(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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本編に入れろよファルコムゥ!と総ツッコミを喰らう事になったユミルへの旅行話です
ちなみにBさんは療養中なので異変は起こったりせずに本当にただの休息です。


束の間の休息(前)

 ルーレでの実習を終えてリィン・オズボーンは再び時の人となった。

 皇女殿下誘拐未遂、ガレリア要塞の襲撃、そしてザクセン鉄鉱山の占拠という許しがたい暴挙を行った《帝国解放戦線》を自称する逆賊共を2ヶ月前にも皇女殿下救出という功績を成し遂げた革新派の若き英雄が討伐したという話は帝国臣民を大いに喜ばせた。

 皇帝たるユーゲント3世はこの若き英雄の功績に“鳳翼武功章”を以て報いる事を発表。未だ正式に任官していない身で、皇帝陛下直々に勲章を授与されるというのは前代未聞であり、《帝国時報》には若き英雄リィン・オズボーンの記事が連日乗る事となった。

 褒め称える周囲とは裏腹に当人の心境はと言えば、自分の成し遂げた功績を認められて、嬉しくないと言えばそれは嘘になるが、流石《獅子心十七勇士》への列席も疑いなし、ヴァンダイク元帥に続く史上二人目となる《リアンヌ・サンドロット勲章》の授与者になるだろう等と書かれると流石に居心地が悪いものを感じて、なんとも落ち着かない気分になるのであった。

 

(気を引き締めなければならないな)

 

 これだけの注目を浴びるとなると、任官後に求められるハードルも高くなってくる事だろう。基より父が宰相である以上目立つことは避けられなかったが、任官前の“鳳翼武功章”の授与などというのは極め付きだ。心しなければならないだろう、自分がこれに奢るようであれば、それは父に革新派、そして皇帝陛下に泥を塗る行為だという事を。示し続けなければならない、あいつならば納得だ(・・・・・・・・・)とそう思われるだけの実績を。

 そう、故に何時如何なる時とも精進せねばならない、例えオリヴァルト殿下の図らいによる小旅行中だろうと自らを高めるためにその移動中もーーー

 

「もう、リィン君ってば。せっかくのみんなでの旅行だっていうのに、難しい顔して本なんて読んじゃって」

 

 そんな言葉と共に広げていた本をするりと横より奪い取られる。

 そうして視線を向けてみるとそこには何よりプクリと頬を膨らませた恋人の姿があってーーー

 

「勉強熱心なのはリィン君の良いところだと思うけど、こんな時まで読むのはいくらなんでもやり過ぎだよ」

 

 メッだよ等と注意してくるその姿にリィンは苦笑を浮かべて

 

「いや、だけど」

 

「だけどもでもも無しだよ!卒業旅行の約束をリィン君がすっぽかしちゃうんだから、今回の旅行はそれの代わりにするにはもってこいなんだよ!」

 

「う……」

 

 その件を言われるとリィンとしては弱い。なにせやむにやまれぬ理由があるとはいえ、自分が“約束”を破る事になったのは事実なのだから。

 

「……そんなに私と一緒に居て楽しくない?」

 

「い、いや。そんな事はないさ!」

 

 一転落ち込んだ様子を見せるトワにリィンは慌てた様子でフォローを入れる。

 

「ふ、以前より思っていたが副会長殿も会長殿には随分と弱い御様子だな」

 

「ふふ、俺の父も族長として一族でも随一の使い手と言われているが、家の中では母に頭が上がらないものだし男というのは往々にしてそんなものなのだろう」

 

 「尻に敷かれている」と評す以外にない、そんな光景を見て後輩たちは好き勝手に論評をしだす。

 

「……サラも早く出来ると良いね、尻に敷ける人」

 

「……あんただってそんな相手いないでしょうが」

 

「私はまだ15だし、サラよりも10歳も若いし。これから」

 

「このガキは……見てなさいよ、必ずや渋いオジサマを捕まえてギャフンと言わせてやるんだからね!」

 

 ニンマリと笑みを浮かべるフィー・クラウゼルにサラ・バレスタインは額に青筋を立てる。そして何時になく優しい、Ⅶ組の面々に言わせると気色の悪い、猫撫声で

 

「どうラウラ、新しいお母さん欲しくない?」

 

「ふむ、父上が新しい相手を見つけられるというのならそれはそれで祝福するが……亡き母上はサラ教官とは凡そ正反対のタイプであった事は伝えておこう」

 

「うぐっ!……い、いやでもむしろタイプが真逆のほうが逆に比較されずにチャンスが!」

 

「あははは、クレアが此処から巻き返せる位には可能性あるかもねー」

 

「ちょっと!私をあのブラコンこじらせ女と一緒にするんじゃないわよ!」

 

 入学してから既に半年以上が経過してすっかり教え子たちからの扱いが雑となってしまい、いろいろと弄られるサラ・バレスタイン。そんな光景にリィンたちも懐かしそうに目を細めて

 

「いやはや、昨年を思い出すね。入学してからすぐの頃は美人の先生が入ってきたと男子諸君は大喜びしたものだったが」

 

「一ヶ月もしたらあっという間にボロが出てあんな感じの扱いになったっけな」

 

 懐かしいなと目を細めながらリィンたちも笑い合い、そのまま思い出話にしばし、華を咲かせながらユミルまでの道中を過ごす。

 この日、リィン・オズボーンは久方ぶりに時にボンヤリと列車の外の光景を眺め、時に友人たちと談笑を行いながら旅の道中を楽しんだ。

 それは、バリアハートでの一件以降、久しくリィンが忘れていたものであった……

 

・・・

 

 トリスタを出発して途中ルーレの駅で乗り換えて合計7時間の道のりを終え、ユミルの駅へとついたリィンたちは身体を軽くほぐす。ユミルの町までケーブルカーが出ているのだが、7時間も列車に乗りっぱなしだったため此処は景色を楽しみながら山道を歩いていく事をリィンが提案。行動派のフィーやラウラも賛意を示して、一行は山道を歩いていく。散歩というにはなかなかに険しい山道であったが、彼らは歴とした士官学院生。その程度で音を挙げるほどやわな鍛え方をしているものは誰もいなかった。

 

「ミリアム、アガートラムを使うんじゃない」

 

「えー僕とガーちゃんは何時如何なる時も一心同体。ガーちゃんは僕の身体の一部みたいなものだよ。リィンの言っている事は足を使わずに歩けって言っているようなもんだよ」

 

「良いから、しまいなさい」

 

「ぶーじゃあ、代わりにおんぶして!」

 

 そんな言葉と共にアガートラムから飛び降りて背中に飛びついてきた義妹分にリィンは苦笑して

 

「やれやれ、しょうがない奴だ」

 

 怒るでもなくそのまま背負いながら山道を歩きはじめる、まあ足腰の鍛錬代わりにちょうど良いだろうとそんな調子で。基本的にスパルタな男だが、どうにもこの天真爛漫な義妹には甘いところがあった。

 

「じー」

 

「……こちらを見てもお前は背負わないからな、フィー」

 

「ケチ」

 

 リィンの背中に心地良さそうに体重を預けるミリアムを羨ましそうに見るフィーだが別段疲れたわけでも、ミリアムのようにリィンに甘えたいわけでもない。単に楽をしたいだけなのである。

 

 そんな光景をアリサは後ろから複雑な心境で眺めていた。以前までは他の皆と同じく、自分もああいう光景を見て和む事が出来た。だけどルーレの一件以降、どうにも駄目なのだ。あの日以降、あの先輩の姿を見るとどうしてもあの時の鬼のような姿がちらついてしまう。まるで塵を処分でもするかのように平然とテロリスト達を殺した姿が浮かんでしまうのだ……

 

「せっかくの旅行だというのに浮かない顔だね、アリサくん」

 

「アンゼリカさん……ちょっと7時間も列車に乗りっぱなしだったせいで疲れちゃったみたいで」

 

 語りかけられた言葉をアリサはもっともらしい理由をつけて誤魔化す。

 何せリィン先輩と目の前のアンゼリカさんは親友と呼んでなんら差し支えのない仲なのだから。

 そして自分たちもずっと世話になってきた恩のある先輩なのだから。

 その先輩を「怖い」等と自分が言いだしたら、せっかくの楽しい空気が台無しになってしまう事は目に見えている。だからこその行動であった。

 

「隠さずとも良いよ、リィンの事が怖いんだろう?」

 

 まるで今晩の夕食について尋ねるようにさらりと正鵠を射抜く言葉にアリサは思わず息を呑む。

 

「ど、どうして……」

 

「どうしてわかったかって?そんなの簡単さ。私も怖かったからね、あの時のリィンは」

 

 あっけらかんと言い放つアンゼリカにアリサは目を丸くして

 

「とてもそんな風には……」

 

「見えないって?そりゃそうさ、あの時のリィンは怖かったけど今のリィンは私の大事な、良く知る親友のリィンだからね。怖がる道理なんてどこにもない」

 

 怖いものなどまるでない女傑とみられるアンゼリカだが、彼女にとて当然怖いものはある。

 テロリストをああも容易く、冷徹に殺してのけた親友の姿は肝が太い彼女をして確かに恐ろしいものだった。

 だが、それはあくまであの時のリィンだ。今の彼はアンゼリカ・ログナーの大切な友人、堅物という言葉がピッタリな真面目で、されど根底には確かに他者への思いやりがあるトールズ士官学院副会長のリィン・オズボーンだ。

 故にこそアンゼリカ・ログナーに彼を恐れる道理など存在しない。

 

「彼はね誠実で真面目で、真実この国を愛しているんだと思う。

 愛しているからこそ、その自分の愛している国を脅かすテロリストが許せないと怒る。

 誠実で真面目だからこそ、国のための汚れ役を自分が引っ被ろうとする。

 人間、真剣であればあるほど、そうじゃない人間から見るとどこか怖いものだからね」

 

 それはアンゼリカ・ログナーには出来ない在り方だったから。

 少なくとも彼ほどに真剣に自分はこの国の行く末に思いを馳せたことはない。

 何時いかなる時も全力で走り続けるその様は見ていると怖くもなる、だけど同時に尊敬出来るものでもあったから

 

「少なくとも、理由もなしに、見境なしにああいう事をする奴じゃないってのは君だって理解しているだろう?」

 

「それは……まあ」

 

 アンゼリカたちに及ぶべくもないが、アリサとてリィンとは既にそれなりの付き合いがある。

 だからこそアンゼリカの語る言葉はアリサも理解できる。

 

「怖がるな、なんて言う気はないよ。私だってあの時の彼は怖かったからね

 だけど、それでもあいつがああしているのは誰かを護る為なんだという事を理解してやって欲しいね。

 友人として私が言えるのはそれ位さ。それでも怖いものは怖いというのならば、それはそれで止めない。後は君次第さ、アリサくん」

 

 それだけ告げるとアンゼリカはスタスタと前へと進んでいき

 

「さあ、フィー君!おんぶならば私がしてあげよう!存分にこの胸に飛び込んでくると良い!!」

 

「……いい、やっぱり自分で歩く」

 

「ガーン、何故だ!リィンは良くて私は何故駄目なんだ!」

 

「身の危険を感じるから」

 

 男であるリィンよりも身の危険を感じる等と言われてアンゼリカはその場で大仰に崩れ落ちる。

 ザクセン鉄鉱山のはしごを登る際も「眼福眼福♪」等と言っていたのでこの辺は完全に自業自得というものであろう。

 そしてそんなアンゼリカを見て一同は苦笑しだす。本当に仕方のない奴だと、リィンも含めて。

 

 そんな光景を見てアリサもまたうつむいていた顔を上げて、気を取り直す。

 心の奥底に染み付いた恐怖はある、だけどだからといって何時までもそれに囚われていても仕方がないと。

 せっかくの大切な友人たちとの旅行なのだから目一杯楽しまなければ損だと、そう考えて。

 そうして楽しい思い出をまた一緒に作れば、彼女のように恐怖を乗り越える事が出来るだけの絆を作れればきっとまた前のように接する事ができると信じて胸を張って歩き出すのであった……

 




クロウ→VとSを結果的に捨て駒にしたも同然なので、アリサにフォローを入れるどころの精神状態ではない
フィー→そもそも特に気にしていないのでフォローを入れるという発想がない
オズボーン君→薄々察してはいるが、まあそれはそれでしょうがない事だと思いわが道を往く

かくしてゼリカさんがフォローに入る事となりました。

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