(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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君は知るだろう
異なる希望が出会うことが 平和への道とは限らないことを
守ることが戦うことである限り 希望もまた争いの中にある
全てを失う可能性を抱きながら 僕たちは未来を求めた
違う道を選ぶことは 許されなかった




鋼の誓い

 その写真には、笑顔を浮かべた自分の姿が写っていた。

 自分だけではない、自分にとって出来た掛け替えのない友人たちも皆、笑っている。

 そこで浮かべている笑顔には何一つとして偽りなどなかった。

 自分はこの時、確かに心の底から笑っていたのだ。

 眺めているだけで昨日のように思い出す事が出来る宝石のように煌めいていた日々、それらに決別するかのようにそっと、クロウ・アームブラストは写真を伏せて部屋を出る。

 

「あばよ」

 

 告げた決別の言葉は、誰かに聞かせるためのものではなく自分自身に対する宣誓であった。

 そしてそのままクロウ・アームブラストは宝石のように煌めいていた“今”に別れを告げて、“過去”へと戻り始めた……

 

 

・・・

 

 帝都のドライケルス広場、そこでは帝国宰相たるギリアス・オズボーンの全国民へと向けた演説が開始されようとしていた。帝都守護を役目とする第一機甲師団は戦車も駆り出しての厳重な警備網を敷いており、さらに宰相直属たる鉄道憲兵隊もまたクレア・リーヴェルト指揮の下第一機甲師団と協力して警備にあたっていた。

 そして、そんな中つい先日宰相直属となったリィン・オズボーン特務少尉もまた、帝国正規軍士官の紫紺の制服へと身を包み、宰相の傍らへと控えていた。それは警備へ駆り出されたからではなく、父の指示の下、あるデモンストレーションをこの場にて行うためである。

 

 広場には多くの人が詰めかけていた、それはこれから演説を執り行う人物の人気を証明するものであった。

 ガレリア要塞消滅という信じ難い凶報を前に誰もがそれを行ったクロスベルへの怒りと同様にこれらから先の未来に不安を抱いていた。つまるところ彼らは“安心”させて欲しかったのだ、彼らの信ずる強き指導者に。

 

 そしてそんな中、この非常事態にも一切の動揺を見せない常と変わらない堂々とした様子で姿を現した鉄血宰相の演説は始まった。

 

「帝都市民、並びに帝国の全国民の皆さん、御機嫌よう。

 エレボニア帝国政府代表、ギリアス・オズボーンである」

 

 堂々たる様子でオズボーンはまずは軽く挨拶を行う。

 その口調は威厳に満ちながらも、どこか友人に語りかけるような親愛さに満ちたものである。

 そして、聴衆の意識が集中しだしたのを確認すると本題へと入り始める。

 

「ーーー諸君も、ここ数日の信じ難い凶報はご存知かと思う。

 歴とした帝国の属州であるクロスベルが独立などという愚にも付かない宣言を行い、あろうことか帝国が預けていた資産を凍結したのである! 」

 

 独立宣言までは勇み足でまだ済んだだろう、実際レミフェリアにリベール、そしてアルテリア法国などのクロスベル問題に関して中立の立場を取っている国は、帝国と共和国を刺激しないようにしながらも、「民意は尊重されるべきだ」等と好意的とも取れる声明を発表していた。

 しかし、金融資産の凍結、これは紛れもない暴挙と言える行為であった。

 クロスベルの今の繁栄、それは共和国と帝国のある種の緩衝地帯となった事により、帝国と共和国、この2大国双方の資本が流れ込んだ事によるものだ。

 経済は、いや社会というのは“信用”によって成り立っている。この信用が社会から失われた時に秩序は崩壊する。

 その信用をクロスベルは、いやディーター・クロイス大統領は自身のIBC総裁という地位を濫用して独立という自らの政治構想を実現させるために捨て去ったのだ。

 元々クロスベルの政治基盤及び安全保障上の脆弱性については通商会議の際に共和国と帝国、両国より懸念が出ている案件であった。

 ーーーそして、図らずもディーター・クロイスはそれを自らの手によって証明してしまったわけだ。

 クロスベルの持つ政治上の脆弱な基盤、それを何とかするために彼は預けられた金融資産を勝手に凍結する、等という銀行にとっては自殺行為とも言える行いを取ったのだから。

 

 一体誰が、預けた資産を勝手に凍結するような銀行を今後利用したいと思うだろうか?

 大陸最大の銀行IBCの信用は今回の一件で間違いなく地に落ちた、これを取り戻すとすればそれには最低限、ディーター・クロイスが総裁の座を追われ、あくまでこの一件はディーター・クロイス個人の暴走であったとする必要があるだろう。それでも、失われた信用を取り戻すのは並大抵の努力ではないだろうが。

 

「当然我々はそれを正すために行動した。それは侵略ではない。宗主国としての権利であり、義務ですらあると言えよう」

 

 そして自国の民の財産が脅かされた状況下で国が動かないわけがない。

 国家が保障すべきは自国民の生命と生活なのだから。

 人間とは、命さえあれば良いわけではない。豊かな生活をおくるには確かな生活基盤と財産があってこそなのだ。

 直ちにクロスベルのこの暴走を止めなければ、経済活動は停滞して、多くの民が露頭に迷う事となるのだから、帝国にしても共和国にしても、クロスベルの独立の承認などあり得ない以上取るべき選択など一つしか無い。

 すなわち武力による誅伐である。そしてそれを招いたのはあくまでクロスベルなのだとオズボーンは強く訴える。

  

「しかし、彼らは余りにも信じ難い暴挙に出た。

 ガレリア要塞、帝国の誇る鉄壁の守りを謎の大量破壊兵器を持って攻撃……これを“消滅”せしめたのである!

諸君、果たしてそのような悪意を許していいのか!? 偉大なる帝国の誇りと栄光を傷つけさせたままでいいのか!? 」

 

 無論、クロスベル側に聞けば当然クロスベル側の言い分があるだろう。

 長年クロスベルの民は、経済的な繁栄を享受する傍らでその肩代わりとばかりに様々な負債を共和国と帝国に押し付けられてきた。帝国人と共和国人がクロスベルの地で犯罪を犯したとしても、自治州政府ではそれを裁く事が出来ずに野放しになる。そして両国の行う暗闘の結果、命を失う事となった者もいる。

 さらには、列車砲等という大量破壊兵器を常に帝国より向けられていた。自分たちから“誇り”と“生命”を奪い続けてきたのは、お前たちの方だと。今回の一件はそれらを守ろうとしただけなのだと、憤りと共に主張するだろう。

 

「 否ーーー断じて否!! 鉄と血を贖ってでも正義は執行されなければならない!」

 

 しかし、帝国側の主張はこうなるのだ。

 当然だ、壊滅したのは第五機甲師団だけであり、帝国正規軍が完全に敗れ去ったわけではない。

 未だ帝国には壊滅した第五機甲師団以外にも、19もの機甲師団が存在する。四大名門の所有する領邦軍も存在する。

 クロスベルに《風の剣聖》が存在するというのならば、帝国には《光の剣匠》が、《アルノールの守護神》が、《黄金の羅刹》が存在する。

 故に退く事など、有り得はしない。始まるのは帝国の総力を結集した全面侵攻だ。

 

 

 ディーター・クロイスは決して愚鈍な男ではなかった。彼がクロスベルで就任からわずかの間に成し遂げた数々の改革は彼の才覚を証明するものであった。

 だが、それでも元々銀行家であり軍事に携わった経験が無く、政治家としての経験もまだ1年にも満たない彼は余りに国家の威信というものに対して無知であった、あるいは夢想家であったと言っても良い。 

 クロスベルが列強から干渉と圧力を受けるのはつまるところ“力”がないから。故に、経済を締め上げた上で、力による屈服が不可能だと見せつければ自ずと帝国と共和国は自国内の資本家からの突き上げにより、クロスベルに対して譲歩せざるを得なくなる、それが彼の抱いたクロスベル独立への構想だったのだろう。

 

 しかし、そうして話を運ぶには彼は余りに帝国と共和国双方を“挑発”し過ぎてしまった。

 それは至宝という強大な力に魅入られたが故の暴走か、それとも基より国家というものに対する帰属意識の低さによるものなのか、それとも何かそうせざるを得ない事情があったのか。

 

 もはや、後の祭りではあるがせめて彼は独立宣言の際の非難声明をどちらか一国へと留めるべきだっただろう。

 そうして、もう片方の国とは手を結び、その力を示す事で譲歩を求める。

 そうすれば、相手取るのは帝国と共和国のどちらか一国で済んだし、至宝の力を有するクロスベルと自国と同格の敵手を同時に相手取ることの困難さから、交渉によって決着を見る事は可能であったかもしれない。

 しかし、彼はそれらの外交努力を重ねる事無く、両国を同時に相手取る事を選んでしまった。

 これでは、帝国も共和国も退けるはずがない。

 

 “暴挙”に及んだ“属州”への報復を誇り高き“宗主国”の民が求めるのは、自明の理というものであった。

 「強いエレボニア」を祖国へと取り戻し、ひるむ事なく鋼鉄の覚悟を抱き演説するその指導者の姿にその場に居た市民は否応なく熱狂していく。

 「クロスベルを許すな!」「皇帝陛下万歳!エレボニアに栄光を!」の大合唱がその場を包み込んでいく。

 そして、聴衆のその反応を見た宰相は満足気に頷き

 

「諸君!偉大なるエレボニアの国民諸君!如何にクロスベルが強力な兵器を有していたとしても、恐れる事はなにもない!

 何故ならば、我がエレボニアにはそれに対抗するための力があるのだから!その一端を、今この場に居合わせた方々にはお見せしよう」

 

 その言葉と共に宰相の傍らへと躍り出たのは帝都市民も見知った顔であった。

 180リジュ程の堂々たる体躯。

 素人目に見ても鍛え抜かれている事がわかるその肉体。

 頬に刻まれたその傷跡は否応なく、彼が激戦をくぐり抜けてきた事を理解させる。

 何よりも、その覇気に満ち溢れた視線は、隣で立つ宰相と同じく、その身に宿す鋼鉄の意志を感じさせた。

 

「来い!灰の騎神ヴァリマール!」

 

 その光景にその場に居合わせた者達は誰もが息を呑む。

 現れたのは全長8アージュ程もある巨大な人の形をした騎士人形。

 造形美と機能美が合わさったそのフォルム、何よりも人の形を模したそれは自然と見たものに対して畏怖の心を与える。

 天より舞い降りた、その光景はさながら空の女神が遣わした天使にさえ思えた。

 

 演説の光景を伝える役割を果たしている、ラジオのアナウンサー達もその光景に自らの職務を忘れて、茫然自失となる。それほどまでに天より舞い降りた巨大な人形の兵器というのは見る者の心に衝撃を与えるものなのだ。

 

「紹介しよう、これこそがクロスベルの“悪”を糺す、我が帝国の開発した、いや女神が遣わした“正義”の力! “灰の騎神”ヴァリマールである!

 そして、それを振るうのはこの“国難”に際して、祖国を護るために立ち上がったリィン・オズボーン特務少尉である!」

 

「ご紹介に預かりました、リィン・オズボーンです。

 私はこの場に置いて誓います。この身の総てを偉大なる皇帝陛下と祖国に捧げる事を。

 我が身命を賭して、我らの偉大なる祖国を守り抜く事を!如何にクロスベルに恐るべき新兵器が在ろうと、それを打ち破り、“正義”の何たるかをこの世に示して見せる事を!」

 

 その宣誓と共に広場に爆発的な熱狂が広がりだす。何故ならば、誰もが“英雄”を求めていたから。

 ガレリア要塞消滅という異常事態を前に、国民は怒りと同時に不安を抱いていた。

 もしも、共和国とクロスベルが手を組んで攻めてきたらどうなるのか?、ガレリア要塞という盾を失った正規軍は果たして本当に自分たちを護ってくれるのか?

 そもそも、ガレリア要塞を消滅した謎の兵器をどうにかする手立てがちゃんとあるのかと。

 そんな不安を拭い去り、勝ってみせると安心させてくれる存在、どこからともなく現れて“誰か”のために命を賭けて戦い、そして勝利を収める“無敵の英雄(都合の良い存在)”。

 そんな者が現れて、自分たちを救ってくれる事を。

 

 そして、それはこの上ない形で示された。

 天より舞い降りた巨大な騎士人形、それは圧倒的な衝撃を齎した。神々しささえ感じるその姿はまさに女神の遣わした天使のようにさえ思えた。

 それを駆る革新派の、否、エレボニアの若き英雄の姿のなんと頼もしい事か。

 もはやクロスベルの新兵器など英雄譚を彩る敵役でしかないのだと、そんな錯覚さえ抱いていた。

 凄まじい熱狂がその場を包み込む、事実を冷静に伝えるのが役割のアナウンサーでさえも、お伽噺の体現者を前にして興奮を露に叫んでいる。

 

(これで、勝つしかなくなったわけだ)

 

 しかし、そんな熱狂を齎した張本人はと言えば、熱狂して自分に歓呼を浴びせる民衆の姿をどこか冷めた様子で眺めていた。

 当然だ、何故ならば彼は救いを齎される側ではなく、救いを齎す側なのだから。

 齎される側のようにただ無邪気に勝利を信じていれば良いわけではない、現実に勝つための手段、それを考えなければならないのだから。

 

 今、民衆が自分達に歓呼の声を浴びせているのは“勝利”を齎すと信じているからこそ。

 もしも、敗北しようものなら彼らのこの歓声は罵声へと変わるだろう。

 だが、それでもこう宣言するしかないのだ。貴族勢力と革新派勢力の対立という内憂を抱えている以上民衆を熱狂させて、その勢いで以て速やかにクロスベルという外患に対して勝利を収める、それ以外に今のエレボニアに取れる手段はない。

 それ以外にもはや道はないのだから。進む道が定まっている以上、後はそれを踏破するのみだろう。

 ーーー如何なる障害が立ちふさがろうが、それを粉砕して。

 ーーーその障害が、自分と同じくただ誰かを護りたいと言う願いから剣をとった同じ人間(・・・・)であったとしても。

 

(クロスベルの“悪”を糺し、“正義”をこの世に知らしめるか……)

 

 我ながらなんとも空々しい事を言うものだとリィンは内心自嘲する。

 絶対的な悪と絶対的な善、そんなものが本当にこの世に有るとするのならばそれはなんとも“楽”な事だと。

 自分は間違いなく地獄に堕ちる事になるだろう。例え、どのような“正義”を掲げようとこれから自分が行うのは“人殺し”に他ならないのだから。

 だが、それでも自分は護りたいと、そう思ったのだ。祖国を。そこに住まう民の幸福と輝きを。

 

(良いさ、俺は地獄に堕ちよう。その代わりにーーー)

 

 祖国と民に必ずや繁栄を齎して見せよう。

 それこそが自分の大切な人たちの幸福にもきっと繋がるのだから。

 隣に居る父と同じく、鋼鉄の意志で総てを呑み干して往こう。

 何故ならば自分は鉄血宰相ギリアス・オズボーンの息子、《鉄血の子》リィン・オズボーンなのだから……

 

 




まるでED曲が流れ出す最終回のようですが、此処で終わりではないんじゃよ。

まだ彼には眼の前で父を失ったり、親友から「ジャンジャジャーン、今明かされる衝撃の真実~~~」や「全部が全部嘘ってわけじゃない。たまに感動してウルッとしたし。 だまして悪いなぁとも思ったよ」を喰らって貰うという試練が待っていますので。

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