ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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“歓迎会の夜”と加筆分割しました。


戦いの後で

 2017年7月25日

 

 大阪に怪異が現れてから4日が経ったが、いまも一部地域では停電している。

 金剛山、信貴山(しぎさん)と大阪の背骨を縦断する500KV送電鉄塔や変電設備が大きな被害を受けており、鉄塔の物理的破壊に加えて架線からのエネルギー吸収で起こった瞬間的過負荷に伴う変電施設の破損が復旧を遅らせていた。

 決戦の舞台となった道の駅や河内長野市から奈良県に通じる峠道は砲爆撃、ネウロイの攻撃によって至る所が崩壊し通行止めとなり復旧のめどはたっていないどころか、自衛隊や警察による行方不明者の捜索が今も続けられている。

 こうした直接的に被害を受けた地域のほかにも、波及して断水などの状況にある地域には奈良や和歌山、遠いところで宮城県など複数の都道府県警察の広域緊急援助隊が駆けつけ、災害派遣に動く自衛隊も中部方面隊だけでなく他の方面隊からも生活支援部隊を南大阪に送っていた。

 ネウロイ撃破の立役者であるひかり、直枝、そして尚樹はというと重要参考人となり、連日事情聴取を受けていた。

 

 ネウロイを撃破した後ひかりと直枝は指揮所付近に降り立ち、生き残った隊員たちから歓呼の声で迎えられた。

 そこで終わればよかったのだが機関銃の所持、ストライカーユニットという“超軽量動力機”による()()()()()などの航空法さらには自衛隊法に抵触していたため、2人を迎えに来た尚樹ともども拘束され、駐屯地の一室で警察に引き渡されたのち事情聴取をされることになった。

 同時に紫電2機とひかりの13㎜機関銃は自衛隊において一晩を過ごした後、署内保管という形で一時押収されてしまった。

 ふたりの少女の雄姿は地上からも見え、映像などに収められており、そうした映像をもとに取り調べが行われる。

 そして、所在を明示し逃走のおそれも無いことから警察署で2日以上拘留されることもなく、監視こそつくが3人は自宅から通えることとなった。

 

 今日は朝早くから事情聴取が行われ昼過ぎに終わって、その後、シゲマツ自動車に顔を出すことになっていた。

 ひかりと直枝を乗せて泉佐野市へ向かう道中、ハンドルを握りながら尚樹は戦闘終了後の拘留期間に面会しに来た社長と両親の顔を思い出した。

 尚樹からの電話を受けた陽平が父、陽士郎を乗せて河内長野署までかっ飛んできたのだ。

 車中で「くだらねえことしやがって、一発ぶん殴ってやる」と息巻いていたが、ケンカや人の道を外れた行いをして拘留されているわけではないと知ると、理解を示してくれた。

 何より効果があったのが尚樹と共に拘留されていたひかりと直枝の存在だった。

 陽士郎に尚樹との出会いや日々の生活、今回の拘束に至るまでの経緯を二人は説明すると、納得し一つ頷いた。

 そして「お前、こんなかわいい子二人と暮らしてんのかよ!ハーレムかよ羨ましいぜ」と茶化し半分のツッコミを入れた陽平は尚樹に「陽菜さんに言うぞ」と言われ、隣にいる陽士郎にジロリと睨まれる。

 電気が無ければ整備工場は動かせないので変電所の送電再開までの3日~4日はほぼ休業に近い。

 とはいえ全く何もできないわけではなく、出張修理や電気を使わない作業は出来るため出勤はしないといけないのだが、尚樹の事情を酌んで警察署通いのための休暇をくれたのだ。

 

 

「社長には迷惑かけたなあ」

「優しそうな、いい人でしたね!」

 

 尚樹の呟きに助手席のひかりが応える、ちらりとルームミラーで後ろを見ると直枝は疲れたのか後部座席で眠っていた。

 

「おう、そうだな」

「困ったことがあれば電話しなさいって電話番号も貰っちゃいました」

「いつの間に……」

 

 ひかりは尚樹の自宅の購入先やら、普段の仕事の話を聞いていたため面会室においても人懐っこく話しかけていったのだ。

 陽士郎としても可愛いと思ってにこやかに接したため、ひかりの中では“優しいおじいちゃん”像が出来上がっていた。

 隣に座っていた直枝が無愛想で可愛くないかというとそうでもなく、話題が見つからないというのとどう接していいのか測りかねているだけであり、会う機会があればまた違ってくるのだろうと考えていため感触は悪くない。

 到着時の険しい顔から一転、孫娘ほどではないがにこやかなお爺さんになった社長が帰った後、両親がやって来た。

 

 大津から駆け付けた両親はというと二人の少女に頭を下げて、差し入れのまんじゅうを警察官に渡そうとして止められていた。

 ひと段落つくと母親は「ひかりちゃん、私の若いころに似ているわ」とはしゃぎ、父親は「可愛いやん、どっちが彼女?」と息子をいじって楽しむ態勢に入り、母に止められるまでそのやり取りが続いた。

 尚樹、晴樹が学校や職場の女性の話をしないのは、親父のそうした絡みが嫌であるからだ。

 テレビを見ても女子アナやアイドルを見て「何々ちゃんは可愛いな」、「アレはブスやな」となどと言っては母に「人様の娘さんに何言ってるの」と怒られるデリカシーの欠けたオヤジ化している父に二人を会わせたくなかったというのもあった。

 

「そういえば、尚樹さんってお母さん似なんですか」

「おう。まさか、帰省前に親バレしてるとは思わなかったけどな」

「弟さんが電話してたんですよね」

「そ、晴樹のやつ、俺が同棲してるから帰らないとか言ってたらしいな」

「でも、一緒に住んでますよぉ」

「まあ帰省後に説明する手間が省けたと考えようか」

「そうですよ!あと、お饅頭おいしかったなぁ」

「ホントに、赤木屋のミルクまんじゅうが別物に思えたよな」

 

 拘留が解かれて自宅に帰る際に尚樹の母からの差し入れが警察官によって手渡され、3人は2日ぶりの甘味に舌鼓をうち、久々の制限された自由の下の味、いかに不自由がモノの価値を上げるスパイスになるかを体験した。

 ゆえに尚樹は冷えたものを手土産にしようと考え、停電エリア外である大和川以北のスーパーでアイスクリームを買い込み、ドライアイスを詰めたクーラーボックスに入れた。

 冷蔵庫が動かない地域の人々にとって、冷たい食べ物は癒しになるだろう。

 

「やっぱり、暑いときはアイスがおいしいですよね」

「クーラーのない事務所は暑いからなマジで。ひかりちゃん、気分悪くなったら言ってね」

「大丈夫ですよ!」

 

 車がシゲマツ自動車の前に来ると、整備工場の屋根や道路と二柱リフトを繋ぐ金属製スロープに陽炎が立ち熱気が充満しているのがよくわかる。

 大阪湾からの少し冷えた風が入ればいいなとばかりに窓は全開で、中にはツナギを着崩した先輩たちと社長が居た。

 体中から吹き出る汗でグレーのツナギは濃淡まだらの2色迷彩風になっていた。

 

「おっす、暑いところでごめんやで」

「よう来たな、ひかりちゃんと直枝ちゃん」

「皆さんお疲れ様です、この二人がいま面倒を見ている女の子です」

 事務所に入った三人が応接用のソファーの前に並ぶと社長によって“怪獣騒ぎ”の影響によって尚樹が隣に立つ二人の少女の面倒を見ていることと、それに伴って休みと少しの間遅出になる事の説明があった。

 テレビ、ラジオ、新聞などで50名を超える自衛官や報道関係者の死亡が伝えられ、なかでも光線の直撃によって死んだ者は遺骨すら見つからないようなありさまであることが報じられた。

 当然、彼らにも遺族遺児がおり、尚樹や陽平が元自衛官であることも考えれば、遺された誰かの子供の面倒を見ていてもおかしくはない。

 社内の人たちはネウロイの出現によって家や家族を失った誰かの遺児を尚樹が引き取ったというストーリーを作り上げて、まさか二人が異世界でずっとネウロイと戦っていたその道のプロだとは考えもしなかった。

 報道では自衛隊が大打撃を受けた「正体不明敵性体に対する治安出動」通称“怪獣騒ぎ”は自衛隊の戦闘機と戦車部隊によって解決したことになっているが、一部の週刊誌がその陰に隠れた謎の飛行機械の存在とまことしやかに囁かれる“協力者”の存在に目を付けていたが、ネタ元の精査などでまだ誌面には載せていない。

 この場においてウィッチの存在を知っているのは面会に来た重松親子と尚樹だけである。

 尚樹に促されてひかりと直枝は一歩前に出ると自己紹介を始めた。

 

「はじめまして、雁淵ひかりです!尚樹さんにはいろんなことを教えてもらいました!」

「俺は……管野直枝だ。いろいろあって尚樹やひかりと住んでる。よろしく頼むぜ」

 

 食事はどうしているのか、着るものは満足に与えているのかという質問に一通り答えていると先輩のうちの一人がもう“お手付き”したのかとオッサン節の下世話な質問をして、「『アレ』ってなんですか?」とよく分からないひかり、質問の意図を察した直枝に「ねえよバカヤロウ」と切り返され、社長と事務員のおばちゃんたちに睨まれるという一幕はあった。それ以外はおおむね和やかなムードで3人一緒の質問タイムを終えることができた。

 いったん解散して通常業務に移行すると、差し入れのアイスを片手に何人かは外に出ていき事務所に残ったメンバーとの雑談タイムとなった。

 尚樹は、浮いた話ひとつない男が若い女の子との共同生活ということもあり、先輩たちにいじられにいじられる。

 

「タケ坊、ふたりも女の子がおると何かとやりづらいやろ」

 

 ふたりいる営業のうちのひとり、ヒデさんが尋ねる。

 

「いえ、生活自体は何とかなるんでいけますよ」

「ホンマかいな」

「よっしゃ、今度信太山行こか」

「信太山はこないだ行きましたって……」

「尚樹、たぶん違うで」

 

 陽平は真顔で頭を掻きつつ言う尚樹の様子を見て、間違えていると感じた。

 事実、尚樹は駐屯地に開かれた生活支援窓口の事だと思っていた。

 駐屯地には防衛共済組合の支部も設けられていることから、隊員遺族に対する生活相談が行われ、尚樹たちの場合は協力者としての生活支援の相談ができる。

 ヒデさんは保険業務もやっており、そうした質問かと思っていたが尚樹の2コ上の先輩の発言によって察した。

 

「ヒデさん俺も行きたい」

「タケ坊は童貞やけどお前はちゃうやろ」

「山ってそっちの……」

 

 陽平は二人の少女の方を見るとにこやかに言った。

 中年男たちの下ネタにいたいけな少女二人を巻き込むのは娘を持つ親父としては許容できない。

 

「はーい、ふたりは教育によろしくないからおばちゃんの方に行っとこか」

 

 尚樹とカレーを作って、ダシのないみそ汁を作り、肉じゃがを作り、つい最近は中華ポテトを作ろうとしたことなどの話から、ひかりは家庭的な女の子として。

 直枝は読書が好きで博識、それでいて元気があるスポーツが得意そうな女の子というイメージで二人はおばちゃんに気に入られ事務所の飴玉をもらったり、普段の生活についての話で盛り上がっていた。

 いつまでも話しているというわけにもいかないので30分くらいで帰ることとなった。

 

「尚樹、もう帰るのか?」

「おう、朝早かったから。二人も疲れてるだろうしな」

「そうか、じゃあ今度うちに来いよ。その頃にはたぶんクーラー復旧してるぜ」

 

 流れる汗を粗品のタオルで拭う陽平と尚樹の隣ではおばちゃんが、2人の手を取る。

 

「ひかりちゃん、直枝ちゃん、また来てな!」

「はい!今日はありがとうございました!」

「おう、また機会があれば来るかもな」

 

 おばちゃんや陽平と言った事務所の皆に見送られ、事務所を後にした。

 尚樹の家の電気が復旧したのはその日の晩だった。

 久々に熱い風呂に入り、風呂上りにアイスを食べた三人は電気に感謝したのだった。

 

 

 2017年7月28日

 

 出頭日ではなく、シゲマツ自動車が定休日ということもあって久しぶりの休日だ。

 家の外には公安警察や情報本部の人員が派遣されており、監視要員は不審な接触であるとか逃亡する様子が無いかなどを所属の長に逐一報告している。

 気配こそ悟らせないようにしているものの、やはり監視がついているのはわかるもので必要以上に外出する気が起こらないため尚樹たちは家でゴロゴロすることに決めた。

 

 テレビのニュースは“怪獣騒ぎ”一色で、ネウロイの能力やら大規模停電がどうして起こったのかを各局が繰り返し放送し、“ブラックアウト”は防げなかったのかという電力会社への批判もあった。

 貯蔵できない交流電力は「同時同量」といい電力需要と発電量がおおむね合うように調整されている。

 発電量が多すぎても少なすぎてもダメで、発電量が需要に満たなければ周波数が()()()、電力が需要を上回っても周波数が()()()()停電する。

 鉄塔に上ったネウロイのエネルギー吸収によって周波数が急激に低下し、発電機のタービンブレードなどを守るために安全装置がかかってなお破損し同じ送電網内の送電が停止したのだ。

 ネウロイによって高圧送電線が破壊されていたうえ、送電再開しても需要と供給のバランスが崩れるとまた停電するために段階的復帰が行われたことから停電の解消には時間がかかった。

 

 一方、国会においても“怪獣騒ぎ”が議題に上がっており、直枝が国会中継にチャンネルを変えると自衛隊員の死者58名、報道ヘリコプターなどに乗っていた記者などの民間人死者8名という人的損害を出した安芸総理は退陣すべしという共産主義系政党の主張が流れた。

 

「こいつら、何と戦ってんだ」

「いつもの野党だよ。“安芸(あき)政権を許さない”と主張するしかできないんだよな」

 

 直枝は知らないが日本の野党あるいは特定の政党はスキャンダルはもちろんのこと、天災が起こった後の対処にまで喰らい付いてきたあげくデモンストレーションをするのだ。

 初動に遅れが、復興予算が、迷彩服で飯を炊くな、などなど枚挙にいとまがない。

 テレビの中では安芸信一郎総理の答弁が行われ、「ウソつき!」とヤジが飛ぶ。

 国民進歩党の議員が自衛隊の段階的投入によって犠牲が大きくなった、最初から全部隊を投入するべきだと言い、「そうだそうだ!」とか「最初から戦闘機で空爆すればよかったんだ」と議場のあちこちから声が聞こえ、議長から注意が入る。

 大阪上空戦で戦闘機の撃墜と、市街地被害について騒いでいたことを忘れてしまったのだろうか。

  “国軍化したい安芸政権の軍事演習目的もあったのではないか”という批判をする団体もおり、団体と繋がりがある議員の公式の発表を元にした後知恵批判が続く。

 重迫撃砲や対戦車誘導弾と言った普通科火器に耐え、対戦車ヘリコプターの攻撃に耐えきり、航空爆弾に耐えたような化け物だったという事を忘れたかのような熱弁に安芸総理は苦笑いのような表情だ。

 テレビの前の尚樹たちも同様で、地理的条件や装備の運用に全く考えが至っていない批判にあきれ返っていた。

 

「ネウロイとの戦いでウィッチでもねえ奴の死人が60人とちょっとなんて奇跡だ」

「今津から河内長野まで何キロあると思ってんだコイツら」

 

 ツッコミを入れながらテレビを見ている二人の前に青い江戸切子の器が置かれた。

 窓から入る光を受けて深みのある茶色の液面がキラキラと輝く。

 

「尚樹さん、管野さん!そうめん出来ました!」

 

 ひかりが台所から持ってきた水切りボウルには手延べそうめんが小山のように盛られ、薬味を盛った小皿、ガラスポットに入れて冷やした麦茶を冷蔵庫から取り出して並べる。

 

「いただきます」

 

 茹で上がったそうめんはモチモチとしており、まさに家で茹でたといった雰囲気だ。

 しょうがとねぎの風味、鰹と昆布のだしが効いたつゆの味と共に喉を過ぎてゆくそうめんに直枝やひかりも扶桑の夏を思い出す。

 

「やっぱり扶桑の夏はそうめんが無きゃ始まらねえよな、ひかり」

「そうですね、管野さんまだまだありますよ!」

 

 ひかりが腕まくりをして言った時、尚樹が笑う。

 そうめんの入った木箱はまだ4個ぐらいあり、ひと箱14人前なので単純計算で56人前くらいある。

 

「ははは、帰省した時にそうめん持って帰らされるからまだ増えるぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、1人暮らしすると言ったときに箱でもらったからな」

 

 面会室でのミルクまんじゅう差し入れを思い出した二人は納得する。

 何処も母親は押しが強いもので、ひかりの母親である竹子も心配性で特に末の娘であるひかりは初めて家を出るとあって、遣欧艦隊に乗る前に娘二人に着物やらお小遣いやらいろいろ渡そうとしていた。

 ひかりは兵営暮らしも経験している高給取りの姉がいなかったらおそらく大風呂敷一杯の荷物を持たされていただろうと思う。

 ペテルブルグ基地でこそ個室が与えられたものの、空母のベッド下や普通の2段ベッド下にはそんなに荷物は入らないのだ。

 結局、「孝美がいれば大丈夫ね」ということになり、無事に寝台下に収まる荷物となった。

 

「あの木箱ってみんなそうめんなんですね!」

「そう、お中元とかそんなんじゃなくて仕送りで来たやつ」

「こんなに腹いっぱいになるまでそうめん喰ったのにまだあんのかよ」

 

 ボウルに山盛りだったそうめんはもう半分を切っていた。

 黙々と食べ進んでいた直枝の箸が止まる。

 麺から出た水分によって味が薄くなったので麺つゆを足そうと考えたのだ。

 

「ひかり、めんつゆ取ってくれ」

「はい!」

「そうだよこれこれ」

 

 めんつゆの入ったポットを受け取り、器に注いで麺をひとつかみさらりと食べようとした。

 

「ブフゥ……これ麦茶じゃねーか!」

「ごめんなさい!」

 

 派手にむせる直枝、めんつゆと麦茶が入ったポットはセット販売で同じデザインだ。

 めんつゆが入った方のガラスポットは尚樹の前にある方で青い花の模様が入っている。

 麦茶は赤い花の模様が入った方であるが、買ってすぐという事もあってそこまで注意が至らなかったのだろう。

 尚樹はガラスポットを見て思った。

 

 __お茶くれって言って麺つゆが来たらヤバかったな。

 

 この手の麺つゆトラップは保存容器の少ない田舎の家において起こりがちで、見た目が茶褐色の液体でよく起こるのだ。

 お茶だと思って飲んだ干ししいたけの戻し汁などは強烈で、最悪の場合嘔吐する。

 直枝はむせただけで済んだようで、流し台で器の中身をめんつゆに交換してそうめんを食べ進む。

 3人がそうめんを食べ終わる頃、議題は変わり財務大臣が補正予算案について答弁をしていた。

 尚樹は昼がそうめんだったし久々に晩御飯を外食にしてみようかと考えるのであった。

 

 尚樹たちが自宅でそうめんを食べている頃、ストライカーユニットは派遣されてきた技官たちによって調査されていた。

 レシプロ戦闘機のような外見から4ストロークガソリンエンジンだと推測され、メンテナンスパネルやエンジンカウルパネルを取り去ると魔導エンジンがあり、各気筒は昔ながらの星形配置だ。

 尚樹やひかりたちの証言から飛行している動画の解析が行われ、空気中の“エーテル”を掻くことで飛んでいる様子にガソリンは呪符生成器といった回転部位を回したり魔法力の使用を助けるために用いられている事がわかると、次は飛行術式生成装置やフィールド生成器などにどうやって魔法力が送られていて、どう制御しているのかという疑問が浮かんだ。

 魔法技術についてはわからない事ばかりであったが、“こちら側”で存在しないか観測できない物質……仮に物質Xと呼称する、物質Xがあった場合に機能するであろう構造となっていることについてはわかったのだ。

 銅線に混じり何かの合金で出来た線や、同じ合金で出来た文様のようなものもあることから技官たちは物質Xには電気のような伝導性があり、なおかつプリント回路のような技術があると推測した。

 魔法力が電子のような物質であればイオンクラフトやイオンエンジンのような電場が原子に働きかけることでイオン風を発生させ、推進力を得ているという説明がつく。

 

「これを飛ばそうとしたらね、それこそコンデンサみたいにエネルギー貯めなきゃ無理ですよ」

 

 アルミ箔とバルサ材を使ったイオンクラフト数十グラムを浮かせるために2万ボルトとかの高圧電源が必要なのだ。

 自動小銃や少女、エンジンの詰まったユニットを浮遊させるにはどれほどのエネルギーが必要なのだろうか。

 ある大学教授は“魔導工学”が発展している世界や、ウィッチがストライカーを浮遊させるためにどれほどのエネルギーを保有しているのか興味を示していた。

 魔法力が人体で生じさせることができ、なおかつ電子よりも優れたエネルギーとして作用するのであれば、これはエネルギー革命を起こすだろうと。

 もっとも、そのエネルギーを制御・生成できるのは成人前の女性が殆どであり、魔女なしで運用する場合動力源に今回大きな被害をもたらしたネウロイのコアなどが無ければ実用化は困難である。

 同時に魔女世界の人間からの証言によって、魔法技術が浸透した世界とネウロイの動力源を知ることとなったが、アニメやラノベといった作品に触れたことがある人々ならこれは嫌な予感しかしなかった。

 

 適性のある女子が優遇されることには生体実験はびこる強化服世界、ネウロイのコア利用兵器は暴走して手が付けられない展開になるのが容易に浮かぶ。

 ウィッチが現行の装備群を凌駕するかと言えばそうでもなく、いくらシールドがあっても艦砲や大口径対空機関砲に撃たれれば即死するため、女しか使えない強化服の世界のような女尊男卑の風潮になることはないだろう。

 しかし、倫理観のないところで魔法力を抽出するためだけの女子が養成されたりする可能性は否定しきれない。

 ネウロイコアを動力源とするのはそれこそ暴走リスクが高すぎる。

 日本の技官たちはウォーロックの暴走こそ知らないものの、未知の技術に振り回されて暴走するアニメを知っている。

 事あるごとにオペレーターの女性が「ダメです」と叫び、暴走して制御が効かなくなる装備など信頼性のかけらもないし何より危険だ。

 こちらの世界において人的損耗を避けたければ、無人機を投入すればよいのだ。

 

 余談であるが日本におけるネウロイの出現に最も早く反応したのは日本に基地を擁するアメリカ合衆国であり、日米安全保障条約に基づき出動準備まで整えていたのだ。

 その中に北朝鮮監視任務に就いていたRQ-4グローバルホークなどの無人航空機(UAV)が含まれており、光線を顧みず情報を収集するつもりだったのだ。

 無人機による情報をもとに岩国基地から海兵隊のF/A-18戦闘攻撃機が、グアムからB-1Bランサー爆撃機が出動し、自己回復速度を上回る飽和攻撃を行うというプランがあったがネウロイが撃破されお蔵入りとなったのである。

 日本政府から支援要請も出ていなかったため実際には航空自衛隊が撃ち尽くした時点で行われたのだろうが、その頃には絨毯爆撃が行われずとも進行地域が焦土と化しているため被害は甚大であり、ウィッチによるネウロイの早期撃破は結果的に街を救ったのだ。

 公表された動画を元に中国軍、ロシア軍なども母艦級陸戦ネウロイ出現におけるシミュレートを行ったが、砲爆撃による飽和攻撃がもっとも効果的であり光線攻撃の射程外から攻撃力の高い中・短距離巡航ミサイルを打ち込むというのが最も人的損害が少ないため、対ネウロイ戦には巡航ミサイルが不可欠だという結論が出た。

 魔女世界における欧州の状況を知ったらおそらく、戦術核の集中投入を提言するくらいには。

 もしもこうした想定を超空間通路の向こう側に居る人間が聞けば恐れるであろう。

 ある日通路が開いたかと思うと数百のミサイルや編隊を組んだ超音速爆撃機、戦略爆撃機が飛来しネウロイ支配領域に何万トンの爆弾や、大量破壊兵器を投下していくのだ。

 ネウロイがおらず世界大戦を行い、大規模侵攻、核抑止のもと冷戦構造を経て発展した技術が存分にその威力を発揮するだろう。

 幸いにも日本上空に超空間通路が出たがゆえに、そうした悪夢のような光景が起こることはない。

 

 とにもかくにも、魔法力という謎のエネルギーとそれを用いた機械の箒の実物を目にした技官や大学教授たちは新しい可能性に心を躍らせたのであった。

 

 

 “参考情報”止まりだった魔女の存在だが、ネウロイ撃破から魔女の存在は防衛秘密となった。

 そういう事もあって、大っぴらにするわけにもいかず尚樹やひかり達の行動を罰するわけにはいかなくなったのだ。

 ゆえに、自衛隊法や銃刀法、航空法違反に対し超法規的措置が取られることとなったのである。

  内密にしようにも37連隊だけでなく多くの隊員が目にして事情聴取やなにやらで二人と関わっていたことから“公然の秘密”となっていた。

 公然の秘密となった彼女たちをいつまでも拘束するわけにもいかず、監視という対応にしたのはある種の忖度が働いた結果であった。

 

 某テレビ局が自衛官と称する男にインタビューし、「服務の宣誓ではあんな化け物と戦うとは思っていなかった、約束が違う。この流れで戦争に行かされるかもしれない」などと言わせて番組に登場させていても、彼女のことについては触れられない。

 居室のテレビに映る男を隊員たちは冷ややかな目で見ていた。

 多くの仲間が死んで震えもしたがあの時に現場にいた隊員であれば、空を飛んでやって来た少女たちの姿に奮い立ったはずなのだ。

 テレビに出て、「妻子がいるにもかかわらず戦争に行かされるかもしれない」などと言っている奴は年端も行かぬ女の子を戦闘に立たせて見ているだけしか出来なかった無力を知らないのだ。

 “秘密”であるからひかり達の存在をメディアに話すことこそないものの空飛ぶ美少女は隊員たちの間ではアイドルのような扱いになりつつあった。

 

 多くの隊員を失ってガランとした生活隊舎にラッパが響く。

 窓の外で誰かが君が代ラッパを吹いていた。

 それはラッパ錬成を終えて帰ってきた隊員による自主練習ではない、その音色は湿っぽく聞こえまるで弔いのラッパだ。

 晴樹は居室をでるとすっかり空室が増えた廊下を歩く。

 左右には明かりの点らぬ部屋が並び、二度と帰らぬ住人が居ることを示していた。

 不気味なほどの静寂に足音がパタパタと響き、ドアがキイと開いた。

 隊舎の裏でラッパを吹いていた男に声を掛けた。

 

「おい」

 

 男は振り返ると、ラッパを持っていないほうの左手を上げた。

 

「武内か」

「森本」

 

 それきり二人は何も言わずに明かりもまばらな生活隊舎を見る。

 まるで長期休暇の間のようだが、部屋の住人達は二度と帰ることはないのだ。

 部隊葬でらっぱ手を務めた森本士長は、友人であった亀山士長を失った。

 元ボクサーの亀山士長は目つきも鋭く、「見た目チンピラやんけ」とよくいじられていたが風体にそぐわず困っている者を進んで助けるような気のいい男だった。

 格闘検定では特級を取るような猛者だったが、彼の最期はあっけないものだった。

 WAPCより下車して戦闘に移る直前に、光線の流れ弾が掠めて即死したのだ。

 死の光に消えていった彼らを思い出すと、目頭が熱くなる。

 森本士長は鼻を鳴らしながら言った。

 

「明日から、また訓練だな」

「ああ」

 

 泣きそうになっているお互いの顔を見ないようにして、ふたりは隊舎へと戻る。

 晴樹たち自衛官は多くの知り合いを失い1週間。心の整理がつかぬまま次の準備に掛かろうとしていた。

 

 


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