ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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リインフォース

 機関銃を持っているひかりと、背中に背負った負い紐付きのシャベルしか武器がない直枝は電線に引っかからないように低く飛んでいた。

 行動不能となった自衛隊車両に残されているM2重機関銃などの火器を回収するためだ。

 この際撃てればミニミ機関銃でも89式小銃(ハチキュウ)でもよいのだが、個人で携行できる火器は皆脱出時に持ち去られており、残ったのは重量があって卸下・運搬しづらいM2重機関銃のみとなった。

 M2重機関銃は38kgあって本来手持ちで撃つ火器ではないが魔法力による補助があるウィッチにとってはさして問題とならず、リベリオンのウィッチが持っていたことから運用できると直枝たちは考えていた。

 母艦型ネウロイの居た場所は破壊された車両の煙や、燃えた木々によって大まかにつかむことができたため、岩に乗り上げている軽装甲機動車を目指して、右へ、左へと機体を振りながら木々の間を抜けるように飛ぶ。

 遮蔽物の多い木立に入ることによって上空や遠距離から狙い撃たれにくくなるし、発見されづらくなるため、最前線のウィッチにとって敵の攻撃方向を絞れる地を這うような低空飛行は必須技能でありお手の物だ。

 戦闘ヘリコプターから放たれた誘導弾で中型のネウロイが撃墜され、それを受けてか通路の向こうから複数の増援がやって来たので、悠長に飛んでいる時間はない。

 

「ひかり、木に当たんなよ!」

「大丈夫ですよ!」

 

 ひかりは直枝の後ろをぴったりと着いていき、上空を飛ぶネウロイに気づかれないことを祈る。

 残弾が少ないとはいえ銃を持っているひかりはともかく直枝は素手であり、今攻撃されると圧倒的に不利だ。

 空対空誘導弾を装備した陸自ヘリと空中戦をしている間に武器を調達できるかどうかが勝負の分かれ目だ。

 

 __たしか道路が一望できる坂道の脇だったよな。

 

 直枝はテレビで見た車両の周りの地物を思い出し、森から道路上に出た。

 幌を外した小型トラックの上に戦場監視用の偵察器材を積載していた隊員たちはエンジン音を聞き、振り向いた。

 

「うおっ!」

「えっ……女の子?」

 

 ジャージ姿に獣耳を生やした少女が何かを履いて頭の上をかすめるように飛んでゆく。

 エンジン音と風を残してあっという間に抜けてゆき、その後ろに銃を持った少女が同じように続く。

 初めて見る二人のウィッチに撤収中の偵察隊員は驚き、あっという間に過ぎ去って行った二人の後ろ姿を呆然と見ていた。

 

「エンジン音が聞こえる……」

「おい、女の子がこっちに飛んで来るぞ」

 

 道路から脇に逸れると、先行する直枝の目の前に突如戦車が現れた。

 爆撃から身を隠すために擬装網を砲塔に巻き付けて息を潜めていたのだ。

 

「管野さん!前に戦車が!」

「ちっ!」

 

 砲塔上部に据え付けられたキャリバー50を握りしめた上空警戒の車長と目が合った。

 直枝は上体を起こして上に逃げる、あやうくユニットの先が重機関銃に引っかかりそうになるもギリギリで回避した。

 反射的に頭を戦闘室に引っ込めた車長の上をひかりが通過する。

 

「ごめんなさいぃぃ!」

 

 尾を曳くようなひかりの声が耳朶を打ち、車長がおそるおそる頭を出すと少女たちはすでに飛び去っていた。

 

「キクスイ、こちらスズラン、空飛ぶ少女が東に飛んでいったぞ!送れ」

『彼女たちは協力者だ、決して撃つな』

 

 現在進出中の戦車部隊より東側に行けば、普通科隊員による遅滞戦闘が行われていたポイントであり晴樹の乗っていた軽装甲機動車は近い。

 ネウロイの対空攻撃が激しくなり、マスコミのヘリコプターに退避命令が下る前の映像に映っていたあぜ道に直枝とひかりは到着した。

 

「あったぜ!ひかり、援護を頼む」

「わかりました!」

 

 直枝は状態を引き起こして立姿にすると、岩の上に乗り上げて車輪が浮いているLAVに近づくと溶接で取り付けられたM2機関銃用銃架にM2機関銃は載ったままで銃弾もありそうだ。

 ユニットを履いたままでは車体上部の銃架にアクセスしづらいため脱いで、車体に立て掛けると直枝は車体後部の足掛けから登り機関銃を銃架から降ろした。

 直枝は“ブラウニーM2”を撃ったことが何度かあったがいずれも銃架に設置されている物であったりウィッチ携行用に改造されたものだったので、銃架から車載用を下ろして手持ちで撃つというのは初めてだ。

 取り外し方法は至って簡単で、機関部下面2か所に設けられた穴と銃架側に通っているピンを2本引き抜くだけで機関銃は外れるのだ。

 銃架から思ったより単純に外れたはいいが、いざ重機関銃を使おうという段になって問題が発生した。

 一つ目は大きさと重量ゆえに車からどう持って降りようかと言うもので、12.7㎜弾の発射に耐えうる肉厚で長い銃身だけで10㎏、成人女性の胴くらいはあろうかという大きさの鉄塊である機関部は28㎏あって、それにベルトリンクで繋がれた100発近くの12.7㎜弾が付く。

 これらをライフルやら軽機関銃のように持って気軽に降りるには長く、重く、大きすぎるのだ。しかも降りる際に指などが機関銃と車体の間にでも挟まれた場合潰れる。

 

「直ちゃん、キャリバー50は重いからいざとなったら銃身を外しや。俺らも機関部抱えて降りてから後で銃身受け取ってたし」

 

 尚樹の言っていた意味がよく分かる時が来た、力を補助し重力を軽減する魔法力無しでこの機関銃を下ろそうとなると相当力が要りそうで同時に戦車兵はこんなものを毎回積み下ろししてんのか?と思った。

 さらに、ウィッチ用航空機銃型AN/M2のような追加グリップが無いためとりあえず機関部の後端にあるグリップを右手で掴んで、左手は給弾口の手前に回して抱える様に撃つしかない。

 何よりドラム弾倉ではなく剥き身のベルトリンクで、車載型や歩兵携行型の弾薬箱は銃の方ではなく銃架の方に取り付けられているのだから飛行中にベルトが捻じれたりでもすればすぐさま給弾不良となる。

 だが、ベルトリンクがむき出しという事もあって難易度は高いものの、抱え込んでいる左肘を張ったり引いたりすることでベルト送りを支えながら連射することも出来た。

 カギがかかっているため、車内の予備弾は手に入らなかったもののとりあえず100発は撃てそうだ。

 だが、取り回しにくいので20発くらいでリンクを外し、残った80発ほどは飴や包帯が入っている迷彩のウエストポーチに仕舞った。

 

「こんなもんでも無いよりはマシか……」

「管野さん、どうですか?」

「ひかり!いいところに来た!こいつを持っててくれ」

「はい!」

 

 軽装甲機動車に手をついてホバリングするひかりにM2機関銃を受け渡し、車両から降りてユニットを履く。

 再始動スターターを回して始動させ、立姿勢で浮き上がるとひかりからM2機関銃を受け取り高度を上げる。

 

「ひかり、アイツをやるぞ」

「はい!」

 

 エイのような大型ネウロイが我が物顔で悠々と飛び、光線を撒き散らしていた。

 陸自のヘリはそれを躱しながら空対空誘導弾を発射していたが、1発が命中せず森へと落ちてゆき2発目がネウロイの表面で爆発した。

 パリパリと黒い破片を撒き散らすも、すぐに穴は塞がっていく。

 そう言った光景は直枝たちからすれば見慣れたもので、大型ネウロイによっては艦砲の直撃でさえ耐えきるようなものが居るのだから多少高性能なロケット弾くらいでは撃墜も難しい。

 効果があまりない様子だが、直枝たちは突撃のタイミングを見計らう。

 

「ヒートシーカーだっけか、アレがあると危なくて近づけねえ」

「そうですね、ゲームみたいにギューンってきてどかーんです!」

「お前、後ろ見とけ。後ろ弾なんて笑えねえ」

「はい!」

 

 下手に今肉薄してコアを探ろうものなら、自衛隊の30㎜機関砲やら誘導弾に誤射される危険性が高い。

 特に赤外線誘導方式の誘導弾はユニットの発する熱を捉えかねないのだ。

 直枝とひかりはミサイルに熱源を捉えて誘導する方式やレーダー波で誘導する方式がある事をいくつかのFPSで知った。

 誤射された場合ストライカーの速度や機動力では逃げ切れず、先刻撃墜されていたネウロイのようにあっという間に追いつかれて撃墜されるだろうし、攪乱のための銀紙やら火の玉など持っていない。

 ネウロイは護衛機の撃墜から学習したらしく、光線を赤外線・可視光線ジャマーとして運用し始めたようでヘリではなく明らかにミサイルに向かって発射している。

 だが、自己防御手段があって当たり前の陸自のヘリパイも気づいたのか攻撃手段を機関砲に切り替えた。

 直枝は30㎜機関砲を浴びるネウロイを見ながらコアを探る、コア周りは僅かに自己再生の速度に差が出ておりよく見なければ分からない。

 魔眼持ちでないエースは敵火閃く激しい戦闘のさなか、冷静に回復速度を確認して撃ち抜くことで戦果に繋げているのだ。

 一方、ひかりはヘリコプターの動きを見ていてある事に気づいた。

 

「管野さん、ヘリコプターが離れていきます!」

 

 アパッチ2機が機関砲射撃をネウロイの屈折体に集中させている間にOH-1が後退、2機のアパッチも射撃終了後に離脱していった。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 後ろ弾の危険が無くなったとみるや直枝は大型ネウロイに突入していく。

 屈折体目掛けて蝶型の押し金を押すと重機関銃のボボボという発射音が響き渡り、手を回した銃下部の廃莢口から薬莢とリンクを吐き出した。

 いくつか直枝の手に当たるが航空手袋のおかげで熱くもなく、飛行していることもあって一瞬で眼下に消えてゆく。

 2番機のひかりも直枝の左後方につき、直枝が撃つあたりに射弾を集中させる。

 ウィッチ2人によって魔法力の込められた攻撃を受け屈折体の回復が間に合っていない大型ネウロイは高度を一気に上げて雲の中に逃げようとする。

 だが、それを許す直枝たちではない。

 胴の中にあるコア目掛けて射撃を浴びせるひかり、その間に直枝はM2の給弾口に80発弾帯を突っ込み、槓桿を勢いよく引いた。

 M2の装填が終わった直枝がネウロイに弾を浴びせかけようとしたとき、インカムから男性の声がした。

 

『敵性体付近を飛行する2名に告ぐ、こちらは日本国航空自衛隊、貴機の所属及び飛行目的について教えられたし』

 

 国際周波数を用いた扶桑語とブリタニア語での呼びかけに、直枝はあの時のやつかとピンときた。

 

「こちらは第502統合戦闘航空団、飛行目的はネウロイの撃墜だ!」

『今はどういう状態だ』

「アイツの屈折体ぶち壊したけど、やれる程弾がねえ」

「コアに届く火力もありません!」

『了解、攻撃するから離れてくれ』

「おう!ひかり!」

 

 ネウロイが雲を抜けると遥か上空にグレーの制空迷彩が施された戦闘機が見えた。

 4機編隊の彼らは一度ネウロイとひかり達の上を航過して、反転して攻撃態勢に入る。

 常日頃の領空侵犯機対応ではなく純然たる空対空戦闘ということもあり、従来のイーグルにはスパローが左右のパイロンランチャーに4発搭載され、形態Ⅱ型と呼ばれる近代化改修の施された機体には国産のAAM-4を4発、サイドワインダーを胴体下に4発装備した8発装備である。

 九州の新田原基地より飛来する機体には作戦時間の延長のためか上記の8発の誘導弾のほか、両翼下ランチャーに二つ、胴体下に大きな増槽が懸架されていた。

 

 直枝とひかりは対空誘導弾の誤射を避けるため、雲の中に離脱した。

 扶桑の九九式艦戦、零式艦戦やらFW190戦闘機などを見ていた直枝とひかりにとっては翼下にいろいろ吊るしてよく動けるなと思うのも無理はない話で、大型ネウロイ攻略戦などに投入される男たちの戦闘機隊がバタバタと落とされてゆく様子を思い出す。

 爆弾などを搭載できる戦闘爆撃タイプのFw190F-8やA型でロケット弾ポットを搭載した機体も見たがいずれも翼下に懸架している時には動きが鈍い。

 さらに大型ネウロイ攻略のために火力と装甲を強化した“シュトゥルム・ボック”と呼ばれるタイプなどに至っては空戦が出来ないため護衛のウィッチが必ず付いていたが、搭載火器の一斉射が終わるまでに半数が小型ネウロイの餌食になっていた。

 だが目の前を飛ぶF-15Jは、重そうな見た目に反して軽やかに、そして力強く飛び去ってゆき、大きく機体を振って旋回して誘導弾を発射した。

 現代のジェット戦闘機にはパイロン懸架をしてなおマニューバ出来る出力があるのだから当然である。

 

『マグヌス11、フォックス1』

『マグヌス12、フォックス1』

 

 翼下のAAM-4とスパローが発射されるとネウロイに直撃し、破孔を作る。

 爆発音に合わせ直枝とひかりが飛び出し、全弾撃ち尽くす勢いでコア目指して射撃する。

 大型ネウロイのコアにヒビが入ると、金切り声を上げながら落ちていき光と砕けた。

 

 対地攻撃を行っていたネウロイが撃墜されたことによって、応援に到着したF-15は旋回しつつ陸自からの報告にあった謎の通路とおぼしき空間の情報収集に当たる。

 すると通路に戦闘機が近づいていることに気づいたのかグライダーや偵察機のような胴体の長さに対し細長い翼の大型1機、その護衛と思われる“要撃型ネウロイ”が15~20機侵入してくるのが見えた。

 

「思ったより速いぞアイツ」

「撃って来た、敵だ」

 

 大型ネウロイは見かけと違って翼のような部分をしならせながら高速で飛び、その周りにはジェット戦闘機のようなシルエットの敵が固める。

 涙滴型のキャノピーの向こうの点のようなものがどんどん近づいてきて、それが何であるか確認する前に敵方から光線が降って来た。

 防空指揮所から『撃て』という命令か来る前に相手が撃って来たため正当防衛射撃を行う。

 

『アンノウン9、いや10機以上接近中、交戦に入る』

 

 一瞬のうちに肉眼で捉えたその敵機は黒と赤のヘックス模様こそあるものの特徴的な低翼に太い胴体、下半角の付いた尾翼でイーグルドライバーたちは既視感を覚えた。

 姿はDACT(異機種間空戦訓練)で相対したF-4EJ改戦闘機(ファントム)のようだ。

 

「ターゲットブレイク」

 

 通路を抜けるかどうかという所でネウロイが散開(ブレイク)し、光線を放ってくる。

 しかし光線は進行方向にまっすぐ飛び、空中で曲がったり追尾してこないため回避は容易である。

 機動も単純な旋回や上昇、下降の組み合わせであり僚機との連携も何もない。

 戦技競技会で相対する飛行教導群(アグレッサー)のF-15の方がよほどいやらしい。

 

「ブレイク、ブレイク」

 

4機編隊(ダイヤモンド)2機編隊(エレメント)に分かれ、出現位置が近いことから有視界下での格闘戦に突入した。

 

 緩い弧を描いて飛ぶ第305飛行隊のF-15が2機の要撃型に追われている、しかし追われている彼は機体を揺さぶり、光線を当てさせない。

 

『ヒコネ、俺の右後ろだ!』

『よし、フォックスワン、ターゲットツーキル!』

 

 馬鹿正直に尻を追うネウロイを挟み込むように僚機のヒコネが後ろに付きスパローを発射、放たれたレーダー誘導方式のミサイルはネウロイを捉えて飛翔。

 苦し紛れの光線発射にも惑わされずスパローは命中し、コアを砕かれた要撃型ネウロイは砕かれ消えてゆく。

 

「アイツ、後ろにも撃てるのか!」

 

 TACネーム“ヒコネ”こと都築二尉は進行方向に対し後方40度くらいにも撃てるネウロイの射角の広さに驚いた。

 だが所詮は動きの単調な“ファントムもどき”でありHMDのキューは尾を曳いて捉えていた。

 ジーコも他のパイロットたちに負けてなるかとばかりに、敵を追い立てる。

 同じ空にはあの日から探していた空飛ぶ女の子が居るのだから、日本男児の意地を見せなければならない。

 天と地が幾たびも入れ替わり、首を大きく動かし後方を見ながら機首を引き上げる。

 上昇速度でも、旋回力でもF-15Jはネウロイに勝っているが、速すぎて追い越してしまうため、大きくロールして光線に狙われないようとフェイントを入れつつ後ろを取る。

 ただ後ろをとっても機関砲を使ったガンキルでもなければレンジが近すぎる

 そのため、長機が一度速度を上げて敵の横を追い抜いて、2番機と挟むサンドウィッチ戦法と、大きく蛇行しながら飛んでいる機体を追う敵機の後方上部から撃つサッチ・ウィーブを中心とした戦技で次々と撃墜してゆく。

 ジーコは左へ旋回し、緩降下し始めた僚機を追うために前に躍り出たファントムもどきの後ろから短距離ミサイルを撃ち込む。

 

「マグヌス12、フォックスツー」

 

 サイドワインダーが胴体のランチャーから真下に切り離され、赤外線の目はネウロイをしっかりと捉えて、ロケットモーターと動翼を用いてネウロイを追い越さんばかりの勢いで命中した。

 16機、4個編隊のF-15と23機の要撃型ネウロイの対決はほぼ一方的なものであった。

 あっという間にファントムもどきは数を12まで減らし、その他には耐久力が段違いに高い大型ネウロイを残すのみとなった。

 

 

________

 

 

 上空で戦闘機と要撃型のドッグファイトが始まったとき、直枝たちは一度地上に降りざるを得なかった。

 携行している火器の弾が切れたのだ

 離陸前に直枝はある事を口酸っぱく言い聞かされていたからである。

 

「直ちゃん、ひかりちゃん、自衛隊から借りた武器は絶対捨てんなよ!いいね」

 

 尚樹はブレイクウィッチーズの逸話を聞かされ続けたため、念を押しておく。

 ひかりと直枝はいつもの尚樹と違う様子に驚くと共に、理由を尋ねる。

 

「サーシャみてーだな……おう、わかったよ」

「どうしてなんですか?」

「自衛隊の武器管理はヤバいんだ、武器どころか薬莢ひとつでさえ捨てたらそれの捜索で帰れなくなるからな……見つかるまで」

 

 尚樹の悲痛な声に直枝は軽く引きながら聞く。

 

「どういうことだよ」

「俺の同期がある夏にテッパチのネジを演習場にポトっと落としたんだ、そしたら」

「そうしたら?」

 

 まるで怪談話のようなテンションにひかりも思わず顔を近づける

 尚樹は地面に四つん這いになる。一昔前の絵文字で言う所のOTLで、膝をついていることから腕立て伏せに比べればまだ楽なのか?と思うが大間違い。

 

「広い演習場に横隊組んで、延々と地面を探るんだ。7往復くらいやった時、夜になってたね」

 

 迷彩作業服の膝が擦り切れ、曲げっぱなしの腰は歩くだけで痛み、食事もいつとったのか覚えていない。

 日光が背中を焼き、乾いた砂地からの反射光で目が痛い。休憩もなくただひたすら地面を眺め続けるのだ。

 銃器ならば犯罪に使われるおそれがあり、銃社会ではないわが国においては脅威となりうる。

 

「エンピもあったし、64式の剣ヒモも……」

 

 しかし、鉄帽の顎紐を帽体に止めるためのネジやらOD色に塗られただけのシャベル、銃剣の鞘に結ばれているだけの緑色の紐にそこまでする意味はあるのだろうか?

 

「なんでそこまでやるんだよ」

「自衛隊は武器、官品管理に異常なまでの厳しさで……どうしてかは知らん」

 

 それは日本人の美徳とされる“きっちり”“きれいに”精神の極致であり、物が無かった時代の名残ではなかろうか。

 尚樹は借用した武器の所管部隊に多大な迷惑をかけるので、使うなら必ず持ち帰れと言ったのだ。

「武器受領の手続きが……」と言うサーシャのそれより現実味があって切実なそれに直枝は必ず持ち帰ると約束したため、撃ち切った重機関銃を投棄せず指揮所である道の駅に降りた。

 そこに回転灯の付いた白い小型トラックに乗り、“MP”と書かれた黒い肩章を着けた隊員たちがやって来たため彼らに銃火器を預けた。

 緊急時という事もあり、連隊長より連絡を受けていた第131管区警務隊の警務隊員は自衛隊の装備を使用して戦闘に参加している直枝とひかりを自衛隊法違反の現行犯で逮捕することはなく、ユニットを履いてホバリングするひかりたちを駐車場の方向に誘導する。

 ユニットを脱いだ二人はオリーブ・ドラブ色の業務天幕が立ち並ぶ指揮所、後方段列群から少し離れた所にある天幕に案内され、入室する。

 

「管野中尉、他一名の者入ります」

「失礼します!」

「よく来たね、先ほどの戦いを見ていたよ。見事だったよ」

 

 テーブルの上には89式小銃と弾帯、弾納(だんのう)が2セット置かれていた。

 

「ここからは独り言であるから、君たちの中にとどめておいてほしい」

 

 そこに居た幹部自衛官は彼女たちに対してねぎらいの言葉を掛けると、独り言を言い始めた。

 

「この小銃は、私の部下のものだった。だが、みんな光線で死んでしまった」

 

 彼の所属する第2中隊は、地上型ネウロイの光線によって中隊本部要員を残して壊滅した、そこで2丁の小銃を“戦闘損耗による滅失”という扱いにして()()()とすることにしたのだ。

 

「敵に焼かれて部下もろとも燃え尽きたこととなっている、どうか、一矢報いてくれ」

「……分かりました、がつーんとやりますよ」

「おう、あいつは俺達に任せろ」

 

 かつて、ネウロイに押されていたころに幾度も見た“大人の兵士”の顔だ。

 民間人への小銃、弾薬の提供というのは平時の自衛隊では考えづらいような行為であった、しかし杓子定規で居続けるには犠牲があまりにも大き過ぎたのだ。

 促された直枝とひかりはジャージの上に弾帯を巻き、89式小銃を手に取った。

 

「……よし、使い方は見ての通り、スライドを引いて切り替え金を回すだけだ」

 

 30発入り弾倉は弾納(大)に2つ、弾納(小)に1つ入り、弾帯には大小2つずつ、計4つが取り付けられており最大180発携行できる。

 ふたりは弾倉をひとつ抜き取ると銃の左側についている撃針止めを押し、スライドをカシャンと前進させた

 彼女たちが兵士であることを聞かされては居たものの、実際に見ると不安になってついつい装填動作に待ったをかけた。

 

「装填は外でやってくれよ」

「はい」

「わかったよ……暴発させるようなヘマはしねえ」

 

 実弾を装填した小銃を持った二人はストライカーユニットを初めて見る隊員たちに見送られながら駐車場内から飛び立ち、敵味方入り乱れる乱戦の中に突っ込んでいった。

 

「待たせたな!ひかり、俺たちは大型をやるぞ!」

「はい、管野さん!」

 

 ウィッチの接近に気づいたネウロイが向かってくるが、直枝は冷静に89式小銃の切り替え金を連発まで回し、引き金を絞る。

 力強くバンと響くような12.7㎜弾や7.62㎜弾に比べて甲高いキン、キンと金属を打ち合わせる音のような銃声が響く。

 反動が少ないためどうもパワーに欠ける気がすると直枝は感じたが、NATO制式採用小型高速弾は魔法力をもって要撃型ネウロイを正面から捉えて3つの穴を穿った。

 破片を撒き散らしながらネウロイは落ちてゆき光に消えるが、直枝は一瞥もせずに大型のネウロイに飛び込んでゆき、ひかりも直枝の後ろについて接近してくる敵に向かって撃つ。

 ファイターたちはすぐさま二人の援護に切り替え、要撃型ネウロイの後ろをとるや否やスパローで撃墜する。

 異なる世界で作られ、技術体系も全く違うジェット戦闘機とレシプロストライカーが同じ空で戦うという本来ありえない、奇妙な光景が広がっていた。

 

「生身で飛んでる……すごい」

 

 __テレイン、テレイン、プルアップ

 

 あるパイロットは体をしならせ、自由自在に空を舞うウィッチに見とれており対地接近警報に我に返った。

 直枝の横を抜けての急降下から、引き上げ動作に入った彼に要撃型ネウロイの一機が狙いを付けようとした。

 光線がF-15の鼻先を狙い、6秒後の未来位置に向かって放たれた時、近くを飛んでいたひかりが援護に入った。

 左手に小さく作ったピンポイントのシールドで光線を受け流し、小銃で撃ち返す。

 ひかりの射撃は命中しなかったものの、隙が出来たところに別のF-15が放ったサイドワインダーが直撃した。

 大型ネウロイは前部の頭のような膨らみに設けられた屈折パネルから盛んに連続光線を放ち、ウィッチや戦闘機、赤外線画像誘導ミサイルを近づけまいとする。

 だが、レーダー誘導方式のスパローや機関砲、ウィッチの射撃の前には目くらましにもならない。

 光線に撃たれる前にアフターバーナーを焚くF-15の高速性能を活かした一撃離脱と誘導弾自体の速度、そしてウィッチの実戦で培った胆力と経験、光線の間をすり抜けられる機動力のまえに、途中で曲がったりもしない上インターバルも15秒と長い連続ビームなど初見でもなければ当たるわけが無かったのだ。

 

 

 ひかりと直枝は大型ネウロイの周りに纏わりつくと銃撃を浴びせてコアを探る。

 ひかりの接触魔眼を使おうにもまずは手で触れる距離まで近づかなくてはならないがこれは案外難しく、走行中の自動車の窓から手を出して電柱の表面を撫でるようなものである。

 また、車の窓から自動券売機のチケットを受け取れるのは両者の()()()()()()()()()かあるいは非常に小さい物であるからで、時速40キロで手を出そうものなら腕が折れるような大けがだ。

 このように目標との相対速度が合わなかったり、触るために接近しすぎて激突すれば大けがどころか墜落する。

 そのため、非接触型の魔眼とは違って接触魔眼は取り付けるような目標や、それ以外の方法が無いような目標のみに使用され今回も射撃による探索法を用いるのだ。

 撃っていると長い主翼の付け根にちらりと結晶体の赤い光が漏れた事に気づく。

 

「管野さん!真ん中よりの付け根に!」

「でかしたひかり!」

 

 二人がかりで掃射したその時、コアが急に移動したのだ。

 

「なんで……そういう事か」

「いつものやつですね!」

 

 オラーシャでさんざん変わり種のネウロイを見てきた二人にとってはコアが移動することくらい珍しくもなく、続いて対処方法を考える。

 移動式コアや真コアタイプの対処法は大きく分けて二通りある。

 一つ目は魔眼もちによるコア移動パターンからのピンポイント特定による集中攻撃で、もう一つは全体にダメージを与え、回復が速い辺りを丸ごと吹き飛ばしてしまう方法だ。

 前者は魔眼というレアな固有魔法を持ったウィッチが必要で、なおかつ()()()()にそのポイントを撃ち抜けるかどうかにかかっている。

 後者はというと、大量の弾薬並びにネウロイの外板を砕くような大火力が必要だ。諸兵科連合に組み込まれているウィッチが他の兵科といるときはこの方法を取ることが多い。

 

『戦闘機乗りの皆さん、この大型を倒すのにお手伝いお願いします!』

 

 少女の声にファイターたちはちらりと大型ネウロイを見る。

 そこには光線をかいくぐり、執拗に死角に飛び込んでは射撃をする二人のウィッチの姿があった。

 ひかりは懸命にタイミングを見計らい、タッチするとひんやりとした感覚と共にそのたびにコアの位置が動いているのがわかる。

 4回ほど触った時にようやく法則性が見つかったが、戦闘機パイロットたちにネウロイの座標を伝えても分からないだろうし、姉との502残留をかけた戦いのような取り付いて指し示す指示方法もできない。

 そこで戦闘機の火力でコアの逃げ場を制限してやれば攻撃が当たるのではないかという考えが浮かんだのだ。

 

『このネウロイはコア移動型で、長い翼のようなところを往復するような感じで動かしています!』

 

 戦闘機パイロットの頭に彼女たちの意図がパッと浮かび上がった。

 

「要はアイツの翼のようなところを砕いてくれって事か」

 

 ジーコは残るAAM-4とサイドワインダーをあるだけ撃ちこんでやろうと考え、今、ファントムもどきと戦っているパイロットたちは20㎜機関砲を使おうと考えて返信する。

 

__了解

 

 直枝は弾の切れた89式小銃を投げ捨てようとしたが、尚樹の顔がふっとよぎったことでひかりに小銃を預けることにした。

 

「コイツを持っててくれ、俺はこいつを使う」

「スコップですか!」

「ああ、扶桑ウィッチの最後の決は抜刀突撃と相場が決まってんだ」

 

 足りない火力を補うための扶桑刀による大物喰いは前述の相対速度の話にもあったように、距離感を誤って衝突するとほぼウィッチ側が重大な損害を負って墜落することから、上層部によって「極力避けるように」という勧告があった。

 しかし、501のウィッチをはじめとする扶桑ウィッチの一部は扶桑刀で戦果を挙げており憧れる者も多い。

 中途半端に真似されるくらいならばいっそ実際に体験させようと各養成機関でそういった訓練が実施された。

 ひかりの通っていた佐世保航空予備学校においても“航空剣術”なる授業があり、飛行標的を竹刀で殴るという内容だ。

 刀剣が使える者は非常時の最終手段に、他の者にはそこで空中での刀剣使用は難しいことを実感させ、銃火器の方が扱いやすく()()だと考えさせるという目的があった。

 ひかりはその授業を受ける前に欧州に渡ったが、素手で殴る直枝が居たことからネウロイとの肉薄戦闘は当たり前なのかと納得していた。

 エンピを持って突入し、破孔から攻撃を中に徹すのは扶桑軍伝統の抜刀突撃というよりはどう見ても欧州、さらにはユーティライネン大尉に影響を受けているのだが、直枝とひかりは気づかない。

 直枝は先の尖った剣スコップを振り回し、接近してきた要撃型を切り裂くとインカムとスコップで攻撃タイミングを指示する。

 

「俺がエンピを振り下ろしたらぶっ放せ!」

 

 要撃型ネウロイの最後の一機を撃墜したファイターは誤射しないように距離を置いた直枝の合図に、誘導弾を発射する。

 誘導弾8発が次々と大型ネウロイの翼のような場所に命中し、さらに20㎜機関砲で“機首”から垂直尾翼らしき突起まで掃射され自己修復を始めようとしたところに、光り輝くスコップを持った直枝と89式小銃を2丁小脇に抱えたひかりが目標上面から反転、急降下して突っ込む。

 胴にスコップが突き立って、大きく切り裂かれたことによって逃げたコアが機関砲の破孔から見えた。

 

「ひかり、今だ!」

「はい!」

 

 89式小銃を動きの止まったコアに向かって撃ちこみ、ようやく大型ネウロイは夕焼け空に光と消えた。

 いつの間にか深い蒼の通路は消えており、気づけは午後7時半を回っていた。

 自衛隊にとって、長い一日はようやく幕を閉じたのである。

 




おまたせしました。
前回の投稿が疲れのあまり無意識だったのか変な時間で驚きました。

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