(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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錆びつけば 二度と突き立てられず

掴み損なえば 我が身を裂く

そう 誇りとは

刃に似ている



鉄血の子と《灰の騎神》

 旧校舎の奥底に現れた<<巨いなる影の領域>>、そこをリィン・オズボーンは単騎で踏破していく。目的はただ一つ、巨いなる力の欠片、帝国の伝承に謳われる<<騎神>>をその手に掴むためである。

 最終試練は独りで受ける事となる、これは事前にリィンの導き手たるエマ・ミルスティンによって聞いていたことである。如何なる理由と意図かはわからないが、最後の試しは起動者候補が独りで受ける事となり、それまで試練を共に潜り抜けてきた仲間が居たとしても独りで受けるようになっている、これは全ての騎神に共通しているのだと。

 

 これにはこの試練を作り上げた<<地精>>の意図が関わっている。

 そもそもこの試練は騎神の力を振るうに相応しい起動者を選定するためのものであるが、では此処で一つの疑問が湧いてくる、何を以て起動者に相応しいとするのかである。

 ーーー正しき心を持つものだろうか?否、”正しさ”等というのは時代と場所によっていともたやすく移ろうもの、故にそんなあやふやな正しさだとか優しさ等といったものは地精の用意した起動者の選定には影響しない。

 そもそも、そういった心的な要素が起動者の選定に既に関わっているというのなら、アレほど導き手を務めるエマ・ミルスティンはリィン・オズボーンを起動者と認めるまでに時間を要さなかっただろう。

 魔女の眷属(ヘクセンブリード)が騎神という力の担い手として相応しいかを見極めるのが、”優しさ”だとか”正しさ”だとかといった人の主観によってでしか図る事を出来ないものを基準としているのなら、地精の用意した試練の基準はどこまでも単純なもの、すなわち”力”である。

 

 どれほどの名刀であっても使い手が木偶であれば、その真価を発揮する事は出来ない。 

 だからこそ、彼らは自らが作り上げた”傑作”と称するに足る騎神という道具の使い手にもそれ相応の名人を求めた。

 量産機ならば使い手を選ぶことのない汎用性が求められるが、この世にわずか7機しか存在しない騎神は決して使い手に道具を合わせるような生易しい代物ではない。

 むしろその逆、「我らが作り上げた騎神という傑作を振るうに足る使い手である事を証明してみせよ」、つまるところ地精の用意した試練というのはそういう事を言っているのだ。

 

 だからこそ、地精の用意した最後の試しは起動者候補が単騎で突破するしかないのだ。

 何故ならば、騎神を振るうのはどれほど心を通わせた仲間が居ようと、どこまで行っても起動者一人なのだから。

 故にこそ求められるのは単騎にて試練を突破できるだけの力を有する者。

 

 無論、最初からそれを求める程に地精とて鬼ではない、高い潜在能力を持つが現時点ではまだ未熟な雛鳥、そういった存在が成長できるように段階を経て試練を突破出来るようにしている。

 あえて言うならば、それまでの試練は試練というよりはむしろ起動者候補を鍛え上げるための訓練場、地精が用意した真の意味での最終試練、それこそがこの最後の試しなのである。

 

 そしてそんな道具の方を使い手に合わせるのではなく、道具を振るうに相応しい使い手を求める偏屈技術者集団の用意した試練をリィン・オズボーンは難なく突破していく。早く早く、ひたすらに早く駆けながら、襲い来る敵をその双剣で蹴散らしながら。

 

(何時になるかと心待ちにしていたが、まさかいくらなんでもこんなタイミングで来るとはな)

 

 よりにもよって学院祭期間中などというとんでもないタイミングで試練が発動した事にリィンは舌打ちする。

 事情を知っている学院長に<<騎神>>関連だと説明して、何とか待ってもらう事が出来たが、そうでなければ危機管理の観点上学院祭を中止する必要も発生しただろう。

 設けられたタイムリミットは0時まで。それまでにこの試練を突破しなければ、全校生徒が必死に積み上げてきた努力が水の泡になってしまう訳だ。

 故にこそリィン・オズボーンは全速力で以て試練を踏破していくのであった……

 

・・・

 影の領域を踏破した末にリィンが到達したのは戦場跡のような荒野であった。

 兵どもが夢の跡、そんな形容がまさしくピッタリという他ない不毛の大地。

 そこにはいくつもの剣が縦横無尽に突き刺さっていた。錆だらけの剣、刃こぼれだらけの剣、折れた剣。柄も刀身もボロボロに朽ちて、もはや剣としての体裁を保っていないものもあった。

 数百、いや数千にも及ぶその大地に突き刺さった剣の中で無傷なものはただ一つとして存在しない。

 それはまるで夢や理想を抱いて戦う事を選んだもの達の夢の果て、その末路を示すが如き光景だ。

 譲れない理想や信念、願い、あるいはただただ生きて帰りたいという思い、そんな譲れない何かを、輝く剣を手にして誰しもが抱いて戦場に赴く。

 そして、最後にはこうなる(・・・・)のだとその光景は訴えていた。

 引き返すのならば今の内だぞと、お前も必ずやこうなるのだと。

 

 そんな光景に臆する事無くリィンは先へと進んで行く。

 何故ならばその身には成し遂げたい夢と理想があるのだからと。

 自分は決して止まらない。折れず、朽ちず、錆びずにこの理想という剣を変わらず抱き続けてみせると荒野を進んでいく。

 

 そうして進んで行った先、そこには巨大な影が鎮座していた。

 それは世界を護る守護者でも、世界を砕く破壊者にもなり得るもの。

 聖性も魔性もどちらも等しく有するもの。

 そんな相反する属性がそれの中では絶えず激突し合っていった。

 

『汝、力ヲ求メルカ?』

 

 言葉を発しただけで莫大なる力の奔流がリィンを襲う。

 気圧されてなるものかとリィンは強く拳を握り締めて

 

「ああ、求めるとも。大切な者を護りぬくために、そして敵を打ち砕くための力を俺は求める!」

 

 今、エレボニア帝国は、いや西ゼムリア大陸は激動の時代を迎えようとしている。

 <<帝国解放戦線>>が壊滅した事で表向き貴族派と革新派の対立は落ち着いたように見える。

 しかし、それはあくまで表向きに過ぎない。既に貴族派が最低でも一機、騎神とその起動者を確保している事とその騎神を基にした何らかの新兵器を開発している事はほとんど明白と言って良い。

 新兵器がどの程度のものかは不明だが、もしもそれによって革新派の持つ軍事的優位を覆せると判断すれば、そして革新派側に何らかの隙が生じれば、それに乗じて強硬手段に訴えてくる可能性は大いに有り得る。

 

 そしてクロスベル問題はそんな決定的な火種になりかねない。

 クロスベル自体がではなく、それを巡って生じる共和国との争いがである。

 貴族派という内憂と東の脅威たるカルバード共和国の存在、どちらを相手取る事になるかは不明だが、それでも<<騎神>>という“巨イナル力”を手にする絶好の機会、それをみすみす逃す道理などリィン・オズボーンには存在しない。

 力の伴わぬ理想など子どもの紡ぐ夢物語でしかないのだから。

 手に入れたいと欲する未来が、掴み取りたい明日があるのならばそれを手に入れるためにも、護りぬくためにもどうしても力が必要なのだから。

 その果てに、あの荒野に突き刺さった剣のように我が身がボロボロになったとしても一向に構わない。

 何故ならば、祖国を、そしてそこに住まう民の当たり前の幸福を護るのが軍人の役割なれば。

 戦う力のない人たちが、己の無力さに嘆くような地獄を味わう必要などないように、戦いという地獄を引き受けるのが軍人の使命なのだからと。

 

 どこまでも高潔に強い意志を燃えたぎらせてリィン・オズボーンはその巨大なる影に宣誓する。

 

「ナラバ証明シテミセヨ」

 

 そう告げると同時にリィンを巨大な焔が包み出す。

 言葉だけではどうとでも言える、それを真実にして見せろと言わんばかりに。

 どこか荘厳で神聖さを覚える白焔になったかと思えば、禍々しい黒焔へと変わりとその焔は姿を変えていく。

 

 その焔は激しさとは裏腹にリィンの身を焼く事はない、しかしその精神を焼いていく。

 莫大なる力の奔流、それがリィンを襲う。嵐の如く荒れ狂うそれはまるで一定の方向性というものが存在しない。

 この力に方向性を与えるのは担い手だと告げるかのように、ただただ莫大な“力”がそこには在るだけなのだ。

 

 これこそが鋼の力を宿す騎神の《起動者》がくぐり抜けなければならない真の最終試練、焔の至宝と大地の至宝が融合した《巨イナル一》が自身を振るうに相応しき《起動者》を選定するためのものである。

 これまでリィンがくぐり抜けてきた試練、それはあくまで至宝の眷属達、人が作り上げた後付のものに過ぎない。

 

 焔の眷属たる魔女はこの力を振るうに相応しい心を有しているかを確かめた、巨イナル力には巨イナル責任が伴う、そう信ずるが故に。悪しき者がこの力を手にしないように、正しくこの力が使われる事を願って。

 大地の眷属たる地精はこの力を振るうに相応しい使い手かを確かめた、最強の武器は最強の使い手が持ってこそ意味がある、優れた道具を振るうに相応しいの優れた使い手であると信じるが故に。武器の力を自分の力と勘違いする、そんな使い手になど我らのこの“傑作”は相応しくないと思って。

 

 そして《巨イナル一》が自分の力の担い手に求める事、それは“意志の強さ”である。

 善悪や正邪、そんなものをこの至宝は問わない。意志を持たぬこの至宝はどこまでも自分という力を欲する人の意志や願いに応えるだけである。

 だが内部で自己相克を繰り返す、この至宝を断片と言えど振るうには並大抵の意志では届かない。

 必要なのは強烈な意志の強さ、力への飢えとそう称しても構わないかもしれない。

 溢れ出る莫大な力の奔流、方向性など持たないそれに指向性与えてやる事。 その上でその力に呑まれぬ事

 それこそが、この最終試練で起動者に求められる事である。

 

 そして、これに失敗した時、その者は《巨イナル一》の持つ呪いにその身を侵される事となる。

 本来存在した《七至宝》であれば、無論このような危険を犯す事はなかった。

 だがそもそも《騎神》とは焔の至宝と大地の至宝、その激突によって偶発的に発生してしまった《巨イナル一》それより溢れ出る莫大な力の奔流を受ける器として用意した、言わば苦肉の策として作られたもの。

 だからこそ、これの担い手には強固な意志が必要となるのだ。

 ーーー道具とは何時とて人に振るわれるものでしかないのだから。

 ーーー力を何に使うか、それを決めるのは何時とて人の意志なのだから。

 

(身体が熱い……しかし、心地良い!)

 

 膨大な力の奔流、それが焔となって我が身を焼いていく。

 だがどういうわけだか、苦痛はまるで感じない。

 どころかそれがたまらなく心地よく感じる。

 力。力。力。力。力

 巨大な力がまるで我が身より溢れ出てくるかのような感覚。

 それはリィンが使ってきたあの鬼の如き力に似ているが、それよりもはるかに強大なものだ。

 

 瞬間、リィンの脳裏に宿るのはかつての記憶。

 決して忘れることなど出来ない母を失い、生家を焼かれたあの日の光景だ。

 

(そうだ、この力があれば俺はあの時失わずに済んだ!)

 

 たかだか猟兵の軍団など取るに足らない、人の身でこの力を前にして抗うことなど出来るはずがないのだから。

 

(俺から大切な物を奪う存在を、()に出来たはずだ……!)

 

 そうだ、この力があればそれが出来たはずなのだ。

 敵は総て鏖にしてしまえば良い、そうすればもう何も失わなずに済む。

 力とは振るってこそ意味があるのだから。

 

 瞬間リィンを纏っていた黒と白、二色の焔のその均衡が破られ徐々に白き焔が黒き焔へと染まっていく。

 巨大な力の持つ魔性、それにリィンが魅入られ、今までにも幾多存在した修羅道へと堕ちた起動者達と同じ末路を辿ろうとした、その刹那

 

(いや、違う!)

 

 リィンの脳裏に過ったのは大切な少女の笑顔。

 それを契機にリィンの心に次々と大切な人々の笑顔が過る。

 そうだ思い出せ、自分が何のために“力”を求めたのかを。

 それは敵を殺すためじゃない、護るためだ。

 護るためにこそ自分は力を求めた。

 敵を殺すというのはあくまでそれを実現させるための手段に過ぎない。

 剣は凶器で剣術は殺人術、武とは暴力であり、軍隊とは国家の持つ最大の暴力装置だ。

 どれほど綺麗な言葉で飾ろうとそれは決して揺らがない真実だ。

 

 だが、その真実に呑まれてはいけない。

 力なき正義と理想はただの綺麗事だが、理想と正義を失った力の持ち主は単なる“怪物”に他ならない。

 

(そうだ、俺はそんな怪物などではない……いや、怪物になどならない!)

 

 何故ならば、自分は

 

「俺は、誇り高きエレボニア帝国の軍人リィン・オズボーンだ!」

 

 愛する祖国を、そこに住まう民を、そして大切な人の幸福を護るためにこそ力を求めたのだから。

 

 決意を宣した瞬間、漆黒へと染まりかけていた焔は白く神々しい焔へとその姿を変え、その場を包み込んで行く。

 陰惨な戦場、そこを神聖なる輝きが照らし、道を切り開いていく。

 

 「散っていた者たちの願いを背負い、進め」

 それこそが“英雄(おまえ)”の役目なのだと言わんばかりに。

 その光の道をリィンは突き進む、振り返る事無く真っ直ぐに。

 それこそが自分の為すべき事なのだと信じて。

 

 そして突き進んだその道の先でーーー

 

「汝ガ今代ノ起動者カ」

 

 全長八アージュほどの巨大な灰色の騎士人形。

 それが発した言葉にリィンは不敵な笑みを浮かべて。

 

「ああ、そうだ。俺がお前の起動者だ。《灰の騎神ヴァリマール》よ」

 

 此処に巨いなる運命はついに動き始める。

 “力”を手にした“英雄”は走り出す。祖国のために、民のために、自分以外の誰かのために(・・・・・・・・・・・)

 護るべき者たちのために、力尽きるその時まで戦い続けるのだ。

 何故ならば英雄譚とは“英雄”の死によって幕を下ろすものだから。

 どこまでも高潔に清廉に護るために殺し続ける(・・・・・・・・・・)のだ。

 例え我が身が血に染まろうと、地獄へ堕ちようと。

 それによって、大切な者を護れると信じて……

 




巨イナル一「意志があれば応えるのが自分の在り方。その正邪なんて知らん」
地精「俺達が作り上げた最高傑作なんだから当然使い手だってそれ相応の実力がないと困る。え、力が正しく使われるかどうか?そんなもんは技術者の関知する事じゃないよ」
魔女の眷属「アカン、私達が起動者の見極めして邪悪な人物の手に渡らないようにしなきゃ(使命感)」

前にも書きましたが騎神関連の設定は独自設定がかなり入っています。

力への渇望→騎神をゲットするための前提条件
力に溺れる→「呪い」にその身を侵されて《偽帝》オルトロスルートへ。
何のためのに力を求めたかを見失わず自分を律する→《獅子心皇帝》ドライケルスルートへ

大まかにこんな感じですね。
で、魔女の眷属はオルトロスのようになる奴が出ないように自分が正しいと信じた起動者候補を導く(主観によるものだし、力を手に入れた途端豹変してしまうという例もあるので失敗例も多い)
地精はどう使われようが知ったこっちゃないが、道具だよりの雑魚に自分の最高傑作使われたくないので一定以上の実力者じゃないと起動者になれんような試練作ったとそんな感じですね。



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