※始動方法に追記
6月のよく晴れた日曜日とあって
一方、貝塚市から右へ左へとコーナーが続く山道の途中に
そんな峠道のはずれをさらに行ったような小道でその実験は行われていた。
ジャージを上だけ着て、下半身にはデニム生地のホットパンツといった私服のひかりがユニットに足を通そうとしていた。
本来の“ユニット発進台”ならば始動装置や電源供給機能などがあるがこちらには無いので脚立に
「準備は出来た?」
「はい!準備完了です」
「燃料とプラグにオイル変えてるし、いつもより高く回るかもしれないぞ」
「わかりました」
異世界に来て初めてのユニット運転実験という事もあって、尚樹による入念な点検が行われ、ユニット内部に入っていた航空ガソリンに代わりオクタン価の高いハイオクガソリンが注入された。
添加剤による高い洗浄力と防食効果、そして高オクタン価のアンチノック性、いわゆる
「ひかりちゃん、エンジン回して!」
「はい!」
ひかりは数日ぶりにストライカーユニットに足を通し、魔法力を星形の魔導エンジンへと流す。
頭にリス耳、ホットパンツの上から茶色い尻尾が生えるのを合図に尚樹はバッテリーパックのワニ口クランプをユニット側電源端子から取り外し、安全距離を取った。
込められた魔力と蓄電池の電流がユニット内部のスタータ回路を通じてスタータモータを回し、クランキングする。
インテイクの強い吸入が内腿を撫で、ひかりはエンジンの息吹を感じた。
魔導プラグが
「回った!」
パパパパパと言う軽い音からボボボという野太い音に変わり、飛行術式が展開された瞬間、術式が消滅してエンジンは停止、ひかりはユニットからエジェクトされた。
どのようなものか分かっていないとはいえ、プロペラ、回転体があるので安全距離を取っていた尚樹は、慌ててひかりに駆け寄って抱き起こす。
落ちてきた木の葉が頭の上に乗り、愛用のヒョウジャージは土埃まみれになっていた。
「大丈夫か!足は……ついてる」
「魔法力が切れちゃいました……」
ひかりの説明により、異空間に収納されると知った尚樹は突然のエンストによって足が切断されてしまわないか心配だったのだ。
だが、魔力が遮断されると回路を切って強制的に射出する安全装置があり、戦闘中の魔法力切れや被弾、故障などによる破壊があった場合にも必ず作動するようになっているのだ。
ひかりは魔法力が途切れる感覚を久々に味わった気がして、ロスマンとの特訓を思い出した。
だが、ロスマンはひかりが転んだからといって抱き起こしてはくれなかった。
そこまで考えが至った時、尚樹の腕の中にいるひかりは体温を感じるとともに異性に抱き起こされていることに気づき、急に照れ臭くなってきた。
「そうか、ケガはないか?」
「大丈夫です!あの、尚樹さん、そんなに見られると恥ずかしいなあ……」
「あっ、ゴメンゴメン。じゃあ俺はユニットを車に積んどくわ」
慌てて飛びのく尚樹。いくら生活を共にしているからと言って恋人でもない女の子を抱きしめ、なおかつ足元を凝視しているなんて社会的にもデリカシー的なものでも不味いと感じたのだ。
ひかりは遣欧艦隊の中でも水兵やパイロットたちからも可愛がられていたが、階級差とウイッチであることからどこか距離を置いていたため、抱きしめられたりするようなスキンシップは初めてで、まるで漫画か小説の中のことのようでドキドキしていた。
「靴、置いとくよ」
「は、はい!」
二人とも顔を見合わせると照れくさい気分になり、顔を赤らめつつ黙々と脚立や消火器を車に積んで始動実験の後始末をした。
ひかりは埃まみれのジャージを脱いで、尚樹がネット通販で購入した青いTシャツの上に薄い白の上着を羽織って車に乗る。
「じゃあ昼前になったし、予定通り温泉に寄って帰ろうか」
「山の中の温泉、楽しみだなあ!」
少し戻ったところに“奥水間の湯”と言う旅館があり、そこが今回のドライブのメインイベントだ。
ひかりは尚樹のノートパソコンに映る温泉の写真と料理の写真にとても興味を持ち、楽しみにしていたのである。
ひとり5200円の日帰りプランは3時間個室が用意されて食事と入浴が出来るもので、到着後にすぐ昼食を取ればあとは温泉が待っているのだ。
2人1部屋で1万4千円ほどするが、せっかく温泉宿に来たのだから入浴だけして帰ると言うのも味気ないだろうという尚樹の心遣いだった。
奥水間の湯に到着し、フロントで予約していたことを告げると尚樹たちは山と川が見える和室に案内された。
机と座椅子の他に電気ポットや液晶テレビ、金庫が備え付けられており、温かみを感じさせる淡い黄土色の壁紙に立派な床の間が設けられていた。
「写真で見てたより広く見えるな」
「尚樹さん、浴衣とかタオルも用意されてますよ!」
「セット料金に入ってるからね、後で使おう」
部屋の名前は「ちどりの間」であり、どうやら1階は鳥の名前で揃えているらしく他にも「うぐいす」や「はつかり」「ほととぎす」と言った部屋があった。
「ちどりの間……ひかりちゃんのユニットもチドリだよね。なにか由来でもあるの?」
先ほどまで試運転をしていたユニットにその名がついていたことを思い出して尚樹は尋ねた。
「チドリはお姉ちゃんのユニットなんです」
「お姉さんって孝美さんだったっけ」
「はい、お姉ちゃんが怪我しちゃったから代わりに私が使ってたんです」
ひかりはかつて艦上で聞いた姉の夢の話をする。
「チドリって世界を旅する鳥なんです、お姉ちゃんはいつか世界を平和にして千鳥みたいに世界を旅してみたいと思って付けたって言ってました」
「へえ、素敵な夢だなあ。ひかりちゃんは何か夢とかってあるの?」
「私の夢は、お姉ちゃんと一緒に戦う事でした。でも叶っちゃったから今度はどうしようかなって」
ひかりは姉への憧れで航空ウイッチになった。
そしてグリゴーリ撃滅から異動までのしばらくの間、ラルの計らいによって哨戒飛行に孝美、ひかり、そして管野が割り当てられて同じ空を飛んだ。
そこで自分の願いが叶ったことを知り、姉の姿を見てロスマン先生の言う「あなたはあなたになりなさい」という言葉の意味を実感したのだった。
ひかりは孝美にはなれない、ひかりにはひかりの戦い方、人生があるのだ。
だからこそ、姉を追いかけることをやめて自分の居場所である502に残ったのだ。
「そうか、叶ったんやね。次の目標はゆっくりと探したらいいよ」
「はい、だから私は勉強して、いろいろなことが出来るようになりたいです」
「おお、勉強が出来れば兵隊を辞めてもいろいろ潰しがきくしな」
尚樹とひかりは会席料理が運ばれて来るまで将来の夢や、502の隊員の特技について話した。
中でもインパクトが強い話に『雷に打たれたり、やたら墜落したりと不運だがキノコや野生動物を狩ってくる金髪でおっぱいおっきいウイッチ』があり、不幸エピソードを聞くたびに尚樹はよく生きているなと驚いてばかりだった。
尚樹がニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長の逸話に感心してると仲居さんが入って来て手早く机の上に料理を並べていく。
先付として“もずく入り冷やしとろろ”、“水玉キュウリ”、“
ひかりはテープのように薄く巻かれたキュウリの飾り切りを眺めて感心する。
「きゅうりってこんな風に薄く切れるんですね!」
「これは板前さんだから出来るんだな、それにしてもここまで薄く出来るって凄いな」
「わーっ、この最中可愛いなあ、甘ーい」
「よかったら俺の分も食べるか?」
「いいんですか?ありがとうございます!」
ひかりの喜ぶ様子に尚樹は思わず、鮎の形をした最中をひかりに渡す。
そうしているとお造り2種盛りがやって来る。
会席料理はお造り、煮物、焼き物、揚げ物、ご飯、留め椀、香の物と続く。
“アジとカンパチの刺身”を食べ終わり、“イカのけんちん煮”、“豚肩ロース石焼”がやって来る。
そして、留め椀の味噌汁と香の物、ご飯を食べながら尚樹は思った。
俺は会席料理をなめていた……と。
一方、ひかりは美味しく綺麗な料理を食べて、夢心地だった。
尚樹と違って、遣欧艦隊の壮行会などで姉の指導を受けながらこうした料理を食べたことがあったのだ。
香の物をご飯に乗せようとして怒られたり、留め椀の汁を最初に飲むと習ったりと散々な思い出だったような気がする。
尚樹もひかりに言われて直しつつ、何とか食べ終わった。
「おいしいですね、尚樹さん!」
「そうやね、この後にはデザートも来るからね」
「えーっと、なんだったかな」
「おっ、来たみたいだよ」
ヨーグルトのブルーベリー和えが青磁の小鉢に入ってやって来た。
よく冷えた白いヨーグルトに藍色のブルーベリーが数粒入り、ミントの葉が乗って清涼感を引き立てる。
「そういえば、ニパさんがこんな木の実をどこからか採ってきてたなあ」
ひかりが行方不明になる前日の事である。
尚樹のニパのイメージが北欧の金髪少女から毛皮を着て雪の中を行く厳つい猟師へと変わり、“ついてない人”から“採集生活で502の食事を支えている猛者”へと早変わりした。
「こういうベリーって北欧原産らしいからな、フィンランドとか……えっと」
「スオムスの事ですね、尚樹さんって木の実のこともわかるんだ」
「ちょっと前まで目に良いっていう健康食品のテレビCMで繰り返しやってたんだよ、」
「目に良いんですか?」
「うん、ブドウとかの皮の藍色の成分、アントシアニンがよく効くんだってさ」
尚樹は刷り込みのように「ブルー」と「アイ」を連呼するCMの受け売りをする。
「あっ、だからクルピンスキーさんはいつも
純粋なひかりは美味しいぶどうジュースを飲むことによってクルピンスキーがモチベーションを保っていると思っていたが、どう聞いても尚樹にはアルコールの匂いしかせず、「気持ち悪い」と言っていたという話を聞いて二日酔いであると確定した。
「ひかりちゃん、それは多分……」
「たぶん?」
「ひかりちゃんはあと5年くらい待ってね、とくに日本では」
現代の自衛官だった尚樹は「勤務中に飲酒は不味いだろ」と思ったが、「第2次世界大戦中でなおかつ飲水に適さないような欧州なら仕方ないか」と突っ込まないことにしておいた。
決して、ひかりが戻った時に
昼食を終えると、二人は貸与のフェイスタオルとバスタオル、そして着替えの浴衣を入れた迷彩のランドリーバッグを持って浴場へと向かう。
「上がったら向こうの自販機コーナーで待ってるから、ゆっくりしていってよ」
「はい」
尚樹とひかりは男湯と女湯ののれんの前で別れ、更衣室へと入っていった。
石造りの露天風呂に入り、すぐそばを流れる川のせせらぎと鳥の声を聞きながら尚樹はふと考える。
ひかりが1945年の異世界から2017年の日本にやって来て、明日でまる一週間となる。
とりあえず、彼女のためにいろいろ準備して様々な家電の使い方も教えた。
しかし帰すつもりならばあまり現代に適応させ過ぎないほうがいいのではないかとも思う。
となると、今、自分がやっていることはひかりをただ甘やかしているだけであって、本当は帰って欲しくないと感じているのだろうか。
家に帰れば電気が付き、家に居る可愛い美少女と二人で晩飯を作って食べる日々はとても楽しい。
しかし、ひかりを探しているであろう仲間や実家にいる両親のことを考えると、いつかは決断しなくてはならないのだ。
もし戻れなかったら、捨て子や記憶喪失などの身元不明者などのように家庭裁判所の許可を取り無戸籍者として“就籍届”を出す。
家裁の就籍許可審判がどうなるかわからないが、とりあえず見た目が日本人に近く流ちょうな日本語を話すひかりは聞き取り調査でネウロイとユニットの事を伏せれば新戸籍を得て生活できるだろう。
だが、そうした手続きを取ってしまえば、もうこちらの世界に定住が決まったようなものだ。
尚樹は帰れないと知った時のひかりの気持ちを考えて、就籍の話を出すのはもう少し待とうと思う。
「戸籍は何とかなっても、帰れるんなら帰った方がいいよな。向こうで戦死扱いになってるだろうしな……」
尚樹が露天風呂の中で一人悩んでいるころ、ひかりは洗い場で体を洗っていた。
備え付けのリンスインシャンプーやボディソープがあったが、木酢液のシャンプーやボディソープ、洗い網の試供品が置かれており、ひかりは琥珀色の液体が入った容器を手に取った。
容器には“紀州産木酢液の液体石鹸”というラベルが貼られており、売店にて販売中と記されていた。
「これって売店で売ってるんだー」
洗い網に木酢液ボディソープを付けて擦るとよく泡立ち、埃っぽかった身体の汚れが良く落ちているような気がした。
ひかりは欲しくなったが、自分は居候の身であり一銭も払っていないことに思い至った。
「私、ここに来てからもらってばっかりだ……」
どうすれば恩返しが出来るか考えたひかりの中で、ある結論が出た。
この世界では身分もなく就労は難しい、そこで下原やジョゼのように料理や家事ができれば、仕事に行って疲れて帰って来た尚樹に喜んでもらえるのではないかと。
母が父のために家のことをいろいろとしていたのを見ていたひかりは、今の自分が出来そうな事だと感じたのだ。
「よし、明日からがんばろう!」
ひかりは体を洗い終わると、室内に設けられた小さなサウナに入ってテレビを見る。
重油ボイラーで焚いておりなおかつ密閉度が高いため502基地のサウナより温度が高く、汗が勢いよく噴き出す。
“こっちじゃ扶桑にもサウナがあるんだ”とひかりは思って入ったが、ニパや管野と言ったいつものメンバーが居ないと話し相手もいないため、置いてある砂時計を弄ぶ。
ガラスの向こうのテレビではバラエティ番組がやっていて、落語家がさまざまな物件を紹介するコーナーが流れていたが特に興味もなかったのでだんだん退屈に思えてきたのだ。
早々にサウナを出ると水風呂で水を被り、この温泉宿の目玉である岩風呂の方へと向かった。
窓から差し込む陽光を浴びて金色に輝く天然のナトリウム泉が岩で組まれた浴槽から溢れている。
掛け湯をして岩風呂に入ると、温熱効果から体がとても温まる。
特にひかりはサウナからの水風呂で一気に毛穴や血管を収縮させていたものだから、より暖かく感じていた。
「やっぱり温泉は良いなあ……」
尚樹宅の風呂と違い思い切り手足が伸ばせる上に、ナトリウム泉の独特な臭気が温泉に来たと実感させてくれる。
あまりの気持ちの良さにひかりは久々に湯船で寝そうになり驚いた。
ひかりが風呂から上がると、尚樹は自動販売機コーナーでコーヒー牛乳を買って座っていた。
「尚樹さーん、お待たせしました」
「いいや、俺も今上がったところだよ、そうだ、なんか飲む?」
「ジュースですか?」
「うん、ジュースでもいいし、あっちの牛乳でもいいよ」
「やったぁ!どれにしようかなぁ」
いつもより髪も肌も艶やかで、女性用の薄いピンクの浴衣から伸びる細い手足に尚樹は色気を感じてどきりとするが、悟られないようにひかりを自販機へと促す。
ジュースにするか、それとも牛乳にするか迷っているひかりのうなじからはとても良い匂いがした。
「うーん、じゃあ尚樹さんが飲んでるのでいいです」
「おお、コーヒー牛乳かぁ。やっぱり風呂上りはこれに限るね」
「コーヒー……コーヒー牛乳って苦くないんですか?」
「コーヒー牛乳はめっちゃくちゃ甘いよ、牛乳が苦手な子供でもこれは飲めるっていうね」
尚樹と同じ物を買ったひかりは、ロスマンに入れてもらったコーヒー(代用品)がとても苦かった経験からおそるおそる口を付けた。
「あまーい、これなら飲めますね!」
「だろう?俺も昔は普通の牛乳の味が苦手でコーヒー牛乳にしたもんだ」
コーヒー風味の味にまろやかさのある甘い牛乳はひかりに感動を与えた。
「コーヒー牛乳って作れるんですか?」
「俺が小学生の頃にはそういう粉が学校給食、学校で食べる飯に出たんだよ」
「へぇ、私たちはお弁当だったなぁ」
尚樹は学校給食制度っていつから始まったのだろうかと考えながら給食の話をする。
ひかりは日本の給食制度に驚きながら、かつての失敗を思い出した。
「そういえば、一度お弁当を家に忘れてお姉ちゃんにご飯を分けてもらったなあ」
「おいおい」
当時低学年だったひかりがお昼に鞄を開けると、母親が入れてくれたはずの弁当の包みが無くてとても悲しい気持ちになった。
そして、恥を忍んで友達にご飯をもらおうかどうか悩んだ時に、上級生の教室から孝美がやって来たのだ。
「ひかり!」
「お姉ちゃん!」
「あなた、お弁当忘れたでしょ、お姉ちゃんのお弁当半分あげるわ」
「お姉ちゃんありがとう!」
この件は雁淵姉妹の仲の良さを物語るエピソードとして同級生の間で長く語り継がれることになった。
尚樹は「よくお姉さん気付いたなあ」と思うと同時に、俺なら何も気にせずに食べおわり、弟の教室に行かないような気がするなと思った。
コーヒー牛乳を飲んだ後ゲームセンターなどで遊んでいたら、いよいよ退出期限の3時間が近づいてきていたので尚樹たちは浴衣を返し、時間の少し前にチェックアウトした。
奥水間の湯を出た二人は曲がりくねった山道を通って家へと帰る。
「ひかりちゃん、楽しかった?」
「はい!楽しかったです。できればまた来たいなぁ」
「それならよかったよ」
尚樹にとってもここ数年で一番楽しい日曜日だった。
よい運転の3要素は、強い圧縮、適正時期に強い火花、よい混合気ですが、魔導エンジンはおそらく強い火花(イグナイタなど)に魔法力を使ってるのではないかと思いました。
だからアニメでプラグの調子を見る描写が多いのではないでしょうか?
資料集とか何にもないのでレシプロストライカーの構造はわかりませんが。