないでみようか」

 

 尚樹は箱から黒い本体を取り出すとコンセントを繋ぎ、HDMIケーブルを液晶テレビに繋ぎ、テレビを外部入力画面に切り替える。

 その間、直枝とひかりは何が始まるんだろうとワクワクしながら見ていた。

 ポリ袋の中には一人称シューティングゲーム、通称:FPSと呼ばれるジャンルのソフトが3本入っていた。

 

「FPSしかないのかよ、まあ、コッド(CoD)シリーズでいいか」

 

 尚樹は世界的に有名なシリーズものの第4作目を選び、本体に挿入する。

 ウイーンという機械音と共に本体に吸い込まれていくCDにひかり達は驚いたが、それよりも画面に映るオープニング画面が気になっていた。

 

「これってどんなゲームなんですか?」

「まあ戦争映画みたいなゲームだな」

「ええ……」

「まあ箱の絵で想像はついてたけどな」

 

 チェルノブイリ原発事故の後、核物質は取引され世界中の闇ルートに拡散した。

 2000年代初頭、旧ソ連圏の東欧諸国・中東にて超国家主義と呼ばれる思想を持った一派が現れ、欧米諸国に対し宣戦を布告した。

 プレイヤーはイギリスのSASやアメリカの海兵隊員となって、超国家主義者の首魁(しゅかい)である男を捕縛あるいは抹殺する任務をこなしていくのだ。

 

 尚樹はオープニングを見ながら、ひかりと直枝どっちが最初にプレイするか尋ねた。

 じゃんけんの結果、最初はひかりがプレイすることになった。

 超国家主義者に捕まった中東某国の大統領が車に乗せられて刑場に連行されていくところから物語は始まる。

 

「うわー、すごい。映画みたいですね」

「作り込みが細かい、こんな風景テレビで見たぞ」

「犬に追いかけられてる!」

「中東の国ってこんな感じだよなあ」

「……人間同士の戦いってこんなのかよ」

「まあ、そうだな。特に現代戦はね」

 

 ひかりはプレステ3の描画力に驚きながらコントローラーのスティックをぐるぐると回す。

 連行される古いセダンの外には、市民が超国家主義者の兵士や軍用犬に追い立てられていたり街路で処刑が行われていた。

 尚樹にとっては湾岸戦争やイラク戦争の報道特集を彷彿とさせるもので見慣れたような景色だったが、直枝たちにとっては人間同士の戦争がこんな風景だったなんてとショッキングに感じた。

 

 ひかり達が大統領の最期をこわごわと言った様子で見おわると、視点はSASの新入隊員(F.N.G)のものとなり訓練場で操作練習が始まった。

 

「景色がぐるんぐるん回って酔いそうだな、ひかり、早く進めろ!」

「はーい、見るのが難しいなあ」

 

 ひかりは早速、屋内射撃訓練場で射撃訓練を始めるのだが左右のスティックの連動操作がうまくいかず、天井を向いてぐるぐると回ったり、逆に床を撃ったあと後ろに下がっていき壁に引っかかったりと散々だった。

 

「全然当たらない……狙いを付けられない」

「どこ撃ってんだ、ロスマン先生ならこの時点で帰れって言ってそうだよな」

「素早くL2ボタンを押したら自動で合うよ」

 

 ひかりは照準カーソルを的に合わせるのに四苦八苦していた。

 スティックを倒し過ぎて的を通過し、戻そうと倒すと変なところを向いてしまうのだ。

 実銃での射撃の感覚がスティック操作に関しては全く役に立たない。

 

 直枝が「貸してみろ」といってひかりからコントローラーを受け取って操作をするもののFPS初体験にありがちな視界移動に失敗しやっぱりひかりと同じように、視界が動かせず真横に移動する“カニ歩き”やナイフ空振り、貨物船を模した訓練施設で“転落死”という事が続きイライラし始めた。

 

「お前、ロープあるんだから掴めばいいじゃねえか!なんで落ちるんだよ!」

「直ちゃん、セリフの後に“□ボタン長押し”ってあるから光るまで待とう」

「管野さん、私がやります!」

「さっきまで回ってたおめーに出来んのかよ」

「やり方見ていました!」

「じゃあやってみろよ」

 

 直枝からコントローラーを受け取ったひかりは右スティックで視界を動かしながら訓練塔に上る。

 

『GO!』

 

 ひかりはロープが光ると四角ボタンを長押しし、ロープ降下を終えると訓練施設の中を走り抜ける。

 音響閃光弾(フラッシュバン)を投げ込むと、現れる標的を撃って制圧する。

 途中、階段や部屋の入り口で引っかかって時間オーバーがあったものの何とかクリアした。

 2回死んだときと、新しいステージに行ったら交代というルールが出来て、直枝とひかりはようやく不審な積み荷の貨物船の制圧任務に辿り着いた。

 

 

 暗闇の中、ヘリコプターは時化(しけ)た海を行く貨物船の上に向かう。

 プレイヤーの向かいの座席に座る大尉が葉巻を捨ててガスマスクを着け、手の力だけで降りるファストロープ降下が始まった。

 降り立った彼らは操艦している前部ブリッジの人員を手早く短機関銃で無力化すると、固定がお粗末だったのかコンテナが散乱する甲板を行く。

 

「ヘリコプターってこんな感じなんですね」

「思ったより乗ってるじゃねえか」

「そうだね、こうやって空中機動部隊はロープ降下して展開するんだよ」

 

 ひかりと直枝はかつて自分たちを捜索していたであろうヘリコプターがこのように運用されているのを初めて知ったのである。

 船室を制圧し、火力支援に現れた英国陸軍のリンクス……ではなくUH-60に直枝は思わずツッコミを入れた。

 ブオーンとまるでこちら側の戦闘機の機関砲みたいな音がして、後部ブリッジが無力化されたのだ。

 

「あいつ、機関銃とか装備してんのか、やべーな」

「ドアのところに12.7㎜機銃とか付けられるぞ、アメリカのやつはもっとすごい」

 

 アメリカ陸軍のものは対戦車ミサイルやらロケット弾ポットが吊り下げられるが、自衛隊のUH-60JA(ヒリュウ)は“予算不足のため増槽しかつけられなかった”という有名な話を尚樹は教育隊時代、航空科から来た班長から聞いて涙したのだ。

 直枝の頭にブリタニアの船団護衛任務がよぎる、こんなにヤバそうなのに()()がついていないなんてありえるのだろうかと。

 そうこうしているうちにひかりは後部ブリッジに突入し貨物室内の捜索に取り掛かる。

 船内にはソ連製の自走対空ミサイル“クーブ”が積まれてたり、ソ連製小型トラックがあったりとどう見ても真っ当な船ではなさそうだ。

 

「あっ!」

「どうしたひかり!」

「手榴弾投げちゃいましたー」

「おっ、マーカー消えるまで離れないと……」

 

 ボタン操作を誤り、意図せず投げた手榴弾が跳ね返って爆死した。

 残るは一回だけで、貨物室内での銃撃戦で死ねば直枝に交代である。

 結局、貨物船の不審な積み荷は“核物質”であり、消耗品の乗組員と共に証拠を隠滅しようとやって来た超国家主義者側の2機のMiG戦闘機によって攻撃されてSASチームは沈みゆく貨物船から命からがら脱出した。

 MiGが接近してきたことを知った直枝は「やっぱりか」と思うとともに“MiG”と聞いてサーシャの顔が浮かんだ。

 直枝たちがロシア西部のアジトに突入して敵に捕らわれた情報員の救出作戦をしているとき、河内長野市の山中では奇妙な出来事が起こっていた。

 

 

____

 

 

 河内長野市に住んでいる65歳の男性は山間部に作った田んぼから、麓の家に帰ろうと軽トラックに乗って山道を下っていた。

 交通量は少なく2車線道路という事もあって彼も結構なスピードで走っていた。

 歩行者はまあいないし、飛び出してくる野生動物もせいぜい猪か鹿くらいなもので夜間行動が基本で、車も通る日中に道路上に現れることはまあない。

 右へ、左へとコーナーを抜け、きつい右コーナーを抜けた先に熊なんかよりもはるかに大きい四足歩行の黒いものが現れたのだ。

 

「あっ!なんやあれ!」

 

 慌ててブレーキを踏むも時すでに遅し、白い軽トラは黒い何かの横っ腹に突っ込んだ。

 こうして男性は行方不明となり、「お父さんがいっこうに田んぼから戻ってこない」という家族からの通報によって警察が出動する事態となった。

 山道に残されたものは彼の軽トラに入っていた農具とテールランプユニットの一部だけで、事件事故の両面から捜索が始まったのだった。

 

____

 

 

 昼過ぎにゲームを始めて数時間、気付けば夕方になっていた。

 直枝とひかりは疲れてゲームを中断してようやく時間の経過に気づいたのだ。

 

「あっ!尚樹さん、お夕飯の時間忘れてましたぁ」

「ゲームしてると時間経つのが早いなオイ」

「そうだな、俺が高校生の頃も気づけば半日経ってて親に怒られたっけな」

 

 尚樹もゲームをやり込むうちに、ゲーム内時間とリアル時間が一致しなくなりゲーム内で1か月過ごしてリアルでは7時間とかそういったことが多々あった。

 そこでゲーム初体験の2人がのめり込み過ぎないように注意しておく。

 

「まあ、ゲームは一日1時間なんてアレなことは言わないから、2時間くらいで節度をもってやろう」

「はーい」

「お、おう」

 

 ふだん電子機器をあまり使わない二人はFPSに疲れており、これを一日中やるのは辛いなと思った。

 尚樹は二人の様子を見て、ゲーム初体験のジャンルがFPSって厳しかったかなと思いながら晩飯について考える。

 

「今晩はどこかに食べに行こうか」

「そうですね!どこに行くんですかぁ」

「おう、何を食べるんだ」

 

 ファミレスとラーメン屋、牛丼屋は前回の休みに行っており芸が無いので普段あんまり行かないような所と言えばどこだろうか……。

 

「うーん、寿司」

「おい、寿司なんて高いモンで大丈夫かよ」

「尚樹さん、寿司はいくらするかわかりません!」

 

 ひかりと直枝は寿司屋を思い出す。

 この頃の寿司盛り合わせは30銭~35銭くらいであり、15銭のうどんが2杯食べられる価格でひかりは姉が“佐世保の英雄”と呼ばれていたがゆえにちょっとお高い寿司屋の出前を取ることができたのだ。

 直枝に至っては欧州派遣前の壮行会で、「これから扶桑の飯が恋しくなるだろうから」と源田司令に食べさせてもらって初めて寿司を食べることができたのだ。

 そうでもなければ食べようと思わない値段設定だ。

 

 尚樹は二人の様子に納得がいった、戦時中という事もあってたぶん贅沢できなかったんだろうなあと。

 なお、海上輸送や石油が断たれ食糧難や物資不足で困窮していた大日本帝国と違い、扶桑皇国はと言うと南洋島で戦略資源の補給が出来て、ネウロイも浦塩方面で阻止しており最前線ではないため、戦時経済とはいえそこまで困窮はしていなかったので尚樹が思うほど貧しい生活ではない。

 

「ああ、回らない寿司のことか。一皿108円の庶民向けの回転ずしに行こうかなって」

「回転寿司ってなんだ?回んのかよ」

「注文したのがベルトコンベアーに乗ってやってくるんだ」

「ベルトコンベアー?」

「まあ、行ったらわかるよ」

 

 こうして、直枝とひかりを連れて回転寿司に行ったのだった。

 




次回は初めての回転寿司。
20日の給料日までまだあるがはたして尚樹の財布は大丈夫なのか……

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