ひかりちゃんインカミング!   作:栄光

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2日目の朝

 目が覚めるともう明るく、腕時計を見ると5時34分だ。

 起床ラッパまであと26分はあって10分単位で二度寝するにはまだ余裕がある。

 そこで尚樹はとりあえずトイレに行って時間を潰すことにし、ベッドから降りた尚樹は用意されていたスリッパでペタペタとトイレに向かう。

 外来宿舎で寝起きする者は外来宿舎内のトイレで用を足すのだが、便器の数が3つくらいと少ないため、ある程度の人数がいると「トイレ待ち」が発生するのである。

 点呼が終わるとすぐにトイレは満員となるため、早起きした場合には起床ラッパ前に行っておくという習慣が身についているのだ。

 外来宿舎で生活していた新隊員後期教育隊の頃はよく早朝トイレに行ったものである。

 

 尚樹は夏の朝の空気と外来宿舎のぼろいトイレに懐かしいものを感じつつ、大便器に座り腕時計を見ると時刻は5時40分、そろそろ布団に戻る頃だ。

 ベッドに戻ると、枕元に靴下を置き、ごろんと仰向けに寝て布団を被ると2段ベッドの上段を眺めた。

 フランスベッドの底の金網と上段のマットレスの染みを見ながらボーっとその時を待つ。

 上に“ベッドバディ”という相方が居れば、彼の寝返りがベッドの振動とともによくわかるのであるが今回は尚樹一人であるために何の変化もない。

 なお、上段の者と事前に打ち合わせしていないとベッドから出た際に彼が上から降ってくるため、ベッド下段の場合注意が必要である。

 

 時刻は5時59分、スピーカーに電源が入った。

 午前6時になると、営内居住の全自衛官が身構える中スピーカーより起床ラッパが流れる。

 尚樹は跳ね起きると靴下を履き運動靴に足を通し、作業服を羽織る。

 そして作業上衣が掛かっていたハンガーをベッドに投げ込むと覆い隠すように掛け布団を被せ、作業帽を被り居室を飛び出すまでで40秒。

 ジャージズボンに戦闘服の上衣だけ着る“ジャー戦”スタイルの場合、点呼集合まで1分30秒以内が目安とされている。

 

 すでに外来宿舎前には当直陸曹と教育隊の班長が整列しており、その前に並ぶ。

 尚樹に遅れて10秒、直枝とひかりが女性部屋から飛び出してきて整列が完了した。

 

「1区隊、集合終わり!」

「点呼!」

「イチ!」

「ニー!」

「サン!」

「総員3名、事故無し、現在員3名集合終わり!」

 

 最右翼の尚樹が教育隊の区隊長である高橋准尉に敬礼をする。

 答礼とともに人数確認が終わると当直陸曹や区隊長からの朝の挨拶があって、点呼は終わりである。

 

「おはよう、昨日は所用で師団司令部に行ってて、着隊した君たちと会うことができなかったが、私が今回の区隊長を務める高橋則文(たかはしのりふみ)だ。よろしく頼むよ。宮田三曹、紹介を」

「はい、私が車両係で今週当直陸曹の宮田です。『夕べの点呼で会ったやろ』ってツッコミは受け付けませんのでヨロシク」

「じゃあ解散しようか……分かれ!」

「分かれます!」

 

 そして解散すると朝食までの間に布団やシーツを畳む「()(とこ)」作業や掃除、身支度がありあまり時間が無い。

 なかでも上げ床作業はシーツや毛布を畳んで整頓する技量により時間が大きく変わり、下手くその場合身支度の時間が大幅に削られるのだ。

 

「管野さん、シーツ持ってくれませんか」

「おう、こいつを二つ折りにするんだろ」

 

 ひかりと直枝は自室に戻ると上げ床作業に取り掛かる。

 ペテルブルグでは滅多に上げ床をしなかった二人であるがだいたいの要領は覚えておりパタンパタンと畳んでいく。

 尚樹はというとベッドバディが居ないため一人で毛布とシーツ、布団を畳む。

 ベッドは茶色の毛布4枚とシーツ2枚、そして掛け布団、枕で構成されている。

 上げ床は毛布4枚を“倉庫畳み”という長方形に収まる畳み方で積み、その上にシーツ、畳んだ掛け布団を乗せ、最後に枕を置く。

 これの難しいところは毛布の角がとれているか、上から下までツライチになっているか、そして掛け布団が綺麗な“ロールケーキ”になっているかである。

 そう、毛布の端末が横から飛び出してるなど不揃いだったり、積んだ際に断面がギザギザとしていた場合やり直しとなるのだ。

 

「水平、直角、一直線……端末合わねえな」

 

 尚樹は久々の“単独上げ床”にてこずったもののなんとか最低レベルの上げ床を作ることができた。

 上げ床が終わって髭を剃り、迷彩作業服に着替えると直枝たちの待つ外来宿舎前に向かう。

 

「尚樹さん、今日からいよいよ飛行試験ですね!」

「おう、演習場にいくから、虫除けとか準備せんとな」

「はい!」

「尚樹、ひかり、そろそろ飯に行こうぜ」

「そうだな」

 

 7時15分に食堂に行って朝食をとると、8時までは自由時間となる。

 営外居住者が続々と駐屯地に登庁してくる頃、営内においては集合まで寝ている士長も居れば、本日の業務に備えて準備をする者、昨晩に出来なかった洗濯物のプレスを当てる者、居室のテレビで情報を収集する者とそれぞれの行動をとっている。

 直枝たちも食堂から帰ってきて訓練のための準備をする。

 ひかり達は貸与の雑嚢(ざつのう)に虫よけスプレー、タオル、キャンディ、筆記用具、そしてユニット運用のための私物のランニングパンツ、スリッパを入れて持って行く。

 ユニットを履かない尚樹はというと真夏という事もあり、500㎜ペットボトル6本とプラスチック製カップ、塩飴などの熱中症対策グッズを詰め込み、虫刺されの薬などの医薬品類も持って行く。

 厚生センターで借りてきたウォータージャグを持って行くものの、中身が甘ったるい薄めたスポーツドリンクなので飽きるだろうとの配慮である。

 部隊に行くと水出し麦茶などのジャグも作ることになるが、若い隊員がほとんどの教育隊ではスポーツドリンクしかないため、口直しが欲しい場合自分で持って行かなくてはならないのだ。

 

 演習場まで車に乗るという事もあり、尚樹は貸与されている中帽(なかぼう)、(通称:ライナー)いわゆるプラスチック製のヘルメットを被る様に言った。

 晩の点呼前の訓練指示受けにおいて区隊付から特に服装の指示が無いときは、部隊の()()()()()()()()あとは()()()()でやってというやつである。

 集合時間の5分前である7時55分、迷彩作業服にライナーを被り、雑嚢を左腰にたすき掛けにするといった基本教練の服装となった三人は3戦車隊舎前のグラウンドに整列していた。

 砂利の敷かれたグラウンドには教育隊の人員に加えて、防衛装備庁(ATLA)航空装備研究所の人員もいた。

 航空装備研究所はエンジンやステルス技術、次世代戦闘機の技術開発を行っている機関であり、未知の技術が詰まったストライカーユニットもここで研究されることになったのだ。

 防衛省の文字が入った水色のツナギの男性技官がひかりの前まで歩いてくる。

 

「おはようございます。航空装備開発官の坂上(さかがみ)と申します」

「よろしくおねがいします」

「こちらこそ。本日はですね、地上滑走試験やらいくつかの試験をしたいので頑張ってくださいね」

 

 坂上技官は「今日も暑くなりそうですね」と世間話を始め、他の技官らも教育隊側の人員と予定やら休憩場所の打ち合わせやらと様々なやり取りをしていた。

 世間話も一通りして大分慣れてきたところで朝礼が始まった。

 

「区隊長に対し、敬礼っ!」

「直れっ! 休め」

 

 答礼を終えた高橋准尉の号令で尚樹たちは休めの姿勢を取る。

 高橋准尉はニコニコとして優しそうな顔を引き締めて、講話を始めた。

 

「いよいよ君たちには空を飛んでもらうことになる。今、我が国は未曽有の危機にさらされている、ストライカーユニットを履いた君たちの献身が我が国を救うのだ……」

 

 高橋准尉はそこまで言うと、表情を緩める。

 講話と言っても最初から最後まで堅苦しい真面目な話ばかりとは限らず、中にはジョーク混じりの講話をする者もいて、毎朝行われる部隊朝礼の講話はわりと自由な感じである。

 

「まあ堅苦しいのはここまでとして、久々の空なんだから気を付けて。終わったら、どんな感じなのか教えてな。以上、講話終わり」

 

 朝礼の内容としては高橋区隊長の講話、区隊付仁科二曹から本日の予定が告げられ、8時15分に国旗掲揚、課業開始である。

 どうして国旗掲揚および課業開始が“8時15分”かというと、8時だと早すぎて8時半だと遅く1時間の四分の一という区切りのいい時間だからという説と、一般に言う終戦記念日に合わせており戦後に誕生した自衛隊を表すという説がある。

 人によって解釈はまちまちであり筆者は終戦日説の方ではないかと考えているが、機甲科隊員の中には17日以降の北千島(きたちしま)におけるソ連軍上陸などを考えると9時3分になってしまうのではないかという意見もあって真相は不詳だ。

 

「気を付け!」

「敬礼!」

 

 今日はラッパ吹奏ではなく、録音のテープと君が代が流れる。

 師団司令部のあるような駐屯地であればらっぱ手による君が代ラッパが毎朝吹奏されるが、地方の駐屯地である場合、人数も少ないためか国旗掲揚に君が代のテープが流れるのである。

 陽光を浴びて日章旗が翻り、白手袋をはめた二名の旗衛隊員が国歌に合わせて大きく腕を回して綱を引く。

 

「直れ!」

 

 国旗が旗竿の頂に揚がりきるところで君が代が終わって、「休め」、「課業開始」ラッパが流れるところから午前の課業が開始となる。

 

「今回は演習場行くし、車両乗るけど中帽はいらんで」

 

 ひかり達ウィッチと尚樹は中隊の武器庫に行って鉄帽と入れ替えるように中帽を棚に置いていき、幌の付いた3トン半トラックの荷台に乗り込んだ。

 演習場に入る際は安全管理上、鉄帽を被らなくてはいけないためである。

 ときどき“首の疲労防止”という名目をつけ、トラックの荷台では中帽を被って降りるときに鉄帽に変えろという指示を出す陸曹がいるが、下車後に使わない中帽が邪魔になるので最初から鉄帽で行かせてほしい。

 奥の運転席側から順に直枝、ひかり、尚樹の順で座り、トラックの操縦手は車両担当の宮田三曹、隣に座る車長は北村三曹である。

 

「尚樹、この鉄カブト軽くねえか?」

「そうだな、前使ってたのより軽い気がする」

 

 ユニットや計測機器を乗せた防衛装備庁の車両と、教育隊のトラックが車列を組んで出発して数分、演習場に向かう中で直枝はぺしぺしと鉄帽を叩いて言う。

 ウィッチも不寝番の際に警備武装として鉄帽を被るのであるが、扶桑軍の九〇式鉄帽やカールスラント軍のM40・M42スチルヘルメットはおおむね0.9㎏から1㎏であり、また陸上自衛隊が採用している88式鉄帽は1.3㎏と少し重かった。

 しかし、尚樹退職後に戦闘職種を中心に更新された改良型(Ⅱ型)のものは少し軽量化されており、1㎏ほどとなったうえクッションパッドの採用や4点式アゴ紐への変更で安定性も大幅に良くなっており、鉄カブトや旧型鉄帽に対して軽く感じるのである。

 指先で叩いた感じも防弾鋼のようなカンカンという感じではなく、コツコツという厚紙のようなこもった音がすることから首を傾げた。

 

「鉄っぽくねえ、まさかボール紙で出来てんじゃねえだろうな」

「鉄帽って言ってるけど鉄じゃないからな」

「ええっ鉄じゃないんですか? それっておかしくないですか?」

 

 鉄帽だけど鉄じゃない、尚樹の言葉に隣に座っていたひかりが驚く。

 カニカマがカニの剥き身ではないことを知った時のような反応に尚樹は笑う。

 

「ケブラー繊維っていう、強度の強い繊維を固めた樹脂で出来てる」

「そんなもんで大丈夫なのかよ」

「一応拳銃弾は止まるらしい、小銃弾は抜けるけどな」

「ええ……」

「破片防護がメインだからなあ」

 

 旧来の鉄帽のモリブデン鋼の硬度、高マンガン鋼の塑性変形によって貫徹を防ぐのには限界があり、重量も過大になっていくことから、同量で鋼の5倍の強度を持つケブラー繊維がヘルメットや防弾ベストの主たる材質になったのである。

 とはいえ小火器の威力向上に対し、ケブラー単体では限られた効果しかなくセラミックプレートやら衝撃緩衝のトラウマプレートを併用しなければ小銃弾は防ぎきれない。

 しかし、ヘルメットにはそうした硬質防弾材を組み込む余地、重量的余裕が無いため破片防護のみなのだ。

 しかし、砲爆撃に伴う破片からの防護は第一次世界大戦から重要な命題でありブロディヘルメットから、現行の88式鉄帽、合衆国軍のACHまで一貫しているのである。

 

「ウィッチはシールドがあるし、攻撃を貰わねえことの方が重要だ。こんなもんいらねえ」

「シールドか……張れたら防弾ベストも要らないよな」

「でも、こんなに良いものがあったら、おねーちゃんもケガしなくて済みますね!」

「うっ……孝美のケガは防げたかもしんねえな」

 

 直枝はゴテゴテと重い装具を付けるぐらいなら機動力を上げて回避することの方が重要だと考えていた。

 一方、かつて魔法が苦手だったひかりは自身の経験や姉の負傷などからシールド依存の危険性について知っていたため、いいなと感じたのである。

 未熟な者やあがりが近づいたベテラン、魔眼発動中といったシールド強度が安定しないウィッチのほか、死角から飛来する砲弾片や実体弾攻撃などによる負傷に対して防弾装備は有効である。

 光線に対してはケブラーは無力であるが、彼我の実弾片や墜落時の枝葉であれば防げるのだ。

 防弾効果も何もない軍服一枚でいるよりはいくらかマシだろう。

 直枝は孝美の3度にわたる負傷原因を思い出して、よくよく考えたら役に立ちそうだと認識を改めた。

 

「ニパさんもケガしなくなりますよ!」

「アイツに渡したらあっという間にボロボロだな」

 

 回復能力があるとはいえ、よく墜落し枝葉などで傷だらけになるニパにもいいかもしれない。

 そんなひかりの思いやりに、ブレイクウィッチーズでボディアーマーを付けるとなったらどうなるだろうかと直枝はふと考える。

 

「カンノ! これちょっとキツイな!」

 

 FPSで見たようなボディーアーマーを着ようとして胸がつかえているニパの姿が浮かんだ。

 大概は脇に胴回りを調節するベルクロやゴムバンドがあるのだが、直枝は知らないのでそのままの状態で上から着るイメージだ。

 クルピンスキーはというと、「なんかこれ、カッコよくないよねえ」などと言って着ようとしないイメージだ。

 一方、ひかりはモールテープに枝葉が絡まり、鉄帽にヒビが入っているニパの姿が浮かぶ。

 

「落ちた時に割れちゃった」

「ああっ、異世界の貴重なヘルメットが……、ニパさん、そこに正座!」

「サーシャさん、わざとじゃないんです! ごめんなさーい!」

「このヘルメットは()()()()()()()()()()()()()んです、という事はもう使い物にならないんです!」

 

 鍵のかかる部屋に収納していることから鉄帽が武器と同じ“管理物品”扱いである点に気づき、損耗したニパとその様子を見て怒るサーシャの姿が……

 直枝とひかりは考えれば考えるほどニパが不憫になって来たので、想像することをやめた。

 尚樹はというと、後ろへ流れていく景色を見ていた。

 トラックは装軌車訓練場の前を抜け、舗装されていない道路の砂ぼこりを巻き上げて走る。

 荷台に舞い込んだ砂で半長靴が白くなるが、後方の幌を閉めると蒸し暑いので我慢すること15分。

 いくつかの支道を経由して空き地のような場所に出たところでトラックが止まり操縦手の宮田三曹が後板を下ろす。

 

「ついたぞ、下車!」

「下車!」

 

 尚樹が幌の後尾についていた落下防止の安全バンドを外し、下車した三人は饗庭野演習場に降り立った。

 区隊長の乗る小隊長車が到着すると、航空装備研究所の3トン半から組み立て式の試作型ユニットケージが下ろされ、組み立てが始まった。

 技官たちが忙しなく動き、動力コードや光学センサー類のセッティングを行っている横で尚樹、ひかり、直枝の3人はというと北村三曹号令の下準備体操をしていた。

 

「その場駆け足の運動!」

「いち、に、さん、し!」

「いち、に、さん、し!」

 

 腿をしっかり上げ、リズミカルにその場で駆け足をする。

 

足前腕斜上振(あしまえうでしゃじょうしん)……いち」

「おい北村! 自衛隊体操は二人にはまだ早い、ラジオ体操やれ!」

「はい!」

 

 何の疑いもなくいきなり自衛隊体操を始めた北村三曹に仁科区隊付からストップが掛かった。

 尚樹はすでに両腕を上に振り上げるとともに左足を前に振り出していたが、尚樹の隣にいるひかりと直枝はキョトンとしていた。

 自衛隊体操は体の可動域いっぱいを攻めていく結構体力を使う運動であるためいきなりやることは難しいのだ。

 見よう見まねでやるにも動作の点数が多く、ひとつひとつの動作の基本を押さえないと意味がないため体育科目をしなければならないのである。

 指示があったため、北村三曹は日本で最もポピュラーな“ラジオ体操第一”を始めた。

 

「あれ、ここでそっくつ? しないんですか?」

「ここは拳振り下げ前屈だろ……違うのかよ?」

 

 扶桑皇国にもラジオ体操はあったものの、当然、日本のものとは内容が異なっておりひかりと直枝は尚樹や北村三曹の指導をうけながら日本式のラジオ体操をおおむね習得したのであった。

 ラジオ体操を通しで出来るようになった時、ようやくユニットの準備が完了した。

 

「それじゃ、ふたりとも飛べる服装に着替えてきて」

 

 ひかりと直枝が更衣のために3トン半トラックの幌の中に入って行ったことを見届けると、尚樹は竹ぼうきをもって飛行コース付近の掃除を始める。

 北村三曹ら教育隊の助教たちもやることが無いため周囲の安全確認であるとか、事故発生時の手順の再確認などをして時間を潰していた。

 

「着替え終わりましたぁ!」

「雁淵さん!」

「噂には聞いてたけど、ジャー戦のランパン版みたいなカッコやなぁ」

 

 着替えを終えてやって来たひかりの格好は、迷彩作業服の上衣に青い“ミズタ”のランパンを履いてサンダルと生足を露出している涼しげなスタイルである。

 饗庭士長は可愛い女の子の生足スタイルにテンションが上がり、北村三曹は凄いカッコだと驚いていた。

 

「ジロジロ見てんじゃねえ、さっさと始めんぞ」

 

 色違いの赤いランパンを履いた直枝が続いて現れた。

 体育訓練で使う事も考えていたため、直枝とひかりの履いているランパンはスポーツブランドのものであり、価格はするものの速乾、通気性のよいさらりとした履き心地だ。

 ふたりは組み立て式ケージの前に行くと、ユニットに手を当てる。

 

「チドリ、ひさしぶりだねっ」

「俺のユニットも良い感じになってるじゃねえか」

 

 原理不明な魔導エンジンの制御系を除くリバースエンジニアリングによってバラバラにされていた。

 コンピューター支援設計いわゆるCADのデータ取りに3Dスキャナでスキャンし、全パーツのデータ取りが終わったため速やかに二人のユニットは再び組み上げられたのである。

 どうして2機同時に分解されたかというと試作型である試製紫電改二(チドリ)と量産配備型である紫電二一型の差異などの調査目的で、部品単位で直枝の愛機である“343-A-15”との比較が行われためだ。

 降着装置の強化や安定翼内防漏タンクの材質など改善などが行われているほか、管野機においてはドイツ語が記された欧州製の部品も代用品として組み込まれ、多国籍部隊による整備、現地改修が行われていたことを雄弁に物語る。

 ネウロイの襲来に備えて急いで組み上げられたユニットは、現代の航空技師たちによって万全の整備が施されていた。

 分解において排出した潤滑油やグリスは新しいものになり、油分や飛行中の日光、空気摩擦等で塗装が剥げて錆が浮いていたパネルなどにも再塗装が施されている。

 

「剥げてたとこ、タッチアップでお色直ししたんだな」

「キレイになってよかったね、チドリ」

「俺の紫電は色が濃くなってやがる」

 

 新しく塗り直され、鮮やかになったマーキングをしげしげと眺めていると坂上技官がやって来て言った。

 

「あと、燃料もアブガス100、民間航空機用入れてます」

「民間航空機? そんなんで大丈夫なのかよ」

「自衛隊には、自動車用かジェット燃料しかないものでして」

 

 自動車用ガソリンは業務車やガソリン動力のエンジン洗車機への給油に用いられ、ジェット燃料JP-4は軽質油、JP-5は灯油に近いものでありガソリンとは別物だ。

 

「自動車のガソリンじゃダメなんですか?」

「高高度を飛ぶと気圧が下がって燃料が流れなくなって詰まったり、車用ガソリンはアブガスに比べて質が悪いから部品を傷める可能性があります」

「質の悪さなら、オラーシャ軍の燃料も大概だけどな」

 

 尚樹が代用燃料として入れていた自動車用ハイオクガソリンから“アブガス”と呼ばれる沸点の高い民間航空機用有鉛ガソリンに交換されたため、気圧、温度の低い高高度を飛行できるようになったのである。

 これは自動車用ハイオクガソリンが高高度で冷やされて粘度が上がり、配管に()()()()送油が止まる可能性があったからである。

 航空ガソリンは析出点がマイナス48度と低く、長時間高高度を飛行しても粘度が上がりにくいのだ。

 もっとも地表近くを飛ぶ分には問題はなく、現代の航空機であれば自動車用ガソリンが使えない機種がほとんどでバルブシートを傷めたりゴム系の部品を侵すおそれがあると言われているが、古いレシプロガソリンエンジン機などでは使える物もある。

 ストライカーユニットの運用されていた1945年当時のアルコール系代用燃料よりはエンジンに負担をかけづらい選択であろう。

 ニパのユニットのいくつかある故障原因の一つにオラーシャ製の航空燃料があり、低温環境に適応させようと添加物を入れ過ぎた結果オクタン価が低くなってノッキングを起こして破損、墜落があるのだ。

 燃料補給も済ませてあり、ふたりはユニットに足を通して動作試験を始めたのだった。

 




愛媛県愛南町の紫電二一型を見に行ってきました。
そこで菅野さんやら鴛淵さん、武藤さんといった方々に関する展示も見て本土防空戦の過酷さについて考えさせられました。
また、実機は全長が9m近くあり、全幅11m、高さも3.9m近くあるため、74式戦車より大きくて、零式艦戦に比べて骨太な印象を持ちました。

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