「はっはっは。君が私の護衛をしてくれるのかね? 随分と若いが、頼りにしているよ」
「よろしくお願いします」
15才になった僕は、はじめて護衛としての仕事をもらった。7才から父と訓練を始め、剣の腕をあげたところで父が依頼を貰ってくれたのだ。僕たちの家はハイラル城の要人を守る護衛業を任されており、父は僕の初仕事の日でも別の仕事を貰っていた。しかも父は、ハイラル王の護衛だ。
僕は父から受けた、今日の要人の軽い説明を思い出す。ハイラル城の王女ゼルダ姫の教育係を代々勤めている男であり、資産は非常に豊富だそうだ。そのためいろんな悪党に財産を狙われているらしく、それで僕に頼んだそうだ。なぜ経験豊富な父に頼まなかったのかは正直わからないが、仕事がもらえるだけでもありがたい。僕は意気揚々と彼の家に上がり込み、頭を下げた。
「では早速だが、仕事を頼むとしよう。すまないがこの教科書を下の荷台に積んでおいてくれないか?」
「はい、分かりました」
なにも近衛の仕事はーー尤も近衛は姫や王を守る役職であるので適切ではないがーー護衛だけではない。敵が来ないときは雑用をするのが当たり前だ。事前に父にそう教え込まれていたので特に抵抗はなく、黙々と仕事に取り組んだ。
一時間くらいかけて仕事を終えると、要人は満面の笑みを浮かべて食事にしようといった。10人は座れそうなロングテーブルに、きらびやかなシャンデリア、海のように深い青を湛えたテーブルクロス、そして香ばしい匂いを放つ料理を前に僕は硬直し、その様を要人は笑った。ウチも貧乏ではないにせよ、ここまで豪華絢爛な食卓ではない。僕はつい最近教わったテーブルマナーを頑張って思い出しながら、食べたこともないような美味なる料理を楽しんだ。
食事を終えると僕は皿洗いを手伝うよう命じられた。女中さんが不器用な僕にいろいろと教えてくれたおかげで随分はやく終わった。
その後は、玄関での警備。泥棒などの侵入を防ぐためだろう。僕は背に仕舞ってある銀に光る剣を布で吹きながら、空をずっと眺めていた。
その時、僕の鼓膜に足音が聞こえた。僕はピタリと手を止めて剣を抜き払った。しゃらんと音が響くと、ひっと怯えるような声が聞こえてきた。僕はその声の方向を歩いていき、侵入者とおぼしきものを探す。
果たしてそこには、人がいた。薄汚い布を羽織り、髭は全く剃っておらず、痩せこけた男だった。かすかに異臭もし、鼻にいやな刺激が走る。その男はとても怯えており、涙を浮かべながら口をパクパクさせている。どう見ても、怪しい。僕は素早く彼の右手首を握り締め、奴はあっと短く悲鳴をあげながらも僕はコソドロを引っ張っていった。
「コソドロめ。こっちにこい!」
「ま、待ってください! 私はそんなんじゃーー」
彼が言い終える前に僕は首根っこをつかんで引きずり、男を屋敷へと放り込んだ。その騒ぎに女中が気づき、要人を呼んだ。
僕は要人に事情を説明し、奪い返した袋を渡すと要人は溜め息を吐いてその男を睨み付けた。
「悪いがお前のようなコソドロに渡す財産などない。あるとすればお前をとっちめたこの男に渡すぞ」
「ま、待ってください! 私はあなたに話をしに来たんだ!」
「話だと? どんな話だね?」
「融資の話です! 私の営んでいる教科書店にはどうしても資金が足りません! でも今度は成功します! 結果を出しますから、融資をお願いします!」
「赤字経営が2年も続いていると言うのにか? そもそもそんな身なりじゃ商売などできんだろ」
「切り詰めているんですよ! そうでもしなければやっていけません! それでも足りないくらいなんです!」
「見込みがないのに私の教科書やお金を使わせるわけにはいかんな。残念だが、お引き取り願おうか」
「そ、そんな! どうか、そこをどうか……!」
なんだこれ。
僕は唖然と両者を見ていた。要人は顔をしかめており、コソドロの方は涙を流しながら地面を這いつくばり、要人に必死に頭を下げている。言っている内容は、まだ若すぎる僕にはよくわからない。融資だのお金だの、はっきりいってよくわからない話だ。
だけど、僕は感じ取った。この要人は、人情に欠けている。こんなに頭を下げているのに、なぜ聞いてあげないのか。僕は全く事情を知らないから完全には断定できないが、この要人は酷い人かもしれない。僕はそう思ってしまった。
「どうかお願いします! お願いします!」
男はそう涙をこぼしながら言うと、要人の足にしがみついた。要人はビクッと体を震わせて、大声で僕を呼んだ。
「リンク、こやつをつまみ出すんだ!」
「そ、そんな!」
僕は少し抵抗を覚えた。だが、依頼人からの命令だ。逆らうことはできない。僕は彼の首根っこをつかむと、外へと引きずった。その間も彼は喚くのをやめない。
「私は必ず成功させます! だからどうか、どうか!」
手の力を緩めようか迷った。だけれども、依頼主の言うことは絶対だと父に教わった。僕は声をシャットアウトするように強く瞳を閉じ、ドアの外へと放り投げた。
悲鳴と怒号が閉まったドア越しに響くなか僕はそそくさと要人の元へと戻る。ご苦労様と僕を労ったあと、彼は近くに置いてある紙煙草を吸った。
「あの……ひとつ聞いてもいいですか?」
「なにかね?」
僕は、少し俯きながらも、口を開いた。
「さっきの人、すごく必死そうでした。本当に追い出してよかったんですか?」
「……子供にはちょっと難しい話だが、結論だけいってしまえばそうだ。私のためには、どうしても追い出さなければいけないんだ」
「……それって自分勝手って言うんじゃないんですか?」
僕は少しムッとしながら言った。もうこの時点で本来は首になる。だが、要人は気にせず返した。
「確かにそうとも言えるだろう。だが、自分勝手でないと生き残れないんだ。何でも人を助けてればいいというものじゃない。困っている人を助け続けていたらいずれは身が持たなくなる。ましてや金を貸したのに返さないものなんぞ、優先順位は下の下だよ。モノを返してくれない人は嫌だろう?」
「……確かにそうだけど」
「……まああんな風に泣きつかれると同情してしまうのもわかる。そう同情すると言うことはまだ君が良い子と言うことになるな」
ただと、要人は一言区切って僕に言う。
「感情で動いていいときと悪いときがある。特に君は有名な家の息子であり、素質も十分だ。だから私と同じか、それ以上に注目されるかもしれないな。そういう人間ほど、使い分けが重要なのだ。まあまだ早い話ではあるかもしれないがな」
余りよくわからない。僕は首をかしげてしまう。そんな僕に要人は笑いかけて、煙草を灰皿へと押し付ける。
「まあ私が言いたいのは、さきほどの行為は余り気にするなと言うことだ。さて、警備の時間はまだ残っているはずだよ。それが終わったら、帰っていいからね」
「……はい」
まあもう余計なことを考えるのはよそう。僕は立ち上がって外へと向かい、再び警備に勤めた。
しかし、さっきの人は大丈夫だったのだろうか。助けを求めたのに答えてくれず、今ごろどうしているんだろうか。僕には知る術はないのだけれど、やはり気になってしまう。
感情で動いていいときと悪いときがある。この言葉の意味が、まだ僕にはよく分からなかった。困っている人を助けるのは当然じゃないのか。それが人として普通じゃないのか。僕はそうかたくなに信じていた。
だけど、あの人は貸したお金を返さなかった。だから一概に要人を悪だとは言えない。というかあんな態度をとるのが普通だとすら言える。
「分からない……」
子供である僕には善悪でしか判断基準がない。だからこの問題を解決できない。きっと、大人にしか分からないのだろう。
僕はふうとため息をつくと、青空をじっと見つめ続けるのだった。
リンクは、少しずつ世の中を理解していきます。