(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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「数多の困難や現実を前にただ立ち竦むのではなく、ある1つの想いを抱いて明日へ続く道を歩んでいく。それを『夢』というのよ」


夢の終わり

 眼の前の光景をクロウ・アームブラストは感慨深い思いを抱きながら眺めていた。

 リィン・オズボーンとトワ・ハーシェル、アンゼリカ・ログナーとジョルジュ・ノーム、クロウにとっての掛け替えの無い親友たちが幸せそうに踊るその光景を。

 

(この光景を……俺は自分の手でぶっ壊す事になるわけだ)

 

 引き返すならばーーー今の内だろう。

 ザクセン鉄鉱山の一件で帝国解放戦線は完全に壊滅したという事になっている。

 このまま何食わぬ顔をして一緒に卒業する、そうすれば自分は、この友情を失う事はない。

 旧ジュライ市国最後の市長の孫にして鉄血宰相に憎悪を焦がす帝国解放戦線Cという本来の素顔を捨て去って、トールズ士官学院所属の不良生徒という仮面がそのまま素顔へとスライドするわけだ。

 そうすれば、失わずに済む。友情を。この士官学院で築いた絆を。

 そして、友人たちの結婚式にでも呼ばれてしたり顔で「お前もそろそろ身を固めたらどうだ」等とお節介を焼いてくる友人に辟易としながらも、近況を語り合ったり、時に思い出話に華を咲かせてそのまま歳を取って行く……ああ、悪くない未来だろう。

 

 しかし

 

(は、出来るかよ。そんな事)

 

 そういう未来を、恨みを忘れて前を向いて生きていく、そんな生き方を捨てて復讐する事を選んだのは自分自身だ。

 ーーーそのために既に多くのものを巻き込んだ。

 ーーー同じ目的を抱いた同志達を捨て駒(・・・)にさえした。

 ーーー何よりも、自分自身がこの胸の奥底にこびり着いた思いをぶつけずには要られないのだ。

 故に、自分は選ぶのだ。友情を捨ててでも、過去に対する決着をつける事を。

 

 だから、最後に眼に焼き付けておこう、目の前の光景を。

 自分が叩き壊す事となる、幸福を良く心に刻み込んでおくのだ。

 

 そんな事を考えながら、クロウ・アームブラストは後夜祭で誰と踊るでもなく、共にステージを行ったⅦ組の輪に混ざるでもなく静かに独り佇んでいるのであった……

 

・・・

 

 後夜祭、踊り終えたリィンとトワはそっと腰掛けて、焚き火を伺いながら話をする。

 

「……もうすぐ、学院祭も終わっちゃうんだね」

 

「ああ、そして俺達の学院生活も」

 

 これまで共に乗り越えてきた多くの思い出が二人の心の中に過る。

 初めて学院で出会った日の事、生徒会で一緒に過ごした日々、そして5人で協力してサラ教官の無茶振りをこなした日々。2年生になってからは、Ⅶ組という後輩を率いて特別実習に赴きながら、会長と副会長として共に協力しながら数々の行事を成し遂げてきた。

 そして生徒会活動の集大成とも言うべき学院祭を今、大成功の内に終わろうとしている。

 これで終わりなのだとそんな想いがトワの心に過って……

 

「ご、ごめんね……これが最後の学院祭で、もうじき学院生活も終わるんだって思ったら、なんだか感極まっちゃって……」

 

 流れる涙を拭って精一杯笑顔を作りながらトワは気丈に振る舞おうとする。

 そんな恋人のいじらしい姿にリィンはそっと微笑みながら抱きしめて

 

「大丈夫さ。学院祭が終わっても、いや学院生活が終わったとしても、それで俺達の関係は終わりじゃない。

 常に一緒に居る事は出来なくても俺の、リィン・オズボーンの帰る場所はトワ・ハーシェルの居る所だから」

 

 卒業すれば自分たちはバラバラになる。

 それぞれの目指す未来に向けて歩みだす。

 故に今までのように常に一緒に居る事は出来なくなるだろう。

 それこそが旅立ちなのだから。

 だけど、そんな程度(・・・・・)で自分たちの紡いだ絆は消えたりなどしない。

 そして、戦場という戦いに赴く自分が帰りたいと願う場所、それは間違いなくこの陽だまりのような少女の居る所なのだから。

 

「リィン君……うん、約束忘れないでね」

 

 そうして、二人は残された時間を少しでも一緒に居るために、しばらくそのまま寄り添い合うのであった……

 

・・・

 

 そしてそんな義弟の姿をクレアはどこか切なげに見ていた。

 めでたいことだ、彼女のトワ・ハーシェルがどのような少女かは良く知っている。

 健気で優しい素晴らしい少女だと思う、あの子の異性を見る目は確かだったのだと、そう思う。

 どこか我が身を省みない傾向のある子なので彼女の存在が楔になってくれればとも思う。

 子どもだった思っていた義弟の成長を嬉しく思う気持ちもある。祝福しなければならないという思いも。

 されど、どうしても「クレア義姉さん、クレア義姉さん」と慕ってくれて、自分に向けられていたあの宝石のような笑顔を向けられるのが、これからは自分ではないのだと思うと、どうしても一片の寂しさが過ってしまうのだった。

 

「貴方の義弟君、なんというか可愛気がないですね」

 

 そんな風に物思いにふけっていると傍らに居た友人がどこか面白くないような顔を浮かべながらそんな事を呟くものだからクレアは眼を丸くして

 

「そう……でしょうか?私にとっては本当に可愛い義弟なんですが……」

 

 人間不信に陥っていた自分にとって、ただひたむきに慕ってくれるあの子の存在がどれほど救いになったことか。

 もしもあの子に出会って居なければ、それこそ今こうして傍に居る友人さえも遠ざけて、どこまでも氷の如き孤高を保っていた可能性さえあるのだ。

 だからクレアにとってリィンは本当に本当に可愛くて仕方がない義弟なのだ。

 ーーーそこに失った実の弟と重ね合わせている側面があったとしても。

 

「ええ、可愛くないです。なんですか、あの宰相閣下の実の息子の上に首席でヴァンダール流皆伝の腕前ってだけでも出来過ぎな位なのに、おまけに可愛らしい恋人まで居るとか!隙がなさ過ぎてむかっ腹が立ってきますよ!こちとら彼氏居ない歴年齢だというのに!」

 

 そうして告げられた私怨丸出しのその友人の言葉にクレアは思わずずっこける。

 

「く~~~何が《戦乙女》じゃ。こちとら何も好きでいつまでも乙女で居るわけじゃないやい!」

 

 友人が何気なく叫んだその言葉、それがクレアの胸に突き刺さる。

 そうだ、考えてみたら自分も既に20半ば、にも関わらず氷の乙女等と呼ばれて、その異名に相応しく未だ異性との交際経験はない。

 卒業してから少しでも早く恩人である宰相閣下のお役に立とうと職務に精励していた結果、ある程度の地位に就く事は出来たが、それと引き換えにと言うべきか親しいと言える異性など数える位しかいない。

 

(これは、もしかしてこのまま行くとお局様というやつなのでは……)

 

 子どもだと思っていた義弟がいつの間にかああして素敵な恋人を作ったのだ。このまま行くとそれこそ今はまだまだ子どもである義妹分のミリアムにまで先を越されるのでは……そんな焦燥がクレアを何時になく襲う。

 

「……クレア!私達、何時までも友達ですよね!」

 

 そしてそんなクレアの様子に気づいたのだろう。

 アデーレはとても晴れやかな笑顔を浮かべながら、悲しすぎる形で友情を確認するのであった……

 

「えっと、お二人とも素敵な方ですからきっとすぐにでもお相手が見つかるはずですとお伝えした方が……」

 

「辞めておきなさいエリゼ、まだ15歳の私達がそんな事を言っても嫌味にしかならないから」

 

 そんな美女二人の哀しき友情を目の当たりにして二人の少女は少し憐憫の念を抱くのであった

 

・・・

 

 そんな風に楽しく男女で踊る二人組みと踊る相手が居ずに寂しい思いをする者という勝者と敗者を明確に別けながらも後夜祭は和やかに過ぎていったのだが、突如として来賓していたVIPや軍、政府関係者の持つ通信機が一斉にけたたましく鳴り響きだし、オリヴァルト皇子らを筆頭にVIPが姿を消しだした事で、徐々に場は騒然となる。

 一体何事が起こったのかとその場に居合わせた者たちが訝しがっていると、学院の責任者たるヴァンダイク学院長が姿を現して学院祭の終了を告げる。そして、さらに学院長を続けて

 

「それとーーー先程帝国政府より正式な通達がありました。

 本日夕刻、東部国境にある《ガレリア要塞》が壊滅……いや、原因不明の“異変”により“消滅”してしまったそうです」

 

 告げられた言葉、それにその場にいた誰もが息を呑む。

 当然だ、ガレリア要塞は帝国にとって不倶戴天の仇敵たる共和国より国土を防衛するための最重要拠点であった。

 帝国に置いても最精鋭と謳われる“赤毛のクレイグ”率いる第四機甲師団を筆頭に、常時三個師団もの部隊がそこには駐屯していた。

 それが消滅したという事は即ち、帝国は自らを護る盾を消失したという事に他ならないのだ。

 パニックには、ならなかった。余りの衝撃に頭が追いついて居ないのだ。

 だってそうだろう、壊滅ならばまだわかる。共和国の大軍勢が攻めて来て奪われたというのならばまだ理解は出来る。

 だが、“消滅”というのは一体どういうことなのか。あの巨大な要塞を一瞬にして吹き飛ばす新兵器でも現れたというのか。

 混乱する一同を他所に、そこでヴァンダイク学院長は苦渋を飲み干すかのような苦い表情を浮かべて、ヴァンダイクの代わりに姿を現したのはリィンもよく知る人物で……

 

「リィン・オズボーン候補生!」

 

「は!」

 

 常とは違う帝国政府書記官としての顔で自分の名を呼ぶ、その義兄の呼声にリィンは反射的に敬礼を行い前へと進む。

 

「帝国政府、及び帝国軍参謀本部よりの辞令を伝える。

 ガレリア要塞消滅というこの未曾有の事態を受けて政府は特例ではあるが、帝国軍特務少尉へと任命する事を決定した。

 帝国軍人として貴官の祖国と皇帝陛下への忠節を期待するものである」

 

 告げられた言葉を聞いた瞬間にリィンは総てを理解する。

 つまり、政府はいや、父は自分に戦列に加われと言っているのだ。

 灰色の騎神という力を以て、ガレリア要塞を消滅させた脅威を、帝国の敵を打ち倒せと。

 それ以外にわざわざ、士官学院生である自分を繰り上げ卒業させる理由などないのだから。

 

「謹んで拝命させて頂きます!この身の総てを祖国と皇帝陛下へと捧げましょう!」

 

 望むところだとリィンは意志を燃やしてその命令を快諾する。

 手に入れた力を使うべきは今だと、そう信じて。

 そしてレクターへと従い、その場を離れようとする寸前

 

「リィン君!」

 

 かつてのオルキスタワーの時のように不安そうにこちらを見つめる少女の姿

 それを確認したリィンは安心させるように笑みを浮かべて

 

「大丈夫だ、トワ。君を、そしてこの国を必ず俺が護ってみせる。

 勝利の報告を携えて必ず生きて帰るからどうか安心して待っていて欲しい」

 

 そうしてそのままリィンは歩みだす。

 その場にいる者たちの姿を目に焼き付けて。必ず護るのだと意志を燃やして。

 どれほどの脅威が相手だろうと自分はそれを打ち破り、必ずや勝利を齎すのだと誓って。

 

 そうして英雄は進み始めた。

 黄金色に輝いていた青春時代に別れを告げて。

 この輝きこそが自分が護るべき宝なのだと信じて。

 

 ーーー黄金色に輝くその財宝の中に一発の漆黒の弾丸が眠っている事に気づかぬままに。

 

 




「だが兵どもよ。 弁えていたか?夢とは、やがて須く醒めて消えるが道理だと」

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