(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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今回登場するオリキャラはこれまでのちょい役とは異なり、Ⅱ以降で結構出番のあるキャラになります。
パクリ元、もといモチーフはドイツ貴族のワンコ系軍人、電撃バチバチさせる名前がベで始まる人です。


鉄血の子と《戦乙女》

 学院祭二日目はつつが無く執り行われる運びになった。

 試練の終了と共に、旧校舎の異変もまた解消されたからだ。

 そしてヴァンダイク学院長への報告を終えると同時にリィンは貸与されていた専用の通信機を使い、ついに《騎神》をその手中に収めたことをレクターとクレアへと報告。

 騎神とその起動者である自分の処遇をどうするかについては、おそらく理事長を務めるオリヴァルト皇子と学院長であるヴァンダイク名誉元帥と話し合いの上決定されるので、追ってどうするかは指示がされるのでそれを待つようにとの連絡を受けるのであった。

 

 そうして開催された二日目の学院祭、リィンとトワの二人はある人達を出迎えていた。

 

「トールズ士官学院へようこそお越し下さいました、セドリック皇太子殿下、アルフィン皇女殿下、オリヴァルト殿下。案内役を務めさせていただくという至上の栄誉をお与え頂き、誠に感謝の念が耐えません」

 

「精一杯務めさせていただきますのでよろしくお願いいたします!」

 

 洗練された所作でリィンが、如何にも緊張した面持ちでトワはその訪れたVIPへと挨拶を行う。

 

「あんまりそう、固くならないでください。お二人は卒業してしまわれますが、僕達は来年入学する以上お二人は僕たちの先輩に当たるわけですし」

 

 ね、クルトと傍らにいる友人にして守護役たる少年へと語りかけながらセドリック皇太子は笑顔で告げて

 

「セドリックの言うとおりですわ、せっかくの学院祭なんですものどうか気軽に、それこそ遠方より訪れたご友人を案内する位の心地で接して頂ければと思いますので」

 

 そこでアルフィン皇女は傍らに控えている今回護衛役を務めてくれている女性へと悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「そういうわけですから、クレア大尉も私達に気兼ねせずに存分に義弟さんと心温まる姉弟の交流をしてくれて構いませんよ。何なら、私もクレア義姉様と呼ばせて頂いても構わないでしょうか?前々から私、姉様も欲しかったんです」

 

「さ、流石にそれは余りに恐れ多いかと……」

 

 天真爛漫な様子を見せるアルフィン皇女にクレアは困ったような笑みを浮かべる。

 どうにも兄であるオリビエ共々この奔放な兄妹の相手を務めるというのは一筋縄では行きそうになかった。

 嫌というわけでは決して無く、権威や立場を振りかざして尊大な態度を取るような者よりは護衛のし甲斐があるのだろうが、それにしてもクレアのような生真面目なタイプにとってはなかなか苦労が耐えないタイプと言うべきだろう。

 

「アルフィン、あんまり無理言って困らせちゃ駄目だよ」

 

「そうですよ、姫様。姫様のご冗談は些か刺激が強すぎます」

 

 しかし、そんな奔放な皇女を皇太子と皇女の友人たるエリゼ嬢が嗜める。

 あるいは、この奔放な皇女に常日頃から振り回される者としてある種のシンパシーをクレアに抱いたのかもしれない。

 友人と弟からの苦言にアルフィン皇女は少しだけその天使のような愛らしい顔をしかめて

 

「……そんなに私は無理言っているでしょうか?アデーレ大尉はどうでしょうか?私からアデーレ姉様と呼ばれたら困りますか」

 

 傍らにいるもうひとりの護衛役を務める金色の髪を近衛軍の女性将校アデーレ・バルフェット大尉へと語りかける。

 すらりと引き締まった肉体に美人と称してなんら差し支えのない顔立ち。

 そして、その隙のない佇まいは紛れもない“達人”のそれである。

 

「あはは……流石にそれはちょっと、私も困りますね。

 でも、姫様が望まれるようでしたら出来るだけ壁を作らないようにさせて頂きますので」

 

 それまでの凛とした印象を崩して、どこか人懐っこい笑みをアデーレ大尉は浮かべながらアルフィン皇女の言葉に応じる。

 アデーレ・バルフェットはトールズ士官学院を次席で卒業した俊英にして《戦乙女(ヴァルキュリア)》の異名を持つ近衛軍きっての使い手である。

 クロイツェン州のアルゼイド子爵家が治めるレグラム帝国騎士の家に生まれた彼女は歳の近い兄と共に父より剣の手ほどきを受け、父親としてはほんの護身用程度のつもりだったのだろう、結果、その才を見事開花させた。

 天禀を有していた彼女が、人格はともかく才においては凡庸であった兄と父を追い抜くのにそう、時間はかからなかった。

 此処で彼女の兄と父が大人気なく自分以上の才を女だてらに有するアデーレに妬心を拗らせるような人物であれば、あるいはその才は日の目を見る事なく終わったか、あるいは現在とは違う他者に対して刺々しい人物となったかもしれないが、彼女にとって、そしておそらく帝国にとっても幸運な事にこの二人は才こそ凡庸であったものの、その精神はまさしく“騎士”足り得る高潔なものであった。

 自分では既にこの麒麟児を育てる事は出来ないと悟った彼女の父ロックス・バルフェットは娘に意志を確かめた「お前の剣の才は私も兄であるレオンも到底及ばぬものである。だが、才があるからといって必ずそれを振るわなければならないわけではない。お前は騎士としてその命を皇室へと捧げる覚悟があるのか?」と。それは騎士としてではない、父としての娘を思う親心であっただろう。

 そしてそんな父の問いかけに真剣な面持ちで頷き、答えた事で彼女の歩む道は定まった。

 程なくして彼女は父の推薦を受け、帝国においてもその名も高きアルゼイド流の道場へと通う事になったのだ。

 そして三年の手ほどきを受けた後、大帝縁の名門トールズ士官学院へと入学し、次席という優秀な成績で卒業した彼女はその実力と経歴を買われて父も所属する近衛軍に入隊。メキメキと頭角を現し、2ヶ月程前に起きた事件の責任を取る形でアルフィン皇女の護衛の任についていた士官が解任された後任としてその地位についたのであった。

 

「むぅ……アデーレ大尉までそう仰るのなら我慢します。

 でも、本当にお二人とも気兼ねしないようにお願いしますね。

 お二人にとっても思い出深い場所でしょうし」

 

「お心遣い、痛み入ります」

 

「ふふ、ありがとうございます殿下。そのお心遣いに心よりの感謝を」

 

 皇族の護衛を務める近衛軍は各地の領邦軍より選抜された、または士官学院を上位で卒業した精鋭達が集う花形部隊である。

 選抜される人員は単純な武力に限らず、皇族の守護を担う者として恥ずかしくない作法や気品、そして家柄を求められる。

 近衛軍に所属するものは一人の例外もなく最低でも帝国騎士の称号を持つ貴族階級なのだ。

 そのためと言うべきか、どこまでも実力重視で正規軍より選抜された鉄道憲兵隊とは互いに有力な人材を取り合いになる事も含め、互いにライバル視しており、夏至祭の時のアルフィン皇女誘拐未遂という事件が起きた事でそれはより一層加速。

 もはや不倶戴天と称しても過言ではない位にその関係は悪化したのだが……

 

「それじゃあ、一緒に頑張りましょうねクレア!心配せずともこの私が居るからには百人力。それこそカレイジャスに乗ったつもりで、どっしり構えてくれていれば良いですよ」

 

「ええ、頼りにしていますよ」

 

 どうやらアデーレ大尉に関してはそのへんの隔意はないようだ。

 いや、むしろどちらかというと彼女のクレア大尉への態度は旧友に対するような気安いもので……

 

(ああそうか、彼女が義姉さんの言っていた士官学院時代の友人か)

 

 諸事情によって士官学院時代のクレアは《氷の乙女》等と揶揄される位、人を寄せ付けず孤高を保っていたが、そんな彼女にも心を許せる人物が3人居た。

 一人目は帝国宰相ギリアス・オズボーン、彼女にとっては恩人であり、トールズへ進む事を後押ししてくれた後見人のような立場でもある存在だ。

 

 二人目はそんな恩人たっての頼みによって、家庭教師を引き受けることとなった鉄血宰相の実の息子であるリィン・オズボーンである。人間不信に陥りかねない出来事を経験した彼女にとって、純粋に自分を慕ってくれる義弟との日々はまさに宝石のようなものだったのだ。

 

 そして三人目こそが、件のアデーレ・バルフェットである。貴族、平民を問わず寄せ付けずに孤高を保っていた首席の氷の乙女とは裏腹に、気さくで茶目っ気があり、天然の愛嬌さを有する次席の彼女はまたたく間に人気者となった。

 そうなってくると自分より上の首席に位置する人物という事もあって気になってくるのが人の性、入学してから数週間経ったある日アデーレ・バルフェットはクレア・リーヴェルトの下を訪ねて、その愛くるしい笑みを浮かべて告げたのだ「友達になりませんか?」と。

 それは単に成績が近いのもあったが、人を寄せ付けずに孤高を保っていながら、どこか寂しさを漂わせたクレアの事を放っておけないと思った彼女の生来のそして家族の温かな愛を受けて育った故のお人好しさが為せる、善意によるものであった。

 そんな、男が言われればほとんど即答で、女であっても大半は快諾する誘いに対してクレアは氷のように冷たく拒絶した。今振り返れば赤面するしかない、「あなたのような恵まれた人に私の気持ちは絶対にわからない」等と告げて。

 

 普通であれば、そのまま孤高を保つ平民の才女と愛嬌に溢れた末席とは言え歴とした貴族たる次席の才女と二人の道は交わる事無く終わったかもしれない。しかし、アデーレ・バルフェットの場合においてはそこで終わらなかった。

 彼女はめげずに何度もアタックしたのだ、アデーレがそこまでする必要はないよと友人の行為を無下にするクレアに対する憤りを抱いた友人達の静止を振り切りながら。

 そしてそうなってくると徐々に絆されていくのが人の情というものである。

 基よりクレアが《氷の乙女》等と揶揄される位に孤高となっていたのは、ある悲劇によって人間不信に近い状態に陥っていた事によるものだ。

 生来のクレアは決して、独りを好むタイプではなく、むしろ人との交流にこそ喜びを見出すタイプであった。

 そして折しも、自分を先生と呼び慕ってくれるある少年と出会って徐々にではあるが、氷となっていたその心が溶け始めていたのもあって……

 

「貴方には負けました、アデーレさん」

 

 微笑みながら、全面降伏を行い、以後クレア・リーヴェルトとアデーレ・バルフェット、トールズ士官学院221期生の首席と次席のコンビの友情は卒業して道が分たれた今日まで続いているのであった。

 

・・・

 

 その後、セドリック皇太子、アルフィン皇女、オリヴァルト皇子を案内するという大役を務める事になったリィンとトワは学院の各所を案内する事となった。

 みっしぃのストラップを欲しがったアルフィン皇女の願いを受けて、みっしぃパニックに挑戦したアデーレ大尉がリィンの記録を抜こうとムキになるなど軽いハプニングはあったものの、殿下達にも概ね満足頂き、出し物を一通り見終えるとリィン達は講堂の貴賓席へと案内する。

 そうしてⅠ組のオペレッタ終了後に始まったのは、リィン達とも縁深い後輩であるⅦ組のステージ。

 

 スポットライトを浴びながら演奏を行う後輩たち、その中に混ざり笑みを浮かべる義妹たるミリアムの姿にリィンは感慨深い思いを味わう。

 

(良かったな、ミリアム)

 

 結果として《C》はトールズ士官学院に居るという情報局のプロファイリング、そしてクロウが《C》かもしれないというミリアムの直感は大外れだったわけだが、その結果、情報局員《白兎》としてではない、トールズ士官学院特科クラスⅦ組所属のミリアム・オライオンとしての仲間や友人が出来たわけだから怪我の功名と呼ぶべきだろう。

 仲間と共に楽しそうに踊り、歌うその義妹の姿にリィンは昨年の自分を重ねながら、しばらく幸福な思いを感じるのであった……

 

 

 

 




ちなみにアデーレ大尉もその乙女という異名にふさわしくクレア大尉同様に男性との交際経験はありません。
Ⅲ時点で20後半になる乙女コンビは革新派と貴族派、そんな立場の差を乗り越える硬い絆で結ばれた友人同士なのです。

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