法的根拠などについて
2017年7月21日
「えっと、前のアンビ……救急車に着いて行ってください。」
「はい」
助手席にこの春部隊に来たばかりの幹部自衛官が乗り、直枝は後部座席に座っている。
「後ろって大丈夫ですか?」
ひかりは左側の2列目座席の背もたれをフラットになるまで倒してその上に機関銃を置き、前席の背もたれに背中を預けるような形で後ろ向きに腰かけていた。
前席と後席の間にあるセンタピラーに設けられた乗降を補助するグリップとドアのグリップを掴んで体を支えるのだ。
こうしたどこか不安定な姿勢になるのは車体左後方に銃を突き出して射撃できるようにと考えられたためで、全周に射撃できるガンナーズハッチのある軍用車両ではないが故の策だった。
「俺たちは戦いに来たんだ、ドライブじゃねえ。おめー、そこの所わかってるんだろうな?」
「ええっと、その質問には今すぐにはお答えできかねます、はい」
「尚樹さん、準備オッケーですよぉ!」
「わかった、じゃあ動くぞ」
機関銃は危険防止のため高機動車で預かることになっていたが、そこで直枝が小隊長に噛みついたため、いわゆる「ややこしい人」扱いである。
我が国において許可なく銃器を所持・使用していた場合、銃刀法で処罰されるおそれがあるという法的根拠、同時によく分からない民間人に武器を持たせたくないという不安からの提案であった。
しかし、軍人である直枝からするとネウロイが跋扈する戦場で自衛火器一つないというのは自殺行為に他ならず、「先ほどまで蹂躙されかかってたのは誰だ!」とキレたのだ。
間近で援護射撃によって救われたのは事実であり、小型種が射撃ラインを数匹抜けてきていたという事から、救出小隊長は“見なかった事”にしてとりあえず指揮所の指示を仰ごうと考えた。
そこで不幸にも「ややこしい人ら」の案内役に選ばれてしまったのが、部隊に来て数か月の若手……
先頭車と中間の高機動車の間にアンビが2台、そして尚樹のパジェロ、最後尾に幌をまくり、車体後方に向けてミニミ機関銃を据え付けた高機動車が付く。
後退してゆく対戦車ヘリコプターや偵察ヘリからの情報によると小型種の生産が止まると共に破孔の回復が先ほどまでに比べ大幅に遅くなっているという。
この状況の変化に指揮所では被弾及び攻撃と小型種の生産で目標内部のエネルギーが減り、活動に必要な量が確保しづらい状況なのではないかと推測されていた。
そこで到着部隊による波状攻撃を行う事でエネルギー切れ、またはコアと呼ばれる結晶状構造物を破壊できるかもしれないと部下を多く失った幕僚たちの間に希望の光が差したような気がした。
そのため、『ウィッチ』を名乗る少女たちの出番はないのではないかという声が聞こえたし、救出部隊が戻ってきたら、少女とその随行者には大人しくして貰って警察に引き渡そうと考える者も居た。
一方、前線では撃ち漏らした小型ネウロイの影におびえつつ、救出部隊の離脱が始まっていた。
ひかりが機銃手になって窓の外を警戒監視し、直枝はというとひかりの反対側の警戒と共に前席の“新品少尉”にプレッシャーをかけていた。ウィッチにとって、見てくれが少女だからと男の兵士共に舐められたら負けなのだ。
和やかなムードとは程遠い緊張感溢れる車内。
雰囲気を変えようと尚樹がつけたラジオは非常事態を告げる放送がくりかえし流れており、山間部であるからか、はたまたネウロイの磁性によるものか、ちょっとしたノイズが混ざるくらいだ。
緩いカーブの続く坂道を下っていると入れ替わるように鋼鉄の獅子達が登って来た。
「止まってください」
「分かってますよ」
前を行くアンビがウインカーを左に出してハザードを焚いた。
救出部隊の車列は戦車に進路を譲るためにコーナー手前で道路の左側いっぱいに寄せて停車するのだ。
「ようやく戦車が投入かよ」
直枝はちらりと一瞥し、隊伍を組んでやってくる戦車の姿にオラーシャ陸軍の戦車に似ていると考える。
避弾経始を意識した鋭角な車台に曲線を描く砲塔、T-34戦車の76㎜砲搭載型がああいった見た目だろうか。
しかし、つるりとした砲塔に角張った大きな投光器、砲口制退器のない大口径の戦車砲。
その姿は今までに見たことが無く、直枝は「やっぱり見たことねえな」と思った。
うなり声をあげて勢いよく登ってくる戦車の迫力はすごいものがある。
74式戦車は長さが9.42mで幅が3.18mと大きく、38トンの車体では軟弱であろう路肩を走れないため必然的に中央線をはみ出して走ってくるのだ。
キューポラから中隊長が車列に対し敬礼をし、車列の脇を抜けていく。
続く戦車の車長も敬礼し、操縦手や装填手たちも車列に混ざる銀の民間車をまじまじと見ていく。
カクカクと多角走行をして、オレンジの中央線に黒々とした履帯痕を残しながら過ぎ去っていく様子に、ひかりは“戦車ってこんなに大きいんだなあ”と思ったが、すぐに言い知れぬ嫌な感覚がやって来た。
兵力の出し入れが行われ、警戒監視が手薄になった時が一番危ないという無意識的な戦術的思考とウィッチとしての実戦経験が告げていた。
「尚樹さん、ネウロイはまだ近くにいるはずです!」
「了解」
「えっ!」
尚樹と助手席の三尉が振り向くと、ひかりの頭にリス耳が生えてジャージの腰ゴムの上から尻尾が顔を覗かせていた。
コスプレグッズとして販売されている獣耳カチューシャに比べて自然で、ぴくぴくと動くそれに気を取られる彼に、同様に白い耳が覗く直枝は言った。
「この感じだともう一匹ぐらい居るぜ、少尉さんよ」
「いました!」
携行していた個人携行型無線で敵の接近を告げようとしたその瞬間、銃声が轟いた。
74式戦車の車長用M2機関銃だろうか、それとも後ろの高機動車だろうか、否、ひかりの持つ九九式13㎜機関銃が火を噴いたのだ。
金切り声を上げて光と化す小型ネウロイの姿があった。
フロアカーペット上に敷かれたブルーシートにキンキンと空薬莢が落ち、硝煙の匂いが車内に広がる。
最後尾の高機動車の操縦手は前のパジェロの窓からスッと銃身が飛び出て、銃口がこちらを向くのを見た。
__撃たれる!
紅い銃口炎を目撃すると共にピーン、ピーンという弾丸の風切り音に風防ガラスが震え、ついに撃たれたかと思った。
無意識のうちに脚を突っ張って身構えていると、荷台に居る者の声が聞こえた。
「後方に敵!」
だが、時すでに遅し。
戦車部隊を撃破せんと釣り出されて道路脇から現れた小型ネウロイが白い破片を撒き散らしながら消えていく様子がミラー越しにちらりと見えた。
「敵撃破!」
ひかりの撃った射弾は高機動車の脇を抜けて、出現したネウロイの中央をしっかりと捉えていたのだ。
「やりましたっ!」
「ひかりちゃん、お見事!」
「止まってるから楽だろ」
「そうですね!」
「でも、凄いと思うよ」
撃破に思わず尚樹は手を叩くが、直枝にツッコミを入れられた。
航空歩兵は魔法力による補正や反動軽減があるとはいえ空中で機動しながら射撃をするのだ、地上での静止射撃で当たらないようでは飛んで撃ったところで弾の無駄である。
助手席の三尉は絶句した。
なにせ、女子高校生くらいの少女が50口径ほどの機関銃を手持ちで連射したうえ撃破したのだから。
さらに小型ネウロイとの距離はおおよそ150mであるだろうか。
新隊員教育で始めて射撃をする場合、少し前の隊員ならば64式小銃を使って25m射撃から行う。
7.62㎜弾でさえ反動でまともに撃てず命中しないことも多々あり、小柄で軽量な隊員であれば膝撃ちの際に後ろに転びそうになる。
小口径弾でさえそういった状況なのであるから、12.7㎜弾などの機関銃で少女が手持ち射撃にて敵撃破がいかに異常な状況であるかはよくわかるだろう。
ウィッチたちは地上では150~200m先の
リネット・ビショップ曹長や雁淵孝美中尉といった狙撃手タイプのウィッチであれば2000m以上先の標的を撃ち抜けるという。
魔法力による補正などがあるとはいえ、十分驚異的な精度なのだ。
ひかり達が実戦を経験しているウィッチであると知っていた尚樹はともかくとして、初めてウィッチの射撃を見た三尉は困惑した。
「ええ……」
「どうだ、俺たちはこういう訓練受けてんだよ。これで素人と言えんのか?」
「す、すごいですね」
戦車が通り抜けたことによって車列は再び動き出し、道の駅に設けられた指揮所目指して進まんとする。
直枝とひかりの二人が陸戦ネウロイと戦える存在であるというのはこうして証明されたのだ。
______
指揮所のある後方段列補給所に戻って来た車列は異様な雰囲気を見せていた。
陸上自衛隊の2色迷彩塗装の中に、あきらかに民間車だと分かる白銀のパジェロが混じっているのだ。
だが、すべての窓は全開にされ2列目のドアには養生のためか毛布が掛けられており、そこから機関銃を持った少女が見えて、これは『セーラー服と機関銃』ならぬ、“ジャージ少女と重機関銃”だなどと思った隊員も居た。
さらに自衛官たちを驚かせたのが、少女たちが小型ネウロイをこの時点ですでに2匹倒しているという事だ。
パジェロは小型トラックが並ぶ駐車場に案内され、運転手の男と少女二人が降りてきた。
すぐに見慣れぬ“古めかしい形の機関銃”は隊員の一人によってリアカーに乗せられて業務天幕へと持って行かれた。
「こちらへどうぞ」
道の駅の施設内の小会議室に設けられた面談場所に案内され、彼らは指示に従ってついて行った。
____
引率の嶋田三尉が小会議室と書かれたプレートのある部屋のドアを三度ノックした。
「嶋田三尉ほか3名の者、入ります!」
「入れ」
「失礼します!」
中に入ると、戦闘服に身を包んだ壮年の男性が4人いた。
低視認性のOD階級章だったが桜花が3つ、線の入った四角い階級章に輝いており彼らが佐官であることを示していた。
「嶋田三尉、ここからは下がっていいぞ」
「はい、嶋田三尉、帰ります!」
嶋田三尉が回れ右をして部屋から退室したのを確認すると、椅子に座るように向かって左端の男性が促す。
「まずは自己紹介を。私が37連隊長の
「副連隊長の
「2科長の
「3科長の西三佐です」
折り畳み長机の右端から順に自己紹介が行われる。
連隊長クラスから情報や通信を司る“S2”、教育・訓練と部隊運用を司る“S3”の幹部が勢ぞろいしていることに尚樹は緊張する。
「私は、武内尚樹と申します、現在は自動車整備士をしています!」
「俺は……私は第502統合戦闘航空団、管野直枝中尉です」
「私は、同じく502の雁淵ひかり軍曹です!」
民間人の男女の自己紹介に顔を見合わせると、連隊長が穏やかな調子で語りかけてきた。
「緊張しなくて結構。ええと、菅野中尉、普段通りの話し方で大丈夫だよ」
「はい、ありがとうございます」
珍しい直枝のかしこまった姿にひかりは意外だなと思った。
502にいた頃はラル少佐や上官に対しても節度こそあるもののいつもの口調だったイメージが強い。
直枝はというとウィッチであるという特別性と、相手の寛容さが無ければただの小娘にしかすぎないと自覚しているため“制服の外交官”たる海軍軍人としての振る舞いをしようとしていたのだ。
雰囲気が原隊である343空の“親父”にそっくりであり、つい直枝はボロを出してしまったが。
副連隊長がさっそく手元の資料を基に質問する。
「あなたたちが報告にあった人ですか?」
「どういった報告かはわかりませんが、おそらく、そうだと思います」
「連隊長、次、よろしいですか?」
「構わんよ2科長」
住野一尉が代表して、この場にいる自衛官全員が自己紹介で気になっていたことを尋ねた
「お二人は階級をお持ちのようですが、どう言った組織か教えていただけませんか?」
「俺たちは扶桑海軍所属の航空歩兵で原隊は第343航空隊だ。ヨーロッパがネウロイに押されてるんで、多国籍部隊である502に出向してるわけだ」
「わたしは佐世保の予備学校に通っていましたが、遣欧ウィッチに選ばれたので502で任官いたしました!」
直枝とひかりの話が正直よくわからんという顔の自衛官を見て、尚樹は手を挙げた。
「はい、発言いいでしょうか」
「どうぞ」
「まず、“扶桑”というのは異世界における日本に相当する国の名称であり、彼女たちはそこの軍人をやっております」
「異世界ですか?」
「はい、現在暴れている敵、“ネウロイ”はその世界の敵で人類は“ウィッチ”と呼ばれる魔法少女をもって生存戦争をしているそうです」
「にわかには信じがたいが、現在の状況を見るにはそうなんだろうな」
副連隊長は物語の世界でしか聞いたことのないワードが急に飛び出してきたことによって混乱する。
しかし部下たちを死に追いやった光線を放つ敵がいて、報告に上がっていた機関銃だけで小型の敵性体2体撃破という事実が魔女の存在を雄弁に物語る。
「となると、アレは魔法少女じゃないと倒せないという事かい?」
「ウィッチがいなくても倒せるかもしれねえが、あんな大型が出てきてる場合なんて一個師団が壊滅なんてザラだ」
「一個師団?規模は?」
「ああ、何人いたかまでは覚えてねーけど師団には歩兵から戦車、砲兵、陸軍航空隊がいたが、投入される傍から磨り潰されていったぜ」
「そんなことが」
「こっちじゃヨーロッパのほとんどがネウロイ共の手に墜ちてんだからよくある話だ」
木嶌一佐は自分たちが相手にする怪物にどう抗っていたのかと尋ねるも、一個師団が壊滅も珍しくないという話を聞かされ考え込む。
よく「自衛隊における師団は他国における連隊で、方面隊は他国における師団だ」という表現がされるが、まさにその通りで他国の編成単位より規模が小さいのである。
例えば京阪神を主な担当地区としている第3師団は、「政経都市型師団」であって8個駐屯地に13の
これはゲリラコマンド部隊との市街戦などを想定した編制で、特科や機甲戦力よりも機動力に優れた普通科連隊が中心であり、さらに将来的には特科および戦車を削減した機動旅団化も行われる。
諸外国の
人類の危機とあり増強されているであろう師団でさえ壊滅させるような敵なのだから、今、多くの犠牲を払ってまで戦えているのは相手が“たった一体”だからという事だろう。
「ヨーロッパとは、えーっと、何処まで?」
「ガリア、カールスラント、オラーシャ、スオムス……尚樹さん」
「えっと、こちらで言う所のフランス、ドイツ、ロシアではなく
「ソ連?」
「彼女たちの世界は1940年代なんで、ソ連です」
ひかりと尚樹の証言は手元にある警察からの重要参考人の聴取内容と合致しており、虚言とするにはあまりにも設定が出来過ぎている。
重い空気の中、3科長は魔法という言葉が気になり質問を投げかけた。
「魔法と言うものはどんなもん?飛んだり変身したり?」
「魔法ってのは空を飛んだり、シールド張ったりいろいろできるけどこっちじゃエーテルがねえから大したことは出来ねえな」
「あとは銃弾に魔法力を込めて撃つと、ネウロイの回復を遅らせることができます」
2科長は情報を司る部署の長という事もあって、手元の資料の『ウィッチ』と照らし合わせながら突っ込んだことを尋ねてみる。
「ほうほう、それで、エーテルって何ですか」
「魔法力を生成したり、空を飛ぶときにかき回す物質だ。向こうじゃ炭酸ガスみてーに空気の中に混じっているものだな」
「飛ぶって、生身ですか?」
「昔の魔女は箒で空飛んでたらしいが、今の俺達はストライカーユニットで飛んでる」
直枝の説明を補足する尚樹、直枝やひかりの常識・軍事用語はこちらでは聞き慣れない未知の物なのだ。
「ストライカーユニットとは、ウィッチの足に装着する形式の飛行機械の総称です」
「あなたは……こちらの世界の人間ですよね。見たことがあるんですか?」
「ええ、整備して飛行テストまでしたけれど、エーテル不足という事で飛行は難しいと」
「では、乗用車に乗って現れたのは、飛行が出来なかったから?」
「おう、エーテルが無えからユニットも飛べねえし、魔法力も回復しねえ」
「それで、ネウロイをやっつけるなら近づいて残り少ない魔法力で攻撃しようって事になりました」
「それは無謀だな、どうしてそこまで?」
「ひかり……雁淵軍曹が消失する事件が起こり、その調査中にネウロイがどこかの異世界に通路を繋げていることがわかった」
「そして、通路の先にあったのが日本で、尚樹さんの家の近くだったんです」
男一人と少女二人の突如始まった同居生活。
思い出話に出来そうな出来事はいくらでもあったが、いつまでも長話をしていられる状況ではないので端的に話す。
「俺がこっちに来たのはだいぶ後だったが、こっちは色んなモンがあるし、いい所だよ」
「そうです、ご飯は美味しいし、色んな物があるし、あと尚樹さんは優しいし!」
「だからこそ、ネウロイの野郎をぶっ倒さなきゃいけねえんだ」
「私たちはウィッチだから!」
しかし、ひかりや直枝の様子からその生活が楽しかったであろうことは連隊長にも伺い知れ、いま、生活を壊そうとする怪物に対して燃えるような怒りを持っていることに気づいた。
異世界から来て、「現地住民のため」と他人事ならば、彼女たちの戦闘参加を認めるつもりはなかった。
だが、戸籍こそないものの今の彼女たちはこちらの世界に根を張って生活をしているれっきとした住民だ。
自らの街を、自らの故郷を、愛する人々を守り抜くのが軍人としての使命なのだと二人は目で語る。
連隊長は出来る事なら生活を守ろうとしている少女の手助けをしてあげたいと思ったが
準用される“警察官職務執行法”において「防衛大臣の指定する者」=自衛官のみが武器の使用を許されており、当該部隊指揮官の命令によらなければならないと自衛隊法八九条の2で規定されている。
副連隊長は自分の娘ほどの少女を砲煙弾雨の中から遠ざけたいと感じていた。
築城基地から発進したF-2と戦車の攻撃で怪物が沈黙するのであればわざわざ少女を危険に晒すことが無くなる。
「ふむ、家の近くにあんな怪物が現れたら仕方ありませんな」
「連隊長、空自の対地攻撃が終わるまでは休んでもらいましょう」
「私もそう思います。爆撃が終わってまだ生きているようならその時は」
連隊長、副連隊長、3科長ともに「手伝ってもらう」とは一言も言わない。
自衛隊は法的根拠がないと動けないため、許可のない民間人に“武器”を持たせて銃刀法違反及び自衛隊法違反を教唆・命令したとあれば方面総監の首どころか安芸政権を揺るがしかねない大問題となる。
民間人3名に実弾の装填された89式小銃を試射させた“東富士演習場違法射撃事件”どころの騒ぎではない。
ネウロイの脅威が迫って国が崩壊寸前、常に義勇兵や魔女を募っているような状況ではない自衛隊は平時の組織であると共に、訓練どころか入隊・退職一つとっても膨大な書類と手続きを要し審議にも時間のかかる“紙の軍隊”だった。
ゆえに、この場をもって2名の少女を『「専門的な知識経験を有する者」として専門的な知識経験が必要とされる業務に従事させる場合』の隊法“第三十六条の二”における「防衛大臣の承認を得て、選考により、任期を定めて自衛官
なにより、自衛官ではないのだから“子供の権利条約”にこそ引っかからないものの、小銃を貸与し射撃させるという事は出来そうにない。
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面談しているさなか、軽迫撃砲などによる嫌がらせ砲撃を浴びていたネウロイは奇妙な沈黙を保っていた。
光線で迎撃するでもなく、兵隊ネウロイを生み出すわけでもなく自己修復も程々に天を仰ぐ。
その様子を本管情報小隊のカメラ越しに見た連隊の最先任上級曹長(CSM)の
「意外と抜けへんな、火力支援の方は?」
「空自の近接航空支援があと20分ほどで到着します!」
「よし、戦車を安全圏まで退避させろ。連隊長は?」
「例の住民と面談中です」
「そうか、この爆撃で何とかなればええけどな」
怪獣映画などのお約束では、爆撃が無効化されるかあるいは反撃で攻撃機が撃墜されるかであり、斎藤准尉が子供の頃に見た映画では防衛軍のF-86F戦闘機やF-104J戦闘機が大怪獣にやられていた。
壮年の陸曹たちも同じ発想に至ったようで、観測ヘリおよび対戦車ヘリの撃墜という前例もある事から航空攻撃の成功を祈った。
普通科連隊が接敵して無反動砲射撃後、光線による反撃で2個中隊が壊滅という知らせは福岡県に所在する築城基地の第8航空団にも届いており、大型敵性体が120㎜迫撃砲に耐えきったという段階で発進準備が行われていた。
急行できる地上火力だけでは阻止が難しいという判断がなされ、翼下のパイロンにJDAM4発と600ガロン増槽2つを取り付けたF-2A戦闘機4機に発進指示が下った。
対艦攻撃ができることから青い洋上迷彩が施された戦闘機は蒼穹に溶け込むように4機編隊で離陸してゆく。
雲を抜け、瀬戸内海を横断するように飛んで大阪湾方向より進入するのだ。
今日は右手のジョイスティック越しに操る機体がいつもより重く感じる。
対地攻撃訓練であれば、トリプルエジェクターラック(以下、TER)に青い模擬弾1発ずつ
しかし、今日のソーティーは両翼のTERに500ポンドの実弾を2発ずつ搭載し、燃料も満載だ。
機体の重量もさることながら、これは
『貴機の任務は“Neuroi”の
何より相手は
今度は地上目標だからと言って、奴に対空射撃性能が無いと誰が壮語出来るだろうか。
股の間にある液晶ディスプレーにデータリンク画面が表示され、高度をぐっと下げると立ち上る煙を目標に進入する。
グレーに見える雑多な街並みとまばらな緑が眼下を流れるように過ぎてゆき煙たなびく斜面の奥、木々茂る山中に黒く巨大な目標がいた。
幅広のHUDに地を這うそれを捉え、爆撃用のキューが目標に合った。
『スカル11、ターゲット ビジュアル』
『ツー』
編隊長機、2番機が目標を視認したため一度目標上空をパスし、外れたとして誤爆のおそれのない方向より突入する。
『奴め、撃って来たぞ!』
『構わん、突っ込む!』
ジェット戦闘機という脅威を察知したのか、ボロボロのパネルを発光させる。
割れた屈折体は集束率が低くジェット戦闘機の飛行高度であれば大した威力こそないものの、顔にレーザーポインターを当てられるが如き不快感と目つぶしほどの効果はある。
だが、目視照準の急降下爆撃機ならともかく、GPS誘導方式のJDAMを装備した高速・水平爆撃のジェット戦闘機の前では何の意味も持たないうえ、光線の追従性が足りずに当てる事さえ難しい。
『スカル11、クリアードアタック』
寄せ来る敵機を必死に落とそうと断続して放たれる光線よりも前に出て、2機のF-2は右手のスティックに備えられたウェポンリリースボタンを押し込んだ。
『ファイヤ、ナウ』
左右のパイロンに装着された4発のJDAMが切り離されて落ちてゆく。
投下してしまえば、地上の観測所からの報告通りの座標へと後付けの誘導キットが導いてくれる。
__この弾はお持ち帰り厳禁です!
__ドカンと一発!
風を切り、整備員たちによって落書きされた実弾が吸い込まれるようにネウロイの直上へと落ちてゆく。
地上からは一瞬で命中したように見え、音速を超えて燃える爆薬の衝撃波とジェット戦闘機の爆音が遅れて届く。
空気が揺らめき、地表を舐めるように爆風と衝撃波が駆け抜けると路上に放置された主なき自動車のガラスが割れ、薄さ0.6㎜の外板パネルが爆風や飛来物によって音を立てて凹む。
道路を一望できる離れた観測地点の擬装材を激しく揺らす。
前線に進出していた74式戦車にも500ポンド爆弾の衝撃は伝わって来ていたが、数十ミリ厚の圧延装甲によって遮られており、戦闘室内にいた乗員は“思ったより音が小さいな”と言う感想を抱いた。
土煙が晴れると地上の偵察隊員が各種機材を用いて
双眼鏡のレンズに刻まれたミル目盛に映る黒い移動体の上半分が無くなっていた
目盛の数と目標との距離から三角比を用いて長さを計ることができ、胴体の半分であるおおむね幅5m、高さ2m、長さ10mくらいの立方体が吹き飛んだ事がわかる。
いよいよ赤く輝くコアが露出し、虫の息と言ったところだろうか。
『爆撃命中!コア露出を確認!』
「やったぞ」
大きく抉れた移動体の様子に反復攻撃は不要という判断が下され、距離を取って空中待機していたスカル14、スカル15の2機は投下せずに離脱する。
『スカル11、ミッションコンプリート、RTB』
「戦車砲でとどめを刺す。全車、前へ」
4機のF-2が飛び去って行くと共に、離隔距離を取っていた戦車部隊が露出したコアを破壊せんと単縦陣を取って突入していく。
目標はきついS字カーブの向こうにおり、爆撃で木々が無いため目標に火力を集中させることができる。
車長がキューポラの操作盤で砲塔をグリンと右旋回させ、砲手が測距用のルビーレーザーを放った。
__右前方約1540m
そのデータは
射統と連動した上下方向の砲口安定装置こそあるものの74式戦車は行進間射撃には適さず、
「目標、正面の敵上部コア、徹甲、短停止!」
中隊長からの指示に、各戦車の車長は一挙に停止を命じた。
「止まれ!」
車体が勢いよくつんのめり、中の乗員も慣性の法則で前へと力がかかる。
しかし、装填手は慣れない左方向への慣性にも負けず砲弾を砲塔内後方の弾薬架から引き抜き、体をひねり砲弾をグーパンチで薬室に挿入する。
薬莢で抽筒子が押し下げられると閉鎖器がガシャンと金属音を立ててせり上がり、流れるように体を引いて右手はハッチ脇のグリップ、いっぱいに伸ばした左手は砲尾の下の装填完了ボタンを押す。
「装填よし!」
すると砲手の覗くJ2照準眼鏡の端に“装填完了”を示す黄色い印が浮かび上がった。
「撃てッ!」
先頭を行く1車のキューポラから身を出した中隊長がサッと迷彩手袋をはめた手を振り下ろした。
砲口を上げた6発の105㎜戦車砲が中隊長の命令で火を噴き、勢いよく砲尾が後退する。
徹甲弾はネウロイに命中し、通常の鋼板で出来た戦車用標的(通称:
短停止すぐの初弾はネウロイのコアの近くをえぐり取っただけだったが、微修正の後に第2射が放たれた。
「命中、続いて撃て!」
装填手は慣れた動作でハンドルを差し込み、閉鎖器を開放すると押し出されてきた空薬莢が床に落ちるが無視し、2秒から3秒42くらいで次弾を装填する。
新隊員時からの反復訓練によって4秒以下で装填できるのが陸自戦車の装填手であり、機械の限界で絶対に4秒以下にはならない自動装填装置より優れている面である。
「装填よし!」
__再び砲口よりタングステン合金製の
方面戦車射撃競技会で培った、流れるような短停止射撃によってさらに4発の徹甲弾を撃ちこまれた母艦級大型ネウロイは光となろうかとした最期の瞬間、咆哮した。
勝利を喜ぶ暇もなく突如として電波にノイズが入り、隊員たちが上空を見上げると大空に穴が空いていた。
その向こうから何かが降ってくるのを彼らは見たのだった。
見慣れない黒い機影は航空自衛隊の戦闘機ではない、だとすればそれは敵だ。
「対空警報!」
死に体のネウロイが最期に残していった置き土産は、制空戦力の無い自衛隊を窮地に追いやるものだった。
爆撃成功の知らせに幕僚達は急いで指揮所に戻り、尚樹たちの監視を兼ねた“護衛”の隊員が代わりに会議室に残る。
警務隊に引き渡されるまではこの道の駅にてじっとしておくように言われたが、やけにゆるい。
自衛隊としてはどうともできないが、 “個人として勝手にやった事”ならば多少の事は知らぬ存ぜぬで通そうという逃げがあった。
尚樹も37連隊側のそういった思惑に気づいており、
普通科隊員だけでおおよそ5分の1ほどがたった3~4時間ほどの中で殉職してしまったのだから、人数も少なく混乱の中にあった。
生き残った隊員を集め小銃班を再編して
ピー・ピ・ピと長音に短音が2つ続く笛の音が聞こえ、ひかりと直枝、尚樹がとっさに会議室の窓から空を見上げる、空の中にぽつぽつとゴマ粒大の何かが見えた。
「空にネウロイが!」
「ホントか……どこから湧いてきやがったんだ」
騒然とする雰囲気のさなか、ひかりと直枝は身体に力が湧いてくるような感覚がやってきた。
まるで乾いたスポンジが水を吸うかのように、じわじわと満たされるような感覚。
魔法力を底まで使い切り、“グリゴーリ”に
「魔法力が戻ってやがる」
「はい!」
飛行型ネウロイの出現と、魔法力の回復が意味することはただ一つ。
エーテルも共に流入しているという事であり、そうなれば
尚樹たちは“お手洗いに行く”事に決め、ストライカーユニットを回収する方法を考え始めた。
ネウロイ地上型は撃破……いよいよ決戦も残りわずか
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