(完結)鉄血の子リィン・オズボーン   作:ライアン

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トワ「私ね、誰よりも優れた“英雄”なんていないと思うんだ」
リィン「でも、そうあるべきだ!」


終わりを齎す凶弾

「ラジオをお聞きの皆様!この大歓声が聞こえるでしょうか!

 かくいう私も興奮の色が隠せません!この光景を、我らが帝国の誇る最新兵器と若き英雄の姿を、皆様にお届け出来ないのが残念で仕方がありません!!!」

 

 興奮を露にそう伝えるのは常日頃、冷静な口ぶりでのアナウンスに定評のあるラジオ番組のアナウンサーである。「帝国万歳!クロスベルを倒せ!」の大合唱は凄まじいものだ、ラジオ越しにさえ、その凄まじさがわかる。

 そしてそれは何も現地に居るものだけではなかった、帝国の各地で次々と「帝国万歳!クロスベルを倒せ!」とラジオの前で叫ぶ光景が繰り広げられていた。

 トールズ士官学院への対抗意識を燃やす中央士官学院の生徒の中には、トールズの主席に遅れをとってたまるかと教官に自分も戦列に加わりたいと願い出ている者も居た。

 

 しかし、そんな熱狂に身を委ねる事が出来ずに、暗い表情を浮かべている者たちもまた存在した。

 

「本当に、君は“英雄”になるつもりなのか、リィン……」

 

 自らの退路を進んで塞ぐが如き友人の発言にアンゼリカ・ログナーはポツリと呟く。

 彼女は放蕩娘であるが、歴とした四大名門の息女、人の上に立つものとしての教育を施された人物だ。

 故に友人の発言が如何に危険なものかわかってしまう。

 

 勝利を約束すると彼は言った。

 なんとも威勢が良く頼もしく民衆受けの良い言葉だ。聞いている方はさぞ彼が無敵の英雄、まるでお伽噺の登場人物のように思っているだろう。

 だがアンゼリカ・ログナーは知っている、リィン・オズボーンは無敵の英雄などでも何でも無い、ただ水準より優秀なだけのただの人間に過ぎない事を。

 必ず勝利する事など出来るわけがないのだ。勝敗とは相対的なものに過ぎないから、彼が幾ら最善を尽くそうとそれでも相手が上を行っていればリィン・オズボーンは敗北を喫する事になるだろう。

 そして、そうしてもしも負けて帰ってきたら、彼を迎えるのは罵倒の嵐だ。期待が大きければ大きい程、それを裏切られたと思ったときの怒りもまた大きくなる。

 

 仮に勝利を収めたとしても、彼を待つのは次の戦いだ。その戦果が華々しければ華々しい程に、民は勝手に(・・・)次を期待するだろう。

 そうして“英雄”となった彼を、貴族派も革新派も当然放っておかないだろう。

 懐柔かそれとも排除か、どちらにせよ戦場で勝利を収めた“英雄”には“政治”という次なるステージでの戦いが待ち受けているわけだ。

 本来であれば数十年単位で徐々に担う重責を、アンゼリカの友人は未だ成人もしないうちに自ら望んで背負うとしているのだと理解したが故にアンゼリカは拳を強く握りしめる。

 どうしてそんなにも一人で突き進もうとするのかと、そんなにも自分たちは頼りにならないのかと行き場のない憤りを抱えながら……

  

 

「リィン君……」

 

 トワ・ハーシェルはトールズ士官学院の次席の成績を持つ才媛だ。

 故にリィンが何故そんな事を言ったのかはわかっている、わかってしまう。

 彼は帝国の分裂を防ごうと必死なのだ。

 

 帝国解放戦線が壊滅し、赤き翼を率いるオリヴァルト殿下が両派の間を取り持つために文字通り帝国全土を奔走した事もあって、革新派と貴族派の対立は小康状態となった。

 しかし、それはあくまで表面を取り繕っただけに過ぎない。火種は依然燻ったままなのだ。

 ガレリア要塞の消滅、そして一個師団の壊滅の齎した衝撃は大きい。

 速やかにクロスベルの“脅威”を取り除かなければ、燻っていた火種が爆発してしまうかもしれない。

 だからこそ彼はエレボニア国民を安心させる“英雄”を演じているのだろう。

 恐れる必要などなにもない“正義”は自分たちにあるのだと、そう言っているのだ。

 エレボニアという国を纏めるためにクロスベルという“敵”を“悪”と断じて。

 その“悪”へと対抗するためには貴族派と革新派、そんな些細な違いを気にしている場合ではないと。

 それは多くのエレボニア国民にとっては抵抗なく受け入れられる内容だろう。

 何故ならばクロスベルに実際に住んでいる人たちと交流がある者等帝国では圧倒的少数派だから。

 多くの者にとって、クロスベルは鉄血宰相の演説の通りに、突如として暴挙に出た悪の属州なのだ。

 

 だが、トワ・ハーシェルは覚えている。

 友人たちと共にクロスベルで過ごした日々を。

 特務支援課の人たちと歳と立場を超えた友人となった事を。

 「どうか頑張ってください」と控え目に、されど確かな本音(・・)を他ならぬリィン自身が告げていた光景を。

 “悪”等ときっと彼は思っていない、思っていないのにも関わらず彼はそう振る舞っているのだ。

 己が私情を殺して、総ては祖国を護るために。

 質朴な優しさを持つ私人としての己を捨てて、ただただ祖国に総てを捧げんとする“英雄”へと成り果てようとしているのだ。

 それがトワには酷く恐ろしい。このまま、彼が遠いところへと行ってしまうのではないかと、そんな予感を拭う事が出来ずに。

 

 浮かない表情を浮かべているのは彼女達二人だけではない、友人たるジョルジュ・ノームも。

 教官たるサラ・バレスタインも。Ⅶ組の面々も、差はあれど、その熱狂に乗る事は出来ずに表情を曇らせている。

 何故ならば彼らは私人としてのリィン・オズボーンを知っているから。

 “英雄”としてではない、一人の人間としての彼を。

 故にどうしても思ってしまうのだ、「どうしてそこまで」と。

 だが彼らのそんな思いとは裏腹に演説は進んで行く。

 

 もはや時代は大きく動き出した、鋼の意志と強さが無ければ、それに抗う事も出来ずにただ呑み込まれていくだけなのだと、未だ巣立ちを迎えていない未熟な雛鳥達へと突きつけるように……

 

・・・

 

「無論、彼一人だけの力で勝てるわけではない!いや、例え出来たとしてもそうすべきではない!

 何故ならば、国家の行く末をたった一人の決戦存在が担う、そんな時代はもう終わろうとしているのだから!

 諸君!偉大なるエレボニアの国民諸君!“誰か”ではない、君達自身なのだ!この国の未来を作るのは!

 祖国は!皇帝陛下は!特別ではない、君達一人一人の力を欲しているのだ!

 如何に生まれが不遇であろうと、血筋が凡庸だったとしても、才を持ち得ていなかったとしてもそんな事は気にすることさえ愚かしい。

 必要なのは“護ろう”という意志、愛する祖国、この偉大なる我らが祖国を護らんという意志さえ有ればいい! 

 今こそ、我らはクロスベルという“悪”に、そして、“東の脅威”へと立ち向かうために手を取り合い、その意志を結集させようではないか!

 クロスベルという歴然たる”悪”を前にして理解できたはずだ。革新派と貴族派、俗に言われていた、その対立のなんと細やかなものだったかを。

 確かに、我々には無視できない相違点があった。私が貴族派を苦しめた事もあったし、貴族派が私を苦しめた事もあった。

 だが、それでも我々は等しく偉大なる皇帝陛下の臣下である!この偉大なる祖国を等しく愛しているのだ!

 諸君、あえて、あえて私は君達に答えのわかりきった問いを投げかけたい。諸君は祖国を、このエレボニア帝国を愛しているか?」

 

「愛しています!」

 

「偉大なる皇帝陛下への忠節を貫く覚悟があるか?」

 

「もちろんです!」

 

「私の気持ちも諸君と同じだ!祖国を愛している!偉大なる皇帝陛下へとこの身命を捧げた!我々は一つなのだ!」

 

 作り上げられたのは、全国民が一丸とならなければないという空気。

 この“国難”を前にして、それを乱すものは不忠者であり、帝国人の風上にも置けぬ者であるという空気だ。

 異様な熱狂がその場を包み込む。そして、その熱狂を作り出すのにリィン・オズボーンは一役も二役も買っていた。

 未だ士官学院生に過ぎなかった彼が、任官を早めてクロスベルへの誅伐の陣頭に立とうとしているその姿、それはまさに口だけではない自己犠牲の体現だ。

 リィンの祖国にその身命を捧げんとする覚悟は何一つとして偽りのない本気のものだ。

 だからこそ、その姿は人々を駆り立てる。偉大なる祖国を護るために、自分も彼のように(・・・・・)戦わなければならないのだと。

 ーーー「地獄に堕ちるのは自分だけでいい」、そんな彼の願いとは裏腹に。

 

「このギリアス・オズボーン、偉大なる皇帝ユーゲントⅢ世陛下の神名の下、此処に宣言させて貰おう。

 この“国難”へと立ち向かうために。愛する我らが祖国を護るために。正規軍、領邦軍を問わず帝国の総力を結集させ、クロスベルの“悪”を正し、東からの“脅威”に備えん事をーーー」

 

 熱狂に包まれる群衆を前に、ギリアス・オズボーンはついに自らの演説を締めくくろうとする。

 それは、解放戦線の幹部《G》がかつて、ミヒャエル・ギデオンであった頃に予見した未来。テロリストへと身をやつしてでも、止めようとした未来。

 国家の“総て”を戦争遂行へと費やさんとする、“総力戦体制”への移行。

 熱狂のままに地獄への片道列車へとエレボニアの民がこぞって乗ろうとしたその刹那

 

「言わせねぇよ」

 

 ギリアス・オズボーンが踏み潰し、飲み込んできた“過去”より飛来した漆黒の弾丸が彼へと届いたーーー

 

 

 

 

 先程までの熱狂が嘘のような静寂さがその場を包み込む。

 まるでその場の時が止まったかのような、そんな錯覚をリィンは抱いていた。

 響いた銃声からして、狙撃がされたのは間違いない。

 それも、リィンの知覚とこの厳重な警備の外からの超長距離狙撃だ。

 そして、その対象となるような人物はこの場に一人しかいない。

 故に、すぐにでも駆け寄るべきだろう、だが、動けない。

 撃ち抜かれたはずの人物が、胸から血を流しながらも、余りに堂々としているために本当に撃たれたのかと誰もが疑問を抱いてしまっているのだ。

 しかし、そうなっていたのもほんの僅かな時間だった。

 

 ギリアス・オズボーン、時代の生んだ“怪物”にしてリィンにとって憧れでもある存在は、その巨躯をわずかに蹌踉めかせて

 

「見事だ《C》……いや、クロウ・アームブラスト……」

 

 自らの想定を上回った敵手への称賛を口にしながら、静かに沈むのであった。

 

 

「父さああああああぁぁぁんっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 絶叫と共にリィンは父の下へと駆け寄る。

 そこに居るのは若きエレボニアの英雄の姿ではない。

 祖国にその身を捧げた帝国軍人でもない。

 ただの一人の少年の姿だ。

 

「父さん!父さん!ギリアス父さん!目を開けてよ!!」

 

 必死にリィンは父へと声を掛ける。

 ーーー「何をそんなに慌てている。帝国軍人たるもの如何なる時にも毅然とせよ」

 そんな風に父が常と変わらぬ威厳に満ちた言葉を発してくれる事を期待して。

 ーーー「そもそも今この場において私は、貴官の父である前に帝国政府代表である。公私の区別をつけることだな少尉」

 そんな風に自分の醜態を叱責してくれる事を期待して。

 

 だが、父は何も答えない。動かない。心臓の鼓動も息も聞こえてこない。

 致命傷であった。死んだ。父は、ギリアス・オズボーンは死んだのだ。

 

「………ハハハ」

 

 瞬間、乾いた笑いがリィンの口より漏れた

 

「ハハハハハハ!!!ハハハハハハハハハ!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!

 何やってんだよお前は!12年間、一体、何やっていたんだよ!ええ!!

 何が、守護の剣の皆伝だよ!お前なんかに、一体何を護る事が出来るっていうんだよ!!!

 何が、祖国を救う若き英雄だよ!お前に、一体何を救う事が出来るっていうんだよ!!!

 12年前と、何一つとして変わってなかったお前によぉ!!!!!!!!!」

 

 狂ったような笑いと共に紡がれたのはひたすらに自分を責め立てる言葉。

 そこに、先刻までの“英雄”の姿はない。居るのは、ただの子どもだ。

 大切な、大好きな父親を眼の前で失い、泣き叫んでいる。

 

「母さん……俺は……貴方に護られたあの日から、何も出来ないままだったよ……大切な、たった一人残された家族を護る事さえ出来ない……どうしようもない役立たずの……」

  

 誰も、駆け寄る事が出来ない。

 何故ならばその場に居る者たちはただの少年たるリィンの事など知らないから。

 傷ついた彼の心に寄り添い、支えてくれる存在などその場には居ないのだ。

 ーーーそんな者たちを置き去りにして進む事を選んだのは他ならぬ彼自身なのだから。

 

 あるいは、そのまま行けば彼は正気を失っていたかもしれない。

 だが、幸か不幸か、世界は何時までも一人の少年が悲劇に浸り続ける事を許容する程に甘くはない。

 リィンの慟哭等無視して、事態は動き出す。

 

 帝都の上空に突如として姿を現したカイエン公によって作られた大型航空母艦《パンタグリュエル》、そこより巨大な人形兵器、《機甲兵》が次々と帝都へと降下されていく。

 それはこの上なく、一体誰が(・・)宰相暗殺の黒幕かをこの上ない形でリィンへと教えた。

 そう、つまり貴族共は母に続いて父までも自分から奪ったのだと

 ーーー理解した瞬間に余りの哀しみによって、凍りついていた心が溶け出す。

 

 憎しみという怒りの焔によって。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 瞬間、リィンは弾かれたように動き出していた。

 獣の如き咆哮と共に、ヴァリマールを操り現れた貴族連合の新兵器を粉砕する。

 

「誓うぞ……一人も生かして返さない。

 《クロワール・ド・カイエン》、《ヘルムート・アルバレア》、《ゲルハルト・ログナー》、《フェルナン・ハイアームズ》!貴様らの首を我が父の墓標に捧げよう!!!」

 

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