ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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寿司回

※表現等変更・加筆修正


寿司喰いねェ

 月曜日の晩という事もあり、回転寿司屋は比較的空いていた。

 土日の晩のように待ち座席で待つこともなく、すぐに“青色”と書かれたテーブル席に案内された。

 直枝とひかりがレーン側に座り、尚樹はひかりの隣に座る。

 最初は自分がレーン側に座り、湯吞に粉末のお茶を淹れたり皿を取ってあげようと考えた。

 だが、近くの座席の親子連れの娘が回っている皿をどんどん取っているのを見て、気兼ね無く取れるように尚樹は二人を座席の奥に座らせることにしたのである。

 

「これに箸入ってる。そうだ、おしぼりもあるから手を拭きや」

 

 慣れている尚樹は身を乗り出し、プラスチックの箸が入った容器から箸を取り、レーンの上のカゴから使い捨ておしぼりを3つ取り出して並べる。

 

「ありがとうございます」

「おう」

 

 早速、ひかりがレーンの下から突き出た何かの注ぎ口に気が付いた。

 粉末緑茶があるのでそれに関係したものであるのはとっさに考えついたが、その注ぎ口の下から飛び出た黒いゴムパッド付きのレバーをどう使うのかまでは思いつかなかった。

 

「尚樹さん、このレバーって何ですか?」

「これはお湯出るやつ、こうやって湯吞を押し付けるとお湯が出るよ」

 

 尚樹は粉茶を入れた湯吞をレバーに押し付けて、お湯が注がれる様子を見せた。

 なお回転寿司に不慣れな外国人なんかだと、湯吞を押し付けるレバーを手で押して給湯しようとして火傷する事があるからこうした説明は重要だ。

 そう言う事もあって近年では英語での注意書きシールが貼られていたりする。

 直枝はいつぞに行ったファミレスのドリンクバーのように、席を立って煎れに行くものだと思っていたのでこの給湯システムに感心した。

 お冷こそ給水機に行かなくてはいけないが、机の上で熱いお茶が飲み放題というのは扶桑人にとってはなかなか嬉しいものだ。

 

「へえ、なかなか考えてんじゃねえか」

 

 白いベルトコンベアーの上にはネタが書かれた札や、個別包装のワサビ、甘ダレと言ったものの他に数種類の寿司が乗って回っている。

 直枝はまるで動く獲物を前にした猫のように、じっと流れゆく寿司の皿を目で追う。

 

「本当に回ってやがる、でもさっきから(シャケ)しか回って来ねえぞ」

 

 ひかりは消毒用アルコールで濡れた手をせっせとおしぼりで拭いている。

 生ものの調理をするうちに食中毒防止という衛生意識を持ったひかりは、つい店の入り口に設置されていた消毒用アルコール自動噴霧器に手を差し出した。

 すると思ったより出る量が多く、指示通りに手指で揉んでなお滴っている感じがしたのだ。

 手の消毒が終わって準備万端とばかりに目を輝かせながらひかりは言った。

 

「尚樹さん、どれ取っても良いんですよね!」

「おう、流れているやつ以外はそこで注文して」

「わかりました!」

 

 そこでようやく直枝はサーモンとイカ、大学芋とほっき貝しか回っていないと思われるレーンから目を離した。

 テレビのように広告が流れていてスルーしていたそれが注文装置だという事に気づいた。

 

「おっとこれタッチパネルか、ひかり、何頼む?」

「えーっと、まぐろかなあ。管野さんは?」

「俺は……はまちを2皿。尚樹は?」

「うーん、ハマグリの赤だしで」

「それだけかよ?」

「同時に4()()()()しか注文できないから、次でいいよ」

「わかった」

 

 直枝はタッチパネルを操作して注文を打ち込んでゆく。

 ひかりはにぎりのページを見ていろいろなネタが美味しそうに見えて迷ったが、とりあえず最初はオーソドックスなマグロの赤身を頼んだ。

 尚樹は最初にハマグリの赤だしを頼み、貝柱を歯で揉みながら口の中を温めるのだ。

 そしてえんがわやトロと言った脂っぽい物と共に赤だしを飲んで、さらりといくつもりだ。

 直枝は注文した後、待ちきれず流れてきたサーモンを取って食べた。

 

「おお、これだよこれ」

 

 サーモン独特の匂いと、脂の乗った舌触りに香り高い酢飯、醤油が合う。

 アトランティックサーモン自体は大西洋に面した国でも愛され、オラーシャやスオムスでも釣りの対象として一般的であった。

 しかし、魚を生食する文化が無いことから、刺身や寿司といった形で提供されることはなかったのだ。

 運よくスオムスの市場で魚が手に入って持って帰ったとしても、シチューの具や、衣を被っての登場となる。

 直枝は久々に寿司を食べて、いつも以上に表情豊かだ。

 

「私も取ります!」

 

 ひかりもにこやかな直枝に続いて、回って来たイカを取って醤油につけて食べる。

 ヤリイカのもちりとした弾性ある食感とイカの風味、そして特製醤油の甘辛さが箸を進めさせて、気づけば二貫とも食べ終わっていた。

 

「おいしいなぁ!」

 

 尚樹も笑顔の二人を見てうれしくなる。

 二人のあまりの感激っぷりに隣の席の女子大生グループがまじまじと見ていた。

 回る寿司で喜んじゃって、あの子たち可愛いなあという視線である。

 ひかり達にとって寿司は“ぜいたく品”で、欧州派遣以降では雲の上の存在なのだ。

 

「ふたりとも、そろそろ注文の品が来る頃かな」

「そうですね!あっ、青色の注文品が回ってきました!」

「ようやく登場か、ひかりは後ろのを取れ」

「はい、管野さん!」

 

 レーンの間仕切りの向こう側に、“青色”の帯がついた台座に乗って周りより一段高い皿3つと蓋つきの器が見えた。

 マグロ、はまち、はまち、赤だし容器の順でやって来ており、座席の前に来た時に一挙に取ることが難しいと考えた直枝は指示を出した。

 

 目標は一度座席の傍をパスし、折り返しを過ぎて“青色”の座席の前に到達するまでおおよそ数十秒。

 ひとつの席の前を通過するのは4秒弱だ。直枝とひかりはレーンの上の寿司をロックオンし、身構える。

 “ご注文のお寿司が接近しています”というアナウンスと文字が注文装置の画面に表示されて二人の緊張感を高めてゆく。

 注文品の一団が座席のを通過せんとしたとき、二人は一斉に両手を伸ばして両手で赤い台座を掴む。

 無事に取れると、机の上で分ける。

 

「よし、これおめーのだろ」

「はい!ありがとうございます。尚樹さん、赤だしですよ」

 

 ひかりは直枝からマグロの皿を受け取ると、赤だしを尚樹の前に置いた。

 片手で赤だしの容器を取っていたことに疑問を抱いた尚樹が底を見ると、皿や汁物容器にはまっていた台座まで取ってしまっていた。

 

「ありがとう。あっ、台座まで取ってしまったのか」

「これ、どうすんだよ」

「台座はレーンに戻していいよ、また使うからね」

 

 カラの台座をレーンに戻すと、また注文画面を開き注文してゆく。

 イカやタコ、えんがわと言った白いものに続き、チーズの乗った炙りサーモン、シメサバといった味の濃いもの、いくらや鉄火巻と海苔で巻いた軍艦巻物、そしてアナゴなどの甘ダレ系に続いていくのだ。

 ひかりが画面を繰っていると、サイドメニューのページにあさりと鯛が入った茶碗蒸しを見つけた。

 

「茶碗蒸しもあるんですね!昔、家族旅行で行った旅館で食べたなあ」

「そうなんだ、茶碗蒸し好きなの?」

「はい、卵焼きより柔らかいし、だしの味が効いてて好きです!」

 

 ひかりはタッチしようかとして、180円という表示に止まる。

 108円ネタが多い中で、180円ネタというのは少しお高い気がしたのだ。

 

「やっぱり……うーん、高いなあ」

「遠慮しなくていいぞ、直ちゃんはどうする?」

「俺も食べるぞ、頼む」

「了解」

 

 180円商品の注文をためらうひかりに、尚樹は注文ボタンを押した。

 

「な、尚樹さん、押しちゃったんですか!」

「おう、押したよ。直ちゃんも食べたいって言ってたしひかりちゃんも食べていいぞ」

「そうだぜひかり、尚樹のやつもこう言ってるんだしな」

「はい……」

 

 ひかりは嬉しい反面、お財布の事を考えるとこんなものを食べて大丈夫なのかなと考えてしまう。ひかりの気分は節約中なのだ。

 けれどもお腹は減るもので、結局食べ盛りの直枝とふたりでブリ、中トロ、イカと回ってくる寿司を次々と取っていった。

 

 直枝のトロとイカの繋ぎにそんな歌があったな、なんて尚樹は思った。

 なお“回れトロイカ”に歌われるトロイカはロシアの“3頭立ての馬車”とは関係なくトロとイカだ。

 直枝が聞けばひかり消失後に行われた3段階の“威力偵察作戦”を想起したかもしれないが。

 

 そして、やってきた茶碗蒸しはあさりの風味と甘い卵の味が合わさってまろやかな口当たりで、具として入っている皮を炙った鯛が香ばしさを与え、まさに寿司屋の茶碗蒸しと言った感じだった。

 ひかりは隣に座っていた尚樹とこのおいしさを分かち合いたいと思った。

 

「尚樹さん、美味しいですよ!一口食べませんか!」

「お、おう」

 

 隣に座るひかりに間近で見つめられて、たじろぐ尚樹。

 

「はい、どうぞ!」

 

 満面の笑顔で茶碗蒸しをスプーンですくい、尚樹の口元に運ぶひかり。

 尚樹は周りの視線が気になったが、嬉しそうなひかりと目の前に突き出されたスプーンに観念して茶碗蒸しを食べた。

 子供の頃、プリンと思って茶碗蒸しを食べてダシや銀杏の味が臭く感じて以降ずっと食べなかったが、気づけば何の抵抗もなく口に入れていたことに尚樹は驚く。

 まあ、苦手でなくともこの状況においては味なんてわからなかったかもしれないが。

 

 このバカップル御用達「ハイあーん」とも取れる光景に動揺している者がいた。

 対面に座っている直枝である。

 最近読んだ本でもよく登場し、その場合、恋人同士かそこまで行かなくとも好き合った異性でやるものだ。

 文学においては重い病に臥して看取る者がやる場合もあるが、ここはサナトリウムではない。

 

「お、おい、それって……」

「なんですか?管野さん、顔が赤いですよ?」

 

 直枝は今こそ、よく意味が分からないが何かの作品で聞いた言葉を送りたくなった。

 二人をはす向かいの席から見てしまった学生風の男たちにとっては近くに美少女二人を侍らせてるだけでも妬ましく、さらに「ハイあーん」を見せつけられたものだから直枝と同じ心境だった。

 

__リア充爆発しろ。

 

 

 ひかりは挙動不審な直枝を見て首を傾げる。

 

「おめーら、その、場所を考えろよ」

「場所?えっと、食べさせ合いっこってしないんですか?お姉ちゃんとよくやってたんですけど」

「やらねえよ!孝美のやつ、何てことしてんだ……じゃなくてだなあ」

 

 孝美が妹を溺愛しているのは知っていたが、思ったより酷かったことに頭が痛くなった。

 直枝はどう言おうか考える、恋愛ものの小説や“ラノベ”を読んでいないひかりにこの行為がどういった意味を持つのか説明するのが難しく感じたのだ。

 結局、尚樹が気恥ずかしさから言い淀んでしまった直枝の代わりに説明することになった。

 

「ま、まあ異性ではあんまりやらないかな」

「そうなんですか?」

「男がやるとさ、ひとりで食べられない赤ちゃんみたいでちょっとなぁ」

「えーっ、ドラマではやってましたよ?しないんですか?」

「あれはね……」

 

 諦めて、ひかりに耳打ちをする尚樹。

 自分のやったことがこの世界ではどういう見え方をして、どんな狙いをもってやるのかを聞くうちに表情はどんどんと赤くなってきて、下を向いてしまった。

 

「う、うわぁ……わたし、間接キス……」

「おい、ど、どうすんだよこの雰囲気」

「と、とりあえず寿司喰おうか」

 

 尚樹がとりあえず生たこを取って食べ始めたとき、直枝はある話を思い出した。

 

「確か“タコ”って“デビルフィッシュ”とか言われてたらしいな」

 

 超空間通路の向こう側に大阪があると知った際に、孝美が大阪の名物である“たこ焼き”の話をした。

 球形に焼く食べ物という所まではよかったが「タコを入れる」と言った瞬間から、普段食べ物に興味を示すジョゼとロスマンが少し引いたような感じになり、ニパも「それはちょっと」なんて苦笑いだ。

 直枝が“シュールストレミング”や“キビヤック”なんかに比べればマシな食い物だぜ、などと思いながら話を聞いたところガリア、カールスラントあるいはリベリオンではタコが不気味な存在だとして忌避されており、食べる気がしないという。

 四方を海に囲まれた海洋国家の直枝にとってはヨーロッパ人の感覚があまり理解できなかったのだ。

 

 ヨーロッパの中でも例外はロマーニャ人で“マリネ”なる食べ物にしてタコを食べるらしく、転戦の最中に数人のロマーニャウィッチと共に食事を経験した孝美より聞いた。

 

 

「こっちでも欧米人は食べないらしいぞ。特にムスリム、ユダヤ人は戒律でダメとか言ってた」

「欧米はわかる、ムスリム?」

「CoD4で直ちゃんらが戦ってた相手よ。ロシアじゃないほうな」

「そうなんですか、もったいないなあ。おいしいのに」

「そういう文化なんだ。仕方ねえ」

 

 復活したひかりは生たこを口に運ぶ。

 シャリとネタの隙間に挟まれた大葉の風味が瑞々しいタコの生臭みを消してさっぱりとした風味を与えてくれる。

 

「直ちゃんはタコ食べないの?」

「じゃあ、ひかりと同じやつ……こっちのはどうなんだ?」

「ああ、こっちのは茹でてあるやつだよ。水っぽいのが嫌って人向けやな」

 

 直枝は“生たこ”と赤紫色の“たこ”を食べ比べたが、生たこは新鮮さがあっていいが噛んだ時にぬるりとした感じがして、歯ごたえがある茹でダコの方が好きだと感じた。

 

 一方、尚樹は注文したいくら巻2皿を取ると刺さっているキュウリに醤油を2滴垂らして、一口で食べた。

 

「いくらって美味しいよな。俺好きなんだ」

「コンビニでおにぎり買うときもいくら入りですよね!」

 

 いくら醤油漬けが好きで、ご飯にいくらを掛けた“いくら丼”やコンビニで売ってる“いくら入りおにぎり”をよく食べるのだ。

 しかし膜がついて小粒のすじこや、数の子、明太子はあまり食べないので魚卵全般が好きというわけではない。

 

「そういや、サーシャが“イクラ”はオラーシャでは魚卵すべてを指しますって言ってたなあ」

「そうなんですか?じゃあロスマン先生のカンヅメの……黒いやつも」

「キャビアだ。そのキャビアもオラーシャ語ではイクラってわけだな」

「えっと、キャビアのカンヅメってよくマズメシの犠牲になるとかいうアレか」

「おう、クルピンスキーがよく開けて先生に怒られてるよ」

 

 直枝は「アレがコミュニケーションなんだろ」と言おうとしたが、ひかりを見て“やっぱあの二人の関係には触れたくねぇ”と思ってやめた。

 その時、おにぎりに黒い小粒がびっしりと載せられている光景をふと思い浮かべた尚樹は言う。

 

「さすがにキャビアのオニギリは勘弁してほしいな」

 

 だが、直枝は笑いながら言った。

 

「残念だが、この間昼のテレビで見たぜ。なあ、ひかり」

「はい!新宿にあるみたいです」

「マジかよ」

「芸能人が行って食ってたぞ」

 

 何を食べてもワンパターンなリアクションの芸人だったためひかりも直枝も信用していなかったが、もし美味しければ、帰った時にロスマンに頼み込んで作ってみるのもアリかも知れない。

 孝美が来たことによって増えた補給物資の中に米俵があった事を思い出した直枝は、「倉庫で積まれてるぐらいなら有効活用してやらねえと」などと考えた。

 

 

_____

 

 

 

 入店から1時間、3人の前には108円の丸皿が10~15枚積まれ、180円の茶碗蒸しと赤ダシの器が3つ並んでいた。

 

「そろそろ、デザートでも食べるか?二人は何食べたい?」

 

 回転寿司が回らない高級すし店と違うのはサイドメニューに加えて、女性や子供に好評であるパフェやティラミス、アイスクリームなどのデザートもあることだ。

 画面に表示される数々のデザートにひかりや直枝は悩んだ。

 どれもおいしそうだが、価格が200円くらいだというのと机の上に広がる皿の塔がブレーキを掛ける。

 

「えっと……」

「尚樹、こんなに食って大丈夫かよ」

「今日は七夕だし、お金も引いてるんで大丈夫やぞ」

 

 尚樹の様子に、ひかりと直枝は食べたいものを決めた。

 

「うーん、じゃあこれにします!」

「俺はこっちにしておくか」

 

 ひかりはイチゴのパフェで、直枝はと言うとわらび餅だ。

 しばらくすると、キンキンに冷えて冷気を放つイチゴパフェがやって来た。

 直枝のわらび餅には黒蜜の小袋もついており、いつも食べている容器入りの物に比べてぜいたくな感じだ。

 

「冷たくておいしい!これってお姉ちゃんが好きそう!あれ、尚樹さんは?」

「やっぱりわらび餅は切ったやつに限るな、尚樹は食わねえのかよ」

「俺は大学芋でいいや」

 

 尚樹はレーンに回っていた“大学芋”の皿を取ると爪楊枝で刺して食べる。

 

「そうか……、俺の知ってる大学イモと違わねえか?」

「こんな食べ物があったんだ……違うんですか?」

「俺らのところのは柔らかいカンショにドロッとタレを掛けてたぞ」

「ああ、関西は()()()()なんだ、少なくとも子供の頃からそうだったような」

 

 

 “大学芋”とは昭和2年頃、大学生が学費のために作って売った説や、“赤門前にあった三河屋発祥説”、“早稲田大学のある高田馬場発祥説”など諸説ある食べ物だ。

 しかし、関西地方では東京のものと異なり、“緩い蜜”ではなくアメ状でコーティングされパリパリとした食感が特徴の一品だ。

 厳密には“芋の飴炊き”や“中華ポテト”と呼ばれ別物だが、通りが良いのか飲食店で“大学芋”として提供されることも多いのだ。

 

「尚樹さん、食べてみたいなあ……パフェと一口交換しませんか?」

「いいよ」

「おい、さっきのはダメだからな、自分で食えよ」

「えーっ、爪楊枝でパフェは食べられませんよぉ」

「ここにスプーンあるし、これ使うよ」

「ぶー」

 

 ちょっと不満そうなひかりは、パフェを差し出すと尚樹の大学芋を取って食べた。

 一方、尚樹はと言うと対面の直枝の視線や周りの席からの視線に耐えきれなくなって自重せざるを得なかったのだ。

 ひかりや直枝がいなければ尚樹もまた、向こう側の人間なのだ。

 直枝は「コイツら付き合ってるわけでもないのにすげえな」などと思いながら、わらび餅を食べきった。

 

 お会計で店員が皿の数を計る、108円皿は46皿(4968円)、180円容器が3つ(540円)、198円のパフェ、デザート皿が2つ(396円)で5904円(税込み)を支払った。

 店を出て、レシートを見ながら尚樹は言う。

 

「これだけ食べても6000円くらいか」

「尚樹さん、すこし食べ過ぎちゃいましたね」

「まあ良いじゃないか、こんな日くらい」

「尚樹が良いってんなら良いんだろうぜ……」

「せっかくだから、夜空でも見て帰るか」

 

 職場から家へと帰宅する人々の赤い尾灯の波に乗り、尚樹は家へと車を走らせる。

 そして家の近くの空き地で車を止めると、直枝たちは車にもたれかかって空を見上げる。

 

「天の川、見えませんね」

「まあ、大阪は明るいからなあ」

「オラーシャなら……じっくり見たことねえけど、星はきれいだな」

 

 直枝は自動販売機で買ったコーラをぐびりと飲む。

 ひかりは夜空の星を探すが、明かりの反射で灰色の空に天の川は見えない。

 尚樹はポツリとつぶやく。

 

「あの夜空の向こうに、通路があるんだろ」

「ああ、いつ開くのかもわかんねえけどな」

「開いたら、私たちは……」

 

 数十分間夜空を見上げていたが、いい加減蒸し暑くなって来たので帰ろうという雰囲気になった。

 エンジンを掛けるとちょうど9時のニュースがやっていたようで、夕方に起こった男性の失踪についてのニュースが流れる。

 

『……警察では事件と事故の両面から捜索すると共に男性の行動を』

 

「また失踪事件か、最近多いよな」

「ネウロイの仕業かもしれねえ、前にあったんだ」

「あっ、西沢さんが来た時の」

「姉御と村に行ったときは、補給物資が襲われてやがった」

 

 軽トラックに乗った男性が行方不明という事に直枝はある事件を思い出す。

 ある村の近くの山で補給物資が消えるというもので、そのときはさすらいのウィッチ西沢曹長と地中潜伏型ネウロイを発見、これを撃破したのだ。

 尚樹もネウロイの性質を思い出してピンときた。

 自動車はエンジンなどに鋳鉄(ちゅうてつ)、ボデーには鋼板が使われている。

 後ろにアルミ製の箱の付いたバンタイプのトラックもあるが、農家で使われるような低床タイプの軽トラックは鋼板が殆どだ。

 中でもピラーなどの乗員を守る強度部材に用いられる高張力鋼(ハイテン鋼)は熱処理と共に強度を上げるためにリンやマンガンなどの元素を含ませている。

 ボデーだけでなく、カーナビやらセンサーと言った電子機器の中にはレアアースと呼ばれる希少金属が含まれている。

 排気ガスと反応させて浄化する三元触媒にもプラチナ(白金)、パラジウム、ロジウムなどの元素が入っており、現代において自動車や電子機器は“動く鉱脈”と言ってよいのだ。 

 

「ネウロイが金属を食べるなら、車は()()()()()()になる……」

「それじゃあ、この近くにいるんじゃ」

「その可能性は高えな、近々何かあるかもしれねえぞ」

 

 やけに冷えるのはエアコンが効き過ぎているせいではないだろう。

 尚樹は運転席の窓を開ける。

 窓の外には光無く、黒々とした山野が広がっていた。

 

__あそこの山々の何処かに脅威が潜んでいるかもしれない

 

 その事実がとてつもなく不気味に思えたのだった。

 




最近寿司を食べに行き、気づけば一人で4500円くらい食べていました。

白いレーンのジャングルで~
鯛がうまいマスク!(私はそう思います)

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