1945年、6月20日
ペテルブルグより南西550㎞の地点において正体不明の金属片が発見され、雁淵ひかり軍曹の捜索に向かっていたユニット回収班が金属片を持ち帰ってきた。
その灰白色に下面が黒く煤けた金属片はトラックから降ろされ、ユニットの前に転がされる。
報告をした下原と同じく扶桑人の管野はラルに格納庫に呼び出された。
格納庫までの道すがら、下原は管野に声を掛けた。
「管野さん、ちゃんと寝てますか?」
「ああ、俺よりニパの方がもっとひでえ顔してるよ」
管野は横を歩いている下原にそう言うが、目の下にはクマが出来ていたし、とても疲れ切っている様子だった。
寝ても覚めても突然消えたひかりを探しているのだ。
「ニパさんも『ワタシよりカンノの方が』って言ってましたよ」
「アイツも毎晩ひかりの夢を見るとか言ってたしお互い様じゃねーか……」
管野とニパは哨戒飛行に志願し、ここのところ朝と夕方の二交代でずっと飛び続けていたのだ。
サーシャからストップが掛かるといったんは辞めるのだが、「勝手に発進する」などまるで502が発足して配属されたばかりの頃のような危うさを見せるようになったのだ。
管野に関しては多少成長したのかユニットが壊れず帰ってくるようになったことから、生存の見込みがある1週間ラルは黙認していた。
「私は雁淵が墜ちたとは思わん、だがやりたいようにやらなければ悔いが残るというものだ」
しかし、1週間以上毎日のように哨戒飛行をさせられてはユニットも悲鳴を上げるというもので、“
雁淵孝美を呼ぶための出撃や、管野・ニパ・クルピンスキーで配給のチョコレートを賭けた撃墜レースの時のように整備班に賄賂を渡して復旧させようとした。
だが、誰に尋ねても「部品がない」との一点張りで紫電二一型が修理されて発進台に乗ることは無かった。
予備機として残されている零式艦上戦闘脚二二型もロスマンやサーシャの厳重な管理によっておいそれとは持ち出せそうにない。
管野は未だにひかりの消失を受け入れようとはしなかった、いや、「ひかりはもういない」と認めてしまったら、それはひかりの死を意味する。
死んでしまえば彼女は皆の思い出の中の存在となり、そして忘却されていくのだろう。
管野は自分の中に“あいつはもうダメだ”と冷徹に判断しているところもあったが、それがたまらなく怖く、撃墜されたわけでもなく“死んだ”とされることが悔しかった。
だから、子供じみていると言われようが、現実逃避と言われようができる限り抗おうと決めたのだ。
格納庫に二人が入ると、ラルとロスマンが金属片の前で立っていた。
下原と管野がやってきたことに気づいたラルは振り向いて尋ねる。
「下原、管野、これは何と書いているか読めるか?」
灰色の塗装が施された金属片に
「危険、アレスティングフック」
「着艦フックがついているってことは、こいつは艦載機の破片だ」
下原が読み上げ、管野は艦載機の破片であることに気づいた。
ジュラルミンのような素材で出来た破片をもう一度見て、ロスマンは下原に尋ねる。
「下原さん、心当たりはあるの?」
「変ですね、扶桑にこんな部品がついている航空機なんてありませんよ?」
現在、どこの国の航空機も黒く焦げた遮熱板のような尾部の航空機は存在しないのだ。
尾輪式の航空機がほとんどであり、わざわざ遮熱板のような異なる金属を取り付ける意味はさしてないのだ。
「下原が言うように、正体不明の航空機の残骸だとしてそれがいつ現れたかだ」
「俺は霧の中で地表が見えなかった」
「ひかりさんの捜索に行ってすぐには何もなかったわ」
「私がネウロイと戦った後でしょうか、それまでは何もなかったように思います」
「じゃあ、下原が撃墜したネウロイの部品だって言うのかよ」
「ああ、その可能性が高い。奴らは金属と同化する特性がある」
「クルピンスキーのユニットが刺さっていたこともあったでしょう」
「そうだ、ネウロイは何所からこの部品を取り込んだ?」
ラルの言葉に、管野と下原はあることに思い至った。
哨戒飛行にあたっての偵察情報に「不審な発光体」や「よくわからない電波」というものがあったではないかと。
普通であれば「
平時の訓練中ではなく、戦闘激しい最前線においてウイッチ一人にいつまでも貴重な戦力を割くことなどできないのだ。
だが、他部隊や502の作戦機を使って10日経った今も捜索が行われている。
「お前たちが考えている通りだ。これであの近辺を大規模捜索する口実が出来たというわけだ」
「上層部としても、今度の事態はネウロイの新しい戦術によるものだと考えているの」
「そして奴らが“どこから来るのか解るかもしれない”とな」
笑みを含んだラルの言葉に管野と下原はまだひかりの捜索が打ち切られないこと安堵したのだった。
その瞬間、基地内に警報が鳴り響き、電話番についていたサーシャの声でラルとロスマンは司令官室へと走ってゆく。
「管野さん、下原さんは作戦室で待機!」
ロスマンの指示通り、二人は作戦室へと向かう。
哨戒飛行に出ていたニパとクルピンスキーが帰ってくると、ラルによって重大情報がもたらされるのであった。
45分前。ペテルブルグ軍管区内の数か所のレーダー基地でレーダーのスコープを大きくかき乱すような電磁波を観測した。
こうなると光点に覆われたスコープに代わり、監視哨の目視と空中聴音器が頼りとなる。
ペテルブルグの南西720㎞地点において積乱雲のようなものが天まで延び、雲の中に雷光が走る様子を複数の哨所が確認した。
「警報!警報!ネウロイ反応!総司令部に通達!」
本当はジャミングの裏付けを取る必要があるのだが、各哨所からの有線電話が司令部に集中しており電話交換手の仕事が追い付かなくなっていた。
レーダーサイトの当直士官が叫び、その声に基地司令が上級部隊直通の赤い電話機の受話器を取る。
電波障害に特異な形状の雲、これは
この非常事態にペテルブルグ軍管区の全基地および駐屯地に警報が発令され、外出者は全員兵営に呼び戻されて、臨戦態勢を取る。
新たなネウロイの巣の発生は、ペテルブルグ軍集団の喉元に再び刃の切っ先を突き付けることになるのだった。
巣の完成からおよそ5時間後、尖兵と思われるネウロイが確認され、夜間哨戒に上がった下原とロスマンが撃墜した。
その際も新たな遺留物がないか一応捜索が行われており、新しい金属片は見つからなかった。
____
ネウロイの巣出現より29時間後、第502統合戦闘航空団のグンドュラ・ラル少佐はスオムスのヘルシンキに所在する連合軍北方総司令部へと呼び出された。
一晩経って各所から集まってきた情報からおおむねの規模がわかり、司令部は巣を早期撃破する作戦を立案し始めていたのだった。
それにあたって502に威力偵察を実施せよとの命令を下達するためと、もう一つは雁淵ひかり軍曹の件で呼び出されたのである。
ラルは管野とニパの報告にあった雲と、ネウロイの突如出没して撃破後は幻と消える性質から、この新しい巣は「君の部隊の隊員である雁淵軍曹の消失と関係があるのではないか?」と問われた際、臆せずに言ってのけた。
「もし、関係があったなら救出作戦の許可は下りるのですか?」
「ああ、ただ、奴を倒さないことにはそれすら叶わないが」
「マンシュタイン元帥、我々はそのために居るのです」
「心強いな、さすがはグリゴーリを倒した魔女たちだ」
「光栄です元帥、つきましては……」
不敵な笑みを浮かべたラルに、マンネルへイム元帥とマンシュタイン元帥、そして幕僚たちは圧倒される。
列車砲を使用したフレイヤー作戦の失敗を尻拭いした形でコアを粉砕した502の発言力は前より大きくなっていた。
同時に、新たな巣への打撃部隊の中核としての期待を背負わされることになったのだった。
総司令部から帰ってきたラルは全員を作戦室に集めて威力偵察作戦を行うことを告げた。
「早速だが新しい巣を“レーシー”と呼称する」
「言い伝えに登場する、旅人を迷わせる森の精ですか」
サーシャが名前の元ネタに反応した。
ひかりの行方不明を受けての命名だろうと考えると複雑なものを感じたのである。
「これだ、レーシーは現在ペテルブルグ南西約720km地点で静止している」
スライドに映されたレーシーの姿に管野とニパは声を上げる。
「これって俺たちをあの時追いかけまわした雲じゃねえか」
「ひかりはあの中にいるのかな……」
「お前たちが見たものがこいつだとすると、今からやる作戦においては好都合だ」
スライドをレーシーが表示された地図へと切り替えると、指示棒を持ったロスマンによって“トロイカ作戦”の説明が始まった。
“トロイカ作戦”は3つの段階に別れており、前段は戦術偵察、中段は兵隊ネウロイの漸減、後段にコアの特定及び後に立案される攻略作戦への接続が予定されている。
今から502JFWが実施するのは、トロイカ作戦の前段である戦術偵察である。
戦術偵察で収集すべき情報に、ネウロイの種類や数、最近増えてきた“仕掛けつき”ネウロイのネタ、どれくらい近づけば迎撃に上がってくるかなどがある。
中でも厄介なのが“仕掛けつき”タイプで、変形・部分的光学迷彩などはまだ序の口であり、魔眼を遮る二重コアや動き回る真・コアタイプ、あるいは撃破を装い復活するタイプが確認されていた。
いずれも502JFWがかつて撃破した種類であり、対策を講ずるウイッチとのいたちごっこで生まれたタイプだと推測されていた。
こうした新種の登場は“ネウロイには出現パターンがある”や“ネウロイに戦術は無い”と言った旧来の対ネウロイ戦術が役に立たないことを徐々に証明し始めていた。
ゆえに、威力偵察などが重要視されるようになり現場のウイッチは翻弄されつつも次々とネタを潰さなくてはならなくなったのである。
「エディータ、アレを出してくれ」
「わかりました」
ある哨所が撮影した飛行タイプのネウロイの写真が現れた。
航空力学を無視した幾何学的形状の物とは違い、図太い丸みを帯びた胴体に三角形の低翼配置、そして垂直尾翼のようなものがあってまるで人類側の航空機に似せてきたような形状だ。
ジョゼと下原は謎の金属片を発見する前に遭遇した中型ネウロイを思い出した。
「定ちゃん、あれって」
「隊長、これって私たちが撃墜したものでは」
「奴がどうしてこいつを量産してきたかはわからん、だが複数確認されている」
「時速800キロほどで飛び、
低速で飛行して人間や戦車を見つけ次第掃討する従来の航空ネウロイとは異なり、新型の飛行タイプは歩兵や擬装された戦車に鈍感であり、要撃に上がったウイッチを狙うのである。
旋回半径は大きいが、ネウロイの特徴である赤いパネルからの光線照射能力で格闘戦性能も有しているのだ。
下面の写真を見た管野は腕を組みうーんと唸る。
「なんかあいつの尻の形、どっかで見たことがあるような」
「直ちゃん、ネウロイのお尻に興味があるのかい?」
「うるせぇ!こっちはまじめな話してんだ!」
「おお、怖い怖い」
クルピンスキーに管野は怒り、ロスマンからの冷ややかな視線が刺さる。
「伯爵は黙ってなさい、管野さん、どういうことですか?」
「あそこの部分、なんか着艦フックみたいだなって」
「確かに反り返ってますね」
ジョゼが撃墜したネウロイが、例の金属板を落としたかもしれないという前情報があったために管野はどうも新型の尾部にある小さな突起がそう見えたのだ。
「そういわれればそうね、でも、すぐに結論付けるのは過誤の原因だわ」
そう言われるとそう見えなくもないと皆が思ったが、ロスマンは一応釘をさす。
今のところネウロイが人類側の兵器を精緻に模倣した例は少なく、マーカーネウロイの擬態や、“501”や“504”が遭遇したというウイッチ型ネウロイが一番近いケースである。
しかし、あのような機体が実用化されたという話も聞かず、新型ネウロイの形状が金属板の主の全体像とするにはなんとも貧弱であった。
「お前たちが威力偵察に好都合だというのはこういう所にあるんだ」
レーシーの能力に航空機の様な新型ネウロイ生産があるのは周知されている。
しかし、ウイッチを捕獲しようとする“謎の雲の壁”を使うというのは混乱を避けるために全軍に対しては伏せられ、このことを知っているのは502と報告を受けた一部の幕僚だけであった。
ゆえに、晴天時などに正体不明の霧が発生した場合はすぐに離脱し報告するようにという上級部隊からの指示に首を傾げる者も多かった。
もっとも、502のストライカーユニット回収班のようにひかりの捜索時に知った者も多く、思い出して泣きじゃくるニパからひかり消失時の話を聞いたアウロラ・E・ユーティライネン大尉は慰めると同時に、霧が出ようが何だろうがネウロイをぶち殺そうと心に決めたのであった。
とにもかくにも、第502統合戦闘航空団は現在、ウイッチからユニット回収班に至るまでレーシーに最も近づいた部隊であり、なおかつ攻撃を仕掛けて反応を見るのに最も適した部隊であったのだ。
その頃、扶桑の第三航空戦隊において新しいネウロイの巣の発生と、雁淵ひかり軍曹未帰還の知らせを聞いた雁淵孝美中尉はその場で卒倒した。
近くにいた新藤少佐に抱えられて電信室から搬送され、医務室で意識を取り戻した彼女は何かを呟いた後に「502に行きたい」というようになった。
設立前の新たな統合戦闘航空団をどうするつもりかと聞かれ、彼女はある一人の女子学生を推薦すると転属願いを出してしまったのだった。
普通は通らないであろう転属願いは“不思議な力”をもって受理され、雁淵孝美は再びオラーシャの大地に降り立つのであった。
タイトルいつまでも(仮)と言うのもなんだかなあ。