「―――許さない、よくもォッ!
わたしのリィンに、手をあげたなぁぁぁァァッ!!」
クレア・リーヴェルトは目の前の男へと銃口を突きつけながら、射殺さんばかりの視線を叩きつけていた。その相手は、クレアも良く知っている人物であった。
トールズ士官学院2年Ⅳ組所属、否旧ジュライ市国最後の市長の孫クロウ・アームブラスト、掛け替えの無い親友だと義弟より紹介された眼の前の青年こそが、宰相暗殺の実行犯にして帝国解放戦線リーダー《C》の正体であったのだ。
本来の獲物たる
それはこの上なく、これまで幾度か邂逅してきた時に見せていた姿が単なる仮面に過ぎなかった事をクレアへと教えていた。
「よくも……よくも閣下を!!!」
“氷の乙女”、そう称される常の沈着さをどこかへとやり、クレアは怒りを露に目の前の男を睨みつける。
ギリアス・オズボーンはクレア・リーヴェルトにとって“恩人”であった。
絶望に沈んでいた自分に、理不尽に立ち向かうための後ろ盾となってくれ、生きる道筋を教えてくれた。ーーー何よりも一度は失ってしまった、掛け替えの無い宝石へと巡り合わせてくれた。故にこそ仇を前にしてクレアは猛る。
しかし、そんなクレアの怒りを前にしてもクロウはどこ吹く風とばかりに
「まあ、八年前にジュライが帝国に併合された時と同じさ。
気を抜いたら負けーーーコイツはそういうゲームだろう?
アンタの親玉が好き“だった”な」
そちらの親玉が、
争点は、どちらが上を行くかであり、善悪だの道徳だのを論じるような資格はそちらにもこちらにも無いだろうと。
告げた、その言葉に、“ゲーム”だと平然と言ってのけた目前の相手の様子にクレアは
「あなたは……あなたはそのためにあの子を利用したと言うんですか!」
先程の比ではない怒声をクロウへと叩きつける。
クレアにとっては
クレアの恩人たる宰相閣下を撃っただけだと言うのならば、クレアはこれ程の怒りは見せなかったのかもしれない。
クレアにとっては“恩人”であるが、それでも決して清廉潔白だとは言えない人物だったのだから。
故に、奪われた者として、その報復としてやっただけだ、これは因果応報なのだと告げられていればクレアは歯噛みしながら押し黙ったかもしれない。
だが、目の前の男はそのためにしてはならない事をした。
「あの子は……リィンは!貴方の事を心から信じていたんですよ!!!
あの子と過ごした日々も!あの子との友情も!皆、“ゲーム”に勝つための手段だったとでも言うんですか!!」
初めて話を聞いたのは手紙だった。「親友が出来た」とそう書かれていた。
最初は大喧嘩をしてしまったけど、今では掛け替えの無い親友なのだと。本人の前で言おうものなら調子に乗るだろうから言わないが、等と真面目な義弟が冗談めかしながら。
そうしてまさに“悪友”という他ない、クレアもよく知る赤毛の青年にどこか似た印象を受ける目の前の青年の様子に苦笑しながらも、クレアは安心したのだ。
だって、彼と一緒に居る時の義弟は本当に楽しそうだったから。口うるさく説教しながらも、その口元をどこか緩んでいたから。
自分と同様に義弟にも“生涯の友”とそう呼べるだけの“親友”が出来たのだと。
それらは全て、目的を果たすための手段に過ぎなかったとでも言うのか。
あの宝石のような笑顔を浮かべる優しい義弟を騙したのかと、糾弾するクレアの言葉を受けて
クロウはわずかに押し黙ったかと思うと、その口元を歪めて
「ククク……所詮は温室育ちのお坊ちゃんだな。ちょっと演技してやったら面白いように騙されてくれたぜ。
お前さん達兄妹の事も色々と教えてくれたよ。ーーーお陰で、ずいぶんとやりやすくなった。
あんた達が教師役だったみたいだが、もう少し、人を疑うって事も教えておくべきだったな」
義弟の友情、それを嘲弄した言葉を聞いた瞬間クレア・リーヴェルトの中で何かがキレて
「クロウ・アームブラストォォォォォォオオオオオ!!!!!」
許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。
この男だけは、絶対に許さない。そんな、生まれて初めて抱いた本気の憎悪と殺意とともにクレアはその引き金を引くがーーー
「悪いな、《氷の乙女》。美人は歓迎だが、俺が決着をつけなきゃならねぇのはアンタじゃないんだ」
あっさりと、正確に自分の脳天目掛けて叩き込まれた一撃をクロウは躱す。
本来であれば、こうもあっさりと躱す事などは出来なかった。ーーークレアが常と変わらない冷静さを保っていれば。
クレア・リーヴェルトは軍人教育の成功例である。非常時において理に従い、情を切り離して行動することの出来るまさに氷の如き冷徹さを有している人物であった。
そう、
しかし、燃え盛った憎悪と怒りの焔は彼女からそんな氷の如き冷徹さを奪い去った。
故にこそ、その攻撃は酷く読みやすい。格下の相手であれば、その速度を前に為す術無く死骸を晒したであろう攻撃も、実力の近しい相手にとっては単調極まる攻撃にしかならなかった。
怒りという感情は人を強くすると信じられている。
それは一面的には真実であり、一面的には間違いである。
怒りという激情を理性によって律する事の出来る人間が強いのだ。
焔の如き憤怒を、氷の如き冷徹さによって律する“鋼”の境地。
そこに至った人間は強い。何故ならば彼らは常人を遥かに上回る心の中で燃える焔を制御してのけるから。
だが、理性によって律する事が出来ていない激情というのは瞬間的な爆発力をこそ生むが同時に酷く、脆い。
暴れるだけの獣は、常人にとっては脅威でも熟練した狩人にとってはただの獲物でしか無い。
ならばこそ、クロウ・アームブラストにとって、怒りに身を任せたクレアの隙を突くのは至極容易かった。
クレアのはなった攻撃を躱したクロウはそのまま、ビルの屋上から飛び降りる。
ーーーもしも、彼女が常と変わらぬ冷徹さを有したままであれば、こうも容易く逃げる事は叶わなかっただろう。
そして次の瞬間に姿を現したのは海のように深い蒼色の騎士人形。
リィンの駆るヴァリマールに酷く酷似した全長8アージュ程の巨大な人形兵器だ。
そしてそのままクロウは、クレアに一瞥をくれる事もなく“蒼の騎神”オルディーネを使い、その場を去る。
目標は今まさに帝都中央にて、貴族連合の機甲兵部隊を相手に無双している己が“親友”だ。
何故ならば、騎神の相手を出来るのは同じ騎神だけな以上、自分が出向かなければ機甲兵部隊は壊滅して、帝都占領に大きく支障を来す……いや、違う。
そんな事などクロウにとってはどうでも良い事だった。復讐を成し遂げる後ろ盾となってくれた
だが、リィンの下へと自分が向かっているのはそんな義理が理由だからではない。
リィン・オズボーンこそがクロウ・アームブラストにとって決着をつけねばならない“宿敵”だからだ。
自分が復讐を果たすために踏みにじった“親友”だからだ。
これを果たさずして、自分は前に進む事を出来ないのだと、クロウは負い目を超えた何かに突き動かされながら、ドライケルス広場を目指すのであった。
・・・
「待て!待ちなさい!クロウ・アームブラスト!!!」
何としてもあの子の下に行かせるわけにはいかないとクレアは必死に声を張り上げる。
義弟は宰相閣下の傍に控えていた、つまり目の前で実の父親を失ったのだ。
義弟が実の父である宰相の事をどれほど尊敬していたか、クレアは痛いほどよく知っている。
そんな父親をよりにもよって眼の前で失ったのだ、今の義弟はそれこそ絶望の最中にあるだろう。
父親の仇に対する憎悪という感情を核にする事で、なんとか崩壊を防いでいる、そんな危うい状態にあるはずだ。
ーーーそこに親友だと思っていた相手が仇だ、等という事実が明かされたら?
本当に義弟の心は壊れてしまうかもしれない。
だからこそ、あの男だけは自分がこの場で討ち果たさなければならなかったのだ。
しかし、そんなクレアの思いとは裏腹にクロウは一瞥さえくれる事無くその場を立ち去っていく。
途方もない無力感、それがクレアを包み込むが……
「大尉!我々はどうすれば!!!」
駆けつけてきた部下たち、その言葉がクレアに冷静さを取り戻させる。
そうだ、冷静にならなければ行けない。自分は鉄道憲兵隊大尉、部下達の命に責任を負う立場なのだから。
ーーー現状は革新派にとって最悪と言っていい。貴族派は明らかにこのタイミングでのクーデターを狙い準備を重ねてきた。
この状況から劣勢をひっくり返すというのはほとんど不可能と言って良いだろう。それこそ帝都制圧のために投入した虎の子の機甲兵部隊を全滅させる位しなければ。
無論、クレアにはそんな“力”はない、鉄道憲兵隊は正規軍きっての精鋭だが、役割は歩兵としてのものなのだから。
正面きって機甲部隊を相手にする事など出来はしない。
故にこの場で自分たちが出来ることと言えば要人の保護位だろう。
ーーー皇帝陛下の救出、いや不可能だろう。皇族の身辺警護を行っている近衛軍は貴族派の息が懸かっているし、そもそも皇族の身柄の確保は貴族派にとっても最優先と言って良い。皇帝陛下を革新派側が保護すれば、その瞬間に彼らは完全な逆賊となるのだから。故に皇族の保護、それをクレアはまず断念する。
そしてクレアの中にいくつもの選択肢が浮かんでくる、今後の戦いの趨勢、救出をする場合のリスクと成功した場合のメリット、それらを次々と天秤にかけて導き出した答えは……
「我々はコレより帝都庁へ向かい、カール・レーグニッツ帝都知事閣下を保護致します。ーーー宰相閣下亡き今、知事閣下まで失うわけにはいきません」
幸いな事にリィンが獅子奮迅の活躍をして、機甲兵部隊を相手どっているためか貴族派の帝都占領は未だ完全には至っていない。第一機甲師団も奮戦している今ならば、知事閣下の方にまで手が回りきっていない可能性は十分にある。
そして、救出に成功すれば迷路のように張り巡らせた地下水道を利用して帝都より脱出する事は十分に可能だ。ーーー自分の頭の中には夏至祭の警備の時に叩き込んだ地下水道の地図が正確にインプットされているのだから、追撃を十分に振り切る自信はある。
「「「イエス、マム!」」」
指揮官の号令と共に精鋭たる鉄道憲兵隊は動き出す。
最後にクレアは蒼の騎神が向かった方角を少し見据える。そこでは貴族派の機甲兵部隊を薙ぎ払った灰の騎神と第一機甲師団を壊滅させた蒼の騎神が対峙し、今まさに激突しようとしていた。
その瞬間、かつてセリーヌに言われた言葉がクレアの脳裏に過る。
自分の過保護が義弟を殺す事になるかもしれないとそう彼女は言っていた。
その懸念は現実のものとなってしまった。2つの騎神の周囲にはおびただしい数の破壊された機甲兵と戦車が転がっている。
それはまさに“伝説”の名に違わぬ力だ。とてもではないが、自分にあそこに割って入る事は不可能だろう。
ーーーいや、帝国最高峰の実力者、人の形をした戦術兵器等と謳われる“十七勇士”面々でも難しいかもしれない。
彼らとて戦車の1台程度ならば物の数ではないが、流石に数十もの戦車を相手取る事は出来ないのだから。
(リィンさん……どうかご無事で……)
祈る事しか出来ない我が身の不甲斐なさからクレアは血が滲むほどに強く己が手を握りしめる。
そして、リィン・オズボーンの義姉から鉄道憲兵隊大尉へとその顔を切り替えて、革新派のNO2の保護へと向かうのであった……
原作だとラニキが「いくらアリオスのおっさんでも戦車をどうにか出来るとは思えねぇ」と言ってましたが
今作ではアリオスさんとかの作中最強級は生身でも戦車数台程度なら行ける位に上方修正されております。