2017年7月21日12時40分過ぎ
黒い巨体は紅白に塗られた鉄塔から手足を使い、するすると降りる。
「動いた!」
停電という事もあって駆け付けた関西電力の社員の誰かが叫んだ。
「あいつ、こっち来よったぞ!」
「逃げろ!」
ネウロイは鉄塔周りにいる社員と作業車の方へと向かって歩き始める。
歩幅が大きく、このままでは民間人が巻き込まれてしまう。
警察官たちも報道ヘリの撃墜によって、あれが警察力だけでどうにかできる存在ではないことを実感していた。
しかし、国民の保護は自衛隊だけではない、警察の使命でもある。
ある警察官はとっさに腰の自動拳銃を抜いた。
「こっちを見ろぉ!」
拳銃の使用は後に適正であったかどうかを問われるが、いま、この状況は急迫不正の侵害が起ころうとしているという状況ではないかと彼は決心したのだ。
相対するのは逃げ出した闘犬でも、クマなどの猛獣でもない未知の何かで、撃ったら光線で反撃されるだろう、そうなれば死ぬ。
フッと家族の顔が出てくるよりも先に、体は黒い巨体の中央に照星を合わせ、引き金を絞る。
いつもの薄暗く狭い射場とは違ってやけに軽い、クラッカーのような音が4度山中に響き渡った。
射弾は跳弾することもなく消えた、貫通したのかそれとも巨体の中へ留まっているのか。
決死の射撃は何の
警察官たちは電力会社の社員が逃げてゆくのを確認すると、藪の中へと散り散りに逃げた。
そのまま母艦級ネウロイは主の居ないパトカーを踏みつぶし、のそのそと山間部の道路に出た。
麓から続く道路の封鎖は完了しているが、あくまで民間車輌の進入を阻止するのが目的であり全高10.5m、長さ約20m近くある巨体の前では足止めにもなりはしない。
20mとはだいたい電車の1両分ほどの長さで、バランスのとれた太く角張った脚が地面をしっかりと捉え、進路上にある駐車車両を前足で跳ね飛ばしながら進んでゆく。
府警ヘリ“おおたか”が距離を取って動向を監視しているが、ネウロイと戦った人間からすると距離などあってないようなもので、迎撃しようと思えばいつでも光線が飛ばせる距離にあった。
どういうわけだかウィッチ世界のように“飛行物を捉え次第無条件に薙ぎ払う”のではなく、一定の距離より離れているものに対しては静観を決め込みただひたすらに何処かへと前進し続けていた。
『目標は西進中、このままの速度ではあと20分で市街地に到達します!』
府警ヘリからの情報が、大阪府庁・河内長野市役所内に設置された対策本部や政府の危機管理センターに送られる。
もっとも、府や市の対策本部は開設されたばかりであり、停電の被害や各所から寄せられる通報などによって情報が錯綜しあまり有効に機能しているとは言いがたかかった。
内閣総理大臣・
防衛省自衛隊は大阪府知事による出動要請を受けており、最初は停電に伴う給水支援であったが先日、航空機を撃墜した“敵性体”が原因だと明らかになると、“治安出動”へと切り替わったのだ。
治安出動における情報収集で出動した第37普通科連隊本管中隊偵察オート班は山中に停車し、目標の姿を捉えた。
『目標発見、大きさは目測で10mくらい、長さは15mから18mくらいで赤いパネルがある、送れ』
「了解、引き続き監視せよ。終わり」
座標を告げると、中隊の備品である青いテプラのビデオカメラで撮影する。
こうした映像が本部や部隊の指揮官たちによって部隊運用に活用されるのだ。
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その頃、尚樹たちは電気の止まった家でどうすべきかを話し合っていた。
室温で温められてぬるい麦茶に、溶けかけのアイスクリームを食べながら。
「それで、増えるってどういうことだ?」
「デカいやつは小型の兵隊ネウロイを作れんだ。で、20も30も兵隊がわらわら湧いてくる」
「尚樹さん、兵隊はコアが無かったり歩兵でも撃破できるんですけど……」
「それでも光線やら実体弾を撃ってくるし、回復があるからウィッチみてーにはいかねえけどな」
「マジかよ、となると厄介だな」
ウィッチであれば中型から大型攻略のための露払い程度の相手だが、小銃やよくて対戦車ロケットなどの軽火器中心の軽歩兵部隊にとってはたとえ3~4体であっても部隊壊滅の危険がある脅威なのだ。
撃ったそばから回復されて、お返しの光線で蒸発する……そんな悪夢のような情景が脳裏をよぎった。
「援護に入るとして、武器はひかりちゃんの機関銃が一丁だけ。ストライカーは飛べるかどうかわからない」
「さっきインカムも試したがなんも聞こえねえ」
「これじゃ、飛べませんね」
「通路が開いてりゃエーテルが流入するんだけどな」
「13㎜も30発しかありません……」
「30発か、
弾も、ユニットの飛行能力も、魔法力も無い。
ひかりと直枝の体内に残っている魔法力を底まで出し尽くしたところで、シールド2回分あるいは射弾40発分しかないし直枝の“剣一閃”なんか撃てるはずもない。
これでは戦いにもなりやしない、そう思った。
「くそっ、俺たちが居ながらネウロイをぶっ倒せないなんてよ」
「あきらめたく……ない!」
直枝とひかりは悔しかった。
倒すべき相手がすぐそこに居るにもかかわらず、何もできず見ているだけ。
尚樹は考える、魔法力が少ない状況でどうすればふたりが戦えるかと。
その候補として挙がったのは初動部隊の敗退という結果を織り込んだもので、弟の居る部隊を犠牲にするという発想に尚樹は頭を抱える。
だが、犠牲無しでネウロイが撃破できたのなら、出番がなくともそれはそれで良いのではないかと開き直った。
「最悪な話、銃と弾は撃破された部隊から借りるとして、魔法力はどうするか」
「とりあえずは甘い物食って回復……したらいいけどな」
「大気中のエーテルが少ないから魔法も回復できないかも」
ひかり達ウィッチにとって魔法力の回復方法は甘味による「精神的負荷の軽減」と「カロリー摂取」によるもので、どういう原理で魔法力が生産されて体に溜まっていくのかあまりよく分かっていない。
ただ、植物の葉緑体が二酸化炭素と日光で光合成して酸素を生み出すように、ウィッチの素養がある女性の体内の何か(諸説あり)が空気中のエーテルと反応し、化学式こそ書けないものの魔法力を作っているという事は知られていた。
「ひかりの言う通り、俺たちの魔法っていうのは向こうだからポンポン使えるんだ」
やはり、魔法が使えないただの女の子を危険なところに連れていくのには無理があるのかもしれない。
そして、ただの町工場の自動車整備士である尚樹は今、無力だった。
___
信太山駐屯地を出た第37普連が信号も止まった府道を走行している頃、三重県の
前方投影面積を絞った細い胴体にシーソー型ローター、そして反射方向を制限するための角型風防が特徴の
その両側のスタブウィングには38発の70㎜ロケット弾と8発のTOW対戦車ミサイルを満載し、これが実戦であることを雄弁に物語る。
AH-1Sは航続距離が短く“満載状態”だとあまり飛べず長時間滞空して攻撃のタイミングを伺うなどと言う運用が難しい、そのため八尾駐屯地を経由して攻撃を行うのだ。
ヘリパット上にAH-1Sと数機のAH-64D、そしてOH-1観測ヘリが整列して一斉に飛び立ち、攻撃開始前の前線飛行場である八尾駐屯地を目指す。
一方、八尾駐屯地の中部方面航空隊UH-1Jヘリコプターは第3偵察隊の偵察隊員を投入するためすでに飛んでおり、千僧駐屯地で偵察隊員を乗せた後河内長野市付近に展開するのだ。
足の遅い特科や戦車部隊はおそらく間に合わない、そのため情報収集後、機動力に優れた普通科連隊と戦闘ヘリによる機動火力で圧倒し可能であれば撃破、または足止めに徹する。
そこに築城基地の爆装したF-2戦闘機がJDAMによる精密爆撃を行い、場合によっては空対艦誘導弾を発射する。
人口密集地において無誘導の500ポンド爆弾をドカンドカンと落とすわけには行かないのだ。
航空自衛隊の記録や情報提供者の話より“ネウロイ”は高度な自己修復機能および自己増殖機能を有するとし、特に大型種においては兵隊と呼ばれる小型種を多数生産することがある。
したがって大火力を至短時間に集中して小型種の生産前に叩かなくてはいけない……幕僚たちはそう考えたのだ。
空自の幕僚達にとっても、空対空誘導弾程度ならすぐに自己修復して逆に光線によってF-15が落とされていく大阪上空の悪夢が脳裏にちらついて離れず、今度は安全な距離から高火力の攻撃をしようと決めていたのだ。
先頭を走る連隊長車は道の駅兼農協の直売所に停車し、そこを前線指揮所として連隊は接敵に備える。
先行していた偵察オート班や画像情報収集中のUH-1から情報がもたらされる。
『敵は北東方向より時速30キロほどで接近してくる模様』
この情報を受けた各中隊は随行する3トン半トラックより下ろした
基本的に
開設された“弾薬交付所”で5.56㎜小銃弾と書かれた開梱済みの弾箱から即応弾として30発弾倉がひとり4個で手渡される。
一方、機関銃手は機関銃弾帯を受領し、金属製の弾薬箱に詰めて車両へと運ぶ。
「半装填よし」
小銃班はキャリバー50や7.62㎜機関銃に弾薬箱から引き出したベルトリンクを差し込んだ、これで
5.56㎜弾を使うミニミ機関銃手も同じく半装填状態で携行するのだ。
弾薬交付所の業務天幕から出た晴樹は小銃弾倉を弾納に詰めると、軽装甲機動車に据えられたキャリバー50のための12.7㎜機関銃弾受領に向かった。
すでに機銃手の亀山士長は“50のガンガラ”を二つ運んでおり、残りひとつであり晴樹も参加する。
ハッチの真下の銃手台の後ろに二つ積み込み、銃架にセットしているガンガラの弾が切れたらそこから取り出すのだ。
いよいよ実戦だ、演習であればここまで弾を積むことはまあまあない。
その隣で重迫中隊は牽引車両から120㎜迫撃砲RTを外して底板をアスファルト舗装の上に下ろした。
射撃開始線は多くの住民がいる河内長野市主要部の手前に設けられ、警察や消防による住民たちの避難のための時間を稼ぐのである。
道の駅を出た車列は金剛山方面に繋がる旧道へと向かい、防衛線付近に展開した。
路肩に停車すると息を潜め、双眼鏡で山道を監視する。
車載機銃や自動てき弾銃、軽迫撃砲に加え、無反動砲や110㎜対戦車ロケットを構えた隊員と、89式小銃の先端に付けられた小銃てき弾の火力で圧倒し、撃破に至らずとも対戦車ヘリによる航空攻撃、ひいては航空自衛隊機による近接航空支援までの時間稼ぎを行うのだ。
『目標、敵脚部付け根、射撃用意、
連隊長の号令が各車載無線機及び個人無線機から流れてくる。
「弾込めよし、タよし!」
「アホッ!こんな時や、連発にせぇ!」
「レよし!」
“射撃用意”に弾倉を小銃に挿すと、スライドが前進し閉鎖されカシャンという金属音が連なる。
いつもの小火器射撃検定の感覚で“単発”にする者もおり、指摘されて“連発”へと戻す。
陸上自衛隊が演習場外で射撃を行うのは、1960年の谷川岳宙吊り遺体収容以来であり、初の治安出動、危害射撃の相手がまさか人間ではなく正体不明の存在であるとはだれが予想できたであろうか。
__あと少し、あと少し。
隊員の中は自分が死ぬかもしれない恐怖を、非現実的な状況であることの興奮で覆い隠す。
ある隊員は無心で照星の先のネウロイを睨み、命令を待つ。
頭の中でかの有名な『自衛隊マーチ』がエンドレスで流れる者も居たし、家族のことを想う者も居た。
ある隊員は自分の半生について思い返す。
彼女が妊娠したことから大して好きでもなかった大学を中退し、両親、義両親に養育費を借りながら自衛隊に入隊した。
ときどき発作のように辞めよう、辞めようと思いながらも子供の養育費のために残って7年……陸曹になってそれこそ“足抜け”は難しくなって今に至る。
自分は今からわけの分からない怪物と戦って死ぬかもしれない、だが、それでは子供はどうなる?
答えは出ない。
『撃て!』
先ほどから公民館のスピーカーがJアラートの放送を流し、スマホが喧しくエリアメールで避難を呼び掛けている。
尚樹たちはそんな中、おとなしく避難するわけもなくパジェロと居間を行き来して情報収集に務める。
車にはカーナビの他にエアコンがあり、アイスを食べ終えた直枝らがちょくちょく涼みにきていたため車内は結構冷えている。
避難したところでネウロイを倒しきれるかどうかわからないし、参戦するにしてもタイミングを間違えれば弾切れあるいは魔法切れであっという間に無力化されるのだ。
尚樹は弟の晴樹に電話しようかとも考えたが、おそらく出ている暇はないだろうし、なによりも非常事態という事もあってデータなどにも通信制限がかかっているだろう。
パジェロの中のテレビ画面には駐車車両をぐしゃりと踏み越えて街へと前進するネウロイの姿があった。
テレビ局のヘリコプターもいつ撃墜されるかわからない中で、懸命にネウロイを追って撮影を続ける。
画面の端に迷彩塗装の施された車両が映り、機関銃手がハッチに立っている様子がわかる。
防御ラインを超えたネウロイの脚に対し、赤い曳光弾の火線が集中した。
『今、自衛隊が撃ちました!黒い移動体には効いていないようです!バズーカ砲でしょうか?ここからでも発射炎が見えます!』
ヘリコプターに乗っている男性記者が興奮気味にまくし立てる。
カメラが森に合わせられ、数方向からのカールグスタフ無反動砲の後方発射炎が映った。
榴弾が命中し、破孔が出来るもじわじわと埋まっていき、ネウロイが金切り声を上げた。
「マズイ!」と誰かが叫んだ時、ネウロイの赤いパネルが光を放った。
無反動砲射手の居た森へ光線が飛び、2秒間の放射は木々と地表を焼いた。
直撃すれば跡も残らず消し飛び、当たらなくとも熱で死ぬ。
『光線です、光線が撃たれました!』
怪獣映画のような“戦闘”をお茶の間で観戦していた人々はこの非現実的な光景に熱狂した。
一方、現場の隊員たちはコピー機など高電圧の機器から発生するオゾン臭のような物を感じた。
武内晴樹士長は2中隊の無反動砲射手の最期を目の当たりにした。
新隊員教育隊での同期だった柴田士長と後輩たちは一瞬で光に消えてしまったのだ。
『各車、射撃後は直ちに離脱し一つの射点に留まるな!』
「ツツジ了解!」
「カエデ了解!」
「ツバキ了解!」
「ボタンヒトサン了解!」
第一中隊“ツツジ”、第二中隊“ボタン”、第三中隊“カエデ”、第四中隊“ツバキ”という符丁であり各中隊にはマルマルからヒトヨンまであるが、“ボタン”は先ほどの射撃で歯抜けのようになっていた。
2中隊の中隊本部のマルマルとWAPCを運用しているヒトヒトは難を逃れるも3トン半から下車して展開していたヒトニ、ヒトヨンは先ほどの射撃で全滅し、応答がない。
本部管理中隊の施設作業小隊によって事前に地雷処理用の梱包爆薬とバンガロール破壊筒が仕掛けられているポイントにネウロイが差し掛かった。
「点火!」
チューブ状の導爆索に点火されるとビニルチューブの中のペンスリットが超音速で燃え、梱包爆薬に巻き付けた雷管に爆轟圧力を伝えて起爆させる。
梱包爆薬の爆圧によってバンガロール爆薬筒も殉爆しネウロイの接地面と下方を襲った。
アスファルト舗装の路面を深く抉るような爆発に、第3中隊の軽迫撃砲小隊の81㎜迫撃砲L16が急な放物線を描いて降り注ぐ。
岩の影など直射火力に曝されない位置からの射撃であり、前足に大きなダメージがあって崩れた前傾姿勢を立て直そうとしているところを押さえこむ。
「目標発光を確認!」
「来るぞ!」
苦し紛れに薙ぎ払うように光線を放つネウロイだが、地表よりだいぶ上を掠めて道路標識の一部と少し離れた斜面の擁壁の一部を削るにとどまった。
確認できた自己修復能力から装輪装甲車の重機関銃や自動てき弾銃によるタコ殴りも効果が薄く、応射によって壊滅する可能性がある事から作戦は次のステージに移行した。
道路が一望できて撃ち下ろせる斜面上に展開していたM2搭載LAVとWAPCも慌てて後退して陣地変換を行う。
「各車離脱、予定通り後方射点へ移動!」
「了解、モリ!後方確認せえ!後退用意、あとへ!」
「了解、後方よし!」
車長の小山2曹の号令に森本士長はハッチにしがみ付きながら叫ぶ。
「後へ!」
赤い光がパッと視界に入った。むしろ視界が赤く染まった。
自動速度取り締まり機のフラッシュとは比にならないレベルの閃光だ。
とっさに晴樹はステアリングをいっぱいに回し、Rレンジに入れてアクセルを踏んだ。
「うぉお!」
強い遠心力によろける森本士長、そのすぐ上、稜線にネウロイの赤い光が過ぎ去った。
残像で目をやられそうだ。
ガツンという衝撃と閃光に軽装甲機動車に乗っていた全員が死んだと思ったが、下り斜面だったこともあり奇跡的に生き残っていた。
行き過ぎた!とブレーキを力いっぱい踏み込んだが間に合わず底板が岩の上に乗り上げて動かなくなった。いわゆる“カメ”という状態だ。
「いてて、みんな無事か?」
小山2曹は後ろを見ながら問いかける。
演習中の事故においても投げ出されたり、衝撃で体をハッチの縁に強打したりとLAVの中で一番死亡率の高いガンナーズハッチの森本士長を見る。
彼が生きていれば車中の隊員はまあ無事だろうという読みだ。
「森本士長、生きてます!」
彼はしゃがみ、鉄帽を被った頭が車内を見回す。首は付いてるようだ。
光線通過の熱気とストレス性の発汗で顔に塗ったドーランがどろどろに溶けて落ちかかっていた。
「痛った、むち打ちじゃなかったらええなあ……、で、何があった、ぶつかったん?」
左後部座席にいた杉下3曹は衝撃で痛む首を押さえながら言った。
「下がり過ぎて岩に乗り上げました、すみません!」
「マジか」
「しゃあないな、全員下車して他に合流するぞ!」
「了解!」
回収は直接支援中隊の装輪回収車に任せ、動かなくなったLAVを降りて戦闘を継続するのだ。
一般車と違ってドアノブを下におろすと、バムッという音を立てて高張力鋼版で出来たドアが開いた。
外にはまだ熱気が漂っており、光線通過時の熱で稜線近くの木が燃えていた。
「凄い威力だなありゃ」
「よく生きてたよ俺達」
7.62㎜弾や12.7㎜弾に耐えうるとされる装輪装甲車の装甲もあの光線の前ではあっという間に溶け落ちるだろう。
となると、装甲車に乗っていたところで棺桶には変わりなく、散開して戦った方がまだ生き残れるかもしれない。
「マルマル、こちらツバキヒトヨン、車両がカメになった。これより下車戦闘に移る。送れ」
「了解、指定場所に合流せよ。幸運を」
小山2曹がダッシュボード上に置いた車載型のコータム(広帯域多目的無線機)のタッチパネル端末を操作して中隊本部と連絡を取っていたその時、森の向こうに爆発が見えた、おそらく光線が掠めたか何かで焼失してタンクの軽油が燃えたのだろうとクラクラする頭で晴樹は考えた。
読みは当たっており、地面を舐めるような攻撃に不幸にも2台の3トン半トラックが犠牲になり、44名の隊員が殉職した。
犠牲を出しながら後退したところに、上空から嫌な音が響き渡る。
重迫中隊の120㎜迫撃砲弾が光線をやたらめったらと乱射するネウロイに降り注いだ。
「初弾、弾ちゃーく、今!」
「砲弾落下!」
「来たぞ!」
威力のある迫撃砲弾がほぼ垂直に近い角度で落下し命中、着発信管が炸裂する。
まるで総合火力演習のような映像に視聴率は58.2%と高く、停電エリア以外の地域では殆どが緊迫の映像をじっと見ていた。
尚樹たちも例外ではなく、ネウロイが光線を乱射している様子を見ていた。
「くそっ、これじゃ戦車が来る前に終わっちまう!」
「戦車でも勝てねえよ、尚樹、俺たちを連れて行ってくれ!」
「そうです!尚樹さんの弟さんも……」
「……アイツがそんな簡単にくたばるタマかよ」
尚樹としても心配だったが、画面の前でうだうだ言っても何にもならない。
願わくば最初の攻撃で蒸発していないことを祈るばかりだ。
「尚樹さん!あれって!」
「“カメ”になってんのか……うん?」
映像の隅の方に岩に乗り上げて擱座した軽装甲機動車が一瞬だけ映った。
下車して離脱する隊員たち、ガンナーズハッチ上にはM2重機関銃が残されている。
ひかりはあれを使えば戦えるのではないかと思った。
戦車大隊に配備されていたものと違い、M2が取り付けられるように改造が施されている普通科のLAVに尚樹は驚いた。
「尚樹さん、あれを使えば戦えますよ!」
「マジかよ、キャリバー50って重量38キロあるんだぞ」
「魔法力の補助がありゃ大丈夫だ、リベリオンのウィッチはアレ持って飛んでる」
真剣な表情で覚悟を決めた直枝とひかりの様子を見て、尚樹は決心した。
このまま我関せずを決め込んだところで、結局は関わらなくてはならなくなる。
この世界に残ってもらうにせよ、元の世界に帰ってもらうにせよ、ネウロイの脅威はどちらにせよ取り除かなくてはならないのだ。
「……わかった。そうまで言うなら行こう。ま、どうにかなるだろ」
尚樹はひかりの九九式二号機関銃を積んで、出発の準備をする。
その際押し入れにサバゲに使用していたウエストポーチがあったので、救急箱の包帯と絆創膏に加え、ミルク飴を入れて持ってゆく。
「まるで陸戦ウィッチだな」
「そうですね!」
直枝とひかりはストライカーユニットを履かずに走り回る陸戦はあまり経験が無い。
撃墜されてユニット回収班と共に戦ったニパはスオムス人であり、直枝たちにとってはそういう民族であるので自分たちとは違うと思っていた。
こうしたイメージは主に、アウロラ大尉や出会うスオムスウィッチが原因である。
直枝の脳裏にいつぞのアウロラ中尉(当時)との会話がぱっと思い浮かんだ。
__弾薬なんてすぐに尽きる、だからそこらにあるものも武器として利用したんだ。
__必要に迫られればできる。というより、やる。
木や石すら利用して戦ったアウロラの逸話から直枝は考えついた。
剣一閃こそできないものの、射撃に回す魔法力を何かに伝えて殴ればいいのではないかと。
「管野さん、銃はどうしましょうか」
「おめーが使え、俺はこいつを使う」
直枝はパジェロに積んでいた折り畳みシャベルを握った。
まるで第一次世界大戦の塹壕戦のような装備に、尚樹は思わず尋ねた。
「直枝ちゃん、エンピで大丈夫か?」
「ああ、扶桑のウィッチなんだ。最後の決は格闘って決まってんだ」
“最後の決は我が任務”というのは陸軍の歩兵だろうと思いつつ、尚樹は頷いた。
尚樹とひかりは知らないが、刀を持って戦う扶桑ウィッチも居れば、発射済みの火器で殴ったりするウィッチも居るのだから、あながち間違いとも言い切れない。
ひかりと尚樹が陽動・射撃を行って引き付け、直枝が遮蔽物に隠れつつ肉薄、回収した銃器で直下より射撃を行うのだ。
ひかりを突撃させることで接触魔眼によってコアを特定し撃破するというのも考えたが、接触するまでが危険であり、作戦中に生まれたての小型ネウロイ程度であれば魔法力を込めたエンピの刺突で倒せるため、直枝が志願したのだ。
戦闘のための装備を整え、白銀のパジェロはネウロイの進行方向である河内長野市外へと出発した。
お待たせしました。
感想、ご意見等お待ちしております。
明日、4月22日は信太山駐屯地にて 創立61周年記念行事が行われますので興味のある方はぜひ行ってみてください。
最近6連勤が続き、多忙のため感想返しも追いつかないですが楽しみにしております。