クレアさん「危機の輪郭を見極め出来るだけ近寄らないでください」
リィン「了解。神気合一(ザクセン鉱山に潜入して人質救出、テロリストと交戦)」
なお、これに対して被告は「赤い星座に比べれば帝国解放戦線の相手とか別に無茶でもなんでもないし……」などと反論している模様。
人形兵器による工場の襲撃事件という陽動にまんまと引っかかってしまった《鉄道憲兵隊》は完全に後手へと回った。クレア達がそちらの事件へと対処している間に、領邦軍がテロリストが占拠した《ザクセン鉱山》を完全に封鎖してしまったのだ。
無論、軍人の使命が自国民の生命と財産の保護にある以上、この対処は止む得ざるものであっただろう。実際、今回の一件で工場に居たもの達は対処してくれた《鉄道憲兵隊》への信頼を深め、現れもしなかった《領邦軍》に少なからず不審感を抱いたという点では決して無意味でも無駄だったわけでもない。
しかし、現実として《ザクセン鉱山》の占拠という帝国の屋台骨を揺るがす事件に対して後手へと回ってしまった事は事実であった。封鎖を行った領邦軍は人質に取られた者達がいる上に、下手に刺激をすれば鉱山そのものを吹き飛ばされかねないと入り口を封鎖するだけして鉄道憲兵隊の介入を頑なに拒んでいた。
もっともらしい理由をつけているが、昨日市民に犠牲が出る可能性もありながら、街中で装甲車を持ち出した強硬姿勢を思えば、
そうしてザクセン鉄鉱山に赴き、そんな状況を確認してルーレへと帰還したリィン達に実家の不正を嗅ぎつけ、導力バイクにて駆けつけたアンゼリカとジョルジュが合流。人質にされている鉱員達はラインフォルトの社員でもあると意気込むアリサと領民を護るのが貴族の務めと常に無い真面目な様子なアンゼリカの二人は、
「というわけで、これより自分たちは《ザクセン鉄鉱山》へと突入して人質の救出を行います」
「リィンさん、貴方は私の昨晩の話を聞いていましたか?」
あ、この声はかなり怒っているなとリィンはその優しい声色を聞いた瞬間に思った。
ちなみに通信機の向こうのクレアはとても綺麗な微笑を讃えている。ただし、傍で見ている隊員たちが思わず声をかける事を躊躇うような威圧感を身に纏っているおまけ付きだが。
「もちろん拝聴しておりました、大尉の貴重な金言、一言一句漏らすことなくこの胸に刻んでおります」
「では一体どういうつもりで、そんな提案をしているのですか?“危機”の輪郭を見極めて、出来るだけ近寄らないようにするべきだと、そう伝えたはずですが?」
「ですが、それは背中に護るべき民が居ないときの話です。今、こうして悪逆なるテロリスト共に生命を脅かされているエレボニアの民が居る。ならば、例え危険だろうとその身を惜しんではいけないのが軍人のはずです。違いますか、リーヴェルト大尉」
「……貴方はまだ軍人ではありません。あくまで士官学院生です、故にそれは我々が果たすべき役割です」
真剣そのものの口調で伝えられた義弟、否後進の言葉にクレアも真剣な様子で応える。しかし、事此処に至って、リィンとて引き下がる気はなかった。
「ですがリーヴェルト大尉、
「…………」
「自分ならば解放戦線の連中に遭遇したとしても遅れは取りません。
そしてテロリストにしても領邦軍にしても意識がそちらに向いている以上、我々はこの上なく虚をつけるはずです」
何故ならばリィン達は未だ学生に過ぎないから。宰相直属の最精鋭部隊たる《鉄道憲兵隊》に対しては意識を割いていたとしても、いやそちらに意識を割いている以上実習に来ている士官学院生等という存在への注意はどうしても疎かになるはずだと主張するリィンの提案にクレアは理があることを認めた。
クレアとてむざむざ手を拱いているわけではない、領邦軍の封鎖を突破すべき手を色々と打っているわけなのだが、そうして解放戦線と交戦状態に陥った時に事前に人質が解放されているに越したことはないし、事前にリィン達が潜入を果たしていれば色々とやりやすくはなるだろう。
「加えて言うなら、我々はオルヴァルト殿下が理事長を務めていらっしゃるトールズ士官学院の現役生です。
社員が拘束されているイリーナ会長の了承も頂ければ、領邦軍とてあまり強くは出れない、違いますか?」
《ザクセン鉄鉱山》はその重要性からこの地を治めるログナー侯爵家ではなく、皇室直轄となっている。故に皇族が理事長を務めている大帝縁の名門たるトールズ所属のリィン達が、理事を務めるイリーナ氏より自社の社員の救出を依頼されたという体裁を取れば、領邦軍も余り強硬に出る事は出来ないだろう。何故ならば、その件で不法侵入の罪にでもリィンたちを問おうものなら、それはつまり領邦軍がザクセン鉄鉱山の警備の責任を担っていたと主張するようなもの、なし崩し的にテロリストに占拠された責任も取らなければならなくなるのだから。
無論肝心要の皇族の方々に咎められれば一巻の終わりだが、Ⅶ組の活動に好意的なオリヴァルト皇子の人柄等からその心配は薄いだろう。好意に甘えるような形で申し訳ないが、事態が事態だ。使えそうな権威には素直に頼らせてもらうとしよう。
「……わかりました。ただし、絶対に無理だけはしないこと。人質と、そして自分たちの安全を最優先に動く事。良いですね?」
公人と私人の間での葛藤の末、クレアは深い溜め息を尽きながらリィンの作戦を渋々許可する。
リィンの提案は公人としてみればクレア達にとってメリットしかないものだった以上、反対する理由は基より自分の個人的感情以外に存在しない、故にこその判断だった。
「うん、肝に銘じておくよ、クレア義姉さん」
その言葉を最後にリィンは通信を切り、己が親友と後輩たちの方へと視線を寄越して
「というわけで、後はイリーナ会長を何とか説得するだけだな」
今回の作戦の決行、それにはRFグループ会長たるイリーナ・ラインフォルト氏を口説き落とす事が前提となっている。
勝算はある。イリーナ氏の人格は娘であるアリサからも聞いたことである程度は把握している。
イリーナ氏は徹底したリアリストだ。情を介在せずに実力と実績を重んじ、そして企業のトップとしてRF社のメリットを第一に行動している。
故にこそ提示すべきは、作戦の勝算と作戦が成功した結果のメリットの提示。これを行えばいい。
要は学院生である自分たちにザクセン鉄鉱山に潜入して、鉱員を救出するという依頼をしたというリスクを上回るメリットを示せば良いのだ。必要なのは帝国軍人としての誇りや人としての道義といった情に訴えかける事ではない。どこまでも理に基づく具体案だ。
おそらくリィンがただの士官学院生であればイリーナ氏を説得する事は困難を極めただろう。だが今の自分にはあの赤い星座とやり合ったという実績がある。この実績を基にこちら側に犠牲者が出る可能性は極めて少ないこと、そしてその上でこの非常時にRF社の会長が直々に社員達の安全を確保すべく動いたという事実が与える影響、それらを説けば十分に了承を得る自信がリィンにはあった。
「……先輩、母様の説得なんだけど私に任せてくれないかしら」
そんなリィンの思考を遮るように班員であるアリサが静かな決意をその瞳に湛えながらそんな宣言を行っていた。
「勝算があるのか?」
「ううん無いわ、そんなもの。でも娘としてラインフォルトを継ぐ者として、どうしても伝えたい想いがあるの。だから、お願い」
「……わかった。君に任せよう」
もしも上手くいかなかったときは改めて自分も説得すれば良いなどと思いながらアリサのその意気を買い、一行はRF社の会長室へと赴くのであった……
・・・
「およそ幼稚で、勢いだけの発言だけど……まあ今の貴方が紡げる言葉としては上出来でしょう」
アリサの言葉、それを受けてイリーナ氏はそんな事を言いながらほんのかすかだが微笑を讃える。
そこにはRFグループ会長としてではない、確かな母としての愛情が見えるものであった。
しかし、そこでイリーナ氏はどこか見定めるような顔をして
「それで意気込みはわかったけど、具体的にはどうするつもりなのかしら?
これは訓練ではなく相手は手段を選ばないテロリスト、そんなところに勝算もなしに
さあ、自分を納得させるだけの根拠を示して見せろというそのイリーナ氏の問いかけにアリサは不敵に笑って
「もちろん、作戦ならちゃんと用意しているわ。リィン先輩がね!」
「こちらが今回の作戦案になりますので目を通して頂ければと思います」
「……具体的な作戦行動に関してなんては流石に門外漢だわ。シャロン、目を通して頂戴」
「はい、かしこまりました」
いや、メイドもこの手の分野に関しては専門外なのでは?という当然過ぎる疑念が一行の頭に過るがそれを封殺する。
目の前のメイドに関して言えばメイドと言う名の護衛も秘書もメイドも兼ねたイリーナ氏の万能の補佐役とでも認識したほうが良いだろう。
「……流石はリィン様、ほとんど文句のつけようがないかと」
シャロン・クルーガーはそうリィンの作戦案を評する。リィンにしてみれば義姉であるクレアを説き伏せる事が出来た時点で作戦案にそれ相応の自信を抱いていたので、当然のようにその賛辞を受け入れる。
「ただ一点、末端の兵士たちはともかく解放戦線の幹部達、こちらの相手に些かの不安がありますね。
何しろサラ様やナイトハルト様ともやり合えた程の使い手、おそらく“達人”の域に達している使い手でしょうから」
「との指摘だけど、その点についてはどう考えているのかしら?」
門外漢と言えどイリーナも“達人”と呼ばれる者達の実力については知識として把握している。
国家間の戦争レベルになればともかく、この手の小規模な戦闘において彼らの存在感は絶大なものとなる。何せ他ならぬ、今傍らに控えているシャロンもまたその域にある人物なのだから。
「その点に関しては自分を信じて頂きたいですね。
《V》と《S》、解放戦線の幹部たちについては自分も教官方や後輩たちから聞き及んでいます。
たかがテロリストと、そう侮れる相手ではない事もまた十分承知しています」
諸々の事情が重なった結果とは言えガレリア要塞の鉄壁の警備を掻い潜り、列車砲奪取まで行き、ナイトハルト少佐とサラ教官、この両名でも仕留めきれなかった二人をリィンは決して甘く見てはいない。
「ですが、その上で言いましょう。それでも《赤い星座》の大隊長、《血染めのシャーリィ》程ではないと。故に自分が遅れを取る道理は存在しません」
言葉に込められたのは確かな自負。
敵を侮っているわけでも、自分の力を過信しているわけでもない。
どこまでも冷静にプロフェッショナルとしての判断でリィンは語っているのだ。自分は決して負けないと。
「……わかりました。その言葉を信じましょう、貴方にはそれを信じさせるだけの確たる実績が存在するのだから」
赤い星座の雷名はイリーナとて当然聞き及んでいる、そしてクロスベルにてそれを目の前の少年が退けたという事も。だからこそイリーナ・ラインフォルトは目の前の少年の語る言葉を若者の血気盛んな意気込みを語ったものとは捉えない、確かな実力を有するプロの言葉として耳を傾けるのだ。
「それにしても、結局意気込みを語っただけで具体的な部分は先輩任せとはね。本当に正しい道とやらを示せるものなのかしら?」
「何よ、母さまだって内容についての確認はシャロンに任せているじゃない。なんでも出来る万能の超人なんて居ない以上、信頼できる専門家とのコネクションを有している、そういう人脈だって歴とした力の一つでしょ」
ほんの少しだけ笑いながら告げるその母親の言葉に娘もまた堂々と言い返す。これもまた私が士官学院で手に入れたものなのだと胸を張って。
かくしてここにリィン達は《ザクセン鉱山》への潜入を果たすのであった……
>それでも《赤い星座》の大隊長、《血染めのシャーリィ》程ではないと。故に自分が遅れを取る道理は存在しません」
ちなみに乙女チック、シャーリィちゃんの戦鬼補正がかかった耳には、オズボーン君のこの発言は
「アイツラよりもシャーリィの方がはるかにイイ女。あいつらじゃ勃たない」
と言われているのに等しいものに聞こえます。