ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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隊員食堂

 課業終了ラッパと食事ラッパが鳴って隊員食堂が開くと各部隊からの人でごった返す。

 北村三曹と班付の饗庭士長、広報官の長原三尉に先導され、三人は隊員食堂に入った。

 今まで昼を跨ぐ事情聴取などで駐屯地の食堂に入ったことはあったものの、都会の駐屯地の幹部食堂で食事を取ることがほとんどであり、狭くて小さい田舎の駐屯地の曹士食堂は初体験だ。

 どこの駐屯地であっても基本、食堂内は脱帽であるため帽子のツバをズボンの腰に差すか、入り口前に設けられた棚に荷物とともに置く。

 荷物や弾帯といったものを棚の中に入れると行列に並び、トレーを持って台に置かれている物を取っていくのだ。

 

 ドアを開けると、まず流し台と消毒用アルコールが出迎えてくれ、その脇にはトレーが積まれている。

 ひかりと直枝は尚樹の後に続いて手を洗い、入り口すぐに置かれた保冷機から紙パックのりんごジュースを取った。

 ジュースの他には飲むヨーグルトや牛乳が冷やされていることもあり、一人一個取ってゆくのだ。

 次に湯のみ、スプーンや箸、大か小か2種類の茶碗を選んでメッシュのカゴから取る。

 尚樹はもちろんのこと、ひかりも直枝も全員大を取り、後ろにいた中年の女性隊員に「若い子ってよく食べるね」などと言われていた。

 給食などでおなじみのプラスチックで出来た麦缶には2種類のご飯が入っており、普通の白米とマンナンご飯であったり、五穀米とマンナンご飯であったりと選択することができるのだ。

 カロリー制限や運動量の少ない隊員向けのメニューも整備されており、女性隊員なんかだと小茶碗に少しマンナン米が入っているのも珍しくない。

 一方、尚樹やひかり、直枝の三人は他の陸士たちと同じように大茶碗に盛れるだけ盛っていく。

 

「ご飯が紫です、お赤飯みたいですね!」

「五穀米だし、黒米とかから色出てるんじゃない?」

「俺は白米だけどな!」

「直ちゃん、その白米は糖質制限の代用品だぞ」

「でも俺は白いほうが良いんだよ」

「そういうなら、仕方ないよね」

「管野さんはずっと戦ってましたから、普段は銀シャリで良いじゃないですか」

 

 ひかりと直枝にとって混ざりモノの少ない白米は高級品のイメージだった。

 しかし、日本に来ると新米古米こそあるものの大概は廉価であり、むしろ玄米やらアワ、ヒエといった雑穀とされていたものの方が高価という不思議な状況を目撃したのだ。

 理由は単純でコメは進んだ農水技術によって大量生産が各地で行われているものの、雑穀は生産場所も限られている、そんな中、近年の健康食ブームによって注目され始めたからである。

 

 502に着任するまで内地にいて食糧事情がよかったひかりは雑穀米をそんなものかと受け取っていたが、最前線を転々とし食糧難を経験していた直枝にとって雑穀米は代用食の筆頭であり、あんまり食べたくないという忌避感があった。

 扶桑海軍派遣部隊の食事は海路と陸上根拠地の情勢によって左右され、輸送船が二月にも渡って沈められるなどしたときには雑穀を混ぜたり水でふやかしたりと節米に節米を重ねたが結局米も尽きてオラーシャの現地住民から調達した黒パンと野草で飢えをしのぐことになったのだ。

 余裕のある反攻時は共同戦線を張っているオラーシャやカールスラント、スオムス軍からの食糧支援もあったが、寒冷地ゆえに米食の文化が無くてパンや缶詰であったため扶桑撫子たちは白米が恋しくなった。

 ひかりがペテルブルグに来たのは、北海輸送路が安定し比較的食糧事情が若干改善されはじめた頃だったため、あまりひもじい思いをしていない。

 ネウロイの巣が出現して頻繁に海路が襲撃されるようになり、擬態型ネウロイによって食糧庫などに対するピンポイント破壊が行われると状況は一変し、下原や502業務隊の努力をもってしても厳しい局面があったため、ひかりは直枝の言わんとすることもわかるのだ。

 平成生まれの尚樹にとっては赤飯や炊き込みご飯と同様の色付きご飯であり、麦飯、黒米、きびやヒエといったスーパーマーケットでもちょっとお高い雑穀米が大量に食べられるというのはお得な感じがして、多めに盛っていた。

 米飯一つとっても今までの生活の違いがはっきりしたところで、次はカウンターに行きおかずを受け取っていくのである。

 カウンター越しに調理班、あるいは外注業者の調理のおばちゃんが皿によそってくれるのだ。

 本日の昼食の献立は白身魚のフライ、サラダ、ナスの煮物、ヨーグルトだ。

 きつね色に揚がったフライと瑞々しいレタス、トマトが乗った皿を受け取り、次に進んで小鉢に入ったナスの煮物を取り、その傍に置いてあるヨーグルトの小鉢を取って最後の台に進む。

 最後の台にはウォーターサーバーやドレッシングのボトル、トッピングなどが入っているパン皿などがあり、湯吞にお茶を入れたり、いくつか置いてあるパン皿の中に入れられたソースやらふりかけやらを備え付けのスプーンで掛けるのだ。

 尚樹は和風ドレッシングをサラダに掛け、直枝は胡麻ドレッシングをかける、そしてひかりもドレッシングに手を伸ばした時、パン皿の中に赤紫の粉が入っていて良い匂いがすることに気づいた。

 

「尚樹さん、これって何ですか?」

「これはユカリって言って赤紫蘇(じそ)だな。梅干しと一緒に入ってるアレだ、白米限定じゃなかったっけ」

「ああ、昨日ゆかりご飯が出てきてそれの()()やな」

 

 北村三曹が白米でもないのにゆかり出現のワケについて教えてくれる。

 使いきれなかった場合、数日間登場することもある。

 逆にある陸曹のように白米の上に小山ができるくらい狂ったように掛ける者が二人も三人もいなければ早々無くなるものでもないが。

 

「そんなもんも出てくんのか……」

「そういや昔、食べるラー油とか出て来たな」

「あんときは流行ってたしな、ちょっと前にはかけるギョーザが出てきて笑ったわ」

 

 駐屯地にもよるだろうが意外と流行を追っていることもあり、経験談であるが食べるラー油の存在をまったく知らずに入隊した若者を魅了してしまい、帰省時に家族に布教するといった事例まで引き起こしてしまうのだ。

 こうして最後の台を抜けると長い食事机につくのだが、各部隊ごとに集まって食事を取り、どこと決まっているわけでもないが毎日食事をしていると1中隊はこの辺り、2中隊はこの辺り、10戦車はこの辺とだいたい似通ってくる。

 例外としては体験入隊の集団が広報官を引き連れてきたときであり、その場合食堂の一角が取材スペースとして区切られているためただでさえ狭い隊員食堂がもっと狭くなるのである。

 そうなると普段はありえないような、他部隊の人と相席という状況が発生する。

 もっとも会話とかはあまりなくさっと食べ終わり早々に席を立つ。

 そうでなければ部隊ごとにわずかな時間差が設けられているとはいえ座るところが無くなるからだ。

 広報官が居るものの、いつもの大学生やら民間企業の体験入隊とは違い撮影係も居ないし、少人数であるため階級章が無いという点以外では気づかないくらいだ。

 手前から順に埋まって行ったので尚樹たちはカウンターから一番遠い窓辺の席についた。

 10戦新教で後期教育中の新隊員の集団が近くに座っており、かつて自分たちも新教で教育を受けていた時に窓辺の列に座ったなと尚樹は思い出す。

 

「久々に窓辺に座ったな、なつかしい」

「ホントに、この席とか新隊員以来やなあ」

 

 北村三曹は手前の列の2中隊の集団から手を振られたりしながら席につく。

 

「いただきます」

 

 一斉に手を合わせて食べはじめる。

 からりと揚がった白身魚のフライに対しサラダの相性がよく脂っぽさを軽減してくれ、甘辛く味の濃いナスの煮物が汗をかき、特に運動した後の体に染みわたる。

 なお、少数だが生活習慣病予防の減塩メニューなども選択でき屋内勤務などの中年陸曹が主に利用している。

 若く代謝に優れて力仕事をよくやる陸士と同じものを食べていては、あっという間に太り、検診で引っかかってしまうのだ。

 

 食事も終わろうかというとき、10戦大のネームを付けた二人の陸曹が近寄って来た。

 

「武内やん、戻って来たんか?」

「あの武内が女の子二人連れて?でらヤバいっちゃ」

 

 尚樹が振り返ると、かつて同じ3戦車新教で共に学んだ二人だった。

 ソフトモヒカンにオレンジの度入りバリスティックゴーグルをつけているのが高松で、名古屋弁の方が守山だ。

 機甲科の後期教育は隣接する部隊のどちらかが持ち回りで新教を作って、そこでまとめて教育をするため横の繋がりも広いのだ。

 

「高松と守山久しぶり、もうみんな陸曹になってたんやな」

「おうよ、3年もありゃ陸教くらい余裕だがや!」

「で、そっちのかわいい子紹介してくれへん?」

「こら、この子ら一応、曹と幹部やぞ」

 

 かつて、“2区隊のエロ担当”という異名を持っていた高松が二人のWAC?にさっそく食いつく。

 だが、北村三曹が制止に入った。その顔は真面目なものだ。

 

「えっ?」

「マジで?」

「長原三尉、そうですよね」

「はい、彼女たちはネウロイ撃破の専門家として採用となりました」

「武内は?」

「俺は二人の保護者……だな、一緒に住んでるし」

「えええ、噂の“ウィッチ”ってこんな子だったのか」

「どえりゃー展開だったにゃー」

 

 彼女いない歴=年齢の尚樹が二人の美少女の保護者として同棲し、その二人はこの前の敵性体事件、ネウロイ災害に現れたとされる空駆ける少女その人だったという衝撃が二人を襲った。

 

「保護者……そうですよね」

 

 一方、ひかりは保護者という言葉に、少し残念な気分になった。

 告白も何もしていない以上恋人というわけでもないし、尚樹がいるからこそ生活が出来ているのだ。

 

「まあ軍人に保護者同伴っていうのもシャクだけど、こっちじゃ尚樹がいねえとな」

 

 直枝は「だぁれがガキだ!」と言いたくなったがよくよく考えてみると、この国の成人年齢に達しておらず扶桑軍という身分保障の組織もなく、自衛隊に入るまでは収入が無く尚樹の給料で養われていたのだから保護者というのもあながち間違いではないのだ。

 

「こっちの子が雁淵軍曹、こっちが管野中尉。異世界の扶桑皇国から来てる」

 

 尚樹の紹介にひかりは頭を下げる。

 

「私は雁淵ひかりです、尚樹さんに拾われて助かりました、尚樹さんともどもよろしくお願いします!」

「ああー妹タイプだわこの子、よろしく!」

 

 元気な後輩や妹を思わせる雰囲気に高松はにこやかに手を振る。

 

「いつまで手ェ振ってんだよ」

 

 さわやかそうな笑顔がうさんくせえと直枝にツッコミを入れられる。

 ふとクルピンスキーの顔と口説き文句がよぎり、げんなりする直枝。

 気の強そうな瞳と、オレっ子というインパクトにこの子も可愛いなあ、ちっちゃいけどと思う高松。

 

「はぁ、管野直枝中尉だ。雁淵の捜索に来て、尚樹の家に厄介になってる」

「中尉って……二尉?何歳?」

「年齢は……」

 

 守山の質問に直枝が答えようとしたときに尚樹がストップをかける。

 少年兵の条約的に結構グレーな立ち位置なのだ。

 

「生徒とかそのくらいの年齢、ウィッチは年齢制限きついから」

「生徒くらいで幹部って」

「聞くな、向こうは人類の存亡掛かってるんだ」

「あんなモンがいっぱい居りゃーそーなるか」

 

 守山は直枝とひかりを見て、テレビに映る黒い影を指さす。

 食堂のテレビにはネウロイ災害に関しての特集がやっており、軍事専門家とコメンテーターが陸自の運用についてあれこれと話している。

 高松はというとあれこれ質問をしては北村や長原にツッコミを入れられ、直枝に切り捨てられる。

 

「はぁ、はぁ……尚樹、オメーの同期ってこんなのばっかなのか?」

「饗庭士長は俺の同期じゃないぞ。質問攻めってのは共通するけど」

 

 長々と話していると食堂の後片付けが始まるということで質問タイムを打ち切り、直枝たちは食器を返却口に入れると食堂裏の出口に出た。

 後期教育の新隊員たちが出口付近で隊伍を組んで同期が出てくるのを待っていた。

  それを見た北村三曹は、一応指導要綱にあった集団行動を思い出した。

 

「訓練中は集団行動になるんで、隊舎外では2人以上で行動してください」

「はい」

「トイレとかの場合は行先の明示をお願いします」

 

 少人数での男女混合のためトイレなどの集団行動が難しいので、新隊員とは違い行先の明示をすれば一人でトイレに行ってもよいこととなっていた。

 

「武内自補基準ッ」

「基準!」

「一列横隊!短間隔、集まれ!」

「やー!」

 

 北村三曹の号令にひかりと直枝はばね仕掛けのように俊敏に動き、右から尚樹、ひかり、直枝の順に並ぶ。

 左手を腰に当て、肘を90度にまげたその角から拳1個分の間隔を開けて左隣に並んでいくのが“短間隔”である。

 尚樹は外部協力者であって厳密には階級が無いのであるが、そうなると自衛隊法上、あるいは部隊運営上具合が悪いので予備自衛官補に準ずる階級を付与した結果、予備自衛官補と同じような呼称となったのである。

 

「右向け、右」

 

 黒い半長靴のつま先を浮かせると共に右踵を軸に90度向きを変え、左足を引き付ける。

 くるりと向きを変えると背の高い者から並ぶ身幹順となり、縦隊となる。

 

「小隊はこれより、厚生センターに前進する。縦隊前へ、進め!」

 

 歩調を取りながら、3人は食堂脇の道から厚生センターに向けて出発する。

 久々の徒歩行進に直枝は兵学校時代を、ひかりは予備学校を思い出した。

 教範にあるように腕を前方30度、後方15度に快活に振り、歩幅は男性自衛官75センチ、女性自衛官60センチを目指して歩く。

 尚樹は自衛隊式の()()()であったが、ひかりたちのしなやかな指はピンと伸びており皇国軍式であった。

 

「雁淵さん、管野さん、拳!」

「はい!」

 

 統制を取っておかないと見栄えもよくないため、北村三曹が指導する。

 見た目がなまじ日本人に近いため、諸外国の軍人に見えないのだ。

 そんな一幕もあったが、3分もしないうちに厚生センターに辿り着いた。

 

「縦隊、右向け止まれ!」

 

 厚生センターとは駐屯地の業務隊の厚生科が管理している施設であり、売店や図書館、コンビニ、クリーニング店、カレー屋があったりする。

 記念行事や一般開放などの行事においては民間の方も利用でき、まんじゅうなどのお土産のほか、ついつい演習用品もといミリタリーグッズを購入してしまう方も多いことだろう。

 今津駐屯地にはコンビニと売店、クリーニング店が一体となっており、その隣にカレー屋が入っている。

 尚樹たちが入隊したころに某カレーチェーン店が出店し、隊員食堂を利用できない営外居住者を中心に営業しているのである。

 しかし、平日限定で営業時間も短いうえ基本食堂喫食の陸士が利用できることはまずない。

 

「集合時刻は1245、厚生センター前。それでは、別れ」

「別れます!」

 

 尚樹に合わせてひかりと直枝も言う。

 ひとまず解散した尚樹たちは、早速売店に行く。

 街のコンビニのようだが、その一角にはOD色のバッグやら迷彩のシャツ、文房具などが置かれており、自衛官向けの施設であることをアピールしている。

 

「いっぱい種類があるんだ!尚樹さん、買ってもいいですか」

 

 ひかりは普段洗濯物で見る迷彩シャツが袋に入った状態で置かれているのを興味深そうに見る。

 汗をよく吸い、すぐ乾いてさらさらした着心地のため今回の訓練にも持ってきている。

 そんな優れもののアイテムが長袖か半袖かに始まり、ODか迷彩か、そして布地の種類と数種類置いてあるのだ。

 

「いいよ、俺のおすすめは速乾の2枚組のヤツ、WAC向けのSサイズなんかちょうどいいんじゃない?」

「ちょっと小さいのもあるんだ!あっ、この色良いなあ」

 

 ひかりが袋に入ったシャツを見比べている時、直枝は訓練用品のコーナーに居た。

 

「なあ尚樹、この迷彩ランドリーバッグ見たことあるぞ」

「ああ、俺が入浴セットと着替え入れるために買ってたからな」

「この雑嚢なんかよさそうだな」

「ああ、大きすぎず単行本とかいろいろ入るんで結構便利だったぞ」

 

 撥水性のあるナイロン製のポーチを手に取って見て、直枝は結構使えそうなものも多いじゃないかと思った。

 革や帆布で出来た背嚢に比べ、水気に強くて軽いうえ、モールシステム対応のベルトで取り付け取り外しも容易であるから組み替えて運用することもできる。

 弾数の少ないウィッチに多くの弾を持たせることもできるし、格闘戦主体で携行弾が少なくても良いウィッチは弾納を外し、動作に干渉しない場所に組み付けることもできる。

 訓練用品も着替えの類も間に合っている尚樹はというと久しぶりに羊羹を買ってみようとレジの前に行く。

 するとかつて買い占めた一口羊羹が並んでいるではないか。

 そして気づけば10個、カゴに入れていた。

 

「尚やん、また羊羹買い占めて……」

「つい懐かしくて、余ったらひかりちゃんと直ちゃんにあげるし」

「まだ初日の昼やぞ、このペースで行ったら4日目には羊羹の在庫が切れるやつや」

「ここは山で補充遅いから都会のようにはいかんよなあ」

「残留変更からのパン切れとかマジヤバい」

 

 師団司令部があるような駐屯地のコンビニは補充が速いが、山の駐屯地のコンビニの補充は週の初めに1回あるかどうかなのだ。

 仮に予定変更からの土日残留となった場合、日曜日は閉店しているため土曜日にしか使えない。そして行ったら行ったで棚に物が無いのである。

 買えるおやつが無い分にはまだマシだが、外出届を出した後で急遽変更パターンだと喫食申請がなされていないため食堂が使えない。

 そうなると昼食が厳しくなるのだ。

 尚樹も北村三曹も同期や先輩の代わりに残ってやることが多く、けっこう喫食申請無しパターンが多かった。

 個人で出来る対策としては、増加食で渡されるカップ麺やらウエハース、スナック菓子を溜め込んで置き、いざというときに調理室で調理して食べられるようにする方法が一般的である。

 売店前のソファーで時間を潰していると、買ったものをポリ袋一杯に入れた二人が出てきた。

 直枝はポテトチップス、ポーチの他に偵察用バックパックなるものを購入し、ひかりはシャツやら靴下やらの衣料品、そしてお菓子類を買っていた。

 少女たちの買い込みように北村三曹は笑う。

 

「うわ、結構買ったなあ、お金足りた?」

「はい、尚樹さんから使って良いってもらいました!」

「俺も尚樹にはまあまあもらってたしな」

「ちょっと尚やん甘々やん」

「いやいや、旅行に行くとお金がかかるってわかってたし、親父からも貰ったから」

 

 尚樹一人では3万円も渡せない、両親に訓練招集に行くと知らせたら送って来たのだ。

 両親はひかりと直枝を可愛い可愛いと娘のように甘やかそうとするのである。

 

「ご両親ってそういや、修了式で会ったっけ」

「うん」

「孫とかできたら凄そうやな」

「孫以前に、成人式もどうなるかわからん」

 

 同居し始めてすぐの少女を懐石料理付き日帰り温泉宿に連れて行った尚樹も大概である。

 

「この量だったら一度、居室に戻って置いてくるしかないな」

「尚やん、俺らは準備があるから事務所寄っていくわ、1255までに教場におって」

「了解、武内自補ほか二名の者は居室より教場に直行します」

「じゃあ解散、別れ!」

「別れます!」

 

 訓練開始スイッチを入れた尚樹の様子に笑いそうになりながら別れの号令をかける北村三曹。

 しかし、声が震えていて頬が小刻みに動いているので必死で笑いをこらえている様子がよくわかる。

 

「尚やん、急に真顔っやめろっ……わろてまいそうになるやんけ」

 

 直枝とひかり、そしては尚樹は厚生センターのすぐ近くにある外来宿舎内の自室に戻り、三人はそこから教場に直行した。

 時間は1250、もうすぐ午後の課業が始まろうとしていた。

 


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