ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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※ハム・ソーセージなどの牛肉加工品→「加工品」に変更。豚肉加工品にしようかと思ったが中身が豚肉だけとも限らない悲しさ。
502基地の調理場にガスコンロがあったとわかったので加筆


ご飯を食べよう

 尚樹は昼飯にファミリーレストランに入った。

 ひかりはしきりに周囲を見回し、尚樹に問いかける。

 

「尚樹さん、こんな高そうなところで大丈夫なんですか」

「そんなに高くないから大丈夫だよ」

「だって、こんなに立派な建物なんですよ?」

 

 ローマ様式を意識したようなデザインの白亜の外壁に、淡い褐色の屋根瓦、そして建物の下には駐車場という現代日本でよくみられる外食チェーン店の一店舗である。

 外食の経験に乏しいひかりにとってはおしゃれな建物というだけで、それなりの額のする高級店に思えたのである。

 

“外食の経験が乏しい”とはいうが、扶桑国内で外食をしようと思えば軍港の周辺に行くか、あるいは町の小さな個人食堂になる。

 そうした立地的な状況に加え、“女学生はあまり買い食いをするな”というお達しが出ていた。

 ひかりの居た佐世保航空予備学校に限らず、女学校あるいは師範学校などでも同様だった。

 それは学生の身分であるという以上に、風紀の維持、あるいは盛り場で男にかどわかされたりしないようにという保護の観点からの施策であり、その禁を破ってトラブルに巻き込まれるものも毎期2人はいた。

 ひかりはというとモダンなフルーツパーラーに姉、孝美と行くことはあったが町の食堂に行ったことはなく、家で昼ご飯を食べてからのお楽しみであった。

 

「これ、どれでも選んでいいよ」

 

 席に着くと尚樹に促され、メニュー表を繰りながらどれがいいか考えるひかり。

 総天然色で印刷されたメニューはどれもおいしそうで迷う。

 だが、自分は物価がわからないので、親切な彼に無理をさせていたらどうしようと考えた。

 おそるおそる、一番気になったメニューを指さして反応を伺う。

 まるで3杯目のお代わりを下原さんに頼むジョゼさんみたいだなと思いながら。

 

「いいんですか?このお肉の定食が796円、税別……どうですか?」

「リブステーキか。物価が違うから今は値段見なくていいよひかりちゃん」

「じゃあ、このステーキと洋食セットCが食べたいなあ」

「よし、じゃあ店員さんを呼ぼう」

 

 店に響く電子音、すると細長い機械を持った女性店員がやって来た。

 ひかりはメモと鉛筆じゃないんだ、とまじまじと眺める。

 興味津々といった様子で栗色の瞳で見つめられた女性店員は、どこかやりづらいなあと思いながらも注文を受けて厨房へと消えて行った。

 

「尚樹さん、あれってなんですか?」

「あれは注文を受ける機械だよ、ボタンを押したら何食べたいっていうのが伝票に出るんだ」

「それじゃ、間違いもなくなりますね!」

「少なくはなったね、ひかりちゃん、ドリンクバーに行こうか」

「はい」

 

 尚樹はグラスにアイスティーを入れて見せた。

 その様子を見て、ひかりは緑茶をグラスに入れてみた。

 ボタンを押すと機械の音がしてボタンを押してる間淡い緑色の液体、緑茶が出てきた。

 

「うわー、急須もないのにどうやって出てるんだろう」

「中に、お茶とかジュースを濃くしたものが入ってて、それを薄めて出してるんだよ」

「これがあったらみんなジュース飲み放題ですね!」

 

 ひかりはラル隊長がこのジュースを注ぐ機械からコーヒーを淹れて、一口。

 

「……うまい」

 

 と言っている光景を想像して笑いそうになったが堪える。

 そんなひかりを見た尚樹は言った。

 

「ひかりちゃん(あふ)れてる(あふ)れてる!」

「うわわ!」

 

 グラスの縁まで入り、表面張力で留まっているお茶を少し捨てて、座席に戻るふたり。

 注文したものが届くまでの間に、今日の晩御飯の相談をする。

 

「そういえばさ、ひかりちゃんは得意な料理ってあるの?」

「お姉ちゃんの海軍カレーが好きです……って、得意な料理はその……」

 

 ズレた回答といい、言い淀んでいる様子から尚樹は察した。

 

「ああ、苦手なんだな」

「出来ないんじゃありません、下原さんやお姉ちゃんがやっちゃうから……」

 

 ひかりは実家では母や姉が料理をして、502に入れば、ほとんど下原やジョゼがやってしまい、料理を主体的にしたことがないのだ。

 

「わかった、今晩は独り身男性の手料理を見せよう」

「男の人の料理、大丈夫なんですか?」

「大丈夫、少なくとも昭和の関白お父さんよりはね!」

 

 笑顔で聞いてくるひかりに、「キッツいことを言うなあ」と尚樹は言い、胸を張る。

 男女同権が進み、今や“男子、厨房に立たず”の時代ではない。

 現代の男子は料理、洗濯、家事が出来なければ、「生んだ覚えのない長男」と揶揄されてしまうのだ。

 

「楽しみにしてます」

「任せて。おっ、来たみたいだぞ」

 

 ひかりのリブステーキ(200g)+洋食セットが到着し、追って尚樹のネギトロ丼がテーブルに並べられる。

 

「尚樹さん、牛肉ですよ、牛肉!久しぶりだなぁ」

「そうだなぁ、早く喰わんと脂が固まるぞ」

「はい!いただきます!牛肉っておいしいですね!」

 

 すごい勢いで食べるひかり。早飯は兵士の職業病のひとつであるのだ。

 さらに第502統合戦闘航空団において“肉”と言えば何の肉かわからないのが当たり前であった。

 ある時はトナカイ、ある時は野ウサギ、ハムやソーセージと言った加工品、ある時は扶桑から送られてきた牛肉の大和煮のカンヅメ。

 とにかく何が出てくるかわからないのだ。

 その肉すら補給が滞ると消え失せ、わずかな小麦で作ったすいとんになったのだ。

 

 502の後背に刃を突き付けていた“グリゴーリ”を撃破し後方補給線が確保されてなお食糧事情は万全と言えず、輸送船団がひとたびガリア・カールスラント近海で襲撃を受ければ、その月の定期輸送物資は海の底なのである。

 ある時、姉が扶桑経由で2回に分けて送ってくれた補給の牛缶は片方が海の底に沈み、もう一つのほうはクルピンスキーに食べられたり、残ったものは料理のできる下原の手によってビーフシチューの具になった。

 しかしながら、ひかりよりジョゼの方がお代わりのぶん多く食べていて、せっかくの牛肉を食べた気がしなかったのだ。

 そして、師匠であるロスマンより「人生は楽しむもので、人の楽しみを食べる偽伯爵の様になってはダメよ」と教わった。

 

 こうした食事事情からひかりは「美味しいものを食べられるときに特に速く食べる」という習慣を身に着けていたのだった。

 

 ひかりは冷える前に肉を食べ終わり、洋食セットのバゲットとコーンポタージュスープに取り掛かる。

 

「このパンふかふかで柔らかーい」

「そんなものじゃない?」

「違いますよ、オラーシャの黒パンはとても硬くってちょっと酸っぱいような味なんですよ」

「ああ、補給物資のパンとか保存のために水分飛ばして堅そうだよなあ」

「そうなんですよ……こんな見た目のガリアのパンもとっても硬くって」

 

 パン一つとっても品質が良くなっており、あんまり食べ過ぎると元の食生活に戻れなくなってしまうのではないか?とひかりは思った。

 

「こっちにいる間はイーストを使った柔らかいパン食べていいんやで」

「ありがとうございます、ううう……」

 

 しかし美味しいものをもっと食べたいという欲求には勝てないのが人のサガで、ひかりはメニュー表を見てしまうのだった。

 

「育ちざかりだからお腹空くよな」

「大丈夫、大丈夫ですから!」

 

 結局、ひかりはドリンクバーで色んな飲み物を試して、お腹を膨らませることになった。

 

「飲みすぎてお腹が苦しいです」

「そりゃ10杯近くも飲めばなあ」

 

 

 ファミレスからの帰りに尚樹はひかりに目印になる建物、店となにかに使えそうな空き地を紹介した。

 これさえ知っておけばランニングや車を使わない買い物ができるからだ。

 尚樹がいないときに食事を取りたければひかり自身で買い出しに行かねばならない。

 幸いにも家の近くにはコンビニエンスストアと、植物や食品を売っている店があるのだ。

 尚樹がひかりに軽く店の紹介をして帰った頃には、もう夕ご飯の支度の時間になっていた。

 

「思ったより時間喰ったな、よし時短メニューその壱」

「何か手伝えることがあったら言ってください」

「わかった、そこで見ててよ。必要になったら言うから」

 

 尚樹はそういうと片手鍋を出して、3玉156円の冷凍うどんを全部放り込む。

 そしてガスコンロに点火する様子を見ていたひかりは実家の“かまど”の火おこしを思い出して驚いていた。

 502基地にもガスコンロはあったが、下原がずっと使っていたのでひかりの印象には残らなかったのだ。

 

「これって薪はいらないんですか?」

「ガスだからね、うちは外のプロパンのタンクから引いてるよ」

「この取っ手を回すだけで火が付くんだぁ……やってみたいなあ」

「じゃあ、温泉卵を作ろうか。こっちのツマミを押しながら回してみて」

 

 ひかりはこわごわコンロのツマミを点火位置のある左へと回した。

 シューっというガスが噴出する音と、チリチリと言う点火火花の音がしたのだが完全な点火とはならずに消えてしまった。

 

「くさーい」

「燃えてないガスが噴いたんだな。次は火が付いて1秒ぐらいそのままにしてみたら?」

「はい、やります!」

 

 2回目の点火は上手くいった、火が付いたのを確認して尚樹はつまみを中火まで絞る。

 

「ひかりちゃん、冷蔵庫……白い扉のやつの上の扉から卵のパック取って」

「はい!これですか?」

「早い、物覚えがスムーズだね」

「さっき、うどん玉を出しているところを見ていたんです」

 

 ひかりは目に映る新しいものの用途がだんだんとわかって来ていた。

 尚樹はその間も卵を茹でたり、粉末うどんだしスープを投入したりといろんな作業をしていた。

 しかし、“温泉卵”が茹ですぎて“ゆで卵”にならないように気を付けるだけで、特別注意が要るものでもなく、次の指示を待っているひかりにやることを与える。

 

「ひかりちゃん、そこの食器棚にどんぶりがあるんだけど、出してここに並べてくれないか?」

「はい、大きいほうがいいですか?」

「うん、あとは薬味のちっさい皿があるといいかな」

「はい!」

 

 こうして、晩ご飯は温泉卵と油揚げが乗ったきつねうどんとなったのだった。

 

「だしが効いていておいしいですね!」

「まあ、粉末スープとか入れてたし、この油揚げおいしいね、ひかりちゃんが切ってくれたからかな?」

「ただ切っただけで味なんて変わらないですよぉ」

 

 尚樹はいやいや、女の子の手作り感がいいんだよと思いながらもひかりを褒める。

 

「ひかりちゃん、お手伝いありがとうね」

「いえ!お世話になるので!」

 

 こうして夕食も終わり、二人で協力して洗いものを終えた。

 あっという間に洗い物が終わったため、風呂の説明をして、ひかりが入浴している間にひかりの部屋に敷き布団と毛布を運ぶ。

 布団も敷き終わって尚樹の入浴が終わるといよいよ長い同居生活初日が終わろうとしていた。

 

「ひかりちゃん、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 ふたりは居間で別れると、それぞれの寝室に入る。

 

 ひかりは尚樹と離れて一人になった途端、急に502の事や姉、両親のことが頭に強く浮かんで気づけば涙ぐんでいた。

 最初は異世界と言われても目新しい物に優しい扱いと、どこか夢の世界みたいなところがあって楽しかった。

 しかし、一人になって思うのは“もし、このまま帰れなかったら永遠の別れになるんじゃないか”という事であり、それがどうしても悲しかった。

 

「管野さん、ニパさん、お姉ちゃん、お父さん、お母さん……グスッ」

 

 尚樹は風の音に交じって聞こえてくるすすり泣く声に、突如自分の世界と離別させられたひかりの心境を思って尚樹も泣きそうになる。

 しかし、ホームシックで辛い思いをしているひかりにどう声を掛けていいかわからない。

 自分と一緒にいるときは明るく振舞っていただろうひかりが泣けるのは一人になった今しかないのだから。

 まだ、彼女の辛さを受け止めてやれるだけの関係ではないのだ。

 尚樹は誰に聞かせるわけでもないが、ポツリとつぶやく。

 

「ひかりちゃんが帰れる方法を探すにしても、情報が欲しいな……」

 

 真っ暗闇の部屋で電灯を目で追いながらいろいろと考えてみたが、結局、すぐに眠りに落ちて行ったのだった。

 




ようやく初日終了。
ひかりちゃんは遭難するも衣食住を手に入れた。

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