(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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鉄血の子と《黒銀の鋼都》ルーレ③

 翌朝、リィンは班員達にクレアとの会話から得た情報を《騎神》関連の情報を除いて班員達に説明。領邦軍と鉄道憲兵隊が一触即発の状況にある事、そしてそれにはラインフォルト社の各派閥も大きく関わっている事を説明した。流石にショックを受ける様子のアリサに気づきつつも、リィンは自分自身にも言い聞かせるように、未だ士官学院生に過ぎない自分たちが首をツッコめるような案件ではない事を説明。大人たちの忠告通りに、課題を大過なくこなすようにする旨を伝えて、課題である《ノルティア街道の魔獣退治》を大過なく終えて、ルーレへと帰還するのであった。

 

 しかし、帰還したリィンたちを迎えたのは鳴り響くサイレンの音とラインフォルトの工場から黙々と立ち昇る黒い煙。異常事態を察して現場へと急行したリィン達は、正体不明の魔獣のような存在が中で暴れていること、そして逃げ遅れた工員たちがまだ工場内に居る事を伝えられると、すぐさま決断を下し、工場内へと突入する。

 何故ならば軍人の使命とは祖国と、それを構成する罪なき民を護る事にあるのだから。危機の輪郭を見極めた上で誰かがやらねばいけないのならば、それを力なき民の代わりに担うのこそが軍人なのだから。此処で我が身を可愛がっているような者に軍人になる資格など無いとそうリィンは鋼の意志を燃やして。

 

・・・

 

「く、来るな……」

 

「女神よ……」

 

 突如として現れた巨大な兵器それを前にして取り残された工員達は立ちすくむ。警備を担当していた兵士達がどうにか携帯していた導力銃にて応戦を試みたものの結果はその分厚い鋼鉄の装甲を少しへこむのがやっとという無慈悲な結果に終わった。基より彼らは正規の軍人ではない、多少の訓練を受けた民間人でしかない。その光景を前にあっさりと彼らの戦意をへし折られる、むしろ工員たちを見捨てず逃げ出さなかっただけ称賛されて然るべき職業意識と言えるだろう。

 そして荒事の経験などない工員たちはその威容を前にただ立ちすくむしか無い。人間相手であれば命乞いも出来るだろう、されど無機質な機械相手にはそんなものをしたところで一体何の意味があるだろうか。故に、彼らに残された手段はただただ祈る事のみ。

 辛い時、苦しい時にどこからともなく現れて助けてくれる無敵の英雄、そんな存在を女神が遣わしてくれる事を祈って。特別じゃない、自分たちを護るために戦ってくれる英雄の到来を待ち焦がれて。向けられる銃口を前に、そんな叶うはずもない祈りを抱きながら彼らを目をつぶって死を覚悟する。

 ある者は残す事になる愛する家族の幸せを祈りながら、ある者はこんなところで終わる自分の運命を呪いながら、皆自分たちが一体何をしたのかとこれを仕組んだ犯人たちに対する怒りを抱きながら。

 

 瞬間、甲高い金属音が鳴り響く。そして予期していた痛みは何時までも全身を巡る事無く、恐る恐る彼らが目を開けるとそこに居たのは双剣を携えた若き“英雄”の姿。その「絶対に護る」と何よりも雄弁に示す覚悟に満ちた背中を目にした瞬間に、魂が叫びだす「ああ、自分たちは助かったのだ」と。

 その表情には未だどこか年相応の少年らしい幼さが見え隠れする、単純な年齢で言えば未だ成人にも満たないだろう。しかし、彼らの心には“不安”の文字はなかった。何故ならば、この若者は自分たちなどとは違う存在(・・・・)だから。歴史の中で幾多もいた凡百として埋もれていく自分たちなどと違い、その名を響かせる事となる紛れもない“英雄”だから。そう、彼の名は《リィン・オズボーン》、革新派の、そしてエレボニア帝国の誇る最も新しき“英雄”がありふれた悲劇を覆すために当然のように舞台へと現れた。

 だからそう、自分たちは助かるのだ。何故ならば“英雄”がこんなただの機械如き(・・・・・・・)に負けるはずがないのだから。ただ、黙って彼の勇姿を見ているだけでいい。そして終わった後に涙を流しながら感謝の言葉を告げれば良い、英雄の日常を彩る端役として。

 それは単なる現実逃避なのかもしれない、何故ならばこれは物語などではなく現実なのだから。素晴らしい人物だから遅れを取らない、負けないというわけではない。素晴らしかろうと弱ければ、いや相手より強くとも何が原因で命を落とすのかわからないのが戦いなのだから。されど、その場に居る者達にはとてもではないが、目の前の英雄がただの機械に負けるところなど想像が出来なかった。

 だってそうだろう?見るだけでわかってしまうのだから、彼がどれだけ本気で自分たちを護ろうとしているのか。こんな物語の主人公のような存在をその目で見たことなど無かったのだから。《帝国時報》で書かれていた彼に対する賞賛の記事は嘘や偽り等ではない、真実なのだと心の底から理解できてしまったのだから。

 

 そして繰り広げられた光景は彼らの抱いた期待を一切裏切ることがなかった。鎧袖一触、英雄の振るう双剣は鋼鉄の身体をまるでバターでも切り裂くかのように両断し、わずか二撃であっさりとそして順当にその機能を停止させた。

 

 

「皆さん、お怪我はありませんか」

 

 そしてその若き救い主は心から慮った表情を浮かべながら、優しく声をかける。

 そこには救ってやったのだという驕りを感謝や称賛を求める心もない、そんな様がまた救われた者達の感動を助長する。ああ、本当にこんな人間が居るのだと。見も知らぬ誰かのために真実本気で、躊躇いなど見せる事無く全力で護らんとする“英雄”と呼ばれる存在が。

 

「ああ、ありがとう。本当になんとお礼を言って良いのやら……」

 

「お気になさらず、それよりも此処は危険です。速やかに避難を。我々が出口まで案内いたします」

 

 我々という言葉に辺りを見回すとそこには目の前の“英雄”と同じような制服に身を包んだ若者たちが居た。ただこの少年たちは、なんというか年相応(・・・)であった。

 おそらく彼らもまた自分たちを助けに来てくれたであろう事を思うと、こういっては失礼なのだろうが、少々頼りなく思えた。

 無論、そんな失礼なことは口には出さない、黙って頷き導かれるままに脱出し、無事九死に一生を得るのであった。

 そして彼らは日常へと戻っていくのだ、世の中には本当に“英雄”と呼ばれる存在が居るのだという事を心に刻んで、時に酒の肴にでもしながら。

 

 

・・・

 

 そんな風に無事救出に成功したリィンだったが、その表情は若干浮かないものであった。

 緊急事態ゆえ止む得なかった事だし、自らの行いに一切の後悔はない。あそこで動けない軍人に一体何の価値があるのかとそう思っている。

 しかし、それはそれとして義姉に釘をさされて起きながら昨日の今日でこれというのは、これから待ち受ける義姉のお説教を思うと若干気が重くなるというものであった。無論、リィンとしても反論の余地はある。

 今の自分が遅れを取るような敵等そう滅多なことでは居ない、故に自分があの時突入したのは人命を思えば間違いなく最適解だったと。だが、現実問題自分は未だただの学生に過ぎないのだ。明確な指示もなしに、独断で勝手な行動をとった勇み足と言われればそれに対して返す言葉はない。

 

(ああ、そういえばケルディックの時も似たような事を言われたな)

 

 つくづく、未だ学生である我が身が恨めしい。既に軍人として働いても何ら問題ない事を自分はクロスベルの一件で示した、そのはずだ。自惚れではなく、今の自分ならば鉄道憲兵隊でも機甲師団でも、将校として任官しても問題なくやってのける自負がある。されどいくら能力がそうであってもその立場と権限を未だ自分は有していない。それが、なんとももどかしくてしょうがなかった。

 無論、組織に入れば学生の時にはなかった様々なしがらみがあることはリィンも熟知している。学生だから軽んじられているというのは逆を言えば、学生だからこそ大目に見てもらっているという事でもあるのだと。されど、リィンはそれこそがもどかしくてしょうがないのだ。過ちを犯したのならば、学生だからと大目に見るのではない一人前の大人として正当な罰を下して欲しいのだ。

 

「なーにしかめっ面してやがんだよ。そんなにあの美人な義姉ちゃんに怒られるのが嫌なのかよ?」

 

「別にクレア義姉さんに怒られる事、それ自体が憂鬱なんじゃない。たかだかこの程度の案件で義姉さんを心配させてしまう我が身が不甲斐ないだけだ」

 

 ニヤニヤとからかい混じりに問いかける親友のその言葉にリィンは若干苛立ちながらもぶっきらぼうな口調で応える。自分は断じて義姉が怖いわけではないと。

 

「うーん、その辺りはどっちかというとお前さんよりも向こう側に問題があるんじゃねぇかって気もするけどなぁ。

 帝都の一件以降のお前さんと来たらサラとも渡り合える位の実力なわけで、赤い星座なんて連中ともクロスベルじゃどんぱちやり合ったわけだろ?

 正直、そんなお前さんが遅れを取るような怪物が相手だったら、それこそ宰相閣下ご自慢の鉄道憲兵隊だって対処できるかどうか怪しいレベルだろ?」

 

「それはまあ、確かにそうだな」

 

 こと単純な戦闘力で言えば今の自分は“奥の手”を抜きにしても義姉と五分以上に渡り合えるだろう。

 “奥の手”を加味すれば今の自分より明確な格上と言えるのはそれこそ、《獅子心十七勇士》にも列席されている方々位だとそう自負している。

 

「じゃあよ、つまりお前の義姉ちゃんがお前を心配しているのは実力だとかそういうもんじゃなくてもっと根本的なところだよ。

 お前さんが義弟だから(・・・・・)心配なんだよ。まだ学生だからとかそういうのは皆お前さんを言いくるめるための方便だろうさ

 だから例えばお前が帝国最強と呼ばれるような存在になって、元帥だとかそういう地位になっても変わらずお前の事心配するんじゃねぇのか?」

 

 告げられた言葉にリィンは目を丸くする、リィンの中でのクレアは普段はまさしく空の女神の如き深い慈愛を持った優しい淑女でありながら、有事の際には情を切り離し理によって行動できる模範的な軍人であり、自分の目標とすべき憧れの存在という認識だったからだ。

 故にそんな優秀な姉にしてみれば自分はなんとも危なかっしく映るからだと、そう思っていた。しかし、目の前の悪友はそれを否定する。

 鉄道憲兵隊大尉として危なっかしい後進を諌めているのではない、単純に義弟を思う義姉心なのだと。

 

「なるほど、そうなると甘んじて受け入れるしか無さそうだな」

 

 苦笑交じりにリィンはそう告げる。理を超えた思いに起因するものならば、それはもう甘んじて受け入れるしか無いと、少し前にそんな思いをぶつけてきた一番大切な少女の事を思い出しながら。

 

「それにしても領邦軍の連中は遅いですね。昨日アレだけ、あくまで鉄道憲兵隊は他所者でしか無い。この地を真に護れるのは我々だけだ、などと豪語していたにも関わらず」

 

 不機嫌そうなマキアスの何気ないボヤき、それを聞いた瞬間にリィンの頭が高速で回転しだす。

 そうだ、領邦軍は何故来ていない。街に到着したばかりの自分たちがサイレンの音に気づいてすぐに駆けつける事が出来たのだ。当然駐屯している領邦軍が気づかないなど有り得ない、あまつさえ鉄道憲兵隊の後手に回るなど。いくら義姉の行動が迅速であり、領邦軍の指揮官が無能だったと仮定するにしても余りに到着が遅すぎる。

 まるでこちらのことなど端から眼中になどないかのようにーーーー

 

「お疲れ様でした皆さん。軽傷を負った方は幾人か居ますが、重傷以上の方は皆無。被害の方もなんとか軽微で済みました」

 

 そんなこちらに対する労いの言葉をかけながらこちらへと歩んできたリィンが心からの信頼を寄せる女性、それを確認した瞬間にリィンは弾かれるように声を挙げていた

 

「リーヴェルト大尉!領邦軍の到着が余りにも遅すぎます!おそらくこちらはただの陽動です!」

 

 突如として叫びだした義弟の様子に最初は面喰らった様子を見せていたクレアだが、その意味するところを瞬時に理解する。

 やられたと、そんな思いと共にすぐさま部下達へと指示を下そうとした瞬間

 

「クレア大尉!!」

 

「ザクセン鉄鉱山の方に動きが!!《帝国解放戦線》なるテロリスト共に占拠されたと!!」

 

 血相を変えて現れた隊員たちが齎した凶報、それはこちら側が完全に後手を踏んでしまった事を示すものであった……




原作→6人がかりでそれなりの時間をかけてゲシュパードGを倒し終えるとクレアさんが部隊を率いて到着
今作→オズボーン君が人間の領域を超えた全力疾走で現場に到着。ゲシュパードGを一蹴したため、残された工員達の避難を終えたところで到着したクレアさん達と遭遇

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