(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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さあいよいよ「その時」が近づいて参りました


鉄血の子と最後の学院祭

 ユミルでの思い出作りを終えて帰還した一行は迫りくる学院際の準備に追われる事となった。元々特別実習などで準備期間が短くなっていたⅦ組の面々は“猛将”エリオット・クレイグのスパルタ指導の下、急ピッチでステージの練習へと取りかかり、トワとリィンも生徒会長及び副会長として多忙を極める事となった。

 

 多忙を極めながらリィン・オズボーンは燃えるような充実を味わっていた。

 何故ならば予算の配分、教官陣という上位者との折衝、生徒たちの統制、スケジュールの調整、それらは軍、いやあらゆる組織で必要となって来る経験に他ならないからだ。生徒の自主性を重んじるトールズ士官学院では生徒会にかなりの権限が与えられている。将来人を率いる立場になる者にとっての予行演習としては申し分ないものなのだ。故にこそリィン・オズボーンは全力を以て士官学院祭を遂行せんとその学生離れした指導力を思う存分に振るう。それは何時までも音沙汰がなく、発動しない最後の試練に対する鬱憤晴らしも兼ねているものであった。

 ーーー少なくとも、トールズ士官学院副会長としてその能力を発揮して得難い経験を積んでおく事は間違いなく大きな益となることだし、そんな打算を抜きにしても自分にとっては青春時代の締めくくりとなることなのだからと。

 

 そんな鬼気迫る様子のリィンに触発されるかのようにトワもまたその能力を存分に発揮する。

 クロスベルの通商会議という経験を経て大きく成長したのは彼女もまた同じこと。放っておけばどこまでも飛んで行ってしまいそうな恋人を独りぼっちにはさせないとばかりに全力を以て会長の任を果たす。

 

 二人のリーダーシップと実務力は名だたる人物を輩出してきた名門トールズ士官学院の中でもトップクラスと言ってよかった。単体で二人に伍する、あるいは凌駕する生徒会長や副会長はこれまでにもいた。それは最も新しい人物で言えば現在鉄道憲兵隊の敏腕将校として名を馳せるクレアであったり、数十年単位で遡るならば言わずとしれた鉄血宰相ギリアス・オズボーンであったりである。

 しかし、コンビという点で見ればこの二人に並ぶとなれば、それこそ現在領邦軍の“双璧”として知られるオーレリア大将とウォレス准将、獅子心皇帝亡きあとの帝国を支えた名宰相サンフォード、常勝将軍ヴェルツのコンビ位ではないかというところであった。

 かくしてトワ・ハーシェル会長、リィン・オズボーン副会長率いる生徒会メンバー主導の下行われた準備は終了し、此処に歴代でも屈指の完成度を以て学院祭当日を迎えるのであった……

 

 そんな感無量と行って良い学院祭当日、立役者の一人たる副会長の表情は些か硬くなっていた。

 学院祭当日を迎えたことによる緊張……等ではない、自信というのは事前準備の周到さ、そして本人がこれまでに積み重ねた経験によって裏打ちされるものだ。そしてリィン・オズボーンにはそのどちらにも対して相応の自負がある、故に土壇場になって狼狽える等という事は全くない。

 ならばなぜ硬い表情を浮かべているかといえば、それは今朝方発表されたあるニュースが原因である。クロスベルで実施された住民投票、その結果圧倒的な差を以て宗主国からの独立を望む声が上回ったのだ。

 無論これは何ら実効力を伴わないもので、既にカルバード共和国とエレボニア帝国の両政府は「論評に値しない妄言である」とこのクロスベルの声明を一蹴し、既に両国はクロスベル周辺に駐留する部隊の動員準備を進めている。

 

 このように西ゼムリア大陸の緊張は今、一触即発の状況と言って良い。

 それを思うと、果たしてこんな時期に呑気に学院祭をやっている場合なのかとそんな思いも過るがーーー

 

「リィン君」

 

 そんな事を考え込んでいると傍らにいる少女は優しく微笑みながら語りかけてきて

 

「色々心配なのはわかるけど、今私たちがすべきことはそっちじゃないと思うんだ」

 

 何故ならば自分たちはトールズ士官学院の会長と副会長なのだから。

 帝国宰相の役割が国家戦略に関わる問題への対処ならば、会長と副会長の役割は今目の前にある学院祭を無事終わらせる事だと。

 

「私たちが、皆が一生懸命準備してきた学院祭をしっかり終わらせる事。それが私たちの今やるべきことじゃないかな?」

 

 遠い未来を見据えるがために、今を疎かにしてはいけないと伝えるその少女の言葉にリィンは苦笑して

 

「ああ、全くだ。君の言う事はいつも正しい。

 国家戦略や政治に介入出来もしない、俺が真面目くさってクロスベルの事に思いを馳せていたところで事態が好転するわけでもない」

 

 そこでリィンはまるで自分が帝国元帥や参謀長にでもなっていたかのような気分で居たなと、自嘲して

 

「今の俺がすべきことは、トールズ士官学院副会長として会長である君をしっかり補佐してこの学院祭を無事終わらせる事、そして」

 

 そこでリィンは彼にしては非常に珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「俺には勿体無い可愛らしくて素敵な恋人をしっかりエスコートして、一緒に学院祭を満喫する事だったな」

 

 そんな言葉と共に頼もしい生徒会の後進達より「何かあったら連絡しますから、会長と副会長も学院祭をちゃんと楽しんで下さい!」などと言われながら手渡されたチケットをリィンは懐より取り出す。

 

「えへへ、せっかく皆が私たちのために用意してくれた時間だもん。目一杯楽しもうね」

 

 そうしてはにかみながら手を差し出す最愛の少女の手を握りしめながら、リィン達は会長、副会長としてではなく一生徒として各所を巡り始めるのであった……

 

・・・

 

「け、景品のみっしぃストラップになります……」

 

 唖然、呆然。そんな形容が正しいだろう。

 1年Ⅲ組の生徒は若干引きつった笑みを浮かべがらリィンへとの景品を手渡す。

 

 学院祭の出し物を回り始めた二人がまず訪れたのは1年Ⅲ組の出し物であるみっしぃパニック。

 ルールは至って簡単で出現してくるわるっしぃをたたけば加点、誤ってみっしぃの方をたたいてしまえば減点で、所定の点数以上を獲得すれば景品プレゼントというものだ。

 お祭り故軽く楽しんで流して終わらせようと思っていたリィンだったが、トワが景品であるみっしぃストラップを「そういえば結局クロスベルでは買い忘れちゃったなぁ……」等と欲しがったために一変。

 基本的に欲に乏しいこの恋人の数少ないおねだりに応えるべく、リィン・オズボーンはヴァンダール流皆伝の実力を如何なく発揮。その気配察知能力と反射神経すべてを注ぎ込み、ノーミスで出現したすべてのわるっしぃを常人では追う事すら困難な高速で叩き続けた。その光景はさながら子どもが楽しむための縁日で大人げなく無双する良い大人といったような光景であった。

 

「ありがとうリィン君」

 

 そして手渡されたそのみっしぃストラップをトワ・ハーシェルは嬉しそうに眺める。

 商品それ自体に対するものというよりは、リィンが自分のために手に入れてくれたというその事実こそが嬉しいのだろう。今日という日の思い出をこれを見る度に思い出せるように、大切に大切にしまいこむのであった……

 

「ふふふ、これは私たちも負けてられないわねロギンス君。私たちフェンシング部の意地を見せてあげましょう」

 

「へいへい、サポートさせてもらいますよ部長様」

 

 そしてそんな学生最強が恋人のために作り上げたレコードを超えるべく、腕に自信のある学院生達はこぞって挑み始めて、盛り上がり出す場を尻目に二人はその場を跡にするのであった……

 

・・・

 

 一通り見終えた二人は最後に1年Ⅳ組の出し物である東方風喫茶を訪れて一心地ついていた。

 抹茶という紅茶やコーヒーとも違った味わいの飲み物をゆっくりと飲みながら歓談しているとリンデとヴィヴィの双子の姉妹が近づいてきて、縁結びと開運くじのどちらかを引くことの出来るサービスだと告げて来るのであった。

 

「それじゃあ、開運くじの方を引かせてもらうとしようかな」

 

 ほとんど即答で二人は答えていた。

 

「ええ~せっかくの恋人同士なのにそれじゃ面白く……もとい勿体無いですよ~せっかくだから縁結びの方を引いてみたらどうですか?」

 

「縁結びなんて引く必要ないさ。もう、大切な人との縁なら結ばれているんだからな」

 

「うん……女神様は大切な人との縁をしっかり結んでくれたんだもん」

 

 そんな事を言いながらそっと寄り添い合う二人の姿に流石の悪戯っ子もたじろぐ。何せ如何にも小悪魔っぽい様子でさも経験豊富みたいな風を装っているが実は彼女には未だ交際経験というものが存在しない。故に自分のからかいに慌てるどころか、いちゃつきの材料にするカップルなどを相手にしてしまえばどうしていいものかわからなくなってしまうのだ。

 彼女とて年頃の少女、素敵な恋人といつか巡り会ってみたいという思いを相応に存在する。故にリィン・オズボーンという優良物件を掴まえた会長をどこか羨望の色を籠った視線で眺めてポツリと呟く

 

「会長、一体どうやったら真面目が服を着て歩いているみたいな副会長をそこまで籠絡できるんですか?」

 

「ちょ、ちょっとヴィヴィ……すいませんお二人とも。私の方からちゃんと叱っておくので、とりあえずくじの方をどうぞ」

 

「何よ~リンデだって気になるでしょう。ガイウス君を籠絡する参考になるかもだし」

 

「も、もう何言っているのよ!本当にこの子は……」

 

 仲睦まじく喧嘩を始めた双子に苦笑いを浮かべながら引いたおみくじの結果それは……

 

「『大凶。心せよ、決別の時は近い。遠くへ思いを馳せるのも良いが、時には身近な者たちへと今一度気を配るべし。運命というのは時に汝が思っている以上に残酷なものである、迷った時は汝が何のために剣を取ったかを思い出すべし。さすれば絶望の中にも活路は見えるであろう』」

 

「『大凶。覆水盆に返らず、どれだけ嘆き懐かしもうと壊れたものは戻らない。過去に戻りたいと願うのではなく、未来を見据えて前へと進むべし。さすれば今一度運命が交わる時は必ず訪れる。その時が愛する者を繫ぎとめる事のできる、最大にして最後の機会となるであろう』」

 

 開かれたおみくじの結果を読み上げた二人は顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 揃って大凶を引くとは何とも運がない事だと。占いなどと言うのはそういうものだと言っても、書かれている内容もまた何ともそれっぽいのがいやらしい。

 決別の時という言葉でリィンが真っ先に浮かぶのはアンゼリカの存在だ。

 貴族派と革新派の争いに対して中立のトワにクロウにジョルジュとは異なり、彼女は歴とした四大名門ログナー侯爵家の人間であり、自分は鉄血宰相ギリアス・オズボーンの息子だ。

 こうして立場の違いなど些細な事だと言い放てるのは、トールズ士官学院の生徒だからこそ。

 卒業して大人になれば、一筋縄では行かなくなってくるだろう。私人としての感情よりも公人としての立場を優先させなければならない時が訪れるのが大人になるという事なのだから。

 

 そして親友と恋人がそんな風に対立する事になればトワ・ハーシェルという優しい少女は間違いなくその心を痛めるだろう。どうしてこんな事になってしまったのか、と。リィンとアンゼリカの二人が立場など関係なくただの友人同士であれた学生時代に戻りたいと思うかもしれない。

 

 全く以て実にそれらしい(・・・・・)内容だ。誰かの作為(・・・・・)があるのではないか等と疑ってしまう程に。

 

「やれやれ、これはアレかな?幸せなカップルに対する意趣返しという奴かな?」

 

 幸せ一杯といった様子のカップルには警告の意味を込めて、不吉な内容ばかりが書かれたくじを引かせる。如何にも目の前の悪戯好きな少女ならばやりそうな事だとリィンは思って告げると、同じ事に思い至ったのだろう慌てた様子でリンデは双子の妹の首根っこを摑まえて、その場から姿を消して

 

「ちょっとヴィヴィ!いくらなんでもこういう悪戯は感心しないわよ!」

 

 今度ばかりは真剣な様子で双子の妹へと雷を落とす。何せこの出し物はクラス全員が協力して作り上げたものなのだから、お客様に気分良く帰ってもらうために、くじの中に不吉なものは入れないでおく。それが事前の話し合いで決めた内容だったのだから。流石に悪戯としても度を越していると。

 しかし、そんな姉の怒りにヴィヴィはきょとんとした様子を浮かべて

 

「いや、今回は私は無実だよ」

 

 姉の疑いを真っ向から否定する。自分はそんな事をした覚えはないと

 

「……本当に?」

 

「うん、信じてよ。いくら私でもクラスの皆で決めて頑張ってきたことを、悪戯で台無しにしようとは思わないって」

 

 ならば一体誰がそんな事をしたのかとリンデは気味が悪い思いに囚われる。

 結局あらためて箱の中身を確認したところ、不吉な事が書かれていたのはアレだけで二人はクラスの中の誰かの悪戯だろうと結論付け、無理に犯人捜しをして楽しい空気を台無しにすることもないと思い、そこで犯人捜しを打ち切るのであった……

 

・・・

 

「運命は残酷……か」

 

 そんな事は当の昔に知っている。

 永遠に続くと思っていた温もりが突然奪われたあの日から。

 そんな思いを二度としないために、させないために自分は強くなったのだから。

 残酷な運命とやらに抗うために、いやねじ伏せる(・・・・・)ために。

 傍らにいる何よりも誰よりも大切な少女を必ず護りぬくのだとリィンは今一度強く誓って……

 

「心配しなくても大丈夫さ。俺たち5人が培った絆は、運命なんてものに流されて壊れる軟なものじゃない。そうだろう?」

 

 どこか不安そうな顔をしたトワを安心させるように優しく微笑みかける。

 何故ならば初めて会った時からわかっていたのだから。自分とアンゼリカの立場が決定的なまでに違うという事は。

 その上で、自分たちは親友同士となった。故に、例え立場の違い故に敵対する事になろうともその程度で壊れるほどに軟なものではないとリィンは信じている。

 不滅なものなどこの世にはないと知っている、それでも自分たちのこの紡いだ絆と重ね合った時間には決して嘘などなかったのだと、そんな風に。

 

「リィン君……うん、そうだよね。もしも二人がすれ違うことになっちゃうような事があったとしても、その時はしっかりと私が繋ぎ留めてあげるから安心してね」

 

 そしてトワもまた笑顔を浮かべながらリィンの言葉にうなずく。そして二人はその場を立ち去り出す。

 存分に満喫したので、そろそろ会長と副会長の仕事に戻ろうとどこまでも真面目な様子で。

 

 待ち受ける運命の残酷さをこの時の二人は、まだ真実理解していなかった……

 

 

 

 

 

 




作者はね、イチャイチャしている二人を描写するとつい最後の方で不穏な描写もいれたくなっちゃうんだ☆

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