ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

44 / 52
『戦いの後』と分割しました。


歓迎会の夜

 1945年8月26日

 

 悪夢のような夜襲のショックも和らぎ始め、同時に敵襲もぱったりと途絶えて1週間

 そんな中、大損害を出したオラーシャ軍の戦力を補填するかのように海を渡って来た派遣部隊、レーシー調査団が合流することになった。

 バレンツ海、白海を経由し送り込まれてきたブリタニアの航空歩兵連隊、リベリオンの機甲師団と海兵隊、そして正規空母と輸送船に便乗していた扶桑陸軍のウィッチがペテルブルグ南部戦線に投入されたのだ。

 

「今日から諸君らの後方には、扶桑、ブリタニア、リベリオンより派遣された部隊が配置される」

 

 アルチューフィン中佐の声が臨時飛行場に響く。

 営庭に並ぶウィッチたちは微動だにせず、中佐の方を向いている。

 壊滅したいくつかの連隊の穴を埋めるためペテルブルグ軍は再編され、6月のトロイカ作戦発動以降最前線で奮闘してきたウィッチ戦闘団も例外ではなかった。

 121、129、317の各飛行隊からは計9名の戦線離脱を出し、エース揃いの502からも管野直枝が未帰還となった。

 いずれも戦死ではなく、負傷または敵の空間通路を通ったが故の離脱である。

 これでも消耗率はかなり低いほうであり、ウィッチが制空に上がるのも難しく地上部隊が潰走していた従来までの撤退戦とは異なり、航空歩兵と空地の各兵科の連携が機能しているうえに上空のウィッチ個々の能力向上と数による援護があったためで被害こそ出たもののまだ攻勢作戦には参加可能だ。

 そんな活きた師団級ウィッチ部隊を使わない手はないとマンシュタイン元帥より再編の声がかかったのだ。

「よって、我が戦闘団改め、統合魔導師団には空地両面よりネウロイ根拠地の襲撃、可能であれば敵通路向こうの地点確保が命ぜられたのだ」

 

 アルチューフィン戦闘団は一度解隊され、“統合魔導師団(JMD)”と名称が変わっただけではなく今度は空地一体となった攻勢を仕掛けるために陸戦ウィッチ部隊も戦闘団の隷下に組み込む方針となった。

 502のユニット回収班のほか、各地方で壊滅した部隊の生き残りである陸戦ウィッチを集めてレーシーに突入する強襲部隊が編成されたのだ。

 

「そこで君たちの足元を守り、時には深く敵陣に斬りこんでもらう部隊の紹介を行う」

 

 昨晩トラック数十台と装甲車両数台で前線飛行場に到着し、新しくできた隊舎に入っていった新顔の少女たちで、見慣れたスオムス、オラーシャ、カールスラントの軍服のほかに見慣れぬ戦闘服の少女たちが居た。

 三突やT-34と言ったユニットに比べ装甲が少なく若草色の軍服に鉄帽をつけた普通の歩兵のようないでたちで、角張った三色迷彩の陸戦ユニットを履いていることからようやく装甲歩兵であるという事に気づく。

 よく見ると右足には白文字で部隊の通称号である、“(こん)”の文字が入っていた。

 そう、人数合わせで扶桑義勇軍の陸上装甲歩兵が組み込まれたのである。

 ユニットもT-34/76からT-34/85、三号突撃装甲脚、ウラル山脈の向こう側ではもう見る事も少なくなった旧37㎜砲を携行する九五式装甲戦闘脚(前期型)とバラバラで、人種も扶桑人だけでなく東南アジア系や東欧の小国の出身者など様々だ。

 

「彼女たちが空陸統合打撃部隊……通称名は“スラム・ウィッチーズ”だ」

 

 隊旗こそまだないものの、一糸乱れず整列した四十機を超える陸戦ユニットとそれぞれのパーソナルマークが単なるあぶれ者の寄せ集め集団ではなく、個々の精強さを物語っていた。

 指揮官として銀の髪を風に靡かせて立つのは“モロッコの恐怖”と名高いユーティライネン大尉で、その隣には美しい黒髪を後ろで束ねている背の高い女がいた。

 

「第一中隊長はユーティライネン大尉、第二中隊長は辻野大尉、自己紹介を」

 

 欧州派遣初期の従軍記者も死ぬような泥臭い後退戦で戦ってきたがゆえに、扶桑本国ではあまり知られていないが、扶桑義勇軍の中では有名人である“辻斬りの辻野”と呼ばれる女だ。

 彼女の後ろには自らを“抜刀隊(ばっとうたい)”と名乗り、白いタスキに軍刀を携えた十四名の陸戦ウィッチと扶桑軍の装備を付けたアジア系の少女たちが並ぶ。

 ちらりと左翼側に立つ扶桑人たちを見ると、アウロラは“面倒だな”とでも言いそうな雰囲気で言った。

 

「諸君は私の事をよく知ってるだろうから省略だ、ツジノ大尉」

 

 アウロラの態度を咎める者はいない、なぜならスオムス軍きっての有名人であり丸太やらスコップで押し寄せるネウロイを壊滅させるのはペテルブルグ軍全軍のなかでも彼女だけだろうから。

 

「はい、私は扶桑陸軍の辻野政子(つじのまさこ)大尉だ。リバウからこの方撤退戦か死守戦闘しかしていなかったもので攻勢部隊に呼ばれたことには驚いた」

 

 一般に攻勢時より撤退戦や守備戦闘時の方が多くの犠牲を出すものだ。

 師団級の部隊でさえ潰走する状況で一個小隊15人と少人数の部隊を存続させ数年間戦い抜いた彼女たちはただ者ではない。

 なにより本国からの輸送路が長大で弾薬の乏しい扶桑軍において剣術や銃剣術を使うウィッチは多いが、確認戦果だけでネウロイ250体斬りという狂気じみた戦果を持つのは“辻斬り辻野”だけであり陸戦ウィッチの中でもここまで近接戦闘に特化したウィッチはそうそういない。

 

「名誉ある攻勢部隊という事で、たとえ死せども諸君らの突破口を拓く。よろしく頼む」

 

 エース揃いの航空部隊に近接戦に特化した強襲部隊の組み合わせはレーシーのコア攻撃や超空間通路越境作戦の中核を担うには最適だったのだ。

 拍手が起こり、各中隊長の自己紹介をもって“スラム・ウィッチーズ”の編成完結式が終わった。

 

 

  久々の式典が終わると、補給品としてリベリオンの海兵が運んできたアマゾナスのコーヒーを片手にラルは指揮官室で寛いでいた。

 サーシャとロスマンもおり、香り高いコーヒーを楽しむがどうにも机の上のシュガーポットが気になって仕方ない。

 ラルがひとりで半分くらいまで使ったのだ。

 

「しかし、新しい部隊のウィッチは猛者揃いだな。サーシャ」

「そうですね、扶桑の人はユーティライネンと違って真面目そうですね」

「資料によるとなんでも、刀を使うらしい。坂本タイプだ」

 

 通常の銃火器を主にする孝美や下原、拳で戦う直枝と接触魔眼のひかり、いずれも扶桑ウィッチだが刀使いは居ない。

 “サムライ”という東洋の神秘を体現したようなウィッチたちを目にしたラルは興味深そうにしていた。

 一方、サーシャはというと彼女たちの履いていた陸戦ユニットが古い形式なのに大きな損傷もなく動いているという点に着目した。

 

「近接戦であんな古いユニットを運用できるのは、それだけ“ユニットを壊さない”という事ですね」

「ほう」

 

 僅かに上がった口元を見て、ロスマンはまた何かを考えているなと当たりを付ける。

 

「隊長、陸戦ウィッチですよ」

「エディータは心配性だな。わかっている、誰でも彼でも引き抜くわけではない」

「マンネルヘイム元帥を使って無理にアウロラさんを引き抜いたのに?」

「ああ、極寒の冬季戦ができるユニット回収班には不可欠な人材だったからな」

 

 強引な引き抜きによってスオムス軍のラガス少将を怒らせたことを忘れたのか悪びれもせずにいうラルに、ロスマンは戦闘団の再編目的を思い出した。

 扶桑語の聞こえる異世界に繋がる通路と、その向こうの確保が目標となったのだ。

 

「今度は()()()()()()()()()()()()ウィッチが必要だからとか言い出さないで」

「ふむ、それは良いな」

「隊長!やらないでくださいよ。もう扶桑とベルギカからの電話は嫌です」

 

 ロスマンの言葉にラルはニヤリと笑い、それを見たサーシャは悲鳴を上げた。

 下原や()()に終わった宮藤芳佳、飛び出してきた孝美の件で扶桑軍の将校やらヴィルケ中佐といったあらゆる方面からの電話を受けたのだ。

 

「ふっ……冗談だ」

「あなたが言うと冗談には聞こえないわ」

()()()()声を掛けない、信じてくれ」

 

 平然と言うラルに、ロスマンとサーシャはまた良からぬ企みをしているんだろうなと諦めムードを漂わせる。

 手元のコーヒーは残り少ない砂糖を入れたはずなのにやけに苦く感じた。

 

 

 式典が終わるとクルピンスキーはふらりとどこかに姿を消し、孝美とニパは三角兵舎地区の外れに新設されたスラム・ウィッチーズの隊舎前で、隊長二人と会うことになっていた。

 陸戦ユニットの並ぶかまぼこ型のハンガーの横に小屋が並んでおり、毛筆で“空陸統合打撃部隊”と書かれた木の看板が入り口に下げられていた。

 扶桑軍の基地施設や宿営地でよく見る光景であり、孝美がドアをノックしたところ

 中から扶桑陸軍の作業服に身を包んだ女性が出てきた。

 設営作業をしていたようで、室内では指揮所要員と思われる人々が資料の入った箱を運んでいたり、作戦図を壁に貼り付けている。

 辻野大尉は場所を変えようと言って、隣接するハンガー内の待機室に孝美を案内した。

 待機室は椅子が4脚に机がひとつの小部屋で、引っ越し2日目という事もあってまだ物が無くてがらんとしている。

 椅子に腰かけると、

 

「あなたが噂に聞く佐世保の英雄、雁淵中尉ですね。初めまして」

「ええっと、辻野大尉、私が雁淵孝美中尉です」

「最後まで脱出路を守ってくれたと聞いております」

「そんな……辻野大尉はどちらに?」

「私たちはヴォロジノにて、リバウ方面への後退を支援していました」

 

 孝美は当時ブリーフィングルームで毎日聞いていた状況を思い出す。

 欧州戦域の至る所から近接航空支援や直掩の要請がかかり、様々な場所へと飛んだ。

 輸送船団までたどり着けず壊滅する戦闘団、遅滞戦闘でいくつかの部隊を全滅させつつ命からがら港になだれ込んだ避難民たちの姿をよく聞いて、あるいは見ていた。

 後退戦は地形や避難民、部隊の移動速度、戦闘の状況などに大きく影響され、航空ウィッチが15分で飛ぶ数キロの距離を地上軍は半日、ひどいときには二日前後かかって移動するのだ。

 だが、銀色や新型の黒い地上ネウロイは山野を土石流のような勢いで突進してきて、実体弾や光線を逃げる住民の背に降らせ、死守命令を受けて残存する守備隊を喰らいつくす。

 飛行タイプのネウロイが現れて航空優勢すら奪われるとそれこそ絶望的であった。

 辻野ら装甲歩兵、孝美たち航空隊も各戦区の火消しに回され、傷つき、斃れていった。

 いよいよ扶桑陸軍第56装甲歩兵連隊(通称号:昆部隊)も3個大隊からたった2個中隊を残すまでに減じ、拠点守備隊としての任務が解かれ住民と共に脱出命令が下った。

 絶望的な戦況の中で大小合わせて100体以上の迫り来るネウロイに扶桑刀にて斬り込み攻撃を敢行した部隊があった。

 それが56装歩連隊であり、当時の第一中隊長が辻野中尉であった。

 彼女たちは弾のない37㎜砲を捨てて抜刀、あるいは着剣した歩兵用小銃を装備して廃墟の陰より飛びかかったのだ。

 結果は2個中隊員のほぼ半数が戦死したものの大型2、中型17、小型29体を撃破し、三日間足止めすることができたのである。

 だが、辻野中尉らがここまで奮戦できたのは、上空に扶桑の航空ウィッチが現れて対地攻撃型を撃墜してくれたからという面が大きい。

 今となっては海軍の零式か、陸軍の一式戦かまでは分からないがとにもかくにも航空支援があったことは事実である。

 

「……戦果を喜ぶ暇もなく、北へ、北へと、リエパヤ港を目指して後退している時にあなたの名前を聞きました」

「何度か地上攻撃や輸送船団の護衛に回りましたが、ひょっとしたらお会いしているかもしれませんね」

「そうですね。とにかく、上空援護はありがたかった」

 

 ふたりの扶桑ウィッチはかつての激戦を思い返し、雑談に花を咲かせていた。

 一方その隣では扶桑ウィッチの他に数か国のウィッチがおり、夜に向けて歓迎会の準備だ。

 音頭をとっているのはアウロラであり、酒の力は国境を超えるとばかりにハンガーの片隅に持ち寄られた様々な銘柄が集積されていた。

 補給物資に詰め込まれているリベリオン産ウィスキーやらウォッカ、扶桑の芋焼酎などに始まり、地酒やどこから手に入れたのか分からない戦前の1910年物ガリアワインなんかもある。

 

「ねーちゃん、サーシャさんがほどほどにしろって言ってたよ」

「ニパ、ポクルイーシキンの『ほどほどに』というのは()()()()()という意味なんだ」

「絶対違うと思う」

「なぜなら、本当に止めに来るときはいきなり乱入してきて酒を持って行くんだ」

「それで前にサーシャさん具合悪そうだったのか」

「ポクルイーシキンはああ見えて結構飲める口だからな」

 

 消灯時間が近づいてきたため酒盛りを止めようとしたサーシャに酒を勧めた結果、いつの間にか酒が無くなりお開きとなってしまった。

 スオムス兵や整備兵たちと皆で煽っているうちに、飲み干されたのである。

 翌朝、頭痛と共にサーシャは場のノリで飲んでしまったことを後悔したのだった。

 

「サーシャさんって飲めるんだ……」

「という事でニパ、今晩は盛大にやろう。あっちのツジノも誘ってな」

 

 ニパは扶桑のウィッチたちを見て、ひかりと管野、今ここに居ない二人が居たらどうなってたんだろうと考えて南の空を見る。

 天まで続く雲の塊、“レーシー”は大規模な夜襲以降、全くと言っていいほど静止して動かない。

 人類側も雲の中の超空間通路の攻略に備え、間引き作戦すら行っておらず定時の偵察飛行に出るくらいだが一向にネウロイと遭遇しない。

 ネウロイ、人類両軍とも一大決戦に備えて力を蓄えているのだろうか?ニパにはそれがとても不気味に思えた。

 

 

 ___________

 

 

 20時ごろに歓迎会が始まり、警戒シフトに入っていない者が中心となってスラムウィッチーズ隊舎前にぞろぞろと集まり出した。

 502のメンバーもニパ、クルピンスキー、孝美のほか下原、ジョゼが参加する。

 

「すごい人だねー」

「そうね、こんなに賑やかなのは久しぶり」

「どの子も可愛いなあ、あっ、孝美ちゃん、ニパ君、僕はこれからあいさつ回りに行ってくるよ!」

「ええっ?」

 

 クルピンスキーはニパと孝美から離れるとハンガーの方へと消えていった。

 いきなりの事に驚く孝美だったが、ニパはクルピンスキーの行動予測が出来たためため息交じりで言った。

 

「はぁ……中尉の事だからナンパして、ワインでも飲んでるんじゃないかな」

 

 とりあえず、知り合いに挨拶しようと二人は隊舎の方へと足を向けた。

 司令部前にはテーブルとベンチが並べられ、ビアガーデンのような形態となっていた。

 木々に囲まれた空間に並べられたベンチにはウィッチの他に整備兵、本部付要員などの兵士たちが食べ物をもって集い、ビールやその他酒類を酌み交わしている。

 特に、ビールの本場にしてビアガーデン発祥の地であるカールスラント人にとっては、ミュンヘンや故郷を思い出す雰囲気であり、郷愁からか酔いが回り出し涙を流す者も居た。

 

 辻野大尉は司令部前の小さなテーブルに着いており、飯炊き部隊が腕によりをかけて作った握り飯、南瓜の炊きもの、牛缶を肴に清酒を開けていた。

 

「よく来てくれた雁淵中尉、そして君は……」

「ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長です。えっと、長いからニパって呼んでください」

「わかった、ニパ君。二人とも、ここが開いてるから掛けてくれ」

「わかりました」

 辻野大尉はニパの自己紹介にひとつ頷くと、年若い従兵に二人分の杯を取りに行かせた。

 ほどなくして、お盆に白い杯を乗せて従兵の少年がやって来た。

 扶桑人は比較的アルコール分解の酵素が弱く、酔いやすい人も多いとあって辻野大尉は孝美に問いかける。

 

「雁淵中尉、酒は飲めますか」

「ええ、すこしなら」

 

 孝美も軍に入隊して16歳を過ぎると酒が振る舞われる機会も多く、少しは飲めるようになった。

 とはいえども度数の高い酒類を何本も呷るのは出来ず、今現在そのようなことをしているのはハンガー近くに陣取っているスオムス軍の一団と、オラーシャ人の一団くらいである。

 

「あちらの席じゃあ、倒れるまで飲ませるみたいだが、私は程々にするので安心していい」

「お気遣い感謝します」

「ありがとうございます」

 

 礼を言うと、杯に清酒が注がれ二人に手渡される。

 

「今日の会に乾杯」

「乾杯!」

 

 孝美、ニパと辻野大尉は杯をかるく触れさせると一口目を味わう。

 辛口の酒が握り飯と合って、実に美味しく感じた。

 

 遠くから『ハッカペーレ、ハッカペーレ』という煽りが聞こえて孝美たちがそちらを見ると、スオムス人対オラーシャ人の飲み比べが始まっていた。

 オラーシャ側の厳つい大男と戦っているのは第一中隊長にしてユニット回収班の長であるユーティライネン大尉だった。

 ニパは「ねーちゃん……」と引き気味にみると我関せずの方針を取ることにした。

 今、声を掛けてしまうと間違いなく飲まされて潰されるか、あるいは面倒なことになるのがわかりきっていたからだ。

 

「ニパ、そんなところで何をしているんだ、こっちに来い!」

 

 だがついてないニパであるから、飲み比べをしているはずのアウロラに声を掛けられてしまう。

 ねーちゃんと慕うアウロラに呼びかけられたニパが無視できるわけもなく、辻野大尉に一声かけると席を立ってスオムス軍の方へと歩いて行った。

 

「知り合いか?」

「ニパさんの相棒がユーティライネン大尉の妹さんなんです」

「そうなのか、あれは飲まされるな」

「そうですね、もう酒瓶突き付けられていますね」

 

 孝美と辻野大尉はスオムス軍の輪の中でもみくちゃにされているニパの姿に同情した。

 

「そういえば、私も故郷に(のぶ)という弟が居るんだが、どうにも腕白坊主でな。雁淵中尉には妹さんが居ると聞くが」

「ええ、ひかりっていう妹が居て、とても元気な子なんですよ」

 

 扶桑人たちが自分の身内をネタに話を弾ませてちびちびと飲んでいる頃、下原とジョゼは調理場で持って行くおつまみを用意していた。

 材料があまり無いので飲み屋で出されるようなものは作れなかったがソーセージや、ベーコン、扶桑軍の戦闘糧食に入っている乾パンなどと言ったものを金属製の容器に詰める。

 ビールなどには塩辛い肉系がよく合うもので、オラーシャやカールスラント人の多い欧州戦線においてソーセージ、ベーコンはハズレない。

 

「定ちゃん、味見するよ!」

「ジョゼったら、もう三枚目よ」

 

 焼いたソーセージやベーコンの香ばしく食欲を誘う脂の匂いに味見と言って手を出すが、それも織り込み済みとばかりに手早く焼いていく。

 何処の部隊も考えることは同じなのか、炊事場には複数の部隊が集まっており、部隊の野外炊具などで軽食やつまみを作っていた。

 パンの良い香りが辺りに漂い、パンを焼いている扶桑軍の軍服を着たアジア系の少女にジョゼは思わず声を掛けた。

 

「“クロックムッシュ”だ、懐かしい!」

「ええ、貴方はガリア軍の人?」

「そうです、あなたは?」

「私はビルマ軍出身で、パリに派遣されていたんです」

 

 下原は傍においてある具材からサンドウィッチ系の食べ物であることに気づいた。

 サンドウィッチはブリタニアが発祥だと言われているが、具材を挟むという食べ物はガリア、カールスラントでもあったことから厳密にどこが発祥であるというのは誰にも分からない。

 扶桑においても1892年に大船駅の大艦軒が駅弁にサンドウィッチを販売すると、この手軽な食べ物は流行し、内地では食パンの耳を切ったパンが主流となった。

  派遣軍においては諸外国のウィッチたち同様、バゲットやクロワッサンなど何にでも具材を挟んでサンドウィッチを作っていた。

 中にはカツなどの揚げ物を挟む者が現れ、いわゆる“カツサンド”も扶桑軍で流行してしまったのだ。

 そんなありさまであるから、下原もパンに具材をはさむ料理=サンドウィッチの図式が出来ていたのだ。

 

「クロックムッシュ?サンドウィッチとは違うの?」

「定ちゃん、クロックムッシュはサンドウィッチより豪華なんだよ!」

 

 クロックムッシュとは1910年ごろにガリアのカフェやバーで提供されていた軽食であり、ガリア語で「カリッとした紳士」という意味である。

 その名の通りカリッと焼いたパンにハムとチーズを挟み、ペシャメルソースという小麦粉とバターを煮詰めて牛乳で溶いたソースを塗って食べる料理だ。

 “クロックマダム”という目玉焼きが乗っているバージョンもあり、こちらは暖かいまま席に座って食べるものだ。

 

「良かったらお一つどうですか?」

「いいんですか?やったね定ちゃん!」

「こら、ジョゼったら。こちらからもひとつどうぞ」

 

 ソーセージ数本とクロックムッシュのトレードがきっかけとなり、下原やジョゼはビルマ人の少女と仲良くなったのである。

 

 一方、クルピンスキーはというとスラムウィッチーズの少女たちに声を掛けていた。

 片手にどこかから頂戴してきたワイン、遠方の女の子からの貰い物のチーズを持って誘うのだ。

 

「ねえねえ君、僕とおしゃべりしない?」

「ええ、いいですよ」

「君がどんなところに居たのか知りたいなあ」

 

 携行容器から出したチーズの小さなブロックをナイフで削ぎ、声を掛けた女の子の皿に盛った。

 そしてクルピンスキーは赤ワイン、カールスラント陸軍の制服を纏った少女はビールで乾杯する。

 

「私は海辺の村に居ました……」

「そうなんだ、僕はペテルブルグに居て」

「あっ、502のクルピンスキーさんですよね、ラジオで聞きました!」

「君みたいなかわいい子に知られてるなんて光栄だなあ」

 

 こうして声を掛けてお互いの経験を話し合って、つながりを作るのである。

 抑え役になりそうなロスマンとサーシャはというと夜間警戒班に志願してサーチライトや夜間戦闘機と共に哨戒飛行をしていた。

 

「ロスマンさん、良かったんですか参加しなくても」

「私が行っても、仕方ありませんから」

 

 空の彼方を見て呟くロスマンに、ある部下との複雑な関係を読み取ったサーシャはそれ以上聞かないことを選んだ。

 

「サーシャさんこそ行かなくて良かったんですか?」

「……そうですね、行っても騒ぎが起こる時は起こりますから」

 

 血の気の多い直枝が居ないからケンカ沙汰はないだろうが、誰彼構わず声を掛けるクルピンスキー、いい子だがとにかくツイてないニパ、そして酒で騒ぐユーティライネン。

 心配で仕方ないが、サーシャは行っても止められないかあるいは巻き込まれるだろうから夜間警戒を志願したのだ。

 その時心配される筆頭であるニパはオラーシャ軍のウィッチが酔った勢いでやった火吹き酒の火が引火し、髪の毛が焼けてチリチリになるといった漫画じみた災難に見舞われていた。

 不幸中の幸いで大きなやけどなどはなく、10分もすれば回復能力によってすぐにさらさらヘヤーへと元通りになったのだが、「どうしてこうなるんだろう」と涙目になった。

 

 

 指揮官室に居たラルは書類にハンコを付き、いくつかの工作した書類にサインをする。

 他の統合戦闘航空団に送られるはずだった補給物資の一部は輸送伝票上では“輸送中の空襲によって焼失した”こととなったのである。

 あとは協力者を使って集積場から現品を持って帰り、偽の輸送記録と伝票を本物と差し替えるだけだ。

 こうすることでユニットの補給部品や食料、弾薬、時には新型ユニットが502にやって来るのだ。

 

「うん、退屈だ。私も気分転換に行こうか」

 

 ラルは指揮官室を出て酒宴へと飛び込む、すると直枝によって持ち出された秘蔵の酒と同じ銘柄をハンガーの片隅で見つけた。

 持ち寄った部隊の許しを得て、ようやく一口目が味わえる。

 

「……うまい」

 

 喉を過ぎて体に染みわたるアルコール、あと少し経てば酒も回り気分も高揚してくるだろう。

 おもわず、顔がほころぶ。

 周りを見ると、ビアガーデンに居る将校や下士官はもちろんのこと、兵卒に至るまで楽しそうだ。

 思えば、ネウロイの巣の攻略作戦が始まって2か月近くも経とうかというのに決定打となるような成果は出ていないし、それどころか夜襲などで大きな犠牲を払った。

 ゆえにこうした大規模な酒宴が開かれることはなかった。

 各国から増援が送り込まれ、いよいよネウロイの巣に斬り込むとなってようやく出来た機会なのだから、楽しまなくては損だろう。

 ラルは杯に入った酒を一気に飲み干した。

 

「うまい、もう一杯」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。